マグマの破砕
火山研究解説集:有珠火山 by 産業技術総合研究所・地質調査総合センター
- 有珠山の2000年3月31日噴火で放出された火山灰に含まれる本質物(マグマ物質)の反射電子像.グリッドは1ミリ.
目次 |
はじめに
- 爆発的噴火
火山は,多量のガスとともにマグマの破片を爆発的に放出することがあります(爆発的噴火).爆発的噴火は,有珠以外でも観察される,一般的な火山現象のひとつです.爆発的な噴火で放出されるマグマの破片は,地下深くではドロドロに融けたひとつの塊だったはずです.
- マグマの破砕
塊状のマグマは,何らかの過程により,マグマの破片とガスとの混合物に変化したものだと考えられます.この過程が,マグマの破砕です.爆発的な噴火では,マグマの破片の混じったガスが火口から高速で放出されます.「破片混じりのガス」の粘性は,「気泡混じりのドロドロのマグマ塊」の粘性に比べて著しく低いです.従って,マグマは破砕されることによって著しく流動性が高まり,その結果,高い速度で放出することが可能になるのです.このようにマグマの破砕過程は,爆発的噴火を理解するうえで重要です.
- マグマの破砕は,どこで,どのように起きるのか?
この章は,マグマの深さを見積もるための圧力計の原理と,それを応用して見積もられた有珠山2000年3月31日噴火のマグマ破砕深度,そして破砕直前のマグマの状態(発泡度)について,これまでに得られた知識の一部を紹介します.
原理・概要
噴火前のマグマの圧力(深さ)を見積もる
もしもマグマにかかる圧力を測定できるなら,マグマの深さは推定できたようなものです.上方にある岩石の重みによってマグマにかかる圧力の大きさは,地表からの深さにほぼ比例するからです.但し周囲の岩石の強度のため0.5〜5MPa程度の過剰圧がかかる可能性があります(Tait et al., 1989).
火山ガスの主成分である「水」のメルト(マグマ=結晶+メルト)への溶解度には顕著な圧力依存性があり,地下深くのマグマは,メルトに数重量パーセント程度の水を溶解することができます.
もしも噴火前にメルトに溶解していた水の量が測定できるならば,メルトの飽和溶解度の圧力依存性を利用して,マグマの深さがわかります.軽石を構成するガラスはメルトが固まったもので,米粒〜小豆大の火山ガラスの含水量の測定法は,確立されています(例えば Friedman and Smith, 1958).
しかしここで問題があります.噴火の際にはマグマにかかる圧力が大きく低下するため,それまでメルトに溶解していた水は溶け切れなくなって析出してしまうのです.析出した水は,軽石などの中に「気泡」として観察できます.そのような軽石を丸ごと含水量測定すれば,噴火前の含水量を過小評価することになります
この問題の回避法のひとつが,(軽石丸ごとではなく)斑晶ガラス包有物を測定することです.斑晶ガラス包有物とは,地下で成長した結晶の中にメルトが取り込まれてガラス化した物です.斑晶ガラス包有物は周囲を結晶に包まれているため,噴出中の減圧と脱水の影響が殆んどおよばないと考えられています.
斑晶ガラス包有物の含水量を測定すれば,噴火前のメルトに溶けていた水の量が推定できることになります.斑晶ガラス包有物の大きさは数〜数百μmと小さいので,二次イオン質量分析法など微小領域の分析法を用います(例えば Miyagi and Yurimoto., 1995).
この他にも,噴火前のマグマの圧力(深さ)を見積もる方法はいくつか考案されています.例えば実験岩石学による推定は,有力な方法です.この方法では,噴出物を高温高圧岩石融解実験によって色々な温度圧力条件で融かした際に出現する鉱物の種類や化学組成が,実際の噴出物と合致するかどうかに着目して,地下のマグマ溜まりを再現できる温度圧力条件を探します.
破砕した時点のマグマの圧力(深さ)を見積もる
上で,水の溶解度には圧力依存性があることを述べました.もしもマグマ(メルト)の含水量が飽和溶解度に従うならば,噴出物のガラス含水量はほぼゼロになるはずです.
ところが実際には,脱水が「不完全」なことがあります.その理由は,たとえメルトが水に過飽和でも,メルト中の水(HやO原子)が気泡へと移動できなければ,メルトは脱水できないからです.特に軽石や火山灰を生産する爆発的な噴火では,マグマが短時間に地表へ移動し,しかも放出直後にガラスとなって凍結されるため,脱水が不完全になるのです.
より具体的に言うと,噴出物の表面(気泡面など)から遠いメルトの脱水度合が不完全になります.様々な減圧速度におけるメルトの脱水プロファイルを,計算により求めてみました.例として厚みが200μmのメルトに関する2つの計算例をお見せします.
最初に2000気圧から常圧までは毎秒0.1気圧で減圧したケースを見ると,2000気圧からおよそ100気圧ぐらいまで,メルト内部の含水量は均一であることがわかります.但し100気圧以下では,メルトの表面から数十μmよりも内部の含水量が,表面よりも多いことがわかります.これはメルト中の水の拡散が遅いために,水の溶解平衡がメルト内部に及ばなかったためです.
次に,2000気圧から500気圧まで毎秒0.1気圧で500気圧から1気圧まで毎秒10気圧で減圧した例を見ると,
- メルトの表面は基本的に飽和含水量に従った脱水をする,
- 表面から約50μmより内側の脱水は,毎秒0.1気圧の減圧には追従するが毎秒10気圧の減圧には追いつかない,
- この例では,約50μmより内側の含水量は500気圧時点の値が保たれる,
ということがわかります.この特性を利用すると,ガラスの表面から100μm程度内側部分の含水量を微小分析することにより,急激に減圧がおきた時点(恐らくマグマ破砕時)の圧力が推定できることになります.
実際のところ,マグマの減圧(上昇)はどの程度の速さなのでしょうか? 例えば歴史時代の有珠山では,前兆地震が観測されてから噴火するまでの時間は数時間〜半日です(Katsui, 1981).マグマ溜まりの圧力(約3000気圧;Tomiya and Takahashi, 1995)をこの時間で割ると,減圧速度は0.006〜0.03気圧/秒程度と見積もられます.この場合,メルト内部の含水量はほぼ均一になるはずです.また,爆発的な噴火で火口から破片が100〜300m/秒で放出されることは,20〜60気圧/秒の減圧速度に相当します.この場合,メルトの内部には破砕直前の含水量は保たれるはずです.
有珠2000年3月31日噴出物への応用
試料
上で述べた手法を実際の火山噴火に応用するには,試料をよく選別する必要があります.特に,風化や変質は噴出物の含水量を変化させますから,新鮮な試料を選ぶ必要があります.また,たとえ新鮮な試料であっても,噴火後に噴出物が長時間にわたり高温であった場合にはガラスの含水量が噴火後にも低下してしまいますから,急冷された噴出物を選ぶ必要があります.
有珠山の2000年3月31日の噴出物は有珠火山では最新の噴火によって放出されたものであるため,十分新鮮で,風化や変質の影響を無視できます.また,この噴火様式で放出された噴出物は速やかに急冷されたと考えてよいので,噴火後に試料の含水量が低下する問題も関係ありません.従って有珠山2000年3月31日噴火の噴出物は,マグマ破砕深度を見積る目的に適した試料だと言えます.
- 有珠山の2000年3月31日噴火で放出された火山灰に含まれる本質物(マグマ物質)
これは走査型電子顕微鏡で撮影された反射電子像です.気泡や樹脂は黒色,ガラスは灰色,斜長石はより明るい灰色,輝石と磁鉄鉱が白で表現されています. グリッドは1ミリです.本質物と思われる粒子だけを実体顕微鏡下にて手作業で分別したうえで,火山灰粒子をガラス板上に固定したので,火道(マグマの通り道)周辺の母岩の破片(異質岩片)は取り除かれています.
反射電子像による観察の結果,2000年3月31日噴火で放出された火山灰に含まれる本質物(Us-2000g)には,風化・変質の形跡は認められませんでした.
化学分析手法と条件
これらの火山灰粒子のガラスの表面から50〜100μmよりも内側部分の含水量を微小分析することにより,急激に減圧がおきた時点(恐らくマグマ破砕時)の圧力が推定できることになります.実際には,表面や気泡から数十μm離れた部分について,ガラスの含水量を局所分析しました.
分析に用いた装置は,地質調査総合センターの二次イオン質量分析計(SIMS; CAMECA ims-1270)です. SIMSとは,高速のイオンビームを試料表面に照射して表面を部分的に破壊する際に生じる荷電粒子(二次イオン)を,質量分析計に導いて,二次イオンの量を測定する装置です.ガラスの含水量測定の際には,セシウム(プラスチャージ)イオンを10kVの電場で加速し,スポット径20μm電流値1nAのビームとして試料表面に照射し,照射領域中心部10×10μmからのマイナスチャージの二次イオンを,プラスの電場で引き寄せて質量分析計に導入しました.二次イオンのなかから1Hと30Siを計数し,その比率と別途求めた試料のSiO2含有量を経験的な補正式にかけることにより,試料の含水量(重量%)を算出しました(Miyagi and Yurimoto., 1995).
真空容器中の水素の混入を低減させるための工夫として,試料表面における運動エネルギーが20から40eVの二次イオンを選別して分析しました.また,試料面のチャージアップを防ぐために電子銃を用いました.Us-2000gには多量の石基鉱物(斜長石)が含まれており,それらの結晶を避け隙間を分析する必要があります.SIMSの高い空間分解能(10μm四方以下)は大変有効でした.
結果
- 含水量分析結果のヒストグラム
黒つぶしは,有珠山2000年3月31日噴出物の石基ガラスの含水量分析値.白抜きは,歴史時代の噴出物に含まれる(2000年も含む)斑晶ガラス包有物の含水量分析値.白抜き縦縞は,歴史時代の噴出物に含まれる亀裂の入った斑晶ガラス包有物と石基ガラスの含水量分析値.
SIMSによる含水量分析の結果,有珠2000年3月31日噴火で放出された火山灰の石基ガラスの大半は,2.3±0.4wt.% H2Oという比較的狭い範囲の含水量を持つことが明らかになりました.一つの火山灰粒子に着目すると,少なくとも中央部には,顕著な含水量勾配は認められませんでした(ビームを樹脂に当てることを嫌ったため,粒子周縁部数十μmの領域は含水量データは得られていない).
歴史時代の噴出物に含まれる斑晶ガラス包有物の分析値を詳しくみると以下の表のようになり(Miyagi, 1995未公表),噴火時期に応じて含水量に変化がみられます.
有珠火山のガラス包有物の含水量とガラス包有物生成圧力(マグマ溜まり圧力) (データは Miyagi 1995 博士論文による): ------------------------------------------------------------------------ 噴出物 鉱物 含水量wt.%H2O 推定水蒸気圧 推定深さkm Us-b opx 5.3-5.7 2.2-2.5 kbar 10-11 (1663年) Us-Va opx 5.4-4.7 1.7-2.2 8-10 (1769年) Us-IIIa opx, pl 4.1-4.5 1.3-1.6 6- 7 (1853年) Us-1977 bigII opx 4.6-5.2 1.6-2.1 7- 9 Us-1977 bigIII opx 5.2-6.5 2.1-3.3 9-15 (1977年)
※注1 ここでは:
- 含水量と水蒸気圧への変換には H2O[wt%] = 0.114 × sqrt(PH2O[bar]);
- ガラス包有物生成深さの推定は depth[km] = 4.5E-3 × PH2O[bar]
という単純な式を使用しています.水の飽和溶解度の温度・組成依存性や地殻の密度によって,結果は変化します.
考察
マグマの破砕深度
斑晶ガラス包有物の含水量がマグマ溜まりの深さを反映していると考えると,1663年以降マグマ溜まりの深さは浅所に移動した(地下約10kmから5km位に)が,1977年では再びマグマ溜まりは深くなったのかもしれません.斑晶ガラス包有物の含水量にもとづく深さの推定は,実験岩石学による推定された有珠火山のマグマ溜まりの深さ(Tomiya et al., 2000)と調和的です.
3月31日噴出物の石基ガラスの含水量(2.3±0.4wt.% H2O)は斑晶ガラス包有物の含水量よりは低いものの,常圧での含水量(0.1-0.2重量%H2O)に比べれば明らかに高く,また比較的狭い範囲の含水量を持つことから,この含水量が破砕時の条件を示しているものと考えてよさそうです.
その場合,流紋岩質マグマへの水の溶解度を,H2O[wt%]=0.114 sqrt(P[bar])とすると,2.3±0.4wt.% H2Oという含水量に相当する水分圧は300-700気圧になります.岩石の比重を2[g/cm3]とし,リソスタティックな圧力勾配を仮定すると,300-700気圧は地下1.8〜2.9kmの圧力に相当します. よって,2000年3月31日の噴火において有珠山のマグマ(Us-2000g)が粉砕された深度は,地下1.8〜2.9kmと見積もられました.
破砕時のマグマの状態
マグマは発泡度が高いと比較的小さな機械的刺激で自発的に破砕しやすくなることが知られています(Spieler et al., 2004).有珠2000年3月31日噴火におけるマグマの破砕時のマグマ発泡度を推定するには,その時点でマグマ中に過剰に存在していた水(気泡)の体積を求めればよいでしょう.いま,メルトに溶けている水量(2.3±0.4wt.% H2O)と斑晶ガラス包有物の含水量(5.2±0.6wt.% H2O)が判っています.これらの差が,過剰に存在していた水(気泡)に相当します.
気体の状態方程式を用いて気泡量を計算すると,約50vol.%だと見積られました(もしもマグマ溜まりで既に気泡が存在するなら,気泡量もっと多くなる見込み).このように,有珠2000年3月31日噴火でマグマが破砕した直前には,マグマは気泡に富んだ状態だったと推定することができました.
破砕後の微粉化プロセス
興味深いことに,歴史時代の有珠山の爆発的噴火で放出された軽石の石基ガラスや割れた斑晶ガラス包有物も,2000年3月31日噴火の石基ガラスとほぼ同じか,やや多い含水量を示しています(縦縞で示した分析結果).このことから,歴史時代の噴火と2000年3月31日噴火はどちらも同様に,地下2〜3kmで十分な気泡を含んだマグマ(>約50vol.%)が破砕・噴火したと考えられます.
ところが,歴史時代の軽石噴火と2000年3月31日の火山灰噴火の間では噴出物の粒径が大きく異なります.すなわち歴史時代の噴火では粗粒な軽石が多量に放出されたのに対し,2000年3月31日の噴出物は細粒火山灰が主体でした.2000年3月31日の噴出物は,歴史時代の軽石噴火よりも激しい粉砕プロセスを経験したために,微粉化されたのでしょう.
高温のマグマが地下水と接触すると,マグマの熱が地下水を加熱して激しい爆発が起きることが知られています(マグマ水蒸気爆発;Wohletz, 1986).爆発を起こすには,単に高温のマグマの塊と水が触れるだけでは不十分です.高温の融体の塊をある程度破砕し,マグマから水への急速な伝熱を起こしやすくするプロセスが,爆発の前準備として必要です(Buchanan, 1974; Board et al., 1975).
大島・松島(1999)によれば有珠山周辺の地下の比較的浅部(>0.35km)には透水係数の高い柳原層が分布し,これが帯水層となっています.これに対し比較的深部は,柳沢層に比べて透水係数が1桁から3桁も小さい新第三系地層が分布しています(参考→地球物理学的研究からみた地下構造).よってマグマの通り道のうち地下水が豊富にありそうな場所は,浅所だということになります.
これらのことから,歴史時代の噴火と2000年3月31日噴火では,どちらも同様に,透水計数の小さな新第三系地層が分布する地下2〜3kmでマグマが破砕したが,どういうわけか2000年3月31日噴火では比較的浅部(>0.35km)におけるマグマと帯水層との反応が激しかったために,噴出物が微粉化したのだと思われます.歴史時代の噴火と2000年3月31日噴火とで,何故,帯水層とマグマの反応の違いが生じたのでしょうか?
歴史時代の噴火で放出された軽石や火山灰の量を見ると,2000年の火山灰量は明らかに少ないことがわかります. 例えば2000年は0.001km3,1977〜78年は0.09km3,1663年は2.5km3です.浅所の帯水層から火道に供給される単位時間あたりの水の量が透水計数でほぼ決まるなら,水とマグマの量比は,そこを通過するマグマの単位時間あたりの量に依存することになります.
このことから,2000年3月31日には地下から供給されるマグマの流量が少なかったため相対的に地下水の影響が大きくなり,マグマ水蒸気爆発が起きて,噴出物が微粉化されたのではないかと考えられます.
まとめ
二次イオン質量分析計を用いて斑晶ガラス包有物と石基ガラスの含水量を測定することにより,有珠山におけるマグマの破砕深度と破砕時点のマグマの状態(発泡度)を推定することができました.
2000年3月31日噴火では,地下2〜3kmで,発泡度が5割あるいはそれ以上のスポンジ状のマグマが破砕され,地下0.35kmあるいはそれ以浅で,帯水層から供給された地下水にマグマの熱が効率的に伝わることによってマグマ水蒸気爆発が生じ,それによって微粉化されたマグマと母岩の破片が火山灰となって放出されました.
歴史時代の有珠山の軽石噴火でも,地下2〜3kmあるいはやや深所で,発泡度が5割あるいはそれ以上のスポンジ状のマグマが破砕され,軽石を放出しました.これらの軽石噴火では浅所の帯水層から供給される水に比べてマグマの量が十分多かったために,地下水による爆発力の増加が少なかったのだと考えられます.
参考文献
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