5:活動の監視・観測 - 6:将来の活動と災害の予測
5:活動の監視・観測
有珠火山の1910年の噴火では,臨時に設置された地震計により地震観測が行われ,また水準測量によって噴火に伴う地殻変動が観測された.大森房吉によるこれらの観測は,日本における近代的火山観測の先駆となった.1943~45年の昭和新山の生成については,地震観測をはじめ,地殻変動,地形変化,地磁気・地温変化,さらに新溶岩,火山ガス,昇華物等の詳細な研究が行われ,粘性の大きなデイサイト質マグマの火山活動の特徴が明らかにされた.有珠火山では,その後,大学,気象庁,地質調査所(現・産総研地質調査総合センター)などの機関により,多面的な調査観測が実施された.特に1977~78年及び2000年噴火に際しては,火山噴火予知連絡会は現地に有珠山総合観測班を設け,各観測班の連絡・調整に当たるとともに観測結果の検討を行って,火山活動に関する情報を関係自治体の災害対策本部等に提供した.また,1977年には北海道大学有珠火山観測所(UVO)が設置された.他の機関の常時・臨時の観測も合わせると,有珠火山は日本でも最もよく監視観測が行われている火山の一つとなった.
現在,北海道大学有珠火山観測所,気象庁,国土地理院などによって,地震観測,及びGPS,傾斜計,辺長・水準測量等による地殻変動の観測や,重力,地磁気,地電流,地温,噴気温度,地下水位などの観測を連続的に,あるいは繰り返し実施している.また各大学その他の機関の研究者によって軽石や火山灰等の噴出物,火山ガスや温泉などについても観測および研究が進められている.
2000年噴火における噴火直前及び開始直後の地震活動・地殻変動の推移の観測結果を 第9図に示す.まず3月27日頃から,有珠山を取り囲む伊達-虻田-壮瞥それぞれの間のGPS基線長が伸び始め,深さ10km付近での膨張を示した.それとほぼ同時に深さ数kmで地震活動が始まり,その震源は次第に浅くなる傾向を示した(ステージIの(I)).3月28日夕方より,震源の浅所への移動は鈍化する一方,震源域が水平方向に拡大し始めた(同(II)).3月29日午後から,深さ10km付近での膨張は収縮に転じるとともに,地震活動が最盛期を迎え,震源域の水平方向への拡大も進んだ(同(III)).そして3月31日13:07に噴火が開始した.これらの観測結果は,前述の実験岩石学的推定と合わせて次のように解釈できる:(1) 3月27日頃,深さ10kmのマグマ溜まりで圧力が増加(膨張)してマグマが上昇を開始,深さ5~6kmのマグマ溜まりへと注入;(2) 3月29日頃から深さ10kmのマグマ溜まりは収縮する一方,深さ5~6kmのマグマ溜まりからマグマは更に上昇を続け,一部は水平方向に薄く(シル状に)貫入;(3)上昇を続けたマグマが3月31日に地表に噴出.
6:将来の活動と災害の予測
有珠火山は,約30~50年の休止期を経て噴火を反復している.このような噴火の反復性は長期的な噴火時期の予測の上で重視されている.さらに,過去のいずれの噴火でも,顕著な地震活動が先行している.このような現象は,マグマが珪長質で粘性が高いために起こると考えられ,2000年には噴火に先行する諸現象の解析により,直前の噴火予知と事前避難に成功した.
噴火史と火山構造から予測される将来の噴火地点は,有珠山頂部を含む北西-南東の地帯と,これに平行した北麓の地帯である.これらの地帯では,明治新山や昭和新山の形成時も,また1977~78年や2000年の活動でも,破壊的な地殻変動が起こっている.この地帯は,洞爺カルデラ南壁の内側に相当しており,地盤も弱く,マグマの上昇の場となるだけでなく,マグマの上昇に伴う地殻変動も受けやすいと考えられる.
噴火様式は,本質的にはマグマの性質に左右される.有珠火山の歴史時代のマグマの組成は珪長質で,ごく僅かずつSiO2量が減少する傾向にある.しかし,今後数10年間にマグマの組成が著しく変化する可能性は少ない.従って,将来も当分はデイサイトマグマを噴出する活動を起こすであろう.この場合,その活動様式としてまず考えられるのは多量の軽石や火山灰を噴出する爆発的噴火であり,その際は過去3回の噴火にみられたように火砕流が発生する可能性がある( 第10図).粘性の大きなマグマの上昇により,地殻変動を伴いながら,潜在ドームまたは溶岩ドームを形成する公算も大きい.洞爺湖側の北麓で噴火が発生すると,1910年や2000年の活動のように高温のマグマが豊富な地下水層に接触して,激しい水蒸気爆発が起こったり,火口から直接火山泥流を発生する危険が考えられる.噴火地点(マグマの出口)は過去のドームを避けて選ばれる傾向があるが,山頂部は既にドームが密に存在している.その意味では今後,山麓での噴火の頻度が高まることも考えられるが,一方でもし山頂噴火になった場合には既存のドーム(山体)の崩壊といった現象も考慮すべきだろう.
以上のような噴火予測に基づけば,その災害要因としては,1977~78年の活動のような火砕物降下,地殻変動に加え,火砕流及び火山泥流,さらに可能性は低いが山体崩壊なども想定される( 第10図).これらにより災害が発生する範囲は,個々の要因によって異なる.軽石,火山灰降下による災害は風向に支配されて広範囲に及ぶが,火山岩塊や火山弾の落下は火口から2.0~2.5km以内の範囲にとどまる.予想される破壊的な地殼変動は,主に山項から北麓地帯に限られる.火砕流は最も警戒すべき現象で,その到達範囲は過去の例によれば山頂から半径5~6kmである.また,火山泥流は火口の位置,地形及び下流域の水系に支配されて流下する.
以上のほか,たとえ噴火中でなくても,1977~78年の活動に伴ったように,大雨によって土石流が発生する危険は今後も存続する.外輪山の北東部一帯及び南東側の一部における崩壊は,今後も長く続くであろう.土石流防止の対策は将来も必要である.