地球物理学的研究からみた地下構造

火山研究解説集:有珠火山 by 産業技術総合研究所・地質調査総合センター

火山研究解説集:有珠火山
1. まえがき
2. 地形,地質概要,噴火史,火山活動の特徴
おいたち 歴史時代の噴火 噴火の特徴 岩石
3.マグマだまりと地下構造
マグマだまり 地下の構造
4. 噴火と変動
噴火の概要 火山性地震
地下水 噴出物と噴火様式 マグマの破砕 火山ガス
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  • 有珠新山からみた有珠火山の南東火口原の様子(2001年10月撮影).

目次

はじめに

ここでは有珠山体について,地下数kmより浅いところの構造を比抵抗や地震波速度から推定した研究を紹介します.有珠火山の噴火活動では地表下へマグマが貫入し,溶岩ドームや潜在ドームを形成します(参照:有珠火山の噴火の特徴).1977〜78年に山頂火口で発生した噴火に際して,地下浅部へ貫入したマグマの痕跡を地球物理学的な観測から捉えることができました.

貫入マグマの痕跡

有珠山の地形・地質概略とMT,AMT法の探査測点

1977〜78年噴火では,貫入マグマを熱源とした熱活動が噴火直後から現れ,放出された熱量は2×1017Jと推定されています(参照:).この熱量は8×1073のマグマが冷却することによって放熱される量に相当します.

このような貫入マグマおよびその周辺の構造を調べる目的で,1996および97年にAMTとMT法による電磁探査を実施しました(Ogawa et al.,1998; Matsushima et al.,2001).MT法およびAMT法は,自然磁場が変化することによって地中に誘導される電流の変動を観測し,地下の比抵抗(電気の流れにくさを表す物質固有の値で,岩石や間隙の状態,温度等によって変化する)の分布を測定する物理探査法です. 観測する周波数帯域がMT法(およそ300〜0.001Hz)とAMT法(10,000〜0.3Hz)で異なり,MT法は深部の構造を,AMT法はより浅部の構造を詳しく調べるのに適しています.測点は山頂を横切るように南西から北東に分布しています(図:有珠山の地形・地質概略とMT,AMT法の探査測点).

この図の矢印で示したような南西-北東方向に沿って,地下断面の比抵抗構造を解析しました(図:浅部の比抵抗構造断面図
浅部の比抵抗構造断面図
.これはAMT法による電磁探査の結果を解析したもので,探査深度は2km程度です.有珠山の山体は,厚さ数十メートルで1kΩm程度の高比抵抗(溶岩流に対応)の表層部を除き,主に1〜100Ωmの比較的低い比抵抗を示します.ところが,山頂火口内において,1977年噴火に伴って顕著に隆起した領域(図のU-shaped faultなど)直下の深度約500mの部分は,500〜1,000Ωm程度の高い比抵抗であり,周辺と強いコントラストを示しています. 対比の為に,噴火から数年後に山頂火口原で実施した電気探査の結果から得られている比抵抗断面を示します(渡辺ほか,1984;図:電気探査による比抵抗断面図
電気探査による比抵抗断面図
.このときには,周囲とコントラストをなすような高比抵抗体は存在していなかったことがわかります. 比抵抗値の室内実験結果(Murase, 1962)によると,昭和新山の溶岩を加熱溶融することによって,比抵抗値は数百Ωmから数Ωmへと低下することが分かります(図:溶岩の比抵抗の室内実験結果
溶岩の比抵抗の室内実験結果

これらの結果から,当初,高温であった溶岩の比抵抗は小さく周囲の地層とコントラストは無かったが,冷却して温度が低下するにつれ溶岩の比抵抗は大きくなり,コントラストを示すようになったのではないかと考えられます.つまり,山頂火口内で1977年噴火の際に顕著に隆起した部分の直下の深度約500mの部分は,噴火時に貫入したマグマが冷え固まったものであると考えられます.

低い比抵抗の山体

上述したように貫入マグマの存在が認められたのは,有珠の山体の比抵抗が1〜100Ωmと低くなっているためです.このような低い比抵抗は何を意味しているのでしょうか.

横山ほか(1983)によるさまざまな岩石試料の比抵抗値を求めた室内実験結果を示します(図:各種岩石の比抵抗の室内実験結果
各種岩石の比抵抗の室内実験結果
.この結果から,スメクタイト等の熱水変質鉱物を含む試料は極端に低い比抵抗を示すことがわかります.一方,山麓で掘削された坑井の地質柱状図と比抵抗検層の結果を示します(Matsushima et al., 2001; 図:坑井の地質柱状図と比抵抗検層の結果
坑井の地質柱状と比抵抗検層の結果
.各坑井の位置は(図:有珠山の地形・地質概略とMT,AMT法の探査測点)に黒四角の印で示しました.同じ位置における比抵抗構造の解析結果と比較することにより,低比抵抗を示すのは新第三系の地層になります.岩石の比抵抗値の室内実験結果を参考にすると,第三系の地層は多くの場所で変質しているために低比抵抗を示しているものと考えられます. 有珠山周辺に多数存在する井戸の地質柱状図と揚湯試験結果から有珠山を構成する各地層の浸透率を求めました(大島・松島,1999;図:各地層の浸透率
各地層の浸透率
.有珠山周辺の下部更新統は柳原層と呼ばれるものです.この地層より深部は新第三系となり,浸透率は1桁から3桁ほど小さくなります.1943〜1945年噴火,および1977〜1982年噴火で発生したマグマ水蒸気爆発(参照:噴火の概要)はこの柳原層内で発生したと考えられています(大島・松島,1999). そこで大島・松島(1999)はこの柳原層の基底深度を示しました(図:柳原層の基底深度
柳原層の基底深度
.マグマ水蒸気爆発が発生する環境を知る上で重要な情報となります.

深い構造とマグマ溜り

より深部の構造を明らかにするためにMT法を用いた電磁探査を実施しました.AMT法と同様に南西方向から北東方向へ有珠山を横切る断面での比抵抗構造を示します(図:比抵抗構造断面図
比抵抗構造断面図

MT法はAMT法に比べ低い周波数領域(1秒程度)までカバーするので有珠山地域では10km程度の深度まで探査可能です.解析した結果をみると分かるように,比抵抗値は-2kmより深くなると再び大きくなり,1,000〜10,000Ωmになります.有珠山から東北東にある北湯沢地区で掘削された2,000mクラスの坑井の地質柱状図から,この高い比抵抗の層は,先新第三系の基盤岩類に相当すると考えられます.新第三系と先新第三系の構造境界は南西(図の左側)から北東(図の右側)へ向けて徐々に浅くなっており,この傾向は同地域における重力探査(和田ほか,1988)や次節で説明するように,自然地震を用いた地震波速度構造の解析結果と調和的です.この境界は,有珠山頂直下では海抜-4,000mぐらいとなり,岩石学的研究からみたマグマ溜まりの深度と矛盾しません.地質構造の境界で密度差を生じ,マグマ溜りが形成されている可能性があります.

しかしながら,MT法による比抵抗構造にはマグマ溜りらしきものを認識することはできません.そこで,どの程度感度があるのかを調べてみました(図:MT法探査におけるマグマ溜りの感度
MT法探査におけるマグマ溜りの感度
.一般的に溶融物を含むマグマ溜りは,比抵抗が小さいので,高比抵抗な基盤岩類の中にあっては,コントラストを示すはずです.図に示すような,それぞれ平べったい,細長い,厚いマグマ溜り(図の左側の灰色部)に対し,地表に現れる信号を計算し,実測値と比較しました(図の右側).マグマ溜りを想定した計算値には認識できるほどの違いは現れず,有珠山においてMT法からマグマ溜りを検出するのは困難であることが分かります.このような結果になるのは,マグマ溜りより浅部の地層の比抵抗が極めて低いことが一因となっています.

地震波速度構造

2001年に有珠火山地域を対象に行われた人工地震探査の結果(Onizawa et al., 2007)を示します(図:P波速度断面図
P波速度断面図
.図で(a)は南西(A)-北東(A’)断面,(b)は北西(B)-南東(B’)断面を,(c)は孔井1D16における簡略化した地質柱状図を示します.

速度断面図の鉛直方向のスケールは2倍に拡大しています.この結果は既に前節で述べた比抵抗構造(図:比抵抗構造断面図)とよく似ており,有珠火山地域では地震波速度が急増する境界が北へ向かい浅くなる傾向にあります.

得られた地震波速度構造を理解するためには,実験室での岩石試料に関するP波速度の実測が有効です.昭和新山溶岩や有珠外輪山溶岩など有珠火山周辺の更新統・完新統については根本ほか(1957)によって,先新第三系までのより古い層準については新エネルギー総合開発機構(1983)によってP波速度の実測がなされています.

また,人工地震探査についても,昭和新山溶岩ドームから北海道地域の地殻構造スケールまでを対象としたものが行われてきました(例えば,根本ほか,1957;Okada et al.,1973;森谷・岡田,1980;Miyamachi et al., 1987).鬼澤ほか(2003)ではそれまでに行われてきた岩石実験と有珠火山周辺の物理探査によるP波速度の情報を地質層序と対比させながらコンパイルしました(鬼澤ほか,2003;図:地質層序とP波速度).
地質層序とP波速度(鬼澤ほか,2003)

岩石サンプルのP波速度は先新第三系基盤最上部で5.6 km/sと最も大きく,概して年代が若くなるとともに空隙率の増加を反映して小さくなる傾向があります.ただし本地域の表層を広く覆う更新統新期安山岩類は溶岩や火山角礫岩という岩相を反映し,他のほぼ同時期の層準と較べ大きい速度を持ちます.この結果を参考にすると,先ほど述べた地震波速度が急増する境界は,新第三系と先新第三系の境界に相当し,前節の比抵抗構造の解釈と矛盾しません.

火山活動との関係

過去の噴火に伴う火口や隆起を示す地形は,有珠火山北側において,北西麓から東麓にかけて円弧状に並んでいます.1910年噴火では北麓で全長約2.7 kmにわたり火口が開きました.また1943-45年活動の東麓における昭和新山溶岩ドーム生成の際には,はじめはより南方で隆起が起こり,隆起域が北に移動した後昭和新山生成に至っています(参照:噴火の概要).これらの現象から,ここになんらかの構造弱線が存在することが指摘されてきました(例えば,横山ほか,1973).

右図に海水準下1 kmおよび2 kmのP波速度構造の上に,過去の噴火活動で生じた火口や隆起域を重ね合わせたものを示します(Onizawa et al.,2007;図:海水準下1kmの速度構造図:海水準下2kmの速度構造

海水準下1kmのP波速度断面図
海水準下2kmのP波速度断面図

上の図で示したとおり,有珠火山の地下では大局的には北方へ向かい基盤が浅くなっており,等深度で見れば北側の方が速度が大きくなっています(すなわち力学的に強固です).過去の噴火による火口や隆起域はこの基盤構造に囲われるように分布しており,より深部の構造の影響を受けていることを強く示唆しています.山頂噴火だけでなく,山麓噴火の際にも,はじめは山頂下に向けてマグマが上昇してくるのであれば,その後,山麓部へマグマが移動し,火口や隆起域を規則的に配置をさせる何らかのプロセスがあると考えられます.2000年噴火前兆期には火山性地震の震源が南方へ拡大していった現象が観測されています(参照:火山性地震).この震源が,仮にマグマの移動を反映しているのであれば,基盤構造に沿って移動していたことが想像されます.

山頂下へ貫入し停滞したマグマが,その後,基盤構造に沿って強制的に浅部に押し上げられる,あるいは北側の相対的に強固な岩盤がバリアの役割を果たしそれ以上先には進めさせないなど,場の力学的物性がマグマ移動や噴火位置を何らかの形で規制しているのかもしれません.

参考文献

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