脱ガス過程

火山研究解説集:薩摩硫黄島 (産総研・地質調査総合センター作成)

火山研究解説集:薩摩硫黄島
詳細版 目次

1 地質・岩石:

構造 噴火史 岩石 同位体・微量成分 メルト包有物

2 火山活動:

最近の活動 昭和硫黄島

3 火山ガス・熱水活動:

火山ガス SO2放出量 温泉 海底遊離ガス 土壌ガス 変質 ガス分別

4 放熱量:

衛星観測 総放熱量 火山熱水系

5 地球物理観測:

地震活動 地殻変動 その他

6 マグマ活動:

脱ガス過程 マグマ溜まり

Convectionmodel j.jpg

  • マグマ火道内対流モデル


Table of Contents

火山ガスの起源

噴気最高温度の変化
硫黄島のSO2フラックスの繰り返し観測データ (COSPECとDOASの比較を含む)
山頂高温火山ガス組成変動(CO2,St,HCl)篠原図
メルト包有物のH2O&CO2濃度


薩摩硫黄島火山の硫黄岳の山頂火口では,現在,800-900℃の高温のマグマ性ガス(マグマ起源の火山ガス)が放出されています(→火山ガス図:噴気最高温度変化(1960-2005)). その量は,SO2放出量観測によると日量1000-1500トン,平均1300トンであり,最近15年間安定しています(→SO2放出量図:1990-2005年の硫黄島のSO2フラックスの繰り返し観測データ).

一方,マグマ性ガスの化学組成は高温火山ガスの繰り返し観測からモル比で,H2O:CO2:S=97.5:0.38:0.98,と求められており,この組成も最近15年間ほとんど一定しています(→火山ガス図:山頂高温火山ガス組成変動(CO2,St,HCl)). このSO2放出量とマグマ性ガスの化学組成から,マグマ起源のH2Oの放出量は日量40000トン(CO2は370トン)と算出されます.

メルト包有物のH2O&S&Cl濃度

最新のマグマ噴火である昭和硫黄島溶岩中の斜長石内のメルト包有物の揮発性成分の組成比(CO2/H2O, S/H2O)は,このマグマ性ガスの化学組成比にほぼ等しいことがわかっています(→メルト包有物図:メルト包有物のH2O&CO2濃度図:メルト包有物のH2O&S&Cl濃度). CO2は,H2OやSに比べ,珪酸塩メルトへの溶解度が著しく低いにもかかわらず,火山ガスとメルト包有物のCO2/H2O, S/H2Oが同程度であることは,昭和硫黄島溶岩を形成した流紋岩マグマが低圧で脱ガスし,マグマに溶存していたほとんどのH2O, CO2, Sが火山ガスとして放出していることを意味しています(→メルト包有物).

上記の火山ガス放出量と,昭和硫黄島溶岩中の斜長石内のメルト包有物の揮発性成分濃度(H2O=1 .4wt.%, CO2=0.014wt.%, S=0.011wt.%,(→メルト包有物))から見積もられるマグマの脱ガス率は,日量400万-600万トン(70万-110万m3)に達します(Kazahaya et al., 2002).このように多量のマグマ性ガスを放出し続けるためには,大量のマグマが脱ガスする必要があります.

低圧かつ大量の脱ガス

硫黄岳山頂火口に存在する噴気孔の温度が非常に高いことから,マグマが地表付近にまで上昇してきている可能性が考えられます.水はマグマに比較的溶解しやすいので,逆に,マグマから水を放出するには,比較的低圧(浅い場所)の環境にマグマが存在している必要があります.

上記のように,日量40000トンの水がマグマから放出されているので,このような非常に多量の水を放出するには,マグマが浅い場所に存在し,かつ,活発に脱ガスをしている必要があります. 広帯域地震計による観測で脱ガスに関連すると思われる変動中心が求められているが,海水準よりも高い位置にあります(→地震活動).マグマヘッドがそこにあると考えられます.

しかし,問題はその量です.脱ガスするマグマの量は一日あたり体積70万-110万m3であり,一辺100mの立方体,東京ドームほぼ1個分(124万m3)に相当するマグマが1日に脱ガスしていることになります.10年間では硫黄岳山体(~1.3km3)に匹敵する量になってしまいます.

現在,見られる火山ガス放出活動は,少なくとも800年間は継続していることが推定されており(→火山ガス),これが事実とすると200km3以上のマグマがほぼ地表近くに存在していなくてはなりませんが,このような大量のマグマが非常に浅い場所に存在していることを示す観測結果はありません.

では,どのようにマグマは脱ガスし,脱ガスしたマグマはどこに消えたのでしょうか?

火道内マグマ対流によるマグマの脱ガス

マグマ火道内対流モデル

実は,大量のマグマが浅い場所で脱ガスをするということは,必ずしも大量のマグマがその場に存在している必要はありません.逆にこのような大量のマグマは地下深部のマグマ溜りにのみ存在しています.しかし,この大量のガスを脱ガスするにはマグマが低圧環境下になくてはならないのも事実です.

流紋岩マグマの密度と含水量

この一見矛盾した状態を説明するプロセスが存在しています.それを火道内マグマ対流プロセス(図:マグマ火道内対流モデル)といいます(Kazahaya et al., 1994;風早・篠原,1996;Stevenson and Blake, 1998).火道がマグマ溜りと地表近くの低圧環境の場とつながっていれば,深部のマグマ溜りからマグマが上昇して低圧環境下になることが可能です.

マグマは揮発性成分(特に水)を含むと密度が低くなります.従って,脱ガスした,即ち,揮発性成分の抜けたマグマは脱ガスしていないマグマよりも密度が高くなるため,脱ガス後は火道内を沈降してマグマ溜りに戻ります.右図(流紋岩マグマの密度と含水量)は,流紋岩マグマの密度とH2O濃度,圧力の関係を示してあります.例えば,H2Oが1.4wt.%程度含むマグマの密度は2350-2380kg/m3であるのに対し,H2Oが0.4wt.%程度含むマグマの密度は2400kg/m3以上になり,脱ガス後に密度が高くなります.

こうして,ガスを含んだマグマは,脱ガスしたマグマと入れ替わるように,火道内を上昇し,また,脱ガスというプロセスを繰り返します.このようにして,マグマの揮発性成分がマグマ溜まりから地表近くへと運ばれ,大量のマグマ性ガスが放出されていると考えられています.

引用文献

Kazahaya, K., Shinohara, H. and Saito, G. (1994) Excessive degassing of Izu-Oshima volcano: magma convection in a conduit. Bull. Volcanol., vol.56, p.207-216.

風早康平・篠原宏志(1996)活火山からの過剰な脱ガスについてーそのマグマ過程と機構ー.地質学論集,vol.46, p.91-104.

Kazahaya, K., Shinohara, H. and Saito, G. (2002) Degassing process of Satsuma-Iwojima volcano, Japan: Supply of volatile components from a deep magma chamber. Earth Planets and Space, vol.54, p.327-335.

Stevenson, D. S. and Blake, S. (1998) Modelling the dynamics and thermodynamics of volcanic degassing. Bull. Volcanol., vol.60, p.307-317.


(風早康平・斎藤元治)