鳥海火山は安山岩溶岩流を主体とする,日本でも有数の規模を誇る第四紀火山である.中期更新世に活動を開始し,有史時代にも噴火が記録されており,最新の噴火は1974 年の水蒸気噴火である.火山体の体積は Sugimura et al. (1963) の大まかな見積りでは 232立方kmとされたが,詳細な研究を行った林(1984a)により総噴出量は 72.8立方 km,現存する火山体の体積は 67.2 立方kmと見積られた.火山体の下の基盤岩類は標高1,000m以上にも露出しており,上げ底型の火山である.
林(1984a)の地質学的研究は精度の高い地表踏査と空中写真判読によるもので,中野・土谷(1992)でも大局的にはほとんど変更されていない.中野・土谷(1992)は林(1984a)の層序と活動期の区分をほぼそのまま踏襲し,火山活動をステージ I,II 及び III に区分した(第1表).噴出物の層序関係を 第2表 に示す(ただし,現在使われている地名との対応を考慮に入れ,第一・第二や上部・下部などの混在した名称を避けるため,林(1984a)の地層名を一部変更した).また,中野・土谷(1992)の鶯川玄武岩,天狗森火砕岩及び下玉田川層(中野・土谷, 1992)は林(1984a)に従い,それらを先行する火山活動として位置づけ,鳥海火山噴出物と区別したが,その後の年代測定の結果(林ほか,1994),鳥海火山ステージ I 初期との間に時間間隙は認められず,これらを鳥海火山のステージ I の最初期噴出物とみなし,ステージ I に含める(伴ほか,2001).各ステージ噴出物の概略を第5図及び第6図に示す.
なお,以下のページでは岩屑なだれ堆積物など,5万分の1地質図幅「鳥海山及び吹浦」(中野・土谷,1992)地域外の堆積物も記載している場合もあるが,地質図上には図示されていないので,分布に関してはそれぞれの地質図を参照していただきたい.
ステージ |
活 動 |
体積(km3) |
|
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III |
b |
東鳥海中央火口丘の活動 |
4.3 |
[東鳥海馬蹄形カルデラの形成] |
|||
a |
東鳥海成層火山体の形成及び側火山の活動 | ||
II |
d |
西鳥海中央火口丘の活動 | 22 |
c |
東鳥海の活動 | ||
[西鳥海馬蹄形カルデラの形成] |
|||
b |
西鳥海成層火山体及び側火山の活動 | ||
a |
西鳥海成層火山体の形成 | ||
I |
古期火山体の形成 | 47 |
ステージ I は古期成層火山の活動期である.ほぼ円錐形の火山体が形成されたと推定されており(第7図),古期成層火山の噴出物の大部分は中心噴火によるものであろう.このステージの噴出物の総体積は 47立方kmに達し(ただし,最初期噴出物を含まない見積),鳥海火山のほぼ 2/3 を占めている.また,山体の北麓や南麓に大量の岩屑堆積物が分布しているが(第4図),その堆積物中にはステージ II 以後の岩石が含まれないことから,ステージ I に大規模な山体崩壊が複数回にわたって繰り返し発生していたことは容易に推定される.伴ほか(1989)ではステージ I の古期成層火山体は約 50 万年前には形成されていたとされたが,最初期噴出物の年代として下玉田川層から0.55±0.03Ma(伴ほか, 2001),天狗森火砕岩から0.4±0.1Maと0.58±0.06Ma(林ほか, 1994),鴬川玄武岩から0.6±0.2Ma(林ほか, 1994)のK-Ar年代が得られており,ステージ I は約60万年前からの活動である(伴ほか, 2001;林・山元, 2008).
ステージ II は西鳥海馬蹄形カルデラ付近を中心とした“西鳥海”の活動期である(第8図).また,このステージには“東鳥海”でも千蛇谷溶岩や法体溶岩などの噴出が起こっている.このステージの噴出量は 22 立方km である. 西鳥海馬蹄形カルデラの形成に伴う崩壊堆積物は確認されていないが,おそらく,白井新田付近の扇状地堆積物や沖積層の下位に埋積されていると考えられる.また,このステージの特徴として,ほぼ東西方向 に配列した観音森,大平,大平北及び清水の側火口群の活動があげられる.ステージ II はさらに IIa,IIb,IIc 及び IId に区分される(第1表).IIa と IIb は角閃石斑晶の出現をもって区分されるが,その境界は明確ではなく,漸移する.IIb と IIc は西鳥海馬蹄形カルデラの形成をもって区分される.林(1984a)のステージ IIc はカルデラ内の中央火口丘を中心とした活動期であるが,本報告ではこれを IIc と IId に分割した.IIc は東鳥海からカルデラ縁を越えて西鳥海馬蹄形カルデラ内に溶岩が流出した時期である.さらに林(1984a)のステージ IIb 噴出物のうち,東鳥海起源と考えられる溶岩を IIc の噴出物に含めた.ただし,この時期の噴出物はのちの噴出物に覆われたことにより噴出源が不明なものが多く,西鳥海の中央火口丘の活動による噴出物も含まれる可能性もある.Id は西鳥海の中央火口丘の活動期である(林(1984a)のステージ IIc).伴ほか(2001)によると,ステージ II の始まりは約 16 万年前でステージ I と連続しており,ステージ I との間に大きな活動休止期はない.
▲, 現在の山頂(新山)
(図幅第25図)
f, 主な断層;●, 火口;▲, 現在の山頂(新山)
(図幅第26図)
ステージ III は東鳥海馬蹄形カルデラを中心とした“東鳥海”の活動期である.現在の山頂付近を中心とした溶岩の流出(七高山溶岩)が繰り返され,その後,山頂付近の大規模な山体崩壊により東鳥海馬蹄形カルデラが形成された.その時期は,従来は山体崩壊堆積物(象潟岩屑なだれ堆積物)に含まれる木片の14C 年代から 3,000-2,600 年前とされていたが(加藤, 1977, 1978; 大沢ほか,1982, 1988),年輪年代法により紀元前466年であることが確定した(光谷, 2001; 奈良文化財研究所埋蔵文化財センター, 2007).その後の活動はすべてこのカルデラ内で起こっている.ステージ III はこのカルデラ形成をもって IIIa と IIIb に区分される.ステージ III における噴出量はおよそ4.3 立方kmと見積られている.また,西鳥海西斜面の側火口の活動(猿穴溶岩の噴出)はステージ IIIa に含めた. 有史時代の最後のマグマ噴火は1801年の新山溶岩ドームの形成(1800-1804年噴火)である.1974年には東鳥海の新山周辺で水蒸気噴火が発生した.
また,山頂北北東の御田湿原の土壌中には多数の火山灰層が挟まれており,過去4,500年間に54回のマグマ水蒸気噴火あるいは水蒸気噴火があったことがわかった(大場ほか, 2012).これは林ほか(2006)の100年に1回程度の水蒸気噴火発生頻度の想定よりもやや高いが,概ね一致する.なお,従来はステージ III の開始,すなわち七高山溶岩の年代はK-Ar年代から約2万年前(伴ほか,2001)と考えられていたが,溶岩流直下の材化石及び土壌から約1万年前の14C年代が得られている(佐々木・伊藤, 2004).猿穴溶岩に関しては,遺跡から約3,000年前の可能性が推定されていた(林, 2000).ただし,その根拠は三崎山遺跡から出土した殷王朝時代の青銅刀子の年代であるが,同遺跡からは土器も出土しておりその最も古いものは「大木9式」(縄文中期後葉)であり(柏倉,1961;柏倉ほか,1972),この溶岩の流出は少なくとも5,000年前前後を上限とすべきであろう(東海大学松本建速教授,談話).
鳥海火山の噴出率については伴ほか(2001)が求めている.ステージIIIbについてはその下限が伴ほか(2001)の仮定よりも若く約1万年前前後(佐々木・伊藤,2004),また,上限を紀元前466年に採用することにより,以下のようになる.
ステージ I 最初期;>0.24立方km/年
ステージ I 前期;0.31立方km/年
ステージ I 後期;0.08 立方km/年
ステージ IIa・IIb;0.30立方 km/年
ステージ IIc・IId;0.01立方 km/年
ステージ IIIa;0.43 立方km/年
ステージ IIIb;0.27立方 km/年