最近の火山活動の推移

火山研究解説集:薩摩硫黄島 (産総研・地質調査総合センター作成)

火山研究解説集:薩摩硫黄島
詳細版 目次

1 地質・岩石:

構造 噴火史 岩石 同位体・微量成分 メルト包有物

2 火山活動:

最近の活動 昭和硫黄島

3 火山ガス・熱水活動:

火山ガス SO2放出量 温泉 海底遊離ガス 土壌ガス 変質 ガス分別

4 放熱量:

衛星観測 総放熱量 火山熱水系

5 地球物理観測:

地震活動 地殻変動 その他

6 マグマ活動:

脱ガス過程 マグマ溜まり

1990-2004henka.jpg

  • 最近の火山活動の変化


Table of Contents

はじめに

最近の火山活動の変化


硫黄岳山頂では活発な火山ガス放出活動が長期間安定に継続していました.しかし,1990年代になって火口中央部に新たに出現した高温噴気地帯が竪穴状火孔に発展し,それに伴い火山灰が放出されました(図:最近の火山活動の変化).1999年までの変化についてはShinohara et al. (2002)にまとめられています.

噴気孔分布の変化と火孔の形成

高温噴気孔分布変化

最近の火山活動で特異的な変化は,1990年代の火口中央部で観察された,高温噴気地帯の生成から竪穴状火孔の形成・拡大,およびそれに伴う火山灰の放出です(図:最近の火山活動の変化).1990年以前,高温噴気地帯は山頂火口中央部には存在せず主に火口壁に分布していました.1990年に火口中央部(大鉢奥,おはちおく)において高温噴気地帯が発見され,その後,分布が拡大しました(1994年).さらに,火口底の広い範囲が高温化し(〜1996年),1997年の竪穴状火孔の生成に至ります(図:高温噴気孔分布変化).

1990年以前

山頂高温噴気孔分布図

1990年以前,高温噴気地帯は山頂火口中央部には存在せず主に火口壁に分布していました(鎌田,1964:吉田,私信).過去の文献に示されている,主な高温噴気地帯の名称と位置を山頂高温噴気孔分布図に示します.

これらの高温噴気地帯のうち,大鉢奥,大鉢北はそれぞれ1990年,1996年に見つかりました.釜の口は1990年以降,火口壁の崩落などにより消滅しましたが,それ以外の高温噴気地帯の分布は2005年に至るまで大きな変化はありません(図:高温噴気分布変化).

ただし,図:高温噴気孔分布変化中の○で示された噴気温度測定地点以外での高温噴気地帯は,遠望観測のみでの判断,もしくは未確認である場合があり,確定的ではありません.

1990年

1990年山頂火口全景

1990年10月,山頂火口の南縁(大鉢奥)に887℃の高温噴気孔が発見されました.この時期には火口底中央部に噴気地帯は存在しません (写真:1990年山頂火口全景,東火口縁から撮影).

1991年-1993年

1991年11月に高温噴気地帯の東に直径十数m深さ数mの擂り鉢状の火孔が生じ火山ガスが放出されているのが見つかりました.

1993年10月に高温噴気地帯の北側においても同様の火孔が発見されました.

1994年

1994年山頂火口底

1994年11月,2番目に生じた北側の火孔がやや拡大し,砂状の底部からは火山ガスが活発に放出されていました(写真:1994年山頂火口底,東火口縁から撮影).また,大鉢の中央部に新たな噴気孔が生じていました.

大鉢中央部の噴気の化学組成(大鉢中106, 467)は硫黄に極端に富み,硫黄の酸化還元状態が自然硫黄に近かったため,これらの噴気には,火口底に堆積していた硫黄堆積物が昇華(ガス化)し混入していると推定されました.

硫黄堆積物の昇華(ガス化)は堆積物の体積減少をもたらすため,火口底の高温下による硫黄の昇華による陥没が擂り鉢状火孔の形成原因の一つと考えられています.


1996年

1996年山頂火口底

1996年10月,山頂火口底の南半分(大鉢)は高温噴気地帯に特徴的な灰色の砂状の変質物に覆われていました. 変質帯は深さ数cmで温度は500℃以上に達し,表面の至る所に1cm以下の小さな噴気孔が分布し,高温火山ガスが放出されていました.

北部の擂り鉢状の火孔(写真:1996年山頂火口底の中央部,東火口縁から撮影)はやや拡大し,その中に直径数mの切り立った火口壁を持つ竪穴状火孔が生じ,轟音をたてながら火山ガスを放出していました.

1997年

1997年竪穴状火孔
1997年4月山頂火口全景

1997年1月,北部の擂り鉢状火孔が直径20m程度の切り立った火口壁を持つ竪穴状火孔となり,轟音をたてながら火山ガスが放出されていました.竪穴状火孔底部では日中でも赤熱が観察されています(写真:1997年竪穴状火孔).

1996年に火口底全体を広く占めていた高温の砂状変質帯は,1997年4月には既に消滅しており,表面は火山灰などが固結したと思われる低温の固い層で覆われていました(写真:1997年4月山頂火口全景,西側火口縁・山頂から撮影).火山ガスの放出は,従来からの高温噴気地帯と中心部の竪穴状火孔に集中していました.

1996年10月に竪穴状火孔の周囲で観察された直径1mの岩塊は,1997年には確認できませんでした.この岩塊は竪穴状火孔から放出された噴出物により埋没したと推定されています.


1998年

1998年火孔壁面

1997年以降,竪穴状火孔からの火山灰の放出が火孔近傍で直接観測されるようになると共に,竪穴状火孔が継続的に拡大し,1998年には直径40mに達していました.

火山灰は細粒な変質物で,連続的に放出される火山ガスに巻き上げられた様な形で放出されていました.火山灰は竪穴状火孔近傍には1m以上の厚みで堆積していました(写真:1998年火孔壁面,写真中央部地表に人間の姿).

それに対し,山頂火口の外では火口南縁の近傍でわずかに堆積する程度でした.また,硫黄岳山頂から約2kmに位置する集落等でも降灰が観察されましたが,葉の上などで確認がどうにかできる程度の降灰量でした.

2000年

2000年山頂火口底

竪穴状火孔から頻繁に火山灰を含む噴煙が立ち上っていました(写真:2000年10月山頂火口底,南側火口縁から撮影).写真右側の噴気地帯(白い部分,大鉢北噴気地帯)周辺に,火山ガスの採取を行っている人物が見えます.

火山灰を含む噴煙の放出は間歇的で,噴煙放出に伴う音はわずか数十mしか離れていない噴気地帯においても聞こえませんでした.

2001年以降

2001年7月山頂火口底
2001年11月山頂火口全景
竪穴状火孔の拡大と2006年10月の空撮写真

2001年7月,白色の降灰が山麓でも大量に観察され,山頂火口縁では厚く堆積していました(写真:山頂火口底,人物が立っている場所は南側山頂火口縁).

1998年以降,火山灰の放出は観察されていましたが,降灰はほとんど火口内に限られていました.2001年から2003年頃まで,数十cm以上の火山灰の堆積が山頂火口南縁で確認されており,この時期に火山灰放出量は増大していたと考えられます.

竪穴状火孔は2001年7月には直径50m程度の円形でしたが,2001年11月には南北の長径が150mの洋梨型の形状に拡大していました(写真:2001年11月山頂火口全景,東火口縁から撮影).

2004年以降,顕著な火山灰の放出は観察されていませんが,竪穴状火孔の拡大は継続しており,2005年11月には火孔は山頂火口南縁の道路まで達していました(高温噴気分布図竪穴状火孔の拡大と2006年10月の空撮写真).


火山灰

火山灰写真

住民によると硫黄島では1990年以前から集落でわずかな降灰が観察されることがありましたが,その頻度も量もわずかであり,正式な記録も残っていません.また,竪穴状火孔の形成時期の1997年頃から2003年頃まで集落での降灰が頻繁に報告されていますが,いずれもわずかな量です.

山頂火口内の竪穴状火孔からの火山灰の放出は1998年から2003年にかけて頻繁に観察されています.この火山灰の放出は爆発音などを伴わずに静かに発生しています.

火山灰X線回折結果

いずれの時期に採取された火山灰も,白〜灰色〜やや赤みがかった灰色の細粒の火山灰です. 1997年11月,1998年7月,1998年11月,2000年1月の試料が詳しく分析されましたが,どの試料もクリストバライト,石英,トリディマイトの細粒の結晶片が主な構成物であり,硫黄岳に産する火山ガスによる酸性変質を受けた珪石と同様の物質でした(図:火山灰X線回折結果).

顕微鏡下では火山灰中に一見新鮮なガラス片も見られますが(火山灰写真),水和を受けたものであり,最近噴出したものとは考えにくいです.また,水和を受けていない部分の化学組成は,ごく最近噴火した昭和硫黄島火山岩のガラス組成より,500年以上前に噴火した硫黄岳のガラス組成に近いです.

これらのことから,火山灰は新鮮なマグマの噴出によるものではなく,火口底に堆積していた酸性変質を受けた火山噴出物が,粉砕された物であると推定されています(Shinohara et al., 2002).

地震活動

地震タイプ毎の活動度の変化(気象庁最新版)

薩摩硫黄島における定常的な地震観測は,京都大学防災研究所が1995年6月から,気象庁福岡管区気象台が1997年9月から行っています(Iguchi et al., 2002; Uchida and Sakai, 2002).地震活動には消長が見られ,1998年後半-1999年前半と2000年-2002年前半は他の時期と比較して地震回数が一桁程度多くなっています.

発生している地震のほとんどは,1-6Hzの低周波が卓越するB型地震です.B型地震は体積膨張型の発震機構を持つことから,ガスの蓄積に伴う火道の膨張によって生じる可能性が示唆されています(地震タイプ毎の活動度の変化(気象庁最新版)).一方,岩石の破壊などにより生ずるA型地震は期間を通して,発生回数に大きな変動は見られません(井口ほか,1999).

地震活動と火山ガスの放出活動と間に明瞭な相関は見られませんが,火山灰放出の活発な時期と地震回数が増加した時期は一致しています(図:最近の火山活動の変化).ただし,火山灰放出量の時間変化について定量的なデータが無いため厳密な比較は困難です.

(詳しくは→地震活動へ)

割れ目の形成

割れ目の形成

1996年10月に山頂火口縁南部に,開口幅最大30cm,火口側落ちで段差最大20cmの割れ目が発見されました(写真:割れ目の形成,左:1996年10月,中央:1997年1月,右:1997年2月,場所は高温噴気分布図を参照).

1996年6月8日には硫黄島を震源とするM2.9の有感地震が生じており,Iguchi et al. (2002)はこの地震によって山頂の割れ目が生じたと解釈しています(→地震活動).

割れ目は1997年10月頃まではゆっくりとした拡大の継続が観測されたが,その後停止しています.

火山ガス

噴気最高温度の変化
図2 SO2放出量の変化(1990-2004).定点観測値については,補正している(Ohwada, unpublished data)

1990年以降,山頂の高温火山ガスの採取調査がほぼ毎年行われています.

最高噴気温度は,1990年以降840〜900℃,SO2の放出量も1000〜1500トン/日でほぼ一定である(→SO2放出量,Kazahaya et al., 2002)).

噴気の最高温度(900℃)は竪穴状火孔形成直前の1996年に測定され,SO2放出量も1996年前後の放出量がやや高いため,1996年前後に火山ガス放出がやや活発であった可能性が考えられます(噴気温度・SO2放出量図).

火山ガス組成は1990年以降ほぼ一定であり,1996年にかけての高温変質帯の形成や,1997年以降の竪穴状火孔の形成・拡大に対応した変化は観察されません(Shinohara et al., 2002).これは火山ガスを供給しているマグマの組成や火山ガスの放出圧力などに変化がなかったことを意味します.

(詳しくは→火山ガスSO2放出量へ)

引用文献

井口正人・石原和弘・高山鐵朗・為栗 健・篠原宏志・斎藤英二 (1999) 薩摩硫黄島の火山活動 -1995年〜1998年 -. 京都大学防災研究所年報, vol.42, B-1, p.1-10.

Iguchi, M., Saito, E. Nishi, Y. and Tameguri, T. (2002) Evaluation of recent activity at Satsuma-Iwojima-Felt earthquake on June 8, 1996-. Earth Planets and Space, vol.54, p.187-196.

鎌田政明(1964)鹿児島県硫黄島の火山と地熱.地熱, vol.3, p.1-23.

Kazahaya, K., Shinohara, H. and Saito, G. (2002) Degassing process of Satsuma-Iwojima volcano, Japan: Supply of volatile components from a deep magma chamber. Earth Planets and Space, vol.54, p.327-335.

Shinohara, H., Kazahaya, K., Saito, G., Matsushima, N. and Kawanabe, Y. (2002) Degassing activity from Iwodake rhyolitic cone, Satsuma-Iwojima volcano, Japan: Formation of a new degassing vent, 1990-1999. Earth Planets and Space, vol.54, p.175-185.

Uchida, N. and Sakai, T. (2002) Analysis of peculiar volcanic earthquakes at Satsuma-Iwojima volcano. Earth Planets and Space, vol.54, p.197-210.


(篠原宏志)