火山研究解説集:薩摩硫黄島 (産総研・地質調査総合センター作成)


マグマの脱ガスプロセスと薩摩硫黄島メルト包有物のH2OおよびCO2濃度

上図は,マグマ溜まりの珪酸塩メルトのH2OおよびCO2濃度を変化させるマグマプロセスを示す.下図は,薩摩硫黄島火山のメルト包有物のH2OおよびCO2濃度と,濃度変動を引き起こしたと考えられるマグマプロセスを示す.

メルト包有物はマグマ溜まりの珪酸塩メルトを捕獲したものと考えられるので,メルト包有物のH2O, CO2濃度の変化はマグマ溜まりの珪酸塩メルトの濃度が変化していることを示します.マグマ溜まりでの主要なマグマプロセスとそれに伴う珪酸塩メルトのH2O, CO2濃度の変動は下記のようにまとめられています(風早,1997;斎藤,2005).詳しくは,引用文献を参照下さい.

(1)マグマの圧力低下に伴う脱ガス.珪酸塩メルトのCO2濃度が急激に減少した後に,H2O濃度が減少する.

(2)マグマがガス飽和かつ等圧状態で結晶分化.等圧線上で,珪酸塩メルトのCO2濃度が減少し,H2O濃度が増加する.

(3)マグマがガス不飽和状態で結晶分化.珪酸塩メルトのH2O, CO2濃度は比例的に増加(ただし,結晶にH2OおよびCO2が含まれないと仮定した場合).

(4)マグマがガス飽和かつ等圧状態でCO2ガスが付加.等圧線上で,珪酸塩メルトの H2O濃度が減少し, CO2濃度が増加する.

(5)マグマがガス不飽和状態でガスが外部より付加.珪酸塩メルトのH2O, CO2濃度は付加されるガス量に応じて変化する.

これらを元に,観測された各噴火のメルト包有物のH2O,CO2濃度の変動パターンから,下記のようなマグマ溜まりでの脱ガスプロセス,圧力状態などがSaito et al. (2001)によって考察されています.

竹島火砕流軽石のメルト包有物のH2O濃度は,CO2濃度が低い状態で,大きく変動しています.この変動パターンを上記と比べると,(1)の圧力低下による変化で説明可能です.この推定が正しいとすると,メルト包有物のH2O,CO2濃度からマグマ溜まりの圧力(深さ)を見積もることができます.すでに,述べたように,竹島火砕流軽石のメルト包有物のH2O,CO2濃度から得られるガス飽和圧力は80-180MPaであるので,カルデラ噴火直前に,80-180MPaの圧力,深さにして3-7kmに,発泡したマグマだまりが存在していたと推定できます.

稲村岳のメルト包有物の変動は,等圧線上に分布しているようにみえます.また,メルト包有物に捕獲した泡があることから,ガス飽和状態であった可能性があります.このため,(2)か(4)が予想されますが.(2)の場合,50wt%のメルトが晶出する必要があり,生じるメルトは流紋岩になるはずですが,そのようなメルト包有物は稲村岳噴出物には見つかっていません.従って,(4)が有力ですが,確定するには今後のさらなる研究が必要です.ガス飽和圧力は70-130MPaなので,深さ3-5kmに稲村岳噴火マグマのマグマ溜まりが位置していたと推定されています.

硫黄岳噴火について,2つのメルト包有物は竹島火砕流軽石メルト包有物の範囲に含まれています.これらのメルト包有物の主成分元素組成も竹島火砕流軽石メルト包有物と同様なので,硫黄岳噴火マグマは竹島火砕流噴火で噴出せずに残った,言わば出残りマグマである可能性が高いです.ガス飽和圧力は70MPaで,深さ3kmと見積もられています.

一方,昭和硫黄島メルト包有物のH2O, CO2濃度変動は,(3)と(5)が考えられます.このうち,昭和硫黄島メルト包有物の主成分元素組成に大きな変動はないので,(3)は除外されます.従って,(5)のガス不飽和状態でのガス付加が有力です.後で述べるように,硫黄岳噴火マグマ溜まりが火道内マグマ対流によって脱ガスし,ガスに不飽和になっていた可能性があります.付加されたガスはCO2に富んだガスである必要があります.後カルデラ期には流紋岩マグマ溜まりの下部に稲村岳を形成した玄武岩マグマが存在していた可能性が岩石学的研究により指摘されていること,稲村岳メルト包有物は流紋岩マメルト包有物よりCO2に富んでいることを考え合わせると,火道内マグマ対流によって脱ガスしガス不飽和になった硫黄岳マグマ溜まりに下部の玄武岩マグマからCO2に富むガスが付加して昭和硫黄島メルト包有物のH2O, CO2濃度の変動が生じた可能性が高いです.

さて,昭和硫黄島メルト包有物は,硫黄岳よりもさらにH2O濃度が低く,1wt%程度です.昭和硫黄島火山岩と硫黄岳火山岩は同じマグマ溜まりを起源としていることが,メルト包有物の主成分元素組成や火山岩の全岩組成から予想されているので,このマグマ溜まりに珪酸塩メルトのH2O濃度を〜3wt%から〜1wt%まで減少させるプロセスが働いているはずです. 珪酸塩メルトのH2O濃度を減少させるプロセスとしては,(1)と(4)が挙げられます. (1)が硫黄岳マグマ溜まりに起きる場合,圧力低下で〜1wt%までH2O濃度を減少させるためには,マグマが10MPa以下の低圧状態になる必要があります.これは400m以下の深さに相当し,硫黄岳の山頂の高さを考えると,海水準より上までマグマが上昇しなくてはなりません.しかしながら,このような浅部にマグマ溜まりがあるという観測結果は無い上に,火山ガスの放出量から推定されるような大量のマグマがこのような浅部にあるとは到底考えられません. 一方,(4)のプロセスが働いているとすると,CO2ガスの供給によって,メルトのH2O濃度が〜3wt%から〜1wt%まで減少するとともに,CO2濃度は,14ppmから300ppmまで増加します.ですが,このような高いCO2濃度を持つ昭和硫黄島メルト包有物は未だ見つかっていません.さらに,この高いCO2濃度を達成するためには硫黄岳の珪酸塩メルトに対して30wt.%ものCO2ガスが供給される必要があり,現実的でありません.

Saito et al. (2001)は,この問題を解く唯一のプロセスとして,火道内マグマ対流による脱ガスプロセスを提案しています.このプロセスは,地下深部のマグマ溜まり上部に,マグマ溜まりから地表近くにまで達する安定した火道が存在し,その火道内をマグマが上昇,地表近くの低圧状態で脱ガスし,脱ガスしたマグマがマグマ溜まりまで下降するというものです.このプロセスが継続的に働くことで,マグマ溜まりの揮発性成分濃度が低下します.この脱ガスプロセスが,硫黄岳噴火のマグマ溜まりに働き,珪酸塩メルトのH2O濃度が〜3wt%から〜1wt%まで減少した可能性があります.H2O濃度が〜1wt%まで減少すると,そのマグマ溜まりはガスに不飽和状態になります.この流紋岩マグマ溜まりに,すでに述べた(5)のガス不飽和状態でのガス付加が新たに働き,CO2濃度の高い昭和硫黄島メルトが形成されたと考えられています.

この推察は,硫黄岳山頂付近では最近約1000年間,活発な火山ガス放出活動が続いているという地表現象とも整合的です. 硫黄岳メルト包有物の1つは,H2O=1.5wt%であり,この低いH2O濃度は,この火道内マグマ対流による脱ガスプロセスで生じた可能性があります.

さらに,図中には,現在硫黄岳山頂火口から放出されている火山ガスのH2OおよびCO2の濃度比を示してあります.昭和硫黄島メルト包有物のH2OおよびCO2濃度の比は,この火山ガスと同様な値です.H2OとCO2はメルトに対する溶解度が大きく異なり,非常に低圧でH2Oがほとんど全て脱ガスしないと,これらの比は一致しません.このことは,火道内対流によって昭和硫黄島マグマが低圧下で脱ガスし火山ガスを放出していることを強く示唆しています.

さらに,図中には,現在硫黄岳山頂火口から放出されている火山ガスのH2OおよびCO2の濃度比を示してあります.昭和硫黄島メルト包有物のH2OおよびCO2濃度の最大値の比は,この火山ガスと同様な値です.現在放出されている火山ガスが昭和硫黄島マグマが脱ガスしたものと仮定すると,H2OはCO2よりも珪酸塩メルトに対する溶解度が非常に高いため,H2Oがほとんど全てガスになるような非常に低圧下で昭和硫黄島マグマが脱ガスしないと,これらの比は一致しません.このことは,火道内対流によって昭和硫黄島マグマが低圧下で脱ガスし火山ガスを放出していることを強く示唆しています.

Saito et al. (2001)のFig.6を改変.