姶良カルデラ入戸火砕流堆積物分布図 解説目次
1:はじめに
2:姶良カルデラと姶良入戸噴火の概要
3:入戸火砕流堆積物
4:入戸火砕流堆積物及び姶良Tn火山灰の復元分布と噴出量推定
5:謝辞・協力・出典 / 引用文献
6:Abstract
付図
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3:入戸火砕流堆積物
3. 1 分 布
入戸火砕流堆積物の現存分布を 第4図に示す. なお,この現存分布図は既存の地質データ (20 万分の 1 日本シームレス地質図V2: 産総研地質調査総合センター,2017)を元に文献データや現地調査の結果を加えて編纂したものである. シームレス地質図は,20 万分の 1 地質図や 5 万分の 1 地質図などを元にしているが,元となるデータ (地質図) によっては,入戸火砕流堆積物の薄い分布は描画していない場合がある. また,火砕流堆積物上面にある降下テフラや薄い段丘堆積物は描画していない.
入戸火砕流堆積物は,姶良カルデラを取り巻く地域に広く分布する. 姶良カルデラからおおよそ50 kmの範囲では,入戸火砕流堆積物は広大な火砕流台地を形成し,ほぼ連続的に分布している. 入戸火砕流堆積物分布域の縁辺部に向かうに従いその現存分布は断片的になり,谷地形に沿って局所的に堆積物が分布している.
姶良カルデラを含む鹿児島地溝の内部では,姶良カルデラ北側の霧島市付近に入戸火砕流堆積物が広く分布する. 姶良カルデラ南側では,大隅半島西岸の垂水市から鹿屋(かのや)市及び薩摩半島東岸の鹿児島市から指宿(いぶすき)市北部にかけての海岸に沿って入戸火砕流堆積物が広く分布する. また,姶良カルデラの地形的内壁にあたる垂水市二川(ふたがわ)などにも入戸火砕流堆積物が分布する. 鹿児島市街地や都城盆地など低地の地下には,入戸火砕流堆積物が伏在している.
姶良カルデラ北方では,霧島山北側の加久藤盆地や,その北側の人吉盆地に入戸火砕流堆積物が分布している. さらに人吉盆地北側の川辺(かわべ)川に沿って入戸火砕流堆積物の分布が点在し,最も遠方での分布域は,姶良カルデラ中心から約90 km離れている. 姶良カルデラ南方にあたる大隅半島南部では,姶良カルデラ中心から約50 km離れた南大隅町根占付近まで入戸火砕流堆積物が点在している. 姶良カルデラ中心から東方向では,鰐塚(わにづか)山地の谷沿いに約65 km 離れた宮崎県日南市飫肥(おび)まで入戸火砕流堆積物が分布している. 姶良カルデラ中心から西方向にあたる薩摩半島では,薩摩半島西岸まで入戸火砕流堆積物が分布しており,吹上浜(ふきあげはま)に沿って火砕流台地を形成している. 従って,現在の大隅半島東岸・薩摩半島西岸の海岸線を越えて,現在の海域まで入戸火砕流堆積物が分布していると考えられる. 海域部を隔てた陸地である南方の種子島や竹島,西方の甑島(こしきじま)列島では入戸火砕流堆積物の分布は知られていない.
3. 2 堆積原面高度分布
第5図 に,入戸火砕流堆積物の堆積原面高度分布を示す. 堆積原面高度の読み取りは以下の方法で行った. 入戸火砕流堆積物の上面に平坦な面地形 (水平ないし斜面) が広がる場合に,その高度を読み取った. 平坦面がない地域では,原面に近い高度と考えられる尾根や峰などの標高を読み取った. 読み取りは国土地理院の地理院地図を用い,その地点よりも低い最初の等高線の高度を使用した. 読み取った高度は,地理院地図の等高線間隔が10 m(場所によっては5 mなどの補助曲線)なので,実際の高度よりやや低い場合が多い. 都市近郊など造成により地形改変が進んだ地域では,地形改変前の古い国土地理院地形図から標高を読み取った. 孤立した小規模な分布地点では,その地点の標高を採用した. 原面よりも明らかに低い (概ね20 m以上) 平坦面は堆積原面ではないとみなし,原面高度としては抽出していない.
入戸火砕流堆積物の上面は,火砕流堆積直後に薄く面的に侵食され薄い(数m 程度)二次堆積物(いわゆる二次シラス)や降下火砕物に覆われていることがある (横山,1985,1993) . 読みとった原面高度は,侵食による高度の低下と二次堆積物などによる高度の増加がありうるが,高度の読み取り精度が 5 ~ 10 m 程度のため大きな影響はないとみなせる. 堆積原面高度の全体の変化傾向をみるために,読み取った原面高度を元に等高線を作成した.
入戸火砕流堆積物の堆積原面高度は噴火時の地形を反映し,大局的には距離にかかわらず平野部で低く山地では高い位置にある. 入戸火砕流堆積物の最も高い堆積原面高度は,霧島山大浪池(きりしまやまおおなみのいけ)における標高 1,242 mである(岡田・横山, 1982).
桜島より南側の鹿児島湾両岸では,西側の指宿山地と東 側の高隈山地に向けて堆積原面高度が急速に上昇する. 西側の指宿山地上では高度440 m,東側の高隈山地上では高度610 mに達し,東西どちらの地域でも山地を越えると緩やかに海岸線に向かって高度は低下する. 姶良カルデラ西側と東側はカルデラ壁の急崖で最も高度が高く,外側に向かって高度は低下する. 姶良カルデラ北岸の姶良市付近から西北西方向薩摩川内(せんだい)市方面では,高度は緩やかに上昇してから下降して海岸線に到達する. 同じく北岸の霧島市付近から北北西方向へは同様に緩やかに上昇してから下降し伊佐(いさ)市付近に達する. 霧島市付近から北北東方向では,霧島山や基盤岩の山地に向かって上昇し,霧島山では前述のように 1,200 mを超えている. 霧島市付近から東方向では,白鹿岳(しらがだけ)などの基盤岩の山地に向かって上昇し都城盆地に向かって低下したのち,再び鰐塚山地に向かって上昇してから海岸に向かって高度は低下する. 霧島山の北東側から東方,宮崎市にかけては単調に高度が低下している. 霧島山の北方では,白髪岳などの山地に向かって上昇し,人吉盆地で低下し,さらにその北方,九州山地に向かって上昇している. 以上述べたように,姶良カルデラ周辺での入戸火砕流堆積物の原面高度は複雑な変化を示している. 入戸火砕流堆積物の原面高度がカルデラ周辺で方向により変化傾向が異なる理由として,入戸火砕流噴火以前から存在した鹿児島地溝の地形によるところが大きいと考えられる.
3.3 層厚分布
入戸火砕流堆積物の層厚分布を 第6図に示す. 層厚は,ボーリングデータによって入戸火砕流堆積物の基底面の標高が分かっている地点において,近隣の堆積原面高度との差を復元層厚 (m 単位) として記述した. ボーリングデータは,国土地盤情報検索サイト “KuniJiban” (土木研究所, 2008),国土地盤情報データベース (国土情報基盤センター, 2018) ,ジオ・ステーション (防災科学技術研究所,2009),かごしま地盤情報閲覧システム (鹿児島県建設技術センター,2012),新エネルギー総合開発機構 (1986b,c,1987) 及び新エネルギー・産業技術総合開発機構(2001)を利用した. また,鹿児島県,宮崎県及び熊本県の 5 万分の 1 土地分類基本調査 (表層地質図) を参照した. 近隣の堆積原面高度が複数ある場合には高度を適宜案分あるいは外挿してその地点の堆積原面高度とした. 原面高度より高い位置にある薄い入戸火砕流堆積物や,近くに参照できる原面高度がない場合には,現存する堆積物層厚をそのまま利用した. なお,ここでの層厚には妻屋火砕流堆積物や亀割坂角礫層が判別されている場合も,入戸火砕流堆積物の層厚に含めている. 大隅降下軽石については火砕流堆積物と区別できる場合には層厚に含んでいない. またこれ以外に現地観察による層厚確認地点を加えている.
鹿児島市,姶良市,霧島市,曽於市,垂水市付近において,入戸火砕流堆積物の層厚は130 mを超える地点が見られる. 鹿児島地溝の外側にあたる大隅半島及び薩摩半島では,入戸火砕流堆積物は原地形の凹地を埋めるように堆積しているため,その層厚は局所的な変化が大きい. 例えば,鹿児島市西部から日置(ひおき)市の山間部では,層厚 1 ~ 114 mと場所による変化が見られる. また図には示していないが,特に河川沿いの地域において近距離(数10 m程度)の地点間で層厚が大きく違う場合がある. これは入戸火砕流堆積時にも,現在の同じような段丘地形よる急崖がありそれを入戸火砕流堆積物が埋積したためと考えられる. 霧島山の標高 1,240 m付近では,層厚1 mの堆積物が見られる. 北西側の薩摩川内市では,層厚 1 ~ 89 mの地点が見られる. 南西側の南九州市では,層厚 6 ~ 98 mの地点がある. また,鹿児島市の海岸付近では層厚 18 ~ 92 mの地点がある. 南東側の垂水市では,層厚49 ~ 131 mであり,鹿屋市では,層厚19 ~ 106 mとなっている.志布志(しぶし)市や串間市では,層厚 7 ~ 89 mの地点がある. 北西の出水市では,層厚 1 ~ 39 mの地点がある. 北側の伊佐市,湧水町やえびの市では, 11 ~ 120 mの地点がある.
以上のように,カルデラ周辺部では,層厚約100 m以上 の分布が見られ,串間市など給源から40 km以上離れた地点でも層厚 80 mを超える. 出水市など給源から 60 km 以上離れた地点では層厚 1 ~ 39 mとなり,次第に層厚が減少する傾向が見られる.
3. 4 軽石と石質岩片の最大粒径
入戸火砕流堆積物に含まれる軽石及び石質岩片の最大粒径を 30 地点(石質岩片は 28 地点)で測定した. 露頭面に露出する最大の軽石及び石質岩片を一か所あたり約 20 個抽出し,その長軸の長さ(長径)を測定した. 第7図 に各露頭の軽石の長径の平均値の分布を示す. 第8図 には,各露頭の石質岩片の長径の平均値を示す. 平均値に加え,各地点での最大粒径の範囲(最大と最小の長径)を示した. また,横山(1972,2003)による軽石と石質岩片の露頭面の1 m 四方に含まれる軽石と石質岩片の 10 個の長径の平均値の分布を 第7図, 第8図 に示した. 横山(1972,2003)の測定値は,限られた1 m四方での測定値であるため,露頭全体での実測値に比べ比較的小さい値を示す傾向がある). しかし,流走距離と粒径の関係は以下に述べる実測値の結果と同様の傾向を示す. なお,石質岩片の計測に当たっては,入戸火砕流堆積物の水平方向の岩相変化を把握するため,基底部の岩片濃集部(亀割坂角礫層)を含まない入戸火砕流堆積物の露頭において,軽石・石質岩片の最大粒径測定を実施した.
軽石の各露頭の最大粒径 20 個の平均値は,給源に近い鹿児島市内 (カルデラ中央からの距離約20 km)では340 mm,垂水市南部 (25 km)で335 mmを示す. 霧島山付近でも,湧水町 (34 km) で310 mm,高原町 (47 km)で209 mmと比較的大きい値を示す. 日置市 (35 km)では,軽石の最大粒径は57 mmとなっており,鹿児島市西部の山地を越えた際に軽石の最大粒径が小さくなっている傾向があることが分かる. 鹿児島地溝内部の鹿児島市南部 (26 km) では112 mm,指宿市北西部 (40 km) では79 mmとなっており,流走距離が増えるにつれて次第に軽石の最大径も小さくなっている. 南九州市 (39 km) では90 mm,南九州市 西部 (46 km) では 96 mm,南さつま市 (47 km)では 79 mm となっている.したがって,流路や流走距離がほぼ同じであれば,軽石のサイズは比較的同じ最大粒径を示す傾向があることが分かる. 北西方向の薩摩川内市西の海岸付近 (53 km) では 39 mm,北方向の人吉市 (60 km) では27 mm と比較的小さい値を示す.
北北東方向の霧島市 (16 km) では188 mm,霧島山南方 (24 km) では74 mmを示す. 北東方向の白鹿岳西方 (17 km)では 135 mm,姶良カルデラ東方 (13 km) では 109 mm,霧島山南東方 (36 km) では148 mm ,曽於市北部 (29 km) では 145 mm ,都城市南部 (32 km) では 122 mm となっている. 北東方向では,流走距離に伸びるにつれて軽石の最大径が小さくなる傾向はあまり見られず,むしろ増える傾向が見られる. さらに北方の人吉市 (62 km) では 27 ~ 60 mm,五木村 (85 km) の川辺川沿いでは 9 ~ 16 mmと軽石の最大粒径はかなり小さくなっている.
東南東~南東方向の姶良カルデラ南東方の鹿屋市北部 (20 km)では197 mm,志布志市北部(33 km)では197 mm,大崎町 (33 km) では161 mm,志布志市の海岸 (42 km) では188 mmとなっている. 流走距離が増えるにつれて,わずかに最大粒径が小さくなる傾向が見られる.
南南東方向の鹿屋市中心部 (32 km) では80 mm,鹿屋 市南部 (42 km) では57 mm となっており,流走距離が増えるにつれて,最大粒径も小さくなる傾向が見られる.
石質岩片の各露頭の最大粒径 20 個の平均値は,姶良カルデラ南東の垂水市南部 (25 km) で180 mm,姶良カルデラ東方 (13 km) で 158 mm,姶良カルデラ北東の白鹿岳西方 (17 km) で 109 mmと比較的大きい値を示す( 第8図). 一方,姶良カルデラ南西方の鹿児島市内 (20 km) で63 mm,カルデラ南東方,鹿屋市北部 (20 km) で93 mm,カルデラ北方の霧島市 (16 km) で73 mmを示す. 霧島山西方の湧水町 (34 km) では 51 mm,カルデラ北西方の薩摩川内市西の海岸付近 (53 km) では 51 mm,カルデラ南西方の南九州市 (39 km) では 63 mmを示すが,その他の流走距離 25 km以上の地点では,最大粒径は 45 mm以下となっており,流走距離が増えるにつれて,最大粒径は減少する傾向が見られる. 横山 (1972,2003) の測定値でも,霧島市南東部のカルデラ縁付近では 70 ~ 90 mmであったものが,志布志市付近では,8 ~ 25 mm 程度と小さくなっており,同様の傾向を示す. この傾向は,南南東方向,南西方向,北西方向でも見られる.
3. 5 軽石長軸配列方向分布
火砕流の流走方向を推定するため,入戸火砕流堆積物の 30 地点で軽石の長軸配列方向を測定した. 長軸/ 短軸比がおよそ 2 以上の軽石を各露頭で約 20 個抽出し,その長軸方向を測定した. 第9図 は,それぞれの地点における軽石長軸方向をシュミットネット上に下半球投影し,その卓越方向をローズダイヤグラムで表している.
鹿児島市伍位野(ごいの)(姶良カルデラ中央からの距離26 km地 点)では,卓越方向はN10°E ~ N20°Eの方向を示し,姶良カルデラの方向を示す. 指宿市北部の今和泉(いまいずみ)(40 km)では,軽石の卓越方向はN30°Eとなり,姶良カルデラの方向を示すが,それに直交するN120°Eの方向を示す軽石も見られる. 南九州市知覧(ちらん)町(39 km)では,N60°Eの方向を示す軽石が比較的多い. 南九州市川辺(かわなべ)町(46 km)では,あまり卓越方向が顕著ではないが,N165°EとN65°Wに卓越方向が見られる. 南さつま市南西部 (47 km)では,N50°E 方向の卓越方向を示す. これはおおよその姶良カルデラの方向と一致するとともに,この付近の局所的な河川谷の伸長方向とも一致している. 日置市伊作(いざく)(38 km)では軽石の卓越方向はN60°Wとなり,給源カルデラの方向とは斜交しているが,この方向はこの付近の局所的な河川谷の伸長方向とほぼ一致している,日置市 (35 km)では,ややばらつくものの,卓越方向はN85°Eであり,姶良カルデラの中央方向を示す. 鹿児島市小野 (20 km)では,N20°E とN135°W の卓越方向を示し,姶良カルデラの方向とも局所的な河川谷の伸長方向とも一致しない. 薩摩川内市東部 (37 km)では,卓越方向はN80°E ~ N95°E を示し,姶良カルデラの方向を示すと共に,局所的な河川谷の伸長方向とも一致する.
薩摩川内市寄田(よりた)(53 km)では,ばらつくものの卓越方向は N150°W を示し,姶良カルデラの方向とは一致せず,この付近の局所的な谷地形の伸長方向を示す.さつま町(38 km)では,軽石の卓越方向は N60°E となり,この地点の局所的な谷の伸長方向と一致している.
霧島市国分重久(こくぶしげひさ)(16 km)では,軽石の卓越方向は N150°W を示し,姶良カルデラの中央方向を向く. 一方,それに直交する N60°W の卓越方向も見られる.湧水町(34 km) では,軽石の卓越方向はN175°EとN140°Eを示し,ほぼ姶良カルデラの方向を示す. 宮崎県高原町(47 km)では,軽石の卓越方向は N30°E ,N130°Wを示し,姶良カルデラの方向を示す. 人吉市南部(60 km)では, N150°E となり,やや斜交するもののカルデラ方向や局所的な河川谷の伸張方向とほぼ一致する.
カルデラの東~南東方向でも同様の傾向が見られ,特に高隈山(たかくまやま)北東方 (20 km) では,軽石の卓越方向は N135°E となり,姶良カルデラの方向,局所的な河川谷の伸長方向とよく一致している.