火山からの総放熱量
火山研究解説集:薩摩硫黄島 (産総研・地質調査総合センター作成)
- 硫黄岳からの放熱量の経年変化
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はじめに
地下にある高温のマグマが冷却する過程で放出された熱は地下を移動し,やがて地表から大気へ放出されます.単位時間当たりに放出される熱量を放熱量と呼んでいます.単位は仕事率(1秒当りのエネルギー量,電力と同じ単位),W(J/s)ですが,通常MW (メガワット:106J/s)を用います.活動的な火山では非噴火時でも数MW〜数百MWの放熱を行っています(例えば,Kagiyama, 1981).1977年の有珠火山の噴火直後には放熱量が1000MWまで上昇し,その後10年間に200MWまで減衰しています(Matsushima,2003).
硫黄岳からの放熱量は,噴気孔からの火山ガスによる放熱量,噴気地(Steaming ground)からの放熱量の二つに大別されます(Matsushima et al., 2003).噴気地とは,火山ガスが集中して放出される明確な噴気孔はないものの,地表面温度が高くなっている場所を指します.噴気孔の周囲に形成されていることが多いようです.噴気孔からの火山ガスによる放熱量は噴気地からの放熱量より一桁以上大きく,放熱量全体に占める割合も大きいです.これは,火山ガスの流動がマグマの放熱に大きく寄与していることを意味しています.ただし,噴気孔からの火山ガスによる放熱量は定量的に評価することが難しく,現状では十分な結果が得られているとはいえません.ここでは噴気地からの放熱量に着目し,その値の経年変化を示すことにします.そして,次項において,噴気地からの放熱量に着目した熱水系のモデリングを紹介します.
噴気地からの放熱量
推定方法
噴気地からの放熱量は,Sekioka and Yuhara (1974)の方法を用いて推定します.この方法は図(噴気地からの放熱モデル)のように地表面において想定される熱伝達の収支を考え,定常状態においては全ての項目を足したものがゼロになるという定式化に基づいています.放熱量をQs,噴気地の地表面温度をTs,基準温度をTo,温度Tsを示す面積をSとしたとき,
- 式(1)
となります.Kは地表付近の風速,湿度や温度等の気象要素ならびに雲量等に依存する係数です.Kは実測によると16〜93の値をとりえますが,ここでは,一般的な値として35 (Sekioka, 1983)を用いました.(1)式の地表面温度Tsと面積Sの関係は,概要版の火山から放出される熱で紹介したような熱画像の地表面温度分布から得られます.このうち人工衛星による熱画像とそれから得られる放熱量については,既に前項の衛星による観測で示しました.ここでは,セスナや地上観測によって得られた熱画像から求められる放熱量と人工衛星によって得られた放熱量値を比較します.
硫黄岳山頂火口からの放熱量
まず,地上観測によって得られた放熱量を示します.山頂火口の南西リムから赤外熱映像装置によって測定された地表温度分布図(→概要版火山から放出される熱の熱活動の推移)で求められたTsとSの関係から,(1)式より各時期の放熱量が求められます.
その結果を,下に示した硫黄岳からの放熱量の経年変化の図の黒の×印で示します.全体的に放熱量は50 MWより小さく,1996年から1999年にかけて,徐々に減少していることがわかります.
山体全域からの放熱量
2004年10月6日にセスナに搭載された赤外熱映像装置による観測で得られた硫黄岳全体の地表面温度分布図(→概要版火山から放出される熱)から,同様にして地表面温度に対する面積を求め,(左図:硫黄岳地表面温度分布),(1)式を用いて山体全域からの放熱量を求めました.
その結果,山体全域からの放熱量は129MW,そのうち山頂火口内からの放熱量は46MW,山腹からの放熱量は83MWであることが分かりました.結果を硫黄岳からの放熱量の経年変化の図の緑の★印で示します.
放熱量の経年変化
上で示した結果と,前項で示した人工衛星によって得られた放熱量の値(青色の■印),その他の観測によって得られている値をまとめて図(硫黄岳からの放熱量の経年変化)に示します.その他の観測のうち,井口・鍵山(2002)はセスナによる観測(紫色の▼印),地質調査所(1976)は地上観測によって得られた値です(赤色の●印).
図(硫黄岳からの放熱量の経年変化)には,山頂火口原の値(上段)と,硫黄岳全体からの値(下段)を示します.山頂火口原内についてはおおよそ50MWのレベルにあることが分かるます.ただし,1996年から1998年の期間は火口の南西リムから撮影された地表温度分布図から求めているため,火口原全体の値を表しておらず,低めの値になってしまっているようです.
硫黄岳全体についてみると,人工衛星によって得られた放熱量値は,その他の結果に較べて低めに見積もられているようです.それは,分解能のため,山麓の噴気地が充分に観測されていないためであると推測されます.低めに見積もられていることを考慮しても,人工衛星の結果は,竪穴状火孔の拡大が活発であった1996年にかけて,かなり放熱量が上昇したことを示しています.その後は,150MW程度の安定した値を示し,以前のレベルに戻っているようです.
引用文献
地質調査所(1976)全国地熱基礎調査報告書 no.30 南西諸島. 工業技術院地質調査所, 90p.
井口正人・鍵山恒臣(2002)薩摩硫黄島火山における空中赤外熱測定.薩摩硫黄島火山・口永良部島火山の集中総合観測 平成12年8月〜平成13年3月.京都大学防災研究所,p.43-50.
Kagiyama, T. (1981) Evaluation methods of heat discharge and their applications to the major active volcanoes in Japan. J. Volcanol. Geotherm. Res., vol.9, p.87-97.
Matsushima, N. (2003) Mathematical simulation of magma-hydrothermal activity associated with the 1977 eruption od Usu volcano. Earth Planets and Space, vol.55, p.559-568.
Matsushima, N., Kazahay, K., Saito, G. and Shinohara, H. (2003) Mass and heat flux of volcanic gas discharging from the summit crater of Iwodake volcano, Satsuma-Iwojima, Japan, during 1996-1999. J. Volcanol. Geotherm. Res., vol.126, p.285-301.
Sekioka, M. (1983) Proposal of a convenient version of the heat balamce technique estimating heat flux on geothermal and volcanic fields by means of infrared remote sensing. Memories of the National Defence Academy Japan, vol.23, p.95-103.
Sekioka, M. and Yuhara, K. (1974) Heat flux estimation in geothermal areas based on the heat balance of the ground surface. J. Geophys. Res, vol.79, p.2053-2058.
(松島喜雄)