熱水変質

火山研究解説集:薩摩硫黄島 (産総研・地質調査総合センター作成)

火山研究解説集:薩摩硫黄島
詳細版 目次

1 地質・岩石:

構造 噴火史 岩石 同位体・微量成分 メルト包有物

2 火山活動:

最近の活動 昭和硫黄島

3 火山ガス・熱水活動:

火山ガス SO2放出量 温泉 海底遊離ガス 土壌ガス 変質 ガス分別

4 放熱量:

衛星観測 総放熱量 火山熱水系

5 地球物理観測:

地震活動 地殻変動 その他

6 マグマ活動:

脱ガス過程 マグマ溜まり

Srongly silicified rock.jpg

  • 硫黄岳流紋岩を原岩とする白色珪化岩


Table of Contents

はじめに

硫黄岳山頂火口

流紋岩からなる標高704mの硫黄岳は,山頂部に直径約300m,深さ約50mの摺鉢状の火口をもち,火口内,火口周辺および山腹に多くの噴気孔が存在します(写真:硫黄岳山頂火口).硫黄岳山頂から山腹付近の地質は,主に流紋岩溶岩・同質凝灰角礫岩・層状降下火山砕屑物からなり,山腹斜面には流紋岩角礫の崖錐堆積物が顕著に見られます(図:硫黄岳溶岩ドームの構成,→噴火史).これらの岩石が,最高800〜900℃の火山ガス (松葉谷ほか, 1975; Shinohara et al., 1993)(→火山ガス)が凝縮して生じた強酸性熱水によって変質を受けています.それにより形成された白色珪化岩は,かつて住宅用建材の原料として採掘されていました.

変質帯と構成鉱物

山頂火口周辺の変質帯分布
火口内の高温噴気孔付近のモリブデンブルー
熱水性変質鉱物の産出組合せ

山頂火口内の原岩は珪化変質のため白色の細粒砂状となっており,流紋岩組織を残すものはほとんどありません.酸性熱水によって生じた溶脱珪化岩は主に低温型トリディマイト>低温型クリストバライト+硫黄から構成されています.モリブデンブルー(Mo5+とMo6+の混合水和酸化物;吉田ほか,1972)を産する高温噴気孔付近(写真:火口内の高温噴気孔付近のモリブデンブルー)では二次性の石英も形成されています (Hamasaki, 2002).

山頂火口の外側では,珪化岩は低温型クリストバライト>低温型トリディマイトと量比が逆転し硫黄を伴いますが,石英はほとんど産しません(図:山頂火口周辺の変質帯分布).また,火口内地表にはほとんど見られない明礬石が,地表下10数m〜50mの崖錐堆積物の基質を埋めて産します(図:熱水性変質鉱物の産出組合せ).NE-SW系に卓越する岩石中の割れ目が非晶質シリカに充填され脈を形成している産状も多く見られます.山腹での変質鉱物は低温型クリストバライトを主とし非晶質シリカ・明礬石を伴います.キンツバ火口付近では金原ほか(1977)によりカオリナイトも報告されています.

硫黄岳山頂付近での火山性流体による変質作用で形成されたシリカ鉱物の組み合せは,火口内から火口周辺にかけて石英の消失,さらに山腹にかけて低温型トリディマイトの消失で特徴づけられ,大局的には温度低下を示しています.

大谷平採掘場跡地断面

山頂火口西方の大谷平(写真:大谷平採掘場跡地断面)は,同南方の小竹とともにかつて珪石が最も盛んに採掘されていた場所です.そのため,山頂火口周辺の断面が高さ40m,幅300m余にわたって露出しています.ここではENE-WSW方向の割れ目沿いに10〜15m幅の白色珪化帯が何本か垂直に分布しており,割れ目を中心にして外側へ向かいシリカ鉱物の累帯配列が見られます.このような岩石中の割れ目が,火山ガスあるいはそれが凝縮して生じた酸性熱水の通路となっていたことを示しています.

変質岩の化学組成

硫黄岳流紋岩を原岩とする白色珪化岩
溶脱に伴うREEパターン変化

流紋岩溶岩の全岩化学組成は未変質の状態でSiO2=70-72wt%ですが,流紋岩溶岩が酸性熱水により溶脱珪化されて生じた白色珪化岩は,SiO2= max 99wt%の化学組成を持ちます.この変質過程においては流紋岩溶岩のほとんど全ての主成分元素が溶脱されましたが,含有量の最も高かったSiO2は溶脱しきれず残留したため,相対的にほぼSiO2だけの珪化岩が形成されたと考えらます.ただし,Tiはほとんど移動していません.

一方,微量成分ではRb, Th, Y, Sr, Vなどは溶脱されていますが,Ba, Zr, Nb, Hfなどはほとんど移動していません(Hamasaki, 2002). 希土類元素(Rare earth elements; REE)については,未変質岩で規格化したパターンで見ると,Euのみが急激に溶脱しており,Euを比較的多く濃集していた流紋岩の斜長石斑晶が溶脱されたことによると考えられます(図:溶脱に伴うREEパターン変化).Eu以外は,大局的にLREE(Light rare earth elements; 原子番号の小さい希土類元素)の方がHREE(Heavy rare earth elements; 原子番号の大きい希土類元素)よりも溶脱が進んでいることがわかります.これは,Wood (1990), Lewis et al. (1998)などの実験結果から推定すると,硫黄岳の火山ガスはフッ素イオンよりも硫酸イオンにかなり富んでおり(→火山ガス),それらが凝縮しpH<2の強酸性熱水を生じたため,硫酸イオンと錯体を形成しやすいLREEが優先的に溶脱されたためと考えられます (Hamasaki, 2002).

変質帯からみる火山ガス活動

モリブデンブルーや石英を伴うような高温で形成された変質帯は,山頂火口東側の中ノ江付近および北側黒燃火口壁に多く分布しています(図:山頂火口周辺の変質帯分布).この付近は現在でも高温火山ガスの噴気が活発に行われています.一方,山頂火口の西方に位置する大谷平付近でも溶脱珪化帯が広範囲に形成されていますが,現在では高温の噴気活動はほとんど見られません.かつては大谷平周辺でも活発な火山ガスおよび熱水活動が行われていたことを示唆しますが,その後衰退していったと考えられます.

また,硫黄岳の火山活動は鬼界カルデラ形成後の約7300年前以降に開始しています(小野他,1982),古文書の記録からすると噴気活動は1000年以上続いていますが,大谷平西の1130年前のテフラ(Kawanabe and Saito, 2002)には顕著な変質鉱物の堆積は見られません.1990年代からの降下火山灰中に大量の変質鉱物が含まれていることを考えると,火山ガスや熱水活動による山体の変質帯の大部分は最近1000年間で形成されたことが示唆されます.従って,硫黄岳の酸性熱水は,長くても数1000年で,山頂火口周辺のSiO2=70wt%の岩石をほぼ100wt%の珪石へと変えてしまったと言えます.

熱水変質と温泉

硫黄岳流紋岩と酸性温泉の元素含有量

右図(硫黄岳流紋岩と酸性温泉の元素含有量)に示すように,東温泉などの山麓の酸性温泉水には,Na, K, Ca, Mg, Al, Fe, Mnなど山頂近くの新鮮な流紋岩の主成分元素が陽イオンとして多く含まれており,かつ,その含有パターンも流紋岩と同様です(Hedenquist et al., 1994).従って,山頂あるいは山体内部で硫黄岳流紋岩中の元素を溶脱しながら流れ下ってきた酸性熱水が,山麓で酸性温泉として湧出しているものと考えられます.岩石の熱水変質が周辺の温泉水の組成に大きな影響を与えていると言えます.

引用文献

Hamasaki, S. (2002) Volcanic-related alteration and geochemistry of Iwodake volcano, Satsuma Iwojima, Kyushu, SW Japan. Earth Planets and Space, vol.54, p.217-230.

Hedenquist, J. W., Aoki, M. and Shinohara, H. (1994) Flux of volatiles and ore-froming metals from the magmatic-hydrothermal system of Satsuma-Iwojima volcano. Geology, vol.22, p.585-588.

Kawanabe, Y. and Saito, G. (2002) Volcanic activity of the Satsuma-Iwojima area during the past 6500 years. Earth Planets and Space, vol.54, p.295-301.

金原啓司・茂野 博・大久保太治(1977)薩摩硫黄島の地熱変質. 地質ニュース, no.272, p.9-17.

Lewis, A. J., Palmer, M. R., Sturchio, N. C. and Kemp, A. J. (1998) The rare earth element geochemistry of acid-sulphate and acid-sulphate-chloride geothermal systems from Yellowstone National Park, Geochim. Cosmochim. Acta, vol.61, p.695-706.

松葉谷治・上田 晃・日下部実・松久幸敬・酒井 均・佐々木昭(1975)薩摩硫黄島および九州のニ,三の地域の火山ならびに温泉についての同位体化学的調査報告. 地質調査所月報, vol.26, p.375-392.

Shinohara, H., Giggenbach, W. F., Kazahaya, K. and Hedenquist, J. W. (1993) Geochemistry of volcanic gases and hot springs of Satsuma-Iwojima, Japan: Following Matsuo. Geochem. J., vol.27, p.271-285.

Wood, S. A. (1990) The aqueous geochemistry of the rare-earth elements and yttrium: 2 Theoretical predictions of speciation in hydrothermal solutions to 350℃ at saturation water vapor pressure, Chem. Geol., vol.88, p.99-125.

吉田 稔・小沢竹二郎・小坂丈予 (1972)薩摩硫黄島に火山性昇華物として生じるモリブデン鉱物ーモリブデンブルーおよびモリブデナイトー.日本化学会誌, vol.1972, p.575-583.

参考文献

豊遙秋・青木正博(1996)検索入門 鉱物・岩石.保育社,206p.

飯山敏道(1989)鉱床学概論.東京大学出版会.196p.


(濱崎聡志)