火山ガス
火山研究解説集:有珠火山 by 産業技術総合研究所・地質調査総合センター
- 有珠火山全景
有珠山周辺には,2010年8月現在,昭和新山,有珠山山頂及び西山西麓・金比羅山火口群に噴気地帯が分布し,火山ガスが放出されています.
目次 |
はじめに
これらの噴気地帯はそれぞれ,1944〜45年昭和新山噴火,1977〜78年有珠山噴火,2000年有珠火山噴火後に形成されました.有珠山山頂及び昭和新山の噴気地帯では,噴火直後には700℃以上の高温火山ガスが放出され,次第に温度は低下したものの,2000年の時点でもそれぞれ,463℃,204℃と高い温度の火山ガスが放出されています.
有珠山山頂及び昭和新山噴気地帯では,火山ガスの採取観測が繰り返し行われ,長期間にわたる火山ガスの化学組成及び同位体組成の変化が詳細に測定されて来ました(例えばMizutani and Sugiura, 1982; Matsuo et al., 1981).有珠山山頂及び昭和新山の火山ガスの組成変化は,溶岩ドームの貫入後の冷却・脱ガス過程に伴う変化として世界でも貴重な観測例です.
西山西麓火口周辺の噴気は噴火直後から最高温度100℃程度の低温噴気です.西山西麓・金比羅山火口群からも噴火直後には火山ガスが放出されていましたが,直接採取が困難なため,組成等の観測は行われていません.
火山ガスの採取方法については火山研究解説集,薩摩硫黄島,火山ガス,火山ガス組成を参照して下さい.
昭和新山の火山ガス
1944〜45年の昭和新山の噴火の後,1954年に根本ほか(1957),1957年以降は名古屋大学・富山大学の水谷・松尾らのグループにより繰り返し火山ガスの採取調査が行われて,噴気温度,化学組成や同位体組成の変化が明らかにされています(例えば,Matsuo, 1961; Mizutani, 1978; Mizutani and Sugiura, 1982).
昭和新山噴気孔の分布と温度変化
昭和新山の噴気孔は,1944〜45年に形成された昭和新山ドーム上に分布しています.温度の高い噴気孔は特にドームの中心部に分布しています(図:昭和新山噴気孔分布).
昭和新山の噴気孔温度は,溶岩ドーム形成直後は1000℃近い高温でしたが,時間と共にゆっくりと減少し,2000年には204℃にまで低下しています(図:昭和新山噴気温度変化).
昭和新山火山ガス化学組成変化
昭和新山の火山ガスの組成は,噴気温度の低下や噴火後の時間経過と共に大きく変化しました.特に,Mizutani and Sugiura (1982)は化学組成や同位体組成の繰り返し観測結果を報告しています.Symonds et al. (1996) は,報告されている火山化学組成を集めて再解析した結果,1954〜65年の高温噴気孔火山ガスの化学組成の経年変化の特徴を次のようにまとめています;
ア)H2O濃度の増加(CO2, S, HCl濃度の低下).地下水等の混入が原因(図:昭和新山火山ガス成分濃度変化).
イ)C/S比の減少,Cl/S比の増加に対して,Cl/F比はほぼ一定.マグマからのガス放出のしにくさの差(F ≈ Cl > S > C)が原因(図:昭和新山火山ガス元素組成変化).
ウ)H2/H2O,CO/CO2,SO2,H2S比の減少.火山ガスの反応温度の低下による再平衡が原因(図:昭和新山火山ガス化学組成変化).
これらの変化の中で最も顕著なものは,H2O濃度の増加(CO2,S,HCl濃度の低下)です.CO2濃度は約1/100,S濃度は約1/10,HCl濃度は数分の一に低下しています.ただし,HCl濃度は1965年頃まで上昇した後に,低下しています.これらの濃度低下が地下水の混入と考える為には,地下水がマグマから供給されたガス(マグマ性ガス)の数倍以上混入している必要があります.しかし,次項で紹介するように,「昭和新山の火山ガスの水の同位体組成」から推定される地下水混入比は,最大でもマグマ性ガスの倍程度です.そのため,CO2,S,HClの濃度低下は天水による希釈だけでは説明できません.マグマ性ガスの組成が,H2O濃度が高くなるような変化をしている必要があります.
昭和新山の火山ガスの主成分組成は,最初期(1954年)の組成でもSに乏しい組成であり,時間及び温度低下と共に,急速にH2Oに富む組成に変化しています.他の火山の火山ガス組成と比較するとその差は顕著です.島弧の火山ガスはH2Oに富むことが特徴であり,95mol%を超えることは珍しくありませんが,温度が700℃以上の高温でありながらH2O濃度が99mol%を超える組成は,昭和新山と有珠山の特徴です((
図:火山ガスH2O-CO2-S組成).
昭和新山火山ガス同位体組成変化
島弧の火山ガス中の水の水素及び酸素同位体比は,多くの場合,マグマから放出された水(マグマ水:δD=-30±10 ‰,δ18O = +8±2 ‰)と火山周囲の天水の混合線上の値を持ちます(Taran et al., 1990; Giggenbach, 1996).
昭和新山の火山ガス中の水の同位体比も,その多くのデータはマグマ水と天水の混合線上に分布しますが,1960年代に採取された試料の同位体は特異的に,マグマ水-天水混合線の下に分布することを,Mizutani(1978)は明らかにしました.1960年代の同位体組成の分布は,天水が岩石と反応してδ18Oが大きくなった組成の水(δ18Oシフトした天水)とマグマ水の混合の結果であると解釈されました(図:昭和新山火山ガス中水の同位体比,その1).
Mizutani(1978)は1961,1964,1973年に同じ高温噴気孔(温度はそれぞれ703℃,637℃及び600℃)から火山ガスを10-15分毎に繰り返し採取し同位体組成が測定し,1961年及び1964年のデータは,短時間内の繰り返し採取にも関わらず同位体組成が大きく変動する,ことを明らかにしました.この短時間内での同位体組成の変動は,δ18Oシフトした天水の混入が地表近くの浅い場所で起きていることが原因であると解釈されました.しかし,1961年と1964年には同位体組成の変動にも関わらず塩素濃度はほぼ一定で,それに対し,1973年には同位体組成がほぼ一定にも関わらず塩素濃度が2倍程度の変動を示す等の関係は,マグマ水とδ18Oシフトした天水の単純な混合では説明できないため,今後の再解釈が必要と考えられます(図:昭和新山火山ガス中水の同位体比,その2).
昭和新山の火山ガスの同位体比のもう一つの特徴は,同位体比から推定される天水の混合比率に比べると,噴気孔温度が高温であることです.例えば,1973年の600℃の噴気の火山ガス同位体組成はδD=-47 ‰,δ18O = -2 ‰程度であり,マグマ水と天水の単純な混合を仮定すると,ほぼ1:1の混合比に相当します.ところが,マグマ水と天水を単純に混合した場合,温度は100℃に達しません.1000℃の水蒸気(マグマ水:比熱容量4.7MJ/kg)と20℃の水(地下水:比熱容量0.1MJ/kg)の混合でできる流体の比熱容量は2.4MJ/kgであり,100℃の水(0.4MJ/kg)と水蒸気(2.7MJ/kg)が1:9に混ざったものに相当します.そのため,この噴気が600℃(3.7MJ/kg)であるためには,外部から熱の供給(加熱)が必要です.これは,マグマ水と天水が混合する過程で,高温の貫入岩体と反応して加熱されたためだと考えられます.1960年代前半には,δ18Oシフトした天水との混合が観察されました.δ18Oシフトした天水は高温貫入岩体との酸素同位体交換反応の結果生ずるため,加熱過程が同時に起きていたと考えられます.
有珠山山頂の火山ガス
1977〜78年の有珠山噴火により,山頂カルデラ内に多くの噴気地帯が生じました.有珠山山頂の火山ガスの調査は,東京工業大学の小坂・平林・松尾らのグループにより繰り返し行われてきました(例えば,Matsuo et al., 1981; 小坂ほか1984).
有珠山噴気孔の分布と温度変化
1977〜78年の噴火後に,I火口や銀沼火口など噴火火口の跡地やその周辺の小有珠の東山麓に噴気地帯が形成されました(図:山頂火口内地形,地表面温度の変化,写真).また,噴火後数年後から外輪山の南側の内側及び外側斜面に低温噴火地帯が形成されました.
最高温度の噴気孔は常にI火口噴気地帯に分布しています.I火口の噴気孔の最高温度は1978年以降次第に上昇し,噴火3年後の1981年に最高温度の763℃に達した後,ゆっくりと低下しました.2002年7月には465℃まで低下しています(図:有珠噴気孔温度変化).
有珠山火山ガス化学組成変化
有珠山山頂の火山ガスの化学組成も,昭和新山の火山ガスと同様に,噴気温度低下や噴火後の時間経過と共に大きく変化しました.最高温度噴気孔火山ガスの化学組成の変化は昭和新山と類似していますが,いくつかの点で異なっています.
類似している変化は;
ア)H2O濃度の増加(CO2濃度,S濃度の減少)(図:有珠山火山ガス濃度変化)
イ)Cl/S増加(図:有珠山火山ガス元素比変化)
ウ)H2/H2O,CO/CO2,SO2/H2S比の減少(図:有珠山火山ガス化学組成変化)
それに対し,異なる変化は
ア‘)HCl濃度に顕著な減少はみられない.
イ‘)C/Sには顕著な変化はない.
昭和新山と同様に,ア)天水の混入,イ)マグマの脱ガスの進行,ウ)火山ガス反応温度の低下,が原因と考えられます.
有珠山山頂の火山ガスの主成分組成は,初期(1979年)の組成は,他の島弧の高温火山ガスに比較的近い組成です.特に雲仙や択捉島のKudryavy火山の火山ガスと同様の組成を持っています.その組成が,昭和新山の火山ガスの時間変化と同様に,時間と共に急速にH2Oに富む組成に変化して,1990年代にはH2O濃度が99.5mol%を超えるほど,極端にH2Oに富む組成になりました(図:H2O-CO2-S三角図).
有珠山火山ガス同位体組成変化
1977〜78年噴火直後の有珠山山頂火山ガスの同位体比は,Matsuo and Suzuki (1984)に報告されています.この報告によると,1977年11月に採取された火山ガス中の水の同位体比は天水に近い組成ですが,1978年の5〜10月に採取された火山ガス中の水の同位体比は,δ D=-13~-46‰,δ18O=+3~+7‰の範囲に分布しています.この同位体組成は島弧マグマ水(δD=-30±10 ‰,δ18O = +8±2 ‰)に近い組成です(図:噴火直後の有珠山頂火山ガス中水の同位体比).
1992〜2002年に採取された有珠山山頂火山ガスの同位体組成は,採取場所(I火口,小有珠,銀沼)や温度(100〜500℃)の違いにも関わらず,マグマ水と天水の混合線上の一点に集中しています.それに対し,1982年及び1985年に高温のI火口噴気孔で採取された試料の同位体比は,1992年以降の試料と比較してδ18Oが明らかに大きい値です.この変化は,昭和新山で観測された,1960年代前半に一時期δ18Oが大きくなった変化とよく似ています(図:有珠山周辺火山ガス,河川水,温泉水の同位体比).
昭和新山と同様に,有珠山山頂火山ガスも同位体比から推定される天水の混合比率に比べると,噴気孔温度が高温です.1992年以降の火山ガスは,マグマ水と天水のほぼ1:1の混合で生ずる同位体組成ですが,温度は100〜513℃と様々で,かつ高温です.2.3で説明したように,マグマ水と天水の1:1の混合物の比熱容量は100℃の水蒸気より小さいため,高温の噴気として放出されるためには高温岩体により加熱される必要があります.
有珠山山頂の外輪山の内外の斜面で採取された火山ガスの同位体組成は,時期によらずいずれもマグマ水と天水の混合物が100℃前後で気液分離(沸騰)して生じた気相の組成を持っています.
有珠山火山ガス(SO2)放出量変化
火山ガスの放出量は,ガスを供給するマグマの量やガス放出過程を推定するために重要な情報です.火山ガスの主成分の一つであるSO2を遠隔観測により測定して得た,SO2放出量を火山ガス放出量の指標として用いています.SO2放出量の測定方法については火山研究解説集,薩摩硫黄島,SO2放出量を参考にして下さい.
有珠山山頂域からの火山ガスSO2放出量は,1978年6月120t/d,同年9月45t/d,1982年1月14t/dと,火山活動(地震回数や隆起速度)の低下と共に顕著な減少が観測されました.2004年にはMori et al. (2006)が測定を行っていますが,噴煙中のSO2濃度は検出限界以下であり,放出量が非常に低いことが報告されています(図:SO2放出量変化).
SO2放出量の急激な減少は,H2Oを主体とする火山ガスそのものの放出量の減少と,その中に含まれるSO2濃度の減少の,二つの効果が影響しています.火山ガス放出量は噴煙活動による熱放出量としても定量されています(熱の頁を参照).噴煙による放熱量も火山ガス中S濃度も,1978-79年をピークとして急速に減少し,1990年頃にはどちらもピーク時の1/100程度にまで減少しています.
2000年噴火と西山周辺火山ガス
2000年の噴火では,西山西麓及び金比羅山北西麓に火口群が生じ,噴火後もしばらくの間噴煙活動が継続しました.噴火後に顕著な地盤の隆起(潜在溶岩ドームの貫入)が起きた西山西麓火口の周辺には噴気地帯が形成されましたが,噴気温度はいずれも100℃前後と低温であり,昭和新山や1977〜78年有珠山噴火の後のような高温の噴気地帯は形成されませんでした.
西山火口周辺の火山ガス組成
西山火口周辺噴気は100℃程度の低温であり,化学組成もSやHClなどには極端に乏しく(図:有珠山火山ガス成分濃度),熱水との反応を経たガス組成だと考えられます.反面,H2,CO濃度は噴気温度に比べると高いため,元々は高温で生成した火山ガスが,地表近くで地下水との反応により組成が変化したものであると考えられます(図:有珠山火山ガス化学組成比)
有珠山頂噴気孔の火山ガス組成は,2000年噴火の前後で特に顕著な変化は見られませんでした.
西山火口周辺の火山ガスの水の同位体比は,有珠山山頂の外輪山の内外の斜面の火山ガスの同位体組成と同様に,マグマ水と天水の1:2程度の混合物が100℃前後で気液分離(沸騰)して生じた気相の組成を持っています.西山火口周辺の火山ガスと有珠山山頂の外輪山の火山ガスは,どちらも100℃前後の低温噴気で,化学組成も,S,HClが極端に乏しいが比較的高濃度のH2,COを含む等,似た組成を持っています(図:有珠山火山ガス組成の同位体比).
2000年噴火後のSO2放出量と放熱量
西山西麓及び金比羅火口群からは噴火後もしばらくの間噴煙が継続して放出されていました.これらの火口群からのSO2放出量は,噴火開始2ヶ月後の5月末に最大の11t/dになりましたが,その後急激に減少しました(平林ほか,2000;図:SO2放出量変化).
西山西麓と金比羅山火口群の噴煙の映像解析に基づいて噴煙による放熱量が推定されています(写真:金比羅山火口噴煙,西山西麓火口噴煙).放熱量は噴火直後の4月初めが最大で,4月末には数分の一に減少しており,6月末までで総放熱量は9×1015 Jと推定されています(平林ほか,2000).火山ガスの大部分を占める水蒸気の比熱容量は約3 MJ/kg (100〜1000℃で2.7〜4.7MJ/kg)のため,噴煙による総放熱量は,約3×109 kgの水蒸気の放出に相当します.仮に4〜6月の平均SO2放出量を10 t/dとすると,噴煙中のH2O/SO2重量比は3000(モル比で10000)と推定され,西山火口周辺噴気孔の火山ガス組成と同程度の値です.そのため,西山西麓と金比羅山火口群の噴煙も,西山火口周辺の火山ガスと同様に,地下水との反応によりS,HCl等が失われた低温火山ガスであると推定されます.
火山ガスの生成過程
1944〜45年昭和新山噴火,1977〜78年有珠山噴火,及び2000年有珠火山噴火はいずれも,噴火前後にマグマが地下浅所に貫入し溶岩ドーム(もしくは潜在溶岩ドーム)を作った噴火であり,いずれの場合もその地表に新たな噴気地帯が形成されています.この噴気地帯から放出されている火山ガスは地下に貫入したマグマを起源としていると考えられます.
昭和新山と1977〜78年噴火後の有珠山頂の火山ガスの化学組成はいずれも,噴火後の時間経過と共にH2O濃度が増大し,CO2,S濃度が減少する変化をしました(図:火山ガス組成H2O-CO2-S三角図).これらの変化は,天水の混入によるH2O濃度の増加と,貫入マグマの脱ガスの進行によるCO2,S濃度の低下が原因であると推定されています(例えば,Symonds et al., 1996).
しかし,火山ガス中の水の同位体比からは,天水の混入率は多い場合でも半分程度であると推定されます(参照2.3,3.3).そのため,化学組成の変化の大部分は,マグマから供給されているガス組成の変化が原因と考えられます.
多くの場合,火山ガスはマグマが地表近くまで上昇し減圧されて放出されるため,その主成分組成は元のマグマ中に溶存しているガス組成と似ています(篠原,2003).有珠山山頂火山ガスの初期の組成は,他の島弧の高温火山ガス組成に近い組成を持っています.そのため,初期の火山ガスは,有珠山の1977〜78年噴火のマグマ中に元々含まれていたガス成分が,そのまま放出されたガスに近いと考えられます.
マグマの上昇が停止した後には,減圧による新たなガス放出は起きません.地下に貫入したマグマはマグマの上昇減圧によりガス成分の大半を既に放出していますが,溶解度の高いH2OやCl等は一定濃度含んでいます.この貫入マグマが冷却に伴い固化すると,マグマに含まれていたガス成分のほとんどは放出されます.これが,噴火後数年後に優勢となるH2Oに富む火山ガスの起源と考えられます.
昭和新山の火山ガス組成は,最初期の試料でも他の高温火山ガスと比較すると,特にSが少ない特異的な組成を持っています.しかし,この試料は噴火後約5年後に採取された試料であるため,元々含まれていたガス成分を失った後のマグマを起源とするガスで,マグマの固化に伴い放出されたガスを既に含んでいた可能性もあります.
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