噴火史

火山研究解説集:薩摩硫黄島 (産総研・地質調査総合センター作成)

火山研究解説集:薩摩硫黄島
詳細版 目次

1 地質・岩石:

構造 噴火史 岩石 同位体・微量成分 メルト包有物

2 火山活動:

最近の活動 昭和硫黄島

3 火山ガス・熱水活動:

火山ガス SO2放出量 温泉 海底遊離ガス 土壌ガス 変質 ガス分別

4 放熱量:

衛星観測 総放熱量 火山熱水系

5 地球物理観測:

地震活動 地殻変動 その他

6 マグマ活動:

脱ガス過程 マグマ溜まり

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  • 薩摩硫黄島地質図2006年11月版


Table of Contents

はじめに

カルデラ縁からみた硫黄島
鬼界カルデラ.赤破線はカルデラ縁

硫黄島は,鹿児島県薩摩半島の南約50kmに位置する鬼界(きかい)カルデラの北西縁に位置する火山島で,最新のカルデラ噴火である鬼界-アカホヤ噴火以前の火山岩類と,後カルデラ火山である硫黄岳,稲村岳を擁します(小野ほか,1982).本章では鬼界カルデラならびに薩摩硫黄島火山の噴火史について紹介します.


鬼界カルデラ

薩摩硫黄島地質図


鬼界カルデラは,西20km,南北17kmの大型の海底カルデラで,関連する火山岩類が,硫黄島と竹島および周辺の岩礁群に分布します.このうち,硫黄島にある硫黄岳では,現在も活発な噴気活動と,小規模な火山灰の放出が続いています.また,カルデラ内の海底にも多数の後カルデラ海底火山が存在します.1934-35年には硫黄島東方で海底噴火が起こり,昭和硫黄島が形成されました.


鬼界カルデラ・薩摩硫黄島層序及び年代

鬼界カルデラの噴火史は,複数の大規模火砕流噴火が起きたカルデラ形成期と,それに前後する先カルデラ火山期,後カルデラ火山期の3つに大別することができます(小野ほか, 1982).

鬼界カルデラ起源と考えられている大規模火砕流噴火噴出物は,古い順に小瀬田火砕流(森脇,1994),小アビ山火砕流(小野ほか,1982),長瀬火砕流(小野ほか,1982),竹島火砕流(小野ほか,1982)です.硫黄島にはこのうち小アビ山火砕流,竹島火砕流が分布します(薩摩硫黄島地質図).竹島火砕流は鬼界カルデラ最新の大規模火砕流噴火である7300年前の鬼界-アカホヤ噴火で噴出した火砕流堆積物です.

また,硫黄島には,先カルデラ火山を構成する玄武岩-安山岩質の矢筈岳火山と流紋岩質の長浜溶岩が分布します.これらは小アビ山火砕流に覆われます. 小アビ山火砕流と鬼界-アカホヤ噴火噴出物との間には,降下火山灰を主体とする鬼界-籠港降下テフラ(奥野ほか,1994)が存在します.

先カルデラ火山

ここでは硫黄島に分布するカルデラ噴火以前の火山噴出物について主に小野ほか(1982)を元に紹介します.

矢筈岳火山(YHZ)

矢筈岳火山北西海岸露頭

矢筈岳(やはずだけ)火山は硫黄島の北西中央部にある玄武岩質の小型成層火山体で,最高点は標高348mです(薩摩硫黄島地質図).同じく先カルデラ火山である長浜溶岩との関係は露頭が無く,不明です.南半部はカルデラ壁に当たる急崖により切断され,北側は高さ数十mの海食崖が発達しています.北海岸の坂本から小坂本にかけて玄武岩質の溶岩流,火砕岩の互層が露出しています.海食崖に露出する溶岩は厚さ最大数m程度で,同質の角礫岩,アグルチネートにはさまれます.矢筈岳山頂西から北北西にかけての海食崖には少なくとも5枚の岩脈があり,矢筈岳山頂東方を中心とする放射状岩脈を構成します.また小坂本東には火道角礫岩脈も認められます.カルデラ壁側では下部に火山角礫岩,上部にやや厚い(10m程度)玄武岩質安山岩が露出します.

岩石はSiO2=53〜57 wt% 程度の玄武岩〜玄武岩質安山岩で,斜長石,かんらん石および輝石斑晶をもち,なかには径1cm以上の斜長石巨晶を含むものがあります.

長浜溶岩流(NGH)

長浜溶岩流

長浜溶岩流は硫黄島西部の平坦部を構成する流紋岩質溶岩流で,基底は海面下にあるため観察できませんが,厚さは海面上だけで80m以上あり,ほぼ垂直な崖をつくって露出しています(薩摩硫黄島地質図).下部はほぼ垂直で太く不規則な柱状節理が発達した緻密な溶岩流ですが,上部は節理が不明瞭となり,表層部の数mほどは黒曜岩からなる岩塊で構成されます.緻密部上部は波長10m程度の波状になっており,その凹凸面を小アビ山火砕流や竹島火砕流が埋めています.

岩石は斜長石,単斜輝石,斜方輝石斑晶を4%程度含む,SiO2=71wt%の流紋岩です.

鬼界アカホヤ噴火以前の火砕流堆積物

小瀬田火砕流

小瀬田(こせだ)火砕流は,鬼界カルデラ近傍では確認されていませんが,南および東方の屋久島,種子島の海岸段丘下部に10m以上の厚さで分布し,分布範囲から鬼界カルデラが給源と考えられています(森脇,1994).斑晶鉱物として角閃石を含むのが特徴で,この他に斜方輝石,石英,斜長石を含みます.

小瀬田火砕流の噴出年代は,フィッショントラック(FT)法で,38±14万年前(FT),58±8万年前(ITPFT)という値が得られています(町田・新井,2003).フィッショントラック法とは,放射性核種の壊変時に鉱物・火山ガラス中に生じる飛跡(フィッショントラック)の密度を計測して年代を求める放射年代測定法の一つです.

小アビ山火砕流(K-Kob)

大浦の小アビ山火砕流
小アビ山火砕流(K-Kob)と矢筈岳火山噴出物(YHZ),籠港降下テフラ(K-Ko)等との関係

小アビ山火砕流(小野ほか,1982)は,竹島および硫黄島の先カルデラ火山を覆って分布します.最下部に降下軽石を伴い,火砕流本体は斜交層理をともなう多数のフローユニットの累積からなり,特に下部が強く溶結した火砕流堆積物です.基盤の凹凸を埋めて堆積し,層厚変化が激しいですが,竹島では厚く(20〜100m),硫黄島では薄い(数〜50m)傾向があります.硫黄島では,平家城の海水面付近に分布するほか,矢筈岳火山,長浜溶岩を覆い分布します.長浜溶岩上の平坦部では全体で厚さ10m以下ですが,坂本,小坂本,大浦(左写真)などの谷地形を埋めたところでは厚く(30〜50m程度),溶結度も高くなります.平家城(へいけのじょう)では籠港降下テフラに覆われるほか,坂本,小坂本などでは浸食面を幸屋(船倉)降下軽石や竹島火砕流に直接覆われています(右写真).

火砕流堆積物上位では,それぞれが薄い(1〜数m)非溶結部と溶結部が互層するようになり,また異質,類質の円礫を含むようになります.強溶結部では赤色〜暗褐色の基質中に黒曜岩の本質レンズを含みます.非溶結部の軽石は暗褐色で,粒径は数cmから30cm程度まで変化し,発泡度はあまり高くありません.

本質物はSiO2=71-72 wt% 程度の流紋岩質で,斑晶として斜長石,単斜輝石,斜方輝石,鉄鉱を約15%程度含みます.

噴出年代は,竹島の小アビ山火砕流堆積物にカリウムーアルゴン年代法を適用し,14±2万年前という値が報告されています(町田・新井,2003).カリウムーアルゴン年代法とは,40Kが電子捕獲により40Arに放射壊変することを利用した放射年代測定法で,地質学で多く用いられてます.

長瀬火砕流

竹島籠港東側絶壁

長瀬火砕流(小野ほか,1982)は,粗粒の軽石を含む火砕流堆積物で,竹島に分布し,硫黄島での分布は確認されていません.竹島では小アビ山火砕流を覆い,籠港降下テフラ以降の堆積物に覆われます(写真:竹島籠港東側絶壁).長瀬火砕流堆積物は非溶結で,灰白色のよく発泡した軽石を含み,大型のものは径60cmを越えます.軽石は,SiO2=73 wt% 程度(斎藤元治,未公表データ)の流紋岩質で,石英斑晶を含み,基質は軽石と同質の火山灰からなり大量の火山豆石を含みます.

長瀬火砕流のcoignimbrite ashと考えられている鬼界葛原(とづらはら)テフラ(町田・新井,1983)は九州から関東地方に至る広い範囲に分布する広域火山灰で,石英斑晶の熱ルミネッセンス年代,ジルコンのフィッショントラック年代および他のテフラとの層位関係から約9.5万年前に噴出したと考えられています(町田・新井,2003).熱ルミネッセンス年代とは,鉱物が自然放射線によって捕獲した電子の量を,鉱物を加熱したときに生じる光の強さから求め,年代を見積もる方法です.

籠港降下テフラ(K-Ko)

平家城露頭籠港降下テフラ柱状図

籠港(こもりこう)降下テフラは,長瀬火砕流を覆い鬼界-アカホヤ噴火噴出物に覆われる薄い降下軽石・スコリアを挟む降下火山灰累層で,竹島で記載されました(小野ほか,1982;奥野ほか,1994).硫黄島では平家城の道路脇によい露頭があるほか,平家城東側および北側の海食崖には小アビ山火砕流を覆う籠港降下テフラが露出しています(写真:平家城海食崖).下位の全体に褐色を帯びた降下テフラ層を,上位の暗灰色降下テフラ層が不整合で覆う様子が観察できます.ここでは全体の厚さは約40mに達し,竹島の籠港降下テフラよりも厚いです.平家城の道路脇露頭では,このうち上部の厚さ約17mの籠港降下テフラを観察することができます.

平家城海食崖.崖の高さ約70m

平家城の道路脇露頭の籠港降下テフラは,主に不明瞭な層理をもつ暗灰色で発泡の悪い安山岩岩片からなる粗粒降下火山灰層で,径5mm程度の黄白色〜黄色軽石からなる降下軽石層および細粒の白色火山灰層を何枚か挟みます(平家城露頭籠港降下テフラ柱状図).降下軽石層のうち,上から1/3ほどの位置の降下軽石が桜島起源の薩摩火山灰(約13ka)に対比されています(小林ほか,2006).主体をなす粗粒降下火山灰層は,発泡のよくない玄武岩〜安山岩質の細礫〜砂サイズの岩片からなります.

小林ほか(2006)は平家城の籠港降下テフラから上中下の3層準の腐食土壌で放射性炭素年代測定を行い,下位から11730±140,11500±120,9820±120年前の年代値を得ています.このことから硫黄島近傍で少なくとも鬼界-アカホヤ噴火の前約6000年間大きな休止期なく玄武岩-安山岩質の噴火活動が継続していたと考えられます.発泡のよくない岩片が多く,不明瞭な層理も認められることも多いことから,ブルカノ式もしくはいわゆる灰噴火(小野ほか,1995)のような噴火様式だったと考えられます.

鬼界-アカホヤ噴火

竹島港対岸の火砕物累層

約7300年前(6300yBP)に鬼界カルデラで発生した大規模火砕流噴火を鬼界-アカホヤ噴火と呼びます.この噴火で噴出した竹島火砕流(小野ほか,1982)は,鹿児島県本土南部まで到達し(幸屋火砕流;宇井,1973),当時の鹿児島南部の環境および縄文文化に大きな影響を与えました.竹島火砕流のcoignimbrite ashであるアカホヤ火山灰は,九州から四国,関東に至る本州南半の広い範囲に降下し,第四紀の重要な鍵層となっています.ただし,竹島・硫黄島ではアカホヤ火山灰はあまりよく保存されていません.降下軽石,火砕流,アカホヤ火山灰を合わせた全噴出量は170 km3程度と推定されています(町田・新井,2003).

幸屋(船倉)降下軽石(K-Kyp)

竹島港の露頭の拡大

鬼界-アカホヤ噴火の最初の噴出物である降下軽石は,鹿児島県本土で宇井(1967)が幸屋火砕流に伴う降下軽石として幸屋降下軽石と記載・命名し,後に小野ほか(1982)が竹島で船倉軽石と記載しました.本報告ではこの同一の降下軽石を幸屋(船倉)降下軽石と称します.

幸屋(船倉)降下軽石は,竹島で2〜2.5m程度(写真:竹島港の露頭の拡大),硫黄島平家城露頭では約80cmの厚さを持ち,長浜溶岩,小アビ山火砕流,籠港降下テフラを覆います.硫黄島平家城道路脇露頭では厚さ約80cm,平均粒径13cm,最大径約30cmの白色軽石から構成されます.同様の降下軽石層は坂本への道路脇露頭でも所々に露出しています.

平家城の海食崖では籠港降下テフラの浸食面を覆う厚さ約20mの厚い粗粒白色軽石層が遠望できる(写真:平家城海食崖).同様の粗粒白色軽石は大谷(うたん)浜西の海食崖上にも認められます.

船倉火砕流(K-Fk)

船倉火砕流は小野ほか(1982)により竹島で記載されました,細粒ガラス火山灰からなる細かい層理を持ち,薄いが強く溶結した暗灰色〜黒色の火砕流堆積物です.竹島では竹島港(写真:竹島港対岸の火砕物累層),籠港などに露出し,厚さは2〜4m程度で常に下位に幸屋(船倉)降下軽石を伴います.谷地形を埋めるようにレンズ状に溶結した産状を示し,細粒火山灰からなる基質が大部分を占め,軽石や岩片の量は極めて少ないです.

竹島火砕流(幸屋火砕流;K-Ky)

長浜溶岩を覆う竹島火砕流と後カルデラ期テフラ

竹島火砕流は白色軽石を含む火砕流堆積物で,海を渡って九州南部にまで達し,幸屋火砕流と呼ばれています(宇井,1973).竹島東部の台地をほとんど覆うほか,硫黄島の平家城,坂本付近,長浜熔岩上に分布します.

竹島では少なくとも2フローユニット以上からなり,一つのフローユニットの厚さは5〜8m程度,全体で20〜30m程度の厚さになります.軽石の多くは白色〜白黄色で,長柱状の気孔をもつ軽石ですが,暗灰色軽石および両者が混合した縞状軽石を含みます.暗灰色軽石および縞状軽石は上位のフローユニットでより多く含まれます.流紋岩片,黒曜岩片を主とする類質異質岩片の量は少ないですが,それぞれのフローユニット下部では含有量が増大しています.

硫黄島の竹島火砕流は,長浜熔岩がつくる台地上では長浜熔岩あるいは小アビ山火砕流の浸食面を覆います.大浦港へ下る道路沿いの露頭では,長浜熔岩上面黒曜岩岩塊上の幸屋(船倉)降下軽石を覆い凹所を埋めた竹島火砕流堆積物が露出しています.

硫黄島の平家城道路脇の露頭では,主に流紋岩片からなる多量の類質異質岩片(平均粒径8cm)と白黄色軽石(平均粒径5cm)からなる厚さ2mほどの火砕流堆積物が幸屋(船倉)降下軽石を覆います.平家城海食崖にも類質岩片が多い火砕流堆積物が5m程度の厚さで露出します.坂本へ下る道沿いの竹島火砕流も類質異質岩片の量が著しく増大しており,火口近傍のlag breccia相と考えられます.竹島火砕流に含まれる岩片の量は竹島より硫黄島のほうが一般的に多く,その平均粒径も大きいことから,竹島火砕流の噴出源はより硫黄島に近いところにあったと考えられます.

幸屋(船倉)降下軽石,船倉火砕流溶結凝灰岩,竹島火砕流白色軽石は,いずれもSiO2=71-72 wt% の流紋岩質で,斑晶として斜長石,単斜輝石,斜方輝石,鉄鉱を約10%程度含みます(小野ほか,1982).

後カルデラ火山

硫黄岳山麓の降下テフラ

竹島火砕流と後カルデラ期テフラ
後カルデラ期テフラ
後カルデラテフラ柱状図と年代値
サージ堆積物

竹島火砕流堆積物を覆って,後カルデラ火山の活動に伴う降下テフラが硫黄島および竹島に分布しています(写真:竹島火砕流と後カルデラ期テフラ).その層厚は,硫黄島で厚く,竹島で薄いです.硫黄島の後カルデラ期降下テフラは,ほぼ中央部を占める稲村岳から噴出した玄武岩質テフラで大きく3つのグループに区分できます(写真:後カルデラ期テフラ).これらをKawanabe and Saito(2002)は下位からK-Sk-l,K-In,K-Sk-uと命名し,さらに腐食土壌層により,K-Sk-lを2つ(K-Sk-l-1とK-Sk-l-2),K-Inを2つ(K-In-1とK-In-2),K-Sk-uを4つ(K-Sk-u-1からK-Sk-u-4)に区分しました(後カルデラテフラ柱状図).

K-Sk-l-1とK-Sk-l-2は,いずれも不明瞭な層理がある礫混じりの灰色粗粒火山灰から構成されています.平家城のK-Sk-l-1最下部には径3cmほどの灰白色軽石をかなり含む厚さ20〜50cmの火山灰層があり,それを最大長径80cm程度の流紋岩岩塊がsag構造を作り変形させています.

K-InはK-Sk-lと10〜12cmほどの黒色腐食土壌で区分される玄武岩質スコリアを含む稲村岳起源の降下テフラ群です. K-In-1の下部はスコリア層と硬い灰色火山灰層の互層からなり,スコリア層は平家城など多くの場所では2枚,分布主軸に近い矢筈岳西では4枚あります.K-In-2は2枚の降下スコリア層を含み,矢筈岳西では下位のスコリア層が厚さ150cm,上位スコリア層が60cmと非常に厚いです.おそらく稲村岳山体をつくった時の降下スコリア層と考えられます.矢筈岳西から永良部崎にかけての長浜溶岩上に分布するK-In-2のスコリア層にはさまれた層準にはbomb sagを伴う発泡の悪いスコリアを含むサージ堆積物が分布し,稲村岳西方,現在の硫黄島集落付近で起きたマグマ水蒸気爆発による堆積物と考えられています(Kawanabe and Saito, 2002).K-In-1直下の腐食土壌から炭素同位体年代法(14C)により3890±40年前の年代値が得られています.炭素同位体年代法は,放射性同位体の14Cが約5700年の半減期で12Cに壊変していくことを利用した年代測定法です.

K-Sk-uはK-Inと30cmほどの腐食土壌で境される,灰色火山灰を主体とする降下テフラ群です. K-Sk-u-1は明灰色無層理の粗粒火山灰層で,最下部にbomb sag を伴います.bomb sagの分布,飛来方向から現在の硫黄岳付近で爆発的な噴火が発生したものと考えられます.K-Sk-u-2も粗粒火山灰を主体としますが,平家城など硫黄岳に近い露頭ではより粗い岩片を多く含む層や火山豆石を含む薄赤色火山灰層,径2cmほどの軽石薄層を間にはさみます.K-Sk-u-3も同様に粗粒火山灰層中に火山豆石を含み細かい層理がある硬い火山灰層,薄赤色火山灰層などをはさみます.前野・谷口(2005)はK-Sk-u-3の層準に縞状軽石を含む火砕流堆積物を記載しています.K-Sk-u-4は無層理の明灰色火山灰からなり,径2cm以下の変質岩片が散在しています.K-Sk-u-1直下の腐食土壌から2210±40年前の年代が,K-Sk-u-4直下の腐食土壌から920±40 および940±40年前の年代値が得られています.

稲村岳火山

硫黄岳からみた稲村岳
永良部崎からみた稲村岳

稲村岳火山は,底径約780m,高さ約230m(三角点標高236.2m),小型の玄武岩質成層火山です.一見単成火山のようにみえますが,稲村岳起源の降下テフラ(K-In)は土壌を挟んで2部層あり(後カルデラテフラ柱状図),複数回の噴火を起こした複成火山です.山頂には北北東側に開いた火口があります(写真:硫黄岳からみた稲村岳).

稲村岳火山の最も下位の噴出物は,玄武岩質の南溶岩流で,南海岸に連続して露出しています(写真:永良部崎からみた稲村岳).南溶岩流の厚さは2〜3mほどで表面はスコリア状のクリンカーに覆われます.さらに南溶岩流の浸食面上を稲村岳本体を作るスコリア丘のスパターや転動堆積物が覆います.

東溶岩流は稲村岳本体のスコリアを覆って稲村岳南東麓から東温泉付近まで分布します.東溶岩流の一部と思われる溶岩流は稲村岳東麓のボーリングコアで確認され(地下水観測井地質柱状図および位置図),またそれにつながるような溶岩流らしい地形が硫黄島集落東部まで連続しています.東溶岩流は層序,分布から現在の稲村岳スコリア丘本体をつくる活動の末期に北北東に開いた火口から流出したものと考えられます.

稲村岳南海岸西部ではスコリア丘本体を覆って厚さ数mの火山角礫岩が露出します.K-In-2最上部の爆発角礫岩に対比される可能性があります.

稲村岳北西麓の小火口から噴出した磯松崎溶岩流は,硫黄岳集落から長浜港の東部に崖を作り,磯松崎までよく露出する玄武岩質安山岩の溶岩流で,厚さはやや厚く15m程度です.磯松崎溶岩流の上には稲村岳の噴出物は乗っておらずK-Sk-uテフラに直接覆われることから,磯松崎溶岩流はK-In-2降下テフラ堆積後,稲村岳火山をつくった玄武岩質マグマの最後の噴火活動による噴出物と判断できます.

南溶岩,東溶岩とも玄武岩質溶岩流で,斜長石,カンラン石,単斜輝石,斜方輝石斑晶を含みます.斜長石は時に3mm以上の大型のものを含み,輝石と集合斑晶をつくることがあります.また発泡した珪長質岩片を含むことがあります.磯松崎溶岩はSiO2=55wt%程度の玄武岩質安山岩で,径数mmの斜長石斑晶が目立ち,カンラン石,単斜輝石,斜方輝石斑晶を含みます(小野ほか,1982).

硫黄岳火山

硫黄岳溶岩ドームの構成
硫黄岳溶岩ドーム

硫黄岳火山は基底径約2.7km,高さ約700m(三角点標高703.8m)の流紋岩・デイサイトの熔岩ドーム群からなる複成火山体です.山頂部には直径約450mの火口(大穴火口)があり(図:硫黄岳溶岩ドームの構成),活発な噴気活動が続いているほか,時々少量の変質火山灰を放出する噴火が起きています.また,大穴火口の南西側にも直径約200mの火口地形(キンツバ火口)があるほか,南東側にも古い火口地形跡と思われる高まりが残っています(古岳火口).

硫黄岳の山体は,流紋岩質の厚い溶岩ドームとそれに伴う粗粒な流紋岩質火山角礫岩からなり,それを降下軽石・火山灰,火砕流堆積物からなる硫黄岳テフラが覆っています.このうち,火山角礫岩は逆級化構造が認められ,構成岩片は溶岩ドームと同じ流紋岩からなります.また冷却割れ目があるものが多数認められ,この角礫岩は,熔岩ドーム形成時に溶岩ドームから崩落して生成した初生の崖錐(転動火山角礫岩)であると考えられています(小野ほか,1982).

また,東温泉付近で稲村岳から噴出した東熔岩を硫黄岳の火山角礫岩が覆うこと,硫黄岳山腹にK-Inテフラは認められないことから,少なくとも現在の硫黄岳山体表面は稲村岳の活動後に形成されたと考えられます.ただし,流紋岩質のK-Sk-lテフラの存在やボーリング資料から,硫黄岳の活動開始は稲村岳よりも古いと考えられます.

硫黄岳を構成する溶岩および転動角礫岩は,遠望した被覆関係から,大きく5つのユニットに分類できます(図:硫黄岳溶岩ドームの構成).最も古いユニットは硫黄岳古期転動堆積物で主に硫黄岳東側山体下部を占めます.硫黄岳古期転動堆積物には大きな浸食谷が発達し,それを覆う硫黄岳古期溶岩が尾根部分に残っています(写真:硫黄岳溶岩ドーム).この溶岩は古岳付近から流出し,古期転動堆積物を形成しつつ流出したものと考えられます.硫黄岳西側山麓には硫黄岳西溶岩が分布し,展望台付近の平坦部と前縁に急崖を持つ厚い舌状の溶岩流地形を作っています.硫黄岳西溶岩と古期転動堆積物を覆って,山頂部を構成する硫黄岳新期溶岩とその初生崖錐である硫黄岳新期転動堆積物が分布しています.

硫黄岳山頂部のテフラ

大谷平西の硫黄岳テフラ
硫黄岳テフラ柱状図および年代値

山頂部の硫黄岳新期溶岩を覆うテフラは,下位から降下軽石層(K-Iw-P1),火砕サージ堆積物(K-Iw-S1),火砕流堆積物(K-Iw-P2)に大別できます(写真:大谷平西の硫黄岳テフラ).

K-Iw-P1は,白色軽石のほかに縞状軽石を大量に含む降下軽石層で,層厚は約7mに達し,一部は溶結しています. K-Iw-P1から採集された炭化木片から炭素同位体年代法を用いて1130±40年前の年代値が得られています(Kawanabe and Saito, 2002).山麓に分布するK-Sk-u-3の層順に縞状軽石を含む火砕流堆積物があり(前野・谷口,2005),層位および岩相からおそらくK-Iw-P1に対比されます.このことから硫黄岳は1100年以上前に成長を終え,現在とほとんど変わらない大きさになっていたと思われます.

K-Iw-S1はK-Iw-P1を直接覆います,砂〜礫サイズの流紋岩片からなる層理の発達したサージ堆積物です.斜交層理から推定される流走方向,火山岩塊の衝突痕の方向から,大穴火口から噴出したと考えられます.

K-Iw-P2は,白色軽石と黒曜岩岩塊を含む火砕流堆積物で山頂部でK-Iw-S1が作る谷に沿って分布するほか,西中腹の展望台付近,山麓の登山道上り口,東温泉周辺にも分布します(硫黄岳テフラ柱状図および年代値).硫黄岳の最新のマグマ噴火による堆積物で,堆積物中に含まれる大量の炭化物から600年から500年前の年代値が得られています(Kawanabe and Saito, 2002).山麓に分布するK-Sk-u4の中の噴火イベントに対応すると考えられます.

海底の後カルデラ火山

硫黄岳から南東方向,カルデラ内にある海底の高まりは,後カルデラ火山活動で形成されたと考えられます.高まりの傾斜は,頂部で緩く,側面ではそれより急になっています.このうち硫黄岳南方の浅瀬のみ海上に現れています.小野ほか(1982)は,海底の高まりの閉等深曲線は7ヶ所あり,それぞれが噴出中心を表すと考え,さらにカルデラ形成後の水深を500mと仮定し,海底の後カルデラ火山の体積を約17km3と推定しました.

「浅瀬」は硫黄岳南海岸から約1.5kmにある高さ15mのものを最高とする3個の岩礁からなります.50m以浅の広い波食台の中央部にあり,独立した海底火山体が侵食されたものと考えられます.浅瀬を構成する岩石は斜長石と単斜輝石,斜方輝石斑晶を含むデイサイトです(小野ほか,1982).

浅瀬以外の海底の高まりが何でできているかは不明ですが,おそらく同様のデイサイトまたは流紋岩で構成されていると考えられます.

昭和硫黄島火山

昭和硫黄島
昭和硫黄島

昭和硫黄島は薩摩硫黄島東方約2kmにある東西約500m,南北約300mの流紋岩溶岩からなる小島で,1934-35年噴火で形成されました(左写真). 昭和硫黄島周辺の海底には大量の巨大な軽石が堆積しています(中村ほか,1986). (詳しくは→昭和硫黄島噴火経緯へ)

昭和硫黄島は,1枚の流紋岩溶岩からなり,中央部から溶岩の流動した構造と思われる同心状の溶岩しわが認められます(右写真).この流紋岩には,おおまかに周辺部に黒曜岩の部分が,中央部に灰色多孔質のガラス質溶岩が分布します.中央部では張力割れ目が発達した平滑な曲面からなる大きな岩塊から構成されています.また,苦鉄質包有物(マフィックインクルージョン)が多量に含まれています(詳しくは→岩石学へ).


引用文献

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参考文献

日本地質学会フィールドジオロジー刊行委員会編(2004)フィールドジオロジー,全9巻.共立出版.

(川辺禎久)