那須火山地質図 解説目次
1:はじめに - 那須火山周辺の地質 - 那須火山の概要
2:那須火山の岩石
3:茶臼岳火山の噴火史と噴火様式
4:1408-1410年の噴火活動 - 近年の噴火活動
5:火山活動の監視体制 - 将来の活動の予測
6:謝辞 - 文献(火山地質図での引用)
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1:はじめに - 那須火山周辺の地質 - 那須火山の概要
はじめに
那須火山群は,栃木県と福島県の境に位置する第四紀の火山群で,ほぼ南北に連なる南月山・茶臼岳・朝日岳・三本槍岳・甲子旭岳の成層火山の集合体である.このうち茶臼岳火山だけは現在なお常時激しい噴気活動を行っており,有史以来何回かの噴火記録のある活火山である.特に1410年の噴火では180人の死者が出たとされており,かなり大きな噴火災害が過去に発生したことで知られている.また,最新の噴火は1963年に起きている.一方,火山周辺には温泉を中心とした保養施設,ゴルフ場,スキー場,遊園地などが広がり,活火山としては有数の観光地となっている.さらに,ロープウェイを利用した茶臼岳への登山も盛んで,冬季を除いては,火口周辺に絶えず人がいる状況にある.それゆえこの火山の火山噴火予知と防災は特に重要であり,それには那須火山群の生い立ちをまず理解しなければならない.
この火山地質図は,那須火山群の地質と噴火活動史についての研究成果をまとめたものである.今後の研究のためばかりでなく,防災や観光のためにも利用されることがあれば幸いである.
那須火山周辺の地質
那須火山群は,先第四系基盤岩(白亜紀の深成岩と中新世の火山岩)が露出する西の男鹿山塊と,前期更新世の白河火砕流堆積物群(140-100万年前)からなる東の丘陵地との境界部に位置している.先第四系と白河火砕流堆積物群は西上がりの逆断層で接しており,現在の地形の大枠は第四紀の断層運動でつくられたとみることができよう.那須火山群もこの断層運動の影響を被っており,南西山麓では関谷断層が,東北山麓では剣桂断層と那須湯本北東断層が火山体を変形させている.しかし,那須火山群周辺では,関谷断層沿いで少なくとも1万年前以降,北東麓の両断層で1.6万年前以降に明らかな活動は認められず,最近の断層運動は特に活発ではない.
那須火山の概要
那須火山群は,古い順に甲子旭岳火山・三本槍火山・朝日岳火山・南月山火山・茶臼岳火山( 第1図)で構成され,それぞれが独立した噴出中心を持っている.甲子旭岳火山は50万年前頃に活動した玄武岩-安山岩の成層火山体で,本地質図よりも北側に分布の中心がある.活動末期にはデイサイトを噴出して,北東山麓に鎌房山火砕流を堆積させている(火山地質図範囲外).甲子旭岳火山は現在著しい開析を受けており,火山の原地形をとどめていない.甲子旭岳火山のすぐ南に位置する三本槍火山は,30万年前頃に活動した成層火山で,玄武岩-安山岩の溶岩・火砕岩からなる前期噴出物と安山岩-デイサイトの厚い溶岩からなる後期噴出物に区分される.また,三本槍火山はこれよりも新しい噴出物(朝日岳火山噴出物)に顕著な不整合で覆われており,新期噴出物を除去すると三本槍火山には南東向きに開いた馬蹄形の火口地形が復元できよう.赤面山南側の急崖はこの火口地形の一部で,このような凹地形の存在は三本槍火山がかつて山体崩壊を被ったことを示している.一方,那須火山群の東山麓から那珂川沿いの高久丘陵には,火山灰層序から少なくとも20万年よりも古いとみられる黒磯岩屑なだれ堆積物が広く分布しており,この岩屑なだれ堆積物が三本槍山体の崩壊物であると考えている.朝日岳火山は約20-10万年に活動した安山岩の成層火山で,三本槍火山の崩壊地形を埋めて成長した・その南にある南月山火山も,朝日岳火山と同じく約20-10万年前に活動した成層火山であるが,朝日岳火山とは独立した山体を形成している.南月山火山は玄武岩-安山岩からなる前期噴出物と,デイサイト-安山岩-玄武岩からなる後期噴出物に区分され,17-14万年前頃には山体崩壊を起こし南山麓に那珂川岩屑なだれを発生させている.白笹山から高雄山の南に連なる急崖は,この時の崩壊の名残で,崩壊地形の内側はその後に噴出した遅山溶岩類で埋められている.那須火山群の東山麓には4-3万年前頃に発生した御富士山岩屑なだれ堆積物が広がっており,厚い風成層を挟んで黒磯・那珂川の両岩屑なだれ堆積物を覆っている.御富士山岩屑なだれの給源は朝日岳火山の南東斜面にあり,飯盛山の北側をとりまく急崖がその時の崩落崖である.那須火山群で最も新しい茶臼岳火山は約1.6万年前から活動を開始し,溶岩・火砕物を大部分は東山麓に,一部は西側の那珂川上流部に堆積させている.最後の溶岩の流出は1410年に起きており,この溶岩で現在の茶臼岳山頂部がつくられた.火山扇状地堆積物3は茶臼火山活動開始直後から堆積を開始したもので,安山岩の岩塊を主とした土石流堆積物からなり,数千年前には成長を停止している.このほか,茶臼岳西側の那珂川上流部には,茶臼岳火山噴出物に挟まれて13世紀頃に発生した深山岩屑なだれ堆積物が分布する.
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