衛星による観測

火山研究解説集:薩摩硫黄島 (産総研・地質調査総合センター作成)

火山研究解説集:薩摩硫黄島
詳細版 目次

1 地質・岩石:

構造 噴火史 岩石 同位体・微量成分 メルト包有物

2 火山活動:

最近の活動 昭和硫黄島

3 火山ガス・熱水活動:

火山ガス SO2放出量 温泉 海底遊離ガス 土壌ガス 変質 ガス分別

4 放熱量:

衛星観測 総放熱量 火山熱水系

5 地球物理観測:

地震活動 地殻変動 その他

6 マグマ活動:

脱ガス過程 マグマ溜まり

Urai-Fig3.jpg

  • 衛星による地表温度分布(1989-1998年)


Table of Contents

はじめに

リモートセンシング手法は活火山の監視に有用な手法の一つです.例えば,地表温度の観測は噴火災害の防止や火山噴火機構の解明に重要ですが,地上や航空機から地表の温度を観測する場合には観測者に危険が及ぶ可能性があります.しかし,衛星によるリモートセンシングを用いた表面温度観測ではその危険がありません.

ここでは,薩摩硫黄島火山の硫黄岳の放熱量を,Landsat衛星に搭載されたTMセンサによる観測データから推定する方法とその結果についてUrai(2002)に基づいて紹介します.

衛星による放熱量の観測

黒体はその熱エネルギーを電磁波として放出しますが,そのスペクトルはプランク関数に規定されます.一般の物質もその熱エネルギーを電磁波として放出しますが,放射量は同じ温度の黒体より小さいです.衛星で観測される輝度Rλは地表温度のプランク関数,分光放射率(同じ温度における一般の物質と黒体の放射量の比)\varepsilon_ {\lambda}および大気透過率τλの積と大気放射Ratmの和として以下の式で表すことができます.

R_ {\lambda}= \tau_ {\lambda} \varepsilon_ {\lambda} \frac{B(\lambda,T)}{\pi}+ R_ {atm,\lambda} (1)

ここでプランク関数は波長λと地表温度Tの関数としてB(\lambda,T)= \frac{c_ {1} \lambda^ {-5}} {exp(\frac{c_ {2}} {\lambda T}) - 1}で定義されます.式(1)の右辺の第1項は地表からの放射が大気を透過して衛星のセンサに届いた輝度を表し,第2項は大気自身の放射を表します.式(1)は以下のように変形され,地表温度Tを求めることができます.

T = \frac{C_ {2}} {\lambda \ln(\frac{ \tau_ {\lambda} \varepsilon_ {\lambda} c_ {1} \lambda^ {-5}} {\pi (R_ {\lambda } - R_ {atm,\lambda})} + 1)} (2)

地表温度は気象条件,日中の太陽照射,熱慣性,標高や地熱活動の有無などによって変化します.地熱活動による温度変動がこれらの温度変動に比べて小さい場合,これらの温度変動を補正しないと地熱活動による温度変化を検出できません.太陽照射の影響は,夜間観測のデータを用いることで,避けられます.標高の影響は以下の式で補正することが出来ます.

Tc = T + dtE (3)

ここでTcは標高補正済の地表温度,dtは温度補正係数,Eは標高です.気象条件や熱慣性などの影響は小さいと考えれば,地熱活動による放熱量Qは,Sekioka and Yuhara (1974)によって,以下のとおり計算できます.

Q = K \sum_ {\Delta T > T_ {t}} \Delta T \, S (4)

ここでKは気象条件によって決まる定数,ΔTは温度異常(TcT0cT0cは地熱活動の無い地点での標高補正後の地表温度),Sは温度異常(ΔT)の広がり,Ttは温度の閾(しきい)値です.

Landsat TMデータを用いた放熱量の推定

Landsat5号にはTMと呼ばれるセンサが搭載されています.TMは可視域から熱赤外域の波長の電磁波にある7つのバンドで地表を観測することができます.Landsat5号は極軌道衛星であるため昼と夜の観測を実施できますが,熱放出量の解析では太陽放射の影響を避けるため,夜間の観測データを使用します.Landsat5号は1984年から1999年までに薩摩硫黄島火山を75回観測していますが,Urai (2002)では,そのうちの雲の少ない10回の観測データを基に硫黄岳の放熱量を推定しています.

大気透過率,大気放射および分光放射率

大気透過率は薩摩硫黄島火山から北へ約90km離れた鹿児島地方気象台が毎日ラジオゾンデを用いて観測している大気プロファイルを放射伝達コードMODTRAN (Berk et al., 1989) に入力して計算できます.熱赤外域の大気透過率の計算では水蒸気量が最も重要です.Urai (2002)では,上空30kmまでの標準気圧高度におけるラジオゾンデ観測された高度,気温,湿度データ(気象庁,1996a, b, c, dおよび1999)をMODOTRANに入力しMODTARNに内蔵された標準大気モデルと組み合わせてTMセンサのバンド6の波長における大気透過率と大気放射をLandsat5号の画像取得日毎に計算しています(Table 1).分光放射率は,硫黄岳が流紋岩で構成されていることからTMセンサのバンド6の波長において,0.9としています(Vincent et al., 1975).

Table 1 鹿児島地方気象台のラジオゾンデデータを基にMODTRANで計算した11.45μmにおける大気透過率と大気放射
日付大気透過率大気放射 [105Wm − 3sr − 1]
17 NOV 19890.9453.12
10 JAN 19920.9233.90
02 JUN 19920.69223.9
24 AUG 19930.64629.4
14 DEC 19930.9264.02
04 MAR 19940.9353.38
07 MAR 19950.9433.07
06 FEB 19960.9661.34
26 APR 19960.85710.0
09 OCT 19980.73620.6

1989年から1996年における放熱量の推定

Urai (2002)では,最近隣内挿法で作成されたTM画像を25,000分の1の地形図から取得したGCPで幾何補正し,画素値をMarkham and Barker (1986)の係数を用いて輝度値に変換しています.幾何補正精度は,120m程度です.次にバンド6の輝度値を式(2),Table 1および分光放射率0.9を用いて地表温度に変換しています. 標高補正は50mメッシュ標高データ(国土地理院, 1997)を式(3)に適用して行っています.この式で用いた温度補正係数はラジオゾンデで観測された地表での気温と925hPa等気圧面の高度における気温から計算しています(Table 2).

Table 2 鹿児島地方気象台のラジオゾンデデータから計算した標高による温度補正係数
日付温度補正係数 [10 − 3Km − 1]
17 NOV 19892.7
10 JAN 19922.3
02 JUN 19922.8
24 AUG 19932.3
14 DEC 19934.6
04 MAR 19946.5
07 MAR 19954.4
06 FEB 19967.5
26 APR 19966.0
09 OCT 19986.8
衛星による硫黄島の温度分布(1995年)
火山ガス温泉分布

1995年3月7日の夜間観測から得られた硫黄島の表面温度分布を示します(図:衛星による硫黄島の温度分布(1995年)).温度異常がない場合,表面温度は標高が高くなるにしたがって低下しますが,硫黄岳の山頂や山腹には山麓よりも高温の温度異常地域が見られます.これらの温度異常地域は,高温および低温の噴気孔の分布(図:火山ガス温泉分布)とおおよそ一致し,火山活動によるものと判断できます.

セスナによる硫黄岳地表面温度分布

セスナによる硫黄岳地表面温度分布(→火山から放出される熱)と衛星による硫黄島の温度分布 を比較すると,前者の方が詳しい表面温度分布を表していることが分かります.この原因は,今回用いた衛星の空間分解能が120mであるのに対して,セスナで用いた機器の空間分解能は数mであるためです.また,衛星の観測では海の温度が高くなっています.これは,水域は陸域に比べて熱慣性が大きく,夜間に水域の温度が下がりにくいためです.衛星の観測では見られない高温部がセスナの観測で見られますが,空間分解能の違いと太陽照射の影響と考えられます.

硫黄島地形図
地表温度のプロファイル

右図(地表温度のプロファイル) は,硫黄島地形図のA-A'線上における表面温度のプロファイルです.多くの観測で10℃以上に及ぶ温度異常が山頂火口に見られます.温度異常の範囲は700mに及びますが,これは山頂火口の直径(約450m)より広いです.また,山腹の噴気に対応すると思われる温度異常が距離1.5kmの地点にあります.火山活動のない地域の温度変化は少なく,その大きさは±3℃以下です.

衛星による地表温度分布(1989-1998年)

硫黄島地形図の稲村岳に近い四角形の部分を火山活動による温度異常の無い地域として,この範囲の平均地表温度を観測された温度分布から差し引いた温度分布を図(衛星による地表温度分布(1989-1998年))に示します.硫黄島地形図の四角形の部分の平均と標準偏差をTable 3に示します.Table 3の標準偏差が小さいことは雲などの気象条件による温度変化が小さく,良好なデータであることを示します.

Table 3 非地熱地域における平均表面温度と標準偏差
日付平均表面温度(℃)標準偏差(℃)
17 NOV 198917.60.52
10 JAN 199210.40.92
02 JUN 199220.60.47
24 AUG 199321.51.04
14 DEC 199314.00.60
04 MAR 19948.61.72
07 MAR 199512.60.56
06 FEB 19964.13.17
26 APR 199617.90.87
09 OCT 199813.21.03

Table 3の標準偏差が1.0℃より小さい6回の観測データを良好なデータとみなし,式(4)を適用して放熱量を求めています.この時,気象条件によって決まる定数Kを,関岡ほか(1978)が求めた平均的な値の34としています.また,温度の閾値は,温度異常の無い地域の標準偏差の3倍である,3℃としています. このようにして求められた放熱量をTable 4に示します(Urai, 2002).放熱量は,1989年から1993年には40-80MWでしたが,1995年から増加していることがわかります.

Table 4 Landsat TMバンド6から得られた表面温度に基づいて計算した放熱量
日付放熱量 [106W]
17 NOV 198949
10 JAN 199277
02 JUN 199238
14 DEC 199342
07 MAR 199594
26 APR 1996230

まとめ

Urai (2002)によれば,Landsat TMの夜間観測データを用いて硫黄岳の放熱量を時系列解析した結果,1989年から1993年の硫黄岳の放熱量は40-80MWであることがわかりました.1995年以降,硫黄岳の放熱量は増加したと考えられますが,観測データ数が少なく断定することはできません.今後も衛星を用いた観測を継続し,放熱量の推移を監視する必要があります.

引用文献

Berk, A., Bernstein, L. S. and Robertson, D. C. (1989) MODTRAN: A moderate resolution model for LOWTRAN 7. Geophysics Laboratory, GL-TR-89-0122, Hanscom, 38p.

気象庁 (1996a) 高層気象観測年報1988-1990年CD-ROM版. 東京, 気象庁.

気象庁 (1996b) 高層気象観測年報1991-1994年CD-ROM版. 東京, 気象庁.

気象庁 (1996c) 高層気象観測年報1995年CD-ROM版. 東京, 気象業務支援センター.

気象庁 (1996d) 高層気象観測年報1996年CD-ROM版. 東京, 気象庁.

気象庁 (1999) 高層気象観測年報1998年CD-ROM版. 東京, 気象業務支援センター.

国土地理院 (1997). 数値地図50mメッシュ(標高)日本-III. 東京, 日本地図センター.

Markham, B. and Barker, J. L. (1985) Spectral characterization of the LANDSAT thematic mapper sensors. International Jour. Remote Sensing, vol.6, p.697-716.

Sekioka, M. and Yuhara, K. (1974) Heat flux estimation in geothermal areas based on the heat balance of the ground surface. J. Geophys. Res., vol.79, p.2053-2058.

関岡 満・伊藤芳郎・斎藤輝夫・大庭 基・高橋憲一 (1978) 箱根大涌谷における放射熱量測定. 地熱,vol.15, p.11-18.

Urai, M. (2002) Heat discharge estimation using satellite remote sensing data on the Iwodake volcano in Satsuma-Iwojima, Japan. Earth Planets and Space, vol.54, p.211-216.

Vincent, R. K., Rowan, L. C., Gillespie, R. E. and Knapp, C. (1975) Thermal-infrared spectra and chemical analyses of twenty-six igneous rock samples, Rem. Sens. Envi., vol.4, p.199-209.

(浦井 稔)