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姶良カルデラ入戸火砕流堆積物分布図 解説分布図
  2:姶良カルデラと姶良入戸噴火の概要

2. 1 姶良カルデラの活動史
 姶良カルデラは鹿児島湾奥部を構成する,直径20 kmの 陥没カルデラである (Matumoto,1943; Aramaki,1984). 姶良カルデラを含む鹿児島湾は,東西縁を断層で区切られた鹿児島地溝 (露木,1969) の一部であり,姶良カルデラをはじめとする複数のカルデラがその中に並んでいる ( 第1図 a).

 姶良カルデラを含む鹿児島地溝北部の周辺では,約3 Ma以降断続的な火成活動が知られている (Kaneoka et al., 1984; 宇都ほか,1997; 周藤ほか,2000 など) . 姶良カルデラ周辺では,約 100 万年前から約 30 万年前に噴出した比較的規模の大きな火砕流 (樋脇(ひわき)火砕流堆積物 (町田・新井,2003); 吉野火砕流堆積物(大木・早坂,1970)や,より小規模な火砕流堆積物 (小田火砕流堆積物 (大塚・西井上,1980); 辺川火砕流堆積物 (Nishizawa and Suzuki,2020) など)が複数分布することが知られている. また,同時期の溶岩流もカルデラ西縁に複数枚現存している (周藤ほか, 2000). これらの活動後,約 9 万年前までの約 20 万年間は火山噴出物がほとんど見られないことから,現在の姶良カルデラとその周辺では火山活動が比較的静穏であったと考えられる.

 約 9 万年前以降現在まで,姶良カルデラとその周辺では活発な火山活動が続いている ( 第1図b 第2図).姶良カルデラ北東縁でデイサイト質マグマの噴出による小規模なマグマ水蒸気噴火が発生し,金剛寺(こんごうじ)火砕サージ堆積物 (長岡ほか,2001) を形成した金剛寺噴火に続いて,約 9 万年前に現在の姶良カルデラ北東部から大規模な火砕噴火が発生した (福山噴火). 福山噴火はデイサイト~流紋岩質マグマによる大規模なプリニー式噴火で,福山降下軽石(荒牧・宇井,1976;長岡ほか,2001)を噴出した.金剛寺噴火や福山噴火とほぼ同時期に,姶良カルデラから約10 km北西 の姶良市蒲生(かもう)町では玄武岩質マグマの活動による噴火 (青敷(あおじき)噴火)が発生した. 青敷噴火はスコリア丘の形成と溶岩流出が発生し (Nche et al., 2021),その溶岩からは 0.08 ± 0.02 MaのK–Ar 年代が得られている(周藤ほか,2001).

 約 6 万年前には,姶良カルデラ北東縁では大規模な安山岩溶岩の溢流的噴火が発生し,敷根安山岩 (新エネルギー総合開発機構,1986a) が噴出した. 敷根安山岩からは 0.061 ± 0.017 MaのK–Ar年代が得られている (周藤ほか,2000). 敷根安山岩の噴出後,短い時間間隙をおいて姶良カルデラ北東部で降下火砕物と火砕流を噴出する岩戸噴火が発生した. この噴火はプリニー式噴火で開始し,複数回の火砕流の噴出に移行した.この噴火により,岩戸降下軽石堆積物と岩戸火砕流堆積物が形成された (荒牧,1969; 長岡ほか,2001). 岩戸噴火では,流紋岩質・安山岩質の二種類のマグマが混交した噴出物が噴出した. 岩戸噴火後,姶良カルデラ北縁では清水流紋岩 (大塚・西井上,1980) が,南東縁では牛根(うしね)流紋岩 (小林ほか,1977)が噴出した. 清水流紋岩・牛根流紋岩から得られた複数のK–Ar年代から,これらの噴出年代はいずれも 0.04 ~ 0.03 Ma と推測される (周藤ほか,2000). また,岩戸噴火後,姶良入戸噴火までの間に少なくとも 3 回の流紋岩質マグマの噴出による火砕噴火が発生しており,それぞれ大塚降下軽石,深港(ふかみなと)降下軽石と荒崎火砕流堆積物,毛梨野(けなしの)テフラを噴出した (長岡ほか,2001).

 姶良入戸噴火は,約 3 万年前に発生した姶良カルデラの最大規模の噴火である. その噴火年代は,福井県若狭湾岸の水月湖(すいげつこ)湖底から採取された年縞堆積物中の姶良Tn 火山灰層から,30,009 ± 189 ka BPが得られている (Smith et al., 2013).

 姶良入戸噴火後,姶良カルデラ南縁に桜島火山が形成された. 桜島の噴火活動は姶良入戸噴火直後から開始し,主に安山岩~デイサイト質マグマの活動によるプリニー式噴火や溶岩流出を繰り返し,北岳及び南岳の成層火山体を形成した (奥野,2002; 小林ほか,2013). また,姶良カルデラ北東部の若尊(わかみこ)カルデラ付近から約 1 万 9 千年前にデイサイト質マグマによる高野噴火が発生し,高野ベースサージ堆積物を形成した (西村・小林,2015). また約 1 万 3 千年前にも流紋岩マグマの噴火による海底噴火が発生し新島軽石層を形成した (Kano et al., 1996). 姶良カルデラ北西では,約8千年前に玄武岩質マグマの活動により,住吉(すみよし)池マール及び米丸(よねまる)マールを形成する噴火が発生した (森脇ほか,1986; 奥野,2002).

2. 2 姶良入戸噴火の推移
  姶良入戸噴火は,大規模なプリニー式噴火で開始し,引き続いて大規模火砕流の噴出とそれに伴うカルデラ陥没に推移した(Aramaki,1984). 噴火初期のプリニー式噴火により大隅降下軽石が噴出した. 大隅降下軽石の等層厚線及び地点層厚データを
第3図 に示す. 大隅降下軽石の分布は,現在の姶良カルデラ南縁部,現在の桜島付近から南東方向に延びる分布主軸をもつことから,姶良入戸噴火初期のプリニー式噴火は現在の桜島付近で開始したと考えられる (Kobayashi et al., 1983). 大隅降下軽石内に噴火の休止や噴火強度の低下を示すような降下ユニット境界が見られないことから,大隅降下軽石の噴出はほぼ連続的であったと考えられる. 大隅降下軽石は全体として上方粗粒化を示す (Kobayashi et al., 1983) ことから,噴火が進行するにつれて噴出率が増加したことが示唆される. 大隅降下軽石の見かけ体積は 98 km3(Kobayashi et al., 1983),噴出量は 69 × 1012 kg とされる (Aramaki,1984).

 大隅降下軽石を噴出したプリニー式噴火中に噴煙柱の部分的崩壊により垂水火砕流が発生した (福島・小林,2000; 付図 12). 垂水火砕流堆積物は,姶良カルデラ縁外側の南東部のみに分布する軽石流堆積物である. 陸上部に分布する垂水火砕流堆積物の体積は 1 km3 以上と見積もられ,海域も含めた最大見積もりは約 20 km3 である (福島・小林,2000). 垂水火砕流堆積物は複数のフローユニットから構成され( 付図 23 ),それらのフローユニットは大隅降下軽石と指交関係にあることから,大隅降下軽石の噴火中に複数回の火砕流が発生したと考えられる. より後期に発生したフローユニットほど遠方及び高所まで到達している (福島・小林,2000).

 姶良カルデラの周囲には,大隅降下軽石に引き続き噴出した妻屋火砕流堆積物が分布している(付図 4a5a). 妻屋火砕流堆積物は姶良カルデラ周辺部,姶良カルデラから約 20 km 以内の領域に分布する (荒牧,1969;Aramaki,1984). 妻屋火砕流堆積物の主要な分布域は鹿児島地溝内の標高約 400 m以下の地域であるが,一部は地溝壁を越えて外側にも分布する. 妻屋火砕流堆積物はその岩相や分布から姶良カルデラの北東部に開口した火口から噴出したと考えられる (上野,2016). 妻屋火砕流堆積物は複数のフローユニットから構成される (付図 4b). 妻屋火砕流堆積物の基底部は大隅降下軽石の上部と指交関係にある (上野,2016) ため,大隅降下軽石と妻屋火砕流は連続的に噴出したと考えられる. 妻屋火砕流堆積物の下部には斜交層理が発達する火砕サージ堆積物が認められること (付図 5b),堆積物には直径 1 cm に及ぶ大型の火山豆石が多量に含まれること(付図 4c),また堆積物はすべて非溶結であること(付図 45) などから,妻屋火砕流堆積物をもたらした噴火活動は外来水の影響を受けたマグマ水蒸気噴火であったと考えられる (Aramaki,1984). 妻屋火砕流堆積物の体積は,13.3 km3 (見かけ体積),噴出量は 15 × 1012 kg(Aramaki,1984),あるいは 28.2 × 1012 kg (上野,2016) と推定されている.

 姶良入戸噴火の主要な噴出物である入戸火砕流堆積物は姶良カルデラの全周にわたって分布する軽石流堆積物である. 最も遠方で確認された地点は人吉(ひとよし)盆地北方の川辺川沿い及び球磨川沿いで,姶良カルデラからは約 90 km 離れている (横山,2000). 入戸火砕流堆積物は,カルデラの周囲に火砕流台地を形成している. 最大層厚は約 180 m (Aramaki,1984) である. その大部分が非溶結~弱溶結の 軽石流堆積物からなる (付図 6a7) が,姶良カルデラ北側の一部 (霧島市国分(こくぶ)など) や都城(みやこのじょう)市東部付近には,強溶結の部分が見られる(付図 8). 入戸火砕流堆積物の総量は,侵食によって失われた部分を含め,見かけ体積で 420 km3 と見積もられている (上野,2007; Aramaki,1984 による堆積物密度 1,100 kg/m3 換算で 460 × 1012 kg). 本報告では,詳細な復元分布図に基づく再見積りを行い,入戸火砕流堆積物の堆積時の体積を 500 ~ 600 km3( 200 ~ 250 km3 DRE) と推定した(第4章).

 入戸火砕流堆積物は,カルデラ近傍では垂水火砕流堆積物や妻屋火砕流堆積物を(付図 1 9),遠方では大隅降下軽石を直接被覆して分布する(付図 6b 710) . 妻屋(つまや)火砕流堆積物や垂水火砕流堆積物の上面にしばしば見られる軽微な侵食構造については,入戸火砕流の噴出までにわずかな時間間隙があったとの説 (Aramaki,1984) と,この侵食は入戸火砕流による侵食であり時間間隙は示さないとする説 (上野,2007) がある. 入戸火砕流堆積物の下部を中心にしばしば岩片の濃集層が見られる (上野,2007; 付図179). 最も大規模に分布するのはカルデラ北東縁に沿った地域で,亀割坂(かめわりざか)角礫層と呼ばれる (Aramaki,1984; 付図 9). これらの角礫は,入戸火砕流噴出初期のカルデラ陥没開始に伴い破壊された基盤岩の破片が火砕流によって運ばれ堆積したものと考えらている (荒牧, 1969).

 入戸火砕流噴出時に遠方に飛散した降下火山灰 (co-ignimbrite ash) は姶良Tn(AT)火山灰と呼ばれる (町田・新井,1976; 付図11). 姶良Tn火山灰の見かけ体積は 150 km3 以上と見積もられている (町田・新井,2003). 本報告では最近の海域の降下テフラのデータ等を加えて再検討し,姶良Tn 火山灰の体積を約 440 km3 と見積もった(第4章).


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