土壌ガス

火山研究解説集:薩摩硫黄島 (産総研・地質調査総合センター作成)

火山研究解説集:薩摩硫黄島
詳細版 目次

1 地質・岩石:

構造 噴火史 岩石 同位体・微量成分 メルト包有物

2 火山活動:

最近の活動 昭和硫黄島

3 火山ガス・熱水活動:

火山ガス SO2放出量 温泉 海底遊離ガス 土壌ガス 変質 ガス分別

4 放熱量:

衛星観測 総放熱量 火山熱水系

5 地球物理観測:

地震活動 地殻変動 その他

6 マグマ活動:

脱ガス過程 マグマ溜まり

SoilGasChamberMethod.jpg

  • 土壌ガスの放出量測定


Table of Contents

はじめに

土壌中に存在するガス成分は,通常は空気と植物や微生物の呼吸・腐食などにより発生したガス成分がほとんどです.しかし,火山周辺では地下から上昇してきた火山ガス成分が,噴気などのような顕著な熱異常を伴わずに土壌ガスとして拡散的に放出されている場合があります.土壌ガスによる火山ガス成分の単位面積あたりの放出量は小さいですが,広い面積から放出されているため,総放出量が非常に大きい場合があります.このため,土壌ガス観測は火山全体のガス成分の放出過程の理解には欠かせません.また,土壌ガス経由で放出される火山ガス成分の分布は,地下構造や地下深部からの火山ガスの上昇経路を示す手がかりともなります.特に,土壌ガスに含まれるCO2は火山ガスの主成分の一つであり,火山の活動評価を行うために,その放出量観測が実施されています.

薩摩硫黄島火山の土壌ガス調査はShimoike et al. (2002)により行われ,山頂からの噴気による放出量の数%程度の火山性CO2が,山麓からも土壌ガス経由で放出されていると推定されています.

測定方法

チャンバー法
土壌ガス採取方法

土壌からのCO2の放出量測定は,チャンバー法を用いて行います.チャンバー法は,一定容積の容器を地面にかぶせ,その内部のCO2濃度の増加速度から,地面(土壌)からのCO2放出量を算出する方法です.

また,土壌ガスの化学組成やCO2の炭素同位体比を測定するために,地表下数十cmの深さまでプローブ(細いパイプ)を打ち込み,分析用の土壌ガス試料も採取します(写真:土壌ガス採取方法).


土壌ガスCO2濃度と同位体比の関係

火山周辺の土壌から放出されるCO2には,主に大気,生物活動および火山ガスを起源とするCO2が混在しています(図:土壌ガスCO2濃度と同位体比の関係).そのため,火山性CO2の放出量を知るには,土壌ガス中の全CO2に対する火山性CO2の割合を求めなければなりません.大気,生物活動および火山ガスを起源とするCO2はそれぞれ特徴的な炭素同位体比と濃度を持っています.そのため,採取した土壌ガス中のCO2濃度と炭素同位体の関係から火山ガス起源CO2の割合を推定し,この値を放出量に乗ずることにより火山性CO2の放出量を推定する事ができます.

放出量と分布

土壌ガスの放出量の多い場所
土壌ガス経由での火山性CO2放出量の分布
火山ガス温泉分布

硫黄島での土壌ガス経由での火山性CO2放出量を図(土壌ガス経由での火山性CO2放出量の分布)に示します.火山性CO2放出量は,場所により大きく異なります.放出量は多くの地点で2 (g/m2d)以下ですが,その10倍以上の放出量を持つ地点も,硫黄岳周辺,カルデラ壁沿いおよび温泉湧出点の近傍に分布しています(図:火山ガス温泉分布も参照下さい).特に,硫黄岳北西のカルデラ壁沿いには高放出量の地点が広く分布しており,中でも矢筈岳斜面の高放出量地点(図:土壌ガスの放出量の多い場所)は,温度80℃に達する熱異常を伴い,植生の破壊が生じています.

図(土壌ガス経由での火山性CO2放出量の分布)に示された,火山性CO2放出量の総和は20トン/日です.山頂部から放出されている火山ガスのSO2放出量とその化学組成から,火山ガスとして放出されているCO2量は370 トン/日と見積もられています(→SO2放出量).

従って,土壌ガス経由での火山性CO2の放出量は,火山全体からの数〜10%と推定されます.ただし,Shimoike et al. (2002)では山麓の平坦な地域に測定地点が限られており,硫黄岳,稲村岳および矢筈岳の斜面などでの測定は行われていません.そのため,実際の土壌ガス経由での火山性CO2放出量は,この推定値より大きいと考えられます.

起源と放出過程

マグマから放出される高温火山ガスは,CO2の他は,水や酸性ガスが主成分です(→火山ガス).そのため,地下での冷却や地下水との反応により,水や酸性成分は凝縮して除かれ,反応性に乏しいCO2のみが地表まで達して土壌ガスとして放出されます(→火山ガス分別過程).

土壌ガス放出量の高いカルデラ沿いの地域は,坑井の坑底温度も高いため(図:地下水位および坑底温度を参照),地下から高温の流体(火山ガス)が上昇していることが推定されます.

しかし,この高温の流体が山頂で放出されている高温火山ガスと全く同じ起源を持つかどうかは定かでありません.土壌ガス経由の火山性CO2の放出は,硫黄岳周辺の他,カルデラ壁近傍や稲村岳周辺に分布しているため,カルデラ壁沿いおよび稲村岳においても,硫黄岳とは別の地下の流体の上昇経路であることも考えられます.

同様に,昭和硫黄島における海底遊離ガスの放出(→海底遊離ガス)も,硫黄岳とは別の上昇経路である可能性が考えられます.

引用文献

Shimoike, Y., Kazahaya, K. and Shinohara, H. (2002) Soil gas emission of volcanic CO2 at Satsuma-Iwojima volcano, Japan. Earth Planets and Space, vol.54, p.239-248.


(篠原宏志)