火山熱水系の考察

火山研究解説集:薩摩硫黄島 (産総研・地質調査総合センター作成)

火山研究解説集:薩摩硫黄島
詳細版 目次

1 地質・岩石:

構造 噴火史 岩石 同位体・微量成分 メルト包有物

2 火山活動:

最近の活動 昭和硫黄島

3 火山ガス・熱水活動:

火山ガス SO2放出量 温泉 海底遊離ガス 土壌ガス 変質 ガス分別

4 放熱量:

衛星観測 総放熱量 火山熱水系

5 地球物理観測:

地震活動 地殻変動 その他

6 マグマ活動:

脱ガス過程 マグマ溜まり

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  • マグマ脱ガス深度の違いが熱水系の発達に与える影響(シミュレーション結果 その3)


Table of Contents

概念モデル

火山熱水系の概念モデル

ここでは数値シュミュレーションにより硫黄岳の火山熱水系について考察します.

硫黄岳山頂火口原には高温の火山ガスを放出する噴気孔と沸点以下の低温の火山ガスを放出する噴気孔があります(→火山ガス).高温の火山ガスは,その主成分組成がマグマ中の揮発性成分の組成と一致するため,マグマから低圧下(<20気圧)で放出されたマグマ性ガスそのものであると考えられています(→脱ガス過程).このようなガスを含んだマグマを深部のマグマ溜まりから地下浅部へ供給するために,マグマ溜まりおよび火道でのマグマの循環(火道内マグマ対流)が行われています.また,低温の火山ガスは高温の火山ガスに近い組成を持ち,地下水の混入の影響が見られないことから,高温の火山ガスが地下を上昇中に冷却することによって生じていると考えられています(→火山ガス分別過程).一方,山腹にも低温の火山ガスを放出する噴気孔がありますが,その火山ガスは,水の同位体組成からマグマ起源のガスが天水と混合して生じたと考えられています(→火山ガス分別過程).このようにして生じた火山ガスの地表から大気への総放出量は約40000トン/日(約460kg/s)と見積もられています(→SO2放出量).そして火山ガスが放出される噴気孔の周囲には,地表面温度異常を示す領域が広がっており,そこからの放熱量はおよそ150MW(山頂火口から50MW,山腹から100MW)と見積もられています(→火山からの総放熱量).

以上のことから,硫黄岳の火山熱水系として右図(火山熱水系の概念モデル)のような単純化したモデルが考えられます.山頂の地下浅部に位置するマグマからの脱ガスによって火山ガスが大量に長期間にわたって放出されます.マグマから脱ガスした火山ガスは火道のような透水性の高い部分を集中的に上昇し,山頂火口の高温および低温の噴気孔から放出されます.しかし,そのすべてが放出されるわけではなく,一部は周囲へ拡散します.そのような拡散した火山ガスが山腹の噴気孔や海岸線の温泉に供給されると同時に,,熱源となって山頂や山腹の噴気孔の周囲に広がる温度異常域をもたらしているというものです.

このような定性的なモデルが物理的に矛盾のないものであるかどうかの検討はこれまで充分に行われていませんでした.そこで,松島(2007)は熱水系の数値シミュレーションを適用することにより,火山熱水系のモデルが妥当であるか否かの検討を行いました.

数値シミュレーションの概要

シミュレーションの概要

ここで用いるシミュレーションは,多孔質媒質中の水蒸気,熱水,火山ガスの流動とそれに伴う熱伝達を計算するものです(図:シミュレーションの概要).基礎方程式は,ダルシー流による質量の保存,ダルシー流と熱伝導からなる熱の保存からなります.適切な,初期・境界条件のもとそれらを解くことによって,変数である圧力,温度,液相飽和度の空間分布とその時間発展を求めます.その際必要となる,水やガスの物性は温度圧力の関数として与え,地層の水理特性はあらかじめ与えます.水理特性のうち,特に重要なのは地層の透水係数です.

計算領域

境界条件等

この図(境界条件等)は,計算領域とグリッドを示したものです.計算は円筒座標2次元で行い,地形を近似して地表を与えました.境界条件として,上側は透水性境界とし計算領域からのガスの流出量を計算できるようにしています.また,観測値と比較できるように,最上部の各グリッドに放熱量に対応した熱のソースを設定しました.放熱量の観測値を求めたのと同様にSekioka and Yuhara (1974)の定式化に基づき,このソースから地表面温度に応じて熱を流出させます(→火山からの総放熱量).後で述べるような計算値と観測値の比較は,この放熱量を用いています.同時に上側のグリッドには降雨に対応した水の流入もソースとして与えています.降雨のうちどの程度が地中に浸透するかは不明ですが,年降水量(2375mm)のうち10%が浸透するとしました.右側では標準的な地下温度と静水圧を与えています.円筒座標2次元なので左側は断熱,不透水となります.下側では,不透水境界としましたが最下部のグリッド全体に地殻熱流量に対応した熱をソースとして流入させています.

計算領域は,マグマ,火道,周囲の地層(山体)からなり,火道の半径は山頂火口底の大きさに準じて100mとしました.マグマは一定温度(350℃)で不透水です.すなわち,マグマは伝導的な熱源としてのみ作用しています.マグマの温度を一定としたのは,火道内マグマ対流によって常に高温のマグマが深部から供給されているからです(→脱ガス過程).マグマからの脱ガスを考慮するために直上のグリッドに水蒸気のソースを設定しました.このソースからの放出量(400kg/s)はSO2放出量の観測値から推定された全体的な火山ガス放出量に相当するようにしています.

このシミュレーションの特徴は地下水面を考慮していることです.地下水面は坑井の観測結果(→その他の観測(坑井,電気,磁気,重力,自然電位))を参考に,海水準に設定しました.すなわち,地下水面より上部では,空隙が水蒸気と空気で満たされた不飽和層,下部は水で満たされた飽和層と見なしています.

脱ガスの効果

シミュレーションの結果その1

周囲の地層の透水係数を1x10-13 m2とした場合(山頂部付近のみ1x10-12 m2)の計算結果を左図(シミュレーションの結果その1)に示します.ここでは,ソースとして雨水のみ(Rain),マグマの熱を加えたもの(Rain+magma),さらに脱ガス(水蒸気)を加えたもの(Rain+magma+gas)を示します.

このシミュレーションの結果から,硫黄岳で観測されているような山頂や山腹での熱活動を説明するためには脱ガスによる効果が不可欠だということがわかります.のRain+magmaで示されるように,高温のマグマが存在するとき,それを熱源とした熱水対流が生じます.マグマによって加熱された高温流体がマグマにそって上昇し,マグマの頂部付近で地下水面に沿って側方に伸びている様子が分かります.ところが,このような熱水対流は地下水面によって規制されるので,硫黄岳山体の浅いところまで熱異常をもたらしません.のRain+magma+gasで示されるように,脱ガスの効果を入れることによって,火道を上昇する火山ガスの一部が周囲へ拡散し,山頂および山腹の熱異常が形成されることがわかります.さらに,それが山麓へ流下し,マグマを熱源とした熱水対流の効果と合わさることによって海岸線付近の温泉活動を形成していると見ることができます.

ここに示したRain+magma+gasの結果は,様々な条件で計算を行った中で最も観測値に合致するものです.計算に影響を及ぼすのは地層の透水係数やマグマからの脱ガスする深度(ソースの位置)です.次にそれらの影響を考察してみます.

透水係数の推定

周囲の地層の透水係数

シミュレーションの結果結果その2

透水係数は,火道と周囲の地層に分けて考えます.火山ガスは透水係数の高い火道を集中的に上昇しているからです.まず,周囲の地層の透水係数に注目します.地層の透水係数を1x10-12 m2から1x10-14 m2まで変化した場合の計算結果を右図(シミュレーションの結果その2)に示します.いずれも火道の透水係数は1x10-10 m2としてあります.この計算のみマグマの脱ガスの深度(ソースの位置)は標高25m,水蒸気放出量は150kg/sの初期条件で行っています.

この結果は,周囲の地層の透水係数が山体の熱活動に大きな影響を与えることを示しています.周囲の地層の透水係数が小さくなると(この右図ではa)1x10-14 m2の場合),山体の熱活動の規模は小さくなり,逆に周囲の地層の透水係数が大きくなると(この右図ではc)1x10-12 m2)の場合)山体の熱活動の規模は大きくなります.右図の矢印の大きさを比較すれば明らかなように,透水係数が大きければ周囲へ拡散する火山ガスの量が多くなり,小さければその量が少なくなるためです.また,同様にして,地表から浸透する雨水の移動も透水性によって左右されます.浸透した雨水は地下水面を形成しますが,地層の透水性が良いと,すぐに側方へ移動するため,水面は低くなります.一方,透水性が悪いと移動しにくいため地下水面は高くなります.硫黄島では地下水面は海水面に位置します.このことに着目すると,地層の透水係数は1x10-13 m2より大きくならなければならないという結果が得られています.この値は山体を形成する地層の透水係数としては上限に近いものと考えられます.そこで以下では,地層の透水係数として1x10-13 m2を用いることにします.ただし,山頂の地表部のみ透水係数を1x10-12 m2としました(計算領域参照).これは,観測値との整合性を得るためです.

火道の透水係数

シミュレーションの結果結果その3
観測値との比較その1

次に火道の透水係数を1x10-11 m2から1x10-12 m2まで変化した場合の計算結果を左図(シミュレーションの結果その3)に示します.いずれも脱ガスの深度は海抜125mにしてあります.透水係数を小さく(左図のa)からc)へ)することによって,火道の周囲に形成される熱水系の拡がりも,規模も大きくなることがわかります.これは,マグマの脱ガスによる水蒸気の流量が同じであった場合に,火道の透水係数が小さいほうが,大きい場合に比べて,鉛直方向の圧力勾配が大きくなるからです.そのため,水平方向の圧力勾配もより大きくなり,多くの量の水蒸気が周囲へ拡散します.それによって形成される熱水系の規模も大きくなります.火道の透水係数が大きい場合にはその逆で,水平方向の圧力勾配が小さくなり,拡散する水蒸気の量も少なくなります.計算結果と観測値とを比較した結果を右図(観測値との比較その1)に示します.この結果を見ると,火道の透水係数として6×10-11 m2が適当であるということが分かります.

脱ガス深度の推定

ミュレーションの結果その4
観測値との比較その2

最後にマグマからの脱ガスの深度の影響を見てみることにします.火道から周囲の地層への火山ガスの拡散は,火山ガスが上昇する経路の長さにも依存するので,山体の熱活動の規模が変化すると考えられます.

周囲の地層の透水係数を1x10-13 m2(山頂の表層部のみ1x10-12 m2),火道の透水係数を6×10-11 m2で一定とした場合に,脱ガスの深度を変えることによって周囲に形成される熱水系の変化を調べてみました.左図(シミュレーションの結果その4)に,脱ガスの深度を標高375,125,-250m(海水面下250m)とした結果を示します.脱ガスの深度によって山体の熱活動の規模がかなり変わることが分かります.脱ガスが海水面下250m(左図の-250mの場合)で起きる場合には,観測されているような,火道を通っての高温火山ガスの放出は起きません.海水によって火山ガスが有効に冷却されるからです.一方,脱ガスが地表近くで起こるとすると(左図の375mの場合),その周囲の熱水系はあまり発達しません.火山ガス上昇の経路が短く,周囲の地層への火山ガスの散逸が少ないからです.計算値と観測結果を比較した右図(観測値との比較その2)を見ると,脱ガスの深度として標高125mが適当であるということが分かります.厳密な推定を行うためにはより確かな火道の透水係数等の情報が必要になりますが,硫黄岳山腹の熱活動の広がり(500m〜1km程度)を考慮すると,脱ガスの深度は海水準に近いと推定されます.この結果は,他の観測から推定される深度と矛盾しないものとなっています.


引用文献

松島喜雄(2007)数値シミュレーションによる薩摩硫黄島硫黄岳の火山熱水系の考察. 北大地球物理学研究報告, vol.70, p.95-105.

Sekioka, M. and Yuhara, K. (1974) Heat flux estimation in geothermal areas based on the heat balance of the ground surface. J. Geophys. Res., vol.79, p.2053-2058.


(松島喜雄)