火山研究解説集:有珠火山 by 産業技術総合研究所・地質調査総合センター

火山研究解説集:有珠火山
1. まえがき
2. 地形,地質概要,噴火史,火山活動の特徴
おいたち 歴史時代の噴火 噴火の特徴 岩石
3.マグマだまりと地下構造
マグマだまり 地下の構造
4. 噴火と変動
噴火の概要 火山性地震
地下水 噴出物と噴火様式 マグマの破砕 火山ガス
衛星画像
5.リンクお問い合わせ

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  • 有珠火山の地表面温度分布(温度の単位は℃).

目次

はじめに

地下から上昇してきたマグマは,溶岩ドームや潜在ドーム等を形成しながら,その場にとどまることによって,それを熱源とした熱活動を地表に現わします.活動的な火山で観察される,火口や噴気孔からもくもくと上昇する白煙はその代表例です.ここでは,有珠火山にて行われてきた熱観測結果をまとめ,マグマからの放熱がどのように行われているか研究した例を紹介します.

熱活動の観測

地表面温度の経年変化

1977年の噴火活動に伴う地表面温度の経年変化をみると,噴火以降,地表面温度の高温域が急激に拡大し,噴火から数年後に最も拡がり,その後減少している様子が分かります(図:地表面温度の経年変化).このような熱活動は,地下のマグマの冷却・放熱に伴い熱水系が形成され,時間的に変動していることを示しています.山頂火口原には,高温の噴気孔がいくつか存在します.その中で最も高温なのはI火口(1977年噴火で形成された火口)内に形成された噴気孔で,その温度変化が観測されています(参照:火山ガス#有珠山噴気孔の分布と温度変化).

地表面温度異常を示している場所は,噴気孔を中心にその周囲に拡がっており,地表面から微弱なガス放出をするような噴気地を形成しています.

そのような噴気孔からの放熱量と噴気地からの放熱量をそれぞれ求めました(図:放熱量の経年変化)
放熱量の経年変化

噴気孔からの放熱量は噴火後急激に上昇し,噴火開始から約2年後の1979年にピークを迎え,その後は急速に減少しています.一方,噴気地からの放熱量も噴火開始後急激に上昇するものの,約2年後のピークを迎えた後は,比較的緩やかに減少しています.このような経年変化の違いは,地中での熱伝達の違いを反映しているものと考えられます.すなわち,噴気孔からの放熱量は,断裂などの透水性の高い領域を上昇する火山ガスによってもたらされているのに対し,噴気地からの放熱量は,その周囲に発達した地層中の熱水対流によってもたらされているものと考えられます.

噴気孔からの放熱量と噴気地からの放熱量を足し合わせたトータルの放熱量は,ピーク以降,指数関数的に減衰する傾向にあります.このことは,単一の熱源の冷却を反映しているのでしょう.経年変化に対して指数関数のあてはめを行い,時間について無限遠まで積分することによって,完全に冷却するまでに放出するであろう熱量を計算してみました.放出された熱量は2×1017Jに達します.

マグマの初期温度,比熱,潜熱,密度を仮定することによって,この放熱に寄与したマグマの体積を見積もってみました(図:貫入マグマの推定体積)
貫入マグマの推定体積

結果は8×1073となります.この値は,噴火時に貫入し,噴火以降も地殻の浅部に留まったマグマの体積を示すものと考えられます.

このようにして放熱量から求められた体積は,既に示した比抵抗構造において認められた,貫入マグマが冷却したとみなされる高比抵抗体の体積(円筒形を仮定した)とほぼ一致しています(参照:地球物理学的研究からみた地下構造).

数値シミュレーションによる解析

観測された放熱量から,どのような熱水系が地下に形成されていたのかを検討するために,熱水系の数値シミュレーションを実施し観測値の再現を試みました.実施した数値シミュレーションは,多孔質媒質中の液相の水,蒸気またはその混相流体の運動とそれに伴う熱伝達を計算するものです(図:熱水系数値シミュレーションの概要)
熱水系数値シミュレーションの概要
形状として円筒座標2次元を想定しました.計算領域の大きさ,グリッドの形状,境界条件を示します(図:グリッドの形状)
グリッドの形状

上面の境界条件は,年間平均温度と大気圧を与えました.下面は不透水境界で地殻熱流量に相当する熱量をソースとして与えました.側面は地殻熱流量に相当する温度勾配と静水圧勾配から各深度での温度,圧力を与えました.グリッドの形状の図に示したアルファベットのC, M, Fはそれぞれ火道,貫入マグマ,地層の領域を表し,それぞれ異なった浸透率を与えています.Mの位置する領域は,比抵抗構造の観測結果に基づいています.予備的な計算から,マグマに均一な透水性を与えても,観測値を説明できる結果は得られず,MについてはさらにM1からM3まで3段階に分け,それぞれが時間的に変化するようにしました.

それぞれの領域にさまざまな浸透率の値を想定して計算を行いました(図:浸透率の異なる各モデル)
浸透率の異なる各モデル
その結果,最も放熱量の観測値を説明するような結果が得られたのは,model3のように浸透率を与えた場合です.ここで,M1の浸透率は10-12m2で一定としましたが,M2は5×10-16から10-11m2へ,M3は3×10-17から10-12m2へと時間変化するように与えています.その時の温度分布などのシミュレーション結果を示します(図:熱水系数値シミュレーションの結果)
熱水系数値シミュレーションの結果

左側にシミュレーションされた地下の温度分布,右側に計算された放熱量の経時変化(実線と破線)を観測結果(黒丸と三角印)とともに示しました.観測結果はよく再現されていますが,注目されるべきは,マグマと想定した領域に与えた浸透率です.

すでに述べたように,マグマの浸透率は,最初,周囲の地層に比べかなり小さく,その後,急速に増大しなければ,放熱量の観測結果を再現することは難しいことが分かりました.熱水系が形成されていく過程で,マグマが固化し,亀裂が生じるなどして透水性が拡大していったことで説明されます.

2000年噴火との比較

2000年噴火に伴う放熱量として,1977年噴火時と同様に,噴気孔や火口からの火山ガスによるものと噴気地からの放熱量について評価しました(図:2000年噴火に伴う放熱量の経時変化)
2000年噴火に伴う放熱量の経時変化

火山ガスによる放熱量は噴火時に桁違いに大きく,その後急激に減少しています. 噴気地からの放熱量は数年間ではほとんど変化していませんが,その値は小さいです.

火山ガスによる放熱量は,1977年噴火のときのように噴火後から放熱量が増加し約2年後にピークを示すようなことは無く,噴火直後から単調に減少しています.

2000年噴火後には,1977年噴火後のような広い噴気地帯からの放熱は生じませんでした.しかし,2000年噴火直後には火山ガスによる放熱量が1977年より大きく,総量ではほぼ同程度の放熱が生じています.そのため,指数関数を当てはめ無限遠まで時間積分して得られるトータルの熱量も,1977年の場合と同程度です.このことは,1977年噴火と2000年噴火では,放熱に関与した貫入マグマの量はそれほど変わらないが,熱伝達の形態が異なることを表しています.

放熱量の値は小さいものの,噴火後噴気地が現れ,それが徐々に拡大する現象が,最も隆起の激しかった西山火口周辺で見られました.噴気地が拡大した領域を横断するように設定した電気探査と地温の測線の位置を示します(図:電気探査および地中温度の測線)
電気探査および地中温度の測線
図の測線上で得られた比抵抗断面と,地中温度分布(高倉ほか, 2004)をみると,地中温度が沸点温度を示す場所には小さな噴気孔がいくつか見られ,そこでは,地表直下から周囲に比べ高比抵抗になっていることがわかります(図:測線に沿った比抵抗断面と地中温度分布)
測線に沿った比抵抗断面と地中温度分布

この高比抵抗領域は蒸気だまりの存在を示しているかもしれません.ただし,噴火後数年にわたって行われた電気探査の繰り返し測定の結果をみると,この高比抵抗の領域に顕著な変化は見られていません.

他の火山との比較

広域の熱異常を検出する目的でヘリコプターによる上空からの地表面温度測定を有珠,樽前,登別の3つの火山地域において2006年に行いました.有珠山は2000年噴火以降6年が経過しています.樽前山は1981年の小規模な噴火以降,噴火活動は見られませんが数100℃の高温の火山ガスの放出が継続的にに観測される火山です.一方,登別は記録に残る噴火活動はありませんが,活発な噴気(温度は概ね沸点温度)や温泉活動がみられます.

携帯型赤外カメラを一時的にヘリコプターに搭載し,熱異常域の上空をスキャンするように飛行しながら撮影し,複数の画像をつなぎ合わせることで地表面温度分布を求めました.各火山地域です熱異常域を網羅するために,有珠山は6測線,樽前および登別は2測線で撮影を行いました((図:空中赤外観測の飛行ルート)
空中赤外観測の飛行ルート
).

ヘリコプターの飛行高度は海抜2300mで飛行速度は150〜200 km/hです.おおよその対地高度は有珠山で1800m,樽前で1300m,登別で2000mとなります.このとき1画素あたりの大きさはそれぞれ,2.5m,1.8m,2.8mとなります.

有珠山における地表面温度分布は全体的に見て図の南方から北方に向かって明るくなる傾向にありますが(図:有珠山の地表面温度分布),これは撮影が早朝に行われたため,時間の経過とともに日射の影響が現われ始めているためです.
有珠山の地表面温度分布

そのような影響を無視できるほどに地表面温度が高いのは,有珠山の山頂火口原,昭和新山,2000年の噴火によって生じた金比羅山火口,西山火口周辺です.

山頂火口原の高温域は,1977年の噴火活動以降発達したものであり,従来からの観測結果(例えばMatsushima,2003)とあまり変わらないようです. 昭和新山についてはドーム頂部とその西側の通称「さんご岩」付近で温度異常が見られます.過去の地表面温度分布の観測(横山ほか,1975;鍵山ほか,1984)と比較して,さんご岩周辺の温度異常域がかなり減少していることがわかります.金比羅山火口についてはKB火口,その南西側斜面,KA火口の南東側で地表面温度異常が見られます.

樽前山および登別地域における地表面温度分布はこのようになりました(図:樽前山および登別地域の地表面温度分布)
樽前山および登別地域の地表面温度分布

樽前山の温度異常はB噴気の高温火山ガスが噴出している場所で高くなっています. また,A火口の北西方向にあたる亀裂上にも比較的高い温度が見られます. ドーム頂部においては,南西から北東に伸びる亀裂上で温度異常が見られます. これらの異常は従来から指摘されている(横山ほか,1975)もので,継続的な活動と考えられます.

登別地域における地表面温度異常は大湯沼,奥湯沼,地獄谷,日和山,笠山に見られ,その異常域の広がりも過去の観測結果(横山ほか,1975)と変わらないようです.

各地域の地表面温度と面積の頻度分布を求めました(図:地表面温度異常域の面積).その際に面積を求めた領域を各地域の地表面温度分布図の赤枠で示します.さらにこの面積頻度分布を基に放熱量を評価しました(図:空中赤外画像から求めた放熱量)

地表面温度異常域の面積
空中赤外画像から求めた放熱量

放熱量は有珠山頂で最も大きく,ついで登別,西山の順で,放熱量が最も小さいのは樽前となっています.同表には地熱異常域に見られる噴気の最高温度(気象庁火山活動解説資料)を参考のため示しました.このように比較すると,樽前山は噴気温度が高いにもかかわらず放熱量が少ないことが特徴的です.活動的な火山では,地下浅所のマグマからの脱ガスが地下水と混合することによって,地下水面下で側方へ拡がった熱水系が形成されていると考えられます.樽前山では地下水位が低く,脱ガスが地下水面より浅部で起こっているため,そのような熱水系が発達していないのかもしれません.

参考文献

松島喜雄(1993)有珠山1977年噴火にともなう熱活動,地質ニュース,no.466,p.25-32.

Matsushima, N. (2003) Mathematical simulation of magma-hydrothermal activity associated with the 1977 eruption of Usu volcano. Earth Planets Space, vol.9, p.559-568.

高倉伸一・松島喜雄・佐波瑞恵(2004)比抵抗・地温・磁気測定から見た有珠西山火口付近の地熱活動.CONDUCTIVITY ANOMALY研究会2004年論文集,p.18-24.

横山 泉・江原幸雄・山下 済(1975)有珠山(含昭和新山)の熱映像の調査研究.自然災害特別研究研究成果.噴火予知のための主要活火山における熱的状態の調査研究,p.35‐41.

鍵山恒臣・下鶴大輔・東宮英文・前川徳光・鈴木敦生(1984)有珠火山の熱的調査‐地上赤外映像と噴気連続写真の解析‐.主要活火山の集中総合観測報告,有珠山第2回(1982年), 樽前山第1回(1983年),p.87‐104.