火山から放出される熱
火山研究解説集:薩摩硫黄島 (産総研・地質調査総合センター作成)
火山研究解説集:薩摩硫黄島 概要版 目次 |
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- 硫黄岳山頂火口の地表面温度分布図
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はじめに
活動的な火山では,地下の高温のマグマを反映して,地表に温度の高い領域が現れます.マグマが熱源となって,マグマから周囲の地層への熱伝導,マグマからの火山ガスの放出,地下水の浸透と熱水の対流等の活動によってマグマの周囲に熱水系が形成されるからです.地表で温度の高い領域を観測することによって,地下のマグマやそれに伴う熱水系を理解することができます.
大地の温度は,日射や気象条件によって変動していますが,マグマの熱の影響を受けている場所では周囲の影響のないところに較べて温度が高くなっており,そのような場所を熱異常域(または温度異常域)と呼びます.硫黄岳の熱異常域を調べるために,人工衛星を使った観測(詳しくは→詳細版4.放熱量の衛星による観測へ)と現地での観測を行っています.現地観測は赤外熱映像装置を使った地表面温度の遠隔測定と熱電対を用いた地表面温度測定からなります.以下,それぞれの観測によって得られた硫黄岳の熱異常域の様子を紹介します.
熱活動の特徴
硫黄岳山体の地表面温度分布
上図は1995年3月7日の夜間に人工衛星によって観測された硫黄島の表面温度分布です(詳しくは→詳細版4.放熱量の衛星による観測へ).硫黄岳の山頂や山腹に見られる温度異常域は,噴気孔の分布図とおおよそ一致し,火山活動によるものと判断できます. 人工衛星を使った観測は定期的に行えるため,詳細版で述べられるように熱活動の長期的な経年変化をとらえるときに威力を発揮します.次に解像度を上げた画像を紹介します.
- 硫黄島の地表面温度分布図
この硫黄島の地表面温度分布図は,2004年10月6日にセスナ機に搭載した赤外熱映像装置によって上空約1500mのところから測定した結果です.解像度(衛星の空間分解能が120mであるのに対しセスナの分解能は数m)が上がるため詳しい表面温度分布がわかります.例えば,温度は低いものの,温度異常域は山頂火口原にとどまらず,山麓まで拡がっているのがわかります.次に硫黄岳の山頂部分をクローズアップしてみましょう.
セスナから撮影した硫黄岳の地表面温度分布のうち,山頂部を拡大したものと地形に噴気地帯をあわせて示しました(図:セスナによる硫黄岳火口底地表面温度分布).噴気活動の対応した部分が最も高温になっていることが分かります.次に現地観測によって得られたさらに詳細な火口原内の様子を見てみます.
- 硫黄岳山頂火口の地表面温度分布図
硫黄岳山頂火口の地表面温度分布図の上の写真は地表(火口縁)から見た火口内の様子です.写真中央には竪穴状火孔があり,そこから高温火山ガスが噴出しています.下は同時に同じ場所を赤外熱映像装置で測定した地表面温度分布です.これをみると,竪穴状火孔と,その周囲,特に火口原の壁に高温部(赤色〜黄色)があることがわかります.この高温部は,最高温度が800℃に達するような高温の噴気孔に対応します.火口原全体にやや温度の低い領域(緑色〜水色)が広がっていますが,それは,100℃程度の低温噴気孔や噴気地に対応しています.このような対応は現地で赤外熱映像装置による地表面温度測定と熱電対による地中および噴気温度測定を同時に行うことにより明らかになります.
地表面温度と地中温度の関係
今まで見てきたような地表面温度とその場所の熱的な状態の関係は,硫黄岳山頂火口の地表面温度分布図の点線で示した代表的な地点で地表面温度と地中温度の測定を同時に測定することにより明確になりました.
a)地表面温度が20〜50℃では(右図:地中温度勾配のa),噴気温度が100℃程度の低温噴気孔やその周囲の地中温度異常域(噴気地)に対応する.
b)地表面温度が50〜100℃では(右図:地中温度勾配のb),噴気温度が100℃以上になる高温噴気孔やその周囲の地中温度異常域に対応する.
ということがわかりました.
熱活動の推移
火口原の様子は常に一定ではありません.この図(地中温度の経年変化)は火口原の地中温度分布の変遷を示します.1976年以前は,火口底の地中温度のほとんどが沸点より低く,高温噴気孔のほとんどは火口壁に分布していたのに対して,1996年には火口底の多くの部分で沸点より高温になっています.これは,1991年以降の火口底の変遷(→最近の火山活動の推移)に対応しています.火口底には1991年以降,竪穴状火孔が形成され,それが徐々に拡大しました.それに伴う熱活動の様子を少し詳しく見てみましょう.
図:硫黄岳火口底地表面温度分布の経年変化から竪穴状火孔の拡大とそれに伴う地表面温度の変化を見ることができます.竪穴状火孔の直径は1997年4月,97年11月,98年3月,98年11月,99年11月にそれぞれ 26.5,27.9,34.9,40.5,64.2 mとなっています.
初期には火孔から高温の噴気が立ち上っているますが,1999年には立ち上る噴気が低温になっています.1997年以降,噴気には時々粉砕された固形物(灰)が含まれるようになり,火孔の周囲に堆積するようになりましたが,それにともなって1998年,1999年には,火孔の周辺にはっきりとした低温域がみられます.
このような温度異常を示す面積の変遷は右図(地上測定による硫黄岳火口底温度異常域の面積)からはっきりわかります.
火口原の竪穴状火孔の形成に伴って,一時,噴気活動は活発化しましたが,1997年以降は火口原全体での温度が低くなっており,噴気活動が低下したと考えられます.
硫黄岳のマグマ‐熱水系モデル
以上で見てきたように硫黄岳には次の3つのタイプの熱活動があることが分かります.
- 山頂部での100〜900℃の噴気孔からの火山ガスの放出,
- 山麓部での100℃程度の低温噴気孔からの火山ガスの放出,
- 噴気孔の周囲にみられるような,地中の温度が高くなっている「噴気地」と呼ばれるところ
です.また,これに加えて 海岸線に見られる温泉(→火山ガスと温泉)も熱活動としてあげられます.
地球化学的な観測結果から,山頂部の噴気孔から放出する火山ガスはほとんどがマグマ起源であることが分かっています.山麓の噴気孔から放出される火山ガスはマグマ性のものと天水が混ざり合っています.また,海岸線に見られる温泉にもマグマ性ガスが含まれます(詳細は→詳細版3.火山ガス・熱水活動へ).
噴気地は山頂部や山麓の噴気孔の周囲に分布しているので,火山ガスが地中の亀裂を移動する過程でその周囲に拡散したものを熱源にしていると考えられます.
以上をまとめると,硫黄岳のマグマ-熱水系について図(熱活動の概念モデル)のような定性的なモデルが考えられています.
- 熱活動の概念モデル
(松島喜雄)