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「日本沈没」から生まれた研究者!?
地下水は地震の情報屋!?
〜産総研・サイエンスタウンから一部修正・転載〜 |
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■ 地下水と地震 |
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1973年、つまり昭和48年は日本がいわゆる“オイルショック”に見舞われた年です。“オイルショック”とは、第4次中東戦争勃発がもたらした石油価格の高騰が経済界に与えた打撃のことで、どこからともなくトイレットペーパーがなくなるという噂が広まり、日本中のスーパーマーケットにトイレットペーパーを買い求める長蛇の列ができました。
ただでさえパニック状態になっているその年、日本はもう一つのショックに見舞われました。そのショックの震源となったのが、小松左京氏のSF小説『日本沈没』です。
日本列島周辺で大規模な地殻変動が生じ、続発する大地震等によって日本列島そのものが海の底に沈むという『日本沈没』は、緻密なデータに裏付けされたリアルな描写でベストセラーとなり、さらに映画化までされました。『日本沈没』はもちろん創作です。とは言え、もしかしたら現実のことになるのでは…、と不安になった人たちも大勢いました。
でも、『日本沈没』は不安だけをもたらしたわけではありませんでした。実は、あまり(ほとんど?)知られていないことですが、この小説が未来の地震研究者たちを生み出すきっかけにもなりました。 『日本沈没』を読んだり見たりした当時の日本人の中に、「地震の災害からなんとか日本人、いや人類を守ることはできないのだろうか」と考える、正義感あふれる少年たちがいたのです。
その少年たちの一人は現在、産業技術総合研究所(産総研)の活断層・火山研究部門で地震の研究を行っています。その研究テーマは「地下水と地震」、つまり地下水の異常と地震の相関関係を調べ、地震の予知に役立てていく研究です。その研究者は水道屋ならぬ“地震地下水屋”を自称しています。さて、“地震地下水屋”はどんな研究しているのか、見ていくことにしましょう。
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■ 温泉が枯れるナゾ? |
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日本は世界有数の地震国です。そこで誰でも考えるのは、「地震発生が事前にわかればあれほどの被害は出ないのに」ということ。つまり地震予知です。
この地震予知に関しては昔からいろいろな事が言われてきました。例えば「地震の前にはナマズが暴れる」、「地震の前には地震雲が現れる」、「地震の前には動物たちが異常な行動をとる」等々。そして、「地震前には地下水に異常が起きる」という報告も古くから伝えられています。
四国、紀伊半島沖に震源地をもつ南海地震は、なんとその最古の記録は7世紀後半の古文書の中に見いだすことができます。以後、今日に至るまで合わせて9回のM(マグニチュード)8クラスの大地震が起きたことが分かっています。そのうち6回の地震前後に四国や紀伊半島の温泉や地下水が枯れたり、水位が低下しているのです。この温泉が枯れるナゾが解ければ、地下水の変化をキャッチして地震の予知が出来るかもしれません。
とは言え地震と地下水の関係に関する研究は、日本では個別的な研究にとどまっていました。ところが1965〜1968年に長野県松代町で大量の湧水を伴う群発地震が発生、1972〜1973年には米国の研究者によって、地震の発生過程において地下水が深く関与するという「ダイレイタンシー水拡散モデル」が発表されました。
そして1975年2月、中国で起きた海城地震で予知が成功したと報じられ、その際地下水の観測が有効であったことも伝わってきました。
この予知の成功がきっかけで、地下水の異常に着目した地震の本格的研究が日本で始まりました。
1975年と言えば、あの『日本沈没』から2年目。産総研の“地震地下水屋”は、その頃地震の研究者をめざして猛勉強をしていたに違いありません。一方、翌1976年、産総研では地下水観測が開始されました。
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日本周辺の地形と南海トラフ
日本はユーラシアプレート・フィリピン海プレート・太平洋プレート等に囲まれている。このプレート(厚さ100km程度の岩の板)同士の相対運動が、地震や火山噴火の原因と考えられている。フィリピン海プレートとユーラシアプレートとの境界の一部(四国〜東海沖)が南海トラフで、100〜200年周期で巨大地震が発生している。これらの地震の中でも四国〜紀伊半島沖に発生する巨大地震を南海地震と呼ぶ。 |
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■ ゆがむ地球!? |
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地球は、実は呼吸をするように伸びたり縮んだりしています(ほんのわずかですが)。これは地球潮汐(ちょうせき)と呼ばれる現象で、月や太陽の引力によって地球が変形しているのです。つまり、海の潮の満ち引きと同様に地球そのものも伸縮しているというわけです。
さて、地球が伸び縮みすれば、地球の地盤の体積もわずかに変化します(元の大きさの1億分の1〜1千万分の1程度の体積が半日〜1日で増減)。そして、この動きに対応して深い井戸の水位が数ミリ〜数センチ変化するケースがあることが、古くから知られていました。
なぜ浅い井戸ではなく深い井戸なのか。実はそこに地下水の秘密があるのです。深い井戸というのは、水を通さない層(不透水層)や岩盤の間に挟まれた地層や割れ目から水を採りだしていることが多いのです。つまり、不透水層や岩盤にとじこめられた地下水(被圧地下水)。一方、浅い井戸は自由地下水(不透水層に挟まれていないので自由に移動できる)であることが多いのです。自由地下水は自由に動くことができるので、地盤が伸縮しても水位はほとんど変わりません。
ところで、今日地震の前兆として期待されているのは、地震前の地殻変動です。これは、地震が発生する前にその発生源となる断層付近で生じるゆっくりした滑り(プレスリップ)によって、引き起こされると考えられています。被圧地下水は地殻変動による体積変化に敏感に反応するので、地震前に深い場所の地下水位が変化すると考えられるのです。これを「歪モデル」と呼んでいます。
ちなみに、東海地震では地震直前に数十cmも地下水位が変化する可能性があるという予測も“地震地下水屋”グループによってされています。
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「研究というのは運動部の練習に似ています。練習(通常の研究作業)は地道なものだし、練習しても試合に勝てる(新発見できる)とは限りません。でも、練習していれば勝てる可能性も大きくなっていきます。そして、苦しい練習(研究作業)の末に試合に勝てた(新発見できた)喜びは、何ものにも代え難いものです。その喜びのために私たちは日々、研究をしています」
(小泉尚嗣博士) |
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■ 地盤の割れ目!? |
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地盤に力が加わると、変形するだけではなく割れ目が生じることも考えられます。割れ目が生じると、その割れ目から水が入ったり出ていったりするわけですから、水を含む層の中の水の流れが変わり、水位や湧水の量が変わるというわけです。これは「割れ目モデル」と呼ばれています。
このモデルは地震による水温や水質の変化を容易に説明できるのですが、地球潮汐のようなゆるやかな力の変化で割れ目ができることは考えにくいので、平常時(地震がないとき)の観測によって変化の程度を導くことができません。そのため、「歪モデル」にくらべて研究の進展が遅れていますが、「歪モデル」とともに「割れ目モデル」は、地震前の地下水異常を説明する有望なモデルとなっています。
例えば、地下水変化による地震予知研究の理論的裏づけとなった「ダイレイタンシー水拡散モデル」は地震の発生源付近にできた割れ目に周囲の地下水が流入することを考えているので、「割れ目モデル」の一種といえます。ところが、このダイレイタンシー(岩石が壊れる前に内部に割れ目が生じて体積が膨張する現象)が地震前に生じたとしても、それは震源近くのごく限られた領域であると現在では考えられており、地表近くの地下水に影響を及ぼすことはほとんどないと思われています。
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■ ”地震地下水屋”の仕事 |
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ざっと、現在有望と言われる2つのモデルをみてきました。では、1976年以来地下水の観察を続けてきた産総研で、“地震地下水屋”は一体何をしているのでしょうか(“地震地下水屋”の正体は産総研活断層・火山研究部門の小泉さんです)。
その前に、まず地下水をどこで、どのように観察しているのかをご紹介しましょう。
1975年から地下水による地震予知の研究が日本で本格的に開始され、1976年には産総研の活断層・火山研究部門(当時の地質調査所)でも東海地震予知のための研究が開始され、地下水位、自噴量、水質、ラドン濃度などの観測を行う観測井(観測のための井戸)が、東海・伊豆地域の各所に設置されました。また、1995年の兵庫県南部地震(阪神淡路大震災を起こした地震)の後に、近畿地方及びその周辺部における各所にも観測井が設置されました。
観測井には水位計、歪計、気象測器、水温計などの測定機器が設置されており、観測小屋内のコンピュータに蓄積されたデータが定期的に電話回線を利用して産総研に転送されます。また、観測井の位置の変動を捉えるために、GPS(衛星で地上の位置などを瞬時に分析するシステム)も特に重要な観測井には設置されています。
さて、産総研では“地震地下水屋”が、データが送られてくるのを待ちかまえています。ここから“地震地下水屋”の能力がフル回転するのです。 観測井から送られてきたデータから、地殻の状況を分析していくわけです。
例えば、1995〜1998年に伊豆半島東方沖で起きた群発地震。このとき観察した地下水位を気象庁の東伊豆観測点で捉えた地盤の体積変化と比較してみました。その結果、地震前の異常な地殻歪変化とそれに伴う地下水位をとらえることができました。近代的な観測と歪モデルによって地下水前兆現象が定量的に説明された世界最初の例です。
また、7世紀頃から今日までに9回の大地震が記録されている南海地震で注目されるのはそのうち6回で、地下水が変化しており、そのほとんどすべてが湧出停止や水位の低下でその逆はまれということです。このこともまた、図のような南海地震のモデルを考えると歪モデルで説明できます。つまり、南海地震は繰り返し同じメカニズムで発生し、地下水の変化はそれを実証しているといえるのです。近代的な地震の観測が行われるはるか以前の地下水記録の分析が、地震のメカニズム解明に役立つとともに、今後の地震予知に大きな希望をもたせてくれているのです。
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左図:1997年3月に伊豆半島東方沖で発生した群発地震前後の地下水位変化と地盤の体積変化
1時間毎の変化を見ると、地震発生の数時間前にノイズレベルを超えて地下水位が低下している。 |
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南海地震の断層すべりと地下水位変化の関係 陸側のユーラシアプレートは、フィリピン海プレートと固着域と呼ばれる部分でくっつき通常一緒に沈み込んでいるが、限界に達すると反発して跳ね上がる(南海地震の発生)。このとき四国や紀伊半島の地盤は膨張し地下水位が低下すると考えられる。現在、地震の数日前から固着域でゆっくりしたすべり(プレスリップ)が始まるというモデルがあり、このプレスリップに伴う地下水位の低下を検出できれば南海地震が予知できることになる。
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■ 地震予知は夢の新薬? |
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地震予知の研究は、地震による災害をできるだけ少なくするために行われます。たとえどんな大地震がきても災害にならないためには絶対に倒壊しない建造物や、絶対に燃えない材料だけで暮らしが成り立てばいいのですが、すべての地域のすべての建物についてそのようなことを行うのは現実的な話ではありません。地震に強い建物を建てたり、そこに住んだりできない人たちにも地震の被害が及ばないようにすることが必要です。
長い年月をかけた観測結果を必要とする地震予知は実に地道な研究です。例えば夢の新薬の開発のようなもので、いつ成功するのか、あるいは成功しないのか、それさえも誰も明言できないのです。しかし、どんなガンでも治してしまう薬ができたとしたらどうでしょう。恐ろしいガンがなんでもない病気になってしまうのです。
地震予知の研究も似たようなところがあり、いつ予知が確立されるかわかりませんが、少しづつでも研究を重ねていけば、いつしか地震予報が当たり前になるかもしれません。地震の前にはみな安全な場所へ避難し、被害を最小限にすることができるのです。
産総研では安全・安心な未来をめざし、日々このような研究が行われているのです。
観測小屋
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