姶良カルデラ入戸火砕流堆積物分布図 解説目次
1:はじめに
2:姶良カルデラと姶良入戸噴火の概要
3:入戸火砕流堆積物
4:入戸火砕流堆積物及び姶良Tn火山灰の復元分布と噴出量推定
5:謝辞・協力・出典 / 引用文献
6:Abstract
付図
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4:入戸火砕流堆積物及び姶良Tn火山灰の復元分布と噴出量推定
入戸火砕流の噴火当時の分布及び堆積物の層厚分布を復元し, 入戸火砕流堆積物の噴出量を見積もった. また, 姶良Tn 火山灰についても陸域及び海域の降下火山灰のデータを収集し, 整理した上で噴出量を推定した. その上で入戸火砕流堆積物の総噴出量を算出した.
入戸火砕流堆積物の分布や層厚等に関する情報を取得するため, 学術文献, 地質図などの文献情報, ボーリングデータや地質分布が格納されているデータベースを収集した. 入戸火砕流堆積物について, 収集した情報に基づき, 現存分布図を作成した上で, 堆積直後の復元分布図を作成した. また, 復元分布上面, 現存分布上面, 堆積物基底面の断面図を作成した. さらに, それらの情報に基づき, 現存体積と復元体積を算出した (妻屋火砕流堆積物と垂水火砕流堆積物を含む). 収集した姶良入戸噴火堆積物に関する情報について, 露頭・ボーリングデータのように地図上に点としてその位置が示されている点情報を抽出し分布情報整理表に整理するとともに, GISにポイント形式のデータとして格納した点データを作成した. また, 平面図などの平面分布情報から分布域を抽出しGISにポリゴン形式のデータとして格納した面データを作成した. さらに, 地形・水深データから現在の地形モデルを作成した.
陸域の復元分布図は, 入戸火砕流堆積物の堆積直後の堆積原面を現存分布に基づく接峰面とみなし, 入戸火砕流堆積物の到達可能性範囲において, その接峰面が, 入戸火砕流堆積物の基底面よりも高い地域を入戸火砕流堆積物の復元分布域とし, 両者の高度の差を入戸火砕流堆積物の復元層厚とした. 一方,海域の復元分布は, 陸域の層厚分布から, 沿岸域における層厚情報を抽出し, 外挿することにより推定した. なお, 接峰面を作成する際のメッシュサイズは, 500 m,1 km,5 km の3種類,各メッシュを代表する標高値を,最大値,平均値,最小値の 3 通り設定し,メッシュサイズ 3 通り × 標高値 3 通りの計 9 ケースについて検討を行った. 入戸火砕流堆積物の現存・復元体積の算出に必要となる火砕流の基底面高度分布図 (すなわち大隅降下軽石層,妻屋火砕流堆積物及び垂水火砕流堆積物の堆積後,かつ入戸火砕流堆積物の堆積直前の地形) を作成した.また,カルデラ内部についは,Miyamachi et al. (2013) を参考に,地震波P 波速度が 2.3 ~ 2.8 km/sの領域の下限を入戸火砕流堆積物の基底面と仮定し,カルデラ周辺の火砕流基底面高度から外挿されるカルデラ内の標高を,1 km 鉛直下方へ下げた位置に基底面を想定した. 入戸火砕流堆積物の到達可能性範囲 (到達限界) は,北方の火砕流堆積物の分布などから約 95 ~ 100 kmであるとした. その上で,500 m,1 km,5 kmのメッシュサイズごとの入戸火砕流堆積物の層厚分布図を作成した. メッシュごとの最大値,平均値,最小値を用いて,全部で 9 ケースを検討した( 第10図). 推定した現存体積及び復元体積の一覧を 第1表 に示す.現存体積は,31.5 km3( 密度2,500 kg/m3のマグマ換算体積 (DRE),見かけ: 71.7 km3) と求められた. 復元体積は,復元分布の上面高度の作成に用いたメッシュサイズの大きさ (500 m,1 km,5 km) と標高データの採用値 (最大,平均,最小) の組合せに応じて,120.9 km3DRE (見かけ:302.2 km3)~ 701.4 km3DRE (見かけ: 1,753.5 km3)と大きなばらつきを有するが,メッシュ内の標高データに平均値を採用した場合では,メッシュサイズに対する依存性が小さく,207.0 ~ 239.7 km3DRE (見かけ:517.5 ~ 599.2 km3)と求められた. また,メッシュ内の標高の最大値及び最小値から求めた体積は,メッシュサイズが大きくなるほど,平均値からの乖離が大きくなる傾向が認められ,最大値から求められた復元体積は,500 mメッシュで 288.5 km3DRE (見かけ:721.2 km3),1 kmメッシュで325.4 km3DRE (見かけ:813.6 km3),5 kmメッシュで 701.4 km3DRE (見かけ: 1,753.5 km3)となった. 現存地形面と復元堆積面との関係に着目すると,標高データの平均値をもとに作成した復元堆積面は,メッシュサイズに関係なく,現存地形面の背面をなぞるように分布しており,入戸火砕流堆積物の堆積原面を最も適切に示している可能性が高い. したがって,入戸火砕流堆積物の体積として,200 ~ 250 km3DRE (見かけ: 500 ~ 600 km3)が最も妥当である可能性が高い. このうち,カルデラ外の火砕流堆積物は,130 ~ 170 km3DRE (見かけ: 300 ~ 400 km3),カルデラ内の火砕流堆積物は,75 ~ 80 km3DRE (見かけ: 180 ~ 200 km3) であると考えられる.
姶良Tn 火山灰について,既存の文献から,陸域及び海域の降下火山灰の位置,層厚データを収集した. 姶良Tn 火山灰は,河合・三宅 (1999),河合 (2001) の陸域の降下火山灰,Smith et al. (2013),Albert et al. (2018) の水月湖の降下火山灰,新井・町田 (1983),Machida and Arai (1983),青木・新井 (2000),町田・新井 (1998),Furuta et al. (1986) の海域の降下火山灰,町田ほか (1983) の韓国の降下火山灰,工藤・小林(2013) の東北地方北部の降下火山灰の文献データを使用した. 河合・三宅 (1999),河合 (2001) については,AT3 層及びAT4 層の層厚の合計値を使用した. 位置情報と層厚データを元に,等層厚線図 (1,4,8,16,32,64 cm) を作成した ( 第11図a) . 水月湖では,35.1 cmの層厚が報告されている(Smith et al., 2013; Albert et al., 2018) ため,近畿,中部,九州付近に32 cmの等層厚線を引いた( 第11 図b). 給源付近の宮崎では80 cm,90 cmの層厚が報告されているため,給源付近に64 cmの等層厚線を引いた. 等層厚線図の作成にあたっては,約 3 万年前の降下火山灰であることから,多くの地点では,侵食等で本来の層厚よりも薄くなっている可能性が高いため,保存されている各地域の層厚データの最大値を参考にしながら,補間しながら作成した. また,海域については,すべての等層厚線で十分な層厚データが得られていないため,特に薄い等層厚線については,他の等層厚線の層厚の減衰率等を参考に引いている部分がある. 各等層厚線が占める面積をGISソフトで計算し,区間積分法 (宝田ほか,2001) で体積を推定した( 第12図).
計算に当たっては,8 cmと32 cm の等層厚線で区切り,グラフ上で直線近似できる 3 つの領域に区分して体積を求めた( 第12図). 火口近傍は,現在の姶良カルデラの面積 (3.6 × 108 m2)まで,遠方は,3 × 1013 m2 の領域まで計算した.カルデラ縁での層厚は32 cmと64 cmの等層厚線データの傾きを外挿し,約1.2 mとした. その結果,遠方から 8 cmの等層厚線の領域では 8.1 × 1013 kg,8 ~ 32 cmの等層厚線の領域では 1.15 × 1014 kg,32 cmからカルデラ縁までの領域では 1.03 × 1014 kgとなり,合計 3.0 × 1014 kgとなった. 降下テフラの密度を1,000 kg/m3 と仮定すると,それぞれ,81 km3,115 km3,103 km3 となり,合計約 300 km3となった. DREでは,合計約 120 km3 となった.
今回求められた姶良Tn火山灰の推定体積300 km3(120 km3 DRE)の値は,これまでの推定値150 km3以上 (町田・ 新井,2003) が示す下限値よりも有意に大きい. これは,水月湖の層厚データにより,32 cmの等層厚線の範囲が広がったこと,陸域や海域のデータが増え,等層厚線図の形状が大きく異なること,体積の計算手法が異なることなどが原因であると考えられる.
したがって,入戸火砕流の総噴出量は,800 ~ 900 km3 となり,DRE 換算値では,320 ~ 360 km3 と推定される. 入戸火砕流の噴出に先だって発生した大隅降下軽石や垂水火砕流,妻屋火砕流における噴出量を含めると,姶良入戸噴火はVEI 7 ~ 8 クラスの噴火であったと推定される.