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火山研究解説集:薩摩硫黄島 (産総研・地質調査総合センター作成)
このページは火山研究解説集:薩摩硫黄島に用いられた画像および解説文の一覧です.文字列を検索する際などに,ご利用ください.
硫黄岳・昭和硫黄島
セスナ機からの航空写真
中央の硫黄岳山頂は大量の火山ガスのためにかすんで見えます.山頂のやや右側に位置する山頂火口近傍では高温の噴気ガスが放出されています.写真では見えませんが,灰色の斜面の谷筋には低温噴気も分布しています.
山麓の海岸線からは酸性温泉の放出により生じた,緑白色〜茶色の変色海水が分布しています.色は酸性温泉と海水の混合により生じた沈殿物の組成により変化しています.
右上の小さな島が1934-35年の噴火により生じた昭和硫黄島です.
2003年3月22日に篠原宏志が撮影.
- 中〜遠望写真集:
周期的に発生する空気振動を伴った微動
2001年11月19日~21日に,産総研と京大防災研の共同で,観測点F2に近い火口縁に低周波マイクと1Hz速度計を設置し,火口近傍における空振観測を実施した結果を示します.
左:観測点ID560近傍の火口縁に設置した1Hz速度計による2001年11月20日12:00 ~ 11月21日24:00 の連続記録.周期的に発生する空気振動を伴った微動.数分~10分程度の継続時間の微動が少しずつ周期を変えながら数十分間隔で周期的に発生しています.
右:周期的に発生している微動の波形及び周波数スペクトル:観測点ID560の広帯域地震計,火口縁(観測点F2)に設置した1Hz速度計と空振計のデータを示します.微動直前に地震計が記録しているパルスは,定常的に発生している高周波の極微小地震です.
Ohminato and Ereditato(1997)が観測した微動震幅の変化を伴う超長周期(VLP)パルスと比較すると,微動の包絡線波形が異なり超低周波パルスが発生しないこと,観測期間中に時間間隔が変化していること等の差異はありますが,同じ時間オーダーの現象であり,類似のメカニズムを持つ可能性があります.
各観測点に位置については→こちら.
空振を伴う地震
左図:2001 年8 月13 日7:41 に発生した噴火地震:(上)観測点 IWOの京大防災研(SVO)速度計,(中)観測点ID560の産総研(GSJ)広帯域地震計,(下)観測点IWOGの京大防災研(SVO)空振計 .
右図:硫黄岳山頂火口縁と観測点ID560で観測した空気振動を伴った地震動:(上)産総研(GSJ)広帯域地震計(観測点ID560),(中)産総研(GSJ)1Hz地震計(火口縁),(下)京大防災研(SVO)空振計(火口縁) .
各観測点に位置については→こちら.
2001年7月の観測から,硫黄岳山頂火口縁において,それまでの調査では確認されたことがない小さな爆発音が10~30分間に1回程度の頻度で聞こえるようになりました.左図は,2001年8月13日に噴火地震と同時に発生した空振の観測例です.空振は京大防災研(SVO)のGPS観測施設(観測点IWOG)に設置した低周波マイクロフォンで観測しています.地震動と空振の到達時間に大きな差があるのは,火口から観測点IWOGまで距離があり,空気中の音波速度は地中を伝播する地震波の速度より遅いために空振の方が遅れて到達するためです.
2001年11月19日~21日に,産総研と京大防災研の共同で,観測点F2に近い山頂火口縁に低周波マイクと1Hz速度計を設置し,火口近傍における空振観測を実施しました.右図はこの観測で記録された空振を伴う地震動の例です.観測の結果,この図のように地震動を伴う空振以外に,地震動を記録していない空振も多いことがわかりました.このことから,爆発音源は比較的地表近くにあり,主に気体膨張による現象と推察されます.また,以前から記録されてきた高周波の極微小地震は空振を伴わないことも確認できました.
1996年6月8日の M2.9 有感地震の割れ目の形成モデル
1996年6月8日 21:06 に発生した M2.9 の有感地震の割れ目の形成モデル(左)及び発震機構(右下).
火山ガスの放出(Gas emission)に伴う山頂火口(Summit crater)直下の圧力減少(Pressure decrease)によって,火口内の地盤が沈降して正断層(Normal fault)型の地震が発生したと考えられています(Earthquake June 8, 1996).断層は地表まで達し,火口の南東に割れ目を形成し(Formation of crack),火山ガスはこの断層と割れ目を通って放出されました(New gas emission).
地震発生後の1996年10月の調査において,山頂火口外側の道路上に北東-南西方向の開口性割れ目が確認されています(→最近の火山活動の推移).
Iguchi et al. (2002)のFig.7(p192)とFig.9(p194)を引用.
昭和硫黄島噴火開始前後の地震回数の変化
田中館(1935a)を引用.
1990-2006年活動変化のまとめ
硫黄岳山頂火口における1990年から2006年に観察された変化の模式図.
SO2放出量,噴気温度は1994年頃をピークとするわずかな変化が生じているが,火山ガス組成には変化は認められません.
1997年から2003年の竪穴状火孔形成・拡大の活発な時期には,火山灰の放出や地震活動も活発でした.
1994年火口底
火口東縁から撮影(1994年10月,撮影,篠原宏志).
火口底中央部に生じた擂り鉢状の火孔の底部から火山ガスが放出されています.火孔内は高温変質により砂状となり,火山ガスの放出で噴砂現象が生じています.
山頂南東部割れ目
左側が火口になる.割れ目の場所は高温噴気分布図を参照.
左:1996年10月17日
中:1997年1月6日
右:1997年2月26日
撮影は篠原宏志.
1996年山頂火口底全景
火口底の広い範囲が高温変質により灰色の砂状〜灰状に変化しています.灰色に見える範囲では地中温度は500℃を超えています.中央部に擂り鉢状の火孔が存在し,その左側には3個の直径1m程度の白い岩塊が見えます.火山ガスは火口底の広い範囲から放出されています.
撮影は篠原宏志,1996年10月.
1997年山頂火口全景
硫黄岳山頂(火口の西縁)から撮影した火口全景.竪穴状火孔が拡大しているのがわかります.1996年に高温の灰色の砂状であった火口底は,1997年には固い火山灰堆積物で覆われ表面温度は常温に低下していました.火山ガスは従来の高温噴気地帯及び中央の竪穴状火孔から放出し,火口底全体からの放出は観察されませんでした.
撮影は,1997年4月,篠原宏志.
1997年竪穴状火孔
1997年2月に発見された竪穴状火孔.深部に赤熱部が観察できます.ジェット音のような轟音を発し火山ガスが放出されていました.
撮影は,1997年2月,篠原宏志.
1998年竪穴状火孔壁面
1998年には竪穴状火孔は火山灰放出を繰り返し拡大していました.中央上部に人物が見えます.火孔の断面の最上部は火孔形成に伴う火山灰堆積物と考えられます.人物との比較から厚さは1-2m程度と推察されています.
撮影は,1998年11月,篠原宏志.
2000年山頂火口底
写真全体が火口底で,中央の直径約50mの竪穴状火孔から細かな火山灰を含む噴煙が放出されています.火山灰はほとんどが変質をうけた火山砕屑物であり,火口底に堆積している昔の噴出物が放出された物と考えられます.
写真右中央の白い部分は高温噴気孔のある変質地帯であり,噴気採取を行っている人物が変質帯の中央および右側に点在しています.
中央火孔からの火山灰放出は断続的ですが,火山灰の放出開始に伴う爆発音などは噴気地帯にいた人も聞いておらず,特に大きな音もなく噴煙が立ち上っていました.
2000年10月に篠原宏志が撮影.
2001年7月山頂火口
山頂火口縁南側で撮影.
大量の白色火山灰が堆積していました.
2001年7月に松島喜雄が撮影.
山頂火口全景(2001年)
硫黄岳山頂部の火口は,直径400m程度,山頂(標高704m)から火口底までは約140mの深さがあります.写真は,火口全景で,正面のピークが山頂です.
写真の中央やや右に見える大きな孔が,1996年から硫黄岳山頂火口底に形成され始めた竪穴状火孔で,徐々に拡大し,2001年には火口南縁まで達しています.連続的に火山灰を含む噴煙が放出されています.
火口内や火口壁の白色部分は,高温の火山ガスが放出されている噴気地帯で,火山ガスにより地表の岩石が変質したため白色を呈しています.
2001年11月に篠原宏志が撮影.
東温泉
硫酸酸性温泉である東温泉.手前は自然の湧出場所.
人物の右側は温泉を貯めるために作られた湯船.硫黄岳周囲の温泉はほとんどが海水面の高さで流出していますが,東温泉は海水面よりやや高い場所から流出しており,写真にみられるような湯船に貯めることができます.打ち寄せる波飛沫を浴びながら温泉を堪能できる場所でもあります.
1990年にJ.W.Hedenquist氏が撮影.
大鉢奥高温噴気孔
1990年10月大鉢奥噴気帯での火山ガス採取風景.青く見えるのがモリブデンブルーです. 写真中央の噴気孔にチタン製パイプを挿入し高温火山ガスを採取容器に導入し採取しています. 高温かつ有毒の酸性ガスを避けるために,ガスマスク及び耐酸服を着用しています.
撮影は,Jeffrey W. Hedenquist氏.
1990年山頂火口全景
火口の東縁から撮影(1990年10月,篠原宏志撮影).
火口底には噴気は分布していないことが判ります.正面左の硫黄の付着による黄色の噴気地帯の左側に高温の大鉢奥噴気地帯が発見されました.火口壁にみえる灰色のパッチ状の部分は高温噴気変質帯であり,写真正面から右に大壁,黒燃,中の江の噴気帯です(高温噴気分布図参照).
中央奥に,硫黄岳の山頂(三角点標高703.8m)がみえます.
「大鉢奥(おはちおく)」高温噴気変質帯
白く見えるのは火山ガスにより溶脱を受けた高温変質帯であり,砂状〜灰状になっています.
高温噴気孔(温度880℃)のクローズアップ写真は→こちら.
青く見える部分はモリブデンブルーと呼ばれる昇華物で,モリブデン(Mo)の酸化物が水和したものです.火山ガス中に数ppm程度含まれるモリブデンが,噴気孔出口で温度低下・空気との混合による酸素分圧の上昇により,酸化され,水和物として析出したと考えられています(吉田ほか,1972).
手前の人物の前に棒状に見えるのは噴気ガス採取のために噴気孔に挿入された石英ガラス管.手前に所々分布する黄色の筋は硫黄.
1991年11月7日に篠原宏志が撮影.
高温噴気内部赤熱大鉢奥(1991年)
噴気孔内部が赤熱しているのがわかります.熱電対を噴気孔に挿入し温度を測定したところ,約880℃でした.
撮影:篠原宏志,1991年11月7日
低温噴気チムニー
火山ガスが冷却されると硫黄がガスから析出します.低温噴気孔の出口は,この硫黄が付着・蓄積し,煙突状のガスの通路(チムニー)を形成することがあります.
1994年に川辺禎久が撮影.
赤湯-東温泉遠景
左に鉄炭酸泉である赤湯,中央に硫酸酸性泉の東温泉,右側に別の酸性温泉が分布し,それぞれ異なる変色海水を生じています.鉄炭酸泉は海水との混合により主に鉄の水酸化物を析出するため赤茶色の変色海水となり,酸性温泉は珪素やアルミニウムに富む沈殿を析出するため乳白色を帯びた変色海水を形成します(Nogami et al., 1993).東温泉に至る白い筋は舗装道路です.
1996年に川辺禎久が撮影.
岩礁でのGPS測量
硫黄岳南麓海岸から南に約1.7kmの距離にある「浅瀬」岩礁での観測様子です.限られた陸域の中で少しでも鬼界カルデラ中心方向に観測網を広げようと設けた観測点.波浪時はもちろん渡れないが,凪でも濡れた藻が付いた波打ち際はとても滑りやすく,揺れる渡船から機材を背負って飛び移るのは冷や汗ものです.
1999年11月17日斎藤英二撮影.
昭和硫黄島でのGPS測量風景
昭和硫黄島の最高点付近での観測風景です.流紋岩溶岩表面は非常にごつごつしており,噴出時の流動により生成された無数の亀裂の縁辺はどこも鋭い.背後は薩摩硫黄島硫黄岳東斜面で,対岸まで約2kmあります.
1999年11月17日斎藤英二撮影
噴気最高温度・見かけの平衡温度変化
実測した噴気最高温度は840-900℃で1990-2005年の間ほぼ一定です.化学反応(1)に対して求められる見かけの平衡温度AETSは全期間を通じ,実測した噴気温度と同様の変動をしています.化学反応(2)から求められる見かけの平衡温度AETCは,AETSと比較してバラツキおよび変動が大きいですが,大局的には噴気温度と一致しています.
竪穴状火孔の変遷と火口の空撮写真
左はGISで作成した陰影カラー地形図と火孔の拡大の変遷(斎藤英二),右は2006年10月7日に撮影された山頂火口の様子(写真撮影・提供は海上保安庁).画面右方向がおおよそ北.火孔底は崖錐堆積物で埋まっています.
山頂火口周辺の変質帯分布
Qtz=石英,Trd=トリディマイト,Crb=クリストバライト, Crack=割れ目,Fault=1996〜1997年に形成された割れ目,Crater remnant=現存する火口地形,Mo blue=モリブデンブルー.括弧は存在量が少ないことを示す.
山頂火口内にある酸性熱水による溶脱珪化岩は主に低温型トリディマイト>低温型クリストバライト+硫黄から構成されていますが,モリブデンブルー (Mo5+とMo6+の混合水和物) を産する高温噴気孔付近(写真:火口内の高温噴気孔付近のモリブデンブルー)では二次性の石英も形成されています.
山頂火口の外側では,珪化岩は低温型クリストバライト>低温型トリディマイトと量比が逆転し硫黄を伴いますが,石英はほとんど産しません.また,火口内地表にはほとんど見られない明礬石が,地表下10数m〜50mの外崖堆積物の基質を埋めて産します.NE-SW系に卓越する岩石中の割れ目が非晶質シリカに脈状に充填されていることも多いです.
山腹での変質鉱物は低温型クリストバライトを主とし非晶質シリカ・明礬石を伴います.キンツバ火口付近では金原ほか(1977)によりカオリナイトも報告されています.
Hamasaki (2002)のFig.2, 3を改変.
An-T-PH2Oダイヤグラム
マグマから晶出する斜長石の化学組成(An#)は,マグマの温度,圧力(含水量)によって変化します.この関係を示した図をAn-T-PH2Oダイヤグラムと呼びます.
実験岩石学研究で得られている水に飽和している玄武岩〜安山岩マグマの温度,圧力,斜長石の化学組成(An#)の関係(Housh and Luhr, 1991;Rutherford et al., 1985)を図に示します.1kb, 2kb, 4kbを記した実線が,100MPa, 200MPa, 400MPaの各圧力でのマグマの温度と斜長石のAn#の関係です.
薩摩硫黄島火山岩の分析から,稲村岳マグマの温度は1125±27°C, 斜長石のAn#は85±5と見積もられています(図の青色の部分).残念ながら,この温度での実測値がありませんが,1kbの関係を示す線の延長上に稲村岳マグマが位置しているようにみえます.これは,メルト包有物分析で得られているマグマのガス飽和圧力70-130MPa(=0.7-1.3kb)と調和的です.
流紋岩マグマのAn-T-PH2Oダイヤグラム
この図は,有珠火山の流紋岩マグマの実験岩石学研究で得られているAn-T-PH2Oダイヤグラムです(東宮,1997).
これに約7300年前の竹島火砕流噴火マグマの温度(960±21°C),斜長石のAn#58±4をプロットすると100MPa(=1kb)の等圧線の延長上に位置します(Caldera-formingと記した紫色の範囲).また,昭和硫黄島マグマの温度(967±29°C),斜長石のコアAn#54±3,リム49±4をプロットすると,カルデラ噴火マグマより低圧側の50-100MPa(=0.5-1 kb)近くにプロットされます(橙色の範囲).
メルト包有物分析から得られている竹島火砕流噴火マグマのガス飽和圧力は80-180MPa(=0.8-1.8kb)であり,An-T-PH2Oダイヤグラムでマグマの温度と斜長石のAnから見積もられる圧力100MPa(1kb)と同様です. 一方,メルト包有物分析から得られている昭和硫黄島マグマのガス飽和圧力は20-50MPa(=0.2-0.5kb)で,An-T-PH2Oダイヤグラムで見積もられる圧力より低くなっています.
MELTSプログラムと同様に,An-T-PH2Oダイヤグラムとメルト包有物分析結果を厳密に比較するには,実際のカルデラ噴火や昭和硫黄島噴火の火山岩で相平衡実験を行う必要が有り,今後の課題です.
地表面温度異常(面積)
赤外カメラによって得られた地表面温度分布図をもとに,地表面温度を示す領域の面積を,温度階ごとに示しました.横軸が地表面温度で,縦軸はその温度に対応した面積を示しています. 1996年は高温領域が多いものの,1997年以降は高温領域が減少し,かつ,温度異常を示す領域の総面積も減少していることがわかります.
Matsushima et al.(2003)のFig.7を改変.
地表面温度観測から得られた硫黄岳の噴気地からの放熱量
硫黄岳の噴気地からの放熱量を,セスナ機に搭載した赤外熱映像装置によって得られた地表面温度分布図から地表面温度に対する面積に,Sekioka and Yuhara (1974)の方法を適用することにより求めました.
2004年における放熱量として,山頂火口内から46MW,山腹からは83MW,全体としては129MWでした.
1998年6月30日火山灰写真
左:緑色の矢印は水和した硫黄岳流紋岩ガラス,その他は流紋岩の石基・結晶片など.
右:中央は発泡したガラス片(組成は硫黄岳火山岩の流紋岩ガラス)
Shinohara et al. (2002)のFig.4を改変.
1998年火山灰XRDチャート
X線回折分析(XRD)とは,物質の原子配置にある程度の規則性があった場合,それにX線を照射すると回折する現象を利用した分析方法です. X線の回折が起こる角度や回折X線の強度は結晶構造と結晶の濃度に依存するため,通常は粉末試料中の結晶の構造,種類や濃度の分析に用いられています.
図は1998年7月に採取した火山灰のXRDチャート(X線回折図形)です.横軸はX線の回折角,縦軸はその強度で,どの回折角にピークがあるかを読みとれば結晶の種類を知ることができます.この図から,火山灰構成物の主成分が石英,クリストバライト,トリディマイトであることが判ります.
Shinohara et al. (2002)のFig.5を改変.
噴気組成CO2-S-Cl図
火山ガスのCO2,SおよびClのモル比をプロットした図です.菱形は他の島弧の高温火山ガス組成の例(ブルカノ火山(イタリア),ホワイト島火山(ニュージーランド)および有珠山I火口(いずれもGiggenbach and Matsuo, 1991))です.
600℃以上の高温火山ガスの組成は非常に狭い範囲に分布し,1990年以降時間変動も観察されていません.低温火山ガスは高温火山ガスの周囲に分布し,高温火山ガスを起源として分別されて生成したと推定されています.
低温の山頂火山ガスが高温の火山ガスと比較してSt(総硫黄濃度)のコーナー近傍に偏っているのは,すでに火山ガスから析出して地下にあった自然硫黄が,火山ガスに付加したためと推定されています.
薩摩硫黄島火山の火山ガスは他の島弧の高温火山ガスと比較すると,St/HCl比は同様の値を持ちますが,CO2に乏しいことがわかります.
鬼界カルデラ南側海域の音波探査記録解釈図
J-I,K-L,N-MおよびR-S各測線は鬼界カルデラ東側カルデラ縁を横断し,2-3段の西向きの崖が認められます.東側の崖が古期カルデラ縁,西側のものが新期カルデラ縁と考えられています.また,K-L,N-M,R-S測線には伏在断層が認められます.古期カルデラ縁と伏在断層の間を埋める堆積物はほぼ水平に堆積しているのに比べ,伏在断層から西側では褶曲などの変形構造が認められます.この変形構造は新期カルデラ形成時の変位と考えられています.
小野ほか(1982)の第54図の一部を改変.
島内の連続GPS観測結果
硫黄島内の微小な変形の経時変化を調べる目的で,島南部の東温泉付近(HGSO点)と北東部の平家城付近(HEIK点)にそれぞれ2001年2月と2002年11月に現地収録型1周波GPSセンサーを設置しました.これらは島西部の電子基準点「鹿児島三島:960723」(ここではGSI点と呼ぶ)を基準にして相対変位を調べています.
鬼界カルデラ内の唯一の連続GPS観測点であるHGSO点は.非常に緩やかで微小ながら東西伸張傾向が認められましたが,2006年ころから反転したようにも見えます(左下).
右下のグラフは,各観測点の相対変位の上下成分に屋久島測候所の気象観測値(Web)を元に気象補正(斎藤・井口,2006)した結果です.緩やかな沈降が2006年夏以降に隆起に転じたようにも見えます.
電子基準点と島内GPS観測点の相対変位の比較
上:電子基準点「枕崎」に対する「鹿児島三島」の相対水平変位,下:「鹿児島三島」(GSI)に対する東温泉(HGSO)の相対水平変位,N-Sは南北成分,E-Wは東西成分.
「枕崎」に対する「鹿児島三島(GSI)」は全期間を通して1cmの幅の中に納まっており,顕著な変化はありませんが,変化の仕方はランダムではなく,?マークを付記した時期に傾向が変化しているようにみえます.特に東西成分の揺らぎが顕著である点は注目されます.すなわち,「鹿児島三島」は,「枕崎」に対して2002年から2005年頃にかけて東に1cm弱変位し,2006年夏から2007年初頭にかけて西に数mm変位しました.島内で観測したGSI-HGSO基線(ほぼ東西方向,基線長約2km)の変位を同じ時間軸で対比してみると(下のグラフ),同様の傾向が認められます.このことは,2002年から2005年頃にかけて島全体が東に引き伸ばされるように変形し,2006年夏からはその傾向が反転したことを示唆します.
硫黄島の周辺の電子基準点にはこのような変化が認めれないことと,島を変形させていることから,変形をもたらした原因は,硫黄島付近にある可能性が高いと考えられます.最も単純なアイデアは,島の東側に膨張収縮源を想定し,2002年から2005年頃までは収縮,2006年夏からは膨張に転じた,というものです.
現在のマグマ溜まりのモデル
カルデラ形成後(約7300年前)から1935年までの多量のマグマ(〜50km3)を噴出しています.そのマグマ噴出率(1000年間に7km3程度)は日本の第四紀火山の平均的な値(1000年間に0.1-1km3)より高いです.また,現在の火山ガス放出量から見積もられた,噴出せずに地下で脱ガスしたマグマの総量が80km3以上と推定されていることから,薩摩硫黄島火山下には7300年前のカルデラ噴火の後も定常的に大型のマグマ溜まりが存在していると考えられます.
薩摩硫黄島火山の現在のマグマ溜まりの実態については,火山岩の岩石学的解析,メルト包有物の火山ガス成分分析,火山ガスの地球化学的観測,地球物理学的観測等が行われ,図のようなマグマ溜まり像が明らかになりつつあります.
マグマだまりは,その上面が深さ3km程度にあり,下部に玄武岩マグマ,上部に流紋岩マグマがあり,中間に両者の混合によって生じた安山岩マグマが存在しています.
玄武岩マグマ(1130℃)は流紋岩マグマ(970℃)より熱く,かつ,火山ガス成分に富み,流紋岩マグマに熱とガスを供給しています.
大量の火山ガス放出は,この上部の流紋岩マグマが火道を上昇し,地表近くで脱ガスしているためと考えられています.脱ガスした流紋岩マグマは,火道および流紋岩マグマだまりを沈降し,下部の玄武岩マグマから安山岩マグマを通してガス成分を供給されます.従って,現在地表で放出されている火山ガスのほとんどは,地下深くに潜在している玄武岩マグマを起源としていると考えられています.
Kazahaya et al. (2002)のFig.5 を改変.
温泉水,地下水および火山ガスのCl濃度と水の酸素素同位体比
横軸は,水の酸素同位体比(18O/16O)で,標準平均海水の酸素同位体比に対する千分偏差(‰)で示してあります.縦軸は,Cl濃度で,単位はモル/kg(M)です.
☆は火山ガス,△は硫黄島の温泉,○は海底および昭和硫黄島の温泉,海水および降水,+は掘削井の井戸水を示します.各温泉の位置は,図:火山ガス・温泉・土壌ガス分布を参照下さい.
火口内で採取された火山ガスの多くは高い酸素同位体比(+6〜+10‰)を持ち,マグマ起源であることが示唆されます.
本文で解説しているように,平家城温泉水のCl濃度は,海水と降水が1:1で混合した地下水が硫黄岳山体内に存在し,その地下水にマグマ水が混合するというシナリオでは説明できません.降水の涵養・浸透時の蒸発プロセスによる同位体シフトが硫黄岳山体内で起き,蒸発の影響を大きく受けた地下水が関与している可能性があります.
外輪山の外側で湧出している坂本温泉とウタン浜温泉は,水素・酸素同位体比の関係でも明らかなように,ともに降水と海水の混合線上に分布しているので,単純な降水と海水の混合系であることがわかります.ただし,マグマ性ガスの混入を否定するものではありません.
長浜の温泉水には,酸素同位体シフトしたものとそうでないものがあります.1990年に採取された試料は,海水と降水の単純な混合で説明可能です.1994年に採取した試料は,それよりも高い酸素同位体比を持ち,マグマ水の混入があることを示しています.
後カルデラ期テフラ柱状図
平家城,坂本 後カルデラ期テフラ柱状図
K-Sk-lはK-Sk-l-1とK-Sk-l-2に区分されます.K-Sk-l-1とK-Sk-l-2は,いずれも不明瞭な層理がある礫混じりの灰色粗粒火山灰から構成されています.平家城のK-Sk-l-1最下部には径3cmほどの灰白色軽石をかなり含む厚さ20〜50cmの火山灰層があり,それを最大長径80cm程度の流紋岩岩塊がsag構造を作り変形させています.含まれる礫はいずれも新鮮な流紋岩質岩片で,変質はほとんど認められません.
K-InはK-Sk-lと10〜12cmほどの黒色腐食土壌で区分される玄武岩質スコリアを含む稲村岳起源の降下テフラ群で,明瞭な腐食土壌でさらにK-In-1とK-In-2に区分されます. K-In-1の下部はスコリア層と硬い灰色火山灰層の互層からなり,スコリア層は平家城など多くの場所では2枚,分布主軸に近い矢筈岳西では3枚あります.K-In-2はK-In-1と厚さ15cmほどの黒色腐食土壌で区分されます.K-In-2は2枚の降下スコリア層を含み,矢筈岳西では下位のスコリア層が厚さ150cm,上位スコリア層が60cmと非常に厚いです.おそらく稲村岳山体をつくった時の降下スコリア層と考えられます.矢筈岳西から永良部崎にかけての長浜溶岩上に分布するK-In-2のスコリア層にはさまれた層準にはbomb sagを伴う発泡の悪いスコリアを含むサージ堆積物が分布し,稲村岳西方,現在の硫黄島集落付近で起きたマグマ水蒸気爆発による堆積物と考えられます.K-In-1直下の腐食土壌から炭素同位体年代法(14C)により3890±40年前の年代値が得られています.
K-Sk-uはK-Inと30cmほどの腐食土壌で境される,灰色火山灰を主体とする降下テフラ群で,さらに腐食土壌でK-Sk-u-1からK-Sk-u-4の4つに区分されます. K-Sk-u-1は明灰色無層理の粗粒火山灰層で,最下部にbomb sag を伴います.bomb sagは坂本から平家城にかけて分布し,礫は最大径約1mに達します.bomb sagの分布,飛来方向から現在の硫黄岳付近で爆発的な噴火が発生したものと考えられます.K-Sk-u-2も粗粒火山灰を主体としますが,平家城など硫黄岳に近い露頭ではより粗い岩片を多く含む層や火山豆石を含む薄赤色火山灰層,径2cmほどの軽石薄層を間にはさみます.K-Sk-u-3も同様に粗粒火山灰層中に火山豆石を含み細かい層理がある硬い火山灰層,薄赤色火山灰層などをはさみます.前野・谷口(2005)はK-Sk-u-3の層準に縞状軽石を含む火砕流堆積物を記載しています.K-Sk-u-4は無層理の明灰色火山灰からなり,径2cm以下の変質岩片が散在しています.K-Sk-u-1直下の腐食土壌から2210±40年前の年代が,K-Sk-u-4直下の腐食土壌から920±40 および940±40年前の年代値が得られています.
Kawanabe and Saito (2002) Fig.4を改変.
硫黄岳 後カルデラ期テフラ柱状図
山頂部(大谷平)の硫黄岳新期溶岩を覆うテフラは,下位から白色軽石および縞状軽石からなる降下軽石層(K-Iw-P1),火砕サージ堆積物(K-Iw-S1),火砕流堆積物(K-Iw-P2)に大別できます.
K-Iw-P1から採集された炭化木片から1130±40年前の年代値が得られています(Kawanabe and Saito, 2002).山麓に分布するK-Sk-u-3の層順に縞状軽石を含む火砕流堆積物があり(前野・谷口,2005),K-Iw-P1に対比されます.このことから硫黄岳は1100年以上前に成長を終え,現在とほとんど変わらない大きさになっていたらしい.なお竹島西端のオンボ崎の硫黄岳テフラ中に軽石が散在する層準の下位の腐食土壌の年代は1290±80年前と報告されており(奥野ほか,1994),この軽石層がK-Iw-P1に対比される可能性があります.
K-Iw-P2は,白色軽石と黒曜岩岩塊を含む火砕流堆積物で山頂部でK-Iw-S1が作る谷に沿って分布するほか,西中腹の展望台付近,山麓の登山道上り口,東温泉周辺にも分布します.山麓ではパン皮状火山弾のsag構造を覆います.硫黄岳で最新のマグマ噴火による堆積物で,堆積物中に含まれる大量の炭化物から600年から500年前の年代値が得られています(Kawanabe and Saito, 2002).山麓に分布するK-Sk-u4の中の噴火イベントに対応すると考えられます.
Kawanabe and Saito (2002) Fig.6を改変.
海底遊離ガス採取方法
プラスチック製のタンクをつないだ漏斗状の器具を湧出地点にかぶせ,プラスチックタンクの中の海水が,漏斗内にたまっていく遊離ガスと置換されるまで待ちます. 原図及び写真提供:F. Le Guern氏.
海底湧水・遊離ガス採取風景
これは,海底遊離ガスの希ガス分析用試料を銅管に封入している写真です.
海底においてガス試料を分析用ボトルに直接採取しているため,空気の混入量をより低減できます.
海底ガスの組成の測定は,火山ガスと同様の方法によって行われます(→火山ガス).
海底湧水・遊離ガス採取方法のイラストはこちら.
原図及び写真提供:F. Le Guern氏.
高温火山ガスの採取
火口内の高温噴気孔から火山ガスを採取しています.噴気孔に耐熱性の採取器具(パイプ)を挿入し,そこに入った火山ガスをシリコンゴム製チューブで採取容器まで導入しています.採取容器は氷水で冷やし,火山ガスを凝縮させて採取します.
なお,木綿製の服は酸性ガスによってぼろぼろになるため,化繊のジャケットを着ています.
火山ガスの採取・分析方法の詳細についてはこちら.
また,噴気孔の周囲に見られる青色の物質は,「モリブデンブルー」と呼ばれ,モリブデン(Mo)の酸化物が水和したものです.火山ガス中に数ppm程度含まれるモリブデンが,噴気孔出口で温度低下・空気との混合による酸素分圧の上昇により,酸化され,水和物として沈積したと考えられています(吉田ほか,1972).
1996年3月10日に斎藤元治が撮影.
火道内マグマ対流による脱ガスの模式図
大量のマグマが浅い場所で脱ガスをするということは,必ずしも大量のマグマがその場に存在している必要はありません.たとえば,硫黄島では,800年以上の長い歴史にわたり大量の火山ガスを放出し続けており,この間に脱ガスしたマグマの総量は体積にして200km3を超えると考えられています.しかし,このような大量のマグマが非常に浅い場所に存在している証拠はありません.逆にこのような大量のマグマは地下深部のマグマ溜りにのみ存在しています.ただし,この大量のガスを放出するにはマグマが低圧環境下で活発に脱ガスしなくてはなりません.
この一見矛盾した状態を説明するプロセスが,火道内マグマ対流プロセスです.図は,火道内マグマ対流プロセスの模式図です.火道がマグマ溜りと地表近くの低圧環境の場と安定してつながっていれば,深部のマグマ溜りからマグマが火道内を上昇して低圧環境下になることが可能です.火山ガス成分(主として水)を含んだマグマは,含まないマグマより密度が低く(単位体積当りの重量が軽くなる)という特徴があります.ガスを多く含んだマグマ(図の赤色のマグマ)は軽いため,マグマ溜まりから火道内を上昇します.地表近くの浅い場所で脱ガスしたマグマ(図のオレンジ色のマグマ)は脱ガスしていないマグマよりも密度が高くなるため,脱ガス後は火道内を沈降してマグマ溜りに戻ります.こうして,ガスを含んだマグマは,脱ガスしたマグマと入れ替わるように,火道内を上昇し,また,脱ガスするというプロセスを繰り返します.このようにして,大量のマグマ性ガスが火山から放出されていると考えられます.
Kazahaya et al. (2002) Fig.4を改変.
COSPECによるSO2放出量観測
COSPECの定点観測を行っている風景です.正面の雲台に載っている青色の箱がCOSPEC本体です.青空から降りそそぐ散乱紫外光を光源とし,310nmの波長におけるSO2の吸収を利用して紫外光の光路上のSO2濃度を測定しています.COSPEC本体を上下に振り,噴煙の断面の濃度分布を測定し,その吸収の大きさをチャートレコーダーに記録します.
COSPEC本体が1m長で大きい上に,三脚,雲台,レコーダー,電力源の発電機,ケーブル等の観測機材が必要で,携帯性は良くありません.COSPECは,火山でのSO2観測の他に,工場から排出されるSO2やNO2の濃度測定に用いられています.
撮影:斎藤元治,1995年10月26日.
硫黄島でのCOSPECによるSO2放出量観測
手前が稲村岳,奥が硫黄岳です..
硫黄島南西の永良部崎で,COSPECによるSO2放出量の定点観測を実施しています.COSPECの右にいる観測者は,噴煙のビデオ撮影を行っています.このビデオ映像から,噴煙の速度を見積り,COSPECから得られる噴煙断面のSO2濃度分布とから,SO2放出量を算出します.
1994年10月31日に斎藤元治が撮影.
- 中〜遠望写真集:
温泉水,地下水および火山ガスの水の水素・酸素同位体比
横軸は,水の酸素同位体比(18O/16O)で,標準平均海水の酸素同位体比に対する千分偏差(‰)で示してあります.縦軸は,水の水素同位体比(D/H)で,同じく標準平均海水の水素同位体比に対する千分偏差(‰)です.
☆は火山ガス(噴気ガス),△は硫黄島の温泉,○は海底および昭和硫黄島の温泉と海水および降水,+は掘削井の井戸水を示します.各温泉の位置は,図:火山ガス・温泉・土壌ガス分布を参照下さい.
日本の降水の水素・酸素同位体比のほとんどは,図中の2本の直線(δD=8δ18O+10,および,δD=8δ18O+20)に挟まれた領域にプロットされます.硫黄島の降水も同様です.
硫黄岳火口内で採取された火山ガスの多くは高い酸素同位体比(+6〜+10‰)を持ち,マグマ起源であることが示唆されます.硫黄岳の斜面にある噴気孔から放出されている火山ガスは,天水とマグマ水の混合線上にプロットされており,マグマ起源のガスに天水が加わって形成されたガスであると考えられます.
平家城温泉の同位体比は,水素が-25〜-20‰,酸素が-3〜-2‰です.硫黄岳南西部にある東温泉水は平家城温泉と降水の混合線上に分布しています.また,硫黄岳北東部の海岸の穴の浜温泉が,平家城温泉と海水の混合線上にプロットされます.さらに,硫黄岳南側の崖から湧出する湯の滝温泉と硫黄岳北部の北平(きたびら)温泉は,平家城温泉とマグマ水が混合したものと考えられます.これらの硫黄岳の周囲から湧出する温泉水は,同位体的には平家城温泉に酷似しています.
海水と降水が1:1で混合した地下水が硫黄岳山体内に存在し,その地下水にマグマ水が混合すれば,この平家城温泉水の同位体的特徴を説明できますが,Cl濃度は説明できません(図:温泉水,地下水および火山ガスのCl濃度と水の酸素同位体比を参照).天水の涵養・浸透時の蒸発プロセスによる同位体シフトが硫黄岳山体内で起き,蒸発の影響を大きく受けた地下水が関与している可能性があります.
外輪山の外側で湧出している坂本温泉とウタン浜温泉は,ともに降水と海水の混合線上に分布しているので,単純な降水と海水の混合系であることがわかります.ただし,マグマ性ガスの混入を否定するものではありません.
長浜の温泉水には,酸素同位体シフトしたものとそうでないものがあります.1990年に採取された試料は,海水と降水の単純な混合で説明可能です.1994年に採取した試料は,それよりも高い酸素同位体比を持ち,マグマ水の混入があることを示しています.
火山ガス水素・酸素同位体組成
縦軸のδDは水素同位体比(D/H),横軸のδ18Oは酸素同位体比(18O/16O)です.いずれも,標準平均海水の同位体比(図では◇)からの千分偏差(‰)で表しています.
高温火山ガスは,δD=-30‰,δ18O=+7‰程度の,島弧火山ガスに典型的な水素・酸素同位体組成を持ち,非常に狭い組成範囲に分布します.山頂の低温噴気ガスは,高温火山ガス付近に分布しますが,より高い水素・酸素同位体比を持つ傾向にあります.高温火山ガスの分別により生じた傾向と予想できますが,その具体的な原因は不明です.山麓の低温噴気は,高温火山ガスと天水(○)の混合線上の組成を持っています.
微小地震震源分布図
1999年の京大防災研と地質調査所(現・産総研)の共同観測により求まったA-typeの地震の震源分布(●)を,井口ほか(1999),加茂 (1976,1977)による結果と共に表示してあります.
●はA-type 地震の震源で,島内,特に硫黄岳北西山麓,深さ1km以浅に分布しています.
○はB-type地震の震源で,山頂火口下,paricle motionから非常に浅部,おそらく海水準以浅に分布しています.B-typeの地震は初動の立ち上がりが非常に緩やかなため初動の読み取り精度によって震央分布がばらついている可能性があります(井口ほか,1999).
大きな●で示された1999年11月の臨時観測データが,現時点までで最も観測点数が多く,かつ観測点分布範囲の広い観測であり,震源決定方法も含めて最も精度の高い震源決定結果と考えられます.しかしながら,観測が短期間であることも考慮して,この震源分布図は,通産省による1976~1977年の3観測点による臨時観測,京大防災研による1998年7~8月の臨時観測(臨時観測点6点,SVO定常観測点 1点,JMA 4点),および1999年11月の臨時観測による成果もコンパイルしています.
データ及び処理方法
●(大きい黒丸):1999年11月の共同観測における22観測点(+)によって記録したデータをVp=2.0km/secとしてP波初動から震源決定
●(小さな黒丸):1976~1977年の3観測点による臨時観測データから,S-P時間と地震波到来方向・見掛速度より求めた震源(加茂, 1976,1977)
○(白丸):京大防災研による臨時観測で記録されたB-typeの地震.震源決定では深度0-4kmと求まったが,初動emergentなため深度の精度は悪いと推定しています(井口ほか,1999).
井口ほか(2002b)の図5を引用.
定常的に発生している高周波の極微小地震
Sherburn and Nishi(unpublished data)によって1993年10月に観測された高周波の極微小地震の波形とスペクトル例:山頂火口脇(IWDK点近傍)に設置した1Hz速度型地震計による上下動速度振幅波形 及び その地震動のspectrogram(カラーの部分).
上の記録は1993年10月30日 2:39:42 からの,下の記録は1993年10月29日21:21:40 からの観測記録で,横軸は経過時間(秒)を示します.Spectrogramはパワー・スペクトルの時間変化を示した図であり,横軸に時間,縦軸に周波数(Hz),色によってその時間を中心としたある時間間隔(ここでは1秒間)のパワー・スペクトルの値を示します.左の凡例に示したように青→緑→黄→赤→紫と暖色系になるほど大きなエネルギーを示します.上の地震では,時間軸の2秒付近に,40~50Hzという高周波の卓越周波数を持つ単発の極微小地震が記録されています.下の例では,4秒付近に約30Hzのピークを持つ振動が記録されていますが,その後に約22Hzの振動が6秒間ほど励起されており,このような活動がしばらく続く微動的な波形の例です.
1993年10月に実施された初の山頂部での観測においては,このような高周波の極微小地震がほぼ定常的に発生していました(Sherburn and Nishi, unpublished data).ここに示した孤立イベント,微動的なイベントなどの他にも様々な波形がありますが,30Hz以上の卓越周波数を持つイベントが多く観測されました.
その後の1998年11月からのID560における長期モニタリング,1999年以降の産総研と京大防災研による共同観測などにおいて,山頂部に設置した地震計には,定常的に発生している高周波の極微小地震が記録されています.2001年11月20日~21日の地震計の連続記録に見えるパルス状の振動もこのような極微小地震です.
Special-type earthquake
左:Uchida and Sakai (2002)の Special-typeの地震の波形及びスペクトル.
右:Ohminato and Ereditato (1997) の「短周期火山性地震」(short-period volcanic earthquake).上下動,水平動(南北),水平動(東西)の各成分の波形(上),エネルギー関数(中),polarization vector(下).矢印が"slow emergent onset".
Uchida and Sakai (2002) によって,Special-typeは,Emergent phase という不明瞭な初動の相(5-8sec,振幅が漸増していく,5Hz卓越)とMain phase(振幅が急に大きくなる,4Hzと7Hz の2つのピークを持つ,10Hz以上の高周波成分少ない,で定義されています.Particle motionの解析山頂火口領域に震源を持つと考えられています.
Ohminato and Ereditato (1997)は,1997年4月の臨時観測において記録した「短周期火山性地震」(short-period volcanic earthquake)には,高周波の地震動(卓越周波数2~7Hz)の前に不明瞭な初動の相(右図の矢印:"slow emergent onset")があること,相似性が高い波形が多いことを指摘しています.これらの地震は,その特徴から気象庁の分類のSpecial-typeと同じタイプに分類される地震の可能性があります.
なお,右図 下の polarization vectorは,上から水平面,南北方向の垂直面,東西方向の垂直面の各々の平面内における地震動の卓越成分の時間変化を示したもので,この波形を記録した山頂火口に近いST1観測点においては,水平動が卓越していることがわかります.
Uchida and Sakai (2002)のFig.7とOhminato and Ereditato (1997)のFig.3を引用.
微動震幅の変化を伴う超長周期パルス
Ohminato and Ereditato (1997) の観測した微動震幅の変化を伴う超長周期パルス(VLP; very long period seismic pulse)と Ohminato (2006) が提案している発震メカニズムを示します.
左上(a) :様々な周波数帯域で見た上下動地震動(観測点ST1):上から原波形,原波形の包絡線,40Hz以上の高周波成分,0.2Hz以下の低周波成分.
左下(b) :振幅変化の模式図:包絡線,高周波成分,超長周期パルス
右上:超長周期パルスの軌跡,TOP VIEWは 平面図,SECTION VIEWは 山頂を通る断面図:3観測点の超長周期パルス初動の軌跡は山頂火口直下のソースの膨張を示唆しています.
左下:Ohminato (2006) が発震メカニズムとして提案しているwater pocket model:山頂火口下100m付近の傾いた水に満たされたクラックと高温ガスの通り道のネットワークによりこの現象をモデル化しています.
Ohminato (2006) のFigs.4,10,17を引用.
地震活動の履歴
加茂(1976,1977,1978)の観測点C 及び 京大防災研(SVO)の定常観測点(IWO)における1975年~1978年と1995年6月~2000年12月の火山性地震の月別発生回数(上図),地震波放出エネルギーの積算曲線(中図) 及び 1975年~1978年と1995年6月~1998年12月の火山性地震のマグニチュード(下図).
1976~1978年のデータ(加茂, 1976,1977,1978)については,加茂(1976,1977,1978)の観測点Cと1995年以降の京大防災研の定常観測点 IWO との位置の違い,使用観測システムの特性の違い,カウントする閾値の違い等を考慮する必要があります.地震発生数については,硫黄岳-観測点間の距離差に応じた実体波振幅の距離減衰を考慮して補正しています.プロットしている火山性地震は,観測点IWO において最大振幅(p-p)が>16 μm/s となる地震ですが,1975 年~1978 年の地震は観測点C において観測されているので,実体波の幾何減衰を考慮して,観測点IWO における振幅に換算して地震回数を計数しています.
地震波放出エネルギーの積算曲線に付随する破線は,地震波のエネルギー放出率7×1014 erg/年を示しています.1996年6月の有感地震を除けば放出エネルギーはほぼ一定であることがわかります.また,この1996年6月の有感地震以外はマグニチュード2以下の無感地震となっています.
井口(2002) の図3・図4, 及び Iguchi et al. (2002) のFig.6 の一部 を編集して使用.
地震タイプ毎の活動度の変化
各地震タイプ毎の日別地震数.上が気象庁(JMA)1998年6月~2001年3月,下が京大防災研(SVO)1998年6月~2001年6月 の観測結果です.同じ時間軸スケールで示してあります,
1998年10月以降に急増する地震に対して京大防災研(SVO)ではB-typeに分類してカウントしていますが,気象庁はこれを Special-typeという別分類で扱っていると思われます.距離による減衰やノイズ・レベルの影響で,京大防災研の定常観測点(IWO)ではSpecial-typeのemergent phaseはノイズ中に隠れてしまい明瞭に識別できない可能性もあります.
Uchida and Sakai (2002)のFig.3および井口(2002)の図8を引用.
遠地地震の振幅減衰域
地震学的にマグマ溜まりを探査する手法として,遠地地震の観測が挙げられます.地震波のうち,S波(横波)は気体や液体中を伝播できず,マグマ溜まりを通過する地震波ではP波(縦波)に比してはS波は大きく減衰します.このため,遠地地震のS波の減衰が大きい領域を調べることでマグマ溜まりの位置や大きさを推定できると考えられています.火山体周辺に広く分布した観測点において,様々な方角から到来した地震波を比較して,ある領域を通過したS波のみが減衰するのであれば,その領域が減衰域,すなわちマグマ溜まりと推定されます.
この図(遠地地震の振幅減衰域)は,西ほか(2001)による遠地地震の振幅減衰域の観測結果です.鬼界カルデラ北縁の薩摩硫黄島と薩摩竹島に設置した臨時観測点と観測された遠地地震の震源とを直線で結び,他の観測点に比してS波の振幅の減衰が大きい場合に太い直線で表わしています.この直線がその遠地地震から到来した地震波の主な経路と考えると,太い直線で示された経路の上に減衰の大きな場所があると考えられます.図からわかるように,鬼界カルデラ内部に遠地地震の減衰域があるのは認められますが,観測点がカルデラ北縁に限られ,また遠地地震の到来方向にも偏りがあるため,マグマ溜まりの位置や大きさを推定するまでには到ってません.
遠地地震観測でマグマ溜まりの位置や大きさを精度よく推定するためには,火山周辺で広範囲に観測点を分布し,十分な数の遠地地震を観測する必要があります.カルデラ底やカルデラ壁,カルデラ周辺域のほとんどが海中にある薩摩硫黄島火山では,陸上での観測に加え,海底地震計を用いた観測を行う必要があります.
西ほか(2001)のFig.2, 4を引用.
電子線マイクロアナライザー EPMA
電子線マイクロアナライザー(Electronprobe micro-analyzer;EPMA)の外観とその測定原理を示しています.
鉱物や石基ガラス,メルト包有物の化学分析には電子線マイクロアナライザー(Electronprobe micro-analyzer;EPMA)が広く用いられています.EPMAは,物質に電子線を照射すると,その物質を構成する元素の固有X線が発生することを利用した分析方法です.電子ビームの直径は通常1-2μmであり,微小領域の分析が可能です.
斎藤(2004)の図2を改変.
マグマ溜まりの進化
約7300年前のカルデラ形成から1934-1935年の昭和硫黄島噴火までの岩石やメルト包有物を詳細に検討すると,図のようなマグマ溜まりの進化が浮かび上がってきました.
約7300年前のカルデラ噴火の直前に,深さ3-7kmにかけて,巨大な流紋岩マグマだまりが存在していました.このマグマ溜まりの内部では,火山ガス成分(主として水)が飽和し,マグマが発泡していました.
カルデラ噴火後も,その流紋岩マグマの一部はマグマ溜まりに残りました.その後,岩石学的な解析からその下部に玄武岩マグマが深部から上昇してきた可能性が指摘されています.約5200年前に流紋岩マグマが噴火を開始し,硫黄岳の形成が始まります.また,約3000年前頃には玄武岩マグマが噴火し,稲村岳を形成します.
約2200年前には再び流紋岩マグマの噴火が始まり,500年前程度まで継続し,現在の硫黄岳ドームを形成しました.この硫黄岳活動時期に玄武岩マグマ溜まりが流紋岩マグマ溜まりの下部近くにあった可能性があります.
また,この流紋岩マグマ溜まりでは,約1000年前から火道内対流による活発な火山ガス活動を開始し,現在まで継続しています.最後の硫黄岳噴火(約500年前)以降に,玄武岩マグマが流紋岩マグマだまりの下部に進入し混合,安山岩マグマを形成します.
1934-1935年に,マグマ溜まり上部の流紋岩マグマが噴火し,昭和硫黄島を形成します.その噴出物には,マグマ溜まりの中間部の安山岩マグマが一部含まれています.
Saito et al. (2003)のFig. 5を改変.
鉄・チタン鉱物温度計によるマグマの温度と酸素フガシティ
鉄・チタン鉱物温度計とは,輝石地質温度計と同様に,共存する2種の鉄・チタン鉱物の化学組成から鉄・チタン鉱物の生成温度とマグマの酸素フガシティを推定する方法です(Buddington and Lindsley, 1964).フガシティとは,実在気体の性質を表す熱力学的量で,理想気体の圧力に相当します.
この図は,鉄・チタン鉱物温度計を用いて得られた薩摩硫黄島の流紋岩マグマの温度と酸素フガシティをプロットしたものです(Saito et al., 2002).Anderson et al. (1993)によって作成されたQUILFプログラムを用いて計算しています.他の火山についてのデータはHildreth (1981) のFig.3を引用しました.FMQおよびNNOで示した破線は,それぞれ鉄カンラン石(Fayalite,Fe2SiO4)- 磁鉄鉱(Magnetite,Fe3O4)-石英(Quartz,SiO2),ニッケルとニッケル酸化物(Ni-NiO)が共存している時の酸素フガシティと温度の関係を示しています.FMQとNNOは,天然の高温岩体やマグマの酸素フガシティを表すときによく用いられる指標です.縦軸の酸素フガシティは対数表示で,上に行くほど酸素フガシティが高くなります.
流紋岩マグマの温度を硫黄岳軽石を用いて見積もった結果(赤い三角)は971 ±31°C (n=6)になり,輝石地質温度計による見積もり(960 ±28°C)とほぼ一致しています.
一方,硫黄岳火山弾は884 ±13°C (n=3)で硫黄岳軽石よりも低い温度を示します(橙色の三角).昭和硫黄島溶岩は880±24°C (n=12)で(黄色い丸),これも輝石地質温度計による結果(967±29°C)より低くなっています.鉄・チタン鉱物は反応が速く,マグマ噴出後の冷却時に再平衡が起きたため,輝石地質温度計より低い温度を示している,と考えられています.
顕微赤外分光光度計の写真と測定原理
顕微赤外分光光度計は,珪酸塩ガラス中のH2O, CO2がある特定の波長の赤外線を吸収することを利用した測定方法です.
右図のように,試料(ガラス包有物)を100〜数10µmの厚さの薄片にし,それに赤外線を照射し,透過した赤外線の強度を測定します.試料を透過した赤外線の強度と試料の無い状態での赤外線の強度から試料中のH2O, CO2による吸収の大きさを算出します.この吸収の大きさと,試料の厚さやモル吸収係数(波長,試料の化学組成に依存する)とから,各濃度を算出します.
写真の手前の箱の中に,赤外線の光源とミラーがあり,奥の顕微鏡に赤外線を導入します.顕微鏡のステージ上に水平に試料を置き,赤外線を垂直方向に照射します.透過光を,顕微鏡奥の検出器に導入し,その強度を測定します.
斎藤(2004)の図5を改変.
山頂高温噴気地帯・噴気温度分布変化
1990年以前には高温噴気孔が火口縁にのみ分布しており火口底には存在していませんでした.1990年には火口底の南縁に880°Cの大鉢奥噴気地帯が発見されました.それ以後,火口南部での高温噴気活動が活発化し,1997年には竪穴状火孔が形成され火山灰の放出が始まりました.2006年には竪穴状火孔は南北約200m,東西約100mの大きさに拡大しています.
Shinohara et al. (2002)のFig.2に加筆.
簡略化した繰り返しGPS観測点の相対水平変位ベクトル
1997年11月と2006年3月の間の相対水平変位を示します.
変動ベクトル図:1995.6〜2006.3では,山頂火口付近の特別に変動しているIWDKとF2の2点を除くと,観測点は,ぎざぎざした動きの中にも全体として火口に向かう成分があるように見えます.このぎざぎざした変化は,観測時間が数十分程度と短いための誤差の可能性もあるので,この図では,より長期間の1997年11月と2006年3月(ARAYとID560は2002年11まで,F2は2000年2月まで)で変位傾向を見てみます.
急斜面上にあるID430点を除くと,硫黄島東部の観測点の水平変位は大局的には山頂火口に向かっているようにみえ,硫黄岳の収縮を思わせます.
広域の地殻変動
薩摩硫黄島火山周辺に展開されている国土地理院電子基準点から,硫黄島の「鹿児島三島」および「枕崎」,「佐多」,「西之表」,「中種子」,「南種子」,「上屋久1」,「上屋久2」,「屋久」,「口永良部島」の1997年4月以降の座標データを用いて,枕崎に対する水平変位軌跡を青色の点列でプロットしました.この地域においては1996年から観測されている電子基準点と,1997年からのものが混在するので,1997年4月時点を変位ゼロ(赤色の○)としてあります.
四角形は井口ほか(2002a)で議論された京大防災研のGPS観測網の位置です.青色の領域は,1996年および1999~2000年の口永良部島近海の群発地震活動域です.薩摩硫黄島火山周辺の赤色の点線で示された領域は,鬼界カルデラです.
硫黄島の電子基準点は,口永良部島とともに相対変位が1cm以内で小さく,枕崎とほぼ同じ動きをしていることがわかります.明らかに南東方向に相対変位する佐多と種子島のグループと南西~西方向に相対変位する屋久島のグループとは対照的であり,これらの間に何らかの変動境界のようなものを考えてもよいかもしれません.
鬼界カルデラの地形図
赤い破線はカルデラ縁を示します.
鬼界カルデラは,西20km,南北17kmの大型の海底カルデラで,関連する火山岩類が,硫黄島と竹島および周辺の岩礁群に分布します.
硫黄岳から南東方向,カルデラ内にある海底の高まりは,後カルデラ火山活動で形成されたと考えられています.高まりの傾斜は,頂部で緩く,側面ではそれより急になっている.このうち硫黄岳南方の「浅瀬」のみ海上に現れています.
小野ほか(1982)は,海底の高まりの閉等深曲線は7ヶ所あり,それぞれが噴出中心を表すと考え,さらに,カルデラ形成後の水深を500mと仮定し,海底の後カルデラ火山の体積を約17km3と推定しました.これに,硫黄岳(基底径約2.7km,高さ約700mの円錐とすると,体積〜1.3km3),稲村岳(底径約780m,高さ約230mの円錐形とすると,体積〜0.04km3→噴火史),昭和硫黄島(〜0.37km3→昭和硫黄島噴火経緯)を加えると,19km3になります.
Saito et al. (2001)においても,これらのカルデラ内にある隆起の体積から,薩摩硫黄島火山の後カルデラ期のマグマ噴出量を,45km3以上と推定しています.後カルデラ期は7300年なので,そのマグマ噴出率は,3〜6km3/1000年という値になります.この値は第四紀火山の平均的なマグマ噴出率である0.1-1km3/1000年(小野, 1990)よりも高く,後カルデラ期にもマグマ溜まりが存在し活発な噴火活動をしていることがわかります.
鬼界カルデラの海底地形図は,「海上保安庁海洋情報部」のWebサイト(海域火山データベース)より引用しました.
火山ガス-温泉分別過程断面
硫黄島の内部構造と,高温火山ガス,低温火山ガス,土壌ガス,海底遊離ガス,温泉の成因と各流体の移動過程を図に示します.
硫黄岳の山体は,主に流紋岩質の厚い溶岩ドームと同じ流紋岩質の崖錐(転動火山角礫岩)から構成されています(→噴火史).
硫黄岳中心部に存在するであろうマグマから放出された高温火山ガスは,山頂部の高温噴気として直接地表に放出される他,山体を染み通り,山麓の低温噴気として放出されています(→火山ガス).
硫黄岳に降った雨の一部は山体に浸透し地下水となりますが,この地下水に火山ガスが溶け込み,酸性熱水が形成されます(→温泉・地下水).この酸性熱水が山体内の岩石中の元素を溶脱しながら流れ下り(→熱水変質),海岸付近で酸性温泉として流出しています.
火山性CO2を含む土壌ガスの流出経路は明らかでありませんが,火山ガスが地下水などを通過することにより温度が低下し酸性ガスが除去された結果生じたと考えられています(→土壌ガス).
凡例等の日本語訳:
「Lava」=「溶岩」,「Talus Deposits」=「崖錐堆積物(急斜面から落下した岩屑が崖の麓に堆積したもの)」,「Pyroclastics」=「火山砕屑物(噴火によって地表に放出された破片状の固体物質)」,「Conduit」=「火道(マグマや火山噴出物が地表に放出される時に通る地中の通路)」,「Molten magma」=「マグマ」,「Magma head」=「マグマ柱の上面」,「Convective magma column」=「対流しているマグマの柱(マグマの対流についてはこちら」,「Elevation」=「標高」
火山ガス-温泉分別過程模式図
点線矢印は地下水・温泉水,灰色矢印はガス,実線矢印は岩石の変化を示しています. 矢印上流側の出発物質が,明朝体で表された分別過程を経て,矢印下流側へ変化することを示しています.
火山ガス・温泉・土壌ガス分布
火山ガスの大部分は山頂火口内部および周辺から放出されています.高温火山ガスは火口周辺に限って存在しますが,低温火山ガスは山麓の谷筋にも分布しています.
また,山頂周辺には,珪石が分布しています.珪石は,火山ガスが凝縮(液化)して生じた酸性の熱水と火山岩が反応し,火山岩からシリカ(SiO2)以外の成分が溶脱し生じたものです.
硫黄岳山麓の海岸線には硫酸酸性温泉が,稲村岳の周囲海岸線には鉄炭酸泉が分布しています.東温泉の600m東にある硫酸酸性泉は「湯の滝」と呼ばれています.平家城温泉の南約1km(硫黄岳北部斜面の標高250mの地点)の低温噴気地帯の周辺にも温泉が湧出しており,「北平(きたびら)}と呼ばれています.
山麓には火山性のCO2に富むガスが土壌ガスとして地面から拡散的に放出されている場所が点在します.土壌ガスの分布は海岸線では温泉の分布と一致します.海岸から離れた場所では地温の高い場所に分布しています.
火山ガスの採取分析方法
噴気孔にチタン製または石英ガラス製のパイプを差し込み,火山ガスを噴気孔からパイプとそれについないだシリコンゴム製チューブを経て,採取容器に導入します.採取時には,採取容器は冷却水で冷やします.
図中の上に示した採取容器は,火山ガスの採取に広く用いられているものです.テフロン製の真空コックがついたガラス瓶で,あらかじめ水酸化ナトリウム水溶液が入れてあり,空気はあらかじめ排気してあります.火山ガス研究者のGiggenbach博士が発案したので,通称”Giggenbach bottle"と呼ばれています.
Giggenbach bottleに導入された火山ガス成分のうち,H2Oは冷却により凝縮し液体となり,酸性ガスであるCO2, SO2, H2S, HCl, HFは水酸化ナトリウム水溶液に吸収され,残りの希ガスやN2等不活性ガスは容器内の気相に分配されます.持ち帰ったGiggenbach bottle内の試料を,ガスクロマトグラフ,液体クロマトグラフ,分光光度計等の機器分析や湿式分析を行い,H2O以外の濃度を決定します.このH2O以外の成分の総量と試料の質量の差から,H2Oの濃度を決定します.
Giggenbach bottleを用いた方法の他に,アルカリ性水溶液を入れた二口注射器を用いた方法も使われています.
下の採取容器は,火山ガスのH2Oの水素・酸素同位体比や微量元素濃度の測定に用いる凝縮水の採取に用います.採取容器(空)の右端の空いた管に,ポンプを接続し,火山ガスを吸引します.火山ガスのH2Oは容器で凝縮し液体としてたまります.火山ガス中の微量元素もこの凝縮水中に保存されます.この液体試料をポリ瓶等に保管し,実験室に持ち帰り,質量分析計等の機器分析を行います.
マグマのガス飽和圧力
竹島火砕流噴火(約7300年前),稲村岳噴火(約3000年前),硫黄岳噴火(約500年前)および昭和硫黄島噴火(1934-1935年)の各噴火のメルト包有物のH2OおよびCO2濃度から見積もられるマグマのガス飽和圧力を噴火時期とともにまとめると図のようになります(Saito et al., 2001).
竹島火砕流軽石メルト包有物から見積もられるカルデラ噴火マグマのガス飽和圧力は80-180MPaで,実際のマグマ溜まりも発泡していたと予想されているので,マグマ溜まりの深さは3-7kmになります.
稲村岳マグマのガス飽和圧力は70-130MPaで,マグマ溜まりは深さ3-5kmと推定されています,
硫黄岳マグマは,70MPa(3km)と20MPa(〜1km)を示します,このうち,70MPa(3km)はカルデラ噴火マグマの最小値と同様であり,硫黄岳マグマがカルデラ噴火マグマ溜まりの”出残り”であるというモデルと調和的です.また,この圧力は稲村岳マグマの最小値とも同様であり,岩石学的に推定されている後カルデラ期マグマ溜まりの成層構造とも矛盾しません.
硫黄岳山頂付近では約1000年間火山ガス放出活動が続いています.この硫黄岳メルト包有物が噴出した約500年前には,すでに火道内対流によるマグマ溜まりの脱ガスがすでに開始していたことになります.H2O濃度が低く,そのガス飽和圧力も小さい(20MPa)メルト包有物は,このプロセスで脱ガスしたマグマの珪酸塩メルトを起源としているかもしれません.
昭和硫黄島マグマ(1934-1935)は,20-50MPa(1-2km)になります.本文で述べたように,このマグマはガスに不飽和であり,1-2kmという値は実際のマグマ溜まりの深さではありません.実際は,硫黄岳マグマと同様(3Km程度)であろうと推定されています.
Saito et al. (2001)のFig.8を改変.
GPS観測点の配置
○は京大防災研,□は産総研設置点,★は国土地理院,☆のうちIWOGは京大防災研,HGSOとHEIKは産総研設置の連続観測点.
重力測定値の補正
地表で測定された重力値に対し,地球潮汐の影響,地球が回転楕円体であることの影響,測定する高度の違いによる影響,地形に凹凸があることによる影響を補正し,ある基準面に対する値としてお互いに比較できるようにしたものをブーゲー補正といいます.その際,基準面から観測点までのあいだに占める物質の引力を補正するために,その空間の密度を仮定しています.密度の仮定にあたっては,重力測定値の高度変化の傾きが仮定する密度値に比例するという関係を利用することができます.硫黄島の場合,この相関から求められる平均密度は1.15 g/cm3となります.なお,岩石サンプルの測定からは平均的密度として2.17 g/cm3という値が得られています.
地質調査所(1976)の第4.3図を改変.
地中温度勾配
図に見られるように地表面温度と地下の状態は次のように対応しています.
a)地表面温度が20~50℃では地中は沸点温度に抑えられ,そのような場所では沸点温度(約100℃)の噴気孔が存在するか,または噴気地となっている.
b-1)地中温度が50~100℃では,温度勾配が大きく(約25℃/cm),地下20 cmの温度は200~700℃となる.すなわち,たとえ地表温度が50℃程度でも,地表直下には200℃以上の高温のガスが存在していることを示唆している.このような場所では,火山ガスから析出した硫黄の固まりが地表を覆っている.これが高温のガスを地下に閉じこめ,地表付近では大きな温度勾配を示し熱伝導が卓越した場所となっている.
b-2)地表面温度が100℃より高温な場所では,最高で850℃に達する高温噴気孔が点在している.
このように,山頂の熱活動は,高温の噴気孔,低温(約100℃)の噴気孔,噴気孔の周囲の地中温度異常域(噴気地)の3つです.一方,山腹の熱活動にはおそらく高温の噴気孔が存在せず,沸点温度以下の低温の噴気孔とその周囲の温度異常域(噴気地)からなると考えられます.地表面温度分布図に見られるように,その範囲は広範です.
Matsushima et al. (2003)のFig.5を改変.
硫黄岳の山頂火口底の地中温度分布の変遷
測定は1961年に25cmの深さ(横山ほか,1966),1976年に1mの深さ(地質調査所,1976年)および1996年に20cmの深さ(Matsushima et al., 2003)で行われました. 図の灰色の部分は400℃より高温の部分を示します.
1976年以前は,火口底の地中温度のほとんどが沸点より低く,高温噴気のほとんどは火口壁に分布していたのが特徴的です.それに対して,1996年には火口底の多くの部分で沸点より高温になっています.これは,1991年以降の火口底の変遷(→最近の火山活動の推移)に対応しています.火口底に竪穴状火孔が生じ,その拡大に対応して地中温度の高温域が生じるようになったと考えられます.
Matsushima et al. (2003)のFig.3を改変.
マグマ発散物の地下水(温泉含む)系からの放出量
表:各地下水系の平均滞留時間及びマグマ起源成分量のマグマ発散物の地下水(温泉含む)系からの放出量と山頂火山ガスによるマグマ発散物放出量を赤色の矢印で示してあります.単位はトン/日(t/d)です.
地下水(温泉含む)系からの放出量は,1993年の温泉・地下水の同位体データを用いて得られた各起源水の割合に基づいています.. 山頂からのマグマ発散物の放出量は火山ガスの放出量と化学組成から求めています.周辺の温泉・地下水系からのマグマ起源ガス種の流出量は,すべてを把握しているわけではありません(図の橙色の矢印で示される地下水系による放出量は見積もっていません)が,山頂から放出されるガスに比べて規模はかなり小さいと予想されます.
地下水のヘキサダイヤグラム
地下水,温泉の水質をヘキサダイヤグラムにして示してあります.溶存成分濃度が極端に異なるので,ヘキサダイヤグラムのスケール表示を3種類にして色分けしています.正方形のシンボルが井戸の地下水,青色の円形シンボルが温泉,ピンク色の円形シンボルが火山ガスを示します.
オレンジ色のハッチで示した長浜の井戸の地下水(図中の7〜10)だけが,溶存成分も少なく,pHも6~7であり,飲用に適しています.
海岸付近で湧出している温泉のほとんどは海水の影響を受けています.これらは満潮時は湧出口がわからなくなります.例外は硫黄岳南西に位置する東温泉です.海水準よりも少し高い位置に湧出口があるため,海水がほとんど混入していないと考えられます.SO4濃度が高く,Cl濃度が低い,SO4-Cl型の強酸性(pH2前後)の水質となっています.
各温泉の位置については,こちらの図を参照下さい.
地下水のモデル断面図
地下水系パラメータ(表:各地下水系の平均滞留時間及び,マグマ起源成分量)から考えられる地下水流動系の概念モデル(硫黄島の模式東西断面).図中の赤は海水,青は天水起源の地下水を示し,矢印は地下水の流動を示す.島内各所の温泉は,硫黄岳周辺は硫黄岳の火山ガス成分の付加により,稲村岳および長浜周辺では,深部から熱水が上昇して生じていると考えられます.
地下水の水系区分
S1〜S4は,推定されている水系を示しています.S1は長浜温泉,S2は平家城温泉,S3は穴の浜,S4は東温泉,に関与する水系です,各水系の面積も記してあります.S5は坂本温泉ですが,水系を決定できないためポイントのみ示しています.水系は,地形のとおりに地下水が流れると仮定して作成しています.火山地形では,この仮定が成立しない場合があるので注意が必要です.
地下水はすべて掘削井で,現在利用されているのは,長浜の集落内だけです.これらの水源井は,ガイベン・ヘルツベルグのレンズを形成している淡水層の地下水を揚水するため,海水準に達し地下水が出てきたところで掘り止めています.従って,これらの井戸水はすべて,この島の浅層地下水を揚水していると考えられます.
硫黄岳を取り囲むように存在する井戸は昭和50から52年度に実施された工業技術院サンシャイン計画にかかわる委託調査研究「火山発電方式に関するフィジビリティスタディ」(社団法人 日本電機工業会)の調査ボーリングによるもので,現在は存在していません.
硫黄島の温泉は,硫黄岳周辺(東温泉,平家城温泉,穴の浜),稲村岳周辺の海岸(赤湯,長浜温泉),カルデラ縁の外側(坂本温泉,ウタン浜温泉)に分布しています.また,昭和硫黄島上においても高温の温泉が湧出しています.これらの温泉は,すべて自然湧出です.
各温泉の位置については,こちらの図を参照下さい.
この地図の作成に当たっては,国土地理院長の承認を得て,同院発行の2万5千分の1地形図,数値地図25000(地図画像) 及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用したものである.(承認番号 平19総使,第543号)
各地下水系の平均滞留時間及びマグマ起源成分量
完全混合モデルを用いて得られる各地下水系(図:地下水の採取場所及び,水系区分)の平均滞留時間,賦存量,帯水層厚,及びマグマ起源成分量を示します.
平均滞留時間のうち,黄色の値は1974年のトリチウム濃度(S1は長浜地下水の54±2TU,S4は東温泉の66±3TU,S5は坂本温泉の19±2TU;松葉谷ほか,1975)から得られたもの,黒字の値は1993年のトリチウム濃度(黒字)から得られたものです.同じ水系で平均滞留時間が異なっていますが,単純なモデルを計算に用いていることを考慮すると,よく一致していると言えます.硫黄島の主地下水流動系であるS1では平均滞留時間が約10年,硫黄岳周辺山麓のS2~S4では20年程度,そしてカルデラ外へ抜ける坂本温泉系のS5では約30年の平均滞留時間を持つことがわかります.
各水系の地下水流量は,面積と降水量から,蒸発散率を45%と仮定して算出しています.さらに,地下水流量と平均滞留時間から賦存量を,賦存量と面積から帯水層間隙率を50%と仮定して帯水層厚を求めています.
マグマ発散物の地下水系からの放出量(マグマ起源成分量)は,地下水・温泉水の化学・同位体組成から海水・天水・マグマ水の混合比を算出し,それと各水系の地下水流量とから求めています.
トリチウムを用いた地下水平均滞留時間モデル
地下水系の平均滞留時間を推定するためには,地下水流動モデルを設定する必要があります.完全混合モデル(帯水層完全混合流モデル)は,降水が涵養した後,地下水系内にて完全に混合し,その混合した地下水が流出するというモデルです.ピストン流モデルは,文字通り降水が涵養し地下水系に移行してから,そのまま混合しないで流動し流出するモデルです.いずれも,地下水系の容積を流出量で割った値が平均滞留時間となります.一般に,降水量が多く地下に断層が多数ある日本では,実際の地下水系は完全混合モデルの方に近いと言われています.
使用可能な温泉・地下水のトリチウム濃度は1974年(松葉谷ほか,1975)および1993年のデータです.それぞれについて計算結果を図に示します.本文では,完全混合モデルを用いていますが,比較のため,ピストン流モデルの結果についても示します.横軸が平均滞留時間(年)で,縦軸がそのときのトリチウム濃度(TU)です.
観測されたトリチウム濃度から,この図を使って地下水系の平均滞留時間が求められます.例えば,S1については,1974年の長浜の地下水のトリチウム濃度(54±2TU)から完全混合モデルのグラフから11年および25年の2つの解が得られ,1993年のデータ(3.1-3.8TU)から10-17年が得られます(表:各地下水系の平均滞留時間及び,マグマ起源成分量).
降水に含まれるトリチウムの濃度
日本でのトリチウム濃度の長期的な観測は東京および千葉において行われています(図のTKY).このデータは放射線医学総合研究所のNETS DBによるものです.降水のトリチウム濃度(縦軸,単位はTU)は原爆・水爆実験がは始まってから桁違いに濃度が高くなっています.このスパイクの痕跡を利用して地下水の平均滞留時間に関する情報を得ることができます.
一方,降水のトリチウム濃度は,緯度の違いにより異なることがわかっていますので,この東京での観測値をそのまま,硫黄島にあてはめることはできません.そこで,1995―1996年にかけて観測した硫黄島における降水のトリチウム濃度と東京での値を比較したところ,硫黄島での降水は東京のそれよりも20-30%低い値であることがわかりました.この結果を元に,硫黄島における降水のトリチウム濃度は東京での観測値の75%に相当する(図のIWO)と仮定し,解析を行いました.
噴気組成H2O-CO2-St図
火山ガスのH2O,CO2およびSt(総硫黄)のモル比をプロットしてあります.菱形は他の島弧の高温火山ガス組成の例(ブルカノ火山(イタリア),ホワイト島火山(ニュージーランド)および有珠山I火口(いずれもGiggenbach and Matsuo, 1991))です.
600℃以上の高温火山ガスの組成は非常に狭い範囲に分布し,1990年以降時間変動も観察されていません.低温火山ガスは高温噴気ガスの周囲に分布し,高温火山ガスを起源として分別されて生成したと推定されています.
低温の山頂火山ガスが高温の火山ガスと比較してSt(総硫黄濃度)のコーナー近傍に偏っているのは,すでに火山ガスから析出して地下にあった自然硫黄が,火山ガスに付加したためと推定されています.
薩摩硫黄島火山の火山ガスは他の島弧の高温火山ガスと比較すると,H2Oに比べSt濃度は大差はないが,CO2に乏しいことがわかります.
熱伝達の概念モデル
硫黄岳では,マグマが地下浅いところまで上昇しています(赤色の部分).図は海水準(海を青色で示す)にマグマの頭部が位置すると想定しています.マグマの周囲で熱水対流が生じるとともに,マグマの頭部では活発な脱ガスが起こります. 山頂火口やその外側の山腹には,高温や低温の噴気孔とその周囲の地中温度異常域(噴気地)が広がっていますが,このような活動はマグマから上昇してくる高温の火山ガスによって引き起こされています.火山ガスは火道のような弱線を集中的に上昇し,多くがそのまま山頂部の噴気孔から放出されますが,上昇過程で一部が周囲へもれ,冷却し凝縮します.山麓の噴気孔や海岸の温泉は天水の他にそのような凝縮した成分を起源にしていると考えられます.高温の火山ガスが地中において沸点程度まで冷却することによって,大地が温められます(黄色の部分).それによって噴気地が形成され,熱が大気へと放出されていると考えられます.
放熱量の経年変化
上の図は山頂火口原の値,下の図は硫黄岳全体からの値を示します.
GSJ 1976(赤い●印)は地質調査所(1976)によって得られた値,Urai 2002(青い■印)は人工衛星の結果,Matsushima 2003(黒の×印)は山頂火口のリムから測定した地表面温度分布に基づく値,Igushi 2002は井口・鍵山(2002)によって,GSJ 2007は本報告で示したセスナによる観測から得られた値です.
籠港降下テフラ
籠港降下テフラ(K-Ko)は,長瀬火砕流を覆い鬼界-アカホヤ噴火噴出物に覆われる薄い降下軽石・スコリアを挟む降下火山灰累層で,竹島で記載されました(小野ほか,1982;奥野ほか,1994).
硫黄島では平家城の道路脇に籠港降下テフラの良い露頭があるほか,写真のように,平家城東側および北側の海食崖に小アビ山火砕流(K-Kob)を覆う籠港降下テフラが露出します.下位の全体に褐色を帯びた降下テフラ層を上位の暗灰色降下テフラ層が不整合で覆う様子が観察できます.ここでは全体の厚さは約40mに達し,竹島の籠港降下テフラよりも厚い.平家城の道路脇露頭では,このうち上部の厚さ約17mの籠港降下テフラを観察することができます.
また,平家城の海食崖では,竹島火砕流堆積物の下に,籠港降下テフラの浸食面を覆う厚さ約20mの厚い粗粒白色軽石層が遠望できます.堆積物上面が平らなことから,小野ほか(1982)では竹島火砕流と見なしてますが,遠望する限り淘汰はいくぶん悪いものの粗粒(最大径30cm前後)の軽石からなり基質がほとんど認められないこと,不明瞭ながら2次的に転動したらしい層理面が遠望できることから,ここでは幸屋(船倉)降下軽石(K-KyP)としておきます.同様の粗粒白色軽石は大谷浜西の海食崖上にも認められます.
幸屋(船倉)降下軽石の上部には,類質岩片が多い竹島火砕流堆積物(K-Ky)が5m程度の厚さで露出しています.ここでは火砕流の下部に厚さ1m前後の溶結部(W)があります.坂本へ下る道沿いの竹島火砕流も類質異質岩片の量が著しく増大しており,火口近傍のlag breccia相と考えられます.竹島火砕流に含まれる岩片の量は竹島より硫黄島のほうが一般的に多く,その平均粒径も大きいことから,竹島火砕流の噴出源はより硫黄島に近いところにあったと考えられます.
1999年11月19日 川辺禎久撮影
平家城露頭
平家城(へいけのじょう)には小アビ山火砕流堆積物を覆う鬼界-籠港降下テフラ(K-Km)が露出しています.鬼界-籠港降下テフラは,安山岩質降下火山灰・火山砂と同質軽石層からなり,桜島起源の約13000年前の薩摩火山灰を挟みます.
約7300年前に鬼界カルデラは最新の大規模火砕流噴火(鬼界-アカホヤ噴火)を起こしました.このときの噴出物は下位から船倉降下軽石(FK.pfa),船倉火砕流堆積物,竹島火砕流堆積物(TS pfl.)に区分されています(小野ほか,1982).硫黄島では平家城で船倉降下軽石(FK.pfa)が竹島火砕流堆積物(TS pfl.)直下に認められます.
竹島火砕流は白色軽石を含む火砕流堆積物で,海を渡って九州南部にまで達し,幸屋火砕流と呼ばれています.竹島では,東部の台地をほとんど覆い,全体で20〜30m程度の厚さになります.一方,硫黄島では,それより薄く,平家城,坂本付近,長浜熔岩上に分布します.また,長浜熔岩がつくる台地上では長浜熔岩あるいは小アビ山火砕流の浸食面を覆います.硫黄島の竹島火砕流堆積物は,溶岩片など類質岩片が多く,軽石が相対的に少ない,火口に近いと考えられる堆積相を示しています.
硫黄島に分布する後カルデラ火山は,流紋岩質の硫黄岳と玄武岩質の稲村岳です.鬼界-アカホヤ噴火の後,流紋岩質マグマの噴火活動が現在の硫黄岳付近で5200年前頃に再開しました.
稲村岳は3900年前頃に噴火し,平家城,矢筈岳,長浜溶岩上には降下火砕物が堆積しています.降下スコリア層(K-In)は4枚あり,腐食土壌層の発達で複数の降下火砕物部層が識別されます.また溶岩流も複数回流出し,東温泉から長浜にかけての硫黄島南海岸に露出しています.ほとんどの噴出物が陸上のマグマ噴火による堆積物ですが,稲村岳降下火砕物の上部部層にマグマ水蒸気爆発によるサージ堆積物が存在し,長浜集落周辺の長浜溶岩の上に分布しています.稲村岳は,2200年以前に活動を停止しました,
硫黄岳は流紋岩〜デイサイト質の厚い溶岩流・溶岩ドームと本質転動角礫岩からなる火山体です.後カルデラ期初期の降下火砕物(K-Sk-l)の分布と年代によると,硫黄岳付近での活動は約5200年前には始まっています.ただし降下火砕物の被覆関係から,現在露出する山体表面は稲村岳の活動終了後,2200年前以降に形成されたらしく,活動初期の噴出物は硫黄岳本体には露出していません.侵食の程度,遠望される被覆関係から,東半部が古く,西側山体が新しいと考えられています.山頂部を構成する流紋岩溶岩ドームは1100年前以前に形成されました.その後山頂部で爆発的な噴火が500-600年前まで続き,キンツバ火口,大穴火口が形成されました.1200年前および500-600年前の噴火では,火砕流が西側山麓まで流下しています.
Kawanabe and Saito (2002)のFig.3を引用. 1999年11月 川辺禎久撮影
東温泉の露天風呂
硫黄岳の南側の海岸にわき出している東温泉の露天風呂.強酸性(pH=1-2),湯温50℃程度.ちょっと熱めですが,海を見ながら入るのは最高です.
1996年3月12日に斎藤元治撮影.
土壌CO2高放出量地点
矢筈岳山麓の土壌CO2の放出量の多い場所(図:土壌ガス経由での火山性CO2放出量の分布のAで示されている地域) .中央の人物の左側の一体の草が枯れており,その中央部は灰色の変質帯が分布します.写真では判りにくいですが,周囲は草が生い茂っており,枯れている場所はCO2が放出されている場所に限られています.変質帯は粘土状に変質しており,地中温度は80度を超える部分があり,高CO2の放出が熱放出に伴われていることを示しています.
撮影:2002年11月,篠原宏志.
硫黄岳流紋岩と酸性温泉の元素含有量
酸性温泉(Acidic springs),新鮮な硫黄岳流紋岩(Fresh rhyolite)および700℃より高温の火山ガスの各元素濃度を示しています.
東温泉などの酸性温泉水には,新鮮な硫黄岳流紋岩の主成分元素である,Na, K, Ca, Mg, Al, Fe, Mnなどが陽イオンとして多く含まれています.酸性温泉水の元素含有パターンも,火山ガスの元素含有パターンよりも流紋岩のそれに似ています.従って,山頂あるいは山体内部で岩石中の元素を溶脱しながら流れ下ってきた酸性熱水が,山麓で酸性温泉として湧水しているものと考えられます.
Hedenquist et al. (1994)のFig.4を引用.
稲村岳
稲村岳は薩摩硫黄島集落の東に位置する小型の玄武岩質複成火山で,約3900年前に活動を開始し,2200年以前に活動を停止しました, 全山竹林に覆われており,山体の内部構造が観察できるのは南側海岸の露頭のみです.
稲村岳の向こうは硫黄岳.
2006年10月27日 川辺禎久撮影.
- 中〜遠望写真集:
永良部崎(稲村岳の南西側)からみた稲村岳火山
中央のスコリア丘の南海岸に連続して露出しているのが,稲村岳火山の最も下位の噴出物である玄武岩質の南溶岩流です.南溶岩流の厚さは2〜3mほどで表面はスコリア状のクリンカーに覆われます.さらに南溶岩流の浸食面上を稲村岳本体を作るスコリア丘のスパターや転動堆積物が覆います.スコリアは径1〜10cmほどで,分級はよい.転動部分では逆級化構造が著しいです,径20cm以上の粗粒スコリア,スパターからなる層を挟み,一部は厚さ10〜50cmほどの薄い溶結層をつくります.
東溶岩流は稲村岳本体のスコリアを覆って稲村岳南東麓から東温泉付近まで分布します.東溶岩流の一部と思われる溶岩流は稲村岳東麓のボーリングコアで確認されています,また,それにつながるような溶岩流らしい地形が硫黄島集落東部まで連続し,小野ほか(1982)同様に,東溶岩流が伏在していると考えられます.東溶岩流は層序,分布から現在の稲村岳スコリア丘本体をつくる活動の末期に北北東に開いた火口から流出したものと考えられます.
稲村岳南海岸西部ではスコリア丘本体を覆って厚さ数mの火山角礫岩が露出します.K-In-2最上部の爆発角礫岩に対比される可能性があります.
最も手前にみえる溶岩流が,稲村岳北西麓の小火口から噴出した玄武岩質安山岩の磯松崎溶岩流で,硫黄岳集落から長浜港の東部に崖を作り,磯松崎までよく露出しています.厚さはやや厚く15m程度です.磯松崎溶岩流の上には稲村岳の噴出物は乗っておらずK-Sk-uテフラに直接覆われることから,磯松崎溶岩流はK-In-2降下テフラ堆積後,稲村岳火山をつくった玄武岩質マグマの最後の噴火活動による噴出物と判断できます.
1994年10月に斎藤元治が撮影.
- 中〜遠望写真集:
硫黄岳登山道(稲村岳の北東側)からみた稲村岳火山
稲村岳火山は,底径約780m,高さ約230m(三角点標高236.2m),小型の玄武岩質成層火山です.一見単成火山のようにみえますが,稲村岳起源の降下テフラ(K-In)は土壌を挟んで2部層あり,複数回の噴火事件を起こした複成火山です. 写真のように,山頂には北北東側に開いた火口があります. 浸食谷の発達はよくないうえ全山竹林に覆われており,内部構造は南海岸沿いでわずかに露出するだけです.
手前は,硫黄岳の溶岩流です.
カルデラ縁を構成する長浜溶岩流と矢筈岳火山が背後に見えます.
1998年11月に斎藤元治が撮影.
薩摩硫黄島地質図2006年11月版
小野ほか(1982)による1:50,000地質図「薩摩硫黄島」に,最新のデータを加えて,改訂した地質図(川辺禎久作成).
硫黄島に分布する先カルデラ火山を構成するユニットは,矢筈岳火山と長浜溶岩流です.矢筈岳火山は薩摩硫黄島北部に分布する玄武岩〜安山岩質の小型の成層火山です.南半分は鬼界カルデラ壁に切られていますが,北斜面には一部溶岩流地形が残っています.薩摩硫黄島西部には厚さ70〜80mのデイサイト質の長浜溶岩が分布しています.
これらのユニットを小アビ山火砕流堆積物が覆っています.火砕流堆積物の下部は強溶結し,特に谷地形を埋めるところでは厚さ20-30mに達します.火砕流堆積物上部は溶結度が低い部分と高い部分が互層しています.平家城には小アビ山火砕流堆積物を覆う鬼界-籠港降下テフラが露出しています.鬼界-籠港降下テフラは,安山岩質降下火山灰・火山砂と同質軽石層からなり,桜島起源の約13000年前の薩摩火山灰を挟みます.
約7300年前に鬼界カルデラは最新の大規模火砕流噴火(鬼界-アカホヤ噴火)を起こしました.このときの噴出物は下位から幸屋(船倉)降下軽石,船倉火砕流堆積物,竹島火砕流堆積物に区分されています(小野ほか,1982).硫黄島では幸屋(船倉)降下軽石は平家城で竹島火砕流堆積物直下に認められます.硫黄島の竹島火砕流堆積物は,異質岩片が多い火口近傍相と考えられる堆積相を示します.
硫黄島に分布する後カルデラ火山は流紋岩質の硫黄岳と玄武岩質の稲村岳です.
稲村岳は3900年前頃に活動し,2200年以前に活動を停止しました,平家城,矢筈岳,長浜溶岩上にはその降下火砕物が堆積しています.また溶岩流も複数回流出し,東温泉から長浜にかけての薩摩硫黄島南海岸に露出しています.
硫黄岳は流紋岩〜デイサイト質の厚い溶岩流・溶岩ドームと本質転動角礫岩(溶岩が噴出直後に崩落し角礫岩として堆積したもの)からなる火山体です.鬼界アカホヤ噴火後,流紋岩質マグマの活動が現在の硫黄岳付近で5200年前頃に再開しました.ただし,降下火砕物の被覆関係から,現在露出する山体表面は稲村岳の活動終了後,2200年前以降に形成されたらしく,活動初期の噴出物は硫黄岳本体には露出していません.侵食の程度,遠望される被覆関係から,東半部が古く,西側山体が新しいと考えられています.山頂部を構成する流紋岩溶岩ドームは1100年前以前に形成されました.その後,山頂部で爆発的な噴火が500-600年前まで続き,キンツバ火口,大穴火口が形成されました.1200年前および500-600年前の噴火では,火砕流が西側山麓まで流下しています.
薩摩硫黄島周辺の海域にも後カルデラ火山が存在しています.大部分は海底にありますが.薩摩硫黄島南方の浅瀬には流紋岩溶岩が海上に露出しています.1934年9月には薩摩硫黄島東方約2kmで海底噴火が起こり,海上に流紋岩溶岩からなる昭和硫黄島が形成されました.
この地図の作成に当たっては,国土地理院長の承認を得て,同院発行の2万5千分の1地形図,数値地図25000(地図画像) 及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用したものである.(承認番号 平19総使,第543号)
東上空から見た硫黄岳
硫黄岳は流紋岩〜デイサイト質の厚い溶岩流・溶岩ドームと本質転動角礫岩(溶岩が噴出直後に崩落し角礫岩として堆積したもの)からなる火山体です.現在露出する山体表面は稲村岳の活動終了後,2200年前以降に形成されたらしく,活動初期の噴出物は硫黄岳本体には露出していません.侵食の程度,遠望される被覆関係から,東半部が古く,西側山体が新しいと考えられます.硫黄岳では,現在も活発な噴気活動と,小規模な火山灰の放出が続いています.
1996年10月 川辺禎久撮影.
- 中〜遠望写真集:
薩摩硫黄島と昭和硫黄島
硫黄島を北東方向から撮影.
1996年10月 撮影:川辺禎久
- 中〜遠望写真集:
硫黄岳溶岩ドームの構成
硫黄岳の山体は,流紋岩質の厚い溶岩ドーム,溶岩流とそれに伴う粗粒な流紋岩質火山角礫岩からなり,それを降下軽石・火山灰,火砕流堆積物からなる硫黄岳テフラが覆っています.このうち,火山角礫岩は,岩石種は単一の流紋岩溶岩であること,層理を伴い,逆級化構造を持つこと,傾斜角は安息角に近いこと,角礫には冷却節理を持つものがあること,などから,熔岩ドーム形成時に溶岩ドームから崩落して生成した初生の崖錐(転動火山角礫岩)と考えられます.
硫黄岳を構成する溶岩および転動角礫岩は,遠望した被覆関係から,図のように,大きく5つのユニットに分類できます.
最も古いユニット(I-t)は硫黄岳古期転動堆積物で主に硫黄岳東側山体下部を占めます.硫黄岳古期転動堆積物には大きな浸食谷が発達し,それを覆う硫黄岳古期溶岩(I)が尾根部分に残っています.この溶岩は古岳付近から流出し,古期転動堆積物を形成しつつ流出したものと考えられます.なお,前野・谷口(2005)は硫黄岳南岸の硫黄岳古期転動堆積物の下位に複数の溶岩流を記載していますが,分布が狭いため薩摩硫黄島地質図には示していません.
硫黄岳西側山麓には硫黄岳西溶岩(II)が分布し,展望台付近の平坦部と前縁に急崖を持つ厚い舌状の溶岩流地形を作っています.
硫黄岳西溶岩(II)と古期転動堆積物(I-t)を覆って,山頂部を構成する硫黄岳新期溶岩(III)とその初生崖錐である硫黄岳新期転動堆積物(III-t)が分布しています.
古期噴出物が東側,新期噴出物が西側に偏った分布を示しているので,新期噴出物の活動前に硫黄岳西側山体が失われていた可能性があります.
この地図の作成には,カシミール3D(DAN杉本氏作,http://www.kashmir3d.com/ )を使用しました.
この地図の作成に当たっては,国土地理院長の承認を得て,同院発行の2万5千分の1地形図,数値地図25000(地図画像) 及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用したものである.(承認番号 平19総使,第543号)
東南東上空から見た硫黄島
硫黄島は鹿児島県本土の南約50kmに浮かぶ火山島で,島内東端にある硫黄岳からは現在も噴煙が上がっています.
1996年10月 川辺禎久撮影.
- 中〜遠望写真集:
長浜溶岩上から見た硫黄島
硫黄島西部の長浜溶岩上からみた硫黄島の火山群.
噴煙を上げているのがデイサイト-流紋岩質の硫黄岳,その手前の竹林に覆われた円錐形の火山が玄武岩質の稲村岳.この2つの火山が後カルデラ火山です.
中央が先カルデラ火山の矢筈岳,その左側に長浜溶岩流があり,撮影地点まで続いています.これらはカルデラ縁を構成しています.
2006年10月27日 川辺禎久撮影.
- 中〜遠望写真集:
赤外熱映像観測風景
中央の人物がもっている装置が,赤外熱映像装置です.デジタルカメラのように,シャッターを切ると,熱映像が記憶媒体にセーブされます.左の三脚にあるのは,通常のビデオカメラで,可視画像を同時に記録しています.
2003年7月7日,十勝岳火山にて,斎藤元治撮影.
南海上から見た硫黄岳
侵食の程度から,より侵食された古期溶岩(I)と比較的原地形を残している新期溶岩(III)に分けられます.新期溶岩の下には新期溶岩と同時に形成された新期転動堆積物(III-t)があります.硫黄岳西麓には新期転動堆積物に覆われた硫黄岳西溶岩があります.
2003年10月24日 川辺禎久撮影.
- 中〜遠望写真集:
平家城にみられる後カルデラ期のテフラ層
後カルデラ火山の活動に伴う降下テフラは,薩摩硫黄島で厚く,竹島で薄く,分布しています.薩摩硫黄島の後カルデラ期降下テフラは,ほぼ中央部を占める稲村岳から噴出した玄武岩質テフラで大きく3つのグループに区分できます.Kawanabe and Saito(2002)はこれらを下位からK-Sk-l,K-In,K-Sk-uと命名し,さらに腐食土壌層により,K-Sk-lを2つ(K-Sk-l-1とK-Sk-l-2),K-Inを2つ(K-In-1とK-In-2),K-Sk-uを4つ(K-Sk-u-1からK-Sk-u-4)に区分しました.
2006年10月に斎藤元治が撮影.
硫黄島のSO2放出量の繰り返し観測データ
縦軸はSO2放出量(トン/日),横軸は年.各観測法(定点観測法,トラバース法)による放出量データがプロットされています.
1990年から島内において定点観測が始められ,1994年からはほぼ毎年観測値が得られています(Kazahaya et al., 2002).
薩摩硫黄島火山では,観測地点に制約があったため,定点観測法が多用されてきました.2003年以降,トラバース法も併用して,定点観測法の誤差の見積りを行っています.その結果,これまでの定点観測法による放出量値(青色)は大幅に過小評価されており,実際の放出量は定点観測値の約2.5倍の平均1300トン/日(暫定値; Ohwada, unpublished data)であることがわかりました.補正後の定点観測法の値(赤色)はトラバース法による値(緑色)とよく一致しています.
1990年以降,2004年まで放出量に大きな変動はなく,1000―1500トン/日で安定しているように見えます.
平家城露頭での籠港降下テフラ柱状図
平家城の道路脇露頭の籠港降下テフラは,主に不明瞭な層理をもつ暗灰色で主に発泡の悪い安山岩岩片からなる粗粒降下火山灰層で,径5mm程度の黄白色〜黄色軽石からなる降下軽石層および細粒の白色火山灰層を何枚か挟みます.降下軽石層のうち,上から1/3ほどの位置の降下軽石が桜島起源の薩摩火山灰(約13ka)に対比されています(小林ほか,2006).主体をなす粗粒降下火山灰層は,発泡のよくない玄武岩〜安山岩質の細礫〜砂サイズの岩片からなり,不明瞭な層理を持つことがあります.特に下部は厚さ10から30cmほどの粗粒火山灰層と茶色腐食土壌の互層が発達しています.上部はやや厚い火山灰層が目立ち,白色火山灰単層,降下軽石層などもやや多い.
小林ほか(2006)は平家城の籠港降下テフラから上中下の3層準の腐食土壌で放射性炭素年代測定を行い,下位から11730±140,11500±120,9820±120年前の年代値を得ています.このことから硫黄島近傍で少なくとも鬼界-アカホヤ噴火(7300年前)の前約6000年間大きな休止期なく玄武岩-安山岩質の噴火活動が継続していたと考えられます.発泡のよくない岩片が多く,不明瞭な層理も認められることも多いことから,ブルカノ式もしくはいわゆる灰噴火(小野,1995)のような噴火様式だったと考えられます.
平家城道路脇露頭の南側,カルデラ壁に近い側では,カルデラ壁と平行な走向の小断層群が認められます.多くは正断層成分を持ち,鬼界-アカホヤ噴火噴出物まで変位させているが,後カルデラ期のテフラまで達していないことから,鬼界-アカホヤ噴火時のカルデラ形成に伴う断層群と考えられます.
SO2放出量観測手法
COSPEC,COMPUSSとも,図のような,定点観測法(パンニング法)とトラバース法のどちらかの手法で,噴煙の断面のSO2濃度を測定します.
定点観測法では,ある定点において,噴煙を水平あるいは垂直にスキャンすることで,断面のSO2濃度分布を測定します.一方,トラバース法では,装置を真上に向けた状態で自動車,船,航空機などに取り付け,噴煙の下を通過することで,噴煙の断面のSO2濃度分布を測定します.定点観測法では,一般に観測地点から噴煙までの距離が長いため,噴煙を通過した後で生じる光の散乱により,観測に用いる波長によってSO2濃度が著しく低く観測されることがわかってきました(Mori et al., 2006).この効果が大きい場合は,観測値を補正する必要があります.
噴煙の速度(V m/s)は,ビデオカメラで撮影した噴煙の映像から見積もっています.噴煙の断面のSO2濃度分布と噴煙の速度をかけて,単位時間当りのSO2放出量を算出します.SO2放出量で一般的によく使われる単位は,トン/日(一日当りに放出されたSO2の質量)です.
小アビ山火砕流堆積物
硫黄島の大浦の対岸の長浜溶岩の谷を埋めて厚く堆積する小アビ山火砕流堆積物.谷中央ほど厚くレンズ状に溶結しているのがわかります.下位がより強く溶結し,上位ほど細かい層理が発達,溶結度が下がっています.最上部を不整合に竹島火砕流堆積物が覆うように見えています.
長浜溶岩流上の小アビ山火砕流堆積物は最下部に細粒(<2cm)の灰白色降下軽石層(厚さ40〜80cm)を伴い,それを火砕流堆積物が覆います.火砕流堆積物の下部は溶結度が高く,硫黄島では溶結部の厚さは薄いところでは数m程度ですが,大浦や小坂本などの凹所を埋めたところでは20m以上に達します.火砕流堆積物上位では,それぞれが薄い(1〜数m)非溶結部と溶結部が互層するようになり,また異質,類質の円礫を含むようになります.強溶結部では赤色〜暗褐色の基質中に黒曜岩の本質レンズを含みます.非溶結部の軽石は暗褐色で,粒径は数cmから30cm程度まで変化し,発泡度はあまり高くありません.
2006年10月 川辺禎久撮影
薩摩硫黄島火山の位置
鬼界カルデラは,鹿児島県薩摩半島の南約50kmに位置します.硫黄島は鬼界カルデラの北西縁に位置する火山島で,主に,鬼界-アカホヤ噴火前の先カルデラ火山の噴出物と,硫黄岳,稲村岳の2つの後カルデラ火山から構成されています.
鬼界カルデラおよび薩摩硫黄島の位置
九州南部から西南諸島にかけて,フィリピン海プレートがユーラシアプレート下に沈み込んでおり,琉球弧の南北の火山列が分布します.薩摩硫黄島火山は,その火山列を構成する火山のひとつです.
薩摩硫黄島火山は,数10万年前から約7300年前までに,4回の大規模なカルデラ噴火を起こしています.この火山周辺の海底の陥没地形は,これらの噴火によるものと考えられています.硫黄島の西側にある緑色の部分(下の図)は,これらのカルデラ噴火以前に存在した火山の一部で,現在は,竹島とともに,カルデラ縁を構成しています.
下の図は,薩摩硫黄島の地質の概略図です.島の東半分は,約5200年前から活動を開始した硫黄岳(赤色)の山体で構成されています.硫黄岳の西には,約3000年前の噴火で形成された稲村岳(青色)があります.この2つの山体を形成したマグマの化学組成は大きく異なり,硫黄岳はSiO2濃度が70wt%程度の流紋岩,稲村岳は50wt%程度の玄武岩です.
また,硫黄岳の東の沖合には,1934-1935年の噴火で形成された昭和硫黄島という小さな島があります.このマグマは硫黄岳と同じ流紋岩です.
島の西側に分布する黄色の部分は,約14万年前と約7300年前のカルデラ噴火による堆積物です.
硫黄岳や稲村岳,昭和硫黄島は,カルデラ噴火後(後カルデラ期)に,鬼界カルデラの縁の近くの噴火で形成された山体と言えます.一方,右上の図の灰色の部分は,海底が水面下100mより浅い部分であり,カルデラの内部にも地形的な高まりがあることがわかります.これらの高まりも,カルデラ噴火後に形成された山体と推定されていますので,カルデラ縁だけでなく,カルデラの中央部分でも同様な噴火が起きていたと考えられます.
さらに詳しい火山の形成・噴火史,地質についてはこちら
Saito et al. (2002)のFig.1を改変.
昭和硫黄島流紋岩に含まれるマフィックインクルージョン
後カルデラ期流紋岩(硫黄岳および昭和硫黄島火山岩)には,玄武岩質安山岩〜安山岩組成のマフィックインクルージョン(mafic inclusion)が含まれています.マフィックインクルージョンとは,火山岩に含まれている苦鉄質の岩石で,その起源はマグマである場合もあれば,マグマが上昇中に捕獲した地殻・マントル物質である場合もあります.硫黄岳および昭和硫黄島火山岩に含まれるマフィックインクルージョンは,流体として捕獲された形状を示すこと,火成岩的組織を有することなどから,流紋岩マグマが苦鉄質マグマを捕獲して形成されたと考えられています.
この写真は昭和硫黄島流紋岩中のマフィックインクルージョンです.マフィックインクルージョンは,暗灰色で,最大20cm程度です.斜長石, 単斜輝石, 斜方輝石, カンラン石, 鉄・チタン鉱物の斑晶を含み,その大きさは斜長石が2mm以下,他は1mm以下で,斑晶量は15vol%以下です.石基鉱物は,斜長石, 単斜輝石, 斜方輝石,, 鉄・チタン鉱物, 磁硫鉄鉱があり,大きさは0.5mm以下.また,径5mm以下の泡を含みます.
一方,硫黄岳流紋岩のマフィックインクルージョンも同様な組織を示しますが,昭和硫黄島流紋岩のものに比べて,小さく(最大5cm程度),斑晶量も少ない(5vol%以下),存在度も少ないという特徴があります.
Saito et al. (2002) のFig.2を引用.ファイルサイズ縮小版.
流紋岩マグマの密度と含水量
流紋岩マグマ(昭和硫黄島溶岩,1000℃)の密度とH2O濃度,圧力の関係を示します.
マグマは揮発性成分(特に水)を含むと密度が低くなります.従って,脱ガスした,即ち,揮発性成分の抜けたマグマは脱ガスしていないマグマよりも密度が高くなるため,脱ガス後は火道内を沈降してマグマ溜りに戻ります.
例えば,H2Oが1.4wt.%程度含むマグマの密度は2350-2380kg/m3であるのに対し,H2Oが0.4wt.%程度含むマグマの密度は2400kg/m3以上になり,脱ガス後に密度が高くなります.
Kazahaya et al. (2002) のFig. 3を改変.
地温測定結果
地図に示された10点(山頂部の測点は省略)にて10mの測定孔を穿ち,24時間以上放置した後,地表から1mおきの地温を測定した結果が示されています.地温はNo.5孔とNo.10孔を除いて,いずれも地表から3~4mまでは上昇し,その後若干低下しています.10m深では18.5℃~19.6℃と比較的高い一定値を示しています.No.5孔とNo.10孔は地表から急激に温度が上昇し,10mでは23.5℃と34.9℃の高温になっています.No.5孔は東温泉,No.10孔は付近で地下に何らかの熱源が予想されます. 図には示されていませんが,山頂地域の3ヶ所はいずれも1m以深で82℃以上,10m深で97.2℃以上の高温度となっています.
本調査は全国地熱基礎調査(地質調査所, 1976)の一環として行われました.未公表資料を改変.
調査地点・電気探査の測線
青丸は坑井の位置を示します.電気探査,磁気,重力測定の測点等については本図では省略しますが,赤実線に示した測線の地下断面についてシュランベルジャー法と呼ばれる方法によって得られた電気探査による比抵抗構造が求められています.
また,黒実線で示した測線の地下断面について,地磁気,重力調査によって得られた結果をもとに,帯磁率および密度構造が求められています.
硫黄島の重力異常図
着色した線は,同じ重力異常値(線の横に示してある)を結んだもので,その間隔は0.5mgalです.重力異常を計算するために用いた仮定密度(測定地域の平均的な密度)は2.0g/cm3としています.赤色→黄色→緑色→水色→青色→紫色の順に,重力異常値が低くなっています.
また,重力測定点を丸印,地形を灰色で示し,等高線間隔は50mです.
重力異常は島の北西から南東へ低くなる傾向があり,鬼界カルデラの構造に起因すると考えられます.すなわち,カルデラの窪みに低密度の火砕堆積物がみたされ,カルデラの中心に向かって重力が小さくなっていると考えられます.
硫黄岳と稲村岳が局所的に重力異常が小さくなっていますが,それはこの場所の表層の密度が仮定密度である2.0g/cm3より小さいためで,仮定密度を1.8g/cm3程度に小さくしたブーゲー異常ではそうした局所的な低重力異常は目立たなくなります.(表層の地質については→薩摩硫黄島地質図へ)
駒澤ほか(2005)の屋久島地域重力図の一部を改変.
鬼界カルデラを含む広域重力異常図
仮定密度は2.0g/cm3で,コンター間隔は1mgalです.赤色→黄色→緑色→水色→青色→紫色の順に,重力異常値が低くなっています.
重力測定点を+印で示します.海域の重力データは船上重力計による測定結果です.地形を灰色で示し,等高(深)線間隔は100mです.
カルデラの窪みに低密度の火砕堆積物が満たされているため,カルデラの中心に向かって重力が小さくなっています.鬼界カルデラの低重力異常は同心円状ではなく北西-南東に伸びた長円形状で低重力の中心が2箇所あるようにみえます.また,硫黄島とその東の竹島は重力的にはカルデラ壁に位置しているのが判ります.
鬼界カルデラの地形図は→こちら.
駒澤ほか(2005)の屋久島地域重力図の一部を改変.
解析断面A
測線(A-A’)での磁気異常および磁化・密度構造解析断面を示します.
(上)空中磁気探査から得られた磁気異常(地質調査所,1980).
(下)青色領域:磁気異常から推定された磁化の強い領域.ΔKは帯磁率のコントラストを示し単位は10-3emu/cm3. 赤線:表層と基盤との密度差(Δρ)を0.3g/cm3と仮定し,重力異常から推定された密度構造の境界.
馬場(1978)の図6.3.1を改変.
解析断面B
解析断面Aと同様に測線(B-B’)での磁気異常および磁化・密度構造解析断面を示します.
(上)空中磁気探査から得られた磁気異常(地質調査所,1980).
(下)青色領域:磁気異常から推定された磁化の強い領域.ΔKは帯磁率のコントラストを示し単位は10-3emu/cm3.赤線:表層と基盤との密度差(Δρ)を0.5g/cm3と仮定し,重力異常から推定された密度構造の境界.
馬場(1978)の図6.3.2を改変.
比抵抗構造(A断面)
地図に示されている測線(赤色の実線)に沿った深度方向の比抵抗構造を示しています.暖色系に向かって比抵抗値が小さくなるように表示しています.上部より下部に向かって,表層の中程度の比抵抗(200-500Ω・m),高い比抵抗(600-2500Ω・m),中程度の比抵抗(80-200Ω・m),きわめて低い比抵抗を示す層(1-3Ω・m)から成り立っていることが分かります.海水準(0m)の下部がきわめて低い値となっており,その原因として,海水の浸透や岩石の変質を上げることができます.
地表に記された数字は測点番号,鉛直下方の直線は各測点で解析された深度を示し,斜めの直線は推定される断層を示します.
小野寺(1976)の図7.6.2を改変.
比抵抗構造(B断面)
前の図(A断面)と同様に,地図に示されている測線(赤色の実線)に沿った深度方向の比抵抗構造を示します.
A断面と類似した比抵抗構造を示し,上部より下部に向かって,表層の低い比抵抗(250-600Ω・m),高い比抵抗(540-2100Ω・m),中程度の比抵抗(40-550Ω・m),きわめて低い比抵抗(2-4Ω・m)を示す層からなっています.A断面とほぼ同じ構造を示していることは,求められた構造が局所的なものではなく,2次元的に拡がっていることを示しています.
小野寺(1976)の図7.6.3を改変.
調査地点・電気探査の測線
調査井の位置を青丸で示します.緑丸で示した点では10m深地温測定を行っています.電気探査,重力測定の測点等については本稿では省略しますが,赤実線に示した断面においてシュランベルジャー法と呼ばれる電気探査法によって比抵抗構造をを求めています.また,黒実線で示した断面において,航空磁気測量,重力調査によって得られた結果をもとに,帯磁率および密度構造を求めています.
噴気最高温度変化
1970年代以降,火山ガスの最高温度は800-900℃で安定していることがわかります.
温度データは以下の文献を引用しました. 鎌田(1964),松葉谷ほか(1975),Kanzaki et al. (1979),Nomura et al. (1982),Shinohara et al. (1993),Shinohara et al. (2002).
Shinohara et al. (2002)のFig. 7を改変.
メルト包有物の特徴と火山岩との比較
メルト包有物は,マグマ中で斑晶が晶出する際に, 斑晶中に周囲の珪酸塩メルトが捕獲されたものです(例えば,Roedder, 1979;Roedder, 1984).この状態でマグマが地表に噴出し急冷されるとメルトはガラスになり,これをガラス包有物といいます.
火山岩は,マグマが地表に噴出し冷却したものです.図に示すように,地下の高圧状態に保たれていたマグマが地表に噴出すると,1気圧の低圧状態になり,冷却して火山岩になるまでに,マグマに溶け込んでいた揮発性成分はガスとして抜けてしまいます.このため,火山岩は揮発性成分に関し,抜けがらと言えます.
一方,メルト包有物は鉱物に囲まれていること,鉱物中の元素の拡散速度は小さいことから,揮発性物質に関し,火山岩のような噴火時の脱ガスや外部からの二次的な汚染が少なく,地下のマグマの揮発性物質の濃度を保持しています.従って,メルト包有物はマグマの揮発性成分濃度を知るための最適な試料であり,この十数年でメルト包有物を用いた火山活動に関する研究が飛躍的に発展しています.詳しくは,Lowenstern (2003)や斎藤(2005)の総説を参照下さい.
メルト包有物の大きさは,大きくても数100μm程度であり,含まれる揮発性物質は微少量(数wt%以下)なので,その分析には数10μm程度の微小領域を分析できる高感度の局所分析法が必要です.
写真は,薩摩硫黄島火山岩の斜長石に含まれるガラス包有物で,大きさ100μm程度です.
斎藤(2005)Fig.1を改変.
MELTSによる計算結果
この図(MELTSプログラムによる相平衡計算:メルト組成との比較2)は,MELTSプログラムによる計算結果を,SiO2およびAl2O3濃度でプロットしたものです.
この計算結果から見積もられる,実際の竹島火砕流軽石の石基やメルト包有物のSiO2およびAl2O3濃度(図中の赤い線で囲まれた範囲)を再現できる温度圧力条件の組み合わせは,860-920℃,<50-100MPaになります..
一方,竹島火砕流噴火のメルト包有物分析から見積もられる圧力は80-180MPa,輝石地質温度計から得られている温度は960℃であり,MELTSプログラムによる計算結果に比べ,圧力はやや高め,温度はより高温です.
ただし,厳密に比較するためには,実際の竹島火砕流噴火や昭和硫黄島噴火の火山岩で相平衡実験を行う必要が有り,今後の研究課題です.
(計算と解説は,東宮昭彦)
MELTSによる計算結果
この図(MELTSプログラムによる相平衡計算:メルト組成との比較1)は,MELTSプログラムによる計算結果を,温度-SiO2濃度でプロットしたものです.
この計算結果から見積もられる,竹島火砕流軽石の石基やメルト包有物の化学組成(SiO2濃度,赤い実線で示した範囲)を再現するために必要な温度圧力条件は,200MPaでは820℃,100MPaで870℃,50MPaで920℃になります. 竹島火砕流噴火のメルト包有物分析から見積もられる圧力は80-180MPaです.また,輝石地質温度計から得られている温度は960℃であり,MELTSプログラムによる計算結果に比べ,より高温です.
(計算と解説は,東宮昭彦)
MELTSによる計算結果
「MELTS」とは,Ghiorso and Sack (1995)らにより開発された,熱力学的モデルに基づいてマグマの相平衡や晶出鉱物組成などを数値計算で求めることができるプログラムです. ただし,このプログラムに用いる熱力学パラメータは実験岩石学的データのコンパイルに基づいており,対象とするマグマによって実験岩石学的データの質・量にばらつきがあるため,条件によって計算精度にもばらつきが出ます.従って,厳密な議論をしたければ,実際に高圧実験をした方が良いのですが,火山岩の岩石データからマグマの相平衡をおおまかに議論をする上で目安にはなるので,よく用いられています.
薩摩硫黄島火山の竹島火砕流噴火の流紋岩について,同プログラムによる相平衡計算結果を図に示します.横軸はマグマの圧力,縦軸は温度(℃)です. マグマの化学組成は竹島火砕流軽石の全岩組成,マグマは水に飽和,酸素フガシティはNNOの酸素フガシティと同じ,を仮定しています.
水に飽和した系では一般に高圧(高H2O)ほど鉱物の晶出開始温度は低下します.同じ鉱物組合せの場合,低圧(低H2O)ほど高温条件になります.図のように,MELTSプログラムによる計算では,竹島火砕流のマグマ温度が900-950℃であれば,圧力はおよそ75MPa以下になります.
(計算と解説は,東宮昭彦)
メルト包有物
薩摩硫黄島火山の硫黄岳噴火軽石中の斜長石に含まれるメルト包有物(左)と稲村岳噴火スコリア中の単斜輝石に含まれるメルト包有物(右)の光学顕微鏡写真です.数字(3301)やアルファベット(A, B, C, D)で示されているメルト包有物がSaito et al. (2001)によって分析されています.
薩摩硫黄島火山のカルデラ噴火によって放出された竹島火砕流中の軽石や1934-1935年噴火の昭和硫黄島溶岩のメルト包有物も,ほとんどは急冷されており,ガラス質です.ただし,昭和硫黄島溶岩にはガラス質の他に微晶質のメルト包有物も存在します.
メルト包有物には,ガラスとともに,泡が存在するケースがあります.上記の竹島および硫黄岳軽石,昭和硫黄島溶岩のメルト包有物内の泡の体積は,メルト包有物全体の2vol%以下,稲村岳スコリアもほとんどの泡が3vol%以下で,非常に小さいです.これらはshrinkage bubbleと言われるもので,メルトがガラスになった時にわずかに収縮したために生じたと考えられています. ただし,稲村岳のメルト包有物では,7および9vol%の泡をもつものもあります.このような大きい泡はshrinkage bubbleとは考えられず,斑晶がメルトとともに泡を捕獲したものと考えられています.
Saito et al. (2001)のFig.2 から引用.
流紋岩メルト包有物の主成分元素組成
メルト包有物の主成分元素組成は,マグマ溜まりの進化過程のどの時点でそのメルト包有物が捕獲されたかを知るために重要な情報です.メルト包有物の主成分元素組成は,鉱物の化学分析と同じくEPMAで測定できます.
この図は,Saito et al. (2001)による薩摩硫黄島火山のカルデラ噴火(約7300年前の竹島火砕流噴火)および後カルデラ期噴火(約500年前の硫黄岳,1934-1935年の昭和硫黄島噴火)の流紋岩質メルト包有物と基質ガラスの主成分元素組成です. 竹島火砕流軽石(赤色の◆),硫黄岳軽石(赤色の▲),昭和硫黄島溶岩(黄色の●)のメルト包有物は,どれもSiO2濃度が70wt.%以上の流紋岩組成を持っています.一つの噴火内では,メルト包有物はほぼ同様な化学組成を持っています.しかし,3つの噴火を比べると,噴火時期が新しくなるにつれ,SiO2,K2O濃度が高くなり,Al2O3, CaO, FeO濃度は低下していることがわかります.
また,各噴火のメルト包有物の主成分元素組成は,そのメルト包有物が含まれている火山岩の基質ガラスの組成(竹島火砕流軽石は◇,硫黄岳軽石は△,昭和硫黄島溶岩は○)とほぼ同じ範囲にあります.基質ガラスは,マグマ溜まりの噴火直前のメルトが急冷・固化したものであるので,これらのメルト包有物は,噴火直前のマグマだまりのメルトが捕獲され形成されたと考えられています.
一方,図中に示すように,竹島火砕流噴火(約7300年前)から昭和硫黄島噴火(1934-1935年)までの流紋岩の全岩化学組成はほぼ同じ範囲にあります(→岩石学).従って,上記のメルト包有物および基質ガラスの主成分元素組成の時間変化はマグマ溜まりの結晶化によって起きていることが考えられています.例えば,上記の竹島火砕流噴火(約7300年前)から硫黄岳噴火(約500年前)までのSiO2, Al2O3, CaO, K2O濃度の変化は,マグマ溜まり内での斜長石(An50)の5-10vol%の晶出で説明可能です.また,カルデラ噴火から昭和硫黄島噴火(1934-1935年)までは15-20vol%の晶出で説明可能です.実際のモード組成は,竹島は斜長石7vol%, 硫黄岳7-14vol%,昭和硫黄島14vol%で,時間とともに斜長石斑晶が増加する傾向が見られ,この仮説と矛盾していません.
Saito et al. (2001)のFig.4を改変.
熱水性変質鉱物の産出組合せ
Minerals: Native sulfur=自然硫黄,Quartz=石英,Tridymite=トリディマイト,α-Cristobalite=低温型クリストバライト,Alunite=明礬石,Amorphous silica=非晶質シリカ.
硫黄岳山頂付近での火山性流体にによる変質作用で形成されたシリカ鉱物の組み合せは,火口内(Inside summit crater)から火口周辺(Around summit crater)にかけて石英(Quartz)の消失,さらに山腹(Flank)にかけて低温型トリディマイト(Tridymite)の消失で特徴づけられ,大局的には温度低下を示しています.
火口内地表にはほとんど見られない明礬石(Alunite)が,地表下10数m〜50m(Subsurface)や山腹で産します.NE-SW系に卓越する岩石中の割れ目が非晶質シリカに脈状に充填されていることも多いです(Silica vein).
Hamasaki (2002)のFig.9を引用.
COMPUSS本体
SO2放出量の観測は,最近では,COSPECに代わり,COMPUSSと呼ばれる(Mori et al., 2007),DOAS(Differential optical absorption spectroscopy)法を用いた小型の観測装置を用いて行われています.写真はCOMPUSS本体で,USBケーブルを用いてノートPCにつないで測定を行います.写真の1円玉と比較してもわかるように,COSPECに比べ,格段に小さくなり,携帯性がよくなりました.また,装置の価格も1/10以下で,SO2放出量の観測に広く普及しつつあります.
撮影:風早康平,2004年7月20日.
薩摩硫黄島と村営定期船みしま
村営定期船「みしま」が硫黄島の港に入ろうとしています.背景は,噴煙を上げ活発に活動している硫黄岳(奥)と,約3000年前に形成された稲村岳(手前)です.
硫黄島は,竹島,黒島と共に,鹿児島県三島村の一部です.島への交通はこの村営定期船に依存しており,鹿児島港と竹島・硫黄島・黒島の間をほぼ1日おきに往復しています.「みしま」は,約1200トン,全長90m,最高19ノット,定員253人で,鹿児島港から硫黄島までの108kmを3時間半で航行しています.
2006年10月27日に斎藤元治が撮影.
- 中〜遠望写真集:
マグマの脱ガスプロセスと薩摩硫黄島メルト包有物のH2OおよびCO2濃度
上図は,マグマ溜まりの珪酸塩メルトのH2OおよびCO2濃度を変化させるマグマプロセスを示す.下図は,薩摩硫黄島火山のメルト包有物のH2OおよびCO2濃度と,濃度変動を引き起こしたと考えられるマグマプロセスを示す.
メルト包有物はマグマ溜まりの珪酸塩メルトを捕獲したものと考えられるので,メルト包有物のH2O, CO2濃度の変化はマグマ溜まりの珪酸塩メルトの濃度が変化していることを示します.マグマ溜まりでの主要なマグマプロセスとそれに伴う珪酸塩メルトのH2O, CO2濃度の変動は下記のようにまとめられています(風早,1997;斎藤,2005).詳しくは,引用文献を参照下さい.
(1)マグマの圧力低下に伴う脱ガス.珪酸塩メルトのCO2濃度が急激に減少した後に,H2O濃度が減少する.
(2)マグマがガス飽和かつ等圧状態で結晶分化.等圧線上で,珪酸塩メルトのCO2濃度が減少し,H2O濃度が増加する.
(3)マグマがガス不飽和状態で結晶分化.珪酸塩メルトのH2O, CO2濃度は比例的に増加(ただし,結晶にH2OおよびCO2が含まれないと仮定した場合).
(4)マグマがガス飽和かつ等圧状態でCO2ガスが付加.等圧線上で,珪酸塩メルトの H2O濃度が減少し, CO2濃度が増加する.
(5)マグマがガス不飽和状態でガスが外部より付加.珪酸塩メルトのH2O, CO2濃度は付加されるガス量に応じて変化する.
これらを元に,観測された各噴火のメルト包有物のH2O,CO2濃度の変動パターンから,下記のようなマグマ溜まりでの脱ガスプロセス,圧力状態などがSaito et al. (2001)によって考察されています.
竹島火砕流軽石のメルト包有物のH2O濃度は,CO2濃度が低い状態で,大きく変動しています.この変動パターンを上記と比べると,(1)の圧力低下による変化で説明可能です.この推定が正しいとすると,メルト包有物のH2O,CO2濃度からマグマ溜まりの圧力(深さ)を見積もることができます.すでに,述べたように,竹島火砕流軽石のメルト包有物のH2O,CO2濃度から得られるガス飽和圧力は80-180MPaであるので,カルデラ噴火直前に,80-180MPaの圧力,深さにして3-7kmに,発泡したマグマだまりが存在していたと推定できます.
稲村岳のメルト包有物の変動は,等圧線上に分布しているようにみえます.また,メルト包有物に捕獲した泡があることから,ガス飽和状態であった可能性があります.このため,(2)か(4)が予想されますが.(2)の場合,50wt%のメルトが晶出する必要があり,生じるメルトは流紋岩になるはずですが,そのようなメルト包有物は稲村岳噴出物には見つかっていません.従って,(4)が有力ですが,確定するには今後のさらなる研究が必要です.ガス飽和圧力は70-130MPaなので,深さ3-5kmに稲村岳噴火マグマのマグマ溜まりが位置していたと推定されています.
硫黄岳噴火について,2つのメルト包有物は竹島火砕流軽石メルト包有物の範囲に含まれています.これらのメルト包有物の主成分元素組成も竹島火砕流軽石メルト包有物と同様なので,硫黄岳噴火マグマは竹島火砕流噴火で噴出せずに残った,言わば出残りマグマである可能性が高いです.ガス飽和圧力は70MPaで,深さ3kmと見積もられています.
一方,昭和硫黄島メルト包有物のH2O, CO2濃度変動は,(3)と(5)が考えられます.このうち,昭和硫黄島メルト包有物の主成分元素組成に大きな変動はないので,(3)は除外されます.従って,(5)のガス不飽和状態でのガス付加が有力です.後で述べるように,硫黄岳噴火マグマ溜まりが火道内マグマ対流によって脱ガスし,ガスに不飽和になっていた可能性があります.付加されたガスはCO2に富んだガスである必要があります.後カルデラ期には流紋岩マグマ溜まりの下部に稲村岳を形成した玄武岩マグマが存在していた可能性が岩石学的研究により指摘されていること,稲村岳メルト包有物は流紋岩マメルト包有物よりCO2に富んでいることを考え合わせると,火道内マグマ対流によって脱ガスしガス不飽和になった硫黄岳マグマ溜まりに下部の玄武岩マグマからCO2に富むガスが付加して昭和硫黄島メルト包有物のH2O, CO2濃度の変動が生じた可能性が高いです.
さて,昭和硫黄島メルト包有物は,硫黄岳よりもさらにH2O濃度が低く,1wt%程度です.昭和硫黄島火山岩と硫黄岳火山岩は同じマグマ溜まりを起源としていることが,メルト包有物の主成分元素組成や火山岩の全岩組成から予想されているので,このマグマ溜まりに珪酸塩メルトのH2O濃度を〜3wt%から〜1wt%まで減少させるプロセスが働いているはずです. 珪酸塩メルトのH2O濃度を減少させるプロセスとしては,(1)と(4)が挙げられます. (1)が硫黄岳マグマ溜まりに起きる場合,圧力低下で〜1wt%までH2O濃度を減少させるためには,マグマが10MPa以下の低圧状態になる必要があります.これは400m以下の深さに相当し,硫黄岳の山頂の高さを考えると,海水準より上までマグマが上昇しなくてはなりません.しかしながら,このような浅部にマグマ溜まりがあるという観測結果は無い上に,火山ガスの放出量から推定されるような大量のマグマがこのような浅部にあるとは到底考えられません. 一方,(4)のプロセスが働いているとすると,CO2ガスの供給によって,メルトのH2O濃度が〜3wt%から〜1wt%まで減少するとともに,CO2濃度は,14ppmから300ppmまで増加します.ですが,このような高いCO2濃度を持つ昭和硫黄島メルト包有物は未だ見つかっていません.さらに,この高いCO2濃度を達成するためには硫黄岳の珪酸塩メルトに対して30wt.%ものCO2ガスが供給される必要があり,現実的でありません.
Saito et al. (2001)は,この問題を解く唯一のプロセスとして,火道内マグマ対流による脱ガスプロセスを提案しています.このプロセスは,地下深部のマグマ溜まり上部に,マグマ溜まりから地表近くにまで達する安定した火道が存在し,その火道内をマグマが上昇,地表近くの低圧状態で脱ガスし,脱ガスしたマグマがマグマ溜まりまで下降するというものです.このプロセスが継続的に働くことで,マグマ溜まりの揮発性成分濃度が低下します.この脱ガスプロセスが,硫黄岳噴火のマグマ溜まりに働き,珪酸塩メルトのH2O濃度が〜3wt%から〜1wt%まで減少した可能性があります.H2O濃度が〜1wt%まで減少すると,そのマグマ溜まりはガスに不飽和状態になります.この流紋岩マグマ溜まりに,すでに述べた(5)のガス不飽和状態でのガス付加が新たに働き,CO2濃度の高い昭和硫黄島メルトが形成されたと考えられています.
この推察は,硫黄岳山頂付近では最近約1000年間,活発な火山ガス放出活動が続いているという地表現象とも整合的です. 硫黄岳メルト包有物の1つは,H2O=1.5wt%であり,この低いH2O濃度は,この火道内マグマ対流による脱ガスプロセスで生じた可能性があります.
さらに,図中には,現在硫黄岳山頂火口から放出されている火山ガスのH2OおよびCO2の濃度比を示してあります.昭和硫黄島メルト包有物のH2OおよびCO2濃度の比は,この火山ガスと同様な値です.H2OとCO2はメルトに対する溶解度が大きく異なり,非常に低圧でH2Oがほとんど全て脱ガスしないと,これらの比は一致しません.このことは,火道内対流によって昭和硫黄島マグマが低圧下で脱ガスし火山ガスを放出していることを強く示唆しています.
さらに,図中には,現在硫黄岳山頂火口から放出されている火山ガスのH2OおよびCO2の濃度比を示してあります.昭和硫黄島メルト包有物のH2OおよびCO2濃度の最大値の比は,この火山ガスと同様な値です.現在放出されている火山ガスが昭和硫黄島マグマが脱ガスしたものと仮定すると,H2OはCO2よりも珪酸塩メルトに対する溶解度が非常に高いため,H2Oがほとんど全てガスになるような非常に低圧下で昭和硫黄島マグマが脱ガスしないと,これらの比は一致しません.このことは,火道内対流によって昭和硫黄島マグマが低圧下で脱ガスし火山ガスを放出していることを強く示唆しています.
Saito et al. (2001)のFig.6を改変.
後カルデラ期噴火のメルト包有物のH2OおよびCO2濃度
顕微赤外分光光度計で測定したカルデラ噴火(竹島火砕流軽石)および後カルデラ期噴火(稲村岳スコリア,硫黄岳軽石,昭和硫黄島溶岩)のメルト包有物のH2O, CO2濃度(Saito et al., 2001).
メルト包有物のH2O,CO2濃度は,噴火時期や噴火マグマの組成で大きく異なっています.
流紋岩組成のメルト包有物のH2O濃度は,竹島火砕流軽石(約7300年前)は3-5wt%(上の図の紫色の♢),硫黄岳軽石(約500年前)は1.5-3wt%(上の図の赤い△),昭和硫黄島溶岩(1934-1935年)は0.7-1.4wt%(下の図),と噴火時期が新しくなるとともに低下しています.一方,これらのメルト包有物のCO2濃度は,竹島および硫黄岳は40ppm以下と少ないが,昭和硫黄島は70-140ppmと高くなっています.
玄武岩マグマ噴火である稲村岳(約3000年前)のメルト包有物のH2O濃度は1.2-2.8wt%で,硫黄岳と同程度だが,CO2濃度は90-290ppmで,昭和硫黄島メルト包有物よりも高い値を持っています.
この図にはH2OとCO2の混合ガスの溶解度もプロットしてあります.各圧力の流紋岩マグマの溶解度は実線で,玄武岩マグマの溶解度は破線で示してあります.この溶解度線とメルト包有物のH2O, CO2濃度から,マグマのガス飽和圧力が読み取れます.マグマのガス飽和圧力とは,マグマがガスに飽和している,即ち,気相(この場合,H2OとCO2)がマグマ中に存在している場合の圧力です.
図中の溶解度線とメルト包有物のH2O, CO2濃度から,竹島火砕流噴火マグマのガス飽和圧力は80-180MPa,硫黄岳は70MPaと20MPa,稲村岳は70-130MPa,昭和硫黄島は20-50MPaと読み取れます.この圧力は深さにすると,竹島火砕流噴火マグマでおおよそ3-7km,硫黄岳は3kmと~1km,稲村岳は3-5km,昭和硫黄島は1-2kmに相当します.
Saito et al. (2001)のFig.5を改変.
メルト包有物のH2O, SおよびCl濃度
カルデラ噴火(竹島火砕流軽石)および後カルデラ期噴火(稲村岳スコリア,硫黄岳軽石,昭和硫黄島溶岩)のメルト包有物のH2O, SおよびCl濃度を図に示します.紫色の♢が竹島火砕流軽石,緑色の□が稲村岳スコリア,赤色の△が硫黄岳軽石,黄色の○が昭和硫黄島溶岩のメルト包有物です.
竹島火砕流軽石,硫黄岳軽石,昭和硫黄島溶岩の流紋岩メルト包有物は同様なS濃度を持っています.一方,稲村岳スコリアのメルト包有物は1000-2000ppmのS濃度を持ち,流紋岩メルト包有物よりも高い.
Cl濃度は,流紋岩メルト包有物の方が,稲村岳スコリアのメルト包有物よりも高い.また,流紋岩メルト包有物内では,竹島火砕流軽石,硫黄岳軽石,昭和硫黄島溶岩の順にCl濃度が高くなっているように見える.メルト包有物の主成分元素組成および岩石学的研究から,竹島火砕流噴火から昭和硫黄島噴火までに流紋岩マグマ溜まりが少し結晶化していると考えられていることとと,このCl濃度の時間変動は調和的です.すなわち,この結晶化により珪酸塩メルトのCl濃度も高くなった可能性があります.
一方,昭和硫黄島メルト包有物のS/H2O比は,火山ガスのS/H2O比と同様な値を示しています.H2OとCO2と同様に, H2OとSがほとんど脱ガスすれば,これらの比は一致するので,低圧下の脱ガスを示唆しています.
一方,Clは低圧で脱ガスが起きても,H2OやSに比べて珪酸塩メルトへの溶解度が高いので,Clの一部はメルトに残ります. 実際に竹島火砕流軽石,硫黄岳軽石,昭和硫黄島溶岩の基質ガラスを分析したところ,約1200ppmのCl濃度を持つことがわかっています. そこで,マグマの脱ガスで現在硫黄岳山頂火口から放出されている火山ガスと同じ組成のガスが放出され,H2Oが完全に脱ガス,Clがメルトに1200ppm残ったと仮定した場合の,元々のメルトのClおよびH2O濃度のとりうる値をLine Aで示します.昭和硫黄島メルト包有物はLine Aより少し上に位置するが,昭和硫黄島メルトが火山ガスの起源であるという仮説と大きな矛盾はありません..
Saito et al. (2001)のFig.7を改変.
マグマ混合プロセスの模式図
後カルデラ期火山岩(稲村岳,硫黄岳,昭和硫黄島およびマフィックインクルージョン)の岩石学的解析と化学分析結果に基づき,図のようなマグマ溜まりとマグマ混合プロセスが考えられています(Saito et al., 2003).
硫黄岳噴火(2200年前〜500年前)の直前に,玄武岩マグマが流紋岩マグマだまりの下部に上昇・接触し,わずかに混合したと考えられています.硫黄岳マフィックインクルージョンの全岩組成が玄武岩質安山岩組成であること,そのマフィックインクルージョンのほとんどの斜長石・輝石斑晶のコアは均質である(リムのみ変化)ことから,混合から噴火までの時間間隔は短かったと予想できます.
稲村岳噴火以前の硫黄岳噴火(5200年前〜3900年前)でもマフィックインクルージョンが存在するので,このような混合および噴火プロセスが硫黄岳の活動開始(5200年前)以降,定常的に起きている可能性があります.さらに,硫黄岳マグマの温度(960℃)が流紋岩マグマとしては比較的高温であることは,高温(1130℃)の玄武岩マグマが流紋岩マグマの下部に潜在し熱を流紋岩マグマに供給していた可能性を示唆しています.
一方,昭和硫黄島噴火(1934-1935年)の前に,玄武岩マグマと流紋岩マグマの混合が進み,安山岩マグマからなる中間層が形成されていたことが考えられています.昭和硫黄島マフィックインクルージョンの全岩組成の大きな変動は,この中間層内の結晶分化や混合割合の違いで生じた可能性があります.硫黄岳マフィックインクルージョンよりも昭和硫黄島マフィックインクルージョンの方が大きく,かつ,存在度が高いことも,中間層の形成が進んでいたことと調和的です.硫黄岳の最後のマグマ噴火が500年前で,その噴火ではマグマ混合が進んでいた形跡がないので,この中間層の形成は500年前以降に開始したと予想されています.
Saito et al. (2003)のFig.2を改変.
火口内の高温噴気孔付近のモリブデンブルー
モリブデンブルーとはMo5+とMo6+の混合水和酸化物(吉田ほか, 1972)ですが,化学式は確立していません.硫黄岳では,400℃以上の高温噴気孔付近で白色珪化岩の表面に火山ガスからの昇華物として青く付着するように産します.MoのほかPb, Zn, Bi, Sn, Wなどの金属元素を多量に含有しています(Hamasaki, 2000).また,モリブデンブルー付近の珪化岩中ではクリストバライト,トリディマイトのほかに二次性の石英も形成されています.
Hamasaki (2002)のFig.4aを引用.
斑晶モード組成
火山岩に含まれる斑晶鉱物の種類と存在量も重要なマグマの特徴のひとつであり,鉱物モード組成といいます.
この表は,薩摩硫黄島火山全史の火山岩の鉱物モード組成を示します.
薩摩硫黄島火山の玄武岩に含まれる斑晶は,斜長石が最も多く,単斜輝石,斜方輝石,カンラン石が次いで多く,鉄・チタン鉱物をわずかに含みます.
流紋岩は, 斜長石が最も多く,単斜輝石,斜方輝石が次いで多く,鉄・チタン鉱物をわずかに含む.長瀬火砕流ではさらに石英を含みます.表には示しませんが,カルデラ形成期の最初のカルデラ噴火と考えられている小瀬田火砕流には,単斜輝石が無く,石英,ホルンブレンドが含まれています.
石基とは,火山岩中で斑晶や泡以外の,小さな鉱物やガラスで構成されている部分で,マグマ溜まりではケイ酸塩メルト(溶融物)であったものです.薩摩硫黄島火山の流紋岩は,長瀬軽石を除いて80-90%以上が石基であり,斑晶が少ないマグマであったことがわかります.
小野ほか(1982)の第3表を改変.
海底遊離ガス組成(N2-He-Ar)
海底遊離ガスのN2-He-Arのモル比を硫黄岳火山ガス(Shinohara et al., 1993)とともに示します.
海底遊離ガスは,硫黄岳火山ガスと同様に,大気(Air),大気と平衡にある地下水(ASW),島弧マグマ(硫黄岳Parent gas),の3つの端成分のガス組成で囲まれた範囲内またはその周辺に位置しています.
硫黄島港全景と矢筈岳火山
永良部崎から硫黄島港を撮影.
長浜温泉は,1980年頃までは硫黄島港(旧長浜港)内の砂浜で湧出していました.約20年前の港湾の桟橋等の建造により湧出口が見えなくなりました.鉄炭酸泉が港内の海水と混合し,主に鉄の水酸化物を析出するため,赤茶色の変色海水となっています.泉温は,2001年11月測定時は最大で60℃でした.
背後の中央右に,先カルデラ期の矢筈岳火山が見えます.溶岩流と思われる地形があります.左側に先カルデラ期の長浜溶岩があり,撮影場所まで続いています.
手前の船は,村営定期船「みしま」で,鹿児島港と竹島・硫黄島・黒島の間をほぼ1日おきに往復しています.
撮影:斎藤元治,2006年10月27日.
- 中〜遠望写真集:
硫黄島港
硫黄島港では,長浜温泉が湧出し,港内の海水は鉄水酸化物の赤褐色沈殿で変色しています.背後に,稲村岳と硫黄岳がみえます.
1996年10月に篠原宏志が撮影.
硫黄島港から見る長浜溶岩流
硫黄島西部の平坦部を構成する流紋岩質溶岩流で,基底は海面下にあるため観察できませんが,厚さは海面上だけで80m以上あり,ほぼ垂直な崖をつくって露出しています.下部はほぼ垂直で太く不規則な柱状節理が発達した緻密な溶岩流だですが,上部は節理が不明瞭となり,表層部の数mほどは黒曜岩からなる岩塊で構成されています.緻密部上部は波長10m程度の波状になっており,その凹凸面を小アビ山火砕流堆積物や竹島火砕流堆積物が埋めています.
岩石は斜長石,単斜輝石,斜方輝石斑晶を4%程度含む,SiO2=71wt%の流紋岩です.
手前に見える硫黄島港では,港内に温泉が湧出し,その温泉が海水と反応し,赤茶色に変色しています.
2000年10月23日に斎藤元治が撮影.
地下水観測井地質柱状図および位置図
工業技術院により深さ100〜150mの地下水観測井が島内で9本掘削され,採取されたコアの岩相および変質状況などが報告されています(吉田,1976;金原ほか,1977).コアの岩石はいずれもかなり変質していますが,おおまかに構成岩石の区分がなされており,地下100m付近までの地下構造が推定できます.
稲村岳と硫黄岳の中間の掘削井(No.1)では稲村岳溶岩の下位に流紋岩溶岩(硫黄岳lava)および同質火砕岩(硫黄岳tuff bre.)が海面下約70m付近まで存在し,同様の岩石が矢筈岳近傍を除き広く分布しています.
矢筈岳近傍の2つの掘削井(No.4およびNo.6)では,矢筈岳を構成する苦鉄質溶岩および同質火砕岩(矢筈岳lava/tuff bre.)が掘削井底まで分布します.
硫黄岳溶岩と同質火砕岩で変質の度合いを比べると,溶岩は変質の程度が弱くおおむね新鮮であるのに対し,火砕岩は明らかに変質が進んでおり,特に基質部分は変質が著しいです.変質鉱物としては,トリディマイト,クリストバライトなどのシリカ鉱物,明礬石などの硫酸塩鉱物,モンモリロナイトなどの粘土鉱物が生成しています.
吉田(1976)では,各掘削井のコアの変質状況を,以下の3つに大別しています.
I.強酸性熱水により生成される明礬石が多量に出現するもの.掘削井(No.1,7,8,9)の火砕岩層に明礬石が多く出現しています.掘削井(No.2, 3)もやや変質の程度が低いですが,これに入ります.これらのコアの明礬石は,現在の地下水位下で生成しています.
II,酸性熱水では生成されないモンモリロナイトによって特徴づけられるもの.中性に近い低温の熱水による生成です.掘削井(No.4, 5)が該当します.
III. IとIIの特徴を合わせ持つもの.掘削井(No.6)が該当します.
母岩の亀裂や空隙を埋めて変質鉱物が生成されていることや,酸性熱水の影響により生成される変質鉱物の大部分が地下水位下で出現していることから,熱水の通路となり易いところが変質作用の中心となっていると考えられます.
吉田(1976)の図6.4.2-3に加筆改変.
火山岩のストロンチウム同位体比
マグマのストロンチウム同位体比(87Sr/86Sr)は,マントルの部分溶融やマグマの結晶分化の度合いには影響されないため,マグマの起源物質の推定に使われる指標です.この比は,岩石から化学処理によってストロンチウムを抽出し,質量分析計で測定することで得られます.
薩摩硫黄島火山の火山岩のストロンチウム同位体比はNotsu et al. (1987)によって報告されています.この図は,Notsu et al. (1987)による,薩摩硫黄島火山および他の日本の火山岩のSiO2濃度とストロンチウム同位体比をプロットしたものです.
薩摩硫黄島火山においては,先カルデラ期(pre-caldera stage),カルデラ形成期(caldera-forming stage),後カルデラ期(post-caldera stage)の噴出時期,また,玄武岩,流紋岩の化学組成に関係なく,1つを除き,87Sr/86Srは0.70477〜0.70508の狭い範囲に集中しています.これらの結果は,薩摩硫黄島火山全史に噴出するマグマはストロンチウム同位体的にみて全て同じマグマ源物質に由来していることを示唆します.
ひとつの火山のマグマで,その化学組成が異なるにもかかわらず,同じストロンチウム同位体比を持つ例は,図のように,有珠や八丈島にもみられます.一方,霧島火山や米国のYellowstoneでは,マグマの組成が流紋岩質になるとストロンチウム同位体比が高くなる傾向を示しています.これは,流紋岩マグマの生成に地殻物質が寄与しているためと考えられています.
Notsu et al. (1987)のFigs. 2, 3を改変.
小アビ山火砕流
小アビ山火砕流(小野ほか,1982)は,竹島および硫黄島の先カルデラ火山を覆って分布します.最下部に降下軽石を伴い,火砕流本体は斜交層理をともなう多数のフローユニットの累積からなり,特に下部が強く溶結した火砕流堆積物です.基盤の凹凸を埋めて堆積し,層厚変化が激しいですが,竹島では厚く(20〜100m),硫黄島では薄い(数〜50m)傾向があります.
硫黄島では,平家城の海水面付近に分布するほか,矢筈岳火山,長浜溶岩を覆い分布します.長浜溶岩上の平坦部では全体で厚さ10m以下ですが,坂本,小坂本,大浦などの谷地形を埋めたところでは,厚く(30〜50m程度),溶結度も高くなります.平家城では籠港降下テフラに覆われるほか,坂本,小坂本などでは浸食面を幸屋(船倉)降下軽石や竹島火砕流に直接覆われます.
写真は,硫黄島の北部の海岸で,小アビ山火砕流(K-Kob)が矢筈岳火山(Yhz)を覆い,籠港降下テフラ(K-Ko)に覆われているのがわかります.
1999年11月19日 川辺禎久撮影
後カルデラ期火山岩のカンラン石の化学組成(Mg#)
斜長石のAn#や輝石のMg#と同様に,カンラン石のMg#もマグマの分化程度を知るための良い指標です.
稲村岳玄武岩と昭和硫黄島マフィックインクルージョンにはカンラン石斑晶がわずかに存在しています.この図は,これらのカンラン石のコアのMg#と出現頻度,さらに,リムの組成範囲を示したものです.
稲村岳玄武岩と昭和硫黄島マフィックインクルージョンのカンラン石は,同様なMg#を示しますが,わずかに,マフィックインクルージョンの方がMgに富んでいます.これは,昭和硫黄島マフィックインクルージョンを形成した玄武岩マグマは,稲村岳噴火マグマと同様,もしくは少し未分化だったことを示唆しています.
Saito et al. (2002) Fig.10を改変.
硫黄島調査での昼食
硫黄島での火山調査で最大の楽しみは何と言ってもこのおむすび.島内には,コンビニやファミレスはありません.ですが,宿でお昼のお弁当として持たせてくれるこのおむすびは,コンビニのおむすびよりもずーっとおいしいですよ.
2006年10月斎藤元治撮影.
大谷平珪石採掘場変質帯
珪石の採掘により地下の変質帯が地表で観察できます.強度の異なる変質帯の分布が様々な色の縞として見られ,白色部分は強度の変質,茶色部分は軽度の変質を受けた部分になります.
1994年に篠原宏志が撮影.
大谷平(おおたにびら)西のテフラ
山頂部の硫黄岳新期溶岩を覆うテフラは,下位から降下軽石層(K-Iw-P1),火砕サージ堆積物(K-Iw-S1),火砕流堆積物(K-Iw-P2)に大別できます.
K-Iw-P1は,白色軽石のほかに縞状軽石を大量に含む降下軽石層で,層厚は約7mに達し,一部は溶結しています. K-Iw-P1から採集された炭化木片から炭素同位体年代法を用いて1130±40年前の年代値が得られています(Kawanabe and Saito, 2002).山麓に分布するK-Sk-u-3の層順に縞状軽石を含む火砕流堆積物があり(前野・谷口,2005),層位および岩相からおそらくK-Iw-P1に対比されます.このことから硫黄岳は1100年以上前に成長を終え,現在とほとんど変わらない大きさになっていたと思われます.なお竹島西端のオンボ崎の硫黄岳テフラ中に軽石が散在する層準の下位の腐食土壌の年代は1290±80年前と報告されており(奥野ほか,1994),この軽石層がK-Iw-P1に対比される可能性があります.
K-Iw-S1はK-Iw-P1を直接覆います,砂〜礫サイズの流紋岩片からなる層理の発達したサージ堆積物です.斜交層理から推定される流走方向,火山岩塊の衝突痕の方向から,大穴火口から噴出したと考えられます.またK-Iw-S1はキンツバ火口内にも分布することから,キンツバ火口はK-Iw-S1以前には形成されていたらしい.
K-Iw-P2は,白色軽石と黒曜岩岩塊を含む火砕流堆積物で山頂部でK-Iw-S1が作る谷に沿って分布するほか,西中腹の展望台付近,山麓の登山道上り口,東温泉周辺にも分布します(硫黄岳テフラ柱状図および年代値).硫黄岳で最新のマグマ噴火による堆積物で,堆積物中に含まれる大量の炭化物から600年から500年前の年代値が得られています(Kawanabe and Saito, 2002).山麓に分布するK-Sk-u4の中の噴火イベントに対応すると考えられます.
Kawanabe and Saito (2002) Fig.5を引用.
1999年11月 川辺禎久撮影
大谷平珪石採掘場跡
硫黄採掘停止後,珪石の採掘が開始され,1997年まで継続しました.珪石の採掘は山頂にまで重機を持ち上げて精力的に行われました. 写真は採掘停止後の2000年の写真ですが,残された重機が左に見えます.
採掘は露天掘りであり,採掘により作られた段が見えます.採掘により地下の変質帯が地表に露出されており,変質の強度が異なる部分が縞状に分布していることが色の分布から見ることができます.
撮影:濱崎聡志 (2000年)
硫黄島の西部の大浦海岸で見られる露頭
写真中央の茶〜黒色の岩体は,溶結または非溶結の小アビ山火砕流堆積物.その上に,黄色の非溶結の竹島火砕流がのっている.
高温噴気変質帯での作業風景
この画像は,左上のアイコンとして使われています.
硫黄岳西麓に分布する火山弾とその衝突構造およびそれを埋める火砕流堆積物
ハンマーの下にある火山弾には遅延発泡による膨張割れ目が見えます.火山弾は,噴火によってマグマ片が火口から空中に放出され,冷え固まったものです.遅延発泡による膨張割れ目とは,放出直後の,マグマ片の表面が急冷され固まっているがその内部はまだ溶融(すなわち,マグマ)した状態の時に,内部のマグマに溶けていたガス成分が気相となってマグマが発泡したことにより,火山弾が膨張し表面に割れ目ができたものです.
火山弾の上に火砕流堆積物がのっています.火砕流堆積物には軽石のほか黒曜岩破片も含まれています.火砕流堆積物に含まれる炭化木片の年代から約500~600年前に噴出した火砕物と推定されています.
川辺禎久撮影.
大谷平採掘場跡断面
写真は,山頂火口西方の大谷平で観察できる変質帯です.ここは,同南方の小竹とともにかつて珪石が最も盛んに採掘されていた場所です.そのため,山頂火口周辺の断面が高さ40m,幅300m余にわたって露出しています.ここでは流紋岩溶岩(Rhyolite lava)や降下火砕物(Fall volcaniclastics),崖錐(Talus sediment)中にENE-WSW方向の割れ目沿いに10〜15m幅の白色珪化帯 (図中A) が何本か垂直に分布しており,割れ目を中心にして外側へ向かいシリカ鉱物の累帯配列が見られます.このような岩石中の割れ目が,火山ガスあるいはそれが凝縮して生じた酸性熱水の通路となっていたことを示しています.
Hamasaki (2002)のFig.4eを改変.
山頂火口
流紋岩からなる標高704mの硫黄岳は,山頂部に直径約300m,深さ約50mの摺鉢状の火口をもち,火口内,火口周辺および山腹に多くの噴気孔が存在します..
撮影:2000年2月,濱崎聡志
火山岩の斜長石の化学組成
後カルデラ期火山岩の斜長石斑晶のコア,および石基の斜長石コアの化学組成を示しています.横軸のAn#は斜長石のCaと(Ca+Na)のモル比を表し,縦軸は頻度を表します.左は,各流紋岩とそれに含まれるマフィックインクルージョンの斜長石斑晶について,右は,マフィックインクルージョンの石基斜長石について示しています.リム組成についても矢印で示しています.
稲村岳はAn#72-96,硫黄岳・昭和硫黄島はAn#44-70の組成を持っています.即ち,玄武岩では高いAn#のコアを持つ斜長石が晶出し,流紋岩では玄武岩よりも低いAn#のコアを持つ斜長石が晶出しています.
一方,昭和硫黄島のマフィックインクルージョンはAn#42-96で,玄武岩から流紋岩に相当する幅広い組成を持っています.硫黄岳のマフィックインクルージョンの大半はAn#~90で高いAn#を示し,1つのみAn#52と流紋岩と同様のAn#を示しています.
マフィックインクルージョンの斜長石斑晶のコアが幅広い組成を持つことは,玄武岩,流紋岩起源の斑晶があることを示し,両マグマの混合によってマフィックインクルージョンが形成されたことを示唆します. また,昭和硫黄島のマフィックインクルージョンの方が硫黄岳のマフィックインクルージョンより,流紋岩起源の斜長石が多いことは,「昭和硫黄島のマフィックインクルージョンの方が硫黄岳のマフィックインクルージョンより流紋岩マグマの混合の割合が大きい」ことを示唆し,全岩化学組成の結果に一致します.
一方,マフィックインクルージョンの石基斜長石のコア組成はAn#60-80に集中し,均質な組成を示しています.このことは,マフィックインクルージョンを形成したマグマのメルトは玄武岩と流紋岩の間の中間的な組成だったこと,両マグマが混合した結果形成された均質なメルトから石基が晶出したことを示唆しています.
Saito et al. (2002) のFig.5を改変.
斜長石の累帯構造
斜長石のAn#はその斜長石が晶出した時点のマグマの組成や分化程度を反映していると考えられるので,斜長石斑晶の成長に伴うAn#の変化を追うことで,斜長石が晶出してきたマグマの変化を明らかにすることができます.このためには,EPMAで斑晶内の位置とAn#の関係を知る必要があります.
図は昭和硫黄島流紋岩に含まれるマフィックインクルージョンの斜長石斑晶の断面について,走査電子顕微鏡で撮影した反射電子像写真である.明暗は,化学組成の違い,主として,CaとNaの量比を表しており,Caが多いと明るくなります.また,各写真の下には,そのCaとNaの量比(An#=Ca/(Ca+Na))についてのEPMAによる線分析結果を示します.写真上の矢印のついた直線が分析位置で,線分析結果の縦軸はAn#, 横軸は斜長石リムからの距離を示します.この組成変化は,斜長石が晶出している際のメルトの組成や温度変化によるものです.
昭和硫黄島流紋岩に含まれるマフィックインクルージョンの斜長石は An#40~90の幅広いコア化学組成を持っています.さらに,各コア組成で,様々なタイプのゾーニングプロファイルを示します.即ち,
1)コアAn>80(45%)には3タイプ
(a)均質なコアを持つもの,(b)急にAb-richになるもの,(c)徐々にAb-rich(normal zoning)になるもの.
2)コアAn<60(33%)には2タイプ
(d)均質なコアを持つもの,(e)累帯構造があるもの.
3)コアAn60-80(22%)には2タイプ
(g&h)徐々にAb-richになるもの,(f)累帯構造があるもの
一方,硫黄岳流紋岩に含まれるマフィックインクルージョンの斜長石のほとんどは1−(a)を示します.
上記の結果は,昭和硫黄島マフィックインクルージョンの起源であるマグマは,幅広いメルト組成や温度を持っていたことを示唆しています. また,硫黄岳マフィックインクルージョンの斜長石全て1−(a)を示すことは,玄武岩マグマが流紋岩マグマに注入されてすぐに噴火したことを示しています.
Saito et al. (2002)のFig.6を引用.
竹島火砕流とそれを覆う後カルデラ期テフラ
硫黄島東部に分布する竹島火砕流は,主に流紋岩片からなる多量の類質異質岩片と白黄色軽石からなる火砕流堆積物であり,写真に示す坂本へ下る道沿いの竹島火砕流も類質異質岩片の量が著しく増大しています.火口近傍のlag breccia相と考えられます.
後カルデラ火山の活動に伴う降下テフラが,竹島火砕流堆積物を覆っているのが観察できます.この後カルデラ期降下テフラは,大きく3つのグループに区分できます.Kawanabe and Saito (2002)はこの降下テフラを下位からK-Sk-l,K-In,K-Sk-uと命名し,さらに腐食土壌層により,K-Sk-lを2つ(K-Sk-l-1とK-Sk-l-2),K-Inを2つ(K-In-1とK-In-2),K-Sk-uを4つ(K-Sk-u-1からK-Sk-u-4)に区分しました.K-Sk-u最下部にはK-In最下部まで達するsag構造が認められます.
1978年 曽屋龍典氏撮影
後カルデラ期火山岩の輝石のAl2O3濃度
輝石のAl2O3濃度も,一般的に,その輝石が晶出したマグマのAl2O3濃度を反映しています.
この図は,後カルデラ期火山岩の単斜輝石(cpx)および斜方輝石(opx)斑晶のコアのAl2O3濃度と出現頻度を示します.リムの組成範囲も矢印で示してあります.
稲村岳火山岩の単斜輝石(Cpx)および斜方輝石(Opx)は,硫黄岳・昭和硫黄島より高いAl2O3濃度を持ことがわかります.マフィックインクルージョンの単斜輝石(Cpx)は,稲村岳,硫黄岳・昭和硫黄島の組成範囲を含む大きな変動を示しています.この大きな変動は,単斜輝石が玄武岩と流紋岩の両方のマグマを起源としている,もしくは,輝石の急成長によってAl2O3濃度が高くなった(Tsuchiyama, 1985),のどちらかで引き起こされたと考えられています. また,マフィックインクルージョンの斜方輝石(Opx)は,硫黄岳・昭和硫黄島と同様な組成を示しています
これらの結果は,斜長石のAn#や輝石のMg#と同様に,マフィックインクルージョンの輝石が,玄武岩マグマと流紋岩マグマの両方を起源としている可能性を示しています.
Saito et al. (2002)のFig.9を改変.
後カルデラ期火山岩の輝石の化学組成
後カルデラ期火山岩(稲村岳,硫黄岳,昭和硫黄島,およびマフィックインクルージョン)には,どれも単斜輝石(Cpx)と斜方輝石(Opx)が存在します,単斜輝石,斜方輝石は,主として,SiO2, CaO, MgO, FeOで構成された鉱物で,輝石のCa, Mg, Feのモル比は,晶出する時点のマグマの化学組成に依存します.そのため,斜長石のAn#と同様に,輝石のCa, Mg, Feのモル比を測定することで,輝石が晶出したマグマの情報を引き出すことができます. 輝石のCa, Mg, Feのモル比は,通常,図のような頂点がWo, En, Fsである三角ダイヤグラムで表されます.Wo,En,Fsはそれぞれ輝石の単成分である珪灰石(Wollastonite,CaSiO3),エンスタタイト(Enstatite,MgSiO3),フェロシライト(Ferrosilite,FeSiO3)を示します.
この図は,後カルデラ期火山の輝石の化学組成(En-Fs-Wo)を示しています.(a), (b), (c)は三角ダイヤグラムの左下を拡大したものです.Diは透輝石(Diopside,CaMgSi2O6)です.
硫黄岳と昭和硫黄島の流紋岩の輝石はほぼ同じEn-Fs-Wo量比を示す一方,稲村岳は硫黄岳・昭和硫黄島よりわずかにEn成分が多い(Mg-rich)ことがわかります. 一方,マフィックインクルージョンの輝石は,稲村岳,硫黄岳,昭和硫黄島の組成範囲に分布しています.
Saito et al. (2002)のFig.7を改変.
後カルデラ期火山岩の輝石の化学組成(Mg#)
この図は,後カルデラ期火山岩の単斜輝石(cpx)および斜方輝石(opx)斑晶のコアのMg#と出現頻度を示しています.また,リムの組成範囲も矢印で示しています.
Mg#は,輝石に含まれるMgとFeのモル比(=Mg/(Mg+Fe))です.マグマのMg#は結晶分化作用で大きく変化し,晶出する輝石のMg#もそれに伴い変化します.そのため,輝石のMg#は,その輝石が晶出したマグマの分化程度を推定する良い指標です.
稲村岳の単斜輝石コアの化学組成は硫黄岳・昭和硫黄島よりわずかにMgに富んでおり,マフィックインクルージョンは稲村岳,硫黄岳・昭和硫黄島の組成範囲に分布します.このことは,マフィックインクルージョンの単斜輝石は,玄武岩と流紋岩の両マグマを起源としていることを示唆します. また,稲村岳の斜方輝石(Opx)コアは硫黄岳・昭和硫黄島よりMgに富んでおり,マフィックインクルージョンは1個を除き,硫黄岳・昭和硫黄島と同様な組成分布を示します. 従って,マフィックインクルージョンの斜方輝石は,ほとんどが流紋岩マグマを起源としている可能性が高いと言えます.
Saito et al. (2002) のFig.8を改変.
輝石地質温度計によるマグマ温度
輝石地質温度計とは,平衡共存する2種の輝石の化学組成から輝石の生成温度を推定する方法(Lindsley, 1983)で,岩石学でよく用いられています.
この図は,薩摩硫黄島火山岩の単斜および斜方輝石の化学組成から輝石地質温度計で見積もられたマグマ温度を示します.計算にはAnderson et al. (1993) によって作成されたQUILFプログラムを用いています.横軸は,カルデラ形成期および後カルデラ期の各噴火を示しています.左側に,後カルデラ期の各噴火の輝石の化学組成を示しています.
流紋岩マグマの温度は,14万年前の小アビ山火砕流噴火マグマ(PA)が約990℃,7300年前の竹島火砕流マグマ(PT)が960±21℃,後カルデラ期の硫黄岳マグマ(I)が960±28℃,1934-1935年の昭和硫黄島マグマ(SI)が967±29℃です.従って,流紋岩マグマはカルデラ形成期以降,960-970℃という高温を維持していると言えます. 一方,稲村岳玄武岩マグマ(N)の温度は,流紋岩マグマより高く,1125±27℃という値が得られています.
硫黄岳火口の噴気孔の最高温度は約900℃です.最新のマグマ噴火である昭和硫黄島噴火のマグマが967±29℃ですので,もし,火山ガスがこの昭和硫黄島噴火マグマを起源とするとしたら,火山ガスは冷却をあまりせずに地表に達していることになります.
未変質岩で規格化したREEパターン変化
横軸に希土類元素を原子番号順に配置してあります.縦軸は各試料 (6個) のREE濃度を未変質岩のREE濃度で割った値を示します.右側の数字は,SiO2=71-72wt%の未変質流紋岩が各種元素の溶脱によりSiO2含有量が増加していることを示しています.
REEについては,Euのみが急激に溶脱しており,Euを比較的多く濃集していた流紋岩の斜長石斑晶が溶脱されたことによると考えられます.
Eu以外は,SiO2=80wt%台ではLREEとHREEではあまり差はありませんが,SiO2>90wt%になると大局的にLREEの方がHREEよりも溶脱が進んでいることがわかります.これは,Wood (1990), Lewis et al. (1998)などの実験結果から推定すると,硫黄岳の火山ガスはフッ素イオンよりも硫酸イオンに富んでおりそれらが凝縮してpH<2の強酸性熱水を生じたため,硫酸イオンと錯体を形成しやすいLREEが優先的に溶脱されたためと考えられます.
Hamasaki (2002)のFig.7bを改変.
薩摩硫黄島火山活動経過図
1997 年9月10 日~2007 年7月31 日のA型,B型地震の日別回数.
出典:執筆時点の気象庁火山活動解説資料(2007年7月の火山活動解説資料) http://www.seisvol.kishou.go.jp/fukuoka/508_Satsuma-Iojima/508_index.html
山頂火口周囲の硫黄チムニー
Hamasaki (2002)のFig.4d を引用.
シミュレーションの概要
このシミュレーションは,多孔質媒質中の水蒸気,熱水,火山ガスの流動とそれに伴う熱伝達を計算するものです.基礎方程式は,ダルシー流による質量の保存,ダルシー流と熱伝導からなる熱の保存からなります.適切な,初期・境界条件のもとでそれらを解くことによって,変数である圧力,温度,液相飽和度の空間分布とその時間発展を求めます.その際必要となる,水やガスの物性は温度圧力の関数として与え,地層の水理特性はあらかじめ与えます.水理特性のうち,特に重要なのは地層の透水係数です.
シミュレーションの境界条件等
計算は円筒座標2次元で行っています.地形を近似して地表を与えました.
境界条件は,上側,右側で透水性境界,下側は不透水境界とします.
ソースとして,最上部のグリッドに降雨に対応した水の流入(鹿児島県の1951-1980年の年降水量平均値2375mmの10%)を,最下部のグリッドに九州南部で測定されている平均的な地殻熱流量に対応した熱を流入させます(8.38×10-2W/m2).さらに,最上部のグリッドには,放熱量に対応した熱のソースを加えました.これは,地表面温度に対応して熱が流出するというもので,Sekioka and Yuhara (1974)の定式化に基づいたものです.これによって,計算結果と観測値の直接的な比較が可能になります.
計算領域は,マグマ,火道,周囲の地層からなり,マグマは一定温度で不透水とし(計算上は1x10-21 m2とした),マグマの直上のグリッドに脱ガスに相当する量をガスのソースとして与えました(Degassing 400kg/s).このガスの流入によって火道の間隙圧は上昇します.計算では火道と周囲の地層の透水係数をそれぞれ与えますが,火道については圧力が異常に上昇しないように透水係数をある程度大きくする必要があり,ここでは3×10-12 m2以上としました.周囲の地層については,後で述べますように透水係数を1x10-13 m2としています.ただし,山頂の表層部のみ1x10-12 m2(図の灰色の部分)としています.
計算に当たって,地下水面を海水準に与えました.すなわち,地下水面より上部では,空隙が水と空気で満たされた不飽和層(Unsaturated porous media with air),下部を水で満たされた飽和層(Saturated porous media with sea water)と見なしています(図の青色の部分).
シミュレーションの結果(その1)
周囲の地層の透水係数を1x10-13 m2(一部のみ1x10-12 m2),火道の透水係数を6×10-11 m2,とした場合の計算結果を示します.ここでは,ソースとして雨水のみ(Rain),マグマの熱を加えたもの(Rain+magma),さらに脱ガスを加えたもの(Rain+magma+gas,マグマが脱ガスする深度は125m)を示します.脱ガスによる水蒸気の放出量は400kg/sとしてあります.
温度を色で,流体(脱ガスを加えた場合は液相の水+水蒸気,その他は液相の水)の流量(単位はkg/m2s)と流動方向をベクトルで表しています.脱ガスを加えた場合,水蒸気と液相の水の流動は,図ではまとめて示しているのでわかりませんが,水蒸気は水平方向から上向きに,液相の水はほとんど下向きに流れています.液相の流量のほうが大きいためトータルとして図に示されるようなベクトルになっています.ベクトルの単位あたりの大きさが異なることに注意してください.火道から周囲へ流出した水蒸気は冷却し,山体内は二相状態になっています.このうち液相が下方へ流動していることを示しています.火山ガスのうち液相として下方へ流動したものは山腹の噴気活動や海岸線での温泉活動に寄与していると考えられます.
シミュレーションの結果(その3)
周囲の地層の透水係数を1x10-13 m2(一部のみ1x10-12 m2),脱ガスの深度を標高125m,火道の透水係数を1x10-10 m2,6×10-11 m2,1x10-11 m2,とした場合の計算結果を示します.マグマの脱ガスによる水蒸気放出量は400kg/sとして計算しています.
温度を色で,流体(液相の水+水蒸気)の流量(単位はkg/m2s)と流動方向をベクトルで表しています.ベクトルの単位あたりの大きさが異なることに注意してください.火道の透水係数が小さくなると,火道から周囲の地層への水平方向の流動が顕著に大きくなることが分かります.
シミュレーションの結果(その3)
マグマの脱ガスの深度(マグマ性ガスがマグマから放出される深さ)によっても,山体の熱活動の規模が変化すると考えられます.火道から周囲の地層への火山ガスの拡散は,火山ガスが上昇する経路の長さにも依存するからです.周囲の地層の透水係数を10-13 m2,火道の透水係数を10-10 m2で一定とした場合に,脱ガスの深度を変えることによって周囲に形成される熱水系の変化をシミュレーションによって検討しています.
図は,脱ガスの深度を標高-200m(海水面下200m),0m,300m,450mとした結果です.脱ガスの深度によって山体の熱活動の規模がかなり変わることが分かります.脱ガスが海水面下200mで起きる場合には,観測されているような,火道を通っての高温火山ガスの放出は起きません.海水によって火山ガスが有効に冷却されるからです. 一方,脱ガスが地表近くで起こるとすると(300mと450mの場合),その周囲の熱水系はあまり発達しません.火山ガス上昇の経路が短く,周囲の地層への火山ガスの散逸が少ないからです.実際に見られる硫黄岳山腹の熱活動の広がり(500m~1km程度)を考慮すると,脱ガスの深度は海水準に近いと推定されます.この結果は,他の観測から推定される深度と矛盾しないものとなっています.
薩摩硫黄島火山
硫黄島を東側から撮影.手前の大きな山体が硫黄岳(703m)で,その山頂火口から火山ガスが放出されています.硫黄岳の左の緑色の小さな円錐形の山体が約3000年前の噴火で形成された稲村岳(236m)で,両方とも後カルデラ火山です.稲村岳の奥に,先カルデラ期の火山活動で形成された長浜溶岩流と矢筈岳火山(348m)がみえます.海岸近くの海域では,海に流出した温泉が海水と混合し,白色や茶褐色の変色海水が生じています.
写真撮影:川辺禎久.
- 中〜遠望写真集:
薩摩硫黄島全体の写真
硫黄島の右側に鬼界カルデラのリムを構成する竹島が,また,硫黄島の左側には薩摩半島南端の開聞岳がかすかに見えます.
硫黄島の中央の赤茶色の変色海域が硫黄島港で,住宅,宿泊施設,公共施設はこの港の周りにあります.硫黄島島内の左の台地には飛行場があります.
1996年10月に硫黄島の南西上空から撮影(篠原宏志).
- 中〜遠望写真集:
自然電位分布(1975年)
図に示したのは,1975年に硫黄島で行われた自然電位の測定結果です.図中の曲線は,等電位を結んだ線です.標高が高くなるにつれて自然電位は低くなる地形効果が稲村岳周辺ではみられます.しかし,硫黄岳西部の中腹(青色部)においては,南北の領域よりも相対的に自然電位が高いことがみてとれます.ここでは自然電位が標高とは相関しておらず,噴気活動に対応した熱水流動(→火山ガス)による異常と考えられます.すなわち,山麓の低温火山ガスは,火山ガスが天水と混合して形成された酸性凝縮水の沸騰により生じていることが推定されており(→火山ガス分別過程),この酸性凝縮水の流動によって自然電位が高くなっていると推定できます.
本調査は全国地熱基礎調査(地質調査所, 1976)の一環として行われた.未公表資料を改変.
噴気地からの放熱モデル
噴気地からの放熱量は地表面において熱収支を考えることによって求められます.熱伝達としては,大気から地面への放射(日射等),地面から大気への放射(夜間冷却に代表されるような放射),地表面における大気の乱流拡散による伝熱(風が吹くことによって加速ような対流による冷却),地面から大気への蒸発散(水分の蒸発等),外的要因による地中での熱伝導(地中温度の日変化をもたらすような伝熱),内的要因(マグマ)からもたらされる熱(熱異常域のみ)を考えます.定常状態では,これらの項目を足したものがゼロになるとして定式化します.
硫黄岳から見た昭和硫黄島写真
昭和硫黄島の周囲に温泉による変色海域が見られます.
2004.10撮影.
1934-35年昭和硫黄島形成過程
左:田中舘(1935d)火山より転載.
右:田中舘(1939)地質學雑誌より転載.©日本地質学会.
硫黄岳山頂部から見た昭和硫黄島と竹島
手前が昭和硫黄島,その先に竹島が見えます.硫黄島の北縁と昭和硫黄島,竹島は鬼界カルデラの北側の縁を形成しています. また,手前には海岸からの酸性温泉流出により生じた変色海水が見えます.
2005年11月に硫黄岳山頂部で風早康平が撮影.
- 中〜遠望写真集:
昭和硫黄島
東側から見た昭和硫黄島.
少しブレているが,同心円状のしわが島の中心から手前側と向こう側2つ見えます.これは島の中心部から噴出した溶岩流が流れてできたしわです.
1996年10月 川辺禎久撮影.
昭和硫黄島と竹島
硫黄岳山頂付近から昭和硫黄島(手前の小さい島)と竹島を遠望.硫黄島海岸には,温泉と海水の反応によって形成された黄色〜青緑色の変色海水がみえます.
1994年11月1日に斎藤元治が撮影.
土壌ガスCO2濃度-同位体相関図
硫黄島で採取された土壌ガスCO2の濃度と炭素同位体比(13C/12C)の分布.炭素同位体比は,標準物質(PDB, Peedee層のベレムナイト化石)に対する千分偏差で表しています.
土壌ガスデータは,火山ガス(Volcanic),大気(Atmospheric)および生物(Biogenic)起源ガスの三つの端成分の間に分布しています.
Shimoike et al. (2002)のFig.6を引用.
土壌ガス放出量測定
人物が押さえているのが土壌ガスCO2放出量測定用のチャンバーです.このチャンバー内のCO2濃度の増加を測定し,放出量を推定します.土壌ガス組成を調べるために,数十cmのパイプ(地中ガスプローブ)を地中に挿入し,地中ガスを吸引採取して測定します.現場での化学組成測定には酸素濃度計やガス検知管が用いられます.
撮影:篠原宏志.
土壌ガス経由火山性CO2放出量分布
高い放出量は硫黄岳周囲,稲村岳周囲,カルデラ壁沿いに点在しています.海岸線では温泉の分布とも一致し(→温泉・地下水),島内の分布は地中温度の高い場所と一致する場合があります.特に,Aの地域では,約80℃の高温で,火山性CO2が全CO2の90%近くを占める土壌ガスが放出されています(写真).
Shimoike et al. (2002)のFig.8を引用.
土壌ガス採気管
土壌ガスCO2の炭素同位体測定用試料はガスバイアルに採取します. 地中温度と土壌ガス分布の関係を調べるために,地中温度もガス採取と同時に測定します.
撮影:篠原宏志.
自然電位の測定値と測点の標高の関係
自然電位の測定値と測点の標高の関係を示します.測定した場所によって異なるシンボルを用いています.各シンボルが示す測定域については,自然電位分布(1999年)の図の測点を参照してください.棒グラフはその場所における地中温度を示します.一般に自然電位の標高に対する分布は負の傾きを持っており標高が高くなるにつれて低下します(地形効果).硫黄島で得られた結果を見ると,地中温度の高いところに対応して,傾きが逆になる(標高が高くなるにつれて自然電位も高くなる)ところがみられます.そこでは,地形効果に反して,熱水の流動によって生じた自然電位が顕著に現れていると考えられます.
Kanda and Mori (2002)のFig.3を引用.
自然電位分布(1999年)
1999年に硫黄島でKanda and Mori (2002)によって行われた自然電位の測定結果を示します.その結果は,硫黄岳西部の山腹から山麓にかけて1975年の調査結果とよく似ています.このことは,この自然電位異常が安定して存在していることを示しています.
1975年の場合と同様に硫黄岳西山腹で正の異常を示しています.また,硫黄岳山頂域においても正の異常を示しています.このような正の異常を示す地域は噴気活動領域に対応しており熱水の上昇域であると考えられます.
Kanda and Mori (2002)のFig.2を引用.
硫黄岳流紋岩を原岩とする白色珪化岩
硫黄岳流紋岩溶岩は未変質岩でSiO2=70-72wt%の全岩化学組成を持ちますが,火山ガスが凝縮して生じた酸性熱水により,SiO2= max 99wt%まで溶脱珪化を受けています.この過程においては全ての主成分元素が溶脱されますが,含有量の最も高かったSiO2は溶脱しきれず残留するため,相対的にほぼSiO2だけの珪化岩が形成されます.
写真の珪化岩は,主に低温型トリディマイト・低温型クリストバライトから構成されています.
2003年濱崎聡志撮影.
薩摩硫黄島・竹島地域の層序表
Kawanabe and Saito (2002) Fig.2を元に改変.
右の2列は,様々な年代測定法によって求められた各噴火の年代を誤差とともに示しています.「〜y.B.P」は放射性炭素年代測定法により求められた「〜年前」を,cal.y.B.P.は放射性炭素年代測定法で得られた年代値を年輪などで校正した暦年代,「ka」は「1000年前」を示す単位です.
山頂高温噴気孔分布図
高温噴気地帯は山頂火口の縁(灰色の破線)に沿って分布しています.竪穴状火孔は1997年に生じ,1997年(青色の線),2001年(緑色の線),2003年(黄色の線),2006年(赤色の線)のように拡大しました.竪穴状火孔の成長により南西部の釜の口および中央部の大鉢奥噴気地帯は崩落し消滅しました.火口縁南部の赤い線は1996年に生じた地表の割れ目の分布を示しています.
表面温度(山頂域)
セスナ機に搭載した赤外熱映像装置による火口域の地表面温度と噴気分布との対応を示します.
地表面温度分布の山頂部を拡大したもの(右図)と,地形に噴気地帯を記した左図を並べて示します.左図の青枠の範囲が右図に相当します.高温部分は噴気活動に対応していることが分かります.
地表面温度分布
この図は,2004年10月6日にセスナ機によって上空から観測した硫黄岳の地表面温度分布です.緯度経度は分単位で示しています.山頂火口原を中心に高温部が拡がっている様子がわかります.このように温度異常域が山頂火口原にとどまらず,山麓まで拡がっているのが硫黄岳の特徴です.ただし地表面温度を詳細に見ると,50℃より高温の領域は山頂火口原に限られ,山麓の温度異常域はより低温であることがわかります.このことは,高温噴気孔が山頂火口原内のみに分布しているという観測結果(→火山ガスと温泉)と調和的です.
火口底の地表面温度分布(1997年4月17日測定)
上の図は,1997年4月17日に南西の火口縁から撮影した山頂火口内の写真で,下の図は,同時に同じ場所から赤外熱映像装置(AGEMA Thermovision 470)で測定した地表面温度分布図です.赤外熱映像装置の検出波長は2-6μmで検出温度は-20℃から500℃です.空間分解能は3.9mradで,火口底の対象物として,0.4~1.4mの大きさの温度異常が検出可能です. 火口内に竪穴状火孔が生じ,それが徐々に拡大している時期に対応し,写真の火口中央部にその火孔が認められます(詳しくは→詳細版2. 火山活動の最近の火山活動の推移へ).写真ではわかりませんが,竪穴状火孔からは高温の火山ガスが噴出しています.
地表面温度分布図を見ると,地表面温度が約20℃より高温な領域が火口原内全域に広がっていることがわかります.この観測においては何も異常がないときの温度が20℃とみなされるので,火口原全体が温度異常を示していることになります.
また,竪穴状火孔からは100℃以上の高温の火山ガスが放出されていることが温度分布図からわかります.竪穴状火孔の周辺には約50℃より高温な領域が部分的に広がり,約100℃より高温な場所が,火口底および火口壁に点在しています.地表面温度が100℃以上であることを示す場所には,最高で850℃に達する高温噴気孔が点在しており,これらの場所を図中に矢印で例示的に示してあります.
Matsushima et al. (2003)のFig.4を改変.
地表面温度分布の変遷
山頂火口原内の地表面温度分布図を示します.1996年の測定は,火口東側のリムより,その他の測定は南側のリムより行っています.各図にみられる黄色の実線は,リムの形状,および火口底に出現した竪穴状火孔の輪郭を示します.温度スケールは各期間を通じて同じです.100℃より高温の領域は,火口底,火孔壁に分布していることがわかります.これらは,高温噴気孔と竪穴状火孔に対応しています.1997年においては竪穴状火孔から放出される火山ガスは高温でしたが徐々に温度が低下し,それとともに火口の輪郭は拡大している様子がわかります.また,この期間は,火口底および火口壁の高温領域も縮小しています.
Matsushima et al. (2003)のFig.6を改変.
稲村岳起源の火砕サージ堆積物
この写真は厚さ約2mの細かい層理が発達したサージ堆積物です.スケール(黄色の折れ尺,長さ60cm)の右側には長径約40cmの岩片がめり込んでいます.スケール左側にはおなじく岩片とマグマの破片である本質火山弾がみえる.サージ堆積物の上位(写真の上端近く)にはIn-2の稲村岳の降下スコリア堆積物が覆っています.
川辺禎久撮影.
俊寛像と記念碑
硫黄島港近くの三島村開発総合センターにある俊寛像と記念碑.赦免されず島にとりのこされた俊寛の悲劇を描いた歌舞伎が,平成8年にこの硫黄島港で中村勘九郎によって演じられました.
背後に見えるのは,先カルデラ火山の長浜溶岩流.
薩摩硫黄島の表面温度分布
1995年3月7日夜間に観測されたランドサットTM画像から計算した硫黄島の表面温度分布です.夜間は陸よりも海のほうが暖かくなっています.温度異常がない場合,表面温度は標高が高くなるにしたがって低下しますが,図のように硫黄岳の山頂や山腹には山麓よりも高温である地域があります.
これらの温度異常地域は,図:火山ガス温泉分布に示される高温および低温の噴気孔の分布とおおよそ一致し,火山活動によるものと判断できます.
岩石の帯磁率測定結果
採取された42個の岩石試料について密度・帯磁率を測定した結果です.
地質区分と岩石物性との間には顕著な関係が認められます.矢筈岳溶岩および稲村岳溶岩はいずれも1.8×10-3emu/cm3程度の高い岩石帯磁率を有するのに対し,硫黄岳溶岩は0.7×10-3emu/cm3程度の低い帯磁率が得られています.
また,岩石密度については,磁性の高い前者の溶岩で2.4~2.6g/cm3の高い密度が,磁性の弱い後者の溶岩で2.2g/cm3程度の低い密度が得られています.
上記2種の中間的物性を示す岩石として長浜溶岩が挙げられます.
馬場(1978)の表6.2.1を引用.
竹島港で見られる火砕物層
幸屋(船倉)降下軽石は,竹島で2〜2.5m程度(写真のK-Kyp),硫黄島平家城露頭では約80cmの厚さを持ち,長浜溶岩,小アビ山火砕流,籠港降下テフラを覆います.硫黄島平家城道路脇露頭では厚さ約80cm,平均粒径13cm,最大径約30cmの白色軽石から構成されています.同様の降下軽石層は坂本への道路脇露頭でも所々に露出します.
幸屋(船倉)降下軽石の上には,船倉火砕流(写真のK-Fk)が覆っています.船倉火砕流は小野ほか(1982)により竹島で記載されました,細粒ガラス火山灰からなる細かい層理を持ち,薄いが強く溶結した暗灰色〜黒色の火砕流堆積物です.竹島では竹島港,籠港などに露出し,厚さは2〜4m程度で常に下位に幸屋(船倉)降下軽石を伴います.谷地形を埋めるようにレンズ状に溶結した産状を示し,細粒火山灰からなる基質が大部分を占め,軽石や岩片の量は極めて少ないです.
さらに,船倉火砕流の上に,竹島東部の台地をほとんど覆う竹島火砕流(幸屋火砕流;写真のK-Ky)が覆っています.
2006年10月 川辺禎久撮影.
長瀬火砕流
長瀬火砕流(小野ほか,1982)は,粗粒の軽石を含む火砕流堆積物で,竹島に分布し,硫黄島での分布は確認されていません.竹島では小アビ山火砕流を覆い,籠港降下テフラ以降の堆積物に覆われます.
写真は,竹島の籠港の東側の絶壁上部で,下半分は先カルデラ火山の赤崎溶岩(流紋岩),その上に,長瀬火砕流堆積物(写真中央やや右の白色の堆積物),籠港降下テフラ,鬼界-アカホヤ噴火による船倉降下軽石,船倉火砕流堆積物,竹島火砕流堆積物が覆っています.
長瀬火砕流堆積物は非溶結で,灰白色のよく発泡した軽石を含み,大型のものは径60cmを越えます.また石英斑晶を含み.基質は軽石と同質の火山灰からなり大量の火山豆石をみます.長瀬火砕流のcoignimbrite ashと考えられている鬼界葛原テフラ(町田・新井,1983)は九州から関東地方に至る広い範囲に分布する広域火山灰で,石英斑晶の熱ルミネッセンス年代,ジルコンのフィッショントラック年代および他のテフラとの層位関係から約9.5万年前に噴出したと考えられています(町田・新井,2003).
2006年10月29日 斎藤元治撮影
竹島港の露頭の拡大写真
中央に見える降下軽石層(右下から左上に斜めに位置する)が,幸屋(船倉)降下軽石(K-Kyp)です.その上に,溶結した黒色の船倉火砕流(K-Fk)が覆っています.最上部に,白〜黄色の竹島火砕流堆積物(K-Ky)がみえます.
幸屋(船倉)降下軽石(K-Kyp)の下は,籠港降下テフラ(K-Ko)と考えられます.
2006年10月に斎藤元治が撮影.
長浜溶岩を覆う竹島火砕流と後カルデラ期テフラ
竹島火砕流は白色軽石を含む火砕流堆積物で,海を渡って九州南部にまで達し,幸屋火砕流と呼ばれています(宇井,1973).竹島東部の台地をほとんど覆うほか,硫黄島の平家城,坂本付近,長浜熔岩上に分布します.
写真の大浦港へ下る道路沿いの露頭では,長浜熔岩上面黒曜岩岩塊上の幸屋(船倉)降下軽石を覆い凹所を埋めた竹島火砕流堆積物が露出します.
竹島火砕流堆積物を,後カルデラ期火山の降下テフラが覆っています.
1978年 曽屋龍典氏撮影
硫黄島地形図
図中の直線A-A`は図:表面温度分布プロファイルを計算した測線です.
図:衛星による地表温度分布(1989-1998年) は,この図の稲村岳に近い四角形の部分を火山活動による温度異常の無い地域として,この範囲の平均地表温度を観測された温度分布から差し引いて求めています.
Urai (2002)のFig.1を引用.
地表温度のプロファイル
硫黄島地形図 のA-A`線上におけるLandsatバンド6から得られた地表温度のプロファイルです.
多くの観測で10℃以上に及ぶ温度異常が山頂火口に見られます.温度異常の範囲は700mにおよびますが,これは山頂火口の直径(約450m)より広いです.
また,山腹の噴気に対応すると思われる温度異常が距離1.5kmの地点に見られます.図:火山ガス温泉分布と比べてみると,この温度異常は「物草」という噴気地帯に対応していることがわかります.
火山活動のない地域の温度変化は少なく,その大きさは±3℃以下です.
Urai (2002)のFig.2を引用.
地表温度分布
1989年11月から1998年10月までにLandsat TMバンド6で観測された硫黄島の地表温度分布です.
硫黄島地形図 の稲村岳に近い四角形の部分を火山活動による温度異常の無い地域として,この範囲の平均地表温度を観測された温度分布から差し引いて得られた温度分布です.硫黄島地形図 の四角形の部分の標準偏差 (Table 3)が小さいことは,雲などの気象条件による温度変化が小さく,良好なデータであることを示します.
1993年8月24日,1994年3月4日,1996年2月6日および1998年10月9日は標準偏差(Table 3)が1℃より大きく,これらの日の表面温度分布は火山活動に伴う温度異常を正しく捉えていないと考えられます.これは,雲の影響と考えられます.
Urai (2002)のFig.3を引用.
GPS観測点の相対水平変位
IWOGを基準とした,繰り返しGPS観測点の相対水平変位ベクトル(1995年6月から2006年3月まで).右に示された各観測年月間の相対水平変位を,観測点ごとに示してあります.
観測期間中の顕著な変動としては,山頂火口南西のIWDK点の1995年6月~1997年4月の間の北東に数cm,山頂火口南側のF2点の1997年11月から2000年2月の間の北西に10cmを越える変位があります.井口(2002)は,前者の変位が1996年6月8日のM2.9の有感地震と関連したとしています(→地震活動).この頃には火口南縁に北東-南西走行の亀裂群が形成されるなど,地形変化を伴って火山活動が活発化しました(→最近の火山活動の推移).この亀裂群を挟むF1点とF2点での観測は1997年11月以降であるが,この期間においても火口側のF2点の火口中心方向への変位が認められます.F2点は2000年2月を最後に火山灰に埋積され,その後火口内への崩落により亡失しました.
山頂火口付近の特別に変動しているIWDKとF2の2点を除くと,観測点は,ぎざぎざした動きの中にも全体として火口に向かう成分があるように見えます.ぎざぎざした変化は,観測時間が数十分程度と短いための誤差の可能性もあるので,変動ベクトル図:1997.11〜2006.3では,より長期間の1997年11月と2006年3月(ARAYとID560は2002年11まで,F2は2000年2月まで)で変位傾向を見ています.
地下水位および坑底温度
図の縦軸は海水準に対する高度です.各坑井の地下水位を着色して示しています.色は坑底温度(最下部に表示)を示し,暖色系の色ほど温度が高くなります.
地下水位はどの坑井も海水面とほぼ同じ高さでですが,坑底温度には偏りがあります.坑底温度が高いのは,B1,B5,B6,B8で100℃以上に達し,B7,B9がそれに続きます.特に,B5は138℃ときわめて高温です.反対に低いのはB2(30℃),B4(23℃)です.
坑井の周囲の岩石の変質の程度や,坑井内の水質,水位変化の様子を参考にすると,B1,B7,B8,B9の坑井は硫黄岳の火山活動に関係して温度が高くなっていることがわかっています.一方,坑底温度の高いB5,B6の熱源についてはよくわかっていません.
川村(1976)の図3.2.2を改変.
坑井の水位変化
1976年1月から1977年1月までの1年間における,B1およびB3坑井の水位変化を示します.水位グラフの下部にはB3における日別降雨量を示しています. 潮汐による影響はB3ではほとんど見られないのに対し,より海岸に近いB1では20cm程度の変動をしていることがわかります.降雨による影響は明らかではありませんが,B1では6月下旬の大雨の後に水位の極端な上昇が見られます.これに対し,B3では全く影響が見られずほぼ安定した水位となっています. 年間を通してみるとB1は全体的に大きな季節変動は見られないのに対し,B3の季節変動は顕著です.
川村・酒井(1977)の図1.2.3を改変.
火山岩の主要元素組成
薩摩硫黄島火山の火山岩の主要な10元素の濃度を図に示します.図中の×は先カルデラ期,♢がカルデラ形成期,□が稲村岳,△が硫黄岳,○が昭和硫黄島です.
カルデラ形成期の竹島火砕流,後カルデラ期の硫黄岳,昭和硫黄島は,極めて近い化学組成を示し,1つの流紋岩マグマだまりを起源としていることを示唆しています.一方,後カルデラ期の稲村岳は玄武岩マグマによって形成されています.即ち,後カルデラ期には玄武岩と流紋岩が噴出しており,後カルデラ期には少なくとも2つのマグマだまりが存在した可能性があります.
また,図には,昭和硫黄島流紋岩および硫黄岳流紋岩に含まれるマフィックインクルージョン(mafic inclusion)の化学組成がプロットされている.●が昭和硫黄島流紋岩中のマフィックインクルージョン,▲が硫黄岳流紋岩中のマフィックインクルージョンです.
昭和硫黄島流紋岩中のマフィックインクルージョンは,安山岩組成(SiO2=56-61wt%)で,硫黄島に噴出した玄武岩と流紋岩で示される組成の範囲内で幅広く分布し,玄武岩と流紋岩の混合によって形成されたことを示唆しています.例えば,2つのマフィックインクルージョン(1b,4)は未分化稲村岳マグマ(NE)と昭和硫黄島マグマ(S-2)の混合線上の組成を持ち,3つ(1a, 2, 3)は,未分化稲村岳マグマ(NE), 昭和硫黄島マグマ(S-2),稲村岳スコリア石基組成(Ngm)の3つで囲まれた領域に位置 しています.
一方,硫黄岳流紋岩中のマフィックインクルージョンは玄武岩質安山岩組成(SiO2=54-55wt%)で,稲村岳マグマに近い組成を持っています.稲村岳スコリア組成とその石基組成(Ngm)の線上に位置しているので,稲村岳マグマが少し結晶分化して形成されたと考えられます.
Saito et al. (2002)のFig.3を改変.
火山岩の微量元素濃度
火山岩の微量元素濃度は,マグマの重要な化学的特徴の1つであり,火山岩粉末試料を蛍光X線分析装置(XRF)やICP発光分析(誘導結合プラズマ発光分光分析法),ICP-MS(誘導結合プラズマ質量分析法)で測定できます.
この図は,氏家ほか(1986)およびSaito et al. (2002)によって得られている,薩摩硫黄島火山の火山岩のRb, Sr, Y, Zrの濃度を,K2Oの濃度とともにプロットしたものです.×は先カルデラ期,♢がカルデラ形成期,□が稲村岳,△が硫黄岳,○が昭和硫黄島を示し,黒色はマフィックインクルージョンを示します.
硫黄岳のマフィックインクルージョンは,稲村岳マグマと似た微量元素組成を持っています.また,昭和硫黄島のマフィックインクルージョンは,稲村岳マグマと昭和硫黄島マグマの混合線上に位置しています. これらの結果は,硫黄岳のマフィックインクルージョンを形成したマグマの主たる起源は稲村岳玄武岩マグマであること,昭和硫黄島のマフィックインクルージョンは稲村岳玄武岩マグマと昭和硫黄島流紋岩マグマの混合マグマを起源としていること,を示しており,主成分元素組成の結果と調和的です.
Saito et al. (2002)のFig.4を引用.
矢筈岳火山北西海岸露頭
矢筈岳火山は薩摩硫黄島の北西中央部にある玄武岩質の小型成層火山体で,最高点は標高348mです.小アビ山火砕流以降の噴出物に覆われています.長浜溶岩との関係は露頭が無く,不明です.南半部はカルデラ壁に当たる急崖により切断され,北側は高さ数十mの海食崖が発達しています.北西側斜面には溶岩流と思われる地形が認められ,少なくともこの斜面上部は元地形面を残していると考えられます.
写真は,矢筈岳火山の北西側の海岸で,玄武岩質の溶岩流,火砕岩の互層が露出しています.海食崖に露出する溶岩は厚さ最大数m程度で,同質の角礫岩,アグルチネートにはさまれます.矢筈岳山頂西から北北西にかけての海食崖には少なくとも5本の岩脈があり,矢筈岳山頂東方を中心とする放射状岩脈を構成しています(小野ほか,1982).写真にはこのうち4本の岩脈(d)が見えます.北海岸の坂本から小坂本にかけて玄武岩質の溶岩流,火砕岩の互層が露出し,北東側の坂本近くでは北〜北東側に,南西側の小坂本側では西に傾斜しています.カルデラ壁側では下部に火山角礫岩,上部にやや厚い(10m程度)玄武岩質安山岩が露出しています.
岩石はSiO2=53〜57 wt% 程度の玄武岩〜玄武岩質安山岩で,斜長石,かんらん石および輝石斑晶をもち,なかには径1cm以上の斜長石巨晶を含むものがあります.
なお,平家城から坂本にかけての海岸線にも玄武岩質安山岩溶岩とそれを覆う降下スコリア・軽石層,砂礫層があり,小アビ山火砕流がさらに覆っています.矢筈岳本体と連続しないため直接の関係は不明ですが,岩相や層位,位置関係からこの安山岩溶岩と降下スコリア・軽石層も矢筈岳火山の一部としておきます.
1999年11月19日 川辺禎久撮影.
矢筈岳火山北西海岸露頭
矢筈岳北西海食崖
矢筈岳火山は硫黄島の北西中央部にある玄武岩質の小型成層火山体で,最高点は標高348mです.小アビ山火砕流以降の噴出物に覆われます.長浜溶岩との関係は露頭が無く,不明です.南半部はカルデラ壁に当たる急崖により切断され,北側は高さ数十mの海食崖が発達しています.北西側斜面には溶岩流と思われる地形が認められ,少なくともこの斜面上部は元地形面を残していると考えられます.
写真は,矢筈岳火山の北西側の海岸で,玄武岩質の溶岩流,火砕岩の互層が露出しています.海食崖に露出する溶岩は厚さ最大数m程度で,同質の角礫岩,アグルチネートにはさまれます.写真でもわかるように,矢筈岳山頂西から北北西にかけての海食崖には少なくとも5枚の岩脈があり,矢筈岳山頂東方を中心とする放射状岩脈を構成しています(小野ほか,1982).北海岸の坂本から小坂本にかけて玄武岩質の溶岩流,火砕岩の互層が露出し,北東側の坂本近くでは北〜北東側に,南西側の小坂本側では西に傾斜します.カルデラ壁側では下部に火山角礫岩,上部にやや厚い(10m程度)玄武岩質安山岩が露出します.
岩石はSiO2=53〜57 wt% 程度の玄武岩〜玄武岩質安山岩で,斜長石,かんらん石および輝石斑晶をもち,なかには径1cm以上の斜長石巨晶を含むものがあります. なお,平家城から坂本にかけての海岸線にも玄武岩質安山岩溶岩とそれを覆う降下スコリア・軽石層,砂礫層があり,小アビ山火砕流がさらに覆う.矢筈岳本体と連続しないため直接の関係は不明だが,岩相や層位,位置関係からこの安山岩溶岩と降下スコリア・軽石層も矢筈岳火山の一部としておきます.
1978年10月25日 曽屋龍典氏撮影
長浜溶岩上からみる矢筈岳
矢筈岳上部左に,厚い溶岩流がのっています.手前は硫黄島港,右に稲村岳の一部がみえます.
2006年10月27日に斎藤元治が撮影.
- 中〜遠望写真集:
海底遊離ガス
写真は昭和硫黄島南方の海底.水深約15mの地点.
海底から火山ガス成分が放出している場合,海水に溶存しきれなかった成分は気泡となり上昇します.そのため,火山ガスの上昇経路がある場所や放出量が多い場所などで海底遊離ガスが発生しています. 遊離ガス湧出地点の探査は,潜水によって行います.薩摩硫黄島火山では研究者自身が潜水し調査にあたりました.そのため,水深15m程度以浅の沿岸部に限られています.湧出地点では,周囲より明らかに多量の気泡が発生,上昇しています(Fourre et al., 2002).
写真提供:F. Le Guern氏.
硫黄岳山頂地図(吉田ほか,1969)
硫黄岳山頂火口の周囲及び内側には硫黄採掘のために道や施設が築かれていました.特に火口内側の急斜面には石垣が組んだ道が造られ,一時期は小型トラックが火口底にまで進入し,採掘運搬が行われていました.現在では道の多くは崩壊し石垣の一部が名残を留めています.
硫黄の採掘が行われていたため,図に見られるように山頂部は細かく地名などが決められていました.地図の下部に位置する小岳は,硫黄の採掘停止後に始まった珪石の採掘によりほとんど失われ,現在は小岳周辺はほとんど平らになっています.
吉田ほか(1969)の図1を引用.
噴気ガス組成変化
最高温度火山ガスの二酸化炭素(CO2), 硫黄(St)および塩化水素(HCl)濃度の時間変化を示します.縦軸は,各成分の火山ガス中のモル分率です.
同時期の複数点のデータは,同時に採取された複数試料の組成を表し,その組成幅は短時間の時間変動および採取・分析誤差の幅を意味すると考えられます.
図中の各色の直線は,濃度が一定であることを示します.
1990-2005年の15年間の繰り返し観測では,噴気組成は一定であり,同一時期の複数試料の組成幅を超える組成変動は観測されていません.