地下水

火山研究解説集:有珠火山 by 産業技術総合研究所・地質調査総合センター

火山研究解説集:有珠火山
1. まえがき
2. 地形,地質概要,噴火史,火山活動の特徴
おいたち 歴史時代の噴火 噴火の特徴 岩石
3.マグマだまりと地下構造
マグマだまり 地下の構造
4. 噴火と変動
噴火の概要 火山性地震
地下水 噴出物と噴火様式 マグマの破砕 火山ガス
衛星画像
5.リンクお問い合わせ

2000年噴火に伴って,旧長和中学校の観測井戸(DT1)から湧き出した地下水 2000年噴火に伴って,虻田高校の前の井戸から湧き出して道路に流れる地下水

左:2000年噴火に伴って,旧長和中学校の観測井戸(DT1)から湧き出した地下水(2000年4月14日撮影)

右:2000年噴火に伴って,虻田高校の前の井戸から湧き出して道路に流れる地下水(2000年5月23日撮影)

目次

はじめに

有珠火山に降った雨の一部は,地中に浸み込んで地下水となります.人々は井戸を掘ることによって,この地下水を様々な目的に用いています.例えば,水道水源や工業用水,農業用水などです.

地下水の一部は,火山からもたらされる熱(主に,熱い噴気ガスや熱水)に触れて温泉になります.こうして誕生したのが,有珠火山の北側に位置する洞爺湖温泉や壮瞥温泉です(参照:歴史時代の噴火と噴出物#1910年(明治43年)噴火:山麓噴火で温泉誕生).温泉も,広い意味では地下水の一部と考えられます.

2000年3月から始まった有珠火山の噴火活動では,このような井戸や温泉において,地下水の異常が数多く観測されました.具体的には,異常な湧出や水位低下などです.この章では,2000年噴火に伴う異常を取り上げ,その原因について解説します.

2000年噴火で生じた地下水の異常

図1:2000年噴火に伴う地下水変化の分布

有珠火山2000年噴火は,有珠山の西北西3kmほどの地点に次々と火口が開いた活動です(参照:歴史時代の噴火と噴出物#2000年(平成12年)噴火:国道や住宅地に次々と火口が).

この活動に伴う地下水の変化は,有珠山山頂から半径10kmまでの広い範囲で起きました(図1).地下水や温泉の井戸において水位が上下するような変化が主で,洞爺湖町虻田地区や伊達市長和地区では,大量の地下水の湧出も見られました(秋田ほか,2000).

写真1:旧長和中における地下水の湧出

大量の地下水の湧出の良い例が,伊達市の長和地区(図1)です.この地域では避難指示が解除されて自宅に戻った住民の方々によって,多くの井戸で地下水が異常に湧き出していることが発見されました.長和地区にある長和中学校(当時,現長和小学校)では,校庭にある井戸から地下水が湧き出して校庭が水浸しになっており,関係者は驚きました(写真1:旧長和中における地下水の湧出).

このように住民が避難している状況では,地下水の異常が起きたこと自体は分かっても,その異常がいつ,どのような規模で発生したのかが分かりません.そこで役に立ったのが,定期的に観測を行っている井戸の記録です.有珠火山周辺では,様々な目的で井戸の水位の観測が行われていました.具体的には,温泉資源管理(洞爺湖温泉や壮瞥温泉の温泉井戸にて),水資源管理(伊達市の水道水源にて),工業用水管理(旧通産省の地下水利用適正化調査井戸にて)などです.このような井戸では,住民が不在の無人の状況でも水位が記録されており,噴火活動に伴う水位変化の詳細が明らかになっています.旧長和中の観測井もその中の一つでした.

洞爺湖温泉で観測された温泉井戸の水位変化

図2:洞爺湖温泉における観測結果

有珠山の北西に位置する洞爺湖温泉では,温泉資源の管理を目的として,北海道立地質研究所による温泉井戸の水位観測が行われています.2000年噴火では,活動に伴って顕著な温泉水位低下が観測されています(Shibata and Akita, 2001).

観測が行われていたのは,洞爺湖温泉の2本の温泉井戸(図1のT10とGSH-1)です.井戸の深さはT10が115m,GSH-1が1,200mです.なお,T10の水位は洞爺湖の湖水位と連動していると考えられるため,湖水位の影響を取り除いた補正後の水位として表示します.一方GSH-1の水位は,気圧や地球潮汐・海洋潮汐荷重の影響が含まれているため,それらの影響を取り除いた補正後の水位として表示します.ちなみに地球潮汐とは,潮の満ち干きを示す海洋潮汐と同様に,地球と太陽または月との引力によって生じる地球の伸び縮みのことを示します.

図2はT10とGSH-1の補正後の水位記録です.まず,T10の水位ですが,噴火活動に伴って震度3の地震が起き始めた3月29日に急な水位低下を記録し始め,その低下量は噴火前までに約2mに達しました.

一方,GSH-1の水位ですが,火山性地震が発生し始めた3月27日から急激に水位低下が起こり,3月28日朝にかけてその低下量が5mに達して,水位計の位置より低下し,計測外となってしまいました(図2).それから噴火が起きるまでは計測不能でしたが,噴火の3日後の4月3日朝に突然温泉を噴出し,その高さは地上30mほどに達しています(秋田ほか,2000).この噴き出しの様子は火山監視用のヘリコプターから撮影され,ニュースなどで報道されました.

図2を見ると,この2本の温泉井戸の水位は噴火の数ヶ月前から変化していることがわかります.具体的には,T10は1999年10月から,GSH-1は2000年1月からいずれもゆっくりとした水位低下が見られます.Shibata and Akita (2001) では,これらの変化の原因は,マグマ活動によって割れ目が広がって温泉の帯水層の圧力に影響を与えたためではないかと考えています.

昭和新山周辺で観測された地下水変化

有珠山の東方2kmに位置する昭和新山周辺では,主に北海道大学によって2本の井戸(図1のGS-R1とSHO-N)の水位観測が,それぞれ1978年,1984年から行われています(大島,2001).2000年噴火に伴って,GS-R1では顕著な変化は観測されませんでしたが,SHO-Nでは地下水の湧出が観測されました(秋田ほか,2000).なお,1977〜78年噴火の際には,GS-R1にて大規模な水位変化が観測されています(参照:地下水#今後噴火に伴って予想される地下水変化―過去の事例を参考にして―).

井戸の深さは,GS-R1が376m,SHO-Nが1271mです.この2本の井戸は,定期的には水位が記録されていたものの,その記録は連続的ではありませんでした.

SHO-Nの水位は,噴火の21日前の2000年3月10日には約-83mでしたが,噴火の3日後の同年4月3日には地下水が湧き出しているのが確認されました(秋田ほか,2000).ただしこの湧出しは,ガスリフト状態であったため,井戸もしくは地下水の帯水層にガスが混入したために自噴が生じたと考えられます.

なおガスリフトとは,井戸の管内にガスが混入することが原因となり,ガスの浮力によって地下水が汲み上げられる現象のことを指します.地下水や温泉を汲み上げるポンプに「エアリフト」と呼ばれるタイプがありますが,これはガスリフトと同様で,揚水管内に圧搾空気を送りこんでその浮力を利用して地下水や温泉を汲み上げる仕組みになっています.

工業用水監視用井戸で観測された地下水変化

図3:工業用水監視用井戸における観測結果

有珠山の南6kmおよび南南東9kmの2地点(図1のDT1とDT2)では,通商産業省(当時,現経済産業省)によって工業用水監視のための地下水利用適正化調査の水位観測が行われていました.井戸の深さは,いずれも180mです.

図3は,DT1とDT2における水位記録です.まずDT1では,噴火の3日前の2000年3月28日の夕方から水位が上昇し始め,噴火の前日の3月30日に自噴を始めました(佐藤ほか,2000;写真1).この時の水位上昇量は,4.07mに達しています(松本,2001).DT1における地下水の自噴量は,当初は毎分約0.4m3ほどでしたが,その量は徐々に減少して2000年6月には自噴は止まりました.その後,水位は1年くらいかけて元のレベルに戻りました.

一方DT2では,DT1と同じく2000年3月28日ごろから水位が上昇し始め,噴火の日まで0.95m上昇しました(松本,2001).この水位上昇は,噴火開始を境にして止まり,その後,水位は3ヶ月くらいかけて元のレベルに戻りました.

伊達市の水道水源で観測された地下水変化

図4:伊達市水道水源における観測結果

有珠山の東方に位置する伊達市では,8本の水道水源において動水位の観測が行われていました.動水位とは,ポンプで水を汲み上げている状態の水位のことです.ちなみに,ポンプで水を汲み上げていない静かな状態で観測された水位のことを,静水位と呼びます.

8本の水道水源のうち,2000年噴火に伴って変化が観測されたのは,有珠山から5〜7km離れた3本の井戸(図1のNGW1,NGW3,TTY4)です.図4は,この3本の井戸の水位記録に,上で述べた工業用水監視用井戸(DT1とDT2)の記録を加えたものです.水道水源の水位記録がギザギザ状になっているのは,ポンプのONとOFFを繰り返しているためです.井戸の深さは,NGW1が181m,NGW3が183m,TTY4が170mです(松本,2001).

図4を見ると,この3本の井戸で観測された動水位の変化幅は3〜10mほどであることが分かります.またDT1とDT2の水位変化と比較すると,変化の様子はよく似ていることがわかります.このことは,これらの井戸が同じ地域に位置しているためと考えられます.

その他の地域で見られた地下水変化

写真2:虻田高校前における地下水の湧出

これまで,定期的に水位観測を行っている井戸における変化について述べてきましたが,避難指示が解除されて自宅に戻った住民の方々によって発見された変化もあります.

2000年噴火では,噴火の2日前に避難指示が出されました(2000年3月29日18:30より.範囲は図1で赤破線に囲まれた地域).この避難指示は最短でも15日間に及び,2000年4月13日9:00から段階的に解除されています.したがって,住民の方によって地下水異常が目撃されるのは,主に4月13日以降になってからでした.ちなみに,避難指示が全面解除されたのは同年7月28日9:00で,噴火地点周辺地域が最後まで指示が継続する形となりました.

有珠山の北東2kmに位置する壮瞥温泉では,2000年3月29日の避難指示の際に温泉の揚湯を停止しました.23日後の4月22日に試験運転をしたところ,3本の源泉で4〜15℃の温度上昇が確認されています(秋田ほか,2000).

有珠山の北西2kmに位置する深さ1,400mの井戸(図1のMIK)では,噴火前の平常時の動水位が-60m前後でしたが,避難指示解除時(2000年4月13日)には井戸から大量に地下水が自噴しているのが確認されています.井戸の所有者の話によると,その量は毎分200から300リットル程度だったそうです(秋田ほか,2000).

有珠山の西4〜6kmに位置する洞爺湖町虻田地区では,地下水の自噴量が増加していることが確認されています(秋田ほか,2000).写真2は,民家の井戸から湧き出した地下水が道路に流れ出ている様子で,2000年5月23日に虻田高校前で撮影されたものです.このような現象は,虻田地区の数ヶ所で見られており,少なくとも2000年4月14日の時点から確認されています.

有珠山の南5〜7kmに位置する伊達市長和地区では,民家に位置する沢山の井戸から地下水が異常に湧き出したことが確認されています(秋田ほか,2000).上記にも述べたように,同地区では水道水源や工業用水監視用井戸において数mに及ぶ水位上昇が観測されており,民家の井戸においてもこれらと同じ現象が起きたものと考えられます.室蘭民報によると,ある民家では2000年3月29日から小さな井戸があふれ始め,噴火後の同年3月31日夕方からは飲料用や農業用の深さ数100mの井戸もあふれて畑が水浸しになったそうです(室蘭民報社,2000).また,同記事によると,このような現象は1977〜78年の噴火時には見られなかったそうです.

地下水の異常をもたらすメカニズム

火山活動が地下水・温泉に変化を与える原因

図5:火山活動による地下水・温泉の変化のイメージ図

松本(2000)は,火山活動に伴う地下水・温泉の変化の原因について,以下の4つを挙げています.

(a)マグマの上昇・移動による地殻変動

(b)火山性の地震の震動による帯水層のかく乱

(c)マグマ起源の熱水・火山ガスの帯水層への混入

(d)帯水層に影響を与える新たな熱源の出現

図5は,これらの4つの原因を概念的に示したものです.この図をもとにして原因を二つに分けると,(a)と(b),(c)と(d)の2つのグループに分けられると考えられます.(a)と(b)は,マグマの動きによって生じる応力や歪,地震動などが地表付近の帯水層に伝わり生じる変化です.一方(c)と(d)は,マグマからもたらされた熱水や火山ガスが地表付近にまで達して生じる変化です.

まず,2000年の噴火の前に,熱水や火山ガスが地表付近にまで達していたかどうかを考えてみたいと思います.もしそのような原因によって地下水に異常が現れた場合,地下水に熱が加えられていると考えられます.しかし,伊達市長和地区で自噴した地下水の調査では,熱が加えられた形跡は確認されませんでした(秋田ほか,2000; 佐藤ほか,2000など).また,もし噴火時に地下水に熱が加えられたのであれば,噴火後の地下水の温度は次第に低下すると考えられますが,噴火後の水温観測によるとそのような変化は観測されていません(佐藤ほか,2001).したがって,2000年の噴火前に観測された地下水の変化は,熱水や火山ガスが帯水層に混入して生じた変化ではないと考えられ,(c)や(d)の原因によるものではないと考えられます.

次に,(b)の地震活動について詳しく見てみると,2000年3月27日から無感の地震活動が始まり,3月29日夜から震度3を越える有感地震が活発になっています(気象庁,2000).一方,今回の地下水変化の開始時期を見ると,有感地震が活発になる3月29日以前に変化は始まっています.つまり,地下水の変化は,地震活動が活発になる前から観測されていることになります.

最後に残された可能性は,(a)の地殻変動です.有珠火山2000年噴火の際には噴火の前から大規模な地殻変動が起きており,この地殻変動をもたらしたマグマの移動に伴って地下水の変化も生じたと考えられます.

それでは,2000年噴火に伴って観測された地殻変動について,簡単に解説したいと思います.

2000年噴火に伴って観測された地殻変動と,予想されるマグマの動き

有珠火山2000年噴火に伴って,様々な観測により大規模な地殻変動が観測されています.

変化が観測された観測項目 文献
水準測量 成田・小林(2001)
測距・測角観測 海老名(2001),羽坂ほか(2001),斎藤ほか(2001)
GPS観測 大瀧ほか(2001),高橋ほか(2002)

いずれの地殻変動観測でも,噴火に伴って山体が膨張したことが確認されており,特にGPS観測では噴火の前の変動も明らかになっています.そしてこの山体の膨張は,マグマの上昇によってもたらされたと考えられています.

噴火に至るまでのマグマの上昇について,いくつかのモデルが提唱されています.上昇したマグマ量などの計算には,各モデル共に,主にGPS観測のデータが用いられています.ここでは,村上ほか(2001)のモデルと,岡崎ほか(2007)について簡単に説明します.

マグマ上昇モデル 期間 場所 深さ マグマ量 シナリオ
村上ほか(2001) M1)3月27-29日 有珠山 約10km - マグマが板状に上昇
M2)3月29日-噴火 有珠山 約2-3km 5000m3 水平の板状マグマ溜まり
噴火地点 直下 1000m3 板状にマグマが貫入
岡崎ほか(2007) O1)3月27-29日 小有珠直下 約4km 120m3 マグマ溜まりが膨張
O2)3月29日-噴火 小有珠より西側 0-4km 880m3 板状で上昇

まず村上ほか(2001)のモデルでは,マグマの上昇過程について,次のようなシナリオが考えられています.

M1)2000年3月27日から29日にかけて,有珠山のほぼ直下の深さ約10km付近のマグマ溜まりからマグマが板状に上昇し,地震を発生させる.

M2)同年3月29日から,有珠山の直下の深さ約2〜3kmに水平の板状のマグマ溜まりが形成される(体積は約5000万m3).また同時期に,有珠山北麓の噴火地点付近直下において板状にマグマが貫入し(体積は約1000万m3),西側に移動したマグマによって噴火が起きる. 

一方,岡崎ほか(2007)のモデルでは,次のようなシナリオが考えられています.

O1)2000年3月27日から,小有珠直下の約4kmの深さのマグマ溜まりが膨張を始める(体積は約120万m3).

O2)同年3月29日から,マグマは東西方向に割れ目を広げながら板状で上昇し(体積は約880万m3),西側に移動したマグマによって噴火に至る.

どちらのモデルにも共通しているのは,2000年3月29日を境にしてマグマが地下数kmの位置まで上昇したということです.

なお,マグマ溜まりの深さにつきましては,実験岩石学を用いた推定も行われていますのでご参照下さい(岩石学的研究からみたマグマ溜まり#有珠火山のマグマ溜まりの深さ:実験岩石学による推定

マグマ上昇と水位の変化

図6:マグマ上昇と水位変化についてのイメージ図

マグマが地下深部から地下数kmの位置まで上昇すると,井戸ではどのような水位変化が見られるのでしょうか? ここでは,最も簡単なモデルを用いて,マグマ上昇と水位変化の関係について説明したいと思います.

まずマグマの形状ですが,前節で2種類のモデルで紹介したように,球状や板状など様々な形状が考えられます.そのような形状の中でモデルを考える際に最もシンプルなものは,マグマが球状であると考えるモデルです.このような球状マグマモデルは,一般に「茂木モデル」(Mogi, 1958)と呼ばれており,山科(1986)などによって地殻変動に関する計算方法が提示されています.これらを参考にして,2000年噴火のケースに適用してみたいと思います.

マグマ溜まりの体積が増加すると,その直上の地域で地殻の膨張が起こります.火山噴火の前に「山体が膨張する」とよく表現されますが,それはこのような地殻変動を示しています.具体的な変動の範囲と大きさは,マグマの体積の増加分とその深さによって計算することができます.

山体が膨張する範囲は,マグマの深さを用いて計算することができます.具体的には,山体の膨張,つまり地殻の体積が膨張する範囲は,マグマを頂点とした円錐を逆さまにした形となります(図6).この逆円錐のサイズは,高さ(上面の円と頂点との距離)はマグマの深さと等しく,上面の円の半径はマグマの深さの√2倍となります.つまり,マグマの深さが浅くなると地殻の体積が膨張する領域が小さくなると計算されます.

一方,地殻の体積が膨張する範囲以外では,地殻の体積が収縮します.これは,マグマの体積増加に伴って地殻が周囲に押しやられてしまうからです.マグマの直上では地面が隆起することによってマグマが周囲を押す力は開放され,地殻の体積は膨張すると考えられますが,マグマの側面や下方ではマグマが周囲を押す力は解放されないため,地殻の体積は収縮すると考えられます.

地殻内における地下水は,岩石と岩石の隙間,つまり地殻内の空隙に存在します.地殻の体積が膨張する領域(地殻歪変化が伸びの領域)では,地殻内の空隙に閉じ込められている地下水の圧力は低下し(間隙水圧の低下),井戸の水位は下がると考えられます.一方,地殻が収縮する領域(地殻歪変化が縮みの領域)では,空隙内の地下水の圧力は増加し(間隙水圧の上昇),井戸の水位は上がると考えられます.

2000年噴火の際には,このマグマ上昇モデルでよく説明できる変化が多く観測されました.次節では,実際に観測された変化とこのモデルとの比較を行います.

2000年噴火時に観測された水位変化とマグマ上昇モデルとの比較

図2:洞爺湖温泉における観測結果

まず,噴火地点に一番近い洞爺湖温泉で見られた水位変化について,マグマ上昇モデルとの比較を行いたいと思います.洞爺湖温泉では,2000年噴火活動時の3月27日から急激に水位が下がっています(図2).これは,地下でマグマの体積が膨張し,洞爺湖温泉が地殻の体積が膨張する領域(地殻歪変化が伸びの領域)に位置していたため,水位が低下したと考えられます.また洞爺湖温泉では,2000年噴火活動より数ヶ月前から水位低下が観測されています.これについてShibata and Akita(2001)は,噴火の準備段階としてのマグマの体積の膨張に反応した変化ではないかと述べています.

図4:伊達市水道水源における観測結果

次に,有珠山より5〜9km離れた伊達市で観測された水位変化について見てみます.図4に示された水位変化は基本的には上昇で,水位が低下した洞爺湖温泉と明らかに異なっています.これは,水位変化が観測された地域が噴火地点よりも離れていたため,地殻の体積が膨張する領域外に位置しており,水位の上昇が起きたと考えられます.

しかし図4をよく見ると,水位の上昇の前に,わずかな水位低下が観測されていることがわかります.ポンプの影響を受けていない静水位を観測しているDT1では,3月26日ごろから水位が低下し始め,3月28日の早朝に水位は上昇に転じていることが分かります.同様に,ポンプの影響を受けているTTY4,NGW1,NGW3でも,水位上昇の前に水位低下が起きているように見えます.したがって,このようにわずかな水位の低下が見られた地域は,3月28日頃までは地殻の体積が膨張する領域であったと推定されます.そしてその後の水位上昇は,地殻の体積の変化が収縮に転じたためにもたらされたと考えられます.マグマ上昇のモデルを参考にすると,地殻の体積変化が収縮に転じた原因はマグマの上昇であると考えられます.

このことを用いると,マグマの深さとその深さを通過した時期を推定することができます.

まず,マグマが深部から上昇してきた位置を有珠山直下と仮定します.この根拠となるのは,前に述べた2つのマグマ上昇のモデル(村上ほか(2001)と岡崎ほか(2007)のモデル)において,マグマが深部から上昇してきた位置を有珠山付近と推測しているためです.

図1:2000年噴火に伴う地下水変化の分布

次に,有珠山と水位上昇の前にわずかな水位低下が見られた地域との距離を測定します.図1を見ると,有珠山からDT1,NGW1,NGW3,TTY4が位置する地域までの距離は5〜7kmであることがわかります.

最後に,マグマの深さとその深さを通過した時期について推定します.水位の観測結果より,水位低下が上昇に転じたのは3月28日頃です.マグマ上昇モデルを参照すると,その頃にマグマが通過した深さは,有珠山から井戸までの距離を√2で割った深さ,つまり3.5〜5kmであると考えられます.このことは,村上ほか(2001)のモデルによる「3月29日から有珠山の直下の深さ約2〜3kmに水平の板状のマグマ溜まりが形成された」というシナリオとよく一致しており,また岡崎ほか(2007)による「3月27日から小有珠直下の約4kmの深さのマグマ溜まりが膨張を始めた」というシナリオとも矛盾しません.

このように,井戸の水位の観測結果を用いることで,マグマの上昇の時期や深さついての推測を行うことが可能です.さらに,水位変化量についての解析を行うことによって上昇したマグマの量についての推測も可能ですが,これについての詳細は,Matsumoto et al.(2002)や佐藤ほか(2002)をご参照下さい.

今後噴火に伴って予想される地下水変化―過去の事例を参考にして―

今後の有珠火山において,2000年と同じような噴火活動が起きた場合,再び地下水が湧き出す現象が起きることは間違いないでしょう.本解説では,その地下水の湧出の原因としてマグマ上昇が考えられることを,マグマ上昇モデルを用いて述べました.それでは,同様にマグマが上昇した過去の噴火活動でも地下水の自噴が見られたのでしょうか?

実は,2000年の噴火活動の前に起きた1977〜78年の噴火活動では,2000年噴火の時のような大規模な地下水の自噴は見られなかったようです.伊達市長和地区の住民の方も,2000年噴火の時に見られたような地下水の自噴は1977〜78年の活動時には見られなかったと証言しています(室蘭民報社,2000).ちなみにそれ以前の噴火活動については,残念ながら地下水変化についての記録がほとんどありません.

本章では,1977〜78年の噴火活動ではどのような地下水の変化が見られたのか,そして1977〜78年と2000年の噴火活動の違いに着目して,今後の噴火活動ではどのような地下水変化が予想されるのかを考えていきたいと思います.

1977〜78年の噴火活動時の地下水変化

1977〜78年の噴火活動は,1977年8月6日早朝に地震活動が活発になり,30時間後に山頂から軽石噴火が起こりました(参考:歴史時代の噴火と噴出物#1977〜78年(昭和52〜53年)噴火:温泉街に大量の軽石が降下).この活動の第I期における軽石・火山灰の噴出量は,8300万立方メートルと見積もられています.これらの噴出物は上昇してきたマグマからもたらされたと考えられますが,上昇したマグマは噴出物の他にも地中に残って地面の隆起などを引き起こしているため,8300万立方メートルを越える量のマグマが第I期に上昇したものと考えられます.

この活動に伴い,有珠山から南東2kmの地点に位置するGS-R1観測井(図1のGS-R1)では,噴火後より水位が上昇し始め,数ヶ月かけて水位は上昇し,その上昇量は37mに達しています(Watanabe, 1983).噴火前の前兆地震の時期に変化が見られていないことと水位上昇に数ヶ月かかっていることから,この水位上昇の原因は,マグマからもたらされた間隙水圧の上昇の影響が遅れて井戸に伝わったためではないかと考えられています.

一方,地下水や温泉水の組成について,松尾ほか(1977)や安孫子(1984)によって研究がなされています.それらによると,洞爺湖温泉や壮瞥温泉にて重炭酸イオン(HCO3-)濃度の上昇が観測されており,これはマグマから発散された炭酸ガス(CO2)が温泉水や地下水に混入したためと考えられています(我孫子,1984).

1977〜78年の活動時に見られた地下水変化の原因は,いずれもマグマからもたらされた圧力やガス成分が地下水まで到達したためと考えられています.一方,2000年活動時の地下水変化の原因として考えられているのはマグマ上昇に伴う地殻の伸縮でしたが,これを原因とする地下水の変化は1977〜78年の活動時には観測されていないようです.

過去の活動比較から推測される将来の地下水変化

1977〜78年の噴火活動と2000年の噴火活動の概要を比較すると,以下の表のようになります.

噴火活動 噴火地点 噴出量*(マグマ上昇量) 前兆地震の期間 大規模な地下水の自噴
1977〜78年 山頂 9000万m3(9000万m3以上?) 30時間 ×
2000年 山麓(西側) 100万m3(1000万〜6000万m3 85時間

* 噴出量は曽屋ほか(2007)より

この表における「噴出量」とは,噴火活動中に溶岩や火山灰として地表に噴出された物質の総合量のことを示します.1977〜78年の活動の頃は,まだ上昇するマグマ量を推定する方法が発達していませんでした.そのため,1977〜78年の活動時に上昇してきたマグマ量は,噴出量を用いて9000万立方メートル以上と推定されます.

この表で一番注目される点は,大規模な地下水の自噴の有無です.2000年の活動の際には,噴火の前に大規模な地下水の自噴が起きて前兆現象と騒がれましたが,1977〜78年の活動時には大規模な地下水の自噴は見られなかったようです.

1977〜78年の噴火活動は,2000年活動よりも噴出量の多い噴火でした.したがって,2000年活動よりも大量のマグマが上昇してきたと考えられます.それならば,1977〜78年の活動時にも地下水の水位は顕著に増加していたと理論的には考えられます.しかし,実際には大量の地下水の自噴は見られていません.これには何か理由があると考えられます.

ここで着目すべき項目は,前兆地震の期間です.前兆地震の期間は1977〜78年の活動の時は約30時間で,2000年の活動の85時間に比べてかなり短くなっています.このような前兆地震の間にマグマが上昇したと考えられ,したがってマグマの上昇スピードは1977〜78年の活動の方が速かったと推定されます.さらに1977〜78年の活動では,噴火開始からすぐに大量の火山灰が放出されています(参考:噴火の概要#1977〜78年噴火の推移).もしかすると,1977〜78年の活動時においてもマグマの上昇に伴って水位は上昇を始めたものの,直後に生じた噴火で大量の噴出物を放出したために,地殻を収縮させる力(圧縮の地殻歪変化)がすぐに解消されて自噴に至らなかったのかもしれません.

将来.有珠火山で再び噴火活動が始まった時,地下水の自噴が起きるかどうかは不明です.しかし井戸の水位は変化すると予想され,したがって水位の連続観測が重要と考えられます.次回の噴火の際にも前兆地震の時期に水位変化が観測されれば,前兆現象としての地下水の自噴がより詳細に解明されると思われます.

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