概要版(全文)
火山研究解説集:薩摩硫黄島 (産総研・地質調査総合センター作成)
このページは火山科学解説集:薩摩硫黄島「概要版」の本文を束ねたものです.文字列を検索する際などに,ご利用ください.
薩摩硫黄島の紹介
火山研究解説集:薩摩硫黄島 概要版 目次 |
---|
薩摩硫黄島火山とは
薩摩硫黄島(さつまいおうじま)(以下,本ホームページ内では「硫黄島」と呼ぶことにします)は,九州の南端,薩摩半島の南約50kmに位置する火山島です(図:鬼界カルデラおよび薩摩硫黄島の位置).隣に位置する竹島と共に,巨大カルデラである鬼界(きかい)カルデラの縁辺を形成しています(鬼界カルデラ地形図).
島弧である日本の火山のほとんどは,火山フロントと呼ばれる火山列を成して並んでいますが,薩摩硫黄島火山(鬼界カルデラ)も,九州の北から九重,阿蘇,霧島,桜島,開聞岳などが並ぶ火山フロント上に位置しています.薩摩硫黄島火山は火山フロントを成す南西諸島の北端に位置し,南には口永良部島,中島,諏訪之瀬島などの活火山が続いています.
火山フロントや国内の火山の位置や噴火履歴については,産総研の活火山データベースを参照下さい.
硫黄島は,竹島,黒島と共に,鹿児島県三島村の一部であり,島内の人口は117名(平成19年3月31日現在)です(鹿児島県三島村ホームページより).島への交通として,村営定期船が鹿児島港と竹島・硫黄島・黒島の間をほぼ1日おきに往復しています.鹿児島港から硫黄島へはこの船で約4時間かかり,宿泊施設は5つあります(平成19年現在).
火山と温泉と史跡の島
この島は,平家物語で俊寛の流刑の地として描かれている鬼界が島であると考えられており,史跡の島と言えます.一方で,島の東半分を占める硫黄岳では絶えず噴煙を上げ,島内の各地には温泉がわき出し(→火山ガスと温泉),海岸には露天風呂もある,火山と温泉の島でもあります.
孔雀が島内を歩き回る非常にのどかな南の島ですが,気象庁火山活動度の分類では最も活動度の高いAランク火山13個の一つに指定されており,れっきとした活火山です(日本の活火山のランク分けについては気象庁ホームページを参照下さい).また,最近の調査から,500-600年前に硫黄岳で爆発的な噴火が起きていたことがわかっています(→最近の噴火).
昭和初期には海底噴火が発生し,硫黄島の東北東2kmの沖合に昭和硫黄島を作っていますが,これは昭和時代に国内で起こった噴火の中では最大規模です.火山ガス放出活動も活発で,近年噴火した三宅島,桜島,浅間山と同様な放出量があります(→最近の噴火).岩肌が露出し,もくもくと噴煙を上げている硫黄岳を見ると,あらためてそのことを思い出されます.
硫黄岳での硫黄・珪石採掘
硫黄島の山頂では古くは硫黄が,最近では珪石(けいせき)の採掘が行われていました.最も古くは平家物語にその記載が残されています.
この硫黄は元々は火山ガスに含まれていた硫黄が沈積したものであり,また,珪石は,火山ガスが凝縮して生じた強酸性熱水が火山岩と反応して生じたものです.従って,これらの鉱石も温泉と同様に人類への「火山の恵み」と言えます(詳しくは→詳細版3. 火山ガス・熱水活動の熱水変質へ).
硫黄の採掘のために登山道も整備され,山頂火口内にも石垣を組んだ道が作られていました.右図は1960年代に描かれた山頂部の地図ですが,山頂火口内縁の急斜面にも道が作られていることが判ります.硫黄精錬所も山頂部に作られ,硫黄岳から稲村岳を経て長浜に至る索道により硫黄の運搬が行われた時代もありました.
硫黄の採掘は,硫黄価格の低下と共に昭和半ばで終了しましたが,そのしばらく後に山頂部での珪石の採掘が行われるようになりました.重機を用いた採掘が行われていましたが,1997年以降採掘は休止されています.
薩摩硫黄島火山の特徴
火山学的に重要なことは,このような活動的な火山にもかかわらず,火口内での調査が可能であること,そして,高温(800〜900℃)の火山ガスを採取できることです.一般的に活動的な火山では,噴火の危険や,急峻な地形,脆い岩質等で,火口内に入ることはできません.また,高温火山ガスはマグマから地表へ移動する過程でほとんど組成が変化していないので,その観測からマグマに関する情報を読み取ることができます.このような高温火山ガスを噴気孔から直接採取できる火山は,世界的にみても,この薩摩硫黄島火山以外には,択捉島の茂世路岳(Kudriavy火山)くらいです.
火口内に入れるとはいえ,内部は酸性のガスが充満した高温の灼熱地帯であり,観光客は入ることができません.上の写真(高温火山ガスの観測)は火山ガスの直接採取の風景ですが,写真内の人物のように,酸性ガスから目や呼吸器を守るためにゴーグルとガスマスクの携帯は必須です.また,高温噴気孔の近くの地面は,数10cmも掘ると数100℃になり(→火山から放出される熱),底の厚い登山靴を履いていても熱いため,耐熱手袋を足の下に敷いています.
このように,火口内は,言わば,火山研究者の3K(汚い,きつい,危険)「職場」ですが,このような悪状況の元で詳しい調査や地道な観測を行った結果,火山ガスの起源や,火山ガスと山腹・山麓に湧出する温泉の関係(→火山ガスと温泉),どのようにして火山ガスがマグマから放出されているか,マグマはどこにどのくらいあるのか(→マグマの動き),といった事柄がわかってきました.
この火山研究解説の概要版では,一般の方や防災関係の方が読むことを念頭に,薩摩硫黄島火山がいつどのように形成されたか(→火山の生い立ち),現在の火山の内部構造(→火山の地下構造)や火山活動について,写真や図表を用いて解説しています.火口内や海底など,観光ではなかなか行くことのできないような場所の写真も載せているので,それらを通じて火山研究者の現地調査を疑似体験していただき,火山や火山学に興味を持っていただけたら幸いです.さらに,興味を持たれた方は,より詳しい解説がある詳細版もご覧下さい.
(川辺禎久・斎藤元治・篠原宏志)
最近の噴火
火山研究解説集:薩摩硫黄島 概要版 目次 |
---|
- 薩摩硫黄島火山の硫黄岳
はじめに
薩摩硫黄島火山は,硫黄島島内での1990年代以前に起きた噴火の歴史記録こそないものの,平家物語の時代から噴気活動を続けている活発な活火山です.1990年代後半からは硫黄岳山頂火口で頻繁に火山灰を放出する小規模な噴火を繰り返しています.
また,昭和初期には硫黄島の東の沖合2kmで海中噴火が起き,昭和硫黄島を形成しました.この噴火は,昭和時代に国内で起こった噴火の中でも最大規模でした.気象庁による火山活動度の分類では,最も活動度の高いAランクに分類されています(2008年現在,国内の13火山がAランクに分類されています).
最近の噴火活動
硫黄岳の山頂部には,直径約400m,山頂から火口底までの深さが約140mの火口があり,その周囲や内部で,古くは硫黄の採掘が12世紀から,最近では1997年まで珪石の採掘が行われていました.1998年以降山頂火口内に生じた竪穴の火孔(山頂火口と区別するため,以後,「竪穴状火孔」と呼びます)から頻繁に火山灰が放出されるようになりました(右写真:硫黄岳山頂火口内での火山灰放出).この火山灰の構成物は火口内に堆積していた昔の噴出物が変質したものであり,新鮮なマグマが放出されたものではありません.
(詳しくは→詳細版2. 火山活動の最近の火山活動の推移へ)
硫黄岳山頂からは,火山灰の放出の有無にかかわらず,大量の高温火山ガスが放出されています.火山ガスは.SO2(二酸化硫黄)にして日量約1300トン程度放出されています.この量は,頻繁に爆発を繰り返す桜島火山の火山ガス放出量に匹敵し,噴火が起きていないときでも硫黄岳の地下では活発なマグマ活動が生じていることを示しています.
(詳しくは→詳細版3. 火山ガス・熱水活動のSO2放出量へ)
歴史時代の噴火活動
最近の大きな噴火は,1934年〜1935年に起きた海底噴火であり,噴火前には水深300m程度であった海域に新たに昭和硫黄島が形成されました.噴出したマグマ量は,1990-1995年に噴火した雲仙火山の平成新山ドームに匹敵する量(約0.2km3)であり,昭和時代に国内で起きた噴火の中でも最大規模でした.噴火は硫黄島と竹島の間のカルデラ縁に沿って生じています
平家物語によれば12世紀には既に人が硫黄島に定住してましたが,硫黄岳について噴火の歴史記録(古文書など,人によって記された噴火記録)はありません.しかし,最近の科学的調査によれば,500-600年前に硫黄岳山頂で爆発的な噴火が起き,火砕流が西側山麓まで流下したことが判明しています(→火山の生い立ち).
(篠原宏志)
火山の生い立ち
火山研究解説集:薩摩硫黄島 概要版 目次 |
---|
- 長浜溶岩上から見た硫黄島
はじめに
硫黄島と竹島,それから周辺の岩礁群は,鹿児島県薩摩半島の南約50km付近にあり,海底カルデラである鬼界(きかい)カルデラに関係する火山噴出物でできています.このうち硫黄島にある硫黄岳では,現在も活発な噴気活動と,小規模な火山灰の放出が続いています.
ここでは,薩摩硫黄島火山の地質の概要と鬼界カルデラを含めた噴火史について紹介します.
鬼界カルデラとその噴出物
- 硫黄島周辺の海底地形図
鬼界カルデラは東西20km,南北17kmの大型の海底カルデラです.図の赤破線がカルデラ縁の位置を示します.海底のカルデラの中にはカルデラができた後に活動した後カルデラ火山が多数認められます.
鬼界カルデラからは過去少なくとも4回の大規模火砕流噴火が発生していると考えられています.これらの大規模火砕流堆積物のうち,硫黄島には小アビ山火砕流堆積物と竹島火砕流堆積物が分布します.このうち竹島火砕流堆積物は鬼界カルデラ最新の大規模火砕流噴火(鬼界-アカホヤ噴火)による堆積物で,約7300年前に噴火し,鹿児島県南部まで火砕流(幸屋(こうや)火砕流)が到達し,当時の縄文文化に大きな打撃を与えました.また,同時に降り積もった降下火山灰(アカホヤ火山灰)は,西日本から関東地方付近までの日本の広い範囲に降り積もり,考古学や古環境学では非常に重要な指標火山灰になっています.
薩摩硫黄島火山
- 薩摩硫黄島地質図 (2006年11月版)
硫黄島は鬼界カルデラの北西縁に位置する火山島で,鬼界-アカホヤ噴火前の先カルデラ火山の噴出物と,硫黄岳,稲村岳の2つの後カルデラ火山から成り立っています.
先カルデラ火山
硫黄島に分布する先カルデラ火山を構成するユニットは,矢筈岳(やはずだけ)火山と長浜溶岩流,小アビ山火砕流堆積物,鬼界-籠港(こもりこう)降下テフラです.
矢筈岳火山は硫黄島北部に分布する玄武岩〜安山岩質の小型の成層火山です.南半分は鬼界カルデラ壁に切られていますが,北斜面には一部溶岩流地形が残っています.北側の海食崖の露頭をみると,玄武岩質溶岩流やスコリアなどが積み重なって矢筈岳を作っている様子がよくわかります.硫黄島西部には厚さ70〜80mのデイサイト質の長浜溶岩流が分布しており,高い崖を作っています.
これらをカルデラ形成期に噴火した小アビ山火砕流堆積物が覆っています.小アビ山火砕流堆積物は下部に細粒(径<2cm)の降下軽石を伴い,それを火砕流が覆っています.この火砕流堆積物の多くは強く溶結して硬くなっており,谷地形を埋めるところではレンズ状に厚さ20-30mにもなります.
薩摩硫黄島北東端の平家城には,小アビ山火砕流堆積物を覆って,鬼界-籠港降下テフラが露出しています.鬼界-籠港降下テフラは,鬼界カルデラに関係する安山岩質火山から噴出したものと考えられており,このテフラには桜島起源の約13000年前の薩摩火山灰が挟まれています.
竹島火砕流堆積物
約7300年前に鬼界カルデラは最新の大規模火砕流噴火(鬼界-アカホヤ噴火)を起こしました.このときの噴出物は噴出順に幸屋(船倉)降下軽石,船倉火砕流堆積物,竹島火砕流堆積物に区分されています(小野ほか,1982).硫黄島には幸屋(船倉)降下軽石と竹島火砕流堆積物が分布します.
竹島火砕流は白色軽石を含む火砕流堆積物で,海を渡って九州南部にまで達し,そこでは幸屋火砕流と呼ばれています.竹島では,東部の台地をほとんど覆い,全体で20〜30m程度の厚さになります.一方,硫黄島では,それより薄く,平家城,坂本付近,長浜熔岩上に分布します.硫黄島の竹島火砕流堆積物は,溶岩片など類質岩片が多く,軽石が相対的に少ない,火口に近いと考えられる堆積物の様子を示しています.
後カルデラ火山
硫黄島に分布する後カルデラ火山は流紋岩質の硫黄岳と玄武岩質の稲村岳です.鬼界-アカホヤ噴火後,流紋岩質マグマの活動が現在の硫黄岳付近で5200年前頃に再開しました.稲村岳は3900年前頃に噴火しています.これらの火山活動で放出された火山灰やスコリアは,平家城,矢筈岳,長浜溶岩上に堆積しています.降下火砕物は腐食土壌の発達で区分され,Kawanabe and Saito(2002)は山麓部で8つの降下テフラ部層に分けています.
稲村岳
稲村岳は薩摩硫黄島集落の東に位置する小型の玄武岩質複成火山です.約3900年前に噴火を開始し,2200年前以前に活動を停止しました,降下スコリア層は4枚以上あります.また溶岩流も複数回流出し,東温泉から長浜にかけての硫黄島南海岸に露出しています.ほとんどの噴出物が陸上のマグマ噴火による堆積物ですが,稲村岳降下火砕物の上部部層にマグマ水蒸気爆発によるサージ堆積物があり,長浜集落周辺の長浜溶岩の上に分布しています.
硫黄岳
硫黄岳は流紋岩〜デイサイト質の厚い溶岩流・溶岩ドームとそれらが噴出したときに崩れてできた本質転動角礫岩からなる火山体です.硫黄岳付近での活動は約5200年前には始まっていました.ただし,現在露出する山体表面は稲村岳の活動終了後,2200年前以降に形成されたらしく,活動初期の噴出物は硫黄岳本体には露出していません.山頂部を構成する流紋岩溶岩ドームは1100年前以前に形成されました.その後も山頂部で爆発的な噴火が500-600年前まで続きました.1200年前および500-600年前の噴火では,火砕流が西側山麓まで流下しています.
1996年頃からは,山頂火口から,変質火山灰を放出するごく小規模な噴火を度々繰り返しています.
(硫黄岳の最近の活動の詳細については→詳細版2. 火山活動の最近の火山活動の推移へ)
周辺の後カルデラ火山
硫黄島周辺の海域には後カルデラ火山が存在しています.大部分は海底にありますが.硫黄島南方の浅瀬には流紋岩溶岩が海上に露出しています.1934年9月には薩摩硫黄島東方約2kmで海底噴火が起こり,海上に流紋岩溶岩からなる昭和硫黄島が形成されました.
(昭和硫黄島噴火の詳細については→詳細版2. 火山活動の昭和硫黄島噴火経緯へ)
(噴火史の詳細については→詳細版1. 地質・岩石の噴火史へ)
引用文献
小野晃司・曽屋龍典・細野武男(1982)薩摩硫黄島地域の地質.地域地質研究報告(5万分の1図幅), 地質調査所, 80p.
Kawanabe, Y. and Saito, G. (2002) Volcanic activity of the Satsuma-Iwojima area during the past 6500 years. Earth Planets and Space,vol.54,p.295-301.
(川辺禎久)
火山ガスと温泉
火山研究解説集:薩摩硫黄島 概要版 目次 |
---|
- 火山ガス・温泉の分別過程断面図
はじめに
硫黄島の硫黄岳からは数百年以上の間,噴煙(火山ガス)が活発に放出されています.
硫黄岳の地下のマグマから放出された火山ガスが,山頂や山麓から放出している噴気・噴煙,海岸の温泉,土壌ガス,変色海水,海底からの遊離ガス,そして山頂でみられる熱水変質作用による珪石生成など様々な現象を発生させています.
- 火山ガス・温泉の分布図
高温の火山ガス,低温の火山ガス,土壌ガスや温泉は,硫黄岳の山頂を中心として同心円上に分布しています(上図:火山ガス・温泉の分布図).
この火山ガスや温泉の分布は,火山ガス・温泉の分別過程断面図で示すように,地下の火山ガスや地下水の流れや温度分布などに規制されています.
(詳しくは→詳細版3. 火山ガス・熱水活動へ)
山頂火口内の竪穴状火孔
- 2000年10月の山頂火口底
硫黄岳の山頂火口内には,直径約200mの竪穴状火孔があり火山ガスが放出されています.この火孔は1990年代に大量の火山灰の放出と共に形成されました.
上の写真は2000年10月の山頂火口底で,この時の竪穴状火孔の直径は約50mで,ほぼ連続的に火山灰を放出していました.
(詳しくは→詳細版2. 火山活動の最近の火山活動の推移へ)
高温火山ガス
硫黄岳の山頂火口周囲には温度が800~900℃の高温噴気孔が分布しています(火山ガス・温泉の分布図を参照).
写真の大鉢奥噴気帯では,高温噴気孔の周囲に白色灰状の変質帯が広がっており,重金属に富む昇華物が分布しています.特に鮮やかな青色のモリブデンブルーが特徴的です.
高温噴気孔は昼間でも中側の赤熱を観察することができます(写真:1991年大鉢奥の最高温度噴気孔). この噴気最高温度は,マグマの温度よりわずかに低いだけであり,高温火山ガスは地表近くのマグマから放出されていると考えられています.そのため,地下のマグマの情報を得るために,高温火山ガスの観測が行われています.
山頂火山ガス
硫黄岳山頂周辺には,高温噴気孔以外にも100〜800℃の様々な温度の噴気孔が分布しています(火山ガス・温泉の分布図を参照).
これらの山頂火山ガスは高温火山ガスに似た組成を持っており,高温火山ガスの冷却により生じていると考えられています.
山頂火口内の低温噴気孔群では,火山ガスが冷えて析出した硫黄が固まり,煙突状になっています.
山麓低温火山ガス
100℃前後の低温噴気孔は硫黄岳斜面中腹の谷筋にも分布しています(火山ガス・温泉の分布図を参照).
この山麓の低温火山ガスは,冷却された火山ガスと地下水(雨水が起源)が混合してできた酸性流体が沸騰したものです.例えるなら,お湯を沸かしたときにでる蒸気に相当し,そのため温度は100℃前後です.火山ガス起源の水溶性の酸性ガス成分(二酸化硫黄,塩化水素など)は酸性凝縮水(お湯の方)に残るため,低温火山ガスにはほとんど含まれていません.
(火山ガスの詳細については→詳細版3. 火山ガス・熱水活動の火山ガスへ)
熱水変質岩
山頂周辺(火山ガス・温泉の分布図を参照)には,珪石が分布しています(写真:大谷平珪石採掘現場,大谷平の位置や変質帯の詳細はこちら).珪石は,火山ガスが凝縮(液化)して生じた酸性の熱水と火山岩が反応し,火山岩からシリカ(SiO2)以外の成分が溶脱し生じたものです.この珪石は,かつて住宅用建材の原料として採掘されていました.
硫酸酸性泉
左の写真の東温泉のように,硫黄岳山麓の海岸(火山ガス・温泉の分布図を参照)からは強酸性の硫酸酸性泉が湧出しています.
この温泉が海水と混合することにより,溶存していたアルミニウムやシリカによる白色の沈殿による変色海域を生じています(写真の左は赤湯,中央は東温泉).
この硫酸酸性泉は,火山ガスと地下水が混合して生じた酸性流体が地下を流下する過程で火山岩を溶出することにより生じています.
含鉄炭酸泉
稲村岳山麓の海岸(火山ガス・温泉の分布図を参照)からは,弱酸性の含鉄炭酸の食塩泉(長浜温泉・赤湯)が湧出しており,海水との混合により鉄水酸化物の赤褐色沈殿による変色海域が生じています.硫黄島港は,長浜温泉が湧出し,港内の海水はこの鉄水酸化物の赤褐色沈殿で変色しています.
食塩泉
海水の加熱により生じた食塩泉が坂本温泉,昭和硫黄島に分布します(火山ガス・温泉の分布図を参照).
(温泉の詳細については→詳細版3. 火山ガス・熱水活動の温泉・地下水へ)
土壌ガス
硫黄島のカルデラ内部の低地の広い範囲で,土壌ガス経由での火山性のCO2の放出があります(火山ガス・温泉の分布図を参照).
特に硫黄岳の周辺,カルデラ縁,温泉の湧出地点の周辺で火山性CO2の放出が多く,また,土壌ガスの放出量が多い場所は地温も高い場合が多いです(写真:土壌ガス放出地帯).土壌ガス中の火山性CO2は,火山ガスが上昇過程で冷却や地下水との反応により水溶性の酸性成分が除かれた残りであると考えられています.
海底遊離ガス
東温泉や昭和硫黄島の沿岸海底(火山ガス・温泉の分布図を参照)からは遊離ガス(気泡)が生じています(写真:海底遊離ガス).海底遊離ガスは土壌ガスと同様に,火山ガスの水溶性成分が海水に溶解した残りです.
(詳しくは→詳細版3. 火山ガス・熱水活動の海底遊離ガスへ)
参考文献
篠原宏志・風早康平・J. W. Hedenquist(1993)薩摩硫黄島の火山ガス・温泉・熱水系.地質ニュース,no.472,p.6-12.
(篠原宏志)
火山から放出される熱
火山研究解説集:薩摩硫黄島 概要版 目次 |
---|
- 硫黄岳山頂火口の地表面温度分布図
はじめに
活動的な火山では,地下の高温のマグマを反映して,地表に温度の高い領域が現れます.マグマが熱源となって,マグマから周囲の地層への熱伝導,マグマからの火山ガスの放出,地下水の浸透と熱水の対流等の活動によってマグマの周囲に熱水系が形成されるからです.地表で温度の高い領域を観測することによって,地下のマグマやそれに伴う熱水系を理解することができます.
大地の温度は,日射や気象条件によって変動していますが,マグマの熱の影響を受けている場所では周囲の影響のないところに較べて温度が高くなっており,そのような場所を熱異常域(または温度異常域)と呼びます.硫黄岳の熱異常域を調べるために,人工衛星を使った観測(詳しくは→詳細版4.放熱量の衛星による観測へ)と現地での観測を行っています.現地観測は赤外熱映像装置を使った地表面温度の遠隔測定と熱電対を用いた地表面温度測定からなります.以下,それぞれの観測によって得られた硫黄岳の熱異常域の様子を紹介します.
熱活動の特徴
硫黄岳山体の地表面温度分布
上図は1995年3月7日の夜間に人工衛星によって観測された硫黄島の表面温度分布です(詳しくは→詳細版4.放熱量の衛星による観測へ).硫黄岳の山頂や山腹に見られる温度異常域は,噴気孔の分布図とおおよそ一致し,火山活動によるものと判断できます. 人工衛星を使った観測は定期的に行えるため,詳細版で述べられるように熱活動の長期的な経年変化をとらえるときに威力を発揮します.次に解像度を上げた画像を紹介します.
- 硫黄島の地表面温度分布図
この硫黄島の地表面温度分布図は,2004年10月6日にセスナ機に搭載した赤外熱映像装置によって上空約1500mのところから測定した結果です.解像度(衛星の空間分解能が120mであるのに対しセスナの分解能は数m)が上がるため詳しい表面温度分布がわかります.例えば,温度は低いものの,温度異常域は山頂火口原にとどまらず,山麓まで拡がっているのがわかります.次に硫黄岳の山頂部分をクローズアップしてみましょう.
セスナから撮影した硫黄岳の地表面温度分布のうち,山頂部を拡大したものと地形に噴気地帯をあわせて示しました(図:セスナによる硫黄岳火口底地表面温度分布).噴気活動の対応した部分が最も高温になっていることが分かります.次に現地観測によって得られたさらに詳細な火口原内の様子を見てみます.
- 硫黄岳山頂火口の地表面温度分布図
硫黄岳山頂火口の地表面温度分布図の上の写真は地表(火口縁)から見た火口内の様子です.写真中央には竪穴状火孔があり,そこから高温火山ガスが噴出しています.下は同時に同じ場所を赤外熱映像装置で測定した地表面温度分布です.これをみると,竪穴状火孔と,その周囲,特に火口原の壁に高温部(赤色〜黄色)があることがわかります.この高温部は,最高温度が800℃に達するような高温の噴気孔に対応します.火口原全体にやや温度の低い領域(緑色〜水色)が広がっていますが,それは,100℃程度の低温噴気孔や噴気地に対応しています.このような対応は現地で赤外熱映像装置による地表面温度測定と熱電対による地中および噴気温度測定を同時に行うことにより明らかになります.
地表面温度と地中温度の関係
今まで見てきたような地表面温度とその場所の熱的な状態の関係は,硫黄岳山頂火口の地表面温度分布図の点線で示した代表的な地点で地表面温度と地中温度の測定を同時に測定することにより明確になりました.
a)地表面温度が20〜50℃では(右図:地中温度勾配のa),噴気温度が100℃程度の低温噴気孔やその周囲の地中温度異常域(噴気地)に対応する.
b)地表面温度が50〜100℃では(右図:地中温度勾配のb),噴気温度が100℃以上になる高温噴気孔やその周囲の地中温度異常域に対応する.
ということがわかりました.
熱活動の推移
火口原の様子は常に一定ではありません.この図(地中温度の経年変化)は火口原の地中温度分布の変遷を示します.1976年以前は,火口底の地中温度のほとんどが沸点より低く,高温噴気孔のほとんどは火口壁に分布していたのに対して,1996年には火口底の多くの部分で沸点より高温になっています.これは,1991年以降の火口底の変遷(→最近の火山活動の推移)に対応しています.火口底には1991年以降,竪穴状火孔が形成され,それが徐々に拡大しました.それに伴う熱活動の様子を少し詳しく見てみましょう.
図:硫黄岳火口底地表面温度分布の経年変化から竪穴状火孔の拡大とそれに伴う地表面温度の変化を見ることができます.竪穴状火孔の直径は1997年4月,97年11月,98年3月,98年11月,99年11月にそれぞれ 26.5,27.9,34.9,40.5,64.2 mとなっています.
初期には火孔から高温の噴気が立ち上っているますが,1999年には立ち上る噴気が低温になっています.1997年以降,噴気には時々粉砕された固形物(灰)が含まれるようになり,火孔の周囲に堆積するようになりましたが,それにともなって1998年,1999年には,火孔の周辺にはっきりとした低温域がみられます.
このような温度異常を示す面積の変遷は右図(地上測定による硫黄岳火口底温度異常域の面積)からはっきりわかります.
火口原の竪穴状火孔の形成に伴って,一時,噴気活動は活発化しましたが,1997年以降は火口原全体での温度が低くなっており,噴気活動が低下したと考えられます.
硫黄岳のマグマ‐熱水系モデル
以上で見てきたように硫黄岳には次の3つのタイプの熱活動があることが分かります.
- 山頂部での100〜900℃の噴気孔からの火山ガスの放出,
- 山麓部での100℃程度の低温噴気孔からの火山ガスの放出,
- 噴気孔の周囲にみられるような,地中の温度が高くなっている「噴気地」と呼ばれるところ
です.また,これに加えて 海岸線に見られる温泉(→火山ガスと温泉)も熱活動としてあげられます.
地球化学的な観測結果から,山頂部の噴気孔から放出する火山ガスはほとんどがマグマ起源であることが分かっています.山麓の噴気孔から放出される火山ガスはマグマ性のものと天水が混ざり合っています.また,海岸線に見られる温泉にもマグマ性ガスが含まれます(詳細は→詳細版3.火山ガス・熱水活動へ).
噴気地は山頂部や山麓の噴気孔の周囲に分布しているので,火山ガスが地中の亀裂を移動する過程でその周囲に拡散したものを熱源にしていると考えられます.
以上をまとめると,硫黄岳のマグマ-熱水系について図(熱活動の概念モデル)のような定性的なモデルが考えられています.
- 熱活動の概念モデル
(松島喜雄)
火山の地下構造
火山研究解説集:薩摩硫黄島 概要版 目次 |
---|
- 重力異常図
はじめに
火山体の地下構造を推定するための有効な手段に地球物理探査があります.ここで主に紹介するのは,昭和50年度から52年度に薩摩硫黄島で実施された工業技術院サンシャイン計画にかかわる委託調査研究「火山発電方式に関するフィジビリティスタディ」(社団法人 日本電機工業会)の成果報告書(川村, 1976; 小野寺,1976;馬場,1978)および地質調査所(1976,1980)から抜粋した研究成果です.
また,近年行われたKanda and Mori (2002) による自然電位観測の結果も紹介します.なお,本編では紹介しませんが,硫黄島を含む広域の磁気分布が地質調査所(1980)によって著されています.
より詳しい解説は,詳細版5.地球物理観測のその他の観測(坑井,電気,磁気,重力,自然電位)にありますので,合わせてご参照下さい.
調査の概要
- 調査地点・電気探査測線
大地を構成する物質によって,電気抵抗や密度,帯磁率(磁場によって物質が誘導される磁化の強さ)が異なるので,これらの値を調べることによって目には見えない地下の構造の推定が可能になります.
硫黄島では,深さ100m程度の坑井(調査のために地中に孔を掘ること,また,掘って作られた孔を坑井と言う)での観測,山麓における電気探査,重力探査,自然電位調査,航空磁気測量を行っています.坑井の位置,電気探査の測線,磁気測量と重力探査の解析断面の位置を上図(調査地点・電気探査測線)に示します.
坑井での観測では,地下水位と坑底温度が得られます.坑底温度とは,坑井の底部の温度で,その深さの地温に相当します.
電気探査は,大地に設置した一対の電極に電気を流し,その流れ具合から大地の電気抵抗を測定します.この結果から,測線(観測地点間を結ぶ地表の線)の下の大地の構造が分かります.
重力探査は,地表における重力の値を測定し,地下の物質の密度の大小を調べるものです.
磁気測量は,地表付近の地磁気を測定することにより,地下の物質の帯磁率(物質が磁場によって誘導される磁化の強さ)を調べます.今回詳細する研究では,計器を航空機につるし,空中から測定を行っています.
坑井を利用した調査
各坑井の地下水位と坑底温度を図(井の地下水位と坑底温度)に示します.地下水は,降った雨の一部が地下に浸透することによってもたらされますが,地下での水の流動のしやすさによって水位が変わってきます.流動しにくければ水位が上昇し,流動しやすければ低下します.硫黄島では,地下水位が海水面にほぼ等しく,水が流動しやすい構造になっていると考えられます.
一方,坑底の温度には偏りがあります.温度が異常に高い場所では,硫黄岳の麓であるにもかかわらず,何らかの熱源があることを示しています.
電気探査
電気探査では地下の比抵抗を測定します.比抵抗とは電気の流れやすさを示す値で,比抵抗が大きいと電気は流れにくくなります.地下の比抵抗は,岩石の構成要素,地下水や海水の存在,温度等によって変わります.特に火山地域では,地層中の含水量や変質の度合いが大きいと比抵抗は極端に小さくなる傾向があり,地下構造を調べる良い指標になっています.
下の図(比抵抗構造(A断面)と比抵抗構造(B断面))は,シュランベルジャー法という電気探査方法によって得られた硫黄島の地下の比抵抗構造を示しています.硫黄島では地下水位より下部の比抵抗が1-4Ω・m程度と極端に低いことがわかります.この原因として,海水が硫黄島の地下に浸透していること,火山性流体による変質が進んでいることの2つの要因が考えられます.
重力調査
重力測定によって得られる重力異常の分布は,地下の物質の密度の大きさを反映しています.
駒澤ほか(2005)によって明らかにされた硫黄島の重力異常分布は島の北西から南東へ低くなる傾向にあり,カルデラ構造(詳しくは→詳細版1.地質・岩石の地質構造へ)に起因していると考えられます.すなわち,カルデラの窪みを満たす堆積物の密度が周囲に比べ小さく,その厚みが島の北西から南東へかけて厚くなっていると推測されます.
磁化・密度構造
地球固有の磁場(地磁気)は,地下を構成する岩石の磁気的性質が場所によって異なることにより,局所的に乱されます.乱された磁場から,大局的な磁場を差し引いたものを磁気異常といい,磁気異常の地上での分布から逆に地下構造を推定することができます.地中の岩石の磁性の影響は空中まで広がっており,広い範囲にて均質なデータが得られることから航空機を利用した空中磁気測量を行うことがあります.
硫黄島周辺でも空中磁気探査が行われ,その結果と重力測定の結果を基に,硫黄島を横切るような2つの測線に沿って,その下の地下構造が推定されています(下の図の,解析断面Aと解析断面B).具体的には,磁性の強さが異なる岩体(青色部)や地層の密度のコントラスト(赤実線)が求められています.
自然電位調査
自然電位とは,大地の中に自然に生じている電位のことであり,地下での地下水や地熱水の流動に対応して異常を示します.自然電位は,地表に設置した電極で測定します.測定自体は簡便で,古くから鉱床や温泉の探査に用いられてきました.
地下水が表層のすぐ下を流れるところでは,上流側で負,下流側で正の値を示します.一般に,山岳地帯では標高が高くなるにつれて自然電位が減少する傾向があり,地形効果と呼ばれています.これは地下水が山頂部から山麓部に流れるために起きます.
それに対し,温泉水などの熱水の流動によっても自然電位の異常は現れ,熱水の上昇域で正の異常を,反対に下降域では負の異常となります.火山ガスや蒸気の流動では自然電位異常は生じません.また,自然電位の値は岩石の比抵抗値によっても変わります.岩石の比抵抗が小さい(電気伝導度が大きい)と異常の振幅が小さくなり,比抵抗が大きいと振幅が大きくなります.
下の図は,1975年と1999年に硫黄島で行われた自然電位の測定結果です.どちらも,硫黄岳の西山腹において正の異常を示しており,地下水の流動を反映している可能性があります.また,1999年の結果を見ると山頂域で正の異常が見られ,噴気活動に伴った熱水の流動を示すと考えられます.
引用文献
馬場健三(1978) I.6. 空中磁気探査法による地下構造調査. 昭和52年度サンシャイン計画委託調査研究成果報告書「火山発電方式に関するフィジビリティスタディ」, 社団法人日本電機工業会・地熱技術開発株式会社, p.78-88.
地質調査所(1976)全国地熱基礎調査報告書 no.30 南西諸島. 工業技術院地質調査所, p.90.
地質調査所(1980)空中磁気図XXV-1, 大隈半島-屋久島海域空中磁気図. 工業技術院地質調査所.
Kanda, W. and Mori, S. (2002) Self-potential anomaly of Satsuma-Iwojima volcano. Earth Planets Space, vol.54, p.231-238.
川村政和(1976)I.3. 水文・気象観測.昭和50年度サンシャイン計画委託調査研究成果報告書「火山発電方式に関するフィジビリティスタディ」, 社団法人日本電機工業会, p.21-37.
駒澤正夫・名和一成・村田泰章・牧野雅彦・森尻理恵・広島俊男・山崎俊嗣・西村清和・杉原光彦・大熊茂雄(2005)重力図 no.22, 屋久島地域重力図(ブーゲー異常). 地質調査総合センター.
小野寺清兵衛(1976) I.7. 電気探査. 昭和50年度サンシャイン計画委託調査研究成果報告書「火山発電方式に関するフィジビリティスタディ」, 社団法人日本電機工業会, p.96-102.
参考文献
物理探査学会(1989)図解物理探査.物理探査学会,239p.
兼岡一郎・井田喜明編(1997)火山とマグマ.東京大学出版会,240p.
(松島喜雄)
マグマの動き
火山研究解説集:薩摩硫黄島 概要版 目次 |
---|
- マグマ溜まりの進化モデル
はじめに
薩摩硫黄島火山は,約7300年前の巨大カルデラ形成後も活発な火山活動が継続し,主に海面下に没しているカルデラ内において多量のマグマ(19km3以上)を噴出しています.従って,カルデラ噴火後もカルデラの地下に大型のマグマ溜まりが存在していると考えられています.
硫黄島においては,カルデラ噴火後,硫黄岳,稲村岳が噴火により誕生し,硫黄岳では現在もなお,800-900℃に達する高温の火山ガスを放出しています.この高温火山ガス成分のほぼ全てがマグマ起源です. (詳しくは→詳細版3. 火山ガス・熱水活動の火山ガスへ)
その量は,二酸化硫黄(SO2)放出量観測によると日量1500トンに達します(詳しくは→詳細版3. 火山ガス・熱水活動のSO2放出量へ).このような多量のマグマ起源ガスを放出し続けるためには,大量のマグマが脱ガスする必要があります.
この章では,薩摩硫黄島火山で,過去(7300年前)から現在に至るまで,マグマが地下でどのように動いているかについて,紹介します.
マグマ活動
硫黄岳山頂火口から放出される火山ガスの温度は非常に高い(最高800-900℃)ことから,この火山ガスはマグマから放出されてすぐに地表に到達していると予想されます.すなわち,マグマが地表付近にまで上昇してきている可能性が考えらます.
この高温火山ガスの97%は水で構成されています.水はマグマに比較的溶解しやすいため,マグマから水を放出するには,比較的低圧の環境にマグマが存在している必要があります.このことも,マグマが地表付近にまで上昇してきていることを示唆します.
マグマ起源の水の放出量は,火山ガスの化学組成・同位体組成とSO2放出量値から日量40000トン程度(常温1気圧下の液体の水で1辺34mの立方体の体積になる)と見積もられています.このような非常に多量の水を放出するには,マグマが浅い場所に存在し,かつ,活発に脱ガスをしている必要があります.
では,どのくらいの量のマグマが,どのくらいの深さで脱ガスしているのでしょうか?
この問いに対しては,マグマに火山ガス成分が元々どの程度含まれているのかを測定することにより答えることができます.ここでは結果のみ示しますが,脱ガスするマグマの量は一日あたり400万トン以上に達し,脱ガス圧力は約20気圧と推定されています.
この圧力は硫黄岳火口から深さ数100mに相当し,硫黄岳の標高(704m)を考えると,マグマの脱ガスが起きている場所が海水準よりも浅い可能性が高いです.広帯域地震計による観測で脱ガスに関連すると思われる震動の中心が求められていますが,海水準よりも高い位置にあります.マグマ溜まりから地表に向かって伸びているマグマ柱の上面(マグマヘッド)がそこにあり,マグマからのガスの放出が起きている可能性があります(詳しくは→詳細版5. 地球物理観測の地震活動へ). また,算出された脱ガスマグマ量は,1辺100mの立方体のマグマに相当します.1年間では,0.3-0.4km3ものマグマが脱ガスしていることになります.
ガス放出のしくみ
ここ硫黄島では,古文書(平家物語)の記録や岩石の変質状況(→詳細版3.火山ガス・熱水活動の熱水変質へ)を元に,約1000年の長い歴史にわたり大量のガスを放出し続けていると考えられています.火山ガス放出量の長期変動(ガス放出量観測は1970年代から始まったので,厳密にはそれ以前の放出量はわからない)やガス成分濃度のマグマによる違い(2種類のマグマが地下に存在していると推定されている→詳細版1.地質・岩石)を考え合わせても,この間に脱ガスしたマグマの総量は体積にして100km3を優に超えます.
このような大量のマグマが非常に浅い場所に存在している証拠はありません.逆にこのような大量のマグマは地下深部のマグマ溜りにのみ存在しています.しかし,この大量のガスを脱ガスするにはマグマが低圧環境下になくてはならないのも事実です.
この一見矛盾した状態を説明するプロセスがあり,火道内マグマ対流プロセスと呼ばれています(→詳細版6.マグマ活動の脱ガス過程).火道がマグマ溜りと地表近くの低圧環境の場とつながっていれば,深部のマグマ溜りからマグマが火道内を上昇して低圧環境下になることが可能です.脱ガスしたマグマは脱ガスしていないマグマよりも密度が高くなるため,脱ガス後は火道内を沈降してマグマ溜りに戻ります.こうして,ガスを含んだマグマは,脱ガスしたマグマと入れ替わるように,火道内を上昇し,また,脱ガスするというプロセスを繰り返します.このようにして,大量のマグマ起源ガスが火山から放出されていると考えられます.
現在のマグマ溜まり
上記のように,カルデラ形成後から現在までの多量のマグマ(19km3以上)を噴出しています.また,現在の火山ガス放出量から見積もられた,噴出せずに地下で脱ガスしたマグマの総量が100km3以上と推定されています.以上のことから,薩摩硫黄島火山下には7300年前のカルデラ噴火の後も定常的に大型のマグマ溜まりが存在し,活発な噴火活動を継続していると考えられる.
では,そのマグマ溜まりは,どのくらいの深さにあって,そのような性質を持ち,どのような活動をしているのでしょうか?
これまで,火山岩の岩石学的解析,メルト包有物の火山ガス成分分析,火山ガスの地球化学的観測,地球物理学的観測等が行われ,左図のようなマグマ溜まり像が明らかになりつつあります.
マグマ溜まりは,その上面が深さ3km程度にあり,下部に玄武岩マグマ,上部に流紋岩マグマがあり,中間に両者の混合によって生じた安山岩マグマが存在しています.玄武岩マグマ(1130℃)は流紋岩マグマ(970℃)より熱く,かつ,火山ガス成分に富み,流紋岩マグマに熱とガスを供給しています.前述の大量の火山ガス放出は,この上部の流紋岩マグマが火道内を上昇し,地表近くで脱ガスしているためです.脱ガスした流紋岩マグマは,火道および流紋岩マグマ溜まりを沈降し,下部の玄武岩マグマから安山岩マグマを通してガス成分を供給されています.すなわち,現在地表で放出されている火山ガスのほとんどは,地下深くに潜在している玄武岩マグマを起源としていると考えられています.
マグマ溜まりの進化
では,このようなマグマ溜まりはどのように形成されたのでしょうか?
約7300年前のカルデラ形成から1934-1935年の昭和硫黄島噴火までの岩石やメルト包有物を詳細に検討すると(→詳細版1.地質・岩石の岩石学およびメルト包有物),右図のようなマグマ溜まりの進化が浮かび上がってきました.
カルデラ噴火直前には(図の左),深さ3-7kmにかけて,巨大な流紋岩マグマだまりが存在していました.そして,破局的なカルデラ噴火が起こり,この流紋岩マグマが噴出します.
このカルデラ噴火後も,流紋岩マグマの一部は噴火せずに残りました(図の中央).火山岩の解析に基づき,流紋岩マグマだまりの下部に玄武岩マグマが上昇してきた可能性が指摘されています.約5200年前に流紋岩マグマが噴火し,硫黄岳の形成が始まります.約3000年前頃には玄武岩マグマが噴火し,稲村岳を形成します.
約2200年前には再び流紋岩マグマの噴火が開始し,500年前程度まで継続し,現在の硫黄岳ドームを形成しました.この硫黄岳活動時期に玄武岩マグマ溜まりが流紋岩マグマ溜まりの下部近くにあった可能性がある.また,この流紋岩マグマ溜まりでは,約1000年前から火道内対流による活発な火山ガス活動を開始し,現在まで継続しています.最後の硫黄岳噴火(約500年前)以降(図の右)に,玄武岩マグマが流紋岩マグマだまりの下部に進入し混合,安山岩マグマを形成します.1934-1935年にはこの流紋岩マグマと少量の安山岩マグマが噴出し,昭和硫黄島を形成しています.
(風早康平・斎藤元治)
危険を避けるために
火山研究解説集:薩摩硫黄島 概要版 目次 |
---|
- 硫黄岳西麓の火山弾と火砕流堆積物
活火山である薩摩硫黄島火山では,現在も火山ガスの放出が続き,微小な地震活動も起きています.また,ときおり小規模な変質した火山灰を放出する噴火も起きています.
(詳しくは→詳細版2. 火山活動の最近の火山活動の推移へ)
本章では硫黄島において想定される火山災害について概略を述べます.
火山ガス
山頂火口からは一日あたり約1300トンの二酸化硫黄(SO2)ガスが放出されています.SO2ガスは酸性雨の原因となり,金属を腐食させます.人間に対しては呼吸器系や粘膜にダメージを与え,高濃度の場合はもちろん,ぜんそくなど呼吸器系疾患がある場合には比較的低い濃度でも急性発作による死の恐れがあるほか,長期間吸い続けるとぜんそくなどを引き起こします(平林,1986;小坂,1992).幸い主な放出源である山頂火口の標高が高く,また集落も卓越風の風上側にあるため,定常的に住民が高濃度のSO2ガスにさらされる可能性は少ないです.しかし,不用意に山頂火口に近づくと危険であり,ガスマスクの使用などの対策,風向き等への注意が必要です.
(火山ガスの詳細については→詳細版3.火山ガス・熱水活動へ)
火山灰・軽石の噴出
1998年から発生している,ごく小規模な噴火に伴う火山灰の集落への降下量は少量で,生活への影響は限定的でした.しかし,硫黄岳周辺の過去の噴火による堆積物を観察してみると,ここ1000年ほどの間に火山灰が1m以上堆積しているのがわかります.噴火が今以上に活発化すれば,火山灰の放出量も増えることが予想されます.火山灰放出量が増えると,農作物への被害や健康への悪影響も懸念されるほか,降雨時の土石流の危険性が増えます.
硫黄岳からマグマを噴出する最新の噴火は約500-600年前に起き,硫黄岳山麓まで火山弾と噴煙柱崩壊型の火砕流が到達しました.また,1100-1200年前には軽石を放出する噴火があり,放出された軽石の一部は竹島まで到達した可能性があります.もし,マグマ活動が活発化すれば,同様の火山弾・軽石の降下,山麓に達するような火砕流の流下が起きる可能性があります.噴火災害を未然に防ぐために,火山活動の監視を行うとともに,ハザードマップの作成などを通して緊急時の避難計画を作っておく必要があります.
(硫黄岳の噴火の詳細については→詳細版1.地質・岩石の噴火史へ)
溶岩流・山体崩壊
最近1200年間は硫黄岳での溶岩流の流出は起きていません.一方,1934-1935年に起きた昭和硫黄島を作った海底噴火では,溶岩流の流出により海底溶岩ドームが形成されました.また,高温の火山ガスを放出し続けていることからマグマヘッド(火道内のマグマ柱の上面)は地下の比較的浅部にある可能性が高く,将来それが地表または海底に噴出する可能性は否定できません.粘性の大きな流紋岩質マグマの場合,マグマの上昇に伴う山体の変形などにより,山体崩壊を起こす可能性もあります.その場合,山体崩壊堆積物による直接の破壊のほか,それが海に流れ込んで津波を発生させることも考えられます.
海底噴火
1934-1935年の海底噴火では,海底に溶岩ドームが形成され,昭和硫黄島として海上に現れたほか,巨大な軽石が周辺海底に堆積しました.
幸い1934-35年の海底噴火は水深が深く,ゆっくりと流紋岩質マグマが噴出したため,爆発的な噴火は発生しませんでした.しかし,浅い海底で噴火したり,噴出率が高い場合には,爆発的なマグマ水蒸気爆発が起きる可能性があります.
(1934-1935年の海底噴火の詳細については→詳細版2. 火山活動の昭和硫黄島噴火経緯へ)
過去には,稲村岳の活動後期にマグマ水蒸気爆発が稲村岳西方,現在の長浜集落近くで発生し,周辺に岩塊を飛散させ,火砕サージが発生しました(Kawanabe and Saito, 2002).流紋岩質マグマでもマグマ水蒸気爆発は起こりうるため,的確に噴火予兆を捉えて,避難する体制を整える必要があります.
引用文献
平林順一(1986)火山ガス災害と化学的噴火予知の現状.火山,vol.30, p.S327-S338.
Kawanabe, Y. and Saito, G. (2002) Volcanic activity of the Satsuma-Iwojima area during the past 6500 years. Earth Planets and Space, vol.54, p.295-301.
小坂丈予(1992)火山ガスによる中毒災害.中毒研究,vol.5,p.123-132.
参考文献
小野晃司・曽屋龍典・細野武男(1982)薩摩硫黄島地域の地質.地域地質研究報告(5万分の1図幅), 地質調査所,80p.
宇井忠英編(1997)火山噴火と災害.東京大学出版会,219p.
(川辺禎久)