詳細版(全文)

火山研究解説集:薩摩硫黄島 (産総研・地質調査総合センター作成)

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地質・岩石

地質構造

火山研究解説集:薩摩硫黄島
詳細版 目次

1 地質・岩石:

構造 噴火史 岩石 同位体・微量成分 メルト包有物

2 火山活動:

最近の活動 昭和硫黄島

3 火山ガス・熱水活動:

火山ガス SO2放出量 温泉 海底遊離ガス 土壌ガス 変質 ガス分別

4 放熱量:

衛星観測 総放熱量 火山熱水系

5 地球物理観測:

地震活動 地殻変動 その他

6 マグマ活動:

脱ガス過程 マグマ溜まり

G kikai caldera.jpg

  • 鬼界カルデラの地形図


薩摩硫黄島火山周辺の地質構造

硫黄島をふくむ鬼界カルデラ周辺の基盤岩とその構造は海底であり情報が少ないため推測の域を出ませんが,鹿児島県南部から南西諸島に続く,四万十帯の延長部が基盤を形成している可能性が高いです.
川辺ほか(2004)および斎藤ほか(2007)によれば,薩摩半島には,白亜紀の海洋プレート起源の付加コンプレックスと考えられる川辺層群高崎山層とその構造的上位である陸棚相の川辺層群知覧層が分布し,大隅半島側および種子島,屋久島には,古第三紀の付加コンプレックスである日向層群,日南層群相当層が分布しています.それらの堆積岩類を貫いて新第三紀中新世の花こう岩類が分布し,特に大隅半島,屋久島に大きな露出があります.またさらに中新世後期以降,第四紀に至る火山岩類が分布します.鬼界カルデラ周辺もこれらの岩石が基盤を形成しているものと考えられます.

鬼界カルデラ南側海域の音波探査記録解釈図

鬼界カルデラ周辺の海底の地質構造探査は1975年に地質調査所が行いました(Soya et al., 1976; 小野ほか,1982).それによると海底カルデラ地形の北側の海域では,ほぼ水平な地層が4層以上識別でき,そのうち最上位の地層は,層理が発達しほぼ一定の厚さで連続します.その下位層は音響的反射が不明瞭で,層厚はカルデラ縁に近づくと厚くなり,小野ほか(1982)はこの地層を竹島火砕流など鬼界カルデラ形成に関係する火砕流の水中堆積層と考えました.このような音響的反射不明瞭層は複数枚認められます.カルデラ縁を横切る3つの測線では,2つでカルデラ縁の位置にカルデラ縁で切断された音響基盤が認められますが,竹島と硫黄島間ではカルデラ外から続く堆積物に覆われており,音響基盤は露出しません.竹島-硫黄島間の海底は東西4km,南北4km,深さ300m以上の南に開いた凹地を作っており,カルデラ内への崩壊地形なのかもしれません.

海底カルデラの東縁を横切る測線では,2〜3段の西向きの崖が認められます.このうち東側の崖が古期カルデラ縁,西側の崖が新期カルデラ縁と考えられています(長井ほか,1977;小野ほか,1982).東側と西側の崖の間は,層理の明瞭な厚い堆積物が堆積しています.その中央部には伏在断層が認められ,伏在断層の西と東では堆積物の構造が異なります.すなわち,伏在断層の東では堆積物はほぼ水平で変形していないが,西側では東傾斜あるいは向斜構造をなし,変形しています.この堆積物は主に外側の古期カルデラ形成後にカルデラ内に堆積した堆積物で,伏在断層より西側の変形した堆積物は,新期カルデラ形成に伴う変位であると考えられます(小野ほか,1982).新期カルデラより西側には薄い表層堆積物に覆われた音響基盤をなす中央火口丘が分布します.

硫黄島の地質構造

地下水観測井柱状図および位置図

硫黄島の地下地質構造についても資料が少なく,不明な点が多くあります.

1970年代に深さ100〜150mの地下水観測井が島内で9本掘削され,採取されたコアの岩相および変質状況などが報告されています(吉田,1976;金原ほか,1977; →その他の観測(坑井,電気,磁気,重力,自然電位)).コアの岩石はいずれもかなり変質していますが,おおまかに構成岩石の区分がなされており,地下100m付近までの地下構造が推定できます.それによると,稲村岳と硫黄岳の中間の掘削井(No.1)では稲村岳溶岩の下位に流紋岩溶岩が海面下約70m付近まで存在し,同様の岩石が矢筈岳近傍を除き広く分布しています.矢筈岳近傍の2つの掘削井(No.4およびNo.6)では,矢筈岳を構成する苦鉄質溶岩および同質火砕岩が掘削井底まで分布します.

地下の変質状況については,溶岩は変質の程度が弱くおおむね新鮮であるのに対し,火砕岩は明らかに変質が進んでおり,特に基質部分は変質が著しいです.主な変質鉱物としては,クリストバライト・トリディマイトなどのシリカ鉱物,明礬石などの硫酸塩鉱物,モンモリロナイトなどの粘土鉱物が生成しています.吉田(1976)では,各掘削井のコアの変質状況を,

I.強酸性熱水により生成される明礬石が多量に出現するもの.

II,酸性熱水では生成されないモンモリロナイトによって特徴づけられるもの.

III. IとIIの特徴を合わせ持つもの.

の3つに大別しています.IIは中性に近い低温の熱水によるものです. 母岩の亀裂や空隙を埋めて変質鉱物が生成されていることや,酸性熱水の影響により生成される変質鉱物の大部分が地下水位下で出現していることから,熱水の通路となり易いところが変質作用の中心となっていると考えられます.

引用文献

川辺禎久・阪口圭一・斎藤 眞・駒澤正夫・山崎俊嗣(2004)20万分の1地質図幅「開聞岳及び黒島の一部」.産業技術総合研究所 地質調査総合センター.

金原啓司・茂野博・大久保太治(1977)薩摩硫黄島の地熱変質. 地質ニュース, no.272, p.9-17.

長井俊夫・菊地真一・瀬川七五三男(1977)鬼界カルデラの海底地形・海底地質構造. 地理学会予稿集, vol.13, p.194-195.

小野晃司・曽屋龍典・細野武男(1982)薩摩硫黄島地域の地質.地域地質研究報告(5万分の1図幅), 地質調査所, 80p.

斎藤 眞・小笠原正継・長森英明・下司信夫・駒澤正夫(2007)20万分の1地質図幅「屋久島」.産業技術総合研究所 地質調査総合センター.

Soya, T., Okuda, Y., Murakami, F. and Honza, E. (1976) Geological setting of the Kikai Caldera. Geol. Surv. Japan, Cruise Report, no.6, Ryukyu Island Arc, p.27-30.

吉田哲雄(1976)I.6. 地熱作用による岩石の変質. 昭和50年度サンシャイン計画委託調査研究成果報告書「火山発電方式に関するフィジビリティスタディ」,社団法人日本電機工業会,p.78-95.

(川辺禎久)


噴火史

火山研究解説集:薩摩硫黄島
詳細版 目次

1 地質・岩石:

構造 噴火史 岩石 同位体・微量成分 メルト包有物

2 火山活動:

最近の活動 昭和硫黄島

3 火山ガス・熱水活動:

火山ガス SO2放出量 温泉 海底遊離ガス 土壌ガス 変質 ガス分別

4 放熱量:

衛星観測 総放熱量 火山熱水系

5 地球物理観測:

地震活動 地殻変動 その他

6 マグマ活動:

脱ガス過程 マグマ溜まり

Io geo map.jpg

  • 薩摩硫黄島地質図2006年11月版


はじめに

カルデラ縁からみた硫黄島
鬼界カルデラ.赤破線はカルデラ縁

硫黄島は,鹿児島県薩摩半島の南約50kmに位置する鬼界(きかい)カルデラの北西縁に位置する火山島で,最新のカルデラ噴火である鬼界-アカホヤ噴火以前の火山岩類と,後カルデラ火山である硫黄岳,稲村岳を擁します(小野ほか,1982).本章では鬼界カルデラならびに薩摩硫黄島火山の噴火史について紹介します.


鬼界カルデラ

薩摩硫黄島地質図


鬼界カルデラは,西20km,南北17kmの大型の海底カルデラで,関連する火山岩類が,硫黄島と竹島および周辺の岩礁群に分布します.このうち,硫黄島にある硫黄岳では,現在も活発な噴気活動と,小規模な火山灰の放出が続いています.また,カルデラ内の海底にも多数の後カルデラ海底火山が存在します.1934-35年には硫黄島東方で海底噴火が起こり,昭和硫黄島が形成されました.


鬼界カルデラ・薩摩硫黄島層序及び年代

鬼界カルデラの噴火史は,複数の大規模火砕流噴火が起きたカルデラ形成期と,それに前後する先カルデラ火山期,後カルデラ火山期の3つに大別することができます(小野ほか, 1982).

鬼界カルデラ起源と考えられている大規模火砕流噴火噴出物は,古い順に小瀬田火砕流(森脇,1994),小アビ山火砕流(小野ほか,1982),長瀬火砕流(小野ほか,1982),竹島火砕流(小野ほか,1982)です.硫黄島にはこのうち小アビ山火砕流,竹島火砕流が分布します(薩摩硫黄島地質図).竹島火砕流は鬼界カルデラ最新の大規模火砕流噴火である7300年前の鬼界-アカホヤ噴火で噴出した火砕流堆積物です.

また,硫黄島には,先カルデラ火山を構成する玄武岩-安山岩質の矢筈岳火山と流紋岩質の長浜溶岩が分布します.これらは小アビ山火砕流に覆われます. 小アビ山火砕流と鬼界-アカホヤ噴火噴出物との間には,降下火山灰を主体とする鬼界-籠港降下テフラ(奥野ほか,1994)が存在します.

先カルデラ火山

ここでは硫黄島に分布するカルデラ噴火以前の火山噴出物について主に小野ほか(1982)を元に紹介します.

矢筈岳火山(YHZ)

矢筈岳火山北西海岸露頭

矢筈岳(やはずだけ)火山は硫黄島の北西中央部にある玄武岩質の小型成層火山体で,最高点は標高348mです(薩摩硫黄島地質図).同じく先カルデラ火山である長浜溶岩との関係は露頭が無く,不明です.南半部はカルデラ壁に当たる急崖により切断され,北側は高さ数十mの海食崖が発達しています.北海岸の坂本から小坂本にかけて玄武岩質の溶岩流,火砕岩の互層が露出しています.海食崖に露出する溶岩は厚さ最大数m程度で,同質の角礫岩,アグルチネートにはさまれます.矢筈岳山頂西から北北西にかけての海食崖には少なくとも5枚の岩脈があり,矢筈岳山頂東方を中心とする放射状岩脈を構成します.また小坂本東には火道角礫岩脈も認められます.カルデラ壁側では下部に火山角礫岩,上部にやや厚い(10m程度)玄武岩質安山岩が露出します.

岩石はSiO2=53〜57 wt% 程度の玄武岩〜玄武岩質安山岩で,斜長石,かんらん石および輝石斑晶をもち,なかには径1cm以上の斜長石巨晶を含むものがあります.

長浜溶岩流(NGH)

長浜溶岩流

長浜溶岩流は硫黄島西部の平坦部を構成する流紋岩質溶岩流で,基底は海面下にあるため観察できませんが,厚さは海面上だけで80m以上あり,ほぼ垂直な崖をつくって露出しています(薩摩硫黄島地質図).下部はほぼ垂直で太く不規則な柱状節理が発達した緻密な溶岩流ですが,上部は節理が不明瞭となり,表層部の数mほどは黒曜岩からなる岩塊で構成されます.緻密部上部は波長10m程度の波状になっており,その凹凸面を小アビ山火砕流や竹島火砕流が埋めています.

岩石は斜長石,単斜輝石,斜方輝石斑晶を4%程度含む,SiO2=71wt%の流紋岩です.

鬼界アカホヤ噴火以前の火砕流堆積物

小瀬田火砕流

小瀬田(こせだ)火砕流は,鬼界カルデラ近傍では確認されていませんが,南および東方の屋久島,種子島の海岸段丘下部に10m以上の厚さで分布し,分布範囲から鬼界カルデラが給源と考えられています(森脇,1994).斑晶鉱物として角閃石を含むのが特徴で,この他に斜方輝石,石英,斜長石を含みます.

小瀬田火砕流の噴出年代は,フィッショントラック(FT)法で,38±14万年前(FT),58±8万年前(ITPFT)という値が得られています(町田・新井,2003).フィッショントラック法とは,放射性核種の壊変時に鉱物・火山ガラス中に生じる飛跡(フィッショントラック)の密度を計測して年代を求める放射年代測定法の一つです.

小アビ山火砕流(K-Kob)

大浦の小アビ山火砕流
小アビ山火砕流(K-Kob)と矢筈岳火山噴出物(YHZ),籠港降下テフラ(K-Ko)等との関係

小アビ山火砕流(小野ほか,1982)は,竹島および硫黄島の先カルデラ火山を覆って分布します.最下部に降下軽石を伴い,火砕流本体は斜交層理をともなう多数のフローユニットの累積からなり,特に下部が強く溶結した火砕流堆積物です.基盤の凹凸を埋めて堆積し,層厚変化が激しいですが,竹島では厚く(20〜100m),硫黄島では薄い(数〜50m)傾向があります.硫黄島では,平家城の海水面付近に分布するほか,矢筈岳火山,長浜溶岩を覆い分布します.長浜溶岩上の平坦部では全体で厚さ10m以下ですが,坂本,小坂本,大浦(左写真)などの谷地形を埋めたところでは厚く(30〜50m程度),溶結度も高くなります.平家城(へいけのじょう)では籠港降下テフラに覆われるほか,坂本,小坂本などでは浸食面を幸屋(船倉)降下軽石や竹島火砕流に直接覆われています(右写真).

火砕流堆積物上位では,それぞれが薄い(1〜数m)非溶結部と溶結部が互層するようになり,また異質,類質の円礫を含むようになります.強溶結部では赤色〜暗褐色の基質中に黒曜岩の本質レンズを含みます.非溶結部の軽石は暗褐色で,粒径は数cmから30cm程度まで変化し,発泡度はあまり高くありません.

本質物はSiO2=71-72 wt% 程度の流紋岩質で,斑晶として斜長石,単斜輝石,斜方輝石,鉄鉱を約15%程度含みます.

噴出年代は,竹島の小アビ山火砕流堆積物にカリウムーアルゴン年代法を適用し,14±2万年前という値が報告されています(町田・新井,2003).カリウムーアルゴン年代法とは,40Kが電子捕獲により40Arに放射壊変することを利用した放射年代測定法で,地質学で多く用いられてます.

長瀬火砕流

竹島籠港東側絶壁

長瀬火砕流(小野ほか,1982)は,粗粒の軽石を含む火砕流堆積物で,竹島に分布し,硫黄島での分布は確認されていません.竹島では小アビ山火砕流を覆い,籠港降下テフラ以降の堆積物に覆われます(写真:竹島籠港東側絶壁).長瀬火砕流堆積物は非溶結で,灰白色のよく発泡した軽石を含み,大型のものは径60cmを越えます.軽石は,SiO2=73 wt% 程度(斎藤元治,未公表データ)の流紋岩質で,石英斑晶を含み,基質は軽石と同質の火山灰からなり大量の火山豆石を含みます.

長瀬火砕流のcoignimbrite ashと考えられている鬼界葛原(とづらはら)テフラ(町田・新井,1983)は九州から関東地方に至る広い範囲に分布する広域火山灰で,石英斑晶の熱ルミネッセンス年代,ジルコンのフィッショントラック年代および他のテフラとの層位関係から約9.5万年前に噴出したと考えられています(町田・新井,2003).熱ルミネッセンス年代とは,鉱物が自然放射線によって捕獲した電子の量を,鉱物を加熱したときに生じる光の強さから求め,年代を見積もる方法です.

籠港降下テフラ(K-Ko)

平家城露頭籠港降下テフラ柱状図

籠港(こもりこう)降下テフラは,長瀬火砕流を覆い鬼界-アカホヤ噴火噴出物に覆われる薄い降下軽石・スコリアを挟む降下火山灰累層で,竹島で記載されました(小野ほか,1982;奥野ほか,1994).硫黄島では平家城の道路脇によい露頭があるほか,平家城東側および北側の海食崖には小アビ山火砕流を覆う籠港降下テフラが露出しています(写真:平家城海食崖).下位の全体に褐色を帯びた降下テフラ層を,上位の暗灰色降下テフラ層が不整合で覆う様子が観察できます.ここでは全体の厚さは約40mに達し,竹島の籠港降下テフラよりも厚いです.平家城の道路脇露頭では,このうち上部の厚さ約17mの籠港降下テフラを観察することができます.

平家城海食崖.崖の高さ約70m

平家城の道路脇露頭の籠港降下テフラは,主に不明瞭な層理をもつ暗灰色で発泡の悪い安山岩岩片からなる粗粒降下火山灰層で,径5mm程度の黄白色〜黄色軽石からなる降下軽石層および細粒の白色火山灰層を何枚か挟みます(平家城露頭籠港降下テフラ柱状図).降下軽石層のうち,上から1/3ほどの位置の降下軽石が桜島起源の薩摩火山灰(約13ka)に対比されています(小林ほか,2006).主体をなす粗粒降下火山灰層は,発泡のよくない玄武岩〜安山岩質の細礫〜砂サイズの岩片からなります.

小林ほか(2006)は平家城の籠港降下テフラから上中下の3層準の腐食土壌で放射性炭素年代測定を行い,下位から11730±140,11500±120,9820±120年前の年代値を得ています.このことから硫黄島近傍で少なくとも鬼界-アカホヤ噴火の前約6000年間大きな休止期なく玄武岩-安山岩質の噴火活動が継続していたと考えられます.発泡のよくない岩片が多く,不明瞭な層理も認められることも多いことから,ブルカノ式もしくはいわゆる灰噴火(小野ほか,1995)のような噴火様式だったと考えられます.

鬼界-アカホヤ噴火

竹島港対岸の火砕物累層

約7300年前(6300yBP)に鬼界カルデラで発生した大規模火砕流噴火を鬼界-アカホヤ噴火と呼びます.この噴火で噴出した竹島火砕流(小野ほか,1982)は,鹿児島県本土南部まで到達し(幸屋火砕流;宇井,1973),当時の鹿児島南部の環境および縄文文化に大きな影響を与えました.竹島火砕流のcoignimbrite ashであるアカホヤ火山灰は,九州から四国,関東に至る本州南半の広い範囲に降下し,第四紀の重要な鍵層となっています.ただし,竹島・硫黄島ではアカホヤ火山灰はあまりよく保存されていません.降下軽石,火砕流,アカホヤ火山灰を合わせた全噴出量は170 km3程度と推定されています(町田・新井,2003).

幸屋(船倉)降下軽石(K-Kyp)

竹島港の露頭の拡大

鬼界-アカホヤ噴火の最初の噴出物である降下軽石は,鹿児島県本土で宇井(1967)が幸屋火砕流に伴う降下軽石として幸屋降下軽石と記載・命名し,後に小野ほか(1982)が竹島で船倉軽石と記載しました.本報告ではこの同一の降下軽石を幸屋(船倉)降下軽石と称します.

幸屋(船倉)降下軽石は,竹島で2〜2.5m程度(写真:竹島港の露頭の拡大),硫黄島平家城露頭では約80cmの厚さを持ち,長浜溶岩,小アビ山火砕流,籠港降下テフラを覆います.硫黄島平家城道路脇露頭では厚さ約80cm,平均粒径13cm,最大径約30cmの白色軽石から構成されます.同様の降下軽石層は坂本への道路脇露頭でも所々に露出しています.

平家城の海食崖では籠港降下テフラの浸食面を覆う厚さ約20mの厚い粗粒白色軽石層が遠望できる(写真:平家城海食崖).同様の粗粒白色軽石は大谷(うたん)浜西の海食崖上にも認められます.

船倉火砕流(K-Fk)

船倉火砕流は小野ほか(1982)により竹島で記載されました,細粒ガラス火山灰からなる細かい層理を持ち,薄いが強く溶結した暗灰色〜黒色の火砕流堆積物です.竹島では竹島港(写真:竹島港対岸の火砕物累層),籠港などに露出し,厚さは2〜4m程度で常に下位に幸屋(船倉)降下軽石を伴います.谷地形を埋めるようにレンズ状に溶結した産状を示し,細粒火山灰からなる基質が大部分を占め,軽石や岩片の量は極めて少ないです.

竹島火砕流(幸屋火砕流;K-Ky)

長浜溶岩を覆う竹島火砕流と後カルデラ期テフラ

竹島火砕流は白色軽石を含む火砕流堆積物で,海を渡って九州南部にまで達し,幸屋火砕流と呼ばれています(宇井,1973).竹島東部の台地をほとんど覆うほか,硫黄島の平家城,坂本付近,長浜熔岩上に分布します.

竹島では少なくとも2フローユニット以上からなり,一つのフローユニットの厚さは5〜8m程度,全体で20〜30m程度の厚さになります.軽石の多くは白色〜白黄色で,長柱状の気孔をもつ軽石ですが,暗灰色軽石および両者が混合した縞状軽石を含みます.暗灰色軽石および縞状軽石は上位のフローユニットでより多く含まれます.流紋岩片,黒曜岩片を主とする類質異質岩片の量は少ないですが,それぞれのフローユニット下部では含有量が増大しています.

硫黄島の竹島火砕流は,長浜熔岩がつくる台地上では長浜熔岩あるいは小アビ山火砕流の浸食面を覆います.大浦港へ下る道路沿いの露頭では,長浜熔岩上面黒曜岩岩塊上の幸屋(船倉)降下軽石を覆い凹所を埋めた竹島火砕流堆積物が露出しています.

硫黄島の平家城道路脇の露頭では,主に流紋岩片からなる多量の類質異質岩片(平均粒径8cm)と白黄色軽石(平均粒径5cm)からなる厚さ2mほどの火砕流堆積物が幸屋(船倉)降下軽石を覆います.平家城海食崖にも類質岩片が多い火砕流堆積物が5m程度の厚さで露出します.坂本へ下る道沿いの竹島火砕流も類質異質岩片の量が著しく増大しており,火口近傍のlag breccia相と考えられます.竹島火砕流に含まれる岩片の量は竹島より硫黄島のほうが一般的に多く,その平均粒径も大きいことから,竹島火砕流の噴出源はより硫黄島に近いところにあったと考えられます.

幸屋(船倉)降下軽石,船倉火砕流溶結凝灰岩,竹島火砕流白色軽石は,いずれもSiO2=71-72 wt% の流紋岩質で,斑晶として斜長石,単斜輝石,斜方輝石,鉄鉱を約10%程度含みます(小野ほか,1982).

後カルデラ火山

硫黄岳山麓の降下テフラ

竹島火砕流と後カルデラ期テフラ
後カルデラ期テフラ
後カルデラテフラ柱状図と年代値
サージ堆積物

竹島火砕流堆積物を覆って,後カルデラ火山の活動に伴う降下テフラが硫黄島および竹島に分布しています(写真:竹島火砕流と後カルデラ期テフラ).その層厚は,硫黄島で厚く,竹島で薄いです.硫黄島の後カルデラ期降下テフラは,ほぼ中央部を占める稲村岳から噴出した玄武岩質テフラで大きく3つのグループに区分できます(写真:後カルデラ期テフラ).これらをKawanabe and Saito(2002)は下位からK-Sk-l,K-In,K-Sk-uと命名し,さらに腐食土壌層により,K-Sk-lを2つ(K-Sk-l-1とK-Sk-l-2),K-Inを2つ(K-In-1とK-In-2),K-Sk-uを4つ(K-Sk-u-1からK-Sk-u-4)に区分しました(後カルデラテフラ柱状図).

K-Sk-l-1とK-Sk-l-2は,いずれも不明瞭な層理がある礫混じりの灰色粗粒火山灰から構成されています.平家城のK-Sk-l-1最下部には径3cmほどの灰白色軽石をかなり含む厚さ20〜50cmの火山灰層があり,それを最大長径80cm程度の流紋岩岩塊がsag構造を作り変形させています.

K-InはK-Sk-lと10〜12cmほどの黒色腐食土壌で区分される玄武岩質スコリアを含む稲村岳起源の降下テフラ群です. K-In-1の下部はスコリア層と硬い灰色火山灰層の互層からなり,スコリア層は平家城など多くの場所では2枚,分布主軸に近い矢筈岳西では4枚あります.K-In-2は2枚の降下スコリア層を含み,矢筈岳西では下位のスコリア層が厚さ150cm,上位スコリア層が60cmと非常に厚いです.おそらく稲村岳山体をつくった時の降下スコリア層と考えられます.矢筈岳西から永良部崎にかけての長浜溶岩上に分布するK-In-2のスコリア層にはさまれた層準にはbomb sagを伴う発泡の悪いスコリアを含むサージ堆積物が分布し,稲村岳西方,現在の硫黄島集落付近で起きたマグマ水蒸気爆発による堆積物と考えられています(Kawanabe and Saito, 2002).K-In-1直下の腐食土壌から炭素同位体年代法(14C)により3890±40年前の年代値が得られています.炭素同位体年代法は,放射性同位体の14Cが約5700年の半減期で12Cに壊変していくことを利用した年代測定法です.

K-Sk-uはK-Inと30cmほどの腐食土壌で境される,灰色火山灰を主体とする降下テフラ群です. K-Sk-u-1は明灰色無層理の粗粒火山灰層で,最下部にbomb sag を伴います.bomb sagの分布,飛来方向から現在の硫黄岳付近で爆発的な噴火が発生したものと考えられます.K-Sk-u-2も粗粒火山灰を主体としますが,平家城など硫黄岳に近い露頭ではより粗い岩片を多く含む層や火山豆石を含む薄赤色火山灰層,径2cmほどの軽石薄層を間にはさみます.K-Sk-u-3も同様に粗粒火山灰層中に火山豆石を含み細かい層理がある硬い火山灰層,薄赤色火山灰層などをはさみます.前野・谷口(2005)はK-Sk-u-3の層準に縞状軽石を含む火砕流堆積物を記載しています.K-Sk-u-4は無層理の明灰色火山灰からなり,径2cm以下の変質岩片が散在しています.K-Sk-u-1直下の腐食土壌から2210±40年前の年代が,K-Sk-u-4直下の腐食土壌から920±40 および940±40年前の年代値が得られています.

稲村岳火山

硫黄岳からみた稲村岳
永良部崎からみた稲村岳

稲村岳火山は,底径約780m,高さ約230m(三角点標高236.2m),小型の玄武岩質成層火山です.一見単成火山のようにみえますが,稲村岳起源の降下テフラ(K-In)は土壌を挟んで2部層あり(後カルデラテフラ柱状図),複数回の噴火を起こした複成火山です.山頂には北北東側に開いた火口があります(写真:硫黄岳からみた稲村岳).

稲村岳火山の最も下位の噴出物は,玄武岩質の南溶岩流で,南海岸に連続して露出しています(写真:永良部崎からみた稲村岳).南溶岩流の厚さは2〜3mほどで表面はスコリア状のクリンカーに覆われます.さらに南溶岩流の浸食面上を稲村岳本体を作るスコリア丘のスパターや転動堆積物が覆います.

東溶岩流は稲村岳本体のスコリアを覆って稲村岳南東麓から東温泉付近まで分布します.東溶岩流の一部と思われる溶岩流は稲村岳東麓のボーリングコアで確認され(地下水観測井地質柱状図および位置図),またそれにつながるような溶岩流らしい地形が硫黄島集落東部まで連続しています.東溶岩流は層序,分布から現在の稲村岳スコリア丘本体をつくる活動の末期に北北東に開いた火口から流出したものと考えられます.

稲村岳南海岸西部ではスコリア丘本体を覆って厚さ数mの火山角礫岩が露出します.K-In-2最上部の爆発角礫岩に対比される可能性があります.

稲村岳北西麓の小火口から噴出した磯松崎溶岩流は,硫黄岳集落から長浜港の東部に崖を作り,磯松崎までよく露出する玄武岩質安山岩の溶岩流で,厚さはやや厚く15m程度です.磯松崎溶岩流の上には稲村岳の噴出物は乗っておらずK-Sk-uテフラに直接覆われることから,磯松崎溶岩流はK-In-2降下テフラ堆積後,稲村岳火山をつくった玄武岩質マグマの最後の噴火活動による噴出物と判断できます.

南溶岩,東溶岩とも玄武岩質溶岩流で,斜長石,カンラン石,単斜輝石,斜方輝石斑晶を含みます.斜長石は時に3mm以上の大型のものを含み,輝石と集合斑晶をつくることがあります.また発泡した珪長質岩片を含むことがあります.磯松崎溶岩はSiO2=55wt%程度の玄武岩質安山岩で,径数mmの斜長石斑晶が目立ち,カンラン石,単斜輝石,斜方輝石斑晶を含みます(小野ほか,1982).

硫黄岳火山

硫黄岳溶岩ドームの構成
硫黄岳溶岩ドーム

硫黄岳火山は基底径約2.7km,高さ約700m(三角点標高703.8m)の流紋岩・デイサイトの熔岩ドーム群からなる複成火山体です.山頂部には直径約450mの火口(大穴火口)があり(図:硫黄岳溶岩ドームの構成),活発な噴気活動が続いているほか,時々少量の変質火山灰を放出する噴火が起きています.また,大穴火口の南西側にも直径約200mの火口地形(キンツバ火口)があるほか,南東側にも古い火口地形跡と思われる高まりが残っています(古岳火口).

硫黄岳の山体は,流紋岩質の厚い溶岩ドームとそれに伴う粗粒な流紋岩質火山角礫岩からなり,それを降下軽石・火山灰,火砕流堆積物からなる硫黄岳テフラが覆っています.このうち,火山角礫岩は逆級化構造が認められ,構成岩片は溶岩ドームと同じ流紋岩からなります.また冷却割れ目があるものが多数認められ,この角礫岩は,熔岩ドーム形成時に溶岩ドームから崩落して生成した初生の崖錐(転動火山角礫岩)であると考えられています(小野ほか,1982).

また,東温泉付近で稲村岳から噴出した東熔岩を硫黄岳の火山角礫岩が覆うこと,硫黄岳山腹にK-Inテフラは認められないことから,少なくとも現在の硫黄岳山体表面は稲村岳の活動後に形成されたと考えられます.ただし,流紋岩質のK-Sk-lテフラの存在やボーリング資料から,硫黄岳の活動開始は稲村岳よりも古いと考えられます.

硫黄岳を構成する溶岩および転動角礫岩は,遠望した被覆関係から,大きく5つのユニットに分類できます(図:硫黄岳溶岩ドームの構成).最も古いユニットは硫黄岳古期転動堆積物で主に硫黄岳東側山体下部を占めます.硫黄岳古期転動堆積物には大きな浸食谷が発達し,それを覆う硫黄岳古期溶岩が尾根部分に残っています(写真:硫黄岳溶岩ドーム).この溶岩は古岳付近から流出し,古期転動堆積物を形成しつつ流出したものと考えられます.硫黄岳西側山麓には硫黄岳西溶岩が分布し,展望台付近の平坦部と前縁に急崖を持つ厚い舌状の溶岩流地形を作っています.硫黄岳西溶岩と古期転動堆積物を覆って,山頂部を構成する硫黄岳新期溶岩とその初生崖錐である硫黄岳新期転動堆積物が分布しています.

硫黄岳山頂部のテフラ

大谷平西の硫黄岳テフラ
硫黄岳テフラ柱状図および年代値

山頂部の硫黄岳新期溶岩を覆うテフラは,下位から降下軽石層(K-Iw-P1),火砕サージ堆積物(K-Iw-S1),火砕流堆積物(K-Iw-P2)に大別できます(写真:大谷平西の硫黄岳テフラ).

K-Iw-P1は,白色軽石のほかに縞状軽石を大量に含む降下軽石層で,層厚は約7mに達し,一部は溶結しています. K-Iw-P1から採集された炭化木片から炭素同位体年代法を用いて1130±40年前の年代値が得られています(Kawanabe and Saito, 2002).山麓に分布するK-Sk-u-3の層順に縞状軽石を含む火砕流堆積物があり(前野・谷口,2005),層位および岩相からおそらくK-Iw-P1に対比されます.このことから硫黄岳は1100年以上前に成長を終え,現在とほとんど変わらない大きさになっていたと思われます.

K-Iw-S1はK-Iw-P1を直接覆います,砂〜礫サイズの流紋岩片からなる層理の発達したサージ堆積物です.斜交層理から推定される流走方向,火山岩塊の衝突痕の方向から,大穴火口から噴出したと考えられます.

K-Iw-P2は,白色軽石と黒曜岩岩塊を含む火砕流堆積物で山頂部でK-Iw-S1が作る谷に沿って分布するほか,西中腹の展望台付近,山麓の登山道上り口,東温泉周辺にも分布します(硫黄岳テフラ柱状図および年代値).硫黄岳の最新のマグマ噴火による堆積物で,堆積物中に含まれる大量の炭化物から600年から500年前の年代値が得られています(Kawanabe and Saito, 2002).山麓に分布するK-Sk-u4の中の噴火イベントに対応すると考えられます.

海底の後カルデラ火山

硫黄岳から南東方向,カルデラ内にある海底の高まりは,後カルデラ火山活動で形成されたと考えられます.高まりの傾斜は,頂部で緩く,側面ではそれより急になっています.このうち硫黄岳南方の浅瀬のみ海上に現れています.小野ほか(1982)は,海底の高まりの閉等深曲線は7ヶ所あり,それぞれが噴出中心を表すと考え,さらにカルデラ形成後の水深を500mと仮定し,海底の後カルデラ火山の体積を約17km3と推定しました.

「浅瀬」は硫黄岳南海岸から約1.5kmにある高さ15mのものを最高とする3個の岩礁からなります.50m以浅の広い波食台の中央部にあり,独立した海底火山体が侵食されたものと考えられます.浅瀬を構成する岩石は斜長石と単斜輝石,斜方輝石斑晶を含むデイサイトです(小野ほか,1982).

浅瀬以外の海底の高まりが何でできているかは不明ですが,おそらく同様のデイサイトまたは流紋岩で構成されていると考えられます.

昭和硫黄島火山

昭和硫黄島
昭和硫黄島

昭和硫黄島は薩摩硫黄島東方約2kmにある東西約500m,南北約300mの流紋岩溶岩からなる小島で,1934-35年噴火で形成されました(左写真). 昭和硫黄島周辺の海底には大量の巨大な軽石が堆積しています(中村ほか,1986). (詳しくは→昭和硫黄島噴火経緯へ)

昭和硫黄島は,1枚の流紋岩溶岩からなり,中央部から溶岩の流動した構造と思われる同心状の溶岩しわが認められます(右写真).この流紋岩には,おおまかに周辺部に黒曜岩の部分が,中央部に灰色多孔質のガラス質溶岩が分布します.中央部では張力割れ目が発達した平滑な曲面からなる大きな岩塊から構成されています.また,苦鉄質包有物(マフィックインクルージョン)が多量に含まれています(詳しくは→岩石学へ).


引用文献

Kawanabe, Y. and Saito, G. (2002) Volcanic activity of the Satsuma-Iwojima area during the past 6500 years. Earth Planets and Space, vol.54, p.295-301.

小林哲夫・奥野 充・成尾英仁(2006)鬼界カルデラ7.3cal kyr BP噴火 カルデラ噴火における玄武岩質マグマと地殻応力の役割.月刊地球,vol.28,p.75-80.

町田 洋・新井房夫(1983)鬼界カルデラ起源の新広域テフラと九州における更新世後期大火砕流の噴出年代.火山, vol.28, p.206.

町田 洋・新井房夫(2003) 新編 火山灰アトラス.東京大学出版会,336p.

前野 深・谷口宏充(2005)薩摩硫黄島におけるカルデラ形成期以降の噴火史.火山,vol.50,p.71-85.

森脇 広(1994)屋久島における扇状地・斜面堆積物と長瀬火砕流との関係. 鹿児島大学南西地域研究資料センター報告特別号, 鹿児島大学南西地域研究研究委員会総合研究(平成3・4年度)屋久島, no.5, p.8-12.

中村光一・長井俊夫・阪口圭一(1986)鬼界カルデラの海底地質調査-特にgiant pumiceの産状,微地形の検討,水温の測定について-.海洋科学技術センター試験研究報告 しんかい2000研究シンポジウム, Special Issue 2,p.137-155.

奥野 充・新井房夫・森脇 広・中村俊夫・小林哲夫 (1994) 鬼界カルデラ,篭港テフラ群に挟在する腐植土の加速器14C年代. 鹿児島大学理学部紀要(地学・生物学), no.27, p.189-197.

小野晃司・曽屋龍典・細野武男(1982)薩摩硫黄島地域の地質.地域地質研究報告(5万分の1図幅), 地質調査所,80p.

小野晃司・渡辺一徳・星住英夫・高田英樹・池辺伸一郎(1995)阿蘇火山中岳の灰噴火とその噴出物.火山,vol.40,p.133-151.

宇井忠英(1967)鹿児島県指宿地方の地質.地質学雑誌,vol.73,p.477-490.

宇井忠英(1973)幸屋火砕流ー極めて薄く広がり堆積した火砕流の発見.火山,vol.18,p.153-168.

参考文献

日本地質学会フィールドジオロジー刊行委員会編(2004)フィールドジオロジー,全9巻.共立出版.

(川辺禎久)


岩石学

火山研究解説集:薩摩硫黄島
詳細版 目次

1 地質・岩石:

構造 噴火史 岩石 同位体・微量成分 メルト包有物

2 火山活動:

最近の活動 昭和硫黄島

3 火山ガス・熱水活動:

火山ガス SO2放出量 温泉 海底遊離ガス 土壌ガス 変質 ガス分別

4 放熱量:

衛星観測 総放熱量 火山熱水系

5 地球物理観測:

地震活動 地殻変動 その他

6 マグマ活動:

脱ガス過程 マグマ溜まり

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  • 昭和硫黄島流紋岩に含まれるマフィックインクルージョン


はじめに

噴火により噴出した火山岩を岩石学や化学的な手法で分析・解析し,マグマ溜まりの特徴(マグマの化学組成,温度,圧力など)を明らかにすることができます.ここでは,前半に,主として,小野ほか(1982)とSaito et al. (2002)で行われた岩石学的研究を紹介します.後半に,そのデータと岩石相平衡実験データを用いてマグマ溜まりについて考察を行います.

マグマの化学組成

全岩化学組成

全岩化学組成(主成分10元素)

マグマの化学組成は,火山岩を粉末試料にして蛍光X線分析装置(X-ray fluorescence spectrometer; XRF)で分析することにより知ることができます.これは,物質にX線を照射すると,物質を構成する元素の固有X線が発生することを利用した分析方法であり,発生したX線の波長から元素種を,そのX線の強度から元素濃度を決定できます.XRFは,地質学で広く用いられています.

主要な10元素の濃度を全岩化学組成図に示します. カルデラ形成期の竹島火砕流,後カルデラ期の硫黄岳,昭和硫黄島は,極めて近い化学組成を示し,1つの流紋岩マグマだまりを起源としていることを示唆しています.一方,後カルデラ期に形成された稲村岳は玄武岩マグマによるものです.即ち,後カルデラ期には玄武岩と流紋岩が噴出しており,後カルデラ期には少なくとも2つのマグマだまりが存在した可能性があります.

マフィックインクルージョン

昭和硫黄島流紋岩に含まれるマフィックインクルージョン

後カルデラ期流紋岩(硫黄岳および昭和硫黄島火山岩)には,玄武岩質安山岩〜安山岩組成のマフィックインクルージョン(mafic inclusion)が含まれています.マフィックインクルージョンとは,火山岩に含まれている苦鉄質の岩石で,その起源はマグマである場合もあれば,マグマが上昇中に捕獲した地殻・マントル物質である場合もあります.硫黄岳および昭和硫黄島火山岩に含まれるマフィックインクルージョンは,流体として捕獲された形状を示すこと,火成岩的組織を有することなどから,流紋岩マグマが苦鉄質マグマを捕獲して形成されたと考えられています.

右写真は昭和硫黄島流紋岩中のマフィックインクルージョンです.流紋岩に比べ暗灰色で,外形は最大20cm程度,斑晶量は15vol%以下です.硫黄岳流紋岩のマフィックインクルージョンも同様な組織を示しますが,昭和硫黄島流紋岩のものに比べて,外形は小さく(最大5cm程度),斑晶量も少ない(5vol%以下),存在度も少ないという特徴があります.

また,上の全岩化学組成図に,マフィックインクルージョンの化学組成がプロットされています. 昭和硫黄島流紋岩中のマフィックインクルージョンは,安山岩組成(SiO2=56-61wt%)で,硫黄島に噴出した玄武岩と流紋岩で示される組成の範囲内で幅広く分布し,玄武岩と流紋岩の混合によって形成されたことを示唆しています.

一方,硫黄岳流紋岩のマフィックインクルージョンは玄武岩質安山岩組成(SiO2=54-55wt%)で,稲村岳マグマに近い組成を持っています.稲村岳スコリア組成とその石基組成(Ngm)の線上に位置しているので,稲村岳マグマが少し結晶分化して形成された可能性を示唆しています.

鉱物組成

鉱物モード組成

鉱物モード組成

火山岩に含まれる斑晶鉱物の種類と存在量も重要なマグマの特徴のひとつであり,鉱物モード組成といいます.

右の表(鉱物モード組成)は,薩摩硫黄島火山全史の主要な火山岩の鉱物モード組成です. 薩摩硫黄島火山の玄武岩に含まれる斑晶は,斜長石が最も多く,単斜輝石,斜方輝石,カンラン石が次いで多く,鉄・チタン鉱物をわずかに含みます. 流紋岩は, 斜長石が最も多く,単斜輝石,斜方輝石が次いで多く,鉄・チタン鉱物をわずかに含みます.カルデラ噴火ではさらに石英やホルンブレンドを含んでいる場合があります. 石基とは,火山岩中で斑晶や泡以外の,小さな鉱物やガラスで構成されている部分で,マグマ溜まりではケイ酸塩メルト(溶融物)であったものです.薩摩硫黄島の流紋岩の多くは,80-90%以上が石基であり,斑晶が少ないマグマであったことがわかります.

斜長石の化学組成

電子線マイクロアナライザー(Electronprobe micro-analyzer;EPMA)の外観とその測定原理

上述のように,薩摩硫黄島火山の火山岩で,最も多く含まれる鉱物種は斜長石です. 斜長石は,主として,SiO2, CaO, Na2Oで構成された鉱物で,マグマの分化の度合いに応じて,CaとNaの量比が変化します.Caの量比(An#=Ca/(Ca+Na)x100)が大きいと未分化,少ないと分化が進んでいると考えられます.また,斑晶の中心部をコアと言い,斑晶が晶出を開始した時のマグマの情報を持っています.従って,斜長石斑晶のコアのAn#を分析することで,その斜長石が晶出を開始した時点のマグマの情報を引き出すことができます.

一般的に斑晶は2mm以下と小さいので,その化学分析には電子線マイクロアナライザー(Electronprobe micro-analyzer;EPMA)という微小領域分析装置が用いられています.EPMAは,物質に電子線を照射すると,その物質を構成する元素の固有X線が発生することを利用した分析方法です.

後カルデラ期火山岩の斜長石化学組成

後カルデラ期火山岩の斜長石斑晶のコアの化学組成を右図に示します. 稲村岳はAn#72-96,硫黄岳・昭和硫黄島はAn#44-70の組成を持っています.即ち,玄武岩では高いAn#のコアを持つ斜長石が晶出し,流紋岩では玄武岩よりも低いAn#のコアを持つ斜長石が晶出しています. 一方,昭和硫黄島のマフィックインクルージョンはAn#42-96で,玄武岩から流紋岩に相当する幅広い組成を持っています.硫黄岳のマフィックインクルージョンの大半はAn#~90で高いAn#を示し,1つのみAn#52と流紋岩と同様のAn#を示しています.

マフィックインクルージョンにある斜長石斑晶のコアの化学組成が幅広い組成を持つということは,玄武岩,流紋岩の両起源の斑晶があることを示し,両マグマの混合によってマフィックインクルージョンが形成されたことを示唆しています. また,昭和硫黄島マフィックインクルージョンの方が硫黄岳マフィックインクルージョンより,流紋岩起源の斜長石が多いことは,「昭和硫黄島マフィックインクルージョンの方が硫黄岳マフィックインクルージョンより流紋岩マグマの混合の割合が大きい」ことを意味します.

一方,マフィックインクルージョンの石基斜長石(石基中の小さな斜長石)のコア組成はAn#60-80に集中し,均質な組成を示します.このことは,マフィックインクルージョンを形成したマグマのメルトは玄武岩と流紋岩の間の中間的な組成だったこと,両マグマが混合した結果形成された均質なメルトから石基が晶出したことを示唆しています.

斜長石のゾーニングプロファイル

マフィックインクルージョンの斜長石の反射電子像と化学組成線分析結果

上記のように,斜長石のAn#はその斜長石が晶出した時点のマグマの組成や分化程度を反映して変化します.このため,斜長石斑晶の成長に伴うAn#の変化を追うことで,斜長石が晶出してきたマグマの変化を明らかにすることができます.このような結晶内で中心部から周縁部へ化学組成が変化している構造をゾーニング(zoning,累帯構造)と言い,その変化を示した図をゾーニングプロファイルといいます.EPMAで斜長石斑晶内でのAn#の分布を調べれば,斜長石のAn#のゾーニングプロファイルがわかります.

右図は昭和硫黄島流紋岩に含まれるマフィックインクルージョンの斜長石斑晶の断面について,CaとNaの量比(An#=Ca/(Ca+Na))についてのEPMAによる線分析結果です.これらの斜長石は An#40~90の幅広いコア化学組成を持ちますが,その各コア組成で,均質なコアを持つもの,コアからリムに向かって徐々にAb-richになるもの,累帯構造があるもの,等の様々なタイプのゾーニングプロファイルを示しています.この組成変化は,斜長石が晶出している際のメルトの組成や温度変化によるものと考えられます.

一方,硫黄岳流紋岩に含まれるマフィックインクルージョンの斜長石はほとんどはコアAn#>80で均質なコアを持っています.

これらの結果は,昭和硫黄島マフィックインクルージョンの起源であるマグマは幅広いメルト組成や温度を持っていたことを示しています.また,硫黄岳マフィックインクルージョンを放出した噴火は,噴火直前に玄武岩マグマが流紋岩マグマに注入されたことを示しています.

輝石の化学組成

後カルデラ期火山岩の輝石化学組成(En-Fs-Wo)

後カルデラ期火山岩には,どれも単斜輝石(Cpx)と斜方輝石(Opx)が存在します,単斜輝石,斜方輝石は,主として,SiO2, CaO, MgO, FeOで構成された鉱物で,輝石のCa, Mg, Feのモル比は,晶出する時点のマグマの化学組成に依存します.そのため,斜長石のAn#と同様に,輝石のCa, Mg, Feのモル比を測定することで,輝石が晶出したマグマの情報を引き出すことができます. 輝石のCa, Mg, Feのモル比は,通常,右図(後カルデラ期火山岩の輝石化学組成(En-Fs-Wo))のような,頂点がWo, En, Fsである三角ダイヤグラムで表されます.Wo,En,Fsはそれぞれ輝石の単成分である珪灰石(Wollastonite,CaSiO3),エンスタタイト(Enstatite,MgSiO3),フェロシライト(Ferrosilite,FeSiO3)です.

この図をみると,後カルデラ期火山岩(稲村岳,硫黄岳,昭和硫黄島,およびマフィックインクルージョン)ののうち,硫黄岳と昭和硫黄島の流紋岩の輝石はほぼ同じWo-En-Fs量比を示す一方,稲村岳は硫黄岳・昭和硫黄島よりわずかにEn成分が多い(Mg-rich)ことがわかります. 一方,マフィックインクルージョンは,稲村岳,硫黄岳,昭和硫黄島の組成範囲に広く分布しています.

後カルデラ期火山岩の輝石化学組成(Mg#)

また,左図(後カルデラ期火山岩の輝石化学組成(Mg#))に単斜輝石(Cpx)および斜方輝石(Opx)のMg#について示します.Mg#は,輝石に含まれるMgとFeのモル比(=Mg/(Mg+Fe))を表しています.マグマのMg#は結晶分化作用で大きく変化し,それにつれて晶出する輝石のMg#も変化するので,輝石のMg#はマグマの分化程度を推定する良い指標です.

稲村岳の単斜輝石コアの化学組成は硫黄岳・昭和硫黄島よりわずかにMgに富んでおり,マフィックインクルージョンは稲村岳,硫黄岳・昭和硫黄島の組成範囲に含まれます. また,稲村岳の斜方輝石(Opx)コアのMg#は硫黄岳・昭和硫黄島よりMgに富んでおり,マフィックインクルージョンは1個を除き,硫黄岳・昭和硫黄島と同様な組成分布を示します.

後カルデラ期火山岩の輝石化学組成(Al2O3濃度)

輝石のAl2O3濃度も,その輝石が晶出したマグマのAl2O3濃度を反映している可能性があります.

右図(後カルデラ期火山岩の輝石化学組成(Al2O3濃度))は,後カルデラ期火山岩の輝石のAl2O3濃度とその出現頻度です. 稲村岳火山岩の単斜輝石(Cpx)および斜方輝石(Opx)は,硫黄岳・昭和硫黄島より高いAl2O3濃度を持っていることがわかります. 一方,マフィックインクルージョンの単斜輝石(Cpx)は,稲村岳,硫黄岳・昭和硫黄島の組成範囲を含む大きな変動を示します.この大きな変動は,単斜輝石が玄武岩と流紋岩の両方のマグマを起源としている,もしくは,輝石の急成長によってAl2O3濃度が高くなった(Tsuchiyama, 1985),のどちらかで引き起こされたと考えられています. また,マフィックインクルージョンの斜方輝石(Opx)のAl2O3濃度は,Mg#の結果と同様に,硫黄岳・昭和硫黄島と同様な組成を示しています.

これらの結果は,斜長石のAn#と同様に,マフィックインクルージョンの輝石が,玄武岩マグマと流紋岩マグマの両方を起源としていることを示しています.

カンラン石の化学組成

後カルデラ期火山岩のカンラン石化学組成(Mg#)

斜長石のAn#や輝石のMg#と同様に,カンラン石のMg#もマグマの分化程度を知るための良い指標です.稲村岳と昭和硫黄島マフィックインクルージョンにカンラン石斑晶がわずかに存在しています.右図に,これらのカンラン石のコアのMg#と出現頻度,さらに,リムの組成範囲も示します.

稲村岳と昭和硫黄島マフィックインクルージョンは,同様なMg#を示していますが,わずかに,マフィックインクルージョンの方がMgに富んでいます.これは,昭和硫黄島マフィックインクルージョンを形成した玄武岩マグマは,稲村岳噴火マグマと同様,もしくは少し未分化だったことを示唆しています.

         

マグマの温度

輝石地質温度計

輝石地質温度計によるマグマ温度

輝石地質温度計とは,平衡共存する2種の輝石の化学組成から輝石の生成温度を推定する方法です(Lindsley, 1983).

図(輝石地質温度計によるマグマ温度)は,薩摩硫黄島火山岩の単斜および斜方輝石の化学組成を元に輝石地質温度計を用いて見積もられたマグマ温度を示します.

流紋岩マグマの温度は,14万年前の小アビ山火砕流噴火マグマが990℃,7300年前の竹島火砕流マグマが960±21℃,後カルデラ期の硫黄岳マグマが960±28℃,1934-1935年の昭和硫黄島マグマが967±29℃と見積もられています.すなわち,流紋岩マグマはカルデラ形成期以降,960-970℃という,流紋岩マグマとしては高温状態を維持しています.

一方,稲村岳の玄武岩マグマの温度は,流紋岩マグマより高く,1125±27℃という値が得られています.

鉄・チタン鉱物温度計

鉄・チタン鉱物温度計によるマグマ温度

鉄・チタン鉱物温度計とは,輝石地質温度計と同様に,共存する2種の鉄・チタン鉱物の化学組成から鉄・チタン鉱物の生成温度とマグマの酸素フガシティを推定する方法です(Buddington and Lindsley, 1964).

図(鉄・チタン鉱物温度計によるマグマ温度)は,鉄・チタン鉱物温度計によって見積もられた薩摩硫黄島火山のマグマ温度です.後カルデラ期の硫黄岳軽石を用いて得られた流紋岩マグマの温度は971 ±31°C で,輝石地質温度計による見積もり(960 ±28°C)とほぼ一致しています.

一方,硫黄岳火山弾を用いて得られた温度は884 ±13°C で,硫黄岳軽石よりも低い温度を示します.昭和硫黄島溶岩から見積もった流紋岩マグマの温度も880±24°Cで,輝石地質温度計の結果より低くなっています.これらの違いは噴出後の再平衡によるものと考えられています.

マグマ混合プロセス

マグマ混合プロセスとマフィックインクルージョンの形成

上記の後カルデラ期火山岩の岩石学的解析と化学分析結果に基づき,右図(マグマ混合プロセスとマフィックインクルージョンの形成)のようなマグマ溜まりとマグマ混合プロセスが考えられています(Saito et al., 2002).

硫黄岳噴火(2200年前〜500年前)の直前に,玄武岩マグマが流紋岩マグマだまりの下部に上昇・接触し,わずかに混合しました.稲村岳噴火以前の硫黄岳噴火(5200年前〜3900年前)による噴出物にもマフィックインクルージョンが存在するので,このような混合および噴火プロセスが5200年前以降,定常的に起きていた可能性があります.硫黄岳マグマの温度(960℃)が流紋岩マグマとしては比較的高温であることは,高温(1130℃)の玄武岩マグマが流紋岩マグマの下部に潜在し熱を流紋岩マグマに供給していた可能性を示唆しています.

一方,昭和硫黄島噴火(1934-1935年)の前に,玄武岩マグマと流紋岩マグマの混合が進み,安山岩マグマからなる中間層が形成されていたことが考えられています.硫黄岳マフィックインクルージョンよりも昭和硫黄島マフィックインクルージョンの方が大きく,かつ,存在度が高いことも,中間層の形成が進んでいたことと調和的です.硫黄岳の最後のマグマ噴火が500年前で,その噴火ではマグマ混合が進んでいた形跡がないので,この中間層の形成は500年前以降に開始したと考えられています.

岩石相平衡実験データと観察・分析結果の比較

MELTSプログラムによる相平衡計算との比較

MELTSプログラムによる相平衡計算

「MELTS」とは,Ghiorso and Sack (1995)らにより開発された,熱力学的モデルに基づいてマグマの相平衡や晶出鉱物組成などを数値計算で求めることができるプログラムです.

薩摩硫黄島火山の流紋岩(竹島火砕流軽石)について,同プログラムによる相平衡計算結果を右図(MELTSプログラムによる相平衡計算)に示します. マグマが水に飽和した系では一般に高圧(高H2O)ほど鉱物の晶出開始温度は低下します.同じ鉱物組合せの場合,低圧(低H2O)ほど高温条件になります.MELTSプログラムによる計算では,竹島火砕流マグマの温度が900-950℃であれば,圧力はおよそ75MPa以下になります.


MELTSプログラムによる相平衡計算:メルト組成との比較1
MELTSプログラムによる相平衡計算:メルト組成との比較2

また,MELTSプログラムによる計算で,竹島火砕流軽石の石基やメルト包有物の化学組成を再現するために必要な温度圧力条件を計算してみると,左図(MELTSプログラムによる相平衡計算:メルト組成との比較1)のように,200MPaでは820℃,100MPaで870℃,50MPaで920℃になります. 竹島火砕流噴火のメルト包有物分析から見積もられる圧力は80-180MPa(→メルト包有物),輝石地質温度計から得られている温度は960℃であり(→マグマの温度),MELTSプログラムによる計算結果に比べ,より高温になっています.

同様に,MELTSプログラムによる計算で,実際の竹島火砕流軽石の石基やメルト包有物のSiO2およびAl2O3濃度を再現できる温度圧力条件の組み合わせは,右図(MELTSプログラムによる相平衡計算:メルト組成との比較2)のように,860-920℃,<50-100MPaになります.

(東宮昭彦)

An-T-PH2Oダイアグラムとの比較

玄武岩〜安山岩マグマのAn-T-PH2Oダイヤグラム

マグマから晶出する斜長石の化学組成(An#)は,マグマの温度,圧力(含水量)によって変化します.この関係を示した図がAn-T-PH2Oダイヤグラムです. 実験岩石学研究で得られている水に飽和している玄武岩〜安山岩マグマの温度,圧力,斜長石の化学組成(An#)の関係を左図(玄武岩〜安山岩マグマのAn-T-PH2Oダイヤグラム)に示します.図の,1kb, 2kb, 4kb,と記した実線が,100MPa, 200MPa, 400MPaでのマグマの温度と斜長石のAn#の関係です. 稲村岳の火山岩の分析から,稲村岳マグマの温度は1125±27°C, 斜長石のAn#は85±5と見積もられています.その結果(青色の部分)は,圧力100MPa(=1kb)の関係を示す実線の延長上に位置しています.この結果は,メルト包有物分析で得られているマグマのガス飽和圧力70-130MPa(=0.7-1.3kb)(→メルト包有物)と調和的です.

流紋岩マグマのAn-T-PH2Oダイヤグラム

有珠火山の流紋岩マグマの実験岩石学研究(東宮,1997)で得られているAn-T-PH2Oダイヤグラムを図(流紋岩マグマのAn-T-PH2Oダイヤグラム)に示します. これに約7300年前の竹島火砕流噴火マグマの温度(960±21°C),斜長石のAn#(58±4)をプロットすると100MPa(=1kb)の等圧線の延長上に位置します.メルト包有物分析から得られている竹島火砕流噴火マグマのガス飽和圧力も80-180MPa(=0.8-1.8kb)であり,おおよそ調和的です.

また,昭和硫黄島マグマの温度(967±29°C),斜長石のコアとリムのAn#をプロットすると,50-100MPa(=0.5-1 kb)くらいにプロットされます.メルト包有物分析から得られている昭和硫黄島マグマのガス飽和圧力は20-50MPa(=0.2-0.5kb)で,An-T-PH2Oダイヤグラムで見積もられる圧力より低くなっています.

MELTSプログラムに用いられている熱力学パラメータは,様々な実験岩石学的データのコンパイルに基づいています.また,上記のAn-T-PH2Oダイヤグラムは薩摩硫黄島火山以外の火山岩による実験結果です.従って,MELTSプログラムやAn-T-PH2Oダイヤグラムでの結果と,メルト包有物の分析結果を厳密に比較するには,実際の竹島火砕流噴火や昭和硫黄島噴火の火山岩で相平衡実験を行う必要が有り,今後の研究課題です.

引用文献

Buddington, A. F. and Lindsley, D. H. (1964) Iron-titanium oxide minerals and synthetic equivalents. J. Petrology, vol.5, p.310-357.

Ghiorso, M. S. and Sack, R. O. (1995) Chemcial mass transfer in magmatic processes IV. A revised and internally consistent thermodynamic model for the interpolation and extrapolation of liquid-solid equilibria in magmatic systems at elevated temperatures and pressures. Contrib. Mineral. Petrol., vol.119, p.197-212.

Kawanabe, Y. and Saito, G. (2002) Volcanic activity of the Satsuma-Iwojima arae during the past 6500 years. Earth, Palnets. Space, 54, 295-302.

Lindsley, D. H. (1983) Pyroxene thermometry. Am. Mineral., vol.68, p.477-493.

小野晃司・曽屋龍典・細野武男(1982)薩摩硫黄島地域の地質.地域地質研究報告(5万分の1図幅), 地質調査所,80p.

斎藤元治(2004)3.2.マグマ活動モデル.産総研シリーズ「火山」ー噴火に挑むー,産業技術総合研究所地質調査総合センター,159-178,丸善.

Saito, G., Stimac, J.A., Kawanabe, Y. and Goff, F. (2002) Mafic-felsic interaction at Satsuma-Iwojima volcano, Japan: Evidence from mafic inclusions in rhyolites. Earth Planets Space, vol.54, p.303-325.

東宮昭彦(1997)実験岩石学的手法で求めるマグマ溜まりの深さ.月刊地球, vol.19, p.720-724.

Tsuchiyama, A. (1985) Crystallization kinetics in the system CaMgSi2O6-CaAl2SiO8: development of zoning and kinetics effects on element partitioning. Amer. Mineral., vol.70, p.474-486.

参考文献

黒田吉益・諏訪兼位(1989)偏光顕微鏡と岩石鉱物.共立出版.343p.

久城育夫・荒牧重雄・青木謙一郎編(1989)日本の火成岩.岩波書店,206p.

日本表面科学会編(1998)電子プローブ・マイクロアナライザー.丸善,221p.


(”6.1 MELTSプログラムによる相平衡計算結果”は東宮昭彦,その他は斎藤元治)


同位体・微量元素

火山研究解説集:薩摩硫黄島
詳細版 目次

1 地質・岩石:

構造 噴火史 岩石 同位体・微量成分 メルト包有物

2 火山活動:

最近の活動 昭和硫黄島

3 火山ガス・熱水活動:

火山ガス SO2放出量 温泉 海底遊離ガス 土壌ガス 変質 ガス分別

4 放熱量:

衛星観測 総放熱量 火山熱水系

5 地球物理観測:

地震活動 地殻変動 その他

6 マグマ活動:

脱ガス過程 マグマ溜まり

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  • 火山岩のストロンチウム同位体比


火山岩のストロンチウム(87Sr/86Sr)同位体比

火山岩のストロンチウム同位体比

マグマのストロンチウム同位体比(87Sr/86Sr)は,マントルの部分溶融やマグマの結晶分化の度合いには影響されないため,マグマの起源物質の推定に使われる指標です.この比は,岩石から化学処理によってストロンチウムを抽出し,質量分析計で測定することで得られます.

薩摩硫黄島火山の火山岩のストロンチウム同位体比はNotsu et al. (1987)によって報告されています(右図:火山岩のストロンチウム同位体比).薩摩硫黄島火山の火山岩の87Sr/86Srは,先カルデラ火山期,カルデラ形成期,後カルデラ火山期の噴出時期,また,玄武岩,流紋岩の化学組成に関係なく,1つを除き,0.70477〜0.70508の狭い範囲に集中していることがわかります.これらの結果は,薩摩硫黄島火山全史に噴出するマグマはストロンチウム同位体的に見て全て同じマグマ源物質に由来していることを示唆しています.

火山岩の微量元素濃度

火山岩の微量元素濃度
マグマ混合プロセス

火山岩の微量元素濃度は,マグマの重要な化学的特徴の1つであり,火山岩粉末試料を蛍光X線分析装置(XRF)やICP発光分析(誘導結合プラズマ発光分光分析法),ICP-MS(誘導結合プラズマ質量分析法)で測定できます.

右図(火山岩の微量元素濃度)は,氏家ほか(1986)およびSaito et al. (2002)によって測定された薩摩硫黄島火山の火山岩のRb, Sr, Y, Zrの濃度を,K2Oの濃度とともにプロットした図です. 硫黄岳のマフィックインクルージョンは,稲村岳マグマと似た微量元素組成を持っています.また,昭和硫黄島のマフィックインクルージョンは,稲村岳マグマと昭和硫黄島マグマの混合線上に位置しています. これらの結果は,硫黄岳のマフィックインクルージョンを形成したマグマは稲村岳玄武岩マグマを主な起源としていること,昭和硫黄島のマフィックインクルージョンは稲村岳玄武岩マグマと昭和硫黄島流紋岩マグマの混合マグマを起源としていること(図:マグマ混合プロセス),を示しており,全岩の主成分元素組成の結果と調和的です(→岩石学).

引用文献

Notsu, K., Ono, K. and Soya, T. (1987) Strontium isotopic relations of bimodal volcanic rocks at Kikai volcano in the Ryukyu arc, Japan. Geology, vol.15, p.345-348.

Saito, G., Stimac, J.A., Kawanabe, Y. and Goff, F. (2002) Mafic-felsic interaction at Satsuma-Iwojima volcano, Japan: Evidence from mafic inclusions in rhyolites. Earth Planets and Space, vol.54, p.303-325.

氏家 治・曽屋龍典・小野晃司(1986)九州南方,鬼界カルデラ産火山岩類の主成分およびRb・Sr・Y・Zr組成と起源.岩石鉱物鉱床学会誌,vol.81, p.105-115.

参考文献

日本地球化学会監修,野津憲治・清水 洋編(2003)地球化学講座3 マントル・地殻の地球化学.倍風館,308p.

巽 好幸(1995)沈み込み帯のマグマ学.東京大学出版会,186p.


(斎藤元治)


メルト包有物

火山研究解説集:薩摩硫黄島
詳細版 目次

1 地質・岩石:

構造 噴火史 岩石 同位体・微量成分 メルト包有物

2 火山活動:

最近の活動 昭和硫黄島

3 火山ガス・熱水活動:

火山ガス SO2放出量 温泉 海底遊離ガス 土壌ガス 変質 ガス分別

4 放熱量:

衛星観測 総放熱量 火山熱水系

5 地球物理観測:

地震活動 地殻変動 その他

6 マグマ活動:

脱ガス過程 マグマ溜まり

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  • 斜長石および単斜輝石斑晶中のメルト包有物


メルト包有物とは

メルト包有物と火山岩の比較

マグマ中の揮発性成分の存在量は,マグマの密度や粘性といった物性を大きく変化させるため,マグマの上昇・噴火プロセスを理解する上で欠かせない情報です.マグマ中の揮発性成分のうち,水(H2O)が最も存在量が多く,二酸化炭素(CO2),硫黄(S),塩素(Cl)がそれに続きます.このマグマ中の揮発性成分がマグマからガスとして分離し地表に放出したものが火山ガス(マグマ性ガス)です.

メルト包有物はマグマの揮発性成分存在量(濃度)を知るために最適な試料です.火山岩をそのまま分析してもマグマ中の揮発性成分濃度は得られません.図(メルト包有物と火山岩の比較)のように,火山岩は,マグマとして地表に噴出した時点で脱ガスによりそのほとんどの揮発性成分を失ってしまうからです.一方,メルト包有物は,マグマ中で斑晶が晶出する際に, 斑晶中に周囲の珪酸塩メルトが捕獲されたものです(例えば,Roedder, 1979;Roedder, 1984).この状態でマグマが地表に噴出し急冷されるとメルトはガラスになり,これをガラス包有物といいます.メルト包有物は鉱物に囲まれていることから,揮発性物質に関し,火山岩のような噴火時の脱ガスや外部からの二次的な汚染が少なく,地下のマグマの揮発性物質の濃度を保持しています.

この十数年でメルト包有物を用いた火山活動に関する研究が飛躍的に発展しています(Lowenstern, 2003).特に,マグマ溜まりの状態・進化やマグマの上昇・噴火プロセスを考察する上で重要な情報である,マグマの脱ガス・分化過程や,マグマの圧力や密度,マグマ溜まりの気泡量,脱ガスマグマ量等をメルト包有物から知ることができます(斎藤, 2005).

メルト包有物の大きさは,大きくても数100μm程度であり,それに含まれる揮発性物質は微少量(数wt%以下)なので,その分析には数10μm程度の微小領域を分析できる高感度の局所分析法が必要です.

この項では,薩摩硫黄島火山のマグマ活動について,メルト包有物からどのようなことがわかってきたかについて紹介します.

薩摩硫黄島火山岩斑晶中のメルト包有物

斜長石および単斜輝石斑晶中のメルト包有物

右の写真は,硫黄岳噴火による軽石の斜長石に含まれるメルト包有物(左),稲村岳噴火スコリア中の単斜輝石に含まれるメルト包有物(右)です.いずれも急冷されており,ガラス質です.

メルト包有物には,ガラスの他に,泡が存在するケースがあります.写真のメルト包有物内の泡の体積は,ほとんどがメルト包有物全体の3vol%以下で,非常に小さいです.これらはshrinkage bubbleと言われるもので,メルトが急冷されガラスになった時にわずかに収縮したために生じたと考えられています.

流紋岩メルト包有物の主成分元素組成

電子線マイクロアナライザー(Electronprobe micro-analyzer;EPMA)の外観とその測定原理
流紋岩メルト包有物の主成分元素組成

メルト包有物の主成分元素組成は,マグマ溜まりの進化過程のどの時点でメルト包有物が捕獲されたかを知るために重要な情報です.メルト包有物の主成分元素組成は,鉱物の化学分析と同じくEPMAで測定できます(→岩石学).

右図(流紋岩メルト包有物の主成分元素組成)は,薩摩硫黄島火山のカルデラ噴火(約7300年前)および後カルデラ期噴火の流紋岩質メルト包有物と基質ガラスの主成分元素組成です. カルデラ噴火による竹島火砕流軽石,約500年前の硫黄岳軽石,1934-1935年噴火の昭和硫黄島溶岩のメルト包有物は,どれもSiO2濃度が70wt.%以上の流紋岩組成で,一つの噴火内では,メルト包有物はほぼ同様な化学組成を持っています.しかし,3つの噴火を比べると,噴火時期が新しくなるにつれ,SiO2,K2O濃度が高くなり,Al2O3, CaO, FeO濃度は低下しています.

また,各噴火のメルト包有物の主成分元素組成は,そのメルト包有物が含まれている火山岩の基質ガラスの組成とほぼ範囲を示しています.基質ガラスは,マグマ溜まりの噴火直前のメルトが急冷・固化したものなので,これらのメルト包有物は,噴火直前のマグマだまりにおいて,メルトが斑晶に捕獲され形成されたと考えられます.

一方,これらのホストである流紋岩の全岩化学組成は同じ範囲にあります(→岩石学).従って,上記のメルト包有物および基質ガラスの主成分元素組成の時間変化はマグマ溜まりの結晶化によって起きていると考えられています(Saito et al., 2001).この推定は,実際の火山岩のモード組成の時間変化とも矛盾していません.

メルト包有物の揮発性成分濃度

顕微赤外分光光度計と測定原理
後カルデラ期メルト包有物のH2O&CO2濃度

メルト包有物の主要な揮発性成分は,H2O, CO2, SおよびClです.これらの分析は,微小領域分析機器である,EPMA顕微赤外分光光度計(左図),二次イオン質量分析装置等で行われています(Ihinger et al., 1994).

右図(後カルデラ期メルト包有物のH2O&CO2濃度)は,顕微赤外分光光度計で測定したカルデラ噴火(竹島火砕流軽石)および後カルデラ期噴火(稲村岳スコリア,硫黄岳軽石,昭和硫黄島溶岩)のメルト包有物のH2OおよびCO2濃度です.メルト包有物のH2O, CO2濃度は,噴火時期や噴火マグマの組成で大きく異なっていることがわかります.

流紋岩組成のメルト包有物のH2O濃度は,竹島火砕流軽石(約7300年前)は3-5wt%,硫黄岳軽石(約500年前)は1.5-3wt%,昭和硫黄島溶岩(1934-1935年)は0.7-1.4wt%,と噴火時期が新しくなるとともに低下しています.一方,これらのメルト包有物のCO2濃度は,竹島および硫黄岳は40ppm以下と少ないが,昭和硫黄島は70-140ppmと高くなっています. 玄武岩マグマ噴火である稲村岳(約3000年前)のメルト包有物のH2O濃度は1.2-2.8wt%で硫黄岳と同程度ですが,CO2濃度は90-290ppmで昭和硫黄島メルト包有物よりも高い値を持っています.

メルト包有物のH2O&S&Cl濃度

この図にはH2OとCO2の混合ガスの溶解度もプロットしてあります.この溶解度を示す線とメルト包有物のH2O, CO2濃度から,マグマのガス飽和圧力が読み取れます.マグマのガス飽和圧力とは,マグマがガスに飽和している,即ち,気相(この場合,H2OとCO2)がマグマ中に存在している場合の圧力です.竹島火砕流噴火マグマのガス飽和圧力は80-180MPa,硫黄岳は70MPaと20MPa,稲村岳は70-130MPa,昭和硫黄島は20-50MPaとなります.この圧力は深さにすると,竹島火砕流噴火マグマで3-7km,硫黄岳は3kmと~1km,稲村岳は3-5km,昭和硫黄島は1-2kmに相当します.

SとClについては左図(メルト包有物のH2O&S&Cl濃度)のような濃度分布を示します.

竹島火砕流軽石,硫黄岳軽石,昭和硫黄島溶岩の流紋岩メルト包有物は同様なS濃度を持っています.一方,稲村岳スコリアのメルト包有物のS濃度は紋岩メルト包有物よりも高く,1000-2000ppmです.

一方,Cl濃度は,流紋岩メルト包有物の方が,稲村岳スコリアのメルト包有物よりも高い値を示します.流紋岩メルト包有物のうち,竹島火砕流軽石,硫黄岳軽石,昭和硫黄島溶岩の順にCl濃度が高くなっているように見えます.この結果は,竹島火砕流噴火から昭和硫黄島噴火までマグマ溜まりが徐々に結晶化していると岩石学的に推定されていること(→岩石学)と整合的です.

マグマのH2O&CO2の分化プロセス

マグマプロセスとメルト包有物のH2O&CO2濃度

メルト包有物はマグマ溜まりの珪酸塩メルトを捕獲したものと考えられるので,メルト包有物のH2O, CO2濃度の変化はマグマ溜まりの珪酸塩メルトの濃度が変化していることを示しています. マグマ溜まりでの主要なマグマプロセスとそれに伴う珪酸塩メルトのH2O, CO2濃度の変動は図(マグマプロセスとメルト包有物のH2O&CO2濃度)のようにまとめられています(風早,1997;斎藤,2005).すなわち,

(1)マグマの圧力低下に伴う脱ガス.メルトのCO2濃度が急激に減少した後に,H2O濃度が減少.

(2)マグマがガス飽和かつ等圧状態で結晶分化.等圧線上で,メルトのCO2濃度が減少し,H2O濃度が増加.

(3)マグマがガス不飽和状態で結晶分化.メルトのH2O, CO2濃度は比例的に増加(ただし,結晶にH2OおよびCO2が含まれないと仮定した場合).

(4)マグマがガス飽和かつ等圧状態でCO2ガスが付加.等圧線上で,メルトの H2O濃度が減少し, CO2濃度が増加.

(5)マグマがガス不飽和状態でガスが外部より付加.メルトのH2O, CO2濃度は付加されるガス量に応じて変化.

これらを元にして,観察されたメルト包有物のH2O,CO2濃度の変動パターンから,各噴火のマグマ溜まりでの脱ガスプロセス,圧力状態などが下記のように推定されています(Saito et al., 2001).

竹島火砕流軽石のメルト包有物のH2O濃度は,CO2濃度が低い状態で,大きく変動しています.この変動パターンは,(1)の圧力低下による変化で説明できます.このメルト包有物のH2O,CO2濃度から得られるガス飽和圧力は80-180MPaなので,鬼界-アカホヤ噴火直前に,深さ3-7kmに発泡したマグマだまりが存在していたと考えられます.

稲村岳のメルト包有物の変動は,等圧線上に分布しているようにみえます.このため,(2)か(4)が予想でされています.ただし,(2)の場合,50wt%のメルトが晶出する必要があり,生じるメルトは流紋岩になるはずですが,そのようなメルト包有物は稲村岳噴出物には存在しないので,(4)が有力です.ガス飽和圧力は70-130MPaなので,深さ3-5kmに稲村岳噴火マグマのマグマ溜まりが位置していたと推定できます.

硫黄岳のうち,2つのメルト包有物は竹島火砕流軽石メルト包有物の範囲に含まれます.これらのメルト包有物の主成分元素組成も竹島火砕流軽石メルト包有物と同様で,カルデラ噴火マグマの出残りである可能性が高いです.ガス飽和圧力は70MPaで,深さ3kmと見積もられています.

昭和硫黄島メルト包有物のH2O, CO2濃度変動については(3)と(5)が考えられますが,昭和硫黄島メルト包有物の主成分元素組成に大きな変動はないので,(3)は考えにくく,(5)のガス不飽和状態でのガス付加が予想されています.後で述べるように,硫黄岳マグマが火道内マグマ対流によって脱ガスし,ガスに不飽和になっていた可能性があります.また,付加するガスは,CO2に富んでいる必要があります.

マグマ混合プロセス

岩石学的研究により,後カルデラ期には,流紋岩マグマ溜まりの下部に稲村岳を形成した玄武岩マグマが存在していた可能性が高く(図:マグマ混合プロセス,→岩石学),さらに,稲村岳メルト包有物は流紋岩メルト包有物よりCO2に富んでいます.これらのことを考え合わせると,火道内マグマ対流によって脱ガスしガス不飽和になった硫黄岳マグマに下部の玄武岩マグマからCO2に富むガスが付加して昭和硫黄島メルト包有物のH2O, CO2濃度の変動が生じた可能性が高いと考えられています.

火道内マグマ対流モデル

さて,昭和硫黄島メルト包有物は,硫黄岳よりもさらにH2O濃度が低く,1wt%程度です.昭和硫黄島メルト包有物と硫黄岳メルト包有物は同じマグマ溜まりを起源としていることが予想されているので(→岩石学),マグマ溜まりの珪酸塩メルトのH2O濃度が〜3wt%から〜1wt%まで減少させるプロセスが働いているはずです. このプロセスとして(1)と(4)が考えられますが,Saito et al. (2001)ではいずれも否定的です.すなわち,(1)がマグマ溜まりで起きるとすると,マグマが10MPa以下の低圧状態,深さにして400m以下になる必要がありますが,このような浅部にマグマ溜まりがあるという観測結果はありません.また,(4)の場合,CO2濃度は300ppmまで増加するはずですが,このような高いCO2濃度を持つ昭和硫黄島メルト包有物は未だ見つかっていないことに加え,この高いCO2濃度を達成するために硫黄岳メルトに対して30wt%ものCO2ガスが供給される必要があり,非現実的です.

Saito et al. (2001)では,この問題を解く唯一のプロセスとして,火道内マグマ対流による脱ガスプロセスを提案しています(詳しくは→脱ガス過程).これはマグマ溜まり内のマグマが火道を上昇し地表近くで脱ガスし再び火道内を降下しマグマ溜まりに戻るというプロセスです.この脱ガスプロセスが,硫黄岳噴火のマグマ溜まりに働き,珪酸塩メルトのH2O濃度を〜3wt%から〜1wt%まで減少させた可能性があります.このようにして,ガスに不飽和状態になったマグマ溜まりに,すでに述べた(5)のプロセスが新たに働き,CO2濃度の高い昭和硫黄島メルトが形成されたと考えられています.この推察は,硫黄岳山頂付近では最近約1000年間,活発な火山ガス放出活動が続いているというその地表現象とも整合的です(→熱水変質).

マグマのガス飽和圧力

後カルデラ期マグマのガス飽和圧力

メルト包有物のH2OおよびCO2濃度から見積もられるマグマのガス飽和圧力を噴火時期とともにまとめると右図(後カルデラ期マグマのガス飽和圧力)のようになります.

竹島火砕流軽石メルト包有物から見積もられるカルデラ噴火マグマのガス飽和圧力は80-180MPaで,深さにして3-7kmに相当します.硫黄岳マグマは,70MPa(3km)と20MPa(~1km),稲村岳マグマは,70-130MPa(3-5km),昭和硫黄島マグマは,20-50MPa(1-2km)になります.

硫黄岳マグマのガス飽和圧力はカルデラ噴火マグマの最小値と同様であり,硫黄岳マグマがカルデラ噴火マグマ溜まりの”出残り”であるというモデルと調和的です. また,硫黄岳マグマのガス飽和圧力は稲村岳マグマの最小値とも同様であり,岩石学的に推定されている後カルデラ期マグマ溜まりの成層構造とも矛盾しません.

メルト包有物の揮発性成分と火山ガスの比較

図:マグマプロセスとメルト包有物のH2O&CO2濃度には,現在硫黄岳山頂火口から放出されている火山ガスのH2OおよびCO2の濃度比を示してあります.昭和硫黄島メルト包有物のH2OおよびCO2濃度の最大値の比は,この火山ガスと同様な値です.

現在の火山ガスが昭和硫黄島マグマが脱ガスして放出されていると仮定すると,H2OはCO2よりも珪酸塩メルトに対する溶解度が非常に高いため,H2Oがほとんど全てガスになるような非常に低圧下で昭和硫黄島マグマが脱ガスしないと,これらの比は一致しません.このことは,火道内対流によって昭和硫黄島マグマが低圧下で脱ガスし火山ガスを放出していることを強く示唆しています.

次に,CO2/H2Oと同様に,昭和硫黄島メルト包有物のS/H2O比, Cl/H2O比について,火山ガスの値と比較してみます(図:メルト包有物のH2O&S&Cl濃度).

昭和硫黄島メルト包有物のS/H2O比は,火山ガスと同様な値です.H2OとCO2と同様に, H2OとSがほとんど脱ガスすれば,これらの比は一致するので,低圧下の脱ガスを示唆しています.

一方,Clは低圧で脱ガスが起きても,H2OやSに比べて珪酸塩メルトへの溶解度が高いので,全てのClがガスになるということはありません.実際,竹島火砕流軽石,硫黄岳軽石,昭和硫黄島溶岩の基質ガラスは約1200ppmのCl濃度を持つことが火山岩分析からわかっています.図中のLine Aは,マグマの脱ガスで現在放出されている火山ガスと同じ組成のガスが放出され,H2Oが完全に脱ガス,Clがメルトに1200ppm残ったと仮定した場合の,元々のメルトのClおよびH2O濃度のとりうる値です.昭和硫黄島メルト包有物はLine Aより少し上に位置するが,昭和硫黄島メルトが火山ガスの起源であるという仮説と大きな矛盾はありません.

引用文献

Ihinger, P. D., Hervig, R. L. and McMillan, P. F. (1994) Analytical methods for volatiles in glasses. In Volatiles in magmas, Reviews in Mineralogy, vol.30 (Carroll, M. R. and Holloway, J. R. eds.), Mineralogical Society of America, p.67-122.

風早康平(1997)揮発性成分とマグマ過程ー噴火予知に向けてー.火山,vol.42, p.119-124.

Lowenstern, J. B. (2003) Melt inclusions come of age: volatiles, volcanoes, and Sorby's legacy. In Melt inclusions in volcanic systems, methods, applications and problems (De Vivo, B. and Bodnar, R. J. eds), Elsevier, p.1-22.

Roedder, E. (1979) Origin and significance of magmatic inclusions. Bull. Mineral., vol.102, p.487-510.

Roedder, E. (1984) Extrusive rock and volcanic environments. In Fluid inclusions, Reviews in Mineralogy, Mineralogical Society of America, vol.12, p.473-501.

斎藤元治(2005)マグマ中の揮発性物質の挙動とマグマ上昇・噴火プロセスーメルト包有物からのアプローチー.火山,vol.50,p.S177-S192.

Saito, G., Kazahaya, K., Shinohara, H., Stimac, J. A. and Kawanabe, Y. (2001) Variation of volatile concentration in a magma system of Satsuma-Iwojima volcano deduced from melt inclusion analyses. J. Volcanol. Geotherm. Res., vol.108, p.11-31.

参考文献

田隅三生(1986)FT-IRの基礎と実際.東京化学同人,179p.


(斎藤元治)





火山活動


最近の火山活動の推移

火山研究解説集:薩摩硫黄島
詳細版 目次

1 地質・岩石:

構造 噴火史 岩石 同位体・微量成分 メルト包有物

2 火山活動:

最近の活動 昭和硫黄島

3 火山ガス・熱水活動:

火山ガス SO2放出量 温泉 海底遊離ガス 土壌ガス 変質 ガス分別

4 放熱量:

衛星観測 総放熱量 火山熱水系

5 地球物理観測:

地震活動 地殻変動 その他

6 マグマ活動:

脱ガス過程 マグマ溜まり

1990-2004henka.jpg

  • 最近の火山活動の変化


はじめに

最近の火山活動の変化


硫黄岳山頂では活発な火山ガス放出活動が長期間安定に継続していました.しかし,1990年代になって火口中央部に新たに出現した高温噴気地帯が竪穴状火孔に発展し,それに伴い火山灰が放出されました(図:最近の火山活動の変化).1999年までの変化についてはShinohara et al. (2002)にまとめられています.

噴気孔分布の変化と火孔の形成

高温噴気孔分布変化

最近の火山活動で特異的な変化は,1990年代の火口中央部で観察された,高温噴気地帯の生成から竪穴状火孔の形成・拡大,およびそれに伴う火山灰の放出です(図:最近の火山活動の変化).1990年以前,高温噴気地帯は山頂火口中央部には存在せず主に火口壁に分布していました.1990年に火口中央部(大鉢奥,おはちおく)において高温噴気地帯が発見され,その後,分布が拡大しました(1994年).さらに,火口底の広い範囲が高温化し(〜1996年),1997年の竪穴状火孔の生成に至ります(図:高温噴気孔分布変化).

1990年以前

山頂高温噴気孔分布図

1990年以前,高温噴気地帯は山頂火口中央部には存在せず主に火口壁に分布していました(鎌田,1964:吉田,私信).過去の文献に示されている,主な高温噴気地帯の名称と位置を山頂高温噴気孔分布図に示します.

これらの高温噴気地帯のうち,大鉢奥,大鉢北はそれぞれ1990年,1996年に見つかりました.釜の口は1990年以降,火口壁の崩落などにより消滅しましたが,それ以外の高温噴気地帯の分布は2005年に至るまで大きな変化はありません(図:高温噴気分布変化).

ただし,図:高温噴気孔分布変化中の○で示された噴気温度測定地点以外での高温噴気地帯は,遠望観測のみでの判断,もしくは未確認である場合があり,確定的ではありません.

1990年

1990年山頂火口全景

1990年10月,山頂火口の南縁(大鉢奥)に887℃の高温噴気孔が発見されました.この時期には火口底中央部に噴気地帯は存在しません (写真:1990年山頂火口全景,東火口縁から撮影).

1991年-1993年

1991年11月に高温噴気地帯の東に直径十数m深さ数mの擂り鉢状の火孔が生じ火山ガスが放出されているのが見つかりました.

1993年10月に高温噴気地帯の北側においても同様の火孔が発見されました.

1994年

1994年山頂火口底

1994年11月,2番目に生じた北側の火孔がやや拡大し,砂状の底部からは火山ガスが活発に放出されていました(写真:1994年山頂火口底,東火口縁から撮影).また,大鉢の中央部に新たな噴気孔が生じていました.

大鉢中央部の噴気の化学組成(大鉢中106, 467)は硫黄に極端に富み,硫黄の酸化還元状態が自然硫黄に近かったため,これらの噴気には,火口底に堆積していた硫黄堆積物が昇華(ガス化)し混入していると推定されました.

硫黄堆積物の昇華(ガス化)は堆積物の体積減少をもたらすため,火口底の高温下による硫黄の昇華による陥没が擂り鉢状火孔の形成原因の一つと考えられています.


1996年

1996年山頂火口底

1996年10月,山頂火口底の南半分(大鉢)は高温噴気地帯に特徴的な灰色の砂状の変質物に覆われていました. 変質帯は深さ数cmで温度は500℃以上に達し,表面の至る所に1cm以下の小さな噴気孔が分布し,高温火山ガスが放出されていました.

北部の擂り鉢状の火孔(写真:1996年山頂火口底の中央部,東火口縁から撮影)はやや拡大し,その中に直径数mの切り立った火口壁を持つ竪穴状火孔が生じ,轟音をたてながら火山ガスを放出していました.

1997年

1997年竪穴状火孔
1997年4月山頂火口全景

1997年1月,北部の擂り鉢状火孔が直径20m程度の切り立った火口壁を持つ竪穴状火孔となり,轟音をたてながら火山ガスが放出されていました.竪穴状火孔底部では日中でも赤熱が観察されています(写真:1997年竪穴状火孔).

1996年に火口底全体を広く占めていた高温の砂状変質帯は,1997年4月には既に消滅しており,表面は火山灰などが固結したと思われる低温の固い層で覆われていました(写真:1997年4月山頂火口全景,西側火口縁・山頂から撮影).火山ガスの放出は,従来からの高温噴気地帯と中心部の竪穴状火孔に集中していました.

1996年10月に竪穴状火孔の周囲で観察された直径1mの岩塊は,1997年には確認できませんでした.この岩塊は竪穴状火孔から放出された噴出物により埋没したと推定されています.


1998年

1998年火孔壁面

1997年以降,竪穴状火孔からの火山灰の放出が火孔近傍で直接観測されるようになると共に,竪穴状火孔が継続的に拡大し,1998年には直径40mに達していました.

火山灰は細粒な変質物で,連続的に放出される火山ガスに巻き上げられた様な形で放出されていました.火山灰は竪穴状火孔近傍には1m以上の厚みで堆積していました(写真:1998年火孔壁面,写真中央部地表に人間の姿).

それに対し,山頂火口の外では火口南縁の近傍でわずかに堆積する程度でした.また,硫黄岳山頂から約2kmに位置する集落等でも降灰が観察されましたが,葉の上などで確認がどうにかできる程度の降灰量でした.

2000年

2000年山頂火口底

竪穴状火孔から頻繁に火山灰を含む噴煙が立ち上っていました(写真:2000年10月山頂火口底,南側火口縁から撮影).写真右側の噴気地帯(白い部分,大鉢北噴気地帯)周辺に,火山ガスの採取を行っている人物が見えます.

火山灰を含む噴煙の放出は間歇的で,噴煙放出に伴う音はわずか数十mしか離れていない噴気地帯においても聞こえませんでした.

2001年以降

2001年7月山頂火口底
2001年11月山頂火口全景
竪穴状火孔の拡大と2006年10月の空撮写真

2001年7月,白色の降灰が山麓でも大量に観察され,山頂火口縁では厚く堆積していました(写真:山頂火口底,人物が立っている場所は南側山頂火口縁).

1998年以降,火山灰の放出は観察されていましたが,降灰はほとんど火口内に限られていました.2001年から2003年頃まで,数十cm以上の火山灰の堆積が山頂火口南縁で確認されており,この時期に火山灰放出量は増大していたと考えられます.

竪穴状火孔は2001年7月には直径50m程度の円形でしたが,2001年11月には南北の長径が150mの洋梨型の形状に拡大していました(写真:2001年11月山頂火口全景,東火口縁から撮影).

2004年以降,顕著な火山灰の放出は観察されていませんが,竪穴状火孔の拡大は継続しており,2005年11月には火孔は山頂火口南縁の道路まで達していました(高温噴気分布図竪穴状火孔の拡大と2006年10月の空撮写真).


火山灰

火山灰写真

住民によると硫黄島では1990年以前から集落でわずかな降灰が観察されることがありましたが,その頻度も量もわずかであり,正式な記録も残っていません.また,竪穴状火孔の形成時期の1997年頃から2003年頃まで集落での降灰が頻繁に報告されていますが,いずれもわずかな量です.

山頂火口内の竪穴状火孔からの火山灰の放出は1998年から2003年にかけて頻繁に観察されています.この火山灰の放出は爆発音などを伴わずに静かに発生しています.

火山灰X線回折結果

いずれの時期に採取された火山灰も,白〜灰色〜やや赤みがかった灰色の細粒の火山灰です. 1997年11月,1998年7月,1998年11月,2000年1月の試料が詳しく分析されましたが,どの試料もクリストバライト,石英,トリディマイトの細粒の結晶片が主な構成物であり,硫黄岳に産する火山ガスによる酸性変質を受けた珪石と同様の物質でした(図:火山灰X線回折結果).

顕微鏡下では火山灰中に一見新鮮なガラス片も見られますが(火山灰写真),水和を受けたものであり,最近噴出したものとは考えにくいです.また,水和を受けていない部分の化学組成は,ごく最近噴火した昭和硫黄島火山岩のガラス組成より,500年以上前に噴火した硫黄岳のガラス組成に近いです.

これらのことから,火山灰は新鮮なマグマの噴出によるものではなく,火口底に堆積していた酸性変質を受けた火山噴出物が,粉砕された物であると推定されています(Shinohara et al., 2002).

地震活動

地震タイプ毎の活動度の変化(気象庁最新版)

薩摩硫黄島における定常的な地震観測は,京都大学防災研究所が1995年6月から,気象庁福岡管区気象台が1997年9月から行っています(Iguchi et al., 2002; Uchida and Sakai, 2002).地震活動には消長が見られ,1998年後半-1999年前半と2000年-2002年前半は他の時期と比較して地震回数が一桁程度多くなっています.

発生している地震のほとんどは,1-6Hzの低周波が卓越するB型地震です.B型地震は体積膨張型の発震機構を持つことから,ガスの蓄積に伴う火道の膨張によって生じる可能性が示唆されています(地震タイプ毎の活動度の変化(気象庁最新版)).一方,岩石の破壊などにより生ずるA型地震は期間を通して,発生回数に大きな変動は見られません(井口ほか,1999).

地震活動と火山ガスの放出活動と間に明瞭な相関は見られませんが,火山灰放出の活発な時期と地震回数が増加した時期は一致しています(図:最近の火山活動の変化).ただし,火山灰放出量の時間変化について定量的なデータが無いため厳密な比較は困難です.

(詳しくは→地震活動へ)

割れ目の形成

割れ目の形成

1996年10月に山頂火口縁南部に,開口幅最大30cm,火口側落ちで段差最大20cmの割れ目が発見されました(写真:割れ目の形成,左:1996年10月,中央:1997年1月,右:1997年2月,場所は高温噴気分布図を参照).

1996年6月8日には硫黄島を震源とするM2.9の有感地震が生じており,Iguchi et al. (2002)はこの地震によって山頂の割れ目が生じたと解釈しています(→地震活動).

割れ目は1997年10月頃まではゆっくりとした拡大の継続が観測されたが,その後停止しています.

火山ガス

噴気最高温度の変化
図2 SO2放出量の変化(1990-2004).定点観測値については,補正している(Ohwada, unpublished data)

1990年以降,山頂の高温火山ガスの採取調査がほぼ毎年行われています.

最高噴気温度は,1990年以降840〜900℃,SO2の放出量も1000〜1500トン/日でほぼ一定である(→SO2放出量,Kazahaya et al., 2002)).

噴気の最高温度(900℃)は竪穴状火孔形成直前の1996年に測定され,SO2放出量も1996年前後の放出量がやや高いため,1996年前後に火山ガス放出がやや活発であった可能性が考えられます(噴気温度・SO2放出量図).

火山ガス組成は1990年以降ほぼ一定であり,1996年にかけての高温変質帯の形成や,1997年以降の竪穴状火孔の形成・拡大に対応した変化は観察されません(Shinohara et al., 2002).これは火山ガスを供給しているマグマの組成や火山ガスの放出圧力などに変化がなかったことを意味します.

(詳しくは→火山ガスSO2放出量へ)

引用文献

井口正人・石原和弘・高山鐵朗・為栗 健・篠原宏志・斎藤英二 (1999) 薩摩硫黄島の火山活動 -1995年〜1998年 -. 京都大学防災研究所年報, vol.42, B-1, p.1-10.

Iguchi, M., Saito, E. Nishi, Y. and Tameguri, T. (2002) Evaluation of recent activity at Satsuma-Iwojima-Felt earthquake on June 8, 1996-. Earth Planets and Space, vol.54, p.187-196.

鎌田政明(1964)鹿児島県硫黄島の火山と地熱.地熱, vol.3, p.1-23.

Kazahaya, K., Shinohara, H. and Saito, G. (2002) Degassing process of Satsuma-Iwojima volcano, Japan: Supply of volatile components from a deep magma chamber. Earth Planets and Space, vol.54, p.327-335.

Shinohara, H., Kazahaya, K., Saito, G., Matsushima, N. and Kawanabe, Y. (2002) Degassing activity from Iwodake rhyolitic cone, Satsuma-Iwojima volcano, Japan: Formation of a new degassing vent, 1990-1999. Earth Planets and Space, vol.54, p.175-185.

Uchida, N. and Sakai, T. (2002) Analysis of peculiar volcanic earthquakes at Satsuma-Iwojima volcano. Earth Planets and Space, vol.54, p.197-210.


(篠原宏志)


昭和硫黄島噴火経緯

火山研究解説集:薩摩硫黄島
詳細版 目次

1 地質・岩石:

構造 噴火史 岩石 同位体・微量成分 メルト包有物

2 火山活動:

最近の活動 昭和硫黄島

3 火山ガス・熱水活動:

火山ガス SO2放出量 温泉 海底遊離ガス 土壌ガス 変質 ガス分別

4 放熱量:

衛星観測 総放熱量 火山熱水系

5 地球物理観測:

地震活動 地殻変動 その他

6 マグマ活動:

脱ガス過程 マグマ溜まり

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  • 硫黄岳から見た昭和硫黄島(撮影2004年)周囲に温泉による変色海域が見られます


はじめに

硫黄岳から見た昭和硫黄島と竹島(撮影2004年)

昭和硫黄島は1934年(昭和9年)9月から翌年4月頃までの約半年間続いた噴火活動により形成されました.噴火は硫黄島と竹島の間の水深約300mで海底噴火として始まり,火山体の成長により新たな火山島である昭和硫黄島を形成しました.噴火の推移は田中舘(1935a, b, c, d, e, 1936, 1939)の一連の論文により紹介されており,ここではその抜粋を紹介します.

噴火開始前後の地震活動

地震回数の変化,田中舘(1935a)

記録として残っている,昭和硫黄島の噴火に関連した最も顕著な前兆現象は地震活動(有感地震)です.地震は噴火開始の数日前に始まり,最初の3日間が最も顕著でした.噴火前後の約1週間に地震が頻発し,噴火の継続と共に急速に地震活動は衰えています.

安井(1962)は鹿児島・宮崎両気象台の地震波形記録から硫黄島付近での地震活動を次のように推計しています.地震活動は12日23時過ぎに始まり,13日には100回程度,14-19日は50回/日程度発生していましたが,22日以降には鹿児島・宮崎両気象台では検知されていません.気象庁の震度データベースによると,この期間中,鹿児島市で12日23:20, 20:24, 13日00:35, 02:42の4回の有感地震が記録されています.安井(1962)は鹿児島・宮崎両気象台におけるP-S時間から有感地震の震源を鬼界カルデラ内と推定しています.鹿児島におけるP-S時間は12日には約18秒でしたが,14日には約14秒と短くなっており,震源の北もしくは浅部への移動が示唆されています.

表(地震回数の変化,田中舘(1935a))に田中舘(1935a)が記載した地震回数の変化を示します.田中舘(1935a)の地震回数は,原典には明記されていませんが,硫黄島島内での有感地震の回数と推察されます.田中舘(1935a)によると,地震は9月12日16時頃に始まり,23時20分の強震以降,急激に地震回数が増大しています. 地震は回数としては13日午前中,規模としては14日夜にピークを迎え,その後回数・規模を減らしながらも継続しましたが,噴火開始時期と推定される17日以降急速に活動が低下しています.

地震の振動方向は一般にNE-SWの水平動であり,竹島では硫黄島から,硫黄島では南東もしくは東から振動が来ていました.竹島でも硫黄島と同様の回数の地震が感じられましたが,噴火地点から約40km西に位置する黒島で感じられた地震は13日の1回だけでした.

地震回数の変化は安井(1962)の結果と大きな違いはありません.しかし,硫黄島での最も大きな地震は14日23:50と記述されています.それに対し,鹿児島での有感地震は12日および13日であり,硫黄島での最大の地震は鹿児島では有感地震となっていません.この違いは14日には震源が硫黄島近傍浅部に移動したことを示していると考えられます.

地震活動は噴火開始前に回数や規模が最大に達し,その後回数及び規模が減少しながら震源が浅くなった後に噴火が開始されたと推察されます.この現象は,2000年の有珠火山噴火で観測された変化と同様の現象と考えられます.

噴火

噴火推移概要

昭和硫黄島の噴火は約300mの水深下で生じた海底噴火であるため,噴火の開始時期は明確には結論されていません. 1934年9月17日に海水沸騰や火山灰浮遊などの噴火を示唆する現象が,また,18日には海水混濁が観察されています.20日朝には,明らかな噴煙や軽石による浮石島が確認されています(田中舘1935c).これらのことから,17日に噴火は始まっていたと推定されます.

9月20日以降は海底噴火が継続し,海中からの噴煙・軽石放出が続きました. 12月7日に新島が出現し,陸上での火口丘の成長が記載されています. その後,新島は一度消滅しますが,1935年1月5日に再度出現し,以後,安定に成長を続けました.

噴火規模の明瞭な記述はありませんが,新島からの噴煙活動は3月初旬から次第に低下し,4月1日には非常に弱くなったと記述されています(田中舘,1936).噴火活動もほぼ,これと同期して停止に至ったと推定されます.

噴火位置

海底噴火による噴煙は当初2箇所から立ち上っていたと記述されています(田中舘1935b).主なものは現在の昭和硫黄島の位置であり,加えて9月26日撮影の航空写真には,昭和硫黄島の北西約3km,竹島と中間位置から立ち上っている噴煙の様子が残されています.ただし,この二つ目の噴煙についてはその後の記載はないため,短期間で活動を停止したと考えられます.その他にも,島民による多数の異なる噴煙位置の伝聞がありますが,いずれも継続的な報告はありません.次節で述べるように,浮き軽石からも水蒸気が放出されていたために,噴火中心を見極めることが困難であったとも考えられます.

海中噴火

噴火は当初,水深300mの海底で生じていたため,海上で観察されるのは主に噴煙と浮き軽石でした.水柱を上げたことは無く,10月下旬に至るまで音響(爆発音)も聞かれませんでした(田中舘,1935b).噴煙は9月21日にはすでに高度1000mに達しています(田中舘,1935d).

田中舘(1935c)には浮き軽石は,粒径が数mでパン皮状の表面を持つものが多く,内部は赤熱し,白煙を放出しており,そのガスの放出が少なくなれば沈む,と記載されています.浮き軽石は海流によって数km以上も流れされており,その軽石流の周辺には変色海水が観察されています.

浮き軽石から放出された白煙も高度800-1000mまで上昇していたとの報告がありますので,噴火地点での噴煙が,浮き軽石の表面から放出されたものだけであるか,海中から上昇したものもあるかは定かではありません.浮き軽石周辺での亜硫酸ガス臭の記載はありますが,その後の陸上噴火の噴煙とは異なり噴煙は白煙である,との記述があるので,噴煙は主に海水の蒸発によるものであったと推定されます.

噴火初期には降灰の記載はなく,11月25日に初めて降灰の記録があり,12月初旬から降灰が盛んになっています(田中舘,1935b,c).同様に噴火初期には島内での火山ガスの影響は希でしたが,10月初旬に亜硫酸を含む雨が硫黄島に降り,11月5日には土壌に亜硫酸が検出されています.海底火山の成長により,火口が海面近傍に至り,火山灰や酸性ガスを直接放出するようになったと考えられます.

陸上噴火・昭和硫黄島成長

昭和硫黄島形成過程
硫黄岳から見た昭和硫黄島(撮影2004年)

12月初旬に噴煙量が急増し,12月7〜8日に新島が出現,その後火口丘が成長しました.12月23日までには高さ20-30mに成長した火口丘は,12月25-30日に一度(崩壊・噴火により?)消滅しましたが,1935年1月5日に再度出現し,その後は安定に成長を続けました(図:昭和硫黄島形成過程).

噴火が陸上で起きるようになって以来,溶岩はパン皮状浮き石ではなくスコリア(火山弾)となり,ストロンボリ式噴火を起こすと共に溶岩流も生じました(田中舘,1935b).ストロンボリ式噴火(発作的噴火とも記載)は周期的に生じ,夜には火柱や赤熱溶岩塊の放出として報告されています.

田中舘(1935d)は1月19日の噴火の繰り返しの推移を以下のように報告しています; 「噴火は1〜3分間隔で,先ず20〜120秒の鳴動が生ずる. その轟音は次第に近くなり大砲の音で終わる. 鳴動の5-10秒後,白煙の中に黒煙が盛り上がり,その中から溶岩塊が放出される. 発作噴煙はやがて白煙となる.」

噴火が陸上で起きるようになって以来,噴煙量・降灰量が増大し,硫黄島における火山灰の被害や煙害も増大しました.特に12〜2月には島内での降灰・ガス雨の記述が繰り返され,1月22日の測定では硫黄島での雨水のpHは5.3の酸性でした(田中舘,1935d).

噴煙・噴火活動の減衰に関する記述は少なく,特に活動の終息時期は明記されていません. 田中舘(1936)においても,3月1日「近頃,灰,ガス混じりの雨降らず」,4月1日「新島の噴煙の量大いに減ず」以外の記載がありません.3月8日には,昭和硫黄島に上陸した島民が5分周期の噴火と灰煙の放出を確認しており,噴火が継続していたことは間違いありませんが,おそらく3月以降,噴火活動が低下して,4月初旬にはほぼ終息したと推定されます.

温泉と火山ガスの変化

硫黄島島内には数多くの温泉が湧出しています.地震活動と共に島内の温泉の温度などにも噴火の前兆現象が現れています(田中舘1935c).9月16日朝に部落の海岸の温泉温度が45-48℃に上昇し,また,その周辺の岩盤に幅1m,長さ0.5〜2.0mの亀裂が生じていました.また,硫黄島港の温泉は17日夜に熱くなり入浴できなくなりましたが,18日の朝までに温度は元に戻った,と伝聞されています.

昭和硫黄島の噴火に関連した,硫黄岳の噴煙(火山ガス)の変化の記述も残っています. 1933年末から1934年1月の口永良部島の噴火以降に硫黄岳噴煙が減ったとの記載があります(田中舘,1935d).また,鈴木(1936)は噴火の四ヶ月前に撮られた写真では噴煙量が噴火後と比べて非常に少ないと指摘しています.昭和硫黄島噴火の直前・直後の硫黄岳の噴煙について記載はありませんが,噴火後(詳細時期不明)には噴火前の4〜5倍に増加したとされています(田中舘,1935b).

地殻変動と噴出量

鬼界カルデラ海底地形図

昭和硫黄島の噴火に伴い,硫黄島・竹島は沈降しています.田中舘(1936)は以下に述べるように地殻変動と噴出量が同程度であり,沈降が噴出により生じていることを示唆しています.

「竹島・硫黄島の海岸線および島内の地下水位などの変化から,竹島の中部と硫黄島の一部は噴火後に少なくとも0.7〜1m沈降している.仮に直径15kmのカルデラが平均1m沈降したとすると,沈降量は0.18km3となる.

それに対し,新島を底面半径500m,頂面半径250m,高さ500mの円錐台とすると,体積は0.184km3となる.浮遊軽石として等量消失したとすると,噴出量は0.37km3と推定される.主に軽石として放出された噴出物の密度が地殻の密度の半分と考えると,沈降と噴出量はほぼ等しくなる.そのため沈降は噴出により生じたと考えて矛盾はない(田中舘,1936).」ただし,沈降量,噴出量の見積り双方の定量性には大きな不確定性があることには留意が必要です.

噴出量0.37km3の推定には大きな誤差が含まれますが,桁としては正しいと考えられます.昭和硫黄島の噴火によるマグマ噴出量は,1990-1995年の雲仙平成新山噴火のマグマ噴出量(0.18km3)に匹敵もしくは上回るものであり,昭和での最大規模の噴火であったと言えます.

引用文献

鎌田政明(1964)鹿児島県硫黄島の火山と地熱. 地熱, vol.3, 1-23.

鈴木 醇(1936)吐噶喇火山群島を廻りて. 火山, vol.2, p.297-326.

田中館秀三(1935a)昭和9年鹿児島県硫黄島付近噴火資料. 岩鉱, vol.13, p.184-190.

田中館秀三(1935b)硫黄島新島噴火概報. 岩鉱, vol.13, p.201-213.

田中館秀三(1935c)昭和9年鹿児島県硫黄島付近噴火資料(続). 岩鉱, vol.13, p.283-288.

田中館秀三(1935d)鹿児島県下硫黄島噴火概報. 火山, vol.2, p.188-209.

田中館秀三(1935e)硫黄島新島及び武富島噴火岩の化学成分. 岩鉱, vol.14, p.36-38.

田中館秀三(1936)薩南硫黄島新島第2回調査概報. 岩鉱, vol.16, p.67-74.

田中館秀三(1939)薩南硫黄島新島(昭和硫黄島)発達の過程. 地質雑, vol.46. p.279-280.

安井 豊(1962)南九州の群発地震についての一調査.験震時報,vol.27, p.9-24.


(篠原宏志)





火山ガス・熱水活動

火山ガス

火山研究解説集:薩摩硫黄島
詳細版 目次

1 地質・岩石:

構造 噴火史 岩石 同位体・微量成分 メルト包有物

2 火山活動:

最近の活動 昭和硫黄島

3 火山ガス・熱水活動:

火山ガス SO2放出量 温泉 海底遊離ガス 土壌ガス 変質 ガス分別

4 放熱量:

衛星観測 総放熱量 火山熱水系

5 地球物理観測:

地震活動 地殻変動 その他

6 マグマ活動:

脱ガス過程 マグマ溜まり

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  • 大鉢奥高温噴気孔


はじめに

大鉢奥高温噴気孔

薩摩硫黄島火山の硫黄岳山頂からは最高800〜900℃の高温火山ガスが長期間継続的に放出されており,地下のマグマ活動と密接に関連していると考えられています.この高温火山ガスの分別により低温火山ガス,温泉,土壌ガスが生じ,また,その分別過程の影響により変質帯や地熱異常などが形成されています.高温噴気孔の周囲にはモリブデンブルーをはじめとする,様々な特徴的な昇華物(→昇華物)が観察されます(写真:大鉢奥高温噴気孔).

薩摩硫黄島火山における火山ガスの研究は1950年代後半から始められており,1960年代には鹿児島大学鎌田らのグループにより山頂火口内の多くの噴気孔の調査が実施されました(鎌田, 1964, 1972;Matsuo et al., 1974).薩摩硫黄島火山の火山ガスは非常に高温であり,マグマから放出された後の二次的な変質を受けていない,ほぼマグマ起源のガスであると考えられるため,化学・同位体組成に関する多くの研究が行われています.

産業技術総合研究所による火山ガス観測は1990年以降継続的に実施されています.薩摩硫黄島火山の火山ガス組成の特徴はShinohara et al. (1993),1990-2001年の間の火山ガス組成の経年変化についてはShinohara et al. (2002),火山ガス観測による短期変動の評価についてはSaito et al. (2002)にまとめられています.

噴気孔分布

火山ガス温泉分布

硫黄岳山頂火口内外に最高温度800〜900℃の高温噴気孔が分布するほか(写真:1991年大鉢奥高温噴気帯),山頂火口周辺には100〜800℃の様々な温度の噴気孔が分布しています(写真:山頂火口内低温噴気孔群).

山麓の谷筋には100℃程度の低温噴気孔が分布します(写真:硫黄岳山麓西の低温噴気地帯(物草)).

噴気孔の分布は硫黄岳の山頂・山腹に限られます(図:火山ガス温泉分布)が,地温異常・土壌ガスの放出などは山麓の広い範囲で生じています(詳しくは→火山から放出される熱衛星による観測土壌ガスへ).

噴気孔分布の変化

山頂高温噴気孔分布
1990年山頂火口全景
2001年11月山頂火口全景

山頂火口内外の高温噴気孔の分布は,1960年代から観測されています.高温噴気孔は,火口の中心部ではなく,火口縁(火口内外の斜面)に主に分布している(図:山頂高温噴気孔分布).

1960年代から2005年まで,黒燃(くろもえ),中の江,荒山,などの主な高温噴気地帯(写真:1990年山頂火口全景) の分布には大きな変化はありませんが,最も活発な噴気地帯は時間と共に異なっており,各噴気地帯の最高温度にも変化が見られます(鎌田,1964;Kanzaki et al., 1979).

その中で特異的な変化は,1990年代の火口中央部の高温噴気地帯の生成から竪穴状火孔の形成・拡大です(写真:2001年11月山頂火口全景,→最近の火山活動の推移).

また,山麓の低温噴気孔の分布にはほとんど変化は見られません.


噴気最高温度

噴気最高温度の変化

薩摩硫黄島火山は,800〜900℃の高温噴気孔がアクセス可能な場所にある世界でも数少ない火山の一つです.今までに測定された最高噴気温度は900℃(1994年)であり,多少の変動はあるものの1970年代以降,800〜900℃の高温噴気孔が継続的に存在しています(図:噴気最高温度の変化).

この温度は,定常的な噴気孔温度としては,択捉島の茂世路火山(Kudriavy火山)の920〜940℃(Korzhinsky et al., 2002)に次いで世界に二番目に高温です.

硫黄岳および昭和硫黄島噴火の流紋岩マグマの温度は900〜1000℃と見積もられています(→岩石学).噴気孔の最高温度はそのマグマ温度よりわずかに低いだけであるので,高温火山ガスは,地表の極く近傍でマグマから放出されたマグマ性ガスそのものであると推定されています.

火山ガス組成

火山ガスの採取分析方法
火山ガス組成H2O-CO2-St
火山ガス組成CO2-St-Cl

火山ガスは,この写真のように噴気孔にチタン製または石英ガラス製のパイプを差し込み,特殊な採取容器に火山ガスを導入して採取します.持ち帰った試料について,機器分析や湿式分析を行い,化学・同位体組成を決定します(図:火山ガスの採取分析方法).

上記のように800〜900℃の高温火山ガスは,マグマから直接由来していると考えられています.メルト包有物の分析で推定されたマグマ中の揮発性成分の組成(→メルト包有物)は,高温火山ガスの組成と似通っています.このことは,高温火山ガスがマグマから地表付近の低圧下で放出されてものであることを示しています.

高温火山ガスの組成はH2Oが全体の97%以上を占め,その他はCO2(~0.4%), S(~1%), HCl(0.5~0.7%), H2(~0.5%),HF(<0.06%)等です.この組成は島弧の高温火山ガスの一般的な特徴におおまかに一致しています.しかし,より詳しく他の島弧と比較してみると,CO2濃度が低いことがわかります(図:火山ガス組成H2O-CO2-St).この組成はマグマ中のガス成分の組成を反映しており,薩摩硫黄島火山の流紋岩マグマがCO2に乏しいという特徴に起因していると考えられます.

一方,薩摩硫黄島火山内での火山ガス組成の変動について見てみると,山頂高温火山ガスの組成は狭い組成範囲に分布しているのに対し,山頂低温火山ガス(<600℃)の組成は高温火山ガスの組成におおまかには近いが,そこからずれるように様々な組成を持っています. 山頂の低温火山ガスには,地下水などの混入の影響が見られないことから(→安定同位体),高温ガスの冷却によるガス成分間や岩石・熱水との反応により様々な組成が生じていることが推定されます. 特に塩化水素(HCl)濃度の変動幅が大きいです(図:火山ガス組成CO2-St-HCl).HClは液体の水への溶解度が大きいため,火山ガスの主成分であるH2Oが低温で凝縮すると,凝縮液の方に濃縮され,火山ガスから除かれます.このプロセスによって組成変動が起きている可能性があります.また,硫黄(S)の変動については,火山ガスの温度低下により自然硫黄が析出し火山ガスから除かれることがあります.図(火山ガス組成CO2-St-HCl)上で低温の山頂火山ガスが高温の火山ガスと比較してSt(総硫黄濃度)のコーナー近傍に偏っているのは,すでに火山ガスから析出して地下にあった自然硫黄が,火山ガスに付加したためと推定されます.

山麓の低温火山ガスは,酸性ガス(特にHCl)に乏しく,高温火山ガスが地下水などを通じて上昇する際に酸性成分が溶存して失われたものと考えられます.

高温火山ガス組成の変化

火山ガス組成変動

1990年以降,最高温度の噴気孔の火山ガス組成観測が行われています(Shinohara et al., 1993; 2002).その結果(図:火山ガス組成変動)によると,火山ガスの主成分組成はほぼ一定です.特に,長期間の変動幅は,同時期に複数個採取された試料の組成幅と同程度であり,誤差の範囲で火山ガス組成は1990〜2005年の間,一定であると推定されます.

また,化学組成・同位体組成の分単位での短期変動についてはSaito et al. (2002)が測定していますが,長期の変動と同様に,顕著な変動は観察されていません.

火山ガスの主成分組成は,マグマ中の揮発性物質濃度と脱ガス条件(圧力)により規制されていると考えられます.そのため,主成分組成が一定であることは,硫黄岳山頂火口では同じ組成のマグマから同じ条件(過程)で火山ガスが放出され続けていることを意味します(→脱ガス過程).


火山ガス中の反応

噴気温度と見かけの平衡温度の変化

高温火山ガスの特徴的な成分であるH2およびCO濃度は,以下の化学反応により規制されています:

2H2O + H2S = SO2 + 3H2 (1)

CO2 +H2 = H2O + CO (2)

火山ガス組成から,それぞれの反応の見かけの平衡温度が計算できます.反応式(1)に対応する見かけの平衡温度をAETS,反応式(2)に対応する見かけの平衡温度をAETCとして図(噴気温度と見かけの平衡温度の変化)に示しました.高温火山ガスの見かけの平衡温度はいずれも噴気孔実測温度と同様であり,これらのガスが出口付近温度で化学平衡にあったことを示しています.

また,高温火山ガス中のCOの炭素同位体比も,噴気孔温度でCO2と同位体平衡にある事を示しており(Sato et al., 2002),(2)の反応に関しては化学平衡のみならず同位体平衡にもあったことが確かめられています.

火山ガス中のCH4の濃度を規制する反応としては,以下の反応が考えられます:

CO2 + 4H2 = 2H2O + CH4 (3)

高温火山ガスがこの反応について平衡である場合は通常検出可能な濃度のCH4が存在することはありませんが,実際にはCH4が存在する場合があります.このCH4の炭素同位体比はCOとは異なり,CO2とは同位体平衡ではありません(Sato et al., 2002).これらから,高温火山ガス中のCH4は周囲の低温条件下で生成したガスの混入であることが推定されています.

安定同位体

火山ガス同位体組成

地球化学では,ある物質の元素の起源や挙動,ある過程の起こった温度を推定する方法として,元素の安定同位体組成を用います.火山ガスについても,水の水素・酸素同位体比(D/H,18O/16O,Dは質量数2の水素)や炭素・硫黄同位体比(13C/12C,34S/32S)を用いて,火山ガスを構成する元素の起源が推定できます.

高温火山ガスの水の水素・酸素同位体比はそれぞれ,-30±5‰,+7±1‰(‰は標準物質の同位体比に対する千分偏差を示す単位,水素・酸素同位体比の標準物質は平均海水)であり,典型的な島弧のマグマ水の同位体組成を持っています(図:火山ガス同位体組成;Matsuo et al., 1974; 松葉谷ほか,1975;Shinohara et al., 1993).山頂に分布する低温火山ガスも,高温火山ガスと同様の同位体組成を持ち,天水などの混合の影響は見られません. 山麓に分布する低温火山ガスの水の同位体組成は天水との混合線の中間に位置するため,山麓の低温火山ガスは高温火山ガスと天水の混合により生じたと推定されています.(→温泉・地下水)

一方,二酸化炭素の炭素同位体比は-5‰程度であり,島弧火山ガスに典型的な値を持っています.

硫黄同位体比は+12‰程度であり,多くの島弧火山ガスの同位体比+5±5‰より明らかに大きいです(松葉谷ほか,1975;笠作ほか,1999).火山岩中の硫黄同位体比も,火山ガス同様+10〜+15‰であり,一般的な島弧火山岩の硫黄同位体比〜5‰より高いがその原因は明確ではありません(Ueda and Sakai, 1982).

昇華物

火口内の高温噴気孔付近のモリブデンブルー

高温噴気孔の周囲には,火山ガスによる変質帯と火山ガスから生じた昇華物が分布しています(→熱水変質).その中でも特徴的なものは,写真(火口内の高温噴気孔付近のモリブデンブルー)のようなモリブデンブルーと呼ばれる鮮やかな青色昇華物です(吉田ほか,1972).その他にも,高温火山ガス中には多くの貴金属を含む金属元素(Hedenquist et al., 1994;Mambo and Yoshida, 1993;Sakamoto et al., 2003)等が含まれていることが知られており,多種多様な昇華物組成(鎌田,1964;Africano et al., 2002)が観察されています.

その他

薩摩硫黄島火山の火山ガスのN2-He-Ar組成は,沈み込み帯の火山ガスの中で,最もN2/He比が小さい範囲に分布します(Shinohara et al., 1993).沈み込み帯の火山ガスは,マントル起源の火山ガスと比較して,N2/He比が大きく,沈み込む堆積物起源のN2の寄与が原因と考えられています.その中でも,N2/He比には幅があり,例えば東北日本では比が大きく,西南日本では小さく,それぞれの沈み込み帯における堆積物の寄与の大きさを反映していると考えられています(Kita et al., 1993).薩摩硫黄島火山の火山ガス組成は,西南日本の範囲に収まります.

薩摩硫黄島火山の火山ガスのヘリウム同位体比(3He/4He)は,Marty et al. (1989)やFourre et al. (2002)により,典型的な島弧火山ガスと同様の高い値(8Ra,Raは大気中の3He/4He比)を持つことが示されています.このような高い3He/4He比は温泉,海底遊離ガス(7〜8Ra;→海底遊離ガス),昭和硫黄島においても観測されています(Fourre et al., 2002).

その他,火山ガス中の硼素同位体比(Kanzaki et al., 1979; Nomura et al., 1982),メタンと一酸化炭素の炭素同位体比(Sato et al., 2002),ヨウ素(129I/I)同位体比(Snyder et al., 2002),鉛やビスマスなど放射性元素(Le Cloarec and Pennisi, 2002),ハロカーボン(Jordan et al., 2000)など多くの研究が行われています.

高温火山ガスの凝縮水のトリチウム濃度はGoff and Murry (2000)により検出限界程度と測定され,高温火山ガスには天水の寄与がないことが示されています.同様の結論は高温火山ガスの36Cl/Cl比がほぼ0であることからも確かめられています(Snyder et al., 2002).

引用文献

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Goff, F. and McMurtry, G. M. (2000) Tritium and stable isotopes of magmatic waters. J. Volcanol. Geotherm. Res., vol.97, p.347-396.

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Jordan, A., Harnisch, J., Borchers, R., Le Guern, F. and Shinohara, H. (2000) Volcanogenic Halocarbons. Envron. Sci. Tech., vol.34, p.1122-1124.

鎌田政明(1964)鹿児島県硫黄島の火山と地熱.地熱, vol.3, p.1-23.

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Kanzaki, T., Toshida, M., Nomura, M., Kakihana, H. and Ozawa, T. (1979) Boron isotopic compositions of fumarolic condensates and sassolites from Satsuma Iwo-jima, Japan. Geochim. Cosmochim. Acta, vol.43, p.1859-1863.

笠作欣一・實成隆志・向井人史・村野健太郎(1999)桜島および薩摩硫黄島における火山ガスの硫黄同位体比と鹿児島県内の香水への火山ガスの影響評価. 日本化学会誌, vol.1999, p.479-486.

Kita, I., Nitta, K., Nagao, K., Taguchi, S. and Koga, A. (1993) Difference in N2/Ar ratio of magmatic gases from northeast and southwest Japan: New evidence for different states of plate subduction. Geology, vol.21, p.391-394.

Korzhinsky, M. A., Botcharnikov, R. E., Tkachenko, S. I. and Steinberg, G. S. (2002) Decade-long study of degassing at Kudriavy volcano, Iturup, Kurile Islands (1990-1999): Gas temperature and composition variations, and occurrence of 1999 phreatic eruption. Earth Planets and Space, vol.54, p.337-347.

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Marty, B., Jambon, A. and Sano, Y. (1989) Helium isotopes and CO2 in volcanic gases of Japan. Chem. Geol., vol.76, p.25-40.

松葉谷治・上田 晃・日下部実・松久幸敬・酒井 均・佐々木昭(1975)薩摩硫黄島および九州のニ,三の地域の火山ならびに温泉についての同位体化学的調査報告. 地質調査所月報, vol.26, p.375-392.

Matsuo, S., Suzuoki, T., Kusakabe, M., Wada, H. and Suzuki, N. (1974) Isotopic and chemical composition of volcanic gases from Satsuma-Iwojima , Japan. Geochem. J., vol.8, p.165-173.

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Ueda, A. and Sakai, H. (1982) Sulfur isotope study of the volcanic rocks from Satsuma-Iwojima, a volcanic island southwest Kyushu, Japan. Short Papers of Fifth International Conference of Geochronology, Cosmochronology and Isotope Geology, p.373-375.

吉田 稔・小沢竹二郎・小坂丈予 (1972)薩摩硫黄島に火山性昇華物として生じるモリブデン鉱物ーモリブデンブルーおよびモリブデナイトー.日本化学会誌, vol.1972, p.575-583.

参考文献

松尾禎士監修(1989)地球化学.講談社サイエンティフィック,266p.

酒井 均・松久幸敬(1996)安定同位体地球化学.東京大学出版会,403p.

J.ヘフス(2007)同位体地球化学の基礎.和田秀樹・服部陽子訳,シュプリンガー・ジャパン,383p.


(篠原宏志)


SO2放出量

火山研究解説集:薩摩硫黄島
詳細版 目次

1 地質・岩石:

構造 噴火史 岩石 同位体・微量成分 メルト包有物

2 火山活動:

最近の活動 昭和硫黄島

3 火山ガス・熱水活動:

火山ガス SO2放出量 温泉 海底遊離ガス 土壌ガス 変質 ガス分別

4 放熱量:

衛星観測 総放熱量 火山熱水系

5 地球物理観測:

地震活動 地殻変動 その他

6 マグマ活動:

脱ガス過程 マグマ溜まり

Cospec teiten sm.jpg

  • 硫黄島でのCOSPECによるSO2放出量観測


はじめに

硫黄岳の山頂火口から放出されている噴煙は,マグマ起源ガスを主体とした火山ガスです.マグマ活動システムの解明や火山活動の監視をする上で火山ガス放出量を観測することは重要です.1970年代になって火山ガスに含まれるSO2(二酸化硫黄)の噴煙中の濃度の遠隔観測が可能になりました(大喜多・下鶴,1975).

観測手法

COSPECによるSO2放出量観測
COMPUSS本体

SO2放出量の観測は,2002年頃まではCOSPEC(Correlation spectrometer,相関スペクトロメーター)という大型の装置を用いて行われていました(左写真:COSPECによるSO2放出量観測).近年,DOAS(Differential optical absorption spectroscopy)という手法を用いた小型かつ安価の観測装置(COMPUSS: Compact ultraviolet spectrometer system; 右写真:COMPUSS本体)が開発され(Mori et al., 2007),その装置を用いた観測が一般的になりつつあります.どちらの装置も,基本的な観測原理は同じで,太陽の散乱紫外光を光源とし,SO2により特定の波長域の光が吸収されることを利用して光路上のSO2濃度を測定しています.これらの装置を用いて噴煙の断面のSO2濃度分布を求め,その噴煙の移動速度をかけることにより,単位時間当りのSO2の放出量値(以下,本ホームページでは「SO2放出量」と呼びます)を算出します.一般的によく使われるSO2放出量の単位は,トン/日(一日当りに放出されたSO2の質量)です.

SO2放出量の観測方法

噴煙の断面のSO2濃度の観測手法としては,定点観測法(パンニング法)とトラバース法の2種類があります(図:SO2放出量の観測方法). 定点観測手法では,ある定点において,噴煙を水平あるいは垂直にスキャンすることで,断面のSO2濃度分布を測定します.一方,トラバース法では,装置を真上に向けた状態で自動車,船,航空機などに取り付け,噴煙の下を通過することで,噴煙の断面のSO2濃度分布を測定します.定点観測法では,一般に観測地点から噴煙までの距離が長いため,噴煙を通過した後で生じる光の散乱により,観測に用いる波長によってSO2濃度が著しく低く観測されることがわかってきました(Mori et al., 2006).この効果が大きい場合は,観測値を補正する必要があります.

SO2放出量とその変化

硫黄島でのCOSPECによるSO2放出量観測

薩摩硫黄島火山においては,1975年に最初のSO2放出量観測が行われました.COSPECを船に搭載し,トラバース観測によって放出量値が得られています.その後,1990年からは島内において定点観測法による観測が始められました(写真:硫黄島でのCOSPECによるSO2放出量観測).1994年からほぼ毎年観測値が得られています(Kazahaya et al., 2002).

SO2放出量の変化(1990-2004)

本火山では,観測地点に制約があったため,定点観測法が多用されてきました.しかし,上述のように,定点観測法には噴煙断面のSO2濃度を過小評価している可能性があるため,2003年以降,トラバース法を併用して,定点観測法の誤差の見積りを行っています.その結果,これまでの定点観測法による放出量値は大幅に過小評価されており,実際の放出量は定点観測値の約2.5倍の,平均1300トン/日(暫定値; Ohwada, unpublished data)であることがわかりました(図:SO2放出量の変化(1990-2004)).補正後の定点観測法の値はトラバース法による値とよく一致しています.放出量の変動については,図(SO2放出量の変化(1990-2004))にてあきらかなように大きな変動はなく,1000―1500トン/日で安定しているように見えます.


火山ガス放出量

COSPECもしくはCOMPUSSによって観測されたSO2放出量と火山ガス組成を組み合わせることにより,火山ガス種それぞれの放出量を求めることができます.山頂部の高温火山ガスの組成は,H2O:CO2:S:Cl(モル比)がそれぞれ97.5:0.38:0.98:0.58でした(Shinohara et al., 1993; 2002).火山ガス中の硫黄化合物は主にSO2とH2Sで,SO2/H2S比は7〜22です.ここでは,この比を10として,各ガス種の放出量を求めてみます.SO2放出量が平均1300トン/日であるから,H2S放出量は70トン(H2S)/日程度です.従って,全硫黄(Sとして)の放出量は,700トン(S)/日になります.

同様に,H2Oは40000トン(H2O)/日,CO2は370トン(CO2)/日,Clは460トン(Cl)/日となります.硫黄島では,山頂部から放出される火山ガスがほぼすべてマグマ起源と考えられることから,これらの放出量はマグマ起源ガスの放出量となります.

引用文献

Mori, T., Hirabayashi, J., Kazahaya, K., Mori, T. and Ohwada, M. (2007) Use of a COMPact Ultraviolet Spectrometer System (COMPUSS ) for monitoring volcanic SO2 emission: Validation and preliminary observation. Bull. Volcanol. Soc. Japan, vol.52, p.105-112.

Mori ,T., Mori, T., Kazahaya, K., Ohwada, M., Hirabayashi, J. and Yoshikawa, S. (2006) Effect of UV scattering on SO2 emission rate measurements, Geophys. Res. Lett., vol.33, no.17, L17315 10.1029/2006GL026285.

Kazahaya, K., Shinohara, H. and Saito, G. (2002) Degassing process of Satsuma-Iwojima volcano, Japan: Supply of volatile components from a deep magma chamber. Earth Planets and Space, vol.54, p.327-335.

大喜多敏一・下鶴大輔(1975)火山ガスのリモートセンシング―火山から放出される SO2の測定―.火山,vol.19,p.151―157.

Shinohara, H., Giggenbach, W. F., Kazahaya, K. and Hedenquist, J. W. (1993) Geochemistry of volcanic gases and hot springs of Satsuma-Iwojima, Japan: Following Matsuo. Geochem. J., vol.27, p.271-285.

Shinohara, H., Kazahaya, K., Saito, G., Matsushima, N. and Kawanabe, Y. (2002) Degassing activity from Iwodake rhyolitic cone, Satsuma-Iwojima volcano, Japan: Formation of a new degassing vent, 1990-1999. Earth Planets and Space, vol.54, p.175-185.


(風早康平)


温泉・地下水

火山研究解説集:薩摩硫黄島
詳細版 目次

1 地質・岩石:

構造 噴火史 岩石 同位体・微量成分 メルト包有物

2 火山活動:

最近の活動 昭和硫黄島

3 火山ガス・熱水活動:

火山ガス SO2放出量 温泉 海底遊離ガス 土壌ガス 変質 ガス分別

4 放熱量:

衛星観測 総放熱量 火山熱水系

5 地球物理観測:

地震活動 地殻変動 その他

6 マグマ活動:

脱ガス過程 マグマ溜まり

96Heli-Akayu-Higashi.jpg

  • 温泉による海水の変色.左:赤湯,中央:東温泉


はじめに

薩摩硫黄島地質図

硫黄島は鬼界カルデラの北西縁にあり,島の西部および北部はカルデラの外輪山で,主に溶岩から成り立っています(薩摩硫黄島地質図).島の南部〜東部では,カルデラ噴火後に誕生した硫黄岳および稲村岳があり,その噴出物やそれらの二次堆積物により成り立っています.外輪山は溶岩であるため,亀裂系の地下水が存在していると考えられます.透水性はいいですが,賦存量は少ないと考えられます.

硫黄島の水源は地下水です.この地下水は,長浜〜稲村岳周辺において,ほぼ海水準まで掘削することにより得られています.この場所は,火山噴出物の二次堆積物であり,良好な帯水層が形成されていると考えられます.硫黄岳の近くにおいても帯水層は存在していますが,火山の熱やガスなどの影響を受けており(→その他の観測(坑井,電気,磁気,重力,自然電位)),飲用には適しませんが,温泉として利用されています.

温泉・地下水の分布と水質

地下水の採取場所及び,水系区分

地下水,温泉水の採取場所を水系図に示します.参考までに,火山ガス噴気孔の位置も示してあります.

地下水はすべて掘削井で,現在利用されているのは,長浜の集落内だけです.これらの水源井は,ガイベン・ヘルツベルグのレンズ(島の地下で海水の上にレンズ状に浮いている淡水層)を形成している地下水を揚水するため,海水準付近に達し地下水が出てきたところで掘り止めています.従って,これらの井戸水はすべて,この島の浅層地下水を採水していると考えられます.硫黄岳を取り囲むように存在する井戸は1975-1977年の地熱調査ボーリングによるもので,現在は存在していません.

硫黄島の温泉は,硫黄岳周辺,稲村岳周辺の海岸,カルデラ縁の外側に分布しています.また,昭和硫黄島上においても高温の温泉が湧出しています.これらの温泉は,すべて自然湧出です.以下に,各温泉について概説します.

硫黄岳周辺の温泉

東温泉
火山ガス・温泉・土壌ガス分布

東温泉は,硫黄岳南麓の海岸に湧出する強酸性泉(pH<2)です(位置は図:火山ガス・温泉・土壌ガス分布を参照).泉温は50〜60℃で,季節変化はあるものの,1935年(昭和硫黄島噴火時期)の測定(57℃;鎌田ほか,1974)から2001年まで(2001年11月測定時は54.0℃)変化は見られません.

平家城(へいけのじょう)温泉は,平家城の南,穴(けつ)の浜北端の海岸,汀辺の砂の中から湧出しています.干潮時に,砂浜を掘ると温泉が湧出してきます.泉温・pHは海水との混合率にもよると思われますが,鎌田(1972)では70℃前後,pH1〜2と報告されています.また,穴の浜のより南側でも同様に砂の中から湧出している温泉が確認されています(2003年3月測定時は泉温50℃).

この温泉が海水と混合することにより,溶存していたアルミニウムやシリカによる白色の沈殿による変色海域を生じています(写真).


稲村岳周辺:赤湯・長浜温泉

左:赤湯,中央:東温泉
長浜温泉によって赤色化している硫黄島港内の海水

赤湯は,稲村岳南麓の海岸の溶岩流の割れ目から干潮時に温泉ガスを付随して湧出しています(図:火山ガス・温泉・土壌ガス分布).

長浜温泉は,1980年頃までは硫黄島港内の砂浜で湧出していましたが,約20年前の港湾の桟橋等の建造により湧出口が見えなくなっています(右写真).泉温は,2001年11月測定時は最大で60℃でした.

これらの温泉が海水と混合し,鉄水酸化物の赤褐色沈殿による変色海域が生じています.


カルデラ縁の外側:坂本温泉,ウタン浜温泉

坂本温泉は,硫黄島の北岸の海岸縁(海面下)から湧出しています(図:火山ガス・温泉・土壌ガス分布).泉温は2002年11月調査時で55.0℃であり,ほぼ中性(pH6〜7)です.

ウタン浜温泉は,坂本温泉と平家城の間の砂浜部にあります.平家城温泉と同様に,干潮時に砂浜を掘ると強酸性温泉が湧出してきます.

昭和硫黄島の温泉

昭和硫黄島中央部南岸に湧出しています.沿岸数mの位置には海底遊離ガスを伴った温泉が湧出しています.

その他,坂本温泉,東温泉,湯の滝沿岸部においても海底より温泉が湧出しています.東温泉沿岸部では,海底遊離ガスを伴っています.

地下水,温泉水の水質

地下水,温泉水の水質分布図

これらの地下水,温泉水の水質をヘキサダイヤグラムにして水質図に示します.溶存成分濃度が極端に異なるので,ヘキサダイヤグラムのスケール表示を3種類にして色分けしてあります.オレンジ色のハッチで示した長浜の井戸の地下水だけが溶存成分が少なく,pHも6〜7であり,飲用に適した水質です.なお,1975〜1977年の地熱調査ボーリング孔の地下水データは完全ではないので,ここでは示してありません.

一方,海岸付近で湧出している温泉のほとんどが海水の影響を受けています.これらは満潮時は湧出口がわからなくなります.例外は.硫黄岳南西に位置し,海水準よりも少し高い位置に湧出口がある東温泉です.海水がほとんど混入していないと考えられるため,SO4濃度が高く,Cl濃度が低い,SO4-Cl型の強酸性(pH 2前後)の水質となっています.

温泉・地下水の起源

温泉水,地下水および火山ガスの水素・酸素同位体比
温泉水,地下水および火山ガスのCl濃度と水の酸素同位体比

火山ガスの項でも述べたように,温泉・地下水の起源は,水の水素・酸素同位体比(D/H,18O/16O)を用いて推定することができます.

温泉水,地下水および火山ガスの水素・酸素同位体比と,温泉水,地下水および火山ガスのCl濃度と水の酸素同位体比を図に示します.火口内で採取された火山ガスの多くは高い酸素同位体比を持ち,マグマ起源であることが示唆されます.硫黄岳の斜面にある噴気孔から放出されている火山ガスは,天水とマグマ水の混合線上にプロットされており,マグマ起源のガスに天水が加わって形成されたガスであると考えられます.

この項では,硫黄島の各温泉の起源について,主に水の同位体的特徴とCl濃度を元に考察します.


硫黄岳周辺の温泉の起源

温泉水はそれぞれ同位体組成に特徴があります.硫黄岳の北にある平家城温泉は,岸辺で湧出する酸性泉ですが,その同位体比は,水素が-25〜-20‰,酸素が-3〜-2‰です(図:温泉水,地下水および火山ガスの水素・酸素同位体比).この値に着目すべき理由は,硫黄岳南西部にある東温泉の湧出水が平家城温泉と天水の混合線上に分布すること,そして,硫黄岳北東部の海岸に湧出する穴の浜温泉が,平家城温泉と海水の混合線上にプロットされることです.さらに,硫黄岳南側の崖から湧出する湯の滝温泉と北部の北平(きたびら)から湧出する温泉は,平家城温泉とマグマ水が混合したものと考えられます.つまり,同位体的には,硫黄岳の周囲から湧出する温泉水は平家城温泉を端成分としていると考えられます.

この平家城温泉水の同位体的特徴がどのようなメカニズムでできたのかは,解釈が難しいです.同位体組成だけでみると(図:温泉水,地下水および火山ガスの水素・酸素同位体比),海水と天水が1:1で混合した地下水が硫黄岳山体内に存在し,その地下水にマグマ水が混合したというシナリオも成立しそうです.しかし,平家城温泉水のCl濃度からは,海水の混入は20%以下であることがわかっています(図:温泉水,地下水および噴気ガスのCl濃度と酸素同位体比の関係).つまり,平家城温泉の形成を海水,天水およびマグマ水の混合だけで説明することはできません.もうひとつの考え方は,涵養・浸透時の蒸発プロセスによる同位体シフトです.硫黄岳山体内部は非常に高温であり,降水も単純に浸透するだけではなく,蒸発の影響を大きく受けると考えられます.非平衡蒸発プロセスが起きると,温度にかかわらず,水の同位体組成は水素・酸素同位体図上で傾き5の直線上を動くことがわかっています.特徴的な平家城温泉水と地域の天水の関係は,傾きがほぼ5の直線で結ぶことができます.硫黄岳山体内部には,天水起源であるが,蒸発の影響を大きく受けた水が地下水として存在している可能性があります.

カルデラ縁の外側の温泉の起源

坑井の水位および孔低温度

次に,外輪山の外側で湧出している坂本温泉とウタン浜温泉について述べます.水の同位体組成およびCl濃度の関係から,両温泉ともに単純な天水と海水の混合系であることがわかります.これは,マグマ性ガスの混入を否定するものではありませんが,その寄与が非常に小さいことを意味しています.ただし,温泉の温度は60℃ほどあることから,火山の影響を受けていることは間違いありません.両温泉に近接するカルデラ壁の内側では,高温の地下水が存在し(図:坑井の水位および孔低温度,詳しくは→その他の観測(坑井,電気,磁気,重力,自然電位)),かつ,高温(〜80℃)の土壌ガス放出があることから(図:土壌ガス経由での火山性CO2放出量の分布,詳しくは→土壌ガス),その熱水システムとの関連が示唆されます.割れ目などを通じて,カルデラ壁を越えて温泉水が流出している可能性があります.

長浜温泉の起源

最後に,長浜の温泉水についてですが,酸素同位体シフトしたものとそうでないものがあります(図:温泉水,地下水および火山ガスの水の水素・酸素同位体比図:温泉水,地下水および火山ガスのCl濃度と水の酸素同位体比).1990年に採取された試料は,海水と天水の単純な混合で説明可能です.一方,1994年に採取した試料は,砂地で湧出していたものをそのまま採取しました.その試料は,多少海水の混入が見られるものの,酸素同位体比がより高くシフトしているのは明らかであり,マグマ水の混入があることを示しています.現在は,港の改修工事が行われたため,当時と同じ試料をとることは不可能です.

温泉水・地下水の流動と平均滞留時間

地下水,温泉水系の実態を明らかにするには,流動系の把握とその時定数の決定が重要です.滞留時間が比較的短い場合はトリチウム(質量数3の水素)濃度の解析に基づく滞留時間推定手法が最適です.トリチウムは半減期12.5年の放射性核種で,宇宙線による核反応などで大気上層で作られます.トリチウム濃度は,T/Hで表わされ,10-18を1トリチウム単位(TU)としています.

先に示した,地下水,温泉水の起源の結果から,これらの水は天水,海水およびマグマ水の混合であることがわかっています.それぞれの端成分のトリチウム濃度がわかれば,平均滞留時間の最適解を解析することが可能です.

降水中のトリチウム濃度の経時変化
トリチウムを用いた地下水平均滞留時間モデル

まず,左図(降水中のトリチウム濃度の経時変化)に降水のトリチウム濃度を示します.日本での降水トリチウム濃度の長期的な変化は,東京における観測データのみが存在します.図からわかるように,降水のトリチウム濃度は原爆・水爆実験が始まってから桁違いに濃度が高くなっています.このスパイクの痕跡を利用して地下水の平均滞留時間に関する情報を得ることができます.

ところで,降水のトリチウム濃度は,緯度の違いにより異なることがわかっています.東京における降水のトリチウム濃度をそのまま硫黄島での解析に用いることはできません.そこで,1995―1996年にかけて観測した硫黄島における降水のトリチウム濃度と東京での値を比較したところ,硫黄島での降水は東京のそれよりも20-30%低い値であることがわかりました.ここでは,硫黄島における降水のトリチウム濃度は東京での観測値の75%に相当すると仮定し議論を進めます.

地下水系の平均滞留時間を推定するためには,地下水流動モデルを設定する必要があります.「完全混合モデル」は,降水が涵養した後,地下水系内にて完全に混合し,その混合した地下水が流出するというモデルです.「ピストン流モデル」は文字通り降水が涵養し地下水系に移行してから,そのまま混合しないで流動し流出するモデルです.ここではより実際に近いと考えられる完全混合モデルを用います.いずれも,地下水系の容積を流出量で割った値が平均滞留時間になります.使用可能な温泉水・地下水のトリチウム濃度は1974年(松葉谷ほか,1975)および1993年のデータです.それぞれについて計算結果を図(トリチウムを用いた地下水平均滞留時間モデル)に示します.横軸が平均滞留時間で縦軸がそのときのトリチウム濃度です.

各地下水系の平均滞留時間及び,マグマ起源成分量
硫黄島における地下水流動系の概念モデル

完全混合モデルでは,表(各地下水系の平均滞留時間及び,マグマ起源成分量)のように,それぞれ平均滞留時間を求めることができます.1974年および1993年のデータで平均滞留時間が異なっていますが,単純なモデルを計算に用いていることを考慮すると,よく一致していると言えます.すなわち,硫黄島の主地下水流動系であるS1(図:地下水の採取場所及び,水系区分)では,平均滞留時間が約10年であり,硫黄岳周辺山麓のS2~S4では20年程度,そしてカルデラ外へ抜ける坂本温泉系のS5では約30年の平均滞留時間を持つことがわかります.この滞留時間および降水量などから,蒸発散率を45%と仮定した場合に算出された硫黄島地下水系の賦存量および帯水層厚を表に記載しました.これらの地下水系パラメータから,左図のような地下水流動系の概念モデルが考えられます.


温泉・地下水に含まれるマグマ発散物

マグマ発散物の地下水(温泉含む)系からの放出量

地下水の流量などと化学組成,同位体組成(海水・天水・マグマ水の混合比を算出)などからマグマ発散物の地下水(温泉含む)系からの放出量が求められます(表:各地下水系の平均滞留時間及び,マグマ起源成分量表).これを山頂の火山ガスからの放出量とともに図(マグマ発散物の地下水(含む温泉)系からの放出量)に示します.周辺の温泉・地下水系からのマグマ起源ガス種の流出量は,すべてを把握しているわけではないが,山頂からの放出量に比べて規模はかなり小さいと予想されます.

引用文献

鎌田政明(1972) さつま硫黄島の温泉-火山と温泉-.温泉科学,第23巻,第2号,49-53.

鎌田政明・坂元隼雄・大西富雄(1974) 硫黄島火山(鹿児島県)の地球化学的研究.温泉工学会誌, 9, 117-124.

松葉谷治・上田晃・日下部実・松久幸敬・酒井均・佐々木昭(1975)薩摩硫黄島および九州のニ,三の地域の火山ならびに温泉についての同位体化学的調査報告. 地質調査所月報, 26, 375-392.

参考文献

榧根 勇(1992)地下水の世界.日本放送出版協会,221p.

酒井 均・松久幸敬(1996)安定同位体地球化学.東京大学出版会,403p.

山本荘毅編(1968)地球科学講座第9巻 陸水.共立出版株式会社,338p.


(風早康平・森川徳敏・安原正也)


海底遊離ガス

火山研究解説集:薩摩硫黄島
詳細版 目次

1 地質・岩石:

構造 噴火史 岩石 同位体・微量成分 メルト包有物

2 火山活動:

最近の活動 昭和硫黄島

3 火山ガス・熱水活動:

火山ガス SO2放出量 温泉 海底遊離ガス 土壌ガス 変質 ガス分別

4 放熱量:

衛星観測 総放熱量 火山熱水系

5 地球物理観測:

地震活動 地殻変動 その他

6 マグマ活動:

脱ガス過程 マグマ溜まり

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  • 海底湧水・遊離ガス採取

はじめに

海底遊離ガス(昭和硫黄島南方海底,水深約15mの地点)

火山周辺では地下から上昇してきた火山ガス成分は,噴気(→火山ガス)としてだけでなく,顕著な熱異常を伴わないで地表や海底から土壌ガス(→土壌ガス)や海底遊離ガスとして拡散的に放出されます.海底遊離ガスは,水に溶存しきれなかった成分が気泡となり上昇するもので,火山ガスの上昇経路がある場所や放出量が多い場所などで確認できます(図:海底遊離ガス).

海底遊離ガスの分布及び採取方法

薩摩硫黄島火山での海底遊離ガス湧出地点の探査は,研究者自身が潜水し,目視で行っています.これまでの調査範囲は,水深15m程度以浅の沿岸部に限られています.湧出地点では,周囲より明らかに多量の気泡が発生,上昇しています(Fourre et al., 2002).

海底遊離ガスは,昭和硫黄島南岸と東温泉沿岸で確認されています(図:火山ガス温泉分布).また,坂本温泉沿岸,湯の滝沿岸では,海底遊離ガスは確認されていないものの,海底熱水は確認されています.

海底遊離ガス採取方法
遊離ガス採取器具

海底遊離ガスの採取は下記の通りです.プラスチック製のタンクをつないだ漏斗状の器具を湧出地点にかぶせ,プラスチックタンクの中の海水が,漏斗内にたまっていく遊離ガスと置換されるまで待ちます(左図:海底遊離ガス採取方法).プラスチックタンクにガスが満たされた後,タンク中のガスを船上で速やかに各成分分析用のボトルに移し替えます(図:遊離ガス採取).

海底湧水・遊離ガス採取

近年では,採取方法・器具の改良が進み,空気の混入量をより小さくし,同時に海底湧水を採取することができる,右の図(海底湧水・遊離ガス採取)のような器具を使用しています.頂上部にシリンジをつなぐことによって海底からの湧水が採取でき,側頭部よりガスの採取が可能となっています.海底ガスの組成の測定は,火山ガス分析と同様の方法によって行われます(→火山ガス).

海底遊離ガスの化学組成


海底遊離ガス組成(N2-He-Ar)

昭和硫黄島南岸と東温泉沿岸の海底遊離ガスは,CO2が主成分です.例えば,2003年10月に昭和硫黄島沿岸で採取した海底遊離ガスでは98%以上をCO2が占めます.N2, Ar, Heなどがそれに続きます.

これらのガスのN2-He-Arの組成(図:海底遊離ガス組成)は,硫黄岳周辺及び昭和硫黄島の火山ガスの組成(Shinohara et al., 1993)と類似しています(→火山ガス).

また,ヘリウム同位体比(3He/4He)は,7〜8Raを示します.なお,1Raは空気中のヘリウム同位体比(3He/4He = 1.4x10-6)です.この値は,硫黄岳火山ガス・昭和硫黄島陸上の温泉ガス(8Ra;Fourre et al., 2002)とほぼ同じであり,同時に上部マントルの数値に等しく,島弧マグマの典型的な値といえます(→火山ガス).


引用文献

Fourre, E., Le Guern, F. and Jean-Baptiste, P. (2002) Helium isotopes at Satsuma-Iwojima volcano, Japan. Geochem. J., vol.36, no.5, p.493-502.

Shinohara, H., Giggenbach, W. F., Kazahaya, K. and Hedenquist, J. W. (1993) Geochemistry of volcanic gases and hot springs of Satsuma-Iwojima, Japan: Following Matsuo. Geochem. J., vol.27, p.271-285.


(森川徳敏)


土壌ガス

火山研究解説集:薩摩硫黄島
詳細版 目次

1 地質・岩石:

構造 噴火史 岩石 同位体・微量成分 メルト包有物

2 火山活動:

最近の活動 昭和硫黄島

3 火山ガス・熱水活動:

火山ガス SO2放出量 温泉 海底遊離ガス 土壌ガス 変質 ガス分別

4 放熱量:

衛星観測 総放熱量 火山熱水系

5 地球物理観測:

地震活動 地殻変動 その他

6 マグマ活動:

脱ガス過程 マグマ溜まり

SoilGasChamberMethod.jpg

  • 土壌ガスの放出量測定


はじめに

土壌中に存在するガス成分は,通常は空気と植物や微生物の呼吸・腐食などにより発生したガス成分がほとんどです.しかし,火山周辺では地下から上昇してきた火山ガス成分が,噴気などのような顕著な熱異常を伴わずに土壌ガスとして拡散的に放出されている場合があります.土壌ガスによる火山ガス成分の単位面積あたりの放出量は小さいですが,広い面積から放出されているため,総放出量が非常に大きい場合があります.このため,土壌ガス観測は火山全体のガス成分の放出過程の理解には欠かせません.また,土壌ガス経由で放出される火山ガス成分の分布は,地下構造や地下深部からの火山ガスの上昇経路を示す手がかりともなります.特に,土壌ガスに含まれるCO2は火山ガスの主成分の一つであり,火山の活動評価を行うために,その放出量観測が実施されています.

薩摩硫黄島火山の土壌ガス調査はShimoike et al. (2002)により行われ,山頂からの噴気による放出量の数%程度の火山性CO2が,山麓からも土壌ガス経由で放出されていると推定されています.

測定方法

チャンバー法
土壌ガス採取方法

土壌からのCO2の放出量測定は,チャンバー法を用いて行います.チャンバー法は,一定容積の容器を地面にかぶせ,その内部のCO2濃度の増加速度から,地面(土壌)からのCO2放出量を算出する方法です.

また,土壌ガスの化学組成やCO2の炭素同位体比を測定するために,地表下数十cmの深さまでプローブ(細いパイプ)を打ち込み,分析用の土壌ガス試料も採取します(写真:土壌ガス採取方法).


土壌ガスCO2濃度と同位体比の関係

火山周辺の土壌から放出されるCO2には,主に大気,生物活動および火山ガスを起源とするCO2が混在しています(図:土壌ガスCO2濃度と同位体比の関係).そのため,火山性CO2の放出量を知るには,土壌ガス中の全CO2に対する火山性CO2の割合を求めなければなりません.大気,生物活動および火山ガスを起源とするCO2はそれぞれ特徴的な炭素同位体比と濃度を持っています.そのため,採取した土壌ガス中のCO2濃度と炭素同位体の関係から火山ガス起源CO2の割合を推定し,この値を放出量に乗ずることにより火山性CO2の放出量を推定する事ができます.

放出量と分布

土壌ガスの放出量の多い場所
土壌ガス経由での火山性CO2放出量の分布
火山ガス温泉分布

硫黄島での土壌ガス経由での火山性CO2放出量を図(土壌ガス経由での火山性CO2放出量の分布)に示します.火山性CO2放出量は,場所により大きく異なります.放出量は多くの地点で2 (g/m2d)以下ですが,その10倍以上の放出量を持つ地点も,硫黄岳周辺,カルデラ壁沿いおよび温泉湧出点の近傍に分布しています(図:火山ガス温泉分布も参照下さい).特に,硫黄岳北西のカルデラ壁沿いには高放出量の地点が広く分布しており,中でも矢筈岳斜面の高放出量地点(図:土壌ガスの放出量の多い場所)は,温度80℃に達する熱異常を伴い,植生の破壊が生じています.

図(土壌ガス経由での火山性CO2放出量の分布)に示された,火山性CO2放出量の総和は20トン/日です.山頂部から放出されている火山ガスのSO2放出量とその化学組成から,火山ガスとして放出されているCO2量は370 トン/日と見積もられています(→SO2放出量).

従って,土壌ガス経由での火山性CO2の放出量は,火山全体からの数〜10%と推定されます.ただし,Shimoike et al. (2002)では山麓の平坦な地域に測定地点が限られており,硫黄岳,稲村岳および矢筈岳の斜面などでの測定は行われていません.そのため,実際の土壌ガス経由での火山性CO2放出量は,この推定値より大きいと考えられます.

起源と放出過程

マグマから放出される高温火山ガスは,CO2の他は,水や酸性ガスが主成分です(→火山ガス).そのため,地下での冷却や地下水との反応により,水や酸性成分は凝縮して除かれ,反応性に乏しいCO2のみが地表まで達して土壌ガスとして放出されます(→火山ガス分別過程).

土壌ガス放出量の高いカルデラ沿いの地域は,坑井の坑底温度も高いため(図:地下水位および坑底温度を参照),地下から高温の流体(火山ガス)が上昇していることが推定されます.

しかし,この高温の流体が山頂で放出されている高温火山ガスと全く同じ起源を持つかどうかは定かでありません.土壌ガス経由の火山性CO2の放出は,硫黄岳周辺の他,カルデラ壁近傍や稲村岳周辺に分布しているため,カルデラ壁沿いおよび稲村岳においても,硫黄岳とは別の地下の流体の上昇経路であることも考えられます.

同様に,昭和硫黄島における海底遊離ガスの放出(→海底遊離ガス)も,硫黄岳とは別の上昇経路である可能性が考えられます.

引用文献

Shimoike, Y., Kazahaya, K. and Shinohara, H. (2002) Soil gas emission of volcanic CO2 at Satsuma-Iwojima volcano, Japan. Earth Planets and Space, vol.54, p.239-248.


(篠原宏志)


熱水変質

火山研究解説集:薩摩硫黄島
詳細版 目次

1 地質・岩石:

構造 噴火史 岩石 同位体・微量成分 メルト包有物

2 火山活動:

最近の活動 昭和硫黄島

3 火山ガス・熱水活動:

火山ガス SO2放出量 温泉 海底遊離ガス 土壌ガス 変質 ガス分別

4 放熱量:

衛星観測 総放熱量 火山熱水系

5 地球物理観測:

地震活動 地殻変動 その他

6 マグマ活動:

脱ガス過程 マグマ溜まり

Srongly silicified rock.jpg

  • 硫黄岳流紋岩を原岩とする白色珪化岩


はじめに

硫黄岳山頂火口

流紋岩からなる標高704mの硫黄岳は,山頂部に直径約300m,深さ約50mの摺鉢状の火口をもち,火口内,火口周辺および山腹に多くの噴気孔が存在します(写真:硫黄岳山頂火口).硫黄岳山頂から山腹付近の地質は,主に流紋岩溶岩・同質凝灰角礫岩・層状降下火山砕屑物からなり,山腹斜面には流紋岩角礫の崖錐堆積物が顕著に見られます(図:硫黄岳溶岩ドームの構成,→噴火史).これらの岩石が,最高800〜900℃の火山ガス (松葉谷ほか, 1975; Shinohara et al., 1993)(→火山ガス)が凝縮して生じた強酸性熱水によって変質を受けています.それにより形成された白色珪化岩は,かつて住宅用建材の原料として採掘されていました.

変質帯と構成鉱物

山頂火口周辺の変質帯分布
火口内の高温噴気孔付近のモリブデンブルー
熱水性変質鉱物の産出組合せ

山頂火口内の原岩は珪化変質のため白色の細粒砂状となっており,流紋岩組織を残すものはほとんどありません.酸性熱水によって生じた溶脱珪化岩は主に低温型トリディマイト>低温型クリストバライト+硫黄から構成されています.モリブデンブルー(Mo5+とMo6+の混合水和酸化物;吉田ほか,1972)を産する高温噴気孔付近(写真:火口内の高温噴気孔付近のモリブデンブルー)では二次性の石英も形成されています (Hamasaki, 2002).

山頂火口の外側では,珪化岩は低温型クリストバライト>低温型トリディマイトと量比が逆転し硫黄を伴いますが,石英はほとんど産しません(図:山頂火口周辺の変質帯分布).また,火口内地表にはほとんど見られない明礬石が,地表下10数m〜50mの崖錐堆積物の基質を埋めて産します(図:熱水性変質鉱物の産出組合せ).NE-SW系に卓越する岩石中の割れ目が非晶質シリカに充填され脈を形成している産状も多く見られます.山腹での変質鉱物は低温型クリストバライトを主とし非晶質シリカ・明礬石を伴います.キンツバ火口付近では金原ほか(1977)によりカオリナイトも報告されています.

硫黄岳山頂付近での火山性流体による変質作用で形成されたシリカ鉱物の組み合せは,火口内から火口周辺にかけて石英の消失,さらに山腹にかけて低温型トリディマイトの消失で特徴づけられ,大局的には温度低下を示しています.

大谷平採掘場跡地断面

山頂火口西方の大谷平(写真:大谷平採掘場跡地断面)は,同南方の小竹とともにかつて珪石が最も盛んに採掘されていた場所です.そのため,山頂火口周辺の断面が高さ40m,幅300m余にわたって露出しています.ここではENE-WSW方向の割れ目沿いに10〜15m幅の白色珪化帯が何本か垂直に分布しており,割れ目を中心にして外側へ向かいシリカ鉱物の累帯配列が見られます.このような岩石中の割れ目が,火山ガスあるいはそれが凝縮して生じた酸性熱水の通路となっていたことを示しています.

変質岩の化学組成

硫黄岳流紋岩を原岩とする白色珪化岩
溶脱に伴うREEパターン変化

流紋岩溶岩の全岩化学組成は未変質の状態でSiO2=70-72wt%ですが,流紋岩溶岩が酸性熱水により溶脱珪化されて生じた白色珪化岩は,SiO2= max 99wt%の化学組成を持ちます.この変質過程においては流紋岩溶岩のほとんど全ての主成分元素が溶脱されましたが,含有量の最も高かったSiO2は溶脱しきれず残留したため,相対的にほぼSiO2だけの珪化岩が形成されたと考えらます.ただし,Tiはほとんど移動していません.

一方,微量成分ではRb, Th, Y, Sr, Vなどは溶脱されていますが,Ba, Zr, Nb, Hfなどはほとんど移動していません(Hamasaki, 2002). 希土類元素(Rare earth elements; REE)については,未変質岩で規格化したパターンで見ると,Euのみが急激に溶脱しており,Euを比較的多く濃集していた流紋岩の斜長石斑晶が溶脱されたことによると考えられます(図:溶脱に伴うREEパターン変化).Eu以外は,大局的にLREE(Light rare earth elements; 原子番号の小さい希土類元素)の方がHREE(Heavy rare earth elements; 原子番号の大きい希土類元素)よりも溶脱が進んでいることがわかります.これは,Wood (1990), Lewis et al. (1998)などの実験結果から推定すると,硫黄岳の火山ガスはフッ素イオンよりも硫酸イオンにかなり富んでおり(→火山ガス),それらが凝縮しpH<2の強酸性熱水を生じたため,硫酸イオンと錯体を形成しやすいLREEが優先的に溶脱されたためと考えられます (Hamasaki, 2002).

変質帯からみる火山ガス活動

モリブデンブルーや石英を伴うような高温で形成された変質帯は,山頂火口東側の中ノ江付近および北側黒燃火口壁に多く分布しています(図:山頂火口周辺の変質帯分布).この付近は現在でも高温火山ガスの噴気が活発に行われています.一方,山頂火口の西方に位置する大谷平付近でも溶脱珪化帯が広範囲に形成されていますが,現在では高温の噴気活動はほとんど見られません.かつては大谷平周辺でも活発な火山ガスおよび熱水活動が行われていたことを示唆しますが,その後衰退していったと考えられます.

また,硫黄岳の火山活動は鬼界カルデラ形成後の約7300年前以降に開始しています(小野他,1982),古文書の記録からすると噴気活動は1000年以上続いていますが,大谷平西の1130年前のテフラ(Kawanabe and Saito, 2002)には顕著な変質鉱物の堆積は見られません.1990年代からの降下火山灰中に大量の変質鉱物が含まれていることを考えると,火山ガスや熱水活動による山体の変質帯の大部分は最近1000年間で形成されたことが示唆されます.従って,硫黄岳の酸性熱水は,長くても数1000年で,山頂火口周辺のSiO2=70wt%の岩石をほぼ100wt%の珪石へと変えてしまったと言えます.

熱水変質と温泉

硫黄岳流紋岩と酸性温泉の元素含有量

右図(硫黄岳流紋岩と酸性温泉の元素含有量)に示すように,東温泉などの山麓の酸性温泉水には,Na, K, Ca, Mg, Al, Fe, Mnなど山頂近くの新鮮な流紋岩の主成分元素が陽イオンとして多く含まれており,かつ,その含有パターンも流紋岩と同様です(Hedenquist et al., 1994).従って,山頂あるいは山体内部で硫黄岳流紋岩中の元素を溶脱しながら流れ下ってきた酸性熱水が,山麓で酸性温泉として湧出しているものと考えられます.岩石の熱水変質が周辺の温泉水の組成に大きな影響を与えていると言えます.

引用文献

Hamasaki, S. (2002) Volcanic-related alteration and geochemistry of Iwodake volcano, Satsuma Iwojima, Kyushu, SW Japan. Earth Planets and Space, vol.54, p.217-230.

Hedenquist, J. W., Aoki, M. and Shinohara, H. (1994) Flux of volatiles and ore-froming metals from the magmatic-hydrothermal system of Satsuma-Iwojima volcano. Geology, vol.22, p.585-588.

Kawanabe, Y. and Saito, G. (2002) Volcanic activity of the Satsuma-Iwojima area during the past 6500 years. Earth Planets and Space, vol.54, p.295-301.

金原啓司・茂野 博・大久保太治(1977)薩摩硫黄島の地熱変質. 地質ニュース, no.272, p.9-17.

Lewis, A. J., Palmer, M. R., Sturchio, N. C. and Kemp, A. J. (1998) The rare earth element geochemistry of acid-sulphate and acid-sulphate-chloride geothermal systems from Yellowstone National Park, Geochim. Cosmochim. Acta, vol.61, p.695-706.

松葉谷治・上田 晃・日下部実・松久幸敬・酒井 均・佐々木昭(1975)薩摩硫黄島および九州のニ,三の地域の火山ならびに温泉についての同位体化学的調査報告. 地質調査所月報, vol.26, p.375-392.

Shinohara, H., Giggenbach, W. F., Kazahaya, K. and Hedenquist, J. W. (1993) Geochemistry of volcanic gases and hot springs of Satsuma-Iwojima, Japan: Following Matsuo. Geochem. J., vol.27, p.271-285.

Wood, S. A. (1990) The aqueous geochemistry of the rare-earth elements and yttrium: 2 Theoretical predictions of speciation in hydrothermal solutions to 350℃ at saturation water vapor pressure, Chem. Geol., vol.88, p.99-125.

吉田 稔・小沢竹二郎・小坂丈予 (1972)薩摩硫黄島に火山性昇華物として生じるモリブデン鉱物ーモリブデンブルーおよびモリブデナイトー.日本化学会誌, vol.1972, p.575-583.

参考文献

豊遙秋・青木正博(1996)検索入門 鉱物・岩石.保育社,206p.

飯山敏道(1989)鉱床学概論.東京大学出版会.196p.


(濱崎聡志)


火山ガス分別過程

火山研究解説集:薩摩硫黄島
詳細版 目次

1 地質・岩石:

構造 噴火史 岩石 同位体・微量成分 メルト包有物

2 火山活動:

最近の活動 昭和硫黄島

3 火山ガス・熱水活動:

火山ガス SO2放出量 温泉 海底遊離ガス 土壌ガス 変質 ガス分別

4 放熱量:

衛星観測 総放熱量 火山熱水系

5 地球物理観測:

地震活動 地殻変動 その他

6 マグマ活動:

脱ガス過程 マグマ溜まり

GasCrossSection2.jpg

  • 火山ガス・温泉の分別過程


はじめに

火山ガス・温泉の分布図
火山ガス・温泉の分別過程断面図
火山ガス・温泉の分別過程

薩摩硫黄島火山で観察される,高温火山ガス,低温火山ガス,土壌ガス,海底遊離ガス,様々な温泉や珪石などの酸性変質岩など(図:火山ガス・温泉の分布図)は,地下のマグマから放出された高温のマグマ性ガスが地表に到達する過程で,様々な程度の反応・冷却などを受けて生じたものです.これらの成因を調べる事により,地下からのマグマ性ガスの供給過程や,山体内の構造や流体の移動過程を理解することができます(図:火山ガス・温泉の分別過程断面図図:火山ガス・温泉の分別過程).


火山ガス

高温の火山ガスの主成分組成は,メルト包有物から推定されるマグマ中の揮発成分組成と一致するため,高温火山ガスはマグマから低圧下(<20気圧)で放出されたマグマ性ガスそのものであると考えられています(→脱ガス過程).

山頂には100〜900℃の様々な温度の噴気孔が分布しています.しかし,火山ガスの水の水素・酸素同位体組成は100℃前後の低温火山ガスを含めて全て,高温火山ガスと同様の組成を持っており,天水の顕著な寄与が認められず,ほとんど全ての水がマグマに由来していると考えられています.化学組成も酸性成分に富んだ組成であり,山頂の低温火山ガスは高温火山ガスが山体内上昇過程で冷却した物と考えられています.

山麓に分布する100℃前後の低温火山ガスの水の水素・酸素同位体組成は,天水と高温火山ガスの中間的な組成であり,火山ガスと天水の混合を示しています.山麓低温火山ガスは,酸性成分に乏しく,温度が沸点付近に限定されているため,火山ガスと天水の混合により生じた酸性凝縮水の沸騰により生じていると推定されています.

(詳しくは→火山ガスへ)

温泉

硫黄岳周囲に分布する硫酸酸性温泉は,その水の水素・酸素同位体から,高温の火山ガスと天水の混合により生じた酸性凝縮水が起源であると考えられています(→温泉・地下水).硫酸酸性温泉の陽イオン組成比が硫黄岳の新鮮な流紋岩の組成と類似していることから,酸性凝縮水が山体内の流紋岩を溶脱しながら流れ下り,酸性温泉として山麓で湧出していると推定されています(→熱水変質).海に流入した硫酸酸性温泉は,海水と混合しpHが上昇することにより,鉄,アルミニウム,シリカを主成分とする沈殿を生じ変色海水を形成しています(Nogami et al., 1993).

稲村岳周囲に分布する温泉は鎌田(1964)により含鉄炭酸食塩泉と記載されていますが,海水準以下からの流出がほとんどのため,海水の混合していない試料の採取が行われておらず,その同位体組成,化学組成の詳細が明らかではありません.分布が稲村岳周囲に限られるため,硫黄岳に供給されている火山ガスとは異なる経路の熱水・深部からの火山ガス供給が起源とも考えられています.海水と混合することにより鉄を主成分とする沈殿を生じ,赤褐色の変色海水となっています.

坂本温泉は海水が天水により希釈されたと考えられる組成を持つ食塩泉です.

(詳しくは→温泉・地下水熱水変質へ)

土壌ガス・海底遊離ガス

マグマから放出される高温火山ガスは,CO2の他は水や酸性ガスが主成分です(→火山ガス).そのため,地下での冷却や地下水との反応により,水や酸性成分は凝縮して除かれ,反応性に乏しいCO2のみが地表まで達して土壌ガスとして放出されます(図:火山ガス・温泉の分別過程). 土壌ガス放出量の高いカルデラ壁沿いの地域は,坑井の坑底温度も高いため,地下から高温の流体(火山ガス)が上昇していることが推定されています(→土壌ガス).

しかし,この高温の流体が山頂で放出されている高温火山ガスと全く同じ起源を持つかどうかは定かではありません.土壌ガス経由の火山性CO2の放出は,硫黄岳周辺の他,カルデラ壁近傍や稲村岳周辺に分布しているため(図:火山ガス・温泉の分布図) ,カルデラ壁沿いおよび稲村岳においても硫黄岳とは別の地下の流体の上昇経路を考え得られます.同様に,昭和硫黄島における海底遊離ガスの放出も,硫黄岳とは別の上昇経路である可能性が考えられます.

(詳しくは→土壌ガス海底遊離ガスへ)

引用文献

鎌田政明(1964)鹿児島県硫黄島の火山と地熱.地熱, vol.3, p.1-23.

Nogami, K., Yoshida, M. and Ossaka, J. (1993) Chemical composition of discolored seawater around Satsuma-Iwojima, Kagoshima, Japan. Bull. Volcanol. Soc. Japn, vol.38, p.71-77.


(篠原宏志)





放熱量

衛星による観測

火山研究解説集:薩摩硫黄島
詳細版 目次

1 地質・岩石:

構造 噴火史 岩石 同位体・微量成分 メルト包有物

2 火山活動:

最近の活動 昭和硫黄島

3 火山ガス・熱水活動:

火山ガス SO2放出量 温泉 海底遊離ガス 土壌ガス 変質 ガス分別

4 放熱量:

衛星観測 総放熱量 火山熱水系

5 地球物理観測:

地震活動 地殻変動 その他

6 マグマ活動:

脱ガス過程 マグマ溜まり

Urai-Fig3.jpg

  • 衛星による地表温度分布(1989-1998年)


はじめに

リモートセンシング手法は活火山の監視に有用な手法の一つです.例えば,地表温度の観測は噴火災害の防止や火山噴火機構の解明に重要ですが,地上や航空機から地表の温度を観測する場合には観測者に危険が及ぶ可能性があります.しかし,衛星によるリモートセンシングを用いた表面温度観測ではその危険がありません.

ここでは,薩摩硫黄島火山の硫黄岳の放熱量を,Landsat衛星に搭載されたTMセンサによる観測データから推定する方法とその結果についてUrai(2002)に基づいて紹介します.

衛星による放熱量の観測

黒体はその熱エネルギーを電磁波として放出しますが,そのスペクトルはプランク関数に規定されます.一般の物質もその熱エネルギーを電磁波として放出しますが,放射量は同じ温度の黒体より小さいです.衛星で観測される輝度Rλは地表温度のプランク関数,分光放射率(同じ温度における一般の物質と黒体の放射量の比)\varepsilon_ {\lambda}および大気透過率τλの積と大気放射Ratmの和として以下の式で表すことができます.

R_ {\lambda}= \tau_ {\lambda} \varepsilon_ {\lambda} \frac{B(\lambda,T)}{\pi}+ R_ {atm,\lambda} (1)

ここでプランク関数は波長λと地表温度Tの関数としてB(\lambda,T)= \frac{c_ {1} \lambda^ {-5}} {exp(\frac{c_ {2}} {\lambda T}) - 1}で定義されます.式(1)の右辺の第1項は地表からの放射が大気を透過して衛星のセンサに届いた輝度を表し,第2項は大気自身の放射を表します.式(1)は以下のように変形され,地表温度Tを求めることができます.

T = \frac{C_ {2}} {\lambda \ln(\frac{ \tau_ {\lambda} \varepsilon_ {\lambda} c_ {1} \lambda^ {-5}} {\pi (R_ {\lambda } - R_ {atm,\lambda})} + 1)} (2)

地表温度は気象条件,日中の太陽照射,熱慣性,標高や地熱活動の有無などによって変化します.地熱活動による温度変動がこれらの温度変動に比べて小さい場合,これらの温度変動を補正しないと地熱活動による温度変化を検出できません.太陽照射の影響は,夜間観測のデータを用いることで,避けられます.標高の影響は以下の式で補正することが出来ます.

Tc = T + dtE (3)

ここでTcは標高補正済の地表温度,dtは温度補正係数,Eは標高です.気象条件や熱慣性などの影響は小さいと考えれば,地熱活動による放熱量Qは,Sekioka and Yuhara (1974)によって,以下のとおり計算できます.

Q = K \sum_ {\Delta T > T_ {t}} \Delta T \, S (4)

ここでKは気象条件によって決まる定数,ΔTは温度異常(TcT0cT0cは地熱活動の無い地点での標高補正後の地表温度),Sは温度異常(ΔT)の広がり,Ttは温度の閾(しきい)値です.

Landsat TMデータを用いた放熱量の推定

Landsat5号にはTMと呼ばれるセンサが搭載されています.TMは可視域から熱赤外域の波長の電磁波にある7つのバンドで地表を観測することができます.Landsat5号は極軌道衛星であるため昼と夜の観測を実施できますが,熱放出量の解析では太陽放射の影響を避けるため,夜間の観測データを使用します.Landsat5号は1984年から1999年までに薩摩硫黄島火山を75回観測していますが,Urai (2002)では,そのうちの雲の少ない10回の観測データを基に硫黄岳の放熱量を推定しています.

大気透過率,大気放射および分光放射率

大気透過率は薩摩硫黄島火山から北へ約90km離れた鹿児島地方気象台が毎日ラジオゾンデを用いて観測している大気プロファイルを放射伝達コードMODTRAN (Berk et al., 1989) に入力して計算できます.熱赤外域の大気透過率の計算では水蒸気量が最も重要です.Urai (2002)では,上空30kmまでの標準気圧高度におけるラジオゾンデ観測された高度,気温,湿度データ(気象庁,1996a, b, c, dおよび1999)をMODOTRANに入力しMODTARNに内蔵された標準大気モデルと組み合わせてTMセンサのバンド6の波長における大気透過率と大気放射をLandsat5号の画像取得日毎に計算しています(Table 1).分光放射率は,硫黄岳が流紋岩で構成されていることからTMセンサのバンド6の波長において,0.9としています(Vincent et al., 1975).

Table 1 鹿児島地方気象台のラジオゾンデデータを基にMODTRANで計算した11.45μmにおける大気透過率と大気放射
日付大気透過率大気放射 [105Wm − 3sr − 1]
17 NOV 19890.9453.12
10 JAN 19920.9233.90
02 JUN 19920.69223.9
24 AUG 19930.64629.4
14 DEC 19930.9264.02
04 MAR 19940.9353.38
07 MAR 19950.9433.07
06 FEB 19960.9661.34
26 APR 19960.85710.0
09 OCT 19980.73620.6

1989年から1996年における放熱量の推定

Urai (2002)では,最近隣内挿法で作成されたTM画像を25,000分の1の地形図から取得したGCPで幾何補正し,画素値をMarkham and Barker (1986)の係数を用いて輝度値に変換しています.幾何補正精度は,120m程度です.次にバンド6の輝度値を式(2),Table 1および分光放射率0.9を用いて地表温度に変換しています. 標高補正は50mメッシュ標高データ(国土地理院, 1997)を式(3)に適用して行っています.この式で用いた温度補正係数はラジオゾンデで観測された地表での気温と925hPa等気圧面の高度における気温から計算しています(Table 2).

Table 2 鹿児島地方気象台のラジオゾンデデータから計算した標高による温度補正係数
日付温度補正係数 [10 − 3Km − 1]
17 NOV 19892.7
10 JAN 19922.3
02 JUN 19922.8
24 AUG 19932.3
14 DEC 19934.6
04 MAR 19946.5
07 MAR 19954.4
06 FEB 19967.5
26 APR 19966.0
09 OCT 19986.8
衛星による硫黄島の温度分布(1995年)
火山ガス温泉分布

1995年3月7日の夜間観測から得られた硫黄島の表面温度分布を示します(図:衛星による硫黄島の温度分布(1995年)).温度異常がない場合,表面温度は標高が高くなるにしたがって低下しますが,硫黄岳の山頂や山腹には山麓よりも高温の温度異常地域が見られます.これらの温度異常地域は,高温および低温の噴気孔の分布(図:火山ガス温泉分布)とおおよそ一致し,火山活動によるものと判断できます.

セスナによる硫黄岳地表面温度分布

セスナによる硫黄岳地表面温度分布(→火山から放出される熱)と衛星による硫黄島の温度分布 を比較すると,前者の方が詳しい表面温度分布を表していることが分かります.この原因は,今回用いた衛星の空間分解能が120mであるのに対して,セスナで用いた機器の空間分解能は数mであるためです.また,衛星の観測では海の温度が高くなっています.これは,水域は陸域に比べて熱慣性が大きく,夜間に水域の温度が下がりにくいためです.衛星の観測では見られない高温部がセスナの観測で見られますが,空間分解能の違いと太陽照射の影響と考えられます.

硫黄島地形図
地表温度のプロファイル

右図(地表温度のプロファイル) は,硫黄島地形図のA-A'線上における表面温度のプロファイルです.多くの観測で10℃以上に及ぶ温度異常が山頂火口に見られます.温度異常の範囲は700mに及びますが,これは山頂火口の直径(約450m)より広いです.また,山腹の噴気に対応すると思われる温度異常が距離1.5kmの地点にあります.火山活動のない地域の温度変化は少なく,その大きさは±3℃以下です.

衛星による地表温度分布(1989-1998年)

硫黄島地形図の稲村岳に近い四角形の部分を火山活動による温度異常の無い地域として,この範囲の平均地表温度を観測された温度分布から差し引いた温度分布を図(衛星による地表温度分布(1989-1998年))に示します.硫黄島地形図の四角形の部分の平均と標準偏差をTable 3に示します.Table 3の標準偏差が小さいことは雲などの気象条件による温度変化が小さく,良好なデータであることを示します.

Table 3 非地熱地域における平均表面温度と標準偏差
日付平均表面温度(℃)標準偏差(℃)
17 NOV 198917.60.52
10 JAN 199210.40.92
02 JUN 199220.60.47
24 AUG 199321.51.04
14 DEC 199314.00.60
04 MAR 19948.61.72
07 MAR 199512.60.56
06 FEB 19964.13.17
26 APR 199617.90.87
09 OCT 199813.21.03

Table 3の標準偏差が1.0℃より小さい6回の観測データを良好なデータとみなし,式(4)を適用して放熱量を求めています.この時,気象条件によって決まる定数Kを,関岡ほか(1978)が求めた平均的な値の34としています.また,温度の閾値は,温度異常の無い地域の標準偏差の3倍である,3℃としています. このようにして求められた放熱量をTable 4に示します(Urai, 2002).放熱量は,1989年から1993年には40-80MWでしたが,1995年から増加していることがわかります.

Table 4 Landsat TMバンド6から得られた表面温度に基づいて計算した放熱量
日付放熱量 [106W]
17 NOV 198949
10 JAN 199277
02 JUN 199238
14 DEC 199342
07 MAR 199594
26 APR 1996230

まとめ

Urai (2002)によれば,Landsat TMの夜間観測データを用いて硫黄岳の放熱量を時系列解析した結果,1989年から1993年の硫黄岳の放熱量は40-80MWであることがわかりました.1995年以降,硫黄岳の放熱量は増加したと考えられますが,観測データ数が少なく断定することはできません.今後も衛星を用いた観測を継続し,放熱量の推移を監視する必要があります.

引用文献

Berk, A., Bernstein, L. S. and Robertson, D. C. (1989) MODTRAN: A moderate resolution model for LOWTRAN 7. Geophysics Laboratory, GL-TR-89-0122, Hanscom, 38p.

気象庁 (1996a) 高層気象観測年報1988-1990年CD-ROM版. 東京, 気象庁.

気象庁 (1996b) 高層気象観測年報1991-1994年CD-ROM版. 東京, 気象庁.

気象庁 (1996c) 高層気象観測年報1995年CD-ROM版. 東京, 気象業務支援センター.

気象庁 (1996d) 高層気象観測年報1996年CD-ROM版. 東京, 気象庁.

気象庁 (1999) 高層気象観測年報1998年CD-ROM版. 東京, 気象業務支援センター.

国土地理院 (1997). 数値地図50mメッシュ(標高)日本-III. 東京, 日本地図センター.

Markham, B. and Barker, J. L. (1985) Spectral characterization of the LANDSAT thematic mapper sensors. International Jour. Remote Sensing, vol.6, p.697-716.

Sekioka, M. and Yuhara, K. (1974) Heat flux estimation in geothermal areas based on the heat balance of the ground surface. J. Geophys. Res., vol.79, p.2053-2058.

関岡 満・伊藤芳郎・斎藤輝夫・大庭 基・高橋憲一 (1978) 箱根大涌谷における放射熱量測定. 地熱,vol.15, p.11-18.

Urai, M. (2002) Heat discharge estimation using satellite remote sensing data on the Iwodake volcano in Satsuma-Iwojima, Japan. Earth Planets and Space, vol.54, p.211-216.

Vincent, R. K., Rowan, L. C., Gillespie, R. E. and Knapp, C. (1975) Thermal-infrared spectra and chemical analyses of twenty-six igneous rock samples, Rem. Sens. Envi., vol.4, p.199-209.

(浦井 稔)



火山からの総放熱量

火山研究解説集:薩摩硫黄島
詳細版 目次

1 地質・岩石:

構造 噴火史 岩石 同位体・微量成分 メルト包有物

2 火山活動:

最近の活動 昭和硫黄島

3 火山ガス・熱水活動:

火山ガス SO2放出量 温泉 海底遊離ガス 土壌ガス 変質 ガス分別

4 放熱量:

衛星観測 総放熱量 火山熱水系

5 地球物理観測:

地震活動 地殻変動 その他

6 マグマ活動:

脱ガス過程 マグマ溜まり

Heatsmnew.jpg

  • 硫黄岳からの放熱量の経年変化

はじめに

地下にある高温のマグマが冷却する過程で放出された熱は地下を移動し,やがて地表から大気へ放出されます.単位時間当たりに放出される熱量を放熱量と呼んでいます.単位は仕事率(1秒当りのエネルギー量,電力と同じ単位),W(J/s)ですが,通常MW (メガワット:106J/s)を用います.活動的な火山では非噴火時でも数MW〜数百MWの放熱を行っています(例えば,Kagiyama, 1981).1977年の有珠火山の噴火直後には放熱量が1000MWまで上昇し,その後10年間に200MWまで減衰しています(Matsushima,2003).


硫黄岳からの放熱量は,噴気孔からの火山ガスによる放熱量,噴気地(Steaming ground)からの放熱量の二つに大別されます(Matsushima et al., 2003).噴気地とは,火山ガスが集中して放出される明確な噴気孔はないものの,地表面温度が高くなっている場所を指します.噴気孔の周囲に形成されていることが多いようです.噴気孔からの火山ガスによる放熱量は噴気地からの放熱量より一桁以上大きく,放熱量全体に占める割合も大きいです.これは,火山ガスの流動がマグマの放熱に大きく寄与していることを意味しています.ただし,噴気孔からの火山ガスによる放熱量は定量的に評価することが難しく,現状では十分な結果が得られているとはいえません.ここでは噴気地からの放熱量に着目し,その値の経年変化を示すことにします.そして,次項において,噴気地からの放熱量に着目した熱水系のモデリングを紹介します.

噴気地からの放熱量

推定方法

噴気地からの放熱モデル

噴気地からの放熱量は,Sekioka and Yuhara (1974)の方法を用いて推定します.この方法は図(噴気地からの放熱モデル)のように地表面において想定される熱伝達の収支を考え,定常状態においては全ての項目を足したものがゼロになるという定式化に基づいています.放熱量をQs,噴気地の地表面温度をTs,基準温度をTo,温度Tsを示す面積をSとしたとき,

式(1)

Q_s = K \cdot \sum (T_s - T_0) S


となります.Kは地表付近の風速,湿度や温度等の気象要素ならびに雲量等に依存する係数です.Kは実測によると16〜93の値をとりえますが,ここでは,一般的な値として35 (Sekioka, 1983)を用いました.(1)式の地表面温度Tsと面積Sの関係は,概要版の火山から放出される熱で紹介したような熱画像の地表面温度分布から得られます.このうち人工衛星による熱画像とそれから得られる放熱量については,既に前項の衛星による観測で示しました.ここでは,セスナや地上観測によって得られた熱画像から求められる放熱量と人工衛星によって得られた放熱量値を比較します.

硫黄岳山頂火口からの放熱量

硫黄岳火口底地表面温度分布の経年変化
地上測定による硫黄岳火口底温度異常域の面積

まず,地上観測によって得られた放熱量を示します.山頂火口の南西リムから赤外熱映像装置によって測定された地表温度分布図(→概要版火山から放出される熱熱活動の推移)で求められたTsとSの関係から,(1)式より各時期の放熱量が求められます.

その結果を,下に示した硫黄岳からの放熱量の経年変化の図の黒の×印で示します.全体的に放熱量は50 MWより小さく,1996年から1999年にかけて,徐々に減少していることがわかります.


山体全域からの放熱量

硫黄岳地表面温度分布

2004年10月6日にセスナに搭載された赤外熱映像装置による観測で得られた硫黄岳全体の地表面温度分布図(→概要版火山から放出される熱)から,同様にして地表面温度に対する面積を求め,(左図:硫黄岳地表面温度分布),(1)式を用いて山体全域からの放熱量を求めました.

その結果,山体全域からの放熱量は129MW,そのうち山頂火口内からの放熱量は46MW,山腹からの放熱量は83MWであることが分かりました.結果を硫黄岳からの放熱量の経年変化の図緑の★印で示します.


放熱量の経年変化

硫黄岳からの放熱量の経年変化

上で示した結果と,前項で示した人工衛星によって得られた放熱量の値(青色の■印),その他の観測によって得られている値をまとめて図(硫黄岳からの放熱量の経年変化)に示します.その他の観測のうち,井口・鍵山(2002)はセスナによる観測(紫色の▼印),地質調査所(1976)は地上観測によって得られた値です(赤色の●印).

図(硫黄岳からの放熱量の経年変化)には,山頂火口原の値(上段)と,硫黄岳全体からの値(下段)を示します.山頂火口原内についてはおおよそ50MWのレベルにあることが分かるます.ただし,1996年から1998年の期間は火口の南西リムから撮影された地表温度分布図から求めているため,火口原全体の値を表しておらず,低めの値になってしまっているようです.

硫黄岳全体についてみると,人工衛星によって得られた放熱量値は,その他の結果に較べて低めに見積もられているようです.それは,分解能のため,山麓の噴気地が充分に観測されていないためであると推測されます.低めに見積もられていることを考慮しても,人工衛星の結果は,竪穴状火孔の拡大が活発であった1996年にかけて,かなり放熱量が上昇したことを示しています.その後は,150MW程度の安定した値を示し,以前のレベルに戻っているようです.

引用文献

地質調査所(1976)全国地熱基礎調査報告書 no.30 南西諸島. 工業技術院地質調査所, 90p.

井口正人・鍵山恒臣(2002)薩摩硫黄島火山における空中赤外熱測定.薩摩硫黄島火山・口永良部島火山の集中総合観測 平成12年8月〜平成13年3月.京都大学防災研究所,p.43-50.

Kagiyama, T. (1981) Evaluation methods of heat discharge and their applications to the major active volcanoes in Japan. J. Volcanol. Geotherm. Res., vol.9, p.87-97.

Matsushima, N. (2003) Mathematical simulation of magma-hydrothermal activity associated with the 1977 eruption od Usu volcano. Earth Planets and Space, vol.55, p.559-568.

Matsushima, N., Kazahay, K., Saito, G. and Shinohara, H. (2003) Mass and heat flux of volcanic gas discharging from the summit crater of Iwodake volcano, Satsuma-Iwojima, Japan, during 1996-1999. J. Volcanol. Geotherm. Res., vol.126, p.285-301.

Sekioka, M. (1983) Proposal of a convenient version of the heat balamce technique estimating heat flux on geothermal and volcanic fields by means of infrared remote sensing. Memories of the National Defence Academy Japan, vol.23, p.95-103.

Sekioka, M. and Yuhara, K. (1974) Heat flux estimation in geothermal areas based on the heat balance of the ground surface. J. Geophys. Res, vol.79, p.2053-2058.


(松島喜雄)


火山熱水系の考察

火山研究解説集:薩摩硫黄島
詳細版 目次

1 地質・岩石:

構造 噴火史 岩石 同位体・微量成分 メルト包有物

2 火山活動:

最近の活動 昭和硫黄島

3 火山ガス・熱水活動:

火山ガス SO2放出量 温泉 海底遊離ガス 土壌ガス 変質 ガス分別

4 放熱量:

衛星観測 総放熱量 火山熱水系

5 地球物理観測:

地震活動 地殻変動 その他

6 マグマ活動:

脱ガス過程 マグマ溜まり

S06.jpg

  • マグマ脱ガス深度の違いが熱水系の発達に与える影響(シミュレーション結果 その3)


概念モデル

火山熱水系の概念モデル

ここでは数値シュミュレーションにより硫黄岳の火山熱水系について考察します.

硫黄岳山頂火口原には高温の火山ガスを放出する噴気孔と沸点以下の低温の火山ガスを放出する噴気孔があります(→火山ガス).高温の火山ガスは,その主成分組成がマグマ中の揮発性成分の組成と一致するため,マグマから低圧下(<20気圧)で放出されたマグマ性ガスそのものであると考えられています(→脱ガス過程).このようなガスを含んだマグマを深部のマグマ溜まりから地下浅部へ供給するために,マグマ溜まりおよび火道でのマグマの循環(火道内マグマ対流)が行われています.また,低温の火山ガスは高温の火山ガスに近い組成を持ち,地下水の混入の影響が見られないことから,高温の火山ガスが地下を上昇中に冷却することによって生じていると考えられています(→火山ガス分別過程).一方,山腹にも低温の火山ガスを放出する噴気孔がありますが,その火山ガスは,水の同位体組成からマグマ起源のガスが天水と混合して生じたと考えられています(→火山ガス分別過程).このようにして生じた火山ガスの地表から大気への総放出量は約40000トン/日(約460kg/s)と見積もられています(→SO2放出量).そして火山ガスが放出される噴気孔の周囲には,地表面温度異常を示す領域が広がっており,そこからの放熱量はおよそ150MW(山頂火口から50MW,山腹から100MW)と見積もられています(→火山からの総放熱量).

以上のことから,硫黄岳の火山熱水系として右図(火山熱水系の概念モデル)のような単純化したモデルが考えられます.山頂の地下浅部に位置するマグマからの脱ガスによって火山ガスが大量に長期間にわたって放出されます.マグマから脱ガスした火山ガスは火道のような透水性の高い部分を集中的に上昇し,山頂火口の高温および低温の噴気孔から放出されます.しかし,そのすべてが放出されるわけではなく,一部は周囲へ拡散します.そのような拡散した火山ガスが山腹の噴気孔や海岸線の温泉に供給されると同時に,,熱源となって山頂や山腹の噴気孔の周囲に広がる温度異常域をもたらしているというものです.

このような定性的なモデルが物理的に矛盾のないものであるかどうかの検討はこれまで充分に行われていませんでした.そこで,松島(2007)は熱水系の数値シミュレーションを適用することにより,火山熱水系のモデルが妥当であるか否かの検討を行いました.

数値シミュレーションの概要

シミュレーションの概要

ここで用いるシミュレーションは,多孔質媒質中の水蒸気,熱水,火山ガスの流動とそれに伴う熱伝達を計算するものです(図:シミュレーションの概要).基礎方程式は,ダルシー流による質量の保存,ダルシー流と熱伝導からなる熱の保存からなります.適切な,初期・境界条件のもとそれらを解くことによって,変数である圧力,温度,液相飽和度の空間分布とその時間発展を求めます.その際必要となる,水やガスの物性は温度圧力の関数として与え,地層の水理特性はあらかじめ与えます.水理特性のうち,特に重要なのは地層の透水係数です.

計算領域

境界条件等

この図(境界条件等)は,計算領域とグリッドを示したものです.計算は円筒座標2次元で行い,地形を近似して地表を与えました.境界条件として,上側は透水性境界とし計算領域からのガスの流出量を計算できるようにしています.また,観測値と比較できるように,最上部の各グリッドに放熱量に対応した熱のソースを設定しました.放熱量の観測値を求めたのと同様にSekioka and Yuhara (1974)の定式化に基づき,このソースから地表面温度に応じて熱を流出させます(→火山からの総放熱量).後で述べるような計算値と観測値の比較は,この放熱量を用いています.同時に上側のグリッドには降雨に対応した水の流入もソースとして与えています.降雨のうちどの程度が地中に浸透するかは不明ですが,年降水量(2375mm)のうち10%が浸透するとしました.右側では標準的な地下温度と静水圧を与えています.円筒座標2次元なので左側は断熱,不透水となります.下側では,不透水境界としましたが最下部のグリッド全体に地殻熱流量に対応した熱をソースとして流入させています.

計算領域は,マグマ,火道,周囲の地層(山体)からなり,火道の半径は山頂火口底の大きさに準じて100mとしました.マグマは一定温度(350℃)で不透水です.すなわち,マグマは伝導的な熱源としてのみ作用しています.マグマの温度を一定としたのは,火道内マグマ対流によって常に高温のマグマが深部から供給されているからです(→脱ガス過程).マグマからの脱ガスを考慮するために直上のグリッドに水蒸気のソースを設定しました.このソースからの放出量(400kg/s)はSO2放出量の観測値から推定された全体的な火山ガス放出量に相当するようにしています.

このシミュレーションの特徴は地下水面を考慮していることです.地下水面は坑井の観測結果(→その他の観測(坑井,電気,磁気,重力,自然電位))を参考に,海水準に設定しました.すなわち,地下水面より上部では,空隙が水蒸気と空気で満たされた不飽和層,下部は水で満たされた飽和層と見なしています.

脱ガスの効果

シミュレーションの結果その1

周囲の地層の透水係数を1x10-13 m2とした場合(山頂部付近のみ1x10-12 m2)の計算結果を左図(シミュレーションの結果その1)に示します.ここでは,ソースとして雨水のみ(Rain),マグマの熱を加えたもの(Rain+magma),さらに脱ガス(水蒸気)を加えたもの(Rain+magma+gas)を示します.

このシミュレーションの結果から,硫黄岳で観測されているような山頂や山腹での熱活動を説明するためには脱ガスによる効果が不可欠だということがわかります.のRain+magmaで示されるように,高温のマグマが存在するとき,それを熱源とした熱水対流が生じます.マグマによって加熱された高温流体がマグマにそって上昇し,マグマの頂部付近で地下水面に沿って側方に伸びている様子が分かります.ところが,このような熱水対流は地下水面によって規制されるので,硫黄岳山体の浅いところまで熱異常をもたらしません.のRain+magma+gasで示されるように,脱ガスの効果を入れることによって,火道を上昇する火山ガスの一部が周囲へ拡散し,山頂および山腹の熱異常が形成されることがわかります.さらに,それが山麓へ流下し,マグマを熱源とした熱水対流の効果と合わさることによって海岸線付近の温泉活動を形成していると見ることができます.

ここに示したRain+magma+gasの結果は,様々な条件で計算を行った中で最も観測値に合致するものです.計算に影響を及ぼすのは地層の透水係数やマグマからの脱ガスする深度(ソースの位置)です.次にそれらの影響を考察してみます.

透水係数の推定

周囲の地層の透水係数

シミュレーションの結果結果その2

透水係数は,火道と周囲の地層に分けて考えます.火山ガスは透水係数の高い火道を集中的に上昇しているからです.まず,周囲の地層の透水係数に注目します.地層の透水係数を1x10-12 m2から1x10-14 m2まで変化した場合の計算結果を右図(シミュレーションの結果その2)に示します.いずれも火道の透水係数は1x10-10 m2としてあります.この計算のみマグマの脱ガスの深度(ソースの位置)は標高25m,水蒸気放出量は150kg/sの初期条件で行っています.

この結果は,周囲の地層の透水係数が山体の熱活動に大きな影響を与えることを示しています.周囲の地層の透水係数が小さくなると(この右図ではa)1x10-14 m2の場合),山体の熱活動の規模は小さくなり,逆に周囲の地層の透水係数が大きくなると(この右図ではc)1x10-12 m2)の場合)山体の熱活動の規模は大きくなります.右図の矢印の大きさを比較すれば明らかなように,透水係数が大きければ周囲へ拡散する火山ガスの量が多くなり,小さければその量が少なくなるためです.また,同様にして,地表から浸透する雨水の移動も透水性によって左右されます.浸透した雨水は地下水面を形成しますが,地層の透水性が良いと,すぐに側方へ移動するため,水面は低くなります.一方,透水性が悪いと移動しにくいため地下水面は高くなります.硫黄島では地下水面は海水面に位置します.このことに着目すると,地層の透水係数は1x10-13 m2より大きくならなければならないという結果が得られています.この値は山体を形成する地層の透水係数としては上限に近いものと考えられます.そこで以下では,地層の透水係数として1x10-13 m2を用いることにします.ただし,山頂の地表部のみ透水係数を1x10-12 m2としました(計算領域参照).これは,観測値との整合性を得るためです.

火道の透水係数

シミュレーションの結果結果その3
観測値との比較その1

次に火道の透水係数を1x10-11 m2から1x10-12 m2まで変化した場合の計算結果を左図(シミュレーションの結果その3)に示します.いずれも脱ガスの深度は海抜125mにしてあります.透水係数を小さく(左図のa)からc)へ)することによって,火道の周囲に形成される熱水系の拡がりも,規模も大きくなることがわかります.これは,マグマの脱ガスによる水蒸気の流量が同じであった場合に,火道の透水係数が小さいほうが,大きい場合に比べて,鉛直方向の圧力勾配が大きくなるからです.そのため,水平方向の圧力勾配もより大きくなり,多くの量の水蒸気が周囲へ拡散します.それによって形成される熱水系の規模も大きくなります.火道の透水係数が大きい場合にはその逆で,水平方向の圧力勾配が小さくなり,拡散する水蒸気の量も少なくなります.計算結果と観測値とを比較した結果を右図(観測値との比較その1)に示します.この結果を見ると,火道の透水係数として6×10-11 m2が適当であるということが分かります.

脱ガス深度の推定

ミュレーションの結果その4
観測値との比較その2

最後にマグマからの脱ガスの深度の影響を見てみることにします.火道から周囲の地層への火山ガスの拡散は,火山ガスが上昇する経路の長さにも依存するので,山体の熱活動の規模が変化すると考えられます.

周囲の地層の透水係数を1x10-13 m2(山頂の表層部のみ1x10-12 m2),火道の透水係数を6×10-11 m2で一定とした場合に,脱ガスの深度を変えることによって周囲に形成される熱水系の変化を調べてみました.左図(シミュレーションの結果その4)に,脱ガスの深度を標高375,125,-250m(海水面下250m)とした結果を示します.脱ガスの深度によって山体の熱活動の規模がかなり変わることが分かります.脱ガスが海水面下250m(左図の-250mの場合)で起きる場合には,観測されているような,火道を通っての高温火山ガスの放出は起きません.海水によって火山ガスが有効に冷却されるからです.一方,脱ガスが地表近くで起こるとすると(左図の375mの場合),その周囲の熱水系はあまり発達しません.火山ガス上昇の経路が短く,周囲の地層への火山ガスの散逸が少ないからです.計算値と観測結果を比較した右図(観測値との比較その2)を見ると,脱ガスの深度として標高125mが適当であるということが分かります.厳密な推定を行うためにはより確かな火道の透水係数等の情報が必要になりますが,硫黄岳山腹の熱活動の広がり(500m〜1km程度)を考慮すると,脱ガスの深度は海水準に近いと推定されます.この結果は,他の観測から推定される深度と矛盾しないものとなっています.


引用文献

松島喜雄(2007)数値シミュレーションによる薩摩硫黄島硫黄岳の火山熱水系の考察. 北大地球物理学研究報告, vol.70, p.95-105.

Sekioka, M. and Yuhara, K. (1974) Heat flux estimation in geothermal areas based on the heat balance of the ground surface. J. Geophys. Res., vol.79, p.2053-2058.


(松島喜雄)





地球物理観測

地震活動

火山研究解説集:薩摩硫黄島
詳細版 目次

1 地質・岩石:

構造 噴火史 岩石 同位体・微量成分 メルト包有物

2 火山活動:

最近の活動 昭和硫黄島

3 火山ガス・熱水活動:

火山ガス SO2放出量 温泉 海底遊離ガス 土壌ガス 変質 ガス分別

4 放熱量:

衛星観測 総放熱量 火山熱水系

5 地球物理観測:

地震活動 地殻変動 その他

6 マグマ活動:

脱ガス過程 マグマ溜まり

040722nishi bidou sm.jpg

  • 周期的に発生する空気振動を伴なった微動


はじめに

本文中で引用される主な地震観測点の位置

薩摩硫黄島火山における地震観測は,1975年の通商産業省の地熱調査の一環として始まり,その後,京都大学防災研究所(以下,京大防災研),気象庁,産業技術総合研究所地質調査総合センター(以下,産総研;旧・地質調査所)の3機関によって実施されてきました.長期間の地震活動をモニタリングする常設観測点は,京大防災研・気象庁ともに1点のみであり,短期間実施される臨時観測によって震源分布・発震機構等の解析が行われています(図:本文中で引用される主な地震観測点の位置).産総研は,1993年10月以降,主に山頂部における臨時観測を実施しています.

地震観測の詳しい履歴については→こちら

薩摩硫黄島火山に発生する地震のタイプ

地震分類に対応した波形及びスペクトル

火山に発生する地震の分類には,火山毎に発生する地震のタイプに差があること,観測システム・処理方法が違うこと等から,火山や観測機関によって様々な分類方法があり,必ずしも統一した基準はありません.特に,長期間の地震活動度変化を記述するためには実用的な分類が行われています. 薩摩硫黄島火山では,京大防災研と気象庁が常設観測点で長期間観測を続けており,地震活動度の変化をモニタリングしています.両機関ではそれぞれ独自に,観測された地震について,その波形の特徴から以下のような分類をしています(表1:京大防災研と気象庁の分類と 図:地震分類に対応した波形及びスペクトル).


表1 京大防災研と気象庁の分類
京大防災研
井口ほか,1999
気象庁
Uchida and Sakai, 2002
A-type
6-10Hz, S-P<1sec
A-type
明瞭・パルス状の P, S, 5-20Hz卓越,S-P<1sec
B-type
1-6Hz low-freq.
B-type
明瞭なP・Sなし, 4-7Hz卓越(4Hzにピーク)
Special-type
Emergent phase (5-8sec, 振幅漸増)
+ main phase (4Hzと7Hzにピーク)
C-type
Monotonic〜6.5Hz, 10-20 sec.継続
紡錘型
コーダ部漸減型
C-type tremor
10sec以上の単周期, 6Hzにpeak
Type1:コーダ部漸減型
Type2:増減型


両機関が”A-type”と呼ぶ地震はほぼ同じ特徴を持つ地震ですが,それ以外のタイプについては,必ずしも同じ特徴とはなっていません(表1:京大防災研と気象庁の分類と 図:地震分類に対応した波形及びスペクトル).また,これらの他に,火山性微動や噴火地震なども記録されています(例えば,井口ほか, 2002b).

一般に,A-typeと命名される火山性地震は,一般の微小地震と類似の波形を持ち,火山体の応力変化によって生じた脆性破壊の際に発生する「volcano-tectonic earthquake」と考えられます.また,B-typeと命名される地震は,多くの場合,A-typeよりも低周波の地震であり通常の脆性破壊と異なり,脆性破壊以外の原因,例えば火山体の流体が関連した発生メカニズムを持つと考えられます.

薩摩硫黄島火山では,硫黄岳山頂部における臨時観測によって,上記の常設観測点のデータからの分類とは異なるタイプの地震も発生しています.例えば,Sherburn and Nishi(unpublished data)やOhminato and Ereditato (1997) が報告した高周波の極微小地震(High-freq. earthquake),Ohminato and Ereditato (1997) が報告した微動震幅の変化を伴う超長周期(VLP)パルス周期的に発生する空気振動を伴った数分〜10分間隔の微動(西ほか, 2002)空振を伴う地震などです.これらは,観測地点がより震源域に近いため距離減衰が小さいこと,通常使用される速度計より低周波まで記録できる広帯域地震計を使用したこと等により明らかになりました.

薩摩硫黄島火山の地震活動度の変化

長期の地震活動度の変化
地震タイプ毎の活動度の変化(1998〜2001年)
地震タイプ毎の活動度の変化(気象庁 2007年7月まで)

1976〜1978年の観測点C(加茂, 1976,1977,1978)と 1995〜2000年の京大防災研の定常観測点 IWO のデータによると,1995〜2000年の地震の頻度は1977〜1978年と大きな違いはありません( 図:長期の地震活動度の変化).また,放出エネルギー率は1996年6月の有感地震を除けばほぼ一定であり,この有感地震以外はマグニチュード2以下の無感地震となっています(井口,2002).

地震タイプ別の地震発生数を見ると( 図:地震タイプ毎の活動度の変化(1998〜2001年)図:地震タイプ毎の活動度の変化(気象庁 2007年7月まで)),1998〜1999年,2000〜2001年にB-typeの地震発生数が増加しています.しかし,A-typeの地震はB-type等と比して大きなエネルギーを持つため,エネルギー放出率に対してはB-typeの増加はあまり影響を与えません(井口,2002).1998〜1999年には降灰・噴火が見られ,また2000〜2001年は竪穴状火孔が急拡大(→最近の火山活動の推移)した時期に当たり,B-type地震発生数の増加はこれらの火山活動のためと思われます.

硫黄島に発生する地震の発生場所とメカニズム


硫黄島に発生する地震のタイプと,それらの発生場所とメカニズムを表2にまとめました.

表2 硫黄島に発生する地震の発生場所とメカニズム
発生場所 メカニズム
A-type
高周波
P, S明瞭
島内,特に硫黄岳北西山麓
の浅部(1km 以浅)
脆性破壊
主に正断層型メカニズム
B-type
P・S不明瞭
10Hz以上欠落
山頂火口下 非常に浅部
おそらく海水準以浅
体積膨張型のメカニズム
 → ガス溜まりの膨張に関係?
Special-type
Emergent phase
+ main phase
山頂火口下?

Emergent phase初動判別困難
Main Phaseのcross correlation解析から
Emergent phase = マグマ中の連続的な気泡の発生?
Main phase = マグマ中の比較的低速かつ小規模なshear facture ?
C-type tremor
単周期
10sec以上
 ?  ?
( ※:これ以下は,臨時観測により記録された地震動 )
微動震幅変化を伴う
超長周期パルス(VLP)
山頂火口下
約40m ?
water pocket model ?
水に満たされたクラックと
高温ガスの通り道のネットワーク
空振を伴う地震 山頂火口下
比較的地表近く ?
主に気体膨張による現象 ??
高周波の極微小地震 山頂火口下 ? ??


薩摩硫黄島火山に発生する地震の震源分布

薩摩硫黄島火山に発生する地震の震源分布図

Iguchi et al. (2002)による薩摩硫黄島火山に発生する地震の震源分布図を示します.この震源分布図は,1976〜1977年の3観測点による臨時観測,京大防災研による1998年7〜8月の臨時観測(臨時観測点6点,SVO定常観測点 1点,JMA 4点),および1999年11月の臨時観測による成果をコンパイルしています.

A-type 地震の震源(図中の●)は, 島内,特に硫黄岳北西山麓,深さ1km以浅に分布しています.震源分布図に大きな●で示された1999年11月の臨時観測データが,現時点までで最も観測点数が多く,かつ観測点分布範囲の広い観測であり,震源決定方法も含めて最も精度の高い震源決定結果と考えられます.

B-type地震の震源(図中の○)は,山頂火口下,地震動の軌跡(paricle motion)から推定すると,非常に浅部,おそらく海水準以浅に分布しています.B-typeの地震は初動の立ち上がりが非常に緩やかなため初動の読み取り精度によって震央分布がばらついている可能性があります(井口ほか,1999).
これらの他に,Uchida and Sakai (2002) は,気象庁の観測点4点による1997年9月〜1998年1月,及び1998年5月〜1999年2月の2回の臨時観測によるA-type地震の震源分布を求めています.求めれた震源は硫黄岳を中心にもう少し広い範囲に分布しています.しかし,観測点4点は全て硫黄岳より西側に位置し,求まった震源のほとんどは観測網外側となっているため,震源位置の誤差が大きいための見かけの分布である可能性があります.

薩摩硫黄島に発生する地震のメカニズム

A-typeと1996年6月8日の有感地震(Iguchi et al., 2002 など)

1996.6.8有感地震と割れ目の形成モデル

硫黄岳山頂北側に発生した典型的なA-type地震と1996年6月8日の有感地震の発震機構は,どちらも正断層型と推測されるメカニズムを示します(図:1996.6.8有感地震と割れ目の形成モデル,Iguchi et al., 2002).

A-type地震については,観測点数も少なくその分布範囲も限られるため解を一意に求めることはできませんでしたが,常設観測点のみの観測からも正断層型の解が求められています(井口ほか,1999).

1996年6月8日の有感地震のメカニズムは,図(1996.6.8有感地震と割れ目の形成モデル)で示すように,火山ガスの放出に伴う火口直下の圧力減少による割れ目の形成として解釈されています(Iguchi et al , 2002).地震発生後の1996年10月の調査において,山頂火口外側に北東-南西方向の開口性割れ目が確認されています(→最近の火山活動の推移).

B-type(井口ほか,1999)

B-typeの地震は,周期 1〜6 Hz程度の低周波成分が卓越する地震であり,定常観測点における初動は全観測点で押しで,また,水平動が上下動より早く動き出す地震が多いという特徴があります.波形インバージョンにより体積膨張型の震源メカニズムが推定されています.求められた解では,ダイポール成分がダブルカップル成分より1桁大きく,ダイポール成分では鉛直方向の成分(Mzz)が水平方向の成分(Mxx, Myy)より大きくなっています.鉛直方向のダイポール成分が卓越する体積膨張型の震源メカニズムは桜島のB型地震のそれと似ており,桜島のB型地震の発震機構から類推すると,硫黄島においてもガス溜まりの膨張によりB-typeの地震が発生しているのかもしれません.Uchida and Sakai (2002)もB-type地震について桜島のB型地震と同様のメカニズムを考えています.

Special-type (Uchida and Sakai, 2002)

Special-type earthquake

Uchida and Sakai (2002) は上記のタイプの他に,Special-typeという地震を定義しています.これは,Emergent phase という不明瞭な初動の相(5-8sec,,振幅が漸増していく,5Hz卓越)とMain phase(振幅が急に大きくなる,4Hzと7Hz の2つのピークを持つ,10Hz以上の高周波成分少ない)から成り立っています(図:Special-type earthquake).Particle motionの解析及びOhminato and Ereditato (1997)の観測例から,山頂火口下に震源を持つと考えられています
Ohminato and Ereditato(1997)は,1997年4月の臨時観測から,「短周期火山性地震」(short-period volcanic earthquake)に初動前に揺れ始めているemergent phaseがあること,相似性が高い波形が多いことを指摘しており(図:Special-type earthquake),気象庁の記録でこのようなEmergent phaseを持つ地震をSpecial-typeとして分類しています.しかしながら,「地震活動度の変化」で示したように( 図:地震タイプ毎の活動度の変化(1998〜2001年)),京大防災研で低周波が卓越するB-typeと分類してカウントしている地震は,気象庁ではSpecial-typeという別分類で扱っている可能性が高く,距離による減衰やノイズ・レベルの影響で,京大防災研の定常観測点(IWO)ではSpecial-typeのemergent phaseがノイズ中に隠れてしまい明瞭に識別できない可能性もあります.

微動震幅の変化を伴う超長周期(VLP)パルス (Ohminato and Ereditato, 1997; Ohminato, 2006)

微動震幅の変化を伴う超長周期(VLP)パルス

Ohminato and Ereditato (1997)は,1997年4月17〜21日の3台の広帯域地震計と5台の速度型地震計による臨時観測観測データから,以下のような微動震幅の変化と超長周期パルス (VLP; very long period seismic pulse)を発見しました.
(1)約40分の周期で微動震幅が漸増→漸減を周期的に反復
(2)微動震幅が漸減→漸増に替わるタイミングで超長周期パルス
(3)パルスの立ち上がりと幅は各々1s, 4s
(4)低周波パルスの軌跡の解析→竪穴状火孔の下と仮定すると深度は山頂火口下約40m

その後の山頂付近における長期間の広帯域地震観測より,このような現象は常時出現するわけではないことも明らかとなっています.

発生メカニズムに要求される条件は,低周波パルスの発生,これと同期した微動振幅の増減,周期的反復が可能な非破壊的メカニズム,そして,常時出現するわけではないこと,等です.
Ohminato and Ereditato (1997) は発震メカニズムとしてマグマの対流によるガスの供給を提案しました.しかし,火道内マグマ対流による脱ガスは継続的に行われていると考えられており(→脱ガス過程),最後の条件を満たしていません.Ohminato (2006) は,山頂火口下100mに位置する傾いたクラックの急激な膨張を考えると低周波パルスの波形がうまく説明できることを示し,水に満たされたクラックと高温ガスの通り道のネットワークによるwater pocket modelによりこの現象をモデル化しています.

空振を伴う地震 (西ほか, 2002)

空振を伴う地震

2001年7月の観測時に,硫黄岳山頂火口縁において10〜30分間に1回程度の頻度で小さな爆発音が確認されました.8月13日には京大防災研のGPS観測施設に設置した低周波マイクロフォンが噴火地震と同時に発生した空振を観測しています.
2001年11月19日〜21日に,産総研と京大防災研の共同で,火口縁において低周波マイクと1Hz速度計による観測を実施しました.この結果,左図(空振を伴う地震)のような空振を伴う地震とともに,地震動を伴わない空振も多く観測されました.このため,爆発音源は比較的地表近くにあり,主に気体膨張による現象と推察されます.また,以前から記録されてきた定常的に発生している高周波の極微小地震は空振を伴わないこともわかりました.

周期的に発生する空気振動を伴った微動

2001年11月19日〜21日の観測では,数十分オーダーで周期的に発生する空気振動を伴った数分〜10分程度の継続時間の微動も観測されました(右図:周期的に発生する空気振動を伴った微動;西ほか,2002).Ohminato and Ereditato(1997)が観測した微動震幅の変化を伴う超長周期(VLP)パルスと比較すると,微動の包絡線波形が異なり超低周波パルスが発生しないこと,観測期間中に時間間隔が変化していること等の差異はありますが,同じ時間オーダーの現象であり,類似のメカニズムを持つ可能性があります.

定常的に発生している高周波の極微小地震

高周波の極微小地震

1993年10月のSherburn and Nishi(unpublished data)による初の山頂部での観測において,山頂部でほぼ定常的に発生している高周波の極微小地震が観測されました.孤立イベント,微動的なイベントなど様々な波形を持ちます,30Hz以上の卓越周波数を持つイベントが多く観測されました.

その後の1998年11月からの観測点ID560における長期モニタリング,1999年以降の産総研と京大防災研による共同観測などにおいても,山頂部に設置した地震計で,定常的に発生している高周波の極微小地震が観測されています.右上の2001年11月20日〜21日の地震計の連続記録に見えるパルス状の振動もこのような極微小地震です.

地震活動から推定される火山構造について

鬼界カルデラ地形図
遠地地震の振幅減衰域

鬼界カルデラ内にある隆起(図:鬼界カルデラ地形図,→噴火史)の体積から推定できる後カルデラ期のマグマ噴出率(3-6km3/1000年)は第四紀火山の平均的なマグマ噴出率(0.1-1km3/1000年;小野, 1990)より高いこと,火山ガス観測とメルト包有物分析から見積もられるガスマグマ量は少なくとも80km3であること等から,薩摩硫黄島火山下には,現在,マグマ溜まりが存在していることが推定されています(→マグマ溜まり).

地震学的にマグマ溜まりを探査する手法として,遠地地震の観測が挙げられます.地震波のうち,S波(横波)は気体や液体中を伝播できず,マグマ溜まりを通過する地震波ではP波(縦波)に比してはS波は大きく減衰します.このため,遠地地震のS波の減衰が大きい領域を調べることでマグマ溜まりの位置や大きさを推定できると考えられています.

この図(遠地地震の振幅減衰域)は,西ほか(2001)による遠地地震の振幅減衰域の観測結果です.鬼界カルデラ北縁の薩摩硫黄島と薩摩竹島の臨時観測点で遠地地震を観測しています.鬼界カルデラ内部に遠地地震の減衰域があるのは認められますが,マグマ溜まりの位置や大きさを推定するまでには到ってません.

遠地地震観測でマグマ溜まりの位置や大きさを精度よく推定するためには,火山周辺で広範囲に観測点を分布し,十分な数の遠地地震を観測する必要があります.カルデラ底やカルデラ壁,カルデラ周辺域のほとんどが海中にある薩摩硫黄島火山では,陸上での観測に加え,海底地震計を用いた観測を行う必要があります.


引用文献

井口正人 (2002) 薩摩硫黄島火山における最近の火山活動 – 1975年〜2001年 -. 薩摩硫黄島火山・口之永良部島火山の集中総合観測 平成12年8月〜平成13年3月.京都大学防災研究所, p.1-11.

井口正人・石原和弘・高山鐵朗・為栗 健・篠原宏志・斎藤英二 (1999) 薩摩硫黄島の火山活動 -1995年〜1998年 -. 京都大学防災研究所年報, vol.42, B-1, p.1-10.

井口正人・高山鐵朗・為栗 健・西 祐司・松島喜雄 (2002b) 薩摩硫黄島における火山性地震の特徴. 薩摩硫黄島火山・口之永良部島火山の集中総合観測 平成12年8月〜平成13年3月, 京都大学防災研究所, p.13-23.

Iguchi, M., Saito, E. Nishi, Y. and Tameguri, T. (2002) Evaluation of recent activity at Satsuma-Iwojima-Felt earthquake on June 8, 1996-. Earth Planets and Space, vol.54, p.187-196.

加茂幸介 (1976) I.4. 地震観測.昭和50年度サンシャイン計画委託調査研究成果報告書「火山発電方式に関するフィジビリティスタディ」(社団法人日本電機工業会), p.38-59.

加茂幸介 (1977) I.2. 地震観測.昭和51年度サンシャイン計画委託調査研究成果報告書「火山発電方式に関するフィジビリティスタディ」(社団法人日本電機工業会), p.25-39.

加茂幸介 (1978) I.2. 地震観測.昭和52年度サンシャイン計画委託調査研究成果報告書「火山発電方式に関するフィジビリティスタディ」(社団法人日本電機工業会・地熱技術開発株式会社), p.17-31.

西 祐司・松島喜雄・井口正人 (2001) 鬼界カルデラにおける地震学的マグマ探査についての検討. 京大防災研報告「鬼界カルデラのマグマ溜りとその探査法に関する基礎的研究」.

西 祐司・松島喜雄・斎藤英二・井口正人(2002)薩摩硫黄島 硫黄岳の火山活動 2001-2002.地球惑星科学関連学会2002年度合同大会.

Ohminato, T. (2006) Characteristics and source modeling of broadband seismic signals associated with the hydrothermal system at Satsuma–Iwojima volcano, Japan. J. Volcanol. Geotherm. Res., vol.158, p.467-490.

Ohminato, T. and Ereditato, D. (1997) Broadband seismic observations at Satsuma-Iwojima, Japan. Geophys. Res. Lett., vol.24, p.2845-2848.

小野晃司(1990)火山噴火の長期的予測. 火山学の基礎研究の動向(資料編)平成元年度文部省科学研究費総合研究(A)「火山学の基礎研究」(No.01102035), p.201-214.

Uchida, N. and Sakai, T. (2002) Analysis of peculiar volcanic earthquakes at Satsuma-Iwojima volcano. Earth Planets and Space, vol.54, p.197-209.

参考文献

西村太志・井口正人(2006)日本の火山性地震と微動.京都大学学術出版会,242p.

(西 祐司)


地殻変動

火山研究解説集:薩摩硫黄島
詳細版 目次

1 地質・岩石:

構造 噴火史 岩石 同位体・微量成分 メルト包有物

2 火山活動:

最近の活動 昭和硫黄島

3 火山ガス・熱水活動:

火山ガス SO2放出量 温泉 海底遊離ガス 土壌ガス 変質 ガス分別

4 放熱量:

衛星観測 総放熱量 火山熱水系

5 地球物理観測:

地震活動 地殻変動 その他

6 マグマ活動:

脱ガス過程 マグマ溜まり

Cgps200703.jpg

  • 島内の連続GPS観測結果


はじめに

地表の変形具合から地下で起きている現象を推定するのが地殻変動観測の主目的です.火山の場合では,圧力源の位置の推定やそれらの増圧減圧過程,火山性流体の移動の実態を推定できる場合があります.

地表の変形具合の測定は,求める変動の範囲や細かさ,連続的か否かによって色々な方法がありますが,変動があるかどうかわからないときには,測量から始めるのが王道です.火山観測では,GPS静止測量が一般的です.GPS静止測量は,複数のGPS衛星からの電波を地上の最低2箇所で長時間同時に観測し,電波の到達時間差に相当する位相差を比較します.これにより点間のベクトルの3成分を精密に得ることができます.GPSは観測の連続自動化が可能であり,地殻変動研究や防災に威力を発揮しています.このほか,斜距離の1成分のみを検出する光波測距観測(EDM)や高低差の1成分の変化を調べる精密水準測量なども同時に行われます.共に時間を経た後に同様の観測を行い,前回との差をとることで相対変位の有無や量を知ることができます.精密さは,大まかにはそれぞれミリメートルオーダーの変動検出が可能です.

GPS観測点図
最近の火山活動の変化

薩摩硫黄島火山における測地学的な火山観測は,GPSが普及し始めた1990年代半ばから始まりました.観測は,硫黄島内の変形観測と,島嶼間を結ぶ広域網の観測からなります.離島火山のため,観測網の展開が限定されています.

島内の観測は,1995年に京都大学防災研究所(以下,京大防災研)により始められました(Kamo et al., 1997).観測点は,山頂部の1点を含む6点の繰り返しGPS観測用基点と連続観測点1点(IWOG点)からなり(GPS観測点図),第1回のGPS観測は1995年6月に行われました.

1996年頃の熱・噴気活動の活発化(図:最近の火山活動の変化,→最近の火山活動の推移)に対応して,1997年から地質調査所(現・産業技術総合研究所地質調査総合センター,以下,産総研)がこの観測に加わりました.このときに硫黄岳山体に観測点6点が増設され,その後,山頂火口南縁の亀裂付近に2点,岩礁と昭和硫黄島の2点が追加されました(GPS観測点図,写真:岩礁昭和硫黄島での観測風景).島内の観測は,1997年4月以降,半年〜数年程度の間隔で実施されています.また,2001年と2002年には硫黄岳の南北山麓にそれぞれ連続GPS観測点が設置されました.

広域の観測は,1995年に京大防災研が独自の観測網を展開し,1997年からは国土地理院の全国規模のGPS網(以下,GEONET)の観測点が設けられました.この項では,島内での繰り返しGPS観測の結果の概要を報告し,広域変動についても簡単に触れます.

繰り返しGPS観測の結果

変動ベクトル図:1995.6〜2006.3
変動ベクトル図:1997.11〜2006.3

1995年6月から2006年3月までに実施した12回の観測のうち,硫黄岳山体に観測点が増設された1997年4月以降で,観測条件が比較的よい8回のデータを用いて地盤の変形を調べました(変動ベクトル図:1995.6〜2006.3).基準点はIWOG点です.なお,1995年6月と1997年4月の間に有意な変動がありました.IWDK点については,1995年6月を起点として示してあります.また,1997年11月から2006年3月まで(ARAY点とID560点は2002年11月まで,F2点は2000年2月まで)の一区間の変化図も併せて示します(変動ベクトル図:1997.11〜2006.3).

硫黄岳山体の変動

1996年頃に生成した山頂火口縁南部の亀裂群の火口側に位置するF2点が最も大きく変動しました.1997年11月から2000年2月までの変位は10cmを超えています.F2点は,その後,竪穴状火孔の拡大に伴って放出された噴出物に埋積され,変位の追跡ができないまま,2006年3月までに火孔内に崩落亡失してしまいました.

山頂火口の北東と北西に位置するARAY点とSANKA点は,ばらつきはやや大きいものの大局的には火口に向かって動いているようにみえます(変動ベクトル図:1995.6〜2006.3).火口の西側に位置するOTANI点も南〜東向き変位が卓越しており,OTANI点の南側のID560点やTENBO点との対比において,その間の距離を狭めるように変動している可能性があります.ID430点は,西〜南向きの変位傾向があるかもしれませんが,この方向は斜面の最大傾斜方向に近いことと,実際の設置位置が急崖中であることから,斜面の不安定要素を含む可能性もあり,割り引いて考える必要があるかもしれません.TENBO点は,1999年11月の観測を除外すると,2001年まではほとんど動きが無く,それ以降は若干硫黄岳方向に動いています.

山麓の変動

硫黄岳北麓のHEIK点が最も大きく変動しています.1997年11月から2000年11月までに南西方向に約6cm変位し,それ以降は反転して変化が小さくなりました.IWOC点は,2000年頃まで変位傾向は見えなかったが,それ以降2002年にかけては若干,硫黄岳方向に変位したように見えます.IWOC点とHEIK点で比較すると,観測期間の初期に距離が狭まる傾向があったものと考えられます. HGSO点は,1999年11月の観測を除外すると,累積変位はほとんどありません.

島内の連続GPS観測

島内の連続観測点の相対変位

繰り返しGPS観測の結果によると,IWOC点とHEIK点の間の伸縮,およびHGSO点などで1999年の秋にかけて一時的に西向き変位があったように見えます.これらの原因は定かでありませんが,再出現時に備えかつ硫黄岳の火山活動と地盤変動の関係を長期的に調べる目的で,2001年および2002年にそれぞれHGSO点およびHEIK点付近に連続GPS観測システムを設置しました.3基線の2007年4月初旬までの結果を示します(図:島内の連続観測点の相対変位).この期間内では,2003年5月に行われた電子基準点のアンテナの交換と,2005年1月に実施した両連続観測点の再設置により,データの不連続が生じましたが,滑らかに接続した変化を見る限りにおいて,この間に顕著な変動は認められません.しかしながら,非常に微小な変位兆候は見えてきました.すなわち,電子基準点(GSI)に対してHGSOは2006年夏ころまで東へ,それ以後は西に変位したように見えます.また,気象補正(斎藤・井口,2006)後の上下変位成分(図:島内の連続観測点の相対変位の右下)においても,前期間では沈降,後期間では隆起傾向が認められます.

広域の変動と火山活動の関係について

薩南諸島北部のGEONET点の変動

GEONETデータを使って,1996年頃の熱・噴気活動の活発化(図:最近の火山活動の変化)に関係した変位が見えるかどうかを調べてみました.残念なことに,硫黄島のGEONET点「鹿児島三島:960723」は,1997年4月からデータ供与が始まっており,1996年頃の熱・噴気活動のピークを挟む期間で地盤変動を調べることはできません.しかしながら,例えば変化の仕方が,数年間にわたり指数関数的に小さくなっているようなことがあれば,地盤変動の一端が見える可能性はあります.鬼界カルデラの地盤変動について,井口ほか(2002a)が,独自の観測網の結果に基づいて,収縮源が存在する可能性を指摘しており,その検証の意味もあります.

使用したGEONETデータは,1996年4月から2003年4月までのF2解析座標値(国土地理院,2004)です.観測点は,枕崎,佐多,西之表,中種子,南種子,上屋久1,上屋久2,屋久,口永良部島および鹿児島三島の10点です.このうち,枕崎,佐多,中種子および上屋久1は概ね1996年4月以降,それ以外は翌1997年4月以降のデータが公開されています.

枕崎を基準として,各点の月平均値の変位軌跡を青色の点列でプロットしました(図:薩南諸島北部のGEONET点の変動).GEONETデータ提供開始時期に約1年のずれあるので,変位0の起点は,遅い方の1997年4月としてあります.

変位傾向の特徴から3グループに分類できます.第1のグループは,南東方向に変位するグループで,佐多および種子島に相当します.第2のグループは,南西〜西に変位する屋久島に見られます,第3のグループは,枕崎に対する相対変位がほとんどないか小さいグループで,薩摩硫黄島および口永良部島のに見られます.

第1のグループは,何れも南東方向に揃って変位しています.枕崎に対しては遠ざかるブロックに置かれています.また,この付近の海溝斜面側で発生したM6クラス地震による変位が含まれます.定常的な変位と地震による変位は,何れも海溝側に向っており,変位は累積的です. 第2グループの運動方向は,第1グループのそれにほぼ直交しています.屋久島内の3点の変動方向・変動量にも若干の違いはあるが,西向きの変位成分を共通して持っています. このように3つのグループの変位傾向には大きな違いがあります.測点密度の問題はありますが,それぞれのグループの間を通る変動境界が存在している可能性を考えても良いかもしれません.

広域網の変位と島内の変形

薩摩硫黄島GEONET点の相対変位時系列

相対変位が小さい第3グループの中で,硫黄島には観測開始初期に僅かな北西変位が認められます(図:薩摩硫黄島GEONET点の相対変位時系列).変位量は1cm程度と小さいですが,時系列でみると,東西成分では11月頃まで,南北成分では1998年初め〜中ごろまで,概ね直線的に変化していることがわかります.膨張源を仮定すれば,その位置は南東側の鬼界カルデラ中心方向になりますが,1996年頃の熱・噴気活動と関連したものかは判断できません.

南北成分はその後ほとんど変化しなくなりましたが,東西成分は,変化速度が鈍り,2001〜2002年頃に東向きに反転しました.前述のように,2001年から始めた島内の連続観測基線の東西成分には,微小な東西伸長傾向が認められます.島東部でより大きな東変位が進行していた可能性があります.これらは,島の変形の可能性が高く,マグマ溜りを探る上でも火山活動の推移をみる上でも注目されます.


鬼界カルデラの変動

井口ほか(2002a)は,硫黄島-口永良部島-屋久島-竹島を結ぶ独自のGPS観測網(図:薩南諸島北部のGEONET点の変動内の灰色の線の四角形)の1995年と2001年の観測データに基づき,硫黄島と竹島の間に収縮源が存在する可能性を指摘しました.上述のGEONETデータとの対比においては,竹島にGEONET点がないことに決定的な違いがあるほか,観測点位置,比較期間共に異なるため,単純に比較できませんが,前述した第2グループと第3グループとの相対運動から,屋久島を固定した場合には,硫黄島が東向きに変位したとみることもできます.井口ほか(2002a)の結果は屋久島を基準にしており,少なくとも硫黄島の東進については,両グループの相対運動によって説明は可能です.竹島での観測を含め,さらなるデータ蓄積の後に再検討が必要です.

硫黄岳の火山活動と山体変動との関係

近年の硫黄岳の火山活動で特徴的なことは,1996年頃を頂点とした熱・噴気活動の活発化です(図:最近の火山活動の変化).この時期には,山頂火口南縁の亀裂生成のように目に見える量の地形変化が生じました.また,この現象と相前後して火口底に出現した竪穴状火孔は,その後急激に拡大しました.火孔拡大と平行して火山灰放出が一時期盛んになりましたが,火山灰の成分が山体を構成する岩石であったことから,拡大に伴って内部に崩落した土石が舞い上げられたものと考えられています(→最近の火山活動の推移).

薩摩硫黄島火山は,元来,火山ガスの放出が非常に盛んな火山ですが,竪穴状火孔の形成により,ガス放出が以前にも増してスムーズに行われるようになった可能性があります.これまでの観察の範囲内では,火山ガスの放出が長期間停止したことはなく,ガスの圧力を溜め込む機構は,少なくとも地下浅部では働いていないと考えられます.ガス放出が順調に行われている間は,圧力変化が原因で地盤に変動を生じる可能性は低いです.山頂火口付近の火口収縮傾向は,竪穴状火孔の形成による地形の効果や既存の弱線の影響など,比較的表層に近い部分の地盤の状態変化に原因がある可能性が高いと考えられます.

山麓の変形

1997年から2000年にかけて硫黄岳北西山麓の基線長が短縮するような変化がありました(変動ベクトル図:1995.6〜2006.3). 2000年頃を境に僅かながら変動傾向に変化が認められる観測点もあります.これらは,山頂部の地形変化とは無縁であり,別の原因を考える必要があります.現状では,観測網の設定が陸域に限られ,確度の高い推定は困難です.連続GPS観測の3基線の変化の追跡を含め,データの蓄積を待って検討する必要があります.

引用文献

井口正人・高山鉄朗・味喜大介・西 祐司・斎藤英二(2002a) 鬼界カルデラの地盤変動.薩摩硫黄島火山・口永良部島火山の集中総合観測 平成12年8月〜平成13年3月.京大防災研付属火山活動研究センター,p.29-32.

Kamo, K., Iguchi, M. and Ishihara, K. (1997) Inflation of volcano Sakurajima detected by automated monitoring systemof GPS network. Proc. Symp. Current crustal movement and hazard reduction, Wuhan RP. China, p.629-640.

国土地理院(2004)電子基準点1200点の全国整備について.国土地理院時報,vol.103,http://www.gsi.go.jp/REPORT/JIHO/vol103/content103.html

斎藤英二・井口正人(2006)口永良部島火山におけるGPS連続観測による気象要素を加味した3次元変位検出.火山,vol.51,p.21-30.

(斎藤英二)


その他の観測(坑井,電気,磁気,重力,自然電位)

火山研究解説集:薩摩硫黄島
詳細版 目次

1 地質・岩石:

構造 噴火史 岩石 同位体・微量成分 メルト包有物

2 火山活動:

最近の活動 昭和硫黄島

3 火山ガス・熱水活動:

火山ガス SO2放出量 温泉 海底遊離ガス 土壌ガス 変質 ガス分別

4 放熱量:

衛星観測 総放熱量 火山熱水系

5 地球物理観測:

地震活動 地殻変動 その他

6 マグマ活動:

脱ガス過程 マグマ溜まり

Mapgrav(iwo).jpg

  • 重力分布図


はじめに

測線位置等

ここに紹介するのは,自然電位調査の項目を除いて,昭和50〜52年度に実施された工業技術院サンシャイン計画にかかわる委託調査研究「火山発電方式に関するフィジビリティスタディ」(社団法人 日本電機工業会)の成果報告書および地質調査所(1976)から抜粋したものです.この調査で行われた地球物理的調査のうち,坑井の掘削によって得られた坑底温度と地下水位,シュランベルジャー法による電気探査,空中磁気測量,重力調査の結果を示します.

また,同調査にて自然電位の測定も行われていますが,自然電位については,近年調査を行った Kanda and Mori (2002) の結果を中心に紹介します.図:測線位置等にそれらの測線等をまとめて示します.

なお,本編では紹介しませんが,硫黄島を含む広域の磁気分布が地質調査所(1980)によって著されています.

坑井を利用した調査

坑井の水位および坑底温度
水位の経時変化
10m深地温分布

坑井を利用した調査として坑底温度および地下水位を図(坑井の水位および坑底温度)に示します.

地下水位はどの坑井も海水面とほぼ同じ高さでですが,坑底温度には偏りがあります.坑底温度が高いのは,B1,B5,B6,B8で100℃以上に達し,B7,B9がそれに続きます.特に,B5は138℃ときわめて高温です.反対に低いのはB2,B4です.

各坑井の岩石の変質の状態を観察すると,割れ目や空隙が多く,地下水が流動しやすい地層を中心に変質作用が進んでいます(B4,B5以外).これは,地下水が火山性の熱水または火山ガスと混ざり合い,それが岩石の変質作用に大きく関与していることを示しています(→地質構造).

化学組成(pH, Cl,SO4)に着目すると,B1,B7,B8,B9の坑内水は強酸性ないし酸性で,近くにマグマ起源の温泉水の流出も認められるので,これらの温度異常は明らかに硫黄岳の火山活動に関係していると考えられます(→温泉・地下水).しかしながら,B5,B6については火山活動との関連を示す顕著な表面現象が見られません.

B6の坑内水は,B9と同様に酸性熱水の影響があり,かつ水位変動に潮汐の影響があることから,海岸へ通じるような温泉貯留層の存在が推測されます.一方,B5は酸性熱水も潮汐の影響もないにもかかわらず,坑井の中で,最も高い坑底温度を示します.B5やB6は,80℃の高温の土壌ガスが放出され,かつ,土壌ガス経由の火山性CO2放出量の高い場所に位置しています(→土壌ガス).従って,何らかの熱源から効率よく熱が供給されていると考えられます.B5やB6の存在は,硫黄岳の火山活動に起因する熱水系がかなり広い範囲に拡がっているか,あるいは,より深部のマグマ溜り等の別の熱源が存在することを示しているのかもしれません.

B1およびB3での水位の経時変化の図を見ると,

   潮汐の影響 降雨の影響 季節変化

B1   あり    あり?   なし

B3   なし    なし    あり

となっています.B1は非常に海水の影響を受けているといえます.図には示されていませんがB6も同様です.一方,内陸部のB3には潮汐の影響が見られず力学的に海水とはつながっていない孤立した帯水層とみなすことができます.

いくつかの測点で10mの深度での地温が測定されています.山頂部では,図(測線位置等)に緑丸で示す測点1,2,3で98℃の沸点温度を示しますが,測点4では20℃程度です.山麓部の測定結果を,10m深地温分布図に示します.測点5,10で異常な地中温度(図の赤色の領域)を示すことがわかります.測点10は先に示した図(坑井の水位および坑底温度)のB6に対応しています.一方,図の左端および右端の高温部は,それぞれ海岸で流出する温泉の貯留層に関係するものと考えられます.

電気探査

電気探査によって地下の比抵抗を観測し,地下構造がどのようになっているか調べることができます.比抵抗とは電気の流れやすさを示す値で,比抵抗が大きいと電気は流れにくくなります.地下の比抵抗は,岩石の構成要素,地下水や海水の存在,温度によって変わりますが,特に,火山地域では地層中の含水量や変質の度合いを調べる指標となります.これらが大きいと比抵抗は極端に小さくなる傾向にあります.


比抵抗構造(A断面)
比抵抗構造(B断面)

この図(A断面)と次の図(B断面)は,それぞれ地図に示されている測線(赤色の実線,図:測線位置等も参照)に沿った比抵抗構造を示しています.A断面,B断面ともに同様な比抵抗構造を示し,上部より下部に向かって,高い比抵抗,中程度の比抵抗,低い比抵抗を示す層から成り立っています.

600-2500Ω・mの層には,硫黄岳溶岩に対応する1200-2500Ω・mのきわめて高い比抵抗を示す層と,矢筈岳古期岩層に対応する500-900 Ω・mの中程度の比抵抗を示す層が含まれています.

その下部には数Ω・m(桃色の部分)のきわめて低い比抵抗の層が拡がることが特徴的です.数Ω・mとなるのは海水準以下であり,その上面は地下水位とおおむね一致します.この低い比抵抗の原因としては,岩石の変質か海水の影響が考えられます.しかし,坑井の水位変動には,既に示したように海洋潮汐と対応していないものもあり,内陸部に海水が浸透しているとは必ずしも言えないので,岩石の変質によって比抵抗の値が極めて低くなっている可能性が高いと考えられます.もし,これが変質によるものとすると,地下水位と硫酸塩鉱物を主体とする変質鉱物の出現する深さとの間に,かなり明瞭な相関が認められるとの報告(→地質構造)とも調和的です.

重力調査

地表で重力を調べることによっても,地下構造がどのようになっているかを調べることができます.例えば,溶岩のような空隙の少ない岩石があると密度は大きく,地表で測定される重力値は高くなる一方,火山灰等が堆積した地層は密度が小さくなるので,地表での重力値は低くなります.このようにして,重力測定から密度の分布を知り,地質構造を推定することが可能になります.

G-H相関
硫黄島の重力分布図
鬼界カルデラを含む広域重力図

重力の測定結果は,測定地域の平均的な密度に対して大きいか小さいかという異常図(ブーゲー異常図)として表現されます.平均的な密度としてどのような値を仮定するかによって,得られる結果が変わってきます.地表から数100m程度の表層密度は数種の仮定密度によるブーゲー異常図を見比べることにより推定することができます.

一方,極狭い範囲については測定された重力値と標高には負の相関があり,直線で近似できます(図:G-H相関).その傾きも測定地域の平均的な密度を示しますが,重力異常の変化が大きい領域では大きな誤差を伴います.実際に硫黄島の例で,G-H相関の図から得られる密度は1.15g/cm3となって密度として小さすぎるようです.

そこで,仮定密度を段階的に変化させて地形とブーゲー異常図の相関を見比べる方法をとったところ,密度が1.8〜2.0g/cm3であればコンターパターンが最も滑らかになり,表層密度として最適となることが判りました.なお,岩石サンプルの測定からは平均的密度として2.17g/cm3が得られています(→磁化・密度構造の項を参照)が,固結した岩石しかサンプリングできないことを考えれば,平均的な表層密度の上限値を与えていると考えることができます.

ここでは,仮定密度2.0g/cm3硫黄島のブーゲー異常図を示します(駒澤ほか,2005).重力異常は島の北西から南東へ低くなる傾向があり,鬼界カルデラに起因すると考えられます.すなわち,カルデラの窪みに低密度の火砕堆積物が満たされ,カルデラの中心に向かって重力が小さくなっています.硫黄岳と稲村岳が局所的に重力異常が小さくなっていますが,それはこの領域の表層密度が2.0g/cm3より小さいためで,仮定密度を1.8g/cm3程度に小さくしたブーゲー異常図ではそうした局所的な低重力異常は目立たなくなります.また, 鬼界カルデラを含む広域重力図を見ると,鬼界カルデラの低重力異常は同心円状ではなく北西-南東に伸びた長円形状で低重力の中心が2箇所あるようにみえます.硫黄島とその東の竹島は重力的にはカルデラ壁に位置しているのが判ります.

磁化・密度構造

地球固有の磁場(地磁気)は,地下を構成する岩石の磁気的性質が場所によって異なることにより,局所的に乱されます.乱された磁場から,大局的な磁場を差し引いたものを磁気異常といい,磁気異常の地上での分布から逆に地下構造を推定することができます.岩石の磁化の強さ(帯磁率)は磁性鉱物を多く含む玄武岩等で大きく,それが少ない流紋岩等で小さくなります.また,溶岩が冷却して磁性を獲得した時点での地球磁場の方向や,岩石の温度(温度が高くなると帯磁率は小さくなり,キューリー点温度になると磁性を失う)にも依存します.

岩石試料の密度および帯磁率
解析断面(A-A’)
解析断面(B-B’)

硫黄島で採取された岩石試料について室内測定を行い,帯磁率および密度を求めた結果を表(岩石試料の密度および帯磁率)を示します. おおまかにみて,

1)矢筈岳溶岩および稲村岳溶岩は帯磁率が高く,密度も大きい.

2)硫黄岳溶岩は帯磁率が低く,密度も小さい.

3)長浜溶岩はそれらの中間的な性質を有する.

という傾向があります.

地中の岩石の磁性の影響は空中まで広がっており,広い範囲にて均質なデータが得られることから航空機を利用した空中磁気測量を行うことがあります.硫黄島周辺でも空中磁気探査が行われ,その結果と重力測定の結果を基に,硫黄島を横切るような2つの測線に沿って,その下の地下構造が推定されています.

図:解析断面(A-A’)には,硫黄島周辺で行われた空中磁気探査(地質調査所,1980)によって得られた,測線(A-A’)での磁気異常の分布を緑色の曲線で示します(測線については,図:測線位置等も参照).この磁気異常の値と,既に示した硫黄島の重力分布図から求められる同測線上の重力値から,この測線について行われた構造解析の結果(解析断面)を磁気異常分布の下に示します.解析断面の青色の範囲は,磁気異常から推定された磁化の強い領域です.赤色の曲線は,表層と基盤との密度差を(0.3 g/cm3)と仮定し,重力異常から推定された地下の岩石の密度境界を示します.

矢筈岳に見られる強い磁化は先カルデラ期の玄武岩質溶岩によるものと考えられます.一方,その矢筈岳を形成する岩体と同じ程度の強い磁性岩体が稲村岳南部の深部に存在することがわかります.

図:解析断面(B-B’)に測線(B-B’)での磁気異常の分布を緑色の曲線で示します(測線については,図:測線位置等も参照).解析断面Aと同様に,測線(B-B’)上の重力値を用いて行われた構造解析の結果(解析断面)を磁気異常分布の下に示します.解析断面の青色の範囲は,磁気異常から推定された磁化の強い領域です.赤色の曲線は,表層と基盤との密度差を(0.5 g/cm3)と仮定し,重力異常から推定された地下の岩石の密度境界を示します.

硫黄岳東方深部にも矢筈岳と同様な磁化の強い岩体が存在することがわかります.また,硫黄岳山頂火口の西側にも,貫入状の強い磁化の岩体の存在が認められます.その岩体は溶岩流の分布に対応するかもしれません.

一方,図:解析断面(A-A’)でわかるように,稲村岳の北側の帯磁が低く,また全体的に密度が小さい(密度境界が深くなっている)のはそのあたりに安山岩が存在するためか,あるいは地表のスコリア丘の影響があるためと考えられます.

自然電位調査

自然電位分布(1975年)

自然電位は,自然状態での地表の電位分布を表したもので,主に,地下水や地熱水の流動に対応して異常を示します.

地下水が表層のすぐ下を流れるところでは,上流側で負,下流側で正の異常を示します.一般に,山岳地帯では標高が高くなるにつれて自然電位が減少する傾向があり,地形効果と呼ばれています.これは地下水が山頂部から山麓部に流れるために起きます.

それに対し,温泉水などの熱水の流動によっても自然電位の異常は現れ,熱水の上昇域で正の異常を,反対に下降域では負の異常となります.火山ガスや蒸気の流動では自然電位異常は生じません.また,自然電位の値は岩石の比抵抗値によっても変わります.岩石の比抵抗が小さい(電気伝導度が大きい)と異常の振幅が小さくなり,比抵抗が大きいと振幅が大きくなります.

図:自然電位分布(1975年)に示したのは,1975年に硫黄島で行われた自然電位の測定結果です.図中の曲線は,等電位を結んだ線です.標高が高くなるにつれて自然電位は低くなる地形効果が稲村岳周辺ではみられます.しかし,硫黄岳西部の中腹(青色部)においては,南北の領域よりも相対的に自然電位が高いことがみてとれます.すなわち,測定された自然電位の正異常域(青色部)は標高とは相関していないので,硫黄岳西部山腹に見られる噴気活動(火山ガス・温泉の分布図,→火山ガス)に対応した熱水流動による異常と考えられます.

自然電位分布(1999年)

最近,Kanda and Mori (2002)によって自然電位測定が行われました.その結果(図:自然電位分布(1999年))は先の調査結果の図(自然電位分布(1975年))とよく似ています.このことは,観測されている自然電位分布が長期間安定したものであることを示しています.

自然電位の高度分布(1999年)

Kanda and Mori (2002)によって得られた自然電位の高度分布(1999年)の図によると,地形効果による高度減率は島西部で-2〜-3mV/m,硫黄岳山麓で-0.5〜-1mV/m程度になります.高度減率の違いは地層の比抵抗値,透水係数などによります.このような高度減率に反して,硫黄岳西山腹(白丸で示した高度200〜300mの範囲)では正異常を示しますが,これは噴気活動に対応しており熱水の上昇域を示すと考えられます.硫黄岳山頂域(黒丸で示した高度400〜600m)においても50〜100mVのフラットな正異常を示し,この地域での熱水の流動を示唆しています.地温(棒グラフ)の高い場所に対応していることからも,熱水の移動によって自然電位異常が現れているという解釈がもっともらしいでしょう.

主に硫黄岳で見られる自然電位異常を定量的に考察するために,Kanda and Mori (2002)は電位の異常に等価な電流源の大きさを推定しました.観測値にベストフィットするような電流源の大きさを求めたところ,電流源の深さが海水準の場合,1〜3Aと推定されました(原論文では単位系の換算に誤りがありますが,山体の比抵抗値が仮定されているものよりかなり大きいことを考慮し,推定された値をここではそのまま用います(神田,私信)).この電流源の大きさに見合う熱水の流量は1000〜6000トン/日となります.ただし,この値はゼータ電位(自然電位を引き起こす物性値)と地層の透水係数に大きく依存して変化します.ここでは,一般的な値としてゼータ電位を-0.1V,透水係数を2×10-13m2としています.この値が正しいと仮定すれば,山頂から出る火山ガス放出量は約40000トン/日と推定されているので(→SO2放出量),自然電位に影響する熱水対流の流量よりも一桁近く多いことになります.このことから,火山ガスの流動そのものは自然電位に影響を及ぼしていない可能性が上げられます.自然電位異常をもたらしているのは,おそらく貫入マグマを熱源として引き起こされる地下水の熱水対流でしょう.今,仮に,100℃の熱水が6000トン/日の割合で上昇したとすると,それによる放熱量は30MWに相当します.この値は,硫黄岳全体の地表面温度異常域からの放熱量(→火山からの総放熱量)の20%程度です.このことは,硫黄岳の地表付近の熱活動は,その多くが前述の火山ガスによってもたらされていることを意味し,火山熱水系の考察で示したようなモデルの導出に寄与しています.

引用文献

地質調査所(1976)全国地熱基礎調査報告書 no.30 南西諸島. 工業技術院地質調査所, 90p.

地質調査所(1980)空中磁気図XXV-1, 大隈半島-屋久島海域空中磁気図. 工業技術院地質調査所.

Kanda, W. and Mori, S. (2002) Self-potential anomaly of Satsuma-Iwojima volcano. Earth Planets and Space, vol.54, p.231-238.

駒澤正夫・名和一成・村田泰章・牧野雅彦・森尻理恵・広島俊男・山崎俊嗣・西村清和・杉原光彦・大熊茂雄(2005)重力図 no.22 屋久島地域重力図(ブーゲー異常). 地質調査総合センター.

参考文献

物理探査学会(1989)図解物理探査.物理探査学会,239p.

兼岡一郎・井田喜明編(1997)火山とマグマ.東京大学出版会,240p.

(松島喜雄,重力調査の項は駒澤 正夫)





マグマ活動

脱ガス過程

火山研究解説集:薩摩硫黄島
詳細版 目次

1 地質・岩石:

構造 噴火史 岩石 同位体・微量成分 メルト包有物

2 火山活動:

最近の活動 昭和硫黄島

3 火山ガス・熱水活動:

火山ガス SO2放出量 温泉 海底遊離ガス 土壌ガス 変質 ガス分別

4 放熱量:

衛星観測 総放熱量 火山熱水系

5 地球物理観測:

地震活動 地殻変動 その他

6 マグマ活動:

脱ガス過程 マグマ溜まり

Convectionmodel j.jpg

  • マグマ火道内対流モデル


火山ガスの起源

噴気最高温度の変化
硫黄島のSO2フラックスの繰り返し観測データ (COSPECとDOASの比較を含む)
山頂高温火山ガス組成変動(CO2,St,HCl)篠原図
メルト包有物のH2O&CO2濃度


薩摩硫黄島火山の硫黄岳の山頂火口では,現在,800-900℃の高温のマグマ性ガス(マグマ起源の火山ガス)が放出されています(→火山ガス図:噴気最高温度変化(1960-2005)). その量は,SO2放出量観測によると日量1000-1500トン,平均1300トンであり,最近15年間安定しています(→SO2放出量図:1990-2005年の硫黄島のSO2フラックスの繰り返し観測データ).

一方,マグマ性ガスの化学組成は高温火山ガスの繰り返し観測からモル比で,H2O:CO2:S=97.5:0.38:0.98,と求められており,この組成も最近15年間ほとんど一定しています(→火山ガス図:山頂高温火山ガス組成変動(CO2,St,HCl)). このSO2放出量とマグマ性ガスの化学組成から,マグマ起源のH2Oの放出量は日量40000トン(CO2は370トン)と算出されます.

メルト包有物のH2O&S&Cl濃度

最新のマグマ噴火である昭和硫黄島溶岩中の斜長石内のメルト包有物の揮発性成分の組成比(CO2/H2O, S/H2O)は,このマグマ性ガスの化学組成比にほぼ等しいことがわかっています(→メルト包有物図:メルト包有物のH2O&CO2濃度図:メルト包有物のH2O&S&Cl濃度). CO2は,H2OやSに比べ,珪酸塩メルトへの溶解度が著しく低いにもかかわらず,火山ガスとメルト包有物のCO2/H2O, S/H2Oが同程度であることは,昭和硫黄島溶岩を形成した流紋岩マグマが低圧で脱ガスし,マグマに溶存していたほとんどのH2O, CO2, Sが火山ガスとして放出していることを意味しています(→メルト包有物).

上記の火山ガス放出量と,昭和硫黄島溶岩中の斜長石内のメルト包有物の揮発性成分濃度(H2O=1 .4wt.%, CO2=0.014wt.%, S=0.011wt.%,(→メルト包有物))から見積もられるマグマの脱ガス率は,日量400万-600万トン(70万-110万m3)に達します(Kazahaya et al., 2002).このように多量のマグマ性ガスを放出し続けるためには,大量のマグマが脱ガスする必要があります.

低圧かつ大量の脱ガス

硫黄岳山頂火口に存在する噴気孔の温度が非常に高いことから,マグマが地表付近にまで上昇してきている可能性が考えられます.水はマグマに比較的溶解しやすいので,逆に,マグマから水を放出するには,比較的低圧(浅い場所)の環境にマグマが存在している必要があります.

上記のように,日量40000トンの水がマグマから放出されているので,このような非常に多量の水を放出するには,マグマが浅い場所に存在し,かつ,活発に脱ガスをしている必要があります. 広帯域地震計による観測で脱ガスに関連すると思われる変動中心が求められているが,海水準よりも高い位置にあります(→地震活動).マグマヘッドがそこにあると考えられます.

しかし,問題はその量です.脱ガスするマグマの量は一日あたり体積70万-110万m3であり,一辺100mの立方体,東京ドームほぼ1個分(124万m3)に相当するマグマが1日に脱ガスしていることになります.10年間では硫黄岳山体(~1.3km3)に匹敵する量になってしまいます.

現在,見られる火山ガス放出活動は,少なくとも800年間は継続していることが推定されており(→火山ガス),これが事実とすると200km3以上のマグマがほぼ地表近くに存在していなくてはなりませんが,このような大量のマグマが非常に浅い場所に存在していることを示す観測結果はありません.

では,どのようにマグマは脱ガスし,脱ガスしたマグマはどこに消えたのでしょうか?

火道内マグマ対流によるマグマの脱ガス

マグマ火道内対流モデル

実は,大量のマグマが浅い場所で脱ガスをするということは,必ずしも大量のマグマがその場に存在している必要はありません.逆にこのような大量のマグマは地下深部のマグマ溜りにのみ存在しています.しかし,この大量のガスを脱ガスするにはマグマが低圧環境下になくてはならないのも事実です.

流紋岩マグマの密度と含水量

この一見矛盾した状態を説明するプロセスが存在しています.それを火道内マグマ対流プロセス(図:マグマ火道内対流モデル)といいます(Kazahaya et al., 1994;風早・篠原,1996;Stevenson and Blake, 1998).火道がマグマ溜りと地表近くの低圧環境の場とつながっていれば,深部のマグマ溜りからマグマが上昇して低圧環境下になることが可能です.

マグマは揮発性成分(特に水)を含むと密度が低くなります.従って,脱ガスした,即ち,揮発性成分の抜けたマグマは脱ガスしていないマグマよりも密度が高くなるため,脱ガス後は火道内を沈降してマグマ溜りに戻ります.右図(流紋岩マグマの密度と含水量)は,流紋岩マグマの密度とH2O濃度,圧力の関係を示してあります.例えば,H2Oが1.4wt.%程度含むマグマの密度は2350-2380kg/m3であるのに対し,H2Oが0.4wt.%程度含むマグマの密度は2400kg/m3以上になり,脱ガス後に密度が高くなります.

こうして,ガスを含んだマグマは,脱ガスしたマグマと入れ替わるように,火道内を上昇し,また,脱ガスというプロセスを繰り返します.このようにして,マグマの揮発性成分がマグマ溜まりから地表近くへと運ばれ,大量のマグマ性ガスが放出されていると考えられています.

引用文献

Kazahaya, K., Shinohara, H. and Saito, G. (1994) Excessive degassing of Izu-Oshima volcano: magma convection in a conduit. Bull. Volcanol., vol.56, p.207-216.

風早康平・篠原宏志(1996)活火山からの過剰な脱ガスについてーそのマグマ過程と機構ー.地質学論集,vol.46, p.91-104.

Kazahaya, K., Shinohara, H. and Saito, G. (2002) Degassing process of Satsuma-Iwojima volcano, Japan: Supply of volatile components from a deep magma chamber. Earth Planets and Space, vol.54, p.327-335.

Stevenson, D. S. and Blake, S. (1998) Modelling the dynamics and thermodynamics of volcanic degassing. Bull. Volcanol., vol.60, p.307-317.


(風早康平・斎藤元治)


マグマ溜まり

火山研究解説集:薩摩硫黄島
詳細版 目次

1 地質・岩石:

構造 噴火史 岩石 同位体・微量成分 メルト包有物

2 火山活動:

最近の活動 昭和硫黄島

3 火山ガス・熱水活動:

火山ガス SO2放出量 温泉 海底遊離ガス 土壌ガス 変質 ガス分別

4 放熱量:

衛星観測 総放熱量 火山熱水系

5 地球物理観測:

地震活動 地殻変動 その他

6 マグマ活動:

脱ガス過程 マグマ溜まり

Chambermodel j.gif

  • 現在のマグマだまりモデル


マグマ溜まりモデルを構築する上でのポイント

地質学から

鬼界カルデラ地形図

鬼界カルデラ内にある隆起(図:鬼界カルデラ地形図,→噴火史)を後カルデラ期の噴火によって形成されたと仮定し,薩摩硫黄島火山の後カルデラ期のマグマ噴出率を推定すると,3-6km3/1000年という噴出率が得られます.この値は第四紀火山の平均的なマグマ噴出率である0.1-1km3/1000年(小野, 1990)よりも高く,後カルデラ期にもマグマ溜まりが定常的に存在し活発な噴火活動を起こしていると考えられています(Saito et al., 2001).

岩石学から

マグマ混合プロセスとmafic inclusionの形成

硫黄岳流紋岩中のマフィックインクルージョンの岩石学的解析から,500-1300年前の硫黄岳噴火の直前に,玄武岩マグマが流紋岩マグマだまりの下部に上昇・接触,わずかに混合し,噴火したと考えられています(図:マグマ混合プロセスとマフィックインクルージョンの形成,→岩石学).

また,昭和硫黄島流紋岩中のマフィックインクルージョンの岩石学的解析から,1934-1935年の昭和硫黄島噴火の前に,玄武岩マグマと流紋岩マグマの混合が進み,安山岩マグマからなる中間層が形成されていたことが考えられています(Saito et al., 2002).

メルト包有物から

後カルデラ期マグマのガス飽和圧力

メルト包有物のH2OおよびCO2濃度から見積もられるマグマのガス飽和圧力は,竹島が80-180MPaで,硫黄岳は70MPaと20MPa,稲村岳は70-130MPaです(図:後カルデラ期マグマのガス飽和圧力,→メルト包有物).

前述のように,岩石学から,後カルデラ期には,上部に硫黄岳マグマ,下部に稲村岳マグマというマグマ溜まりの成層構造が存在していた可能性が考えられています.硫黄岳と稲村岳のマグマのガス飽和圧力が70MPaを境に上下に分布していることは,この岩石学モデルと整合的です.

火山ガスとメルト包有物から

脱ガスプロセスとメルト包有物のH2O&CO2濃度

硫黄岳山頂火口から放出されているマグマ性ガスの放出量(H2Oが40000トン/日,CO2が370トン/日,SO2が1300トン/日)と昭和硫黄島メルト包有物の揮発性成分濃度(H2O=1 .4wt.%, CO2=0.014wt.%, S=0.011wt.%)から見積もられる脱ガスマグマ量は.日量400万-600万トン(70万-110万m3)です(→脱ガス過程).もし,この脱ガスが800年間続いたとすると,その脱ガスした流紋岩マグマ量は200-320km3にも達します.

一方,メルト包有物研究から,現在,放出されているマグマ性ガスの起源は,流紋岩マグマの下部にある玄武岩マグマと推定されており,その玄武岩マグマのH2O濃度は2-3wt.%です(→メルト包有物).800年間に放出したマグマ性ガスが全て玄武岩マグマを起源としていると仮定して計算しても,脱ガスした玄武岩マグマ量は80-120km3になります(Kazahaya et al., 2002).

マグマ火道内対流モデル

また,現在,硫黄岳山頂火口から放出されている火山ガスのH2O,CO2およびSの濃度比が昭和硫黄島メルト包有物の濃度比と同様な値であることから(図:脱ガスプロセスとメルト包有物のH2O&CO2濃度),火道内対流によって昭和硫黄島マグマが低圧下で脱ガスし火山ガスが放出されていることが示唆されています(→脱ガス過程).この脱ガスプロセスが,現在だけでなく,少なくとも過去500年間,流紋岩マグマ溜まりにも働き,マグマ溜まりの珪酸塩メルトのH2O濃度を減少させた可能性もメルト包有物分析から指摘されています(→メルト包有物).この推察は,硫黄岳山頂付近では最近約1000年間,活発な火山ガス放出活動が続いているというその地表現象(→熱水変質)とも整合的です.

以上をまとめると,硫黄岳の山体形成後も地下に少なくとも100km3の大きさのマグマ溜まりがあり,800年間以上にわたり,火道内対流による火山ガス放出活動を継続していると考えられます.

地震観測から

遠地地震の振幅減衰域

地震学的にマグマ溜まりを探査する手法として,火山性地震の観測や遠地地震の観測が挙げられます.地震波の減衰の度合いは固体よりも液体の方が大きいため,マグマを通過する地震波は減衰します.減衰する位置を調べることでマグマ溜まりの位置や大きさを推定できます.

西ほか(2001)による遠地地震の振幅減衰域の観測(図:遠地地震の振幅減衰域)でも,カルデラ内部に遠地地震の減衰域があるのは認められます(→地震活動).ただし,マグマ溜まりの位置や大きさを推定するには到っていません.マグマ溜まりの位置や大きさを推定するためには,遠地地震観測を火山周辺で広範囲に,かつ,継続的に行う必要がありますが,カルデラ底やカルデラ壁,カルデラ周辺域が海中にある薩摩硫黄島火山は,観測機器を設置するのが困難なためです.

地殻変動観測から

GPS観測などによって複数地点の地盤の変形が捉えられると,主に弾性力学的な仮定に基づいて,変動力源の位置や形状を推定することができます.力源モデルが観測値をどの程度満たしているかは,観測点の配置と数によるところが大きいです.その意味では,大半が海面下にある鬼界カルデラにおいて,地殻変動からマグマ溜まりの位置や大きさをある程度の確かさで推定するのは困難です.

しかしながら,陸域を結ぶGPS観測や陸域内の変形測定などの現状の観測(→地殻変動)からも,有用な情報が得られる可能性はあります.島内の電子基準点は,2002年から2005年頃にかけて東に1cm弱変位し,2006年夏から2007年初頭にかけて西に数mm変位したことや,島内のほぼ東西方向の約2kmの基線にも同様の傾向が認められたこと(→地殻変動)は,鬼界カルデラ内での膨張や収縮を連想させる好例です.さらなる継続観測によって,地象との関係の有無を明らかにして行く必要があります.

現在のマグマ溜まり

現在のマグマだまりモデル

上記のような観測結果を元に,薩摩硫黄島火山の現在のマグマ溜まりについて,図(現在のマグマだまりモデル)のようなモデルが提案されています(Kazahaya et al., 2002).

マグマだまりは,現在,下部に玄武岩マグマ,上部に流紋岩マグマ,中間に安山岩マグマという成層構造を持っています. その深さは,メルト包有物から見積もられたガス飽和圧力から,流紋岩マグマだまりの上面が3km程度.玄武岩は3-4km以下と予想されています.

下部の玄武岩マグマは上部の流紋岩マグマに火山ガス成分(揮発性成分)と熱を供給しています. さらに,上部の流紋岩マグマは火道を上昇し,低圧下で効率的に脱ガスし,火山ガスを放出しています.脱ガスしたマグマが火道および流紋岩マグマだまりを沈降し,下部のより未分化 なマグマからガス成分を供給されていると考えられます(Kazahaya et al., 2002).

マグマ溜まりの進化

後カルデラ期マグマ溜まりの進化モデル

このマグマ溜まりが約7300年前からどのような進化を経てきたのかについては,図(後カルデラ期マグマ溜まりの進化モデル)のように考えられています(Saito et al., 2003).

鬼界-アカホヤ噴火直前に,深さ3-7kmにかけて,発泡した流紋岩マグマ溜まりがありました.その体積は噴出物量から170km3以上と考えられます.このカルデラ噴火後も,流紋岩マグマ溜まりの一部は残ります.

5200年前に,硫黄岳の噴火が始まります.2000-3900年前には,深さ3-5kmに,玄武岩マグマが上昇し,稲村岳噴火を起こします.

2200年前から硫黄岳の活動が再開します.この活動は溶岩流主体で,現在の硫黄岳の地形の大部分を形成しました.硫黄岳マグマは,メルト包有物のH2OおよびCO2濃度から,深さ3km程度に位置していたと推定されています.

1100年前から,硫黄岳の噴火活動は,それまでの溶岩流の流出から,山頂での爆発的噴火が主となります.500-1300年前の硫黄岳噴火では,その噴火直前に玄武岩マグマが上昇しています.

少なくとも800年前から火道内対流による活発な火山ガス活動を開始し,現在まで継続しています.この活動で,流紋岩マグマ溜まりのH2O濃度が〜1wt.%まで減少し,ガスに不飽和な流紋岩マグマ溜まりになったと考えられます.

500年前の硫黄岳噴火以降に,玄武岩マグマが流紋岩マグマだまりの下部に進入・混合し,安山岩マグマを形成します.H2O〜1wt.%以下の硫黄岳マグマに玄武岩マグマからガス成分が供給されて,昭和硫黄島マグマが形成されます.

1934-1935年に,流紋岩マグマが噴火し,昭和硫黄島を形成しました.このときに中間層の安山岩マグマもマフィックインクルージョンとして噴出しました.

引用文献

Kazahaya, K., Shinohara, H. and Saito, G. (2002) Degassing process of Satsuma-Iwojima volcano, Japan: Supply of volatile components from a deep magma chamber. Earth Planets and Space, vol.54, p.327-335.

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(斎藤元治)