琵琶沢岩屑なだれ堆積物(Bw)
本堆積物は,山頂部の沼ノ平から磐梯火山東麓に分布する安山岩質の火砕物からなる流れ山地形を持った岩屑なだれ堆積物である
地層名 Tanabe(1960),Furuya(1965)のBiwazawa mudflowによる.
模式地 耶麻郡猪苗代町蚕養(こがい)の長瀬川右岸.
分布・構造 大磐梯山−櫛ヶ峰間の東に開いた凹地である沼ノ平( 第22図)から,琵琶沢を抜けて東山麓に分布する.この沼ノ平は,琵琶沢岩屑なだれを発生させた山体崩壊で形成されたもので,磐梯山山頂の東側や櫛ヶ峰山頂の南側から崩れ落ちた溶岩や火砕岩のブロックからなる流れ山群が分布している.山麓の長瀬川両岸の堆積物表面は,耕地整理により著しい改変を受け現在は平坦化しているものの,1947年撮影の空中写真では多数の流れ山が観察可能である.この堆積物の給源は,大磐梯山体の山頂から東に開いた崩壊壁であることは,Tanabe(1960),Furuya(1965)により指摘されている.また,本堆積物は1888年崩壊壁にも露出することから,この崩壊では1888年山体崩壊で失われた小磐梯山もその南東側が崩れ落ちたらしい.櫛ヶ峰の南南西斜面にも,高角正断層により沼ノ平に向かって,山体がずり落ちる構造が認められる(第28図).
層序関係
層厚 本堆積物の厚さは1888年崩壊壁で20 m前後,GS-BAD-1コア( 第13図)で7 m,模式地の長瀬川沿いで約9 mである.平均層厚を9 mとし,これに分布面積11.6 km2をかけると,本岩屑なだれ堆積物の体積は0.1 km3程度となる.この値は,1888年岩屑なだれ堆積物の1/10以下である.
岩相 模式地の長瀬川右岸では,現河床とほぼ同じ高さにある円礫層を覆う本堆積物の断面が良く露出する.基底部には厚さ60〜50 cmの混成礫混じり粘土があり,淘汰の悪い砂質粘土の中に,様々な安山岩の円礫・角礫や木片が取り込まれている.しかも,母材の異なる砕屑物がつくる縞状組織が顕著で,非常に不均質な内部構造を持っている.この上位には厚さ9 m弱の主要部分を構成する安山岩角礫が重なり,最上部には厚さ10 cm程度のクロボク土が載っている.主要部の角礫層は新鮮な安山岩や温泉変質により白色化した安山岩で構成されるが,露頭内において同種の岩片が集まり独立した塊,すなわち岩屑なだれ堆積物に特徴的な岩塊相をつくっている(第29図).新鮮な安山岩からなる部分では個々の破砕岩片が露頭から取り出せるものの,温泉変質が進行した部分はハンマーのピックでこすると岩片が砂状に崩れてしまう.また,縁辺部では無淘汰で基質支持の多源角礫岩,すなわちマトリックス相が卓越し,岩屑なだれ堆積物としての特徴が曖昧になってくる.
三村(1988)は磐梯山東面の山体崩壊を沼ノ平崩れと呼び,さらにその崩壊堆積物(沼ノ平岩屑なだれ堆積物)が琵琶沢谷頭で崩壊(琵琶沢崩れ)を起こし,山麓の扇状地に展開したと考えている.すなわち,三村は山頂部の沼ノ平を構成する堆積物と山麓扇状地を構成する堆積物を別の崩壊イベントの産物ととらえていた.しかし,山麓扇状地上のGS-BAD-1コアからは,古期山体の上位に山体崩壊堆積物と見なせるものは琵琶沢岩屑なだれ1枚しか見つからない( 第13図).従って,沼ノ平の堆積物と山麓扇状地の堆積物を別の崩壊イベントとする根拠はなく,琵琶沢谷頭部の急崖も一回の崩壊イベントのなかで形成されたと考えられる(山元・須藤,1996).
年代 東山麓の本堆積物基底部の木片からは2,520 ± 80 yBP(BN-101)と2,650 ± 80 yBP(BN-102),GS-BAD-1コア( 第13図)中の本堆積物直下の古土壌からは7,650 ± 170 yBP(BN-206)のδ13C未補正14C年代値が報告されている(山元・須藤,1996).更に本堆積物分布の縁辺に当たる長瀬川と酸川の合流部付近から,琵琶沢岩屑なだれ堆積物から直接採取された木片かどうか必ずしも明らかではないものの,2,270〜2,620 yBPに良くまとまった8個のδ13C未補正14C年代値が報告されている(山田,1988).良く揃ったBN-101とBN-102の未補正年代値は中ノ湯降下火砕物のそれと良く一致しており,本岩屑なだれは2.8〜2.6千年前の中ノ湯噴火に伴い発生したものと考えられている(山元,2018).
沼ノ平は,琵琶沢岩屑なだれを発生させた山体崩壊で形成されたもので,大磐梯山山頂の東側や櫛ヶ峰山頂の南側から崩れ落ちた溶岩や火砕岩のブロックからなる流れ山群が分布している.櫛ヶ峰には沼ノ平に向かってずり落ちる高角正断層が認められ,この山体崩壊時に形成されたものとみられる.矢印は,断層のずれ方向を示している.また,琵琶沢岩屑なだれ堆積物上には,直径約100mの顕著な円形の沼ノ平火口があり,江戸時代の噴煙活動( 第32図)はこの火口で起きていたと考えられている(山元,2018).磐梯山山頂から撮影.
B1=新鮮な安山岩岩片からなる岩塊相,B2=熱水変質を受けた安山岩岩片からなる岩塊相,M=基質支持の多源角礫岩からなる基質相.福島県猪苗代町伯父ヶ倉(北緯37度35分18秒,東経 140度7分47秒).山元・須藤(1996)の第10図を再掲載.