噴出物と噴火様式
火山研究解説集:有珠火山 by 産業技術総合研究所・地質調査総合センター
- 有珠火山2000年火山灰の実体顕微鏡写真(東宮ほか,2001)
目次 |
はじめに
火山噴火の噴出物を調べると,その噴火がどのようなタイプ(噴火様式)であったか,つまりどのようなメカニズムで噴火が起こったか,を知ることができます. 露頭スケールでの堆積状況,肉眼から実体顕微鏡スケールで見た噴出物の見かけ,電子顕微鏡で見た粒子の組織,EPMAによる鉱物やガラスの微小領域化学分析,など様々な情報を組み合わせることで,噴火の詳しい過程が調べられています.
有珠火山2000年噴火とはどんな噴火であったか
2000年噴火は,有珠火山で最新の噴火であり,様々な観測・調査が行われています. ここでは,噴出物の岩石学的解析から見た2000年噴火について紹介します(東宮ほか,2001;東宮・宮城,2002).
2000年3月31日に起こった最大噴火とその噴出物
有珠火山2000年噴火では,一番最初の3月31日噴火が最も大規模でした. 数時間に渡って灰黒色の噴煙が継続的に上がり,最大で3500mの高さに達しました(図:有珠火山2000年3月31日噴火の最盛期の様子). これに対し,4月1日以降の噴火はいずれも小規模で単発的なものです.
3月31日噴火による噴出物総量は約22万トン(宝田ほか,2002)で,その大半は火山灰でしたが,少量ながら白色の軽石質火山礫(以下単に「軽石」)も含まれていました(図:有珠火山2000年軽石(Us-2000pm)の外観).この軽石(Us-2000pm)は,丸くて小さい気泡を多数含み,外観が扁平である,という特徴があり,普通の(プリニー式噴火による)軽石に比べて急冷されていると考えられました.
本質物(マグマ起源)であることの証明
噴出物に含まれる構成粒子が本質物であるか否かの証明はなかなか難しいです. 2000年火山灰を実体顕微鏡で見ると,粒子の多くは白色で細かく発泡した「発泡ガラス(G)」でした(図:有珠火山2000年火山灰の実体顕微鏡写真). この粒子は典型的な「火山ガラス」らしい見かけではないので,一見するとあまり本質物っぽくありません. しかし東宮ほか(2001)では,以下の観察事実を総合的に見て,3月31日噴出物中の軽石(Us-2000pm)とともに発泡ガラスG(Us-2000g)が本質物であると判断しました:
- 新鮮であること(形状がシャープで変質・風化・磨耗していない等),
- 過去の有珠火山の噴出物と類似の特徴を持つこと(K2O量・酸素同位体比・斜長石組成等が共通),
- しかし過去の噴出物とは区別できること(磁鉄鉱組成や発泡組織等が過去の噴出物とは異なる).
まず,電子顕微鏡観察などによって,2000年の軽石や発泡ガラスが非常に新鮮であることが分かりました(図:2000年火山灰の電子顕微鏡写真)(図:有珠山の2000年3月31日噴火で放出された火山灰に含まれる本質物の反射電子像). また,化学組成や含まれる斑晶の種類・組成・累帯構造などの特徴を調べると,有珠火山の歴史時代の一連の噴出物と共通することも分かりました.
過去の噴出物との区別が最も困難でした. 2000年の軽石は1977年噴火の軽石とよく似ており,全岩化学組成やガラス組成もほとんど同じに見えたからです. そこで,斑晶として含まれる磁鉄鉱に着目し,その組成を測ったところ,過去の噴出物とは明瞭に区別できることが分かりました(図:2000年軽石に含まれる磁鉄鉱斑晶の組成). 有珠火山では噴火のたびに磁鉄鉱の組成が明瞭に異なることが分かっており,それをうまく利用したのです.
このようにして,2000年の軽石(Us-2000pm)や発泡ガラス(Us-2000g)が今回出たマグマ(本質物質)であるということが明らかにされました.
なお,火山灰中にごく少量含まれる「透明ガラス(T)」も目を引きますが,組織や化学組成から洞爺火砕流(約11万年前)の火山ガラス(つまり異質岩片)であることが分かりました.
噴出物から見た2000年3月31日噴火のメカニズム
有珠火山2000年3月31日噴出物には,本質物がおよそ半分含まれていました. また,粒子のサイズ(粒径分布)を見ると,細粒物が多い特徴がありました. これらより,この噴火はマグマ水蒸気爆発であると判断できます.
マグマ水蒸気爆発は,マグマが地下水などと接触して水(外来水)が急激に沸騰・膨張させられて起こります. 2000年の軽石や発泡ガラスは急冷された特徴(小さくて丸い気泡が多いことなど)を持ちますが,これはマグマが水と接触したときに急冷されたためと考えられます. そこで,水と接触し急冷した深さと,マグマの破砕した深さやタイミングについて調べられました(詳しくはマグマの破砕の章を参照). まず,地下水(帯水層)の深さは,地下の地質構造や周辺のボーリング調査などに基づき,数百メートル以浅であることが分かりました. 一方,2000年マグマが“破砕”された深さは,石基ガラスに残された含水量とその飽和圧力に基づき,深さ2〜3km程度であることが分かりました. つまり,2000年3月31日噴火のとき,マグマは地下で既に破砕された状態となって,その後に帯水層と接触してマグマ水蒸気爆発に至った,と推定されたのです(東宮ほか,2001).
地下水と接する前にマグマが破砕していたことの意味を考えてみます. まず,マグマと地下水との有効接触面積が大きかったため,効率的にマグマ水蒸気爆発を起こすことができました. また,マグマが既に破砕していたということは,もし帯水層(外来水)の水量(マグマに対する量比)が充分大きくなければ,プリニー式噴火(大規模軽石噴火)になっていた可能性もあったことになります.
マグマが帯水層を通過する場合,どのようなタイプの噴火が起こるかは,外来水/マグマの混合比R(質量比)で決まります(山元,2001).
マグマ噴出率が十分大きいと外来水の影響は無視でき(R〜0),マグマ噴火(たとえばプリニー式噴火)になります(図:2000年3月31日噴火の模式図).
逆に,マグマ噴出率が小さく,Rがおよそ0.4以上になると,液相の水(1気圧なら100℃未満)を含む湿った噴煙(重いため高く上昇できない)を伴う小規模なマグマ水蒸気爆発になります.
両者の中間,特にRがおよそ0.2以下の場合,外来水とマグマが適度に混合する結果,液相の水を含まず(同100℃以上),安定して上昇できる噴煙を伴うマグマ水蒸気爆発になります.
3月31日の爆発は小規模で単発的なものではなく,数時間も続く大規模なものでした.
上で説明した,小規模なマグマ水蒸気爆発とプリニー式噴火の中間的な性質を持った噴火であったと考えられます(図:2000年3月31日噴火の模式図).
その意味で,この噴火は“プリニー式噴火のなり損ない”あるいは小規模な“水蒸気プリニー式噴火”(Self and Sparks, 1978)であったということもできるでしょう.
- 有珠火山2000年3月31日噴火の模式図(東宮ほか,2001).帯水層を通過するマグマがどのようなタイプの噴火を起こすかは,外来水/マグマの混合比R(質量比)で決まる.Rが充分小さいとマグマ噴火,大きいと小規模マグマ水蒸気爆発になる.有珠火山2000年3月31日噴火(b)は,小規模なマグマ水蒸気爆発(a)とプリニー式噴火(c)との中間的なタイプの噴火であり,高い噴煙を安定して長時間上げるマグマ水蒸気爆発であった.
参考文献
Self, S. and Sparks, R. S. J. (1978) Characteristics of Widespread Pyroclastic Deposits Formed by the Interaction of Silicic Magma and Water. Bull. Volcanol., vol. 41, p.196-212.
宝田晋治・星住英夫・宮城磯治・西村裕一・宮縁育夫・三浦大助・川辺禎久(2002)有珠火山2000年噴火の火口近傍堆積物.火山,vol.47,p.645-661.
東宮昭彦・宮城磯治(2002)有珠火山2000年3月31日噴火の噴出物とマグマプロセス.火山,vol.47,p.663-673.
東宮昭彦・宮城磯治・星住英夫・山元孝広・川辺禎久・佐藤久夫(2001)有珠火山2000年3月31日噴火とその本質物.地質調査研究報告,vol.52,p.215-229.
山元孝広(2001)有珠火山2000年噴火でのマグマ水蒸気爆発と火砕流到達域予測.地質調査研究報告,vol.52,p.231-239.