火山ガス

火山研究解説集:薩摩硫黄島 (産総研・地質調査総合センター作成)

火山研究解説集:薩摩硫黄島
詳細版 目次

1 地質・岩石:

構造 噴火史 岩石 同位体・微量成分 メルト包有物

2 火山活動:

最近の活動 昭和硫黄島

3 火山ガス・熱水活動:

火山ガス SO2放出量 温泉 海底遊離ガス 土壌ガス 変質 ガス分別

4 放熱量:

衛星観測 総放熱量 火山熱水系

5 地球物理観測:

地震活動 地殻変動 その他

6 マグマ活動:

脱ガス過程 マグマ溜まり

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  • 大鉢奥高温噴気孔


Table of Contents

はじめに

大鉢奥高温噴気孔

薩摩硫黄島火山の硫黄岳山頂からは最高800〜900℃の高温火山ガスが長期間継続的に放出されており,地下のマグマ活動と密接に関連していると考えられています.この高温火山ガスの分別により低温火山ガス,温泉,土壌ガスが生じ,また,その分別過程の影響により変質帯や地熱異常などが形成されています.高温噴気孔の周囲にはモリブデンブルーをはじめとする,様々な特徴的な昇華物(→昇華物)が観察されます(写真:大鉢奥高温噴気孔).

薩摩硫黄島火山における火山ガスの研究は1950年代後半から始められており,1960年代には鹿児島大学鎌田らのグループにより山頂火口内の多くの噴気孔の調査が実施されました(鎌田, 1964, 1972;Matsuo et al., 1974).薩摩硫黄島火山の火山ガスは非常に高温であり,マグマから放出された後の二次的な変質を受けていない,ほぼマグマ起源のガスであると考えられるため,化学・同位体組成に関する多くの研究が行われています.

産業技術総合研究所による火山ガス観測は1990年以降継続的に実施されています.薩摩硫黄島火山の火山ガス組成の特徴はShinohara et al. (1993),1990-2001年の間の火山ガス組成の経年変化についてはShinohara et al. (2002),火山ガス観測による短期変動の評価についてはSaito et al. (2002)にまとめられています.

噴気孔分布

火山ガス温泉分布

硫黄岳山頂火口内外に最高温度800〜900℃の高温噴気孔が分布するほか(写真:1991年大鉢奥高温噴気帯),山頂火口周辺には100〜800℃の様々な温度の噴気孔が分布しています(写真:山頂火口内低温噴気孔群).

山麓の谷筋には100℃程度の低温噴気孔が分布します(写真:硫黄岳山麓西の低温噴気地帯(物草)).

噴気孔の分布は硫黄岳の山頂・山腹に限られます(図:火山ガス温泉分布)が,地温異常・土壌ガスの放出などは山麓の広い範囲で生じています(詳しくは→火山から放出される熱衛星による観測土壌ガスへ).

噴気孔分布の変化

山頂高温噴気孔分布
1990年山頂火口全景
2001年11月山頂火口全景

山頂火口内外の高温噴気孔の分布は,1960年代から観測されています.高温噴気孔は,火口の中心部ではなく,火口縁(火口内外の斜面)に主に分布している(図:山頂高温噴気孔分布).

1960年代から2005年まで,黒燃(くろもえ),中の江,荒山,などの主な高温噴気地帯(写真:1990年山頂火口全景) の分布には大きな変化はありませんが,最も活発な噴気地帯は時間と共に異なっており,各噴気地帯の最高温度にも変化が見られます(鎌田,1964;Kanzaki et al., 1979).

その中で特異的な変化は,1990年代の火口中央部の高温噴気地帯の生成から竪穴状火孔の形成・拡大です(写真:2001年11月山頂火口全景,→最近の火山活動の推移).

また,山麓の低温噴気孔の分布にはほとんど変化は見られません.


噴気最高温度

噴気最高温度の変化

薩摩硫黄島火山は,800〜900℃の高温噴気孔がアクセス可能な場所にある世界でも数少ない火山の一つです.今までに測定された最高噴気温度は900℃(1994年)であり,多少の変動はあるものの1970年代以降,800〜900℃の高温噴気孔が継続的に存在しています(図:噴気最高温度の変化).

この温度は,定常的な噴気孔温度としては,択捉島の茂世路火山(Kudriavy火山)の920〜940℃(Korzhinsky et al., 2002)に次いで世界に二番目に高温です.

硫黄岳および昭和硫黄島噴火の流紋岩マグマの温度は900〜1000℃と見積もられています(→岩石学).噴気孔の最高温度はそのマグマ温度よりわずかに低いだけであるので,高温火山ガスは,地表の極く近傍でマグマから放出されたマグマ性ガスそのものであると推定されています.

火山ガス組成

火山ガスの採取分析方法
火山ガス組成H2O-CO2-St
火山ガス組成CO2-St-Cl

火山ガスは,この写真のように噴気孔にチタン製または石英ガラス製のパイプを差し込み,特殊な採取容器に火山ガスを導入して採取します.持ち帰った試料について,機器分析や湿式分析を行い,化学・同位体組成を決定します(図:火山ガスの採取分析方法).

上記のように800〜900℃の高温火山ガスは,マグマから直接由来していると考えられています.メルト包有物の分析で推定されたマグマ中の揮発性成分の組成(→メルト包有物)は,高温火山ガスの組成と似通っています.このことは,高温火山ガスがマグマから地表付近の低圧下で放出されてものであることを示しています.

高温火山ガスの組成はH2Oが全体の97%以上を占め,その他はCO2(~0.4%), S(~1%), HCl(0.5~0.7%), H2(~0.5%),HF(<0.06%)等です.この組成は島弧の高温火山ガスの一般的な特徴におおまかに一致しています.しかし,より詳しく他の島弧と比較してみると,CO2濃度が低いことがわかります(図:火山ガス組成H2O-CO2-St).この組成はマグマ中のガス成分の組成を反映しており,薩摩硫黄島火山の流紋岩マグマがCO2に乏しいという特徴に起因していると考えられます.

一方,薩摩硫黄島火山内での火山ガス組成の変動について見てみると,山頂高温火山ガスの組成は狭い組成範囲に分布しているのに対し,山頂低温火山ガス(<600℃)の組成は高温火山ガスの組成におおまかには近いが,そこからずれるように様々な組成を持っています. 山頂の低温火山ガスには,地下水などの混入の影響が見られないことから(→安定同位体),高温ガスの冷却によるガス成分間や岩石・熱水との反応により様々な組成が生じていることが推定されます. 特に塩化水素(HCl)濃度の変動幅が大きいです(図:火山ガス組成CO2-St-HCl).HClは液体の水への溶解度が大きいため,火山ガスの主成分であるH2Oが低温で凝縮すると,凝縮液の方に濃縮され,火山ガスから除かれます.このプロセスによって組成変動が起きている可能性があります.また,硫黄(S)の変動については,火山ガスの温度低下により自然硫黄が析出し火山ガスから除かれることがあります.図(火山ガス組成CO2-St-HCl)上で低温の山頂火山ガスが高温の火山ガスと比較してSt(総硫黄濃度)のコーナー近傍に偏っているのは,すでに火山ガスから析出して地下にあった自然硫黄が,火山ガスに付加したためと推定されます.

山麓の低温火山ガスは,酸性ガス(特にHCl)に乏しく,高温火山ガスが地下水などを通じて上昇する際に酸性成分が溶存して失われたものと考えられます.

高温火山ガス組成の変化

火山ガス組成変動

1990年以降,最高温度の噴気孔の火山ガス組成観測が行われています(Shinohara et al., 1993; 2002).その結果(図:火山ガス組成変動)によると,火山ガスの主成分組成はほぼ一定です.特に,長期間の変動幅は,同時期に複数個採取された試料の組成幅と同程度であり,誤差の範囲で火山ガス組成は1990〜2005年の間,一定であると推定されます.

また,化学組成・同位体組成の分単位での短期変動についてはSaito et al. (2002)が測定していますが,長期の変動と同様に,顕著な変動は観察されていません.

火山ガスの主成分組成は,マグマ中の揮発性物質濃度と脱ガス条件(圧力)により規制されていると考えられます.そのため,主成分組成が一定であることは,硫黄岳山頂火口では同じ組成のマグマから同じ条件(過程)で火山ガスが放出され続けていることを意味します(→脱ガス過程).


火山ガス中の反応

噴気温度と見かけの平衡温度の変化

高温火山ガスの特徴的な成分であるH2およびCO濃度は,以下の化学反応により規制されています:

2H2O + H2S = SO2 + 3H2 (1)

CO2 +H2 = H2O + CO (2)

火山ガス組成から,それぞれの反応の見かけの平衡温度が計算できます.反応式(1)に対応する見かけの平衡温度をAETS,反応式(2)に対応する見かけの平衡温度をAETCとして図(噴気温度と見かけの平衡温度の変化)に示しました.高温火山ガスの見かけの平衡温度はいずれも噴気孔実測温度と同様であり,これらのガスが出口付近温度で化学平衡にあったことを示しています.

また,高温火山ガス中のCOの炭素同位体比も,噴気孔温度でCO2と同位体平衡にある事を示しており(Sato et al., 2002),(2)の反応に関しては化学平衡のみならず同位体平衡にもあったことが確かめられています.

火山ガス中のCH4の濃度を規制する反応としては,以下の反応が考えられます:

CO2 + 4H2 = 2H2O + CH4 (3)

高温火山ガスがこの反応について平衡である場合は通常検出可能な濃度のCH4が存在することはありませんが,実際にはCH4が存在する場合があります.このCH4の炭素同位体比はCOとは異なり,CO2とは同位体平衡ではありません(Sato et al., 2002).これらから,高温火山ガス中のCH4は周囲の低温条件下で生成したガスの混入であることが推定されています.

安定同位体

火山ガス同位体組成

地球化学では,ある物質の元素の起源や挙動,ある過程の起こった温度を推定する方法として,元素の安定同位体組成を用います.火山ガスについても,水の水素・酸素同位体比(D/H,18O/16O,Dは質量数2の水素)や炭素・硫黄同位体比(13C/12C,34S/32S)を用いて,火山ガスを構成する元素の起源が推定できます.

高温火山ガスの水の水素・酸素同位体比はそれぞれ,-30±5‰,+7±1‰(‰は標準物質の同位体比に対する千分偏差を示す単位,水素・酸素同位体比の標準物質は平均海水)であり,典型的な島弧のマグマ水の同位体組成を持っています(図:火山ガス同位体組成;Matsuo et al., 1974; 松葉谷ほか,1975;Shinohara et al., 1993).山頂に分布する低温火山ガスも,高温火山ガスと同様の同位体組成を持ち,天水などの混合の影響は見られません. 山麓に分布する低温火山ガスの水の同位体組成は天水との混合線の中間に位置するため,山麓の低温火山ガスは高温火山ガスと天水の混合により生じたと推定されています.(→温泉・地下水)

一方,二酸化炭素の炭素同位体比は-5‰程度であり,島弧火山ガスに典型的な値を持っています.

硫黄同位体比は+12‰程度であり,多くの島弧火山ガスの同位体比+5±5‰より明らかに大きいです(松葉谷ほか,1975;笠作ほか,1999).火山岩中の硫黄同位体比も,火山ガス同様+10〜+15‰であり,一般的な島弧火山岩の硫黄同位体比〜5‰より高いがその原因は明確ではありません(Ueda and Sakai, 1982).

昇華物

火口内の高温噴気孔付近のモリブデンブルー

高温噴気孔の周囲には,火山ガスによる変質帯と火山ガスから生じた昇華物が分布しています(→熱水変質).その中でも特徴的なものは,写真(火口内の高温噴気孔付近のモリブデンブルー)のようなモリブデンブルーと呼ばれる鮮やかな青色昇華物です(吉田ほか,1972).その他にも,高温火山ガス中には多くの貴金属を含む金属元素(Hedenquist et al., 1994;Mambo and Yoshida, 1993;Sakamoto et al., 2003)等が含まれていることが知られており,多種多様な昇華物組成(鎌田,1964;Africano et al., 2002)が観察されています.

その他

薩摩硫黄島火山の火山ガスのN2-He-Ar組成は,沈み込み帯の火山ガスの中で,最もN2/He比が小さい範囲に分布します(Shinohara et al., 1993).沈み込み帯の火山ガスは,マントル起源の火山ガスと比較して,N2/He比が大きく,沈み込む堆積物起源のN2の寄与が原因と考えられています.その中でも,N2/He比には幅があり,例えば東北日本では比が大きく,西南日本では小さく,それぞれの沈み込み帯における堆積物の寄与の大きさを反映していると考えられています(Kita et al., 1993).薩摩硫黄島火山の火山ガス組成は,西南日本の範囲に収まります.

薩摩硫黄島火山の火山ガスのヘリウム同位体比(3He/4He)は,Marty et al. (1989)やFourre et al. (2002)により,典型的な島弧火山ガスと同様の高い値(8Ra,Raは大気中の3He/4He比)を持つことが示されています.このような高い3He/4He比は温泉,海底遊離ガス(7〜8Ra;→海底遊離ガス),昭和硫黄島においても観測されています(Fourre et al., 2002).

その他,火山ガス中の硼素同位体比(Kanzaki et al., 1979; Nomura et al., 1982),メタンと一酸化炭素の炭素同位体比(Sato et al., 2002),ヨウ素(129I/I)同位体比(Snyder et al., 2002),鉛やビスマスなど放射性元素(Le Cloarec and Pennisi, 2002),ハロカーボン(Jordan et al., 2000)など多くの研究が行われています.

高温火山ガスの凝縮水のトリチウム濃度はGoff and Murry (2000)により検出限界程度と測定され,高温火山ガスには天水の寄与がないことが示されています.同様の結論は高温火山ガスの36Cl/Cl比がほぼ0であることからも確かめられています(Snyder et al., 2002).

引用文献

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参考文献

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(篠原宏志)