地殻変動

火山研究解説集:薩摩硫黄島 (産総研・地質調査総合センター作成)

火山研究解説集:薩摩硫黄島
詳細版 目次

1 地質・岩石:

構造 噴火史 岩石 同位体・微量成分 メルト包有物

2 火山活動:

最近の活動 昭和硫黄島

3 火山ガス・熱水活動:

火山ガス SO2放出量 温泉 海底遊離ガス 土壌ガス 変質 ガス分別

4 放熱量:

衛星観測 総放熱量 火山熱水系

5 地球物理観測:

地震活動 地殻変動 その他

6 マグマ活動:

脱ガス過程 マグマ溜まり

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  • 島内の連続GPS観測結果


Table of Contents

はじめに

地表の変形具合から地下で起きている現象を推定するのが地殻変動観測の主目的です.火山の場合では,圧力源の位置の推定やそれらの増圧減圧過程,火山性流体の移動の実態を推定できる場合があります.

地表の変形具合の測定は,求める変動の範囲や細かさ,連続的か否かによって色々な方法がありますが,変動があるかどうかわからないときには,測量から始めるのが王道です.火山観測では,GPS静止測量が一般的です.GPS静止測量は,複数のGPS衛星からの電波を地上の最低2箇所で長時間同時に観測し,電波の到達時間差に相当する位相差を比較します.これにより点間のベクトルの3成分を精密に得ることができます.GPSは観測の連続自動化が可能であり,地殻変動研究や防災に威力を発揮しています.このほか,斜距離の1成分のみを検出する光波測距観測(EDM)や高低差の1成分の変化を調べる精密水準測量なども同時に行われます.共に時間を経た後に同様の観測を行い,前回との差をとることで相対変位の有無や量を知ることができます.精密さは,大まかにはそれぞれミリメートルオーダーの変動検出が可能です.

GPS観測点図
最近の火山活動の変化

薩摩硫黄島火山における測地学的な火山観測は,GPSが普及し始めた1990年代半ばから始まりました.観測は,硫黄島内の変形観測と,島嶼間を結ぶ広域網の観測からなります.離島火山のため,観測網の展開が限定されています.

島内の観測は,1995年に京都大学防災研究所(以下,京大防災研)により始められました(Kamo et al., 1997).観測点は,山頂部の1点を含む6点の繰り返しGPS観測用基点と連続観測点1点(IWOG点)からなり(GPS観測点図),第1回のGPS観測は1995年6月に行われました.

1996年頃の熱・噴気活動の活発化(図:最近の火山活動の変化,→最近の火山活動の推移)に対応して,1997年から地質調査所(現・産業技術総合研究所地質調査総合センター,以下,産総研)がこの観測に加わりました.このときに硫黄岳山体に観測点6点が増設され,その後,山頂火口南縁の亀裂付近に2点,岩礁と昭和硫黄島の2点が追加されました(GPS観測点図,写真:岩礁昭和硫黄島での観測風景).島内の観測は,1997年4月以降,半年〜数年程度の間隔で実施されています.また,2001年と2002年には硫黄岳の南北山麓にそれぞれ連続GPS観測点が設置されました.

広域の観測は,1995年に京大防災研が独自の観測網を展開し,1997年からは国土地理院の全国規模のGPS網(以下,GEONET)の観測点が設けられました.この項では,島内での繰り返しGPS観測の結果の概要を報告し,広域変動についても簡単に触れます.

繰り返しGPS観測の結果

変動ベクトル図:1995.6〜2006.3
変動ベクトル図:1997.11〜2006.3

1995年6月から2006年3月までに実施した12回の観測のうち,硫黄岳山体に観測点が増設された1997年4月以降で,観測条件が比較的よい8回のデータを用いて地盤の変形を調べました(変動ベクトル図:1995.6〜2006.3).基準点はIWOG点です.なお,1995年6月と1997年4月の間に有意な変動がありました.IWDK点については,1995年6月を起点として示してあります.また,1997年11月から2006年3月まで(ARAY点とID560点は2002年11月まで,F2点は2000年2月まで)の一区間の変化図も併せて示します(変動ベクトル図:1997.11〜2006.3).

硫黄岳山体の変動

1996年頃に生成した山頂火口縁南部の亀裂群の火口側に位置するF2点が最も大きく変動しました.1997年11月から2000年2月までの変位は10cmを超えています.F2点は,その後,竪穴状火孔の拡大に伴って放出された噴出物に埋積され,変位の追跡ができないまま,2006年3月までに火孔内に崩落亡失してしまいました.

山頂火口の北東と北西に位置するARAY点とSANKA点は,ばらつきはやや大きいものの大局的には火口に向かって動いているようにみえます(変動ベクトル図:1995.6〜2006.3).火口の西側に位置するOTANI点も南〜東向き変位が卓越しており,OTANI点の南側のID560点やTENBO点との対比において,その間の距離を狭めるように変動している可能性があります.ID430点は,西〜南向きの変位傾向があるかもしれませんが,この方向は斜面の最大傾斜方向に近いことと,実際の設置位置が急崖中であることから,斜面の不安定要素を含む可能性もあり,割り引いて考える必要があるかもしれません.TENBO点は,1999年11月の観測を除外すると,2001年まではほとんど動きが無く,それ以降は若干硫黄岳方向に動いています.

山麓の変動

硫黄岳北麓のHEIK点が最も大きく変動しています.1997年11月から2000年11月までに南西方向に約6cm変位し,それ以降は反転して変化が小さくなりました.IWOC点は,2000年頃まで変位傾向は見えなかったが,それ以降2002年にかけては若干,硫黄岳方向に変位したように見えます.IWOC点とHEIK点で比較すると,観測期間の初期に距離が狭まる傾向があったものと考えられます. HGSO点は,1999年11月の観測を除外すると,累積変位はほとんどありません.

島内の連続GPS観測

島内の連続観測点の相対変位

繰り返しGPS観測の結果によると,IWOC点とHEIK点の間の伸縮,およびHGSO点などで1999年の秋にかけて一時的に西向き変位があったように見えます.これらの原因は定かでありませんが,再出現時に備えかつ硫黄岳の火山活動と地盤変動の関係を長期的に調べる目的で,2001年および2002年にそれぞれHGSO点およびHEIK点付近に連続GPS観測システムを設置しました.3基線の2007年4月初旬までの結果を示します(図:島内の連続観測点の相対変位).この期間内では,2003年5月に行われた電子基準点のアンテナの交換と,2005年1月に実施した両連続観測点の再設置により,データの不連続が生じましたが,滑らかに接続した変化を見る限りにおいて,この間に顕著な変動は認められません.しかしながら,非常に微小な変位兆候は見えてきました.すなわち,電子基準点(GSI)に対してHGSOは2006年夏ころまで東へ,それ以後は西に変位したように見えます.また,気象補正(斎藤・井口,2006)後の上下変位成分(図:島内の連続観測点の相対変位の右下)においても,前期間では沈降,後期間では隆起傾向が認められます.

広域の変動と火山活動の関係について

薩南諸島北部のGEONET点の変動

GEONETデータを使って,1996年頃の熱・噴気活動の活発化(図:最近の火山活動の変化)に関係した変位が見えるかどうかを調べてみました.残念なことに,硫黄島のGEONET点「鹿児島三島:960723」は,1997年4月からデータ供与が始まっており,1996年頃の熱・噴気活動のピークを挟む期間で地盤変動を調べることはできません.しかしながら,例えば変化の仕方が,数年間にわたり指数関数的に小さくなっているようなことがあれば,地盤変動の一端が見える可能性はあります.鬼界カルデラの地盤変動について,井口ほか(2002a)が,独自の観測網の結果に基づいて,収縮源が存在する可能性を指摘しており,その検証の意味もあります.

使用したGEONETデータは,1996年4月から2003年4月までのF2解析座標値(国土地理院,2004)です.観測点は,枕崎,佐多,西之表,中種子,南種子,上屋久1,上屋久2,屋久,口永良部島および鹿児島三島の10点です.このうち,枕崎,佐多,中種子および上屋久1は概ね1996年4月以降,それ以外は翌1997年4月以降のデータが公開されています.

枕崎を基準として,各点の月平均値の変位軌跡を青色の点列でプロットしました(図:薩南諸島北部のGEONET点の変動).GEONETデータ提供開始時期に約1年のずれあるので,変位0の起点は,遅い方の1997年4月としてあります.

変位傾向の特徴から3グループに分類できます.第1のグループは,南東方向に変位するグループで,佐多および種子島に相当します.第2のグループは,南西〜西に変位する屋久島に見られます,第3のグループは,枕崎に対する相対変位がほとんどないか小さいグループで,薩摩硫黄島および口永良部島のに見られます.

第1のグループは,何れも南東方向に揃って変位しています.枕崎に対しては遠ざかるブロックに置かれています.また,この付近の海溝斜面側で発生したM6クラス地震による変位が含まれます.定常的な変位と地震による変位は,何れも海溝側に向っており,変位は累積的です. 第2グループの運動方向は,第1グループのそれにほぼ直交しています.屋久島内の3点の変動方向・変動量にも若干の違いはあるが,西向きの変位成分を共通して持っています. このように3つのグループの変位傾向には大きな違いがあります.測点密度の問題はありますが,それぞれのグループの間を通る変動境界が存在している可能性を考えても良いかもしれません.

広域網の変位と島内の変形

薩摩硫黄島GEONET点の相対変位時系列

相対変位が小さい第3グループの中で,硫黄島には観測開始初期に僅かな北西変位が認められます(図:薩摩硫黄島GEONET点の相対変位時系列).変位量は1cm程度と小さいですが,時系列でみると,東西成分では11月頃まで,南北成分では1998年初め〜中ごろまで,概ね直線的に変化していることがわかります.膨張源を仮定すれば,その位置は南東側の鬼界カルデラ中心方向になりますが,1996年頃の熱・噴気活動と関連したものかは判断できません.

南北成分はその後ほとんど変化しなくなりましたが,東西成分は,変化速度が鈍り,2001〜2002年頃に東向きに反転しました.前述のように,2001年から始めた島内の連続観測基線の東西成分には,微小な東西伸長傾向が認められます.島東部でより大きな東変位が進行していた可能性があります.これらは,島の変形の可能性が高く,マグマ溜りを探る上でも火山活動の推移をみる上でも注目されます.


鬼界カルデラの変動

井口ほか(2002a)は,硫黄島-口永良部島-屋久島-竹島を結ぶ独自のGPS観測網(図:薩南諸島北部のGEONET点の変動内の灰色の線の四角形)の1995年と2001年の観測データに基づき,硫黄島と竹島の間に収縮源が存在する可能性を指摘しました.上述のGEONETデータとの対比においては,竹島にGEONET点がないことに決定的な違いがあるほか,観測点位置,比較期間共に異なるため,単純に比較できませんが,前述した第2グループと第3グループとの相対運動から,屋久島を固定した場合には,硫黄島が東向きに変位したとみることもできます.井口ほか(2002a)の結果は屋久島を基準にしており,少なくとも硫黄島の東進については,両グループの相対運動によって説明は可能です.竹島での観測を含め,さらなるデータ蓄積の後に再検討が必要です.

硫黄岳の火山活動と山体変動との関係

近年の硫黄岳の火山活動で特徴的なことは,1996年頃を頂点とした熱・噴気活動の活発化です(図:最近の火山活動の変化).この時期には,山頂火口南縁の亀裂生成のように目に見える量の地形変化が生じました.また,この現象と相前後して火口底に出現した竪穴状火孔は,その後急激に拡大しました.火孔拡大と平行して火山灰放出が一時期盛んになりましたが,火山灰の成分が山体を構成する岩石であったことから,拡大に伴って内部に崩落した土石が舞い上げられたものと考えられています(→最近の火山活動の推移).

薩摩硫黄島火山は,元来,火山ガスの放出が非常に盛んな火山ですが,竪穴状火孔の形成により,ガス放出が以前にも増してスムーズに行われるようになった可能性があります.これまでの観察の範囲内では,火山ガスの放出が長期間停止したことはなく,ガスの圧力を溜め込む機構は,少なくとも地下浅部では働いていないと考えられます.ガス放出が順調に行われている間は,圧力変化が原因で地盤に変動を生じる可能性は低いです.山頂火口付近の火口収縮傾向は,竪穴状火孔の形成による地形の効果や既存の弱線の影響など,比較的表層に近い部分の地盤の状態変化に原因がある可能性が高いと考えられます.

山麓の変形

1997年から2000年にかけて硫黄岳北西山麓の基線長が短縮するような変化がありました(変動ベクトル図:1995.6〜2006.3). 2000年頃を境に僅かながら変動傾向に変化が認められる観測点もあります.これらは,山頂部の地形変化とは無縁であり,別の原因を考える必要があります.現状では,観測網の設定が陸域に限られ,確度の高い推定は困難です.連続GPS観測の3基線の変化の追跡を含め,データの蓄積を待って検討する必要があります.

引用文献

井口正人・高山鉄朗・味喜大介・西 祐司・斎藤英二(2002a) 鬼界カルデラの地盤変動.薩摩硫黄島火山・口永良部島火山の集中総合観測 平成12年8月〜平成13年3月.京大防災研付属火山活動研究センター,p.29-32.

Kamo, K., Iguchi, M. and Ishihara, K. (1997) Inflation of volcano Sakurajima detected by automated monitoring systemof GPS network. Proc. Symp. Current crustal movement and hazard reduction, Wuhan RP. China, p.629-640.

国土地理院(2004)電子基準点1200点の全国整備について.国土地理院時報,vol.103,http://www.gsi.go.jp/REPORT/JIHO/vol103/content103.html

斎藤英二・井口正人(2006)口永良部島火山におけるGPS連続観測による気象要素を加味した3次元変位検出.火山,vol.51,p.21-30.

(斎藤英二)