桜島
大正噴火
- 発生地域: 日本 九州
- 噴火規模: VEI 4
- マグマ組成: 安山岩質
- 噴火トレンド: 減衰型
※VEIは産総研 1万年噴火イベントデータ集による
0.6 km3 bulk (テフラ) + 1.34 km3 (溶岩)
最高噴煙高度: >10 km 東西両側
数日の前駆的活動の後に大規模噴火が2箇所で開始.その後数年かけて減衰した.
主要な噴出物等
- 降下火砕物
- 火砕流
- 溶岩
あり
あり
ピーク後,2箇所から溶岩の噴出
前兆現象・噴火開始
1913年7月,桜島南東麓の有村で噴出した二酸化炭素による酸欠死亡事故が発生した.1913年11月以降,桜島島内で有感地震が記録されている.12月ごろから桜島島内のほぼ全域で井戸水の異常(渇水)が認められた.
噴火直前の現象としては,1月11日午前3時ごろから火山性地震が群発しはじめた.群発地震開始から約15時間は無感地震が多いが,11日18時以降は地震の規模が大きくなったため有感地震が増加した.噴火直前(12日午前6時以降)は有感地震が減少した(宇平,1994).噴火当日(12日)早朝には,南東山麓の脇や有村海岸の地温が上昇し,また海中に熱水が噴出した.また,井戸水の水位上昇が発生した.
噴火の1914年1月12日8時頃に桜島の複数箇所から白煙の上昇が目撃されている.
噴火推移
時系列は安井ほか(2006)に詳しい.ただし桜島の東西で同時進行した活動のうち,当初風下であったことや鹿児島市から遠く記録が少ないために東側での活動推移は不明な点が多い.10時05分頃に桜島西山腹の標高350 m付近から,10時10分頃に南東山腹の標高400 m付近から噴火が開始した.噴火の強度は午前11時ごろから増大し,鹿児島市内でも強い空振が感じられた.プリニー式噴火~準プリニー式噴火は13日16時頃に軽石の降下が終了するまでの30時間程度継続したとみられるが,安井ほか(2007)は東側では西側より早く終了したとしている.11日14時頃には地震活動は低下したが,18時29分には桜島西沖でM7.1の地震が発生した.また19:30頃には鹿児島市沿岸に小津波が押し寄せた.溶岩の噴出は,プリニー式噴火が起こっている最中の12日午後から13日朝にかけて両火口で始まったとみられている.プリニー式噴火終了後も両側の火口群は間欠的に大きな爆発的噴火を繰り返し,溶岩の噴出も継続した.13日夜の西側では規模の大きな火砕流が発生した.17日の西側からのものは鹿児島市が真っ暗になるほどであった.21日頃の東側からの噴火では少量の軽石が大隅半島に降下した.24日頃から西側でのブルカノ式噴火活動は低調になり,27日頃には溶岩の流出も止まったとみられる.東側での活動ははるかに長く続き,6月頃まで薩摩半島や大隅南部へ降灰をもたらすような噴火をたびたび繰り返した.溶岩はデルタを形成し海峡を埋め立て,1月29日に大隅半島に達した.噴出はその後少なくとも12月頃まで続いたとみられ,周辺地域や海底に広がった.翌1915年半ばまでは溶岩の流動が続いたが,噴出が停止した後での現象の可能性もある.安井ほか(2007)は一連の噴火を,12日10時から13日夜までの噴火最盛期のステージ1,14日から約2週間続いた両側山腹からの溶岩噴出のステージ2, その後東側のみで終年続いた弱い溶岩噴出活動をステージ3と区分した.なおステージ2および3には噴出火口における間欠的な大小の爆発的噴火活動が含まれるほか,各ステージには明瞭な休止期はない. 噴出したマグマはSiO2 59-63%の安山岩質であり,降下軽石の体積が0.6 km3 (Kobayashi et al. 1988),西側の溶岩が0.25 km3で東側が1.09 km3 (石原ほか, 1981)と見積もられている.
日付時刻 | 継続時間(h) | VUC | 内容 | 出典 |
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1914/01/09 16時頃 | 約70時間 | 2 | 桜島島内で有感地震多数。北だけの西側斜面で落石。 | 安井ほか (2006) 日大紀要 表1 に詳しい |
1914/01/10 | 2 | 地震・鳴轟・崩壊等。 | 安井ほか (2006) 日大紀要 表1 に詳しい | |
1914/01/11 | 2 | 鹿児島市街でも有感。桜島では斜面崩落多数。 | 安井ほか (2006) 日大紀要 表1 に詳しい | |
1914/01/12 08時頃 | 4 | 御岳西側と山頂火口から白煙上がる | 安井ほか (2006) 日大紀要 表1 に詳しい | |
1914/01/12 08時頃 | 2 | 島内で異常湧水・亀裂多数 | 安井ほか (2006) 日大紀要 表1 に詳しい | |
1914/01/12 09:10 | 4 | 山頂火口(南岳)から白煙、続いて湯の平近くから白煙 | 安井ほか (2006) 日大紀要 表1 に詳しい | |
1914/01/12 10:00 | 約28時間 | 5 | (西側) 爆発とともに噴火開始。 | 安井ほか (2006) 日大紀要 表1 に詳しい |
1914/01/12 10:10 | 5 | (東側) 大黒煙が立ち上り噴火開始 | 安井ほか (2006) 日大紀要 表1 に詳しい | |
1914/01/12 14:00 | 4 | 空振とうなりが頻度と強度を増す。地震は減った。 | 安井ほか (2006) 日大紀要 表1 に詳しい | |
1914/01/12 14時頃 | 約11.0ヶ月 | 3 | 鍋山(東)で溶岩が噴出を始めた? | 安井ほか (2006) 日大紀要 表1 に詳しい |
1914/01/12 15:30 | 4 | 鹿児島市街まで届く大爆音 | 安井ほか (2006) 日大紀要 表1 に詳しい | |
1914/01/12 18時頃 | 約14日間 | 3 | 湯の平から溶岩が噴出開始 | 安井ほか (2006) 日大紀要 表1 に詳しい |
1914/01/12 18:29 | 2 | 桜島地震(M7.1)発生 | 安井ほか (2006) 日大紀要 表1 に詳しい | |
1914/01/12 19:30 | 2 | 鹿児島市沿岸に小津波 | 安井ほか (2006) 日大紀要 表1 に詳しい | |
1914/01/12 22:30 | 6 | 安井ほか (2006) 日大紀要 表1 に詳しい | ||
1914/01/13 16:00 | 4 | (西側) 軽石降下の終了 | 安井ほか (2006) 日大紀要 表1 に詳しい | |
1914/01/13 20:00 | 約60分間 | 4 | (西側) 大きめの火砕流により焼亡被害多数 | 安井ほか (2006) 日大紀要 表1 に詳しい |
1914/01/13 20時頃 | 3 | (西側) 溶岩流が目撃される | 安井ほか (2006) 日大紀要 表1 に詳しい | |
1914/01/14 | 4 | (西側) 2.5-3 kmの噴煙を伴う小規模火砕流の繰り返し | 安井ほか (2006) 日大紀要 表1 に詳しい | |
1914/01/15 10:30 | 4 | (東側) カリフラワー状の噴煙が数千mまで上昇 | 安井ほか (2006) 日大紀要 表1 に詳しい | |
1914/01/15 10:45 | 約3.8時間 | 4 | (西側) 複数の火砕流と爆発 | 安井ほか (2006) 日大紀要 表1 に詳しい |
1914/01/15 | 4 | (東側) 鍋山噴火口の爆発の光景(絵はがき) | 安井ほか (2006) 日大紀要 表1 に詳しい | |
1914/01/15 19時頃 | 3 | (西側) 夜にかけて爆発は消長を繰り返しながら衰える | 安井ほか (2006) 日大紀要 表1 に詳しい | |
1914/01/15 19時頃 | 3 | (東側) 写真絵はがきに2.5 km程度の噴煙 | 安井ほか (2006) 日大紀要 表1 に詳しい | |
1914/01/17 04時頃 | 約14時間 | 5 | (西側) 大爆発で市内に降灰、午前中はろうそくが必要だった。夜半まで降灰。午後には薩摩南部にも降灰。 | 安井ほか (2006) 日大紀要 表1 に詳しい |
1914/01/18 | 4 | (両側) 間欠的な爆発・空振。溶岩流出継続。 | 安井ほか (2006) 日大紀要 表1 に詳しい | |
1914/01/20 | 4 | 西側の爆発はほぼ止んだが東側はまだ激しい。 | 安井ほか (2006) 日大紀要 表1 に詳しい | |
1914/01/21 | 5 | (東側) 軽石や火山灰を大隅半島まで降下させた | 安井ほか (2006) 日大紀要 表1 に詳しい | |
1914/01/21 18時頃 | 約35時間 | 4 | (西側) 3.3 kmまで噴煙上昇。23日5時までたびたび鹿児島市内に降灰。 | 安井ほか (2006) 日大紀要 表1 に詳しい |
1914/01/24 | 約48日間 | 3 | (西側) 間欠的爆発が規模・頻度ともに衰える。 | 安井ほか (2006) 日大紀要 表1 に詳しい |
1914/01/25 | 約4.7ヶ月 | 4 | (東側) 噴火旺盛。薩摩半島や大隅南部へ降灰をもたらすような噴火を6月まで繰り返した | 安井ほか (2006) 日大紀要 表1 に詳しい |
1914/01/29 14時頃 | -1 | 14時に起きた二次爆発で18 mの溶岩が海峡を塞ぎ大隅海峡と地続きになる | 安井ほか (2006) 日大紀要 表1 に詳しい | |
1914/03/16 | 2 | (西側) 一連の最後の爆発 | 安井ほか (2006) 日大紀要 表1 に詳しい | |
1914 6月 | 約6.0ヶ月 | 3 | (東側) 間欠的爆発の強度・頻度ともに衰える | 安井ほか (2006) 日大紀要 表1 に詳しい |
1914 12月 | 2 | (東側) 溶岩流出の終了。溶岩の流動は翌年半ばまで続いた。 | 安井ほか (2006) 日大紀要 表1 に詳しい |
長期的活動推移
桜島火山は,姶良カルデラの南縁に成長した後カルデラ成層火山であり,主に安山岩~デイサイトマグマを噴出している活動的な火山である.桜島を含む姶良カルデラは,フィリピン海プレートの沈み込みにより活動する琉球弧北部に位置し,南九州をほぼ南北にのびる鹿児島地溝内にある.
桜島の活動は姶良カルデラの主要部を形成した入戸噴火(30 ka)の直後から開始し,その噴火地点及び噴火様式などから,古期北岳期,新期北岳期,古期南岳期,新期南岳期に区分される(小林ほか,2013).
準プリニー式~プリニー式噴火桜島火山から噴出した降下軽石は17層知られている.桜島火山で発生した最大の噴火は,約1万3千年前に発生した桜島―薩摩噴火(P14噴火)で,11 km3のテフラを噴出した(小林ほか,2013).
現在活動を続ける南岳火山では4回の大規模な準プリニー式~プリニー式噴火が知られている.天平宝字噴火(764〜766年)は南岳東麓で発生し,鍋山火砕丘とそこから流出した長崎鼻溶岩を形成した.文明噴火(1471〜1476年)南岳の北東と南西山腹に開口した割れ目火口から発生し,北東および南西山腹に溶岩流を流出したほか,北東方向に大規模な降下軽石が降下した.安永噴火(1779~1783年)では,桜島の南及び北山腹から準プリニー式噴火が発生し,両山麓に溶岩流が流下した.桜島北東沖の海底下へマグマが貫入し,激しいマグマ水蒸気爆発を頻発したほか,海底の隆起により「安永諸島」を形成した.安永噴火以降大正噴火直前までは噴火活動は低調で,特に19世紀間には数回のごく小規模な噴火が記録されているのみである.
引用文献
井口正人・為栗健・平林順一・中道治久 (2019) マグマ貫入速度による桜島火山における噴火事象分岐論理. 火山, 64, 33-51. http://dx.doi.org/10.18940/kazan.64.2_33
小林哲夫 (2009) 桜島火山,安永噴火(1779-1782年)で生じた新島(安永諸島)の成因. 火山, 54, 1ー13. https://doi.org/10.18940/kazan.54.1_1
宇平幸一 (1994) 大正噴火以後の桜島の活動史. 験震時報, 58, 49-58. https://www.jma.go.jp/jma/kishou/books/kenshin/kenshin5.html
安井真也・高橋正樹・石原和弘・味喜大介 (2007) 桜島火山大正噴火の噴火様式とその時間変化. 火山, 52, 161–186. https://doi.org/10.18940/kazan.52.3_161
安井真也・高橋正樹・石原和弘・味喜大介 (2006) 桜島火山大正噴火の記録. 日大文理自然科学研究所紀要, 41, 75–107. http://earth.chs.nihon-u.ac.jp/geogeo/volc/kiyou/index.html#year06