マグマ溜まり
火山研究解説集:薩摩硫黄島 (産総研・地質調査総合センター作成)
- 現在のマグマだまりモデル
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マグマ溜まりモデルを構築する上でのポイント
地質学から
鬼界カルデラ内にある隆起(図:鬼界カルデラ地形図,→噴火史)を後カルデラ期の噴火によって形成されたと仮定し,薩摩硫黄島火山の後カルデラ期のマグマ噴出率を推定すると,3-6km3/1000年という噴出率が得られます.この値は第四紀火山の平均的なマグマ噴出率である0.1-1km3/1000年(小野, 1990)よりも高く,後カルデラ期にもマグマ溜まりが定常的に存在し活発な噴火活動を起こしていると考えられています(Saito et al., 2001).
岩石学から
硫黄岳流紋岩中のマフィックインクルージョンの岩石学的解析から,500-1300年前の硫黄岳噴火の直前に,玄武岩マグマが流紋岩マグマだまりの下部に上昇・接触,わずかに混合し,噴火したと考えられています(図:マグマ混合プロセスとマフィックインクルージョンの形成,→岩石学).
また,昭和硫黄島流紋岩中のマフィックインクルージョンの岩石学的解析から,1934-1935年の昭和硫黄島噴火の前に,玄武岩マグマと流紋岩マグマの混合が進み,安山岩マグマからなる中間層が形成されていたことが考えられています(Saito et al., 2002).
メルト包有物から
メルト包有物のH2OおよびCO2濃度から見積もられるマグマのガス飽和圧力は,竹島が80-180MPaで,硫黄岳は70MPaと20MPa,稲村岳は70-130MPaです(図:後カルデラ期マグマのガス飽和圧力,→メルト包有物).
前述のように,岩石学から,後カルデラ期には,上部に硫黄岳マグマ,下部に稲村岳マグマというマグマ溜まりの成層構造が存在していた可能性が考えられています.硫黄岳と稲村岳のマグマのガス飽和圧力が70MPaを境に上下に分布していることは,この岩石学モデルと整合的です.
火山ガスとメルト包有物から
硫黄岳山頂火口から放出されているマグマ性ガスの放出量(H2Oが40000トン/日,CO2が370トン/日,SO2が1300トン/日)と昭和硫黄島メルト包有物の揮発性成分濃度(H2O=1 .4wt.%, CO2=0.014wt.%, S=0.011wt.%)から見積もられる脱ガスマグマ量は.日量400万-600万トン(70万-110万m3)です(→脱ガス過程).もし,この脱ガスが800年間続いたとすると,その脱ガスした流紋岩マグマ量は200-320km3にも達します.
一方,メルト包有物研究から,現在,放出されているマグマ性ガスの起源は,流紋岩マグマの下部にある玄武岩マグマと推定されており,その玄武岩マグマのH2O濃度は2-3wt.%です(→メルト包有物).800年間に放出したマグマ性ガスが全て玄武岩マグマを起源としていると仮定して計算しても,脱ガスした玄武岩マグマ量は80-120km3になります(Kazahaya et al., 2002).
また,現在,硫黄岳山頂火口から放出されている火山ガスのH2O,CO2およびSの濃度比が昭和硫黄島メルト包有物の濃度比と同様な値であることから(図:脱ガスプロセスとメルト包有物のH2O&CO2濃度),火道内対流によって昭和硫黄島マグマが低圧下で脱ガスし火山ガスが放出されていることが示唆されています(→脱ガス過程).この脱ガスプロセスが,現在だけでなく,少なくとも過去500年間,流紋岩マグマ溜まりにも働き,マグマ溜まりの珪酸塩メルトのH2O濃度を減少させた可能性もメルト包有物分析から指摘されています(→メルト包有物).この推察は,硫黄岳山頂付近では最近約1000年間,活発な火山ガス放出活動が続いているというその地表現象(→熱水変質)とも整合的です.
以上をまとめると,硫黄岳の山体形成後も地下に少なくとも100km3の大きさのマグマ溜まりがあり,800年間以上にわたり,火道内対流による火山ガス放出活動を継続していると考えられます.
地震観測から
地震学的にマグマ溜まりを探査する手法として,火山性地震の観測や遠地地震の観測が挙げられます.地震波の減衰の度合いは固体よりも液体の方が大きいため,マグマを通過する地震波は減衰します.減衰する位置を調べることでマグマ溜まりの位置や大きさを推定できます.
西ほか(2001)による遠地地震の振幅減衰域の観測(図:遠地地震の振幅減衰域)でも,カルデラ内部に遠地地震の減衰域があるのは認められます(→地震活動).ただし,マグマ溜まりの位置や大きさを推定するには到っていません.マグマ溜まりの位置や大きさを推定するためには,遠地地震観測を火山周辺で広範囲に,かつ,継続的に行う必要がありますが,カルデラ底やカルデラ壁,カルデラ周辺域が海中にある薩摩硫黄島火山は,観測機器を設置するのが困難なためです.
地殻変動観測から
GPS観測などによって複数地点の地盤の変形が捉えられると,主に弾性力学的な仮定に基づいて,変動力源の位置や形状を推定することができます.力源モデルが観測値をどの程度満たしているかは,観測点の配置と数によるところが大きいです.その意味では,大半が海面下にある鬼界カルデラにおいて,地殻変動からマグマ溜まりの位置や大きさをある程度の確かさで推定するのは困難です.
しかしながら,陸域を結ぶGPS観測や陸域内の変形測定などの現状の観測(→地殻変動)からも,有用な情報が得られる可能性はあります.島内の電子基準点は,2002年から2005年頃にかけて東に1cm弱変位し,2006年夏から2007年初頭にかけて西に数mm変位したことや,島内のほぼ東西方向の約2kmの基線にも同様の傾向が認められたこと(→地殻変動)は,鬼界カルデラ内での膨張や収縮を連想させる好例です.さらなる継続観測によって,地象との関係の有無を明らかにして行く必要があります.
現在のマグマ溜まり
上記のような観測結果を元に,薩摩硫黄島火山の現在のマグマ溜まりについて,図(現在のマグマだまりモデル)のようなモデルが提案されています(Kazahaya et al., 2002).
マグマだまりは,現在,下部に玄武岩マグマ,上部に流紋岩マグマ,中間に安山岩マグマという成層構造を持っています. その深さは,メルト包有物から見積もられたガス飽和圧力から,流紋岩マグマだまりの上面が3km程度.玄武岩は3-4km以下と予想されています.
下部の玄武岩マグマは上部の流紋岩マグマに火山ガス成分(揮発性成分)と熱を供給しています. さらに,上部の流紋岩マグマは火道を上昇し,低圧下で効率的に脱ガスし,火山ガスを放出しています.脱ガスしたマグマが火道および流紋岩マグマだまりを沈降し,下部のより未分化 なマグマからガス成分を供給されていると考えられます(Kazahaya et al., 2002).
マグマ溜まりの進化
このマグマ溜まりが約7300年前からどのような進化を経てきたのかについては,図(後カルデラ期マグマ溜まりの進化モデル)のように考えられています(Saito et al., 2003).
鬼界-アカホヤ噴火直前に,深さ3-7kmにかけて,発泡した流紋岩マグマ溜まりがありました.その体積は噴出物量から170km3以上と考えられます.このカルデラ噴火後も,流紋岩マグマ溜まりの一部は残ります.
5200年前に,硫黄岳の噴火が始まります.2000-3900年前には,深さ3-5kmに,玄武岩マグマが上昇し,稲村岳噴火を起こします.
2200年前から硫黄岳の活動が再開します.この活動は溶岩流主体で,現在の硫黄岳の地形の大部分を形成しました.硫黄岳マグマは,メルト包有物のH2OおよびCO2濃度から,深さ3km程度に位置していたと推定されています.
1100年前から,硫黄岳の噴火活動は,それまでの溶岩流の流出から,山頂での爆発的噴火が主となります.500-1300年前の硫黄岳噴火では,その噴火直前に玄武岩マグマが上昇しています.
少なくとも800年前から火道内対流による活発な火山ガス活動を開始し,現在まで継続しています.この活動で,流紋岩マグマ溜まりのH2O濃度が〜1wt.%まで減少し,ガスに不飽和な流紋岩マグマ溜まりになったと考えられます.
500年前の硫黄岳噴火以降に,玄武岩マグマが流紋岩マグマだまりの下部に進入・混合し,安山岩マグマを形成します.H2O〜1wt.%以下の硫黄岳マグマに玄武岩マグマからガス成分が供給されて,昭和硫黄島マグマが形成されます.
1934-1935年に,流紋岩マグマが噴火し,昭和硫黄島を形成しました.このときに中間層の安山岩マグマもマフィックインクルージョンとして噴出しました.
引用文献
Kazahaya, K., Shinohara, H. and Saito, G. (2002) Degassing process of Satsuma-Iwojima volcano, Japan: Supply of volatile components from a deep magma chamber. Earth Planets and Space, vol.54, p.327-335.
西 祐司・松島喜雄・井口正人 (2001) 鬼界カルデラにおける地震学的マグマ探査についての検討. 京大防災研報告「鬼界カルデラのマグマ溜りとその探査法に関する基礎的研究」.
小野晃司(1990)火山噴火の長期的予測. 火山学の基礎研究の動向(資料編)平成元年度文部省科学研究費総合研究(A)「火山学の基礎研究」(No.01102035), p.201-214.
Saito, G., Kazahaya, K., Shinohara, H., Stimac, J. A. and Kawanabe, Y. (2001) Variation of volatile concentration in a magma system of Satsuma-Iwojima volcano deduced from melt inclusion analyses. J. Volcanol. Geotherm. Res., vol.108, p.11-31.
Saito, G., Stimac, J. A., Kawanabe, Y. and Goff, F. (2002) Mafic-felsic interaction at Satsuma-Iwojima volcano, Japan: Evidence from mafic inclusions in rhyolites. Earth Planets and Space, vol.54, p.303-325.
Saito, G., Kazahaya, K. and Shinohara, H. (2003) Volatile evolution of Satsuma-Iwojima volcano: degassing process and mafic-felsic magma interaction. In Melt inclusions in volcanic systems, methods, applications and problems (De Vivo, B. and Bodnar, R. J. eds), Elsevier, p.129-146.
(斎藤元治)