火山ガス分別過程
火山研究解説集:薩摩硫黄島 (産総研・地質調査総合センター作成)
- 火山ガス・温泉の分別過程
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はじめに
薩摩硫黄島火山で観察される,高温火山ガス,低温火山ガス,土壌ガス,海底遊離ガス,様々な温泉や珪石などの酸性変質岩など(図:火山ガス・温泉の分布図)は,地下のマグマから放出された高温のマグマ性ガスが地表に到達する過程で,様々な程度の反応・冷却などを受けて生じたものです.これらの成因を調べる事により,地下からのマグマ性ガスの供給過程や,山体内の構造や流体の移動過程を理解することができます(図:火山ガス・温泉の分別過程断面図,図:火山ガス・温泉の分別過程).
火山ガス
高温の火山ガスの主成分組成は,メルト包有物から推定されるマグマ中の揮発成分組成と一致するため,高温火山ガスはマグマから低圧下(<20気圧)で放出されたマグマ性ガスそのものであると考えられています(→脱ガス過程).
山頂には100〜900℃の様々な温度の噴気孔が分布しています.しかし,火山ガスの水の水素・酸素同位体組成は100℃前後の低温火山ガスを含めて全て,高温火山ガスと同様の組成を持っており,天水の顕著な寄与が認められず,ほとんど全ての水がマグマに由来していると考えられています.化学組成も酸性成分に富んだ組成であり,山頂の低温火山ガスは高温火山ガスが山体内上昇過程で冷却した物と考えられています.
山麓に分布する100℃前後の低温火山ガスの水の水素・酸素同位体組成は,天水と高温火山ガスの中間的な組成であり,火山ガスと天水の混合を示しています.山麓低温火山ガスは,酸性成分に乏しく,温度が沸点付近に限定されているため,火山ガスと天水の混合により生じた酸性凝縮水の沸騰により生じていると推定されています.
(詳しくは→火山ガスへ)
温泉
硫黄岳周囲に分布する硫酸酸性温泉は,その水の水素・酸素同位体から,高温の火山ガスと天水の混合により生じた酸性凝縮水が起源であると考えられています(→温泉・地下水).硫酸酸性温泉の陽イオン組成比が硫黄岳の新鮮な流紋岩の組成と類似していることから,酸性凝縮水が山体内の流紋岩を溶脱しながら流れ下り,酸性温泉として山麓で湧出していると推定されています(→熱水変質).海に流入した硫酸酸性温泉は,海水と混合しpHが上昇することにより,鉄,アルミニウム,シリカを主成分とする沈殿を生じ変色海水を形成しています(Nogami et al., 1993).
稲村岳周囲に分布する温泉は鎌田(1964)により含鉄炭酸食塩泉と記載されていますが,海水準以下からの流出がほとんどのため,海水の混合していない試料の採取が行われておらず,その同位体組成,化学組成の詳細が明らかではありません.分布が稲村岳周囲に限られるため,硫黄岳に供給されている火山ガスとは異なる経路の熱水・深部からの火山ガス供給が起源とも考えられています.海水と混合することにより鉄を主成分とする沈殿を生じ,赤褐色の変色海水となっています.
坂本温泉は海水が天水により希釈されたと考えられる組成を持つ食塩泉です.
土壌ガス・海底遊離ガス
マグマから放出される高温火山ガスは,CO2の他は水や酸性ガスが主成分です(→火山ガス).そのため,地下での冷却や地下水との反応により,水や酸性成分は凝縮して除かれ,反応性に乏しいCO2のみが地表まで達して土壌ガスとして放出されます(図:火山ガス・温泉の分別過程). 土壌ガス放出量の高いカルデラ壁沿いの地域は,坑井の坑底温度も高いため,地下から高温の流体(火山ガス)が上昇していることが推定されています(→土壌ガス).
しかし,この高温の流体が山頂で放出されている高温火山ガスと全く同じ起源を持つかどうかは定かではありません.土壌ガス経由の火山性CO2の放出は,硫黄岳周辺の他,カルデラ壁近傍や稲村岳周辺に分布しているため(図:火山ガス・温泉の分布図) ,カルデラ壁沿いおよび稲村岳においても硫黄岳とは別の地下の流体の上昇経路を考え得られます.同様に,昭和硫黄島における海底遊離ガスの放出も,硫黄岳とは別の上昇経路である可能性が考えられます.
引用文献
鎌田政明(1964)鹿児島県硫黄島の火山と地熱.地熱, vol.3, p.1-23.
Nogami, K., Yoshida, M. and Ossaka, J. (1993) Chemical composition of discolored seawater around Satsuma-Iwojima, Kagoshima, Japan. Bull. Volcanol. Soc. Japn, vol.38, p.71-77.
(篠原宏志)