温泉・地下水
火山研究解説集:薩摩硫黄島 (産総研・地質調査総合センター作成)
- 温泉による海水の変色.左:赤湯,中央:東温泉
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はじめに
硫黄島は鬼界カルデラの北西縁にあり,島の西部および北部はカルデラの外輪山で,主に溶岩から成り立っています(薩摩硫黄島地質図).島の南部〜東部では,カルデラ噴火後に誕生した硫黄岳および稲村岳があり,その噴出物やそれらの二次堆積物により成り立っています.外輪山は溶岩であるため,亀裂系の地下水が存在していると考えられます.透水性はいいですが,賦存量は少ないと考えられます.
硫黄島の水源は地下水です.この地下水は,長浜〜稲村岳周辺において,ほぼ海水準まで掘削することにより得られています.この場所は,火山噴出物の二次堆積物であり,良好な帯水層が形成されていると考えられます.硫黄岳の近くにおいても帯水層は存在していますが,火山の熱やガスなどの影響を受けており(→その他の観測(坑井,電気,磁気,重力,自然電位)),飲用には適しませんが,温泉として利用されています.
温泉・地下水の分布と水質
地下水,温泉水の採取場所を水系図に示します.参考までに,火山ガス噴気孔の位置も示してあります.
地下水はすべて掘削井で,現在利用されているのは,長浜の集落内だけです.これらの水源井は,ガイベン・ヘルツベルグのレンズ(島の地下で海水の上にレンズ状に浮いている淡水層)を形成している地下水を揚水するため,海水準付近に達し地下水が出てきたところで掘り止めています.従って,これらの井戸水はすべて,この島の浅層地下水を採水していると考えられます.硫黄岳を取り囲むように存在する井戸は1975-1977年の地熱調査ボーリングによるもので,現在は存在していません.
硫黄島の温泉は,硫黄岳周辺,稲村岳周辺の海岸,カルデラ縁の外側に分布しています.また,昭和硫黄島上においても高温の温泉が湧出しています.これらの温泉は,すべて自然湧出です.以下に,各温泉について概説します.
硫黄岳周辺の温泉
東温泉は,硫黄岳南麓の海岸に湧出する強酸性泉(pH<2)です(位置は図:火山ガス・温泉・土壌ガス分布を参照).泉温は50〜60℃で,季節変化はあるものの,1935年(昭和硫黄島噴火時期)の測定(57℃;鎌田ほか,1974)から2001年まで(2001年11月測定時は54.0℃)変化は見られません.
平家城(へいけのじょう)温泉は,平家城の南,穴(けつ)の浜北端の海岸,汀辺の砂の中から湧出しています.干潮時に,砂浜を掘ると温泉が湧出してきます.泉温・pHは海水との混合率にもよると思われますが,鎌田(1972)では70℃前後,pH1〜2と報告されています.また,穴の浜のより南側でも同様に砂の中から湧出している温泉が確認されています(2003年3月測定時は泉温50℃).
この温泉が海水と混合することにより,溶存していたアルミニウムやシリカによる白色の沈殿による変色海域を生じています(写真).
稲村岳周辺:赤湯・長浜温泉
赤湯は,稲村岳南麓の海岸の溶岩流の割れ目から干潮時に温泉ガスを付随して湧出しています(図:火山ガス・温泉・土壌ガス分布).
長浜温泉は,1980年頃までは硫黄島港内の砂浜で湧出していましたが,約20年前の港湾の桟橋等の建造により湧出口が見えなくなっています(右写真).泉温は,2001年11月測定時は最大で60℃でした.
これらの温泉が海水と混合し,鉄水酸化物の赤褐色沈殿による変色海域が生じています.
カルデラ縁の外側:坂本温泉,ウタン浜温泉
坂本温泉は,硫黄島の北岸の海岸縁(海面下)から湧出しています(図:火山ガス・温泉・土壌ガス分布).泉温は2002年11月調査時で55.0℃であり,ほぼ中性(pH6〜7)です.
ウタン浜温泉は,坂本温泉と平家城の間の砂浜部にあります.平家城温泉と同様に,干潮時に砂浜を掘ると強酸性温泉が湧出してきます.
昭和硫黄島の温泉
昭和硫黄島中央部南岸に湧出しています.沿岸数mの位置には海底遊離ガスを伴った温泉が湧出しています.
その他,坂本温泉,東温泉,湯の滝沿岸部においても海底より温泉が湧出しています.東温泉沿岸部では,海底遊離ガスを伴っています.
地下水,温泉水の水質
これらの地下水,温泉水の水質をヘキサダイヤグラムにして水質図に示します.溶存成分濃度が極端に異なるので,ヘキサダイヤグラムのスケール表示を3種類にして色分けしてあります.オレンジ色のハッチで示した長浜の井戸の地下水だけが溶存成分が少なく,pHも6〜7であり,飲用に適した水質です.なお,1975〜1977年の地熱調査ボーリング孔の地下水データは完全ではないので,ここでは示してありません.
一方,海岸付近で湧出している温泉のほとんどが海水の影響を受けています.これらは満潮時は湧出口がわからなくなります.例外は.硫黄岳南西に位置し,海水準よりも少し高い位置に湧出口がある東温泉です.海水がほとんど混入していないと考えられるため,SO4濃度が高く,Cl濃度が低い,SO4-Cl型の強酸性(pH 2前後)の水質となっています.
温泉・地下水の起源
火山ガスの項でも述べたように,温泉・地下水の起源は,水の水素・酸素同位体比(D/H,18O/16O)を用いて推定することができます.
温泉水,地下水および火山ガスの水素・酸素同位体比と,温泉水,地下水および火山ガスのCl濃度と水の酸素同位体比を図に示します.火口内で採取された火山ガスの多くは高い酸素同位体比を持ち,マグマ起源であることが示唆されます.硫黄岳の斜面にある噴気孔から放出されている火山ガスは,天水とマグマ水の混合線上にプロットされており,マグマ起源のガスに天水が加わって形成されたガスであると考えられます.
この項では,硫黄島の各温泉の起源について,主に水の同位体的特徴とCl濃度を元に考察します.
硫黄岳周辺の温泉の起源
温泉水はそれぞれ同位体組成に特徴があります.硫黄岳の北にある平家城温泉は,岸辺で湧出する酸性泉ですが,その同位体比は,水素が-25〜-20‰,酸素が-3〜-2‰です(図:温泉水,地下水および火山ガスの水素・酸素同位体比).この値に着目すべき理由は,硫黄岳南西部にある東温泉の湧出水が平家城温泉と天水の混合線上に分布すること,そして,硫黄岳北東部の海岸に湧出する穴の浜温泉が,平家城温泉と海水の混合線上にプロットされることです.さらに,硫黄岳南側の崖から湧出する湯の滝温泉と北部の北平(きたびら)から湧出する温泉は,平家城温泉とマグマ水が混合したものと考えられます.つまり,同位体的には,硫黄岳の周囲から湧出する温泉水は平家城温泉を端成分としていると考えられます.
この平家城温泉水の同位体的特徴がどのようなメカニズムでできたのかは,解釈が難しいです.同位体組成だけでみると(図:温泉水,地下水および火山ガスの水素・酸素同位体比),海水と天水が1:1で混合した地下水が硫黄岳山体内に存在し,その地下水にマグマ水が混合したというシナリオも成立しそうです.しかし,平家城温泉水のCl濃度からは,海水の混入は20%以下であることがわかっています(図:温泉水,地下水および噴気ガスのCl濃度と酸素同位体比の関係).つまり,平家城温泉の形成を海水,天水およびマグマ水の混合だけで説明することはできません.もうひとつの考え方は,涵養・浸透時の蒸発プロセスによる同位体シフトです.硫黄岳山体内部は非常に高温であり,降水も単純に浸透するだけではなく,蒸発の影響を大きく受けると考えられます.非平衡蒸発プロセスが起きると,温度にかかわらず,水の同位体組成は水素・酸素同位体図上で傾き5の直線上を動くことがわかっています.特徴的な平家城温泉水と地域の天水の関係は,傾きがほぼ5の直線で結ぶことができます.硫黄岳山体内部には,天水起源であるが,蒸発の影響を大きく受けた水が地下水として存在している可能性があります.
カルデラ縁の外側の温泉の起源
次に,外輪山の外側で湧出している坂本温泉とウタン浜温泉について述べます.水の同位体組成およびCl濃度の関係から,両温泉ともに単純な天水と海水の混合系であることがわかります.これは,マグマ性ガスの混入を否定するものではありませんが,その寄与が非常に小さいことを意味しています.ただし,温泉の温度は60℃ほどあることから,火山の影響を受けていることは間違いありません.両温泉に近接するカルデラ壁の内側では,高温の地下水が存在し(図:坑井の水位および孔低温度,詳しくは→その他の観測(坑井,電気,磁気,重力,自然電位)),かつ,高温(〜80℃)の土壌ガス放出があることから(図:土壌ガス経由での火山性CO2放出量の分布,詳しくは→土壌ガス),その熱水システムとの関連が示唆されます.割れ目などを通じて,カルデラ壁を越えて温泉水が流出している可能性があります.
長浜温泉の起源
最後に,長浜の温泉水についてですが,酸素同位体シフトしたものとそうでないものがあります(図:温泉水,地下水および火山ガスの水の水素・酸素同位体比,図:温泉水,地下水および火山ガスのCl濃度と水の酸素同位体比).1990年に採取された試料は,海水と天水の単純な混合で説明可能です.一方,1994年に採取した試料は,砂地で湧出していたものをそのまま採取しました.その試料は,多少海水の混入が見られるものの,酸素同位体比がより高くシフトしているのは明らかであり,マグマ水の混入があることを示しています.現在は,港の改修工事が行われたため,当時と同じ試料をとることは不可能です.
温泉水・地下水の流動と平均滞留時間
地下水,温泉水系の実態を明らかにするには,流動系の把握とその時定数の決定が重要です.滞留時間が比較的短い場合はトリチウム(質量数3の水素)濃度の解析に基づく滞留時間推定手法が最適です.トリチウムは半減期12.5年の放射性核種で,宇宙線による核反応などで大気上層で作られます.トリチウム濃度は,T/Hで表わされ,10-18を1トリチウム単位(TU)としています.
先に示した,地下水,温泉水の起源の結果から,これらの水は天水,海水およびマグマ水の混合であることがわかっています.それぞれの端成分のトリチウム濃度がわかれば,平均滞留時間の最適解を解析することが可能です.
まず,左図(降水中のトリチウム濃度の経時変化)に降水のトリチウム濃度を示します.日本での降水トリチウム濃度の長期的な変化は,東京における観測データのみが存在します.図からわかるように,降水のトリチウム濃度は原爆・水爆実験が始まってから桁違いに濃度が高くなっています.このスパイクの痕跡を利用して地下水の平均滞留時間に関する情報を得ることができます.
ところで,降水のトリチウム濃度は,緯度の違いにより異なることがわかっています.東京における降水のトリチウム濃度をそのまま硫黄島での解析に用いることはできません.そこで,1995―1996年にかけて観測した硫黄島における降水のトリチウム濃度と東京での値を比較したところ,硫黄島での降水は東京のそれよりも20-30%低い値であることがわかりました.ここでは,硫黄島における降水のトリチウム濃度は東京での観測値の75%に相当すると仮定し議論を進めます.
地下水系の平均滞留時間を推定するためには,地下水流動モデルを設定する必要があります.「完全混合モデル」は,降水が涵養した後,地下水系内にて完全に混合し,その混合した地下水が流出するというモデルです.「ピストン流モデル」は文字通り降水が涵養し地下水系に移行してから,そのまま混合しないで流動し流出するモデルです.ここではより実際に近いと考えられる完全混合モデルを用います.いずれも,地下水系の容積を流出量で割った値が平均滞留時間になります.使用可能な温泉水・地下水のトリチウム濃度は1974年(松葉谷ほか,1975)および1993年のデータです.それぞれについて計算結果を図(トリチウムを用いた地下水平均滞留時間モデル)に示します.横軸が平均滞留時間で縦軸がそのときのトリチウム濃度です.
完全混合モデルでは,表(各地下水系の平均滞留時間及び,マグマ起源成分量)のように,それぞれ平均滞留時間を求めることができます.1974年および1993年のデータで平均滞留時間が異なっていますが,単純なモデルを計算に用いていることを考慮すると,よく一致していると言えます.すなわち,硫黄島の主地下水流動系であるS1(図:地下水の採取場所及び,水系区分)では,平均滞留時間が約10年であり,硫黄岳周辺山麓のS2~S4では20年程度,そしてカルデラ外へ抜ける坂本温泉系のS5では約30年の平均滞留時間を持つことがわかります.この滞留時間および降水量などから,蒸発散率を45%と仮定した場合に算出された硫黄島地下水系の賦存量および帯水層厚を表に記載しました.これらの地下水系パラメータから,左図のような地下水流動系の概念モデルが考えられます.
温泉・地下水に含まれるマグマ発散物
地下水の流量などと化学組成,同位体組成(海水・天水・マグマ水の混合比を算出)などからマグマ発散物の地下水(温泉含む)系からの放出量が求められます(表:各地下水系の平均滞留時間及び,マグマ起源成分量表).これを山頂の火山ガスからの放出量とともに図(マグマ発散物の地下水(含む温泉)系からの放出量)に示します.周辺の温泉・地下水系からのマグマ起源ガス種の流出量は,すべてを把握しているわけではないが,山頂からの放出量に比べて規模はかなり小さいと予想されます.
引用文献
鎌田政明(1972) さつま硫黄島の温泉-火山と温泉-.温泉科学,第23巻,第2号,49-53.
鎌田政明・坂元隼雄・大西富雄(1974) 硫黄島火山(鹿児島県)の地球化学的研究.温泉工学会誌, 9, 117-124.
松葉谷治・上田晃・日下部実・松久幸敬・酒井均・佐々木昭(1975)薩摩硫黄島および九州のニ,三の地域の火山ならびに温泉についての同位体化学的調査報告. 地質調査所月報, 26, 375-392.
参考文献
榧根 勇(1992)地下水の世界.日本放送出版協会,221p.
酒井 均・松久幸敬(1996)安定同位体地球化学.東京大学出版会,403p.
山本荘毅編(1968)地球科学講座第9巻 陸水.共立出版株式会社,338p.
(風早康平・森川徳敏・安原正也)