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草津白根火山地質図 解説地質図鳥瞰図
4:草津白根火山の地球化学

火山ガスの成分とその変化

 草津白根火山は近来新しい溶岩を噴出したことのない火山であるが,その山腹・山麓には多くの噴気孔が存在する.その大部分は殺生河原,山頂北側,水釜付近,空噴,地熱の各地域に密集している.それらのガ ス温度は 表2を拡大する 第2表のように,93-102℃と比較的低い値を示し,H2O(水蒸気)を除く主要ガス成分はH2S(硫化水素)とCO2(二酸化炭素)で,これにわずかのRガス(残留ガス)を伴っており,時にはSO2(二酸化硫黄)やHCl(塩化水素)を少量含むときがある.特に空噴はH2Sが多く最高90%(H2Oを除いたあとの組成)に達したこともある.これらの噴気孔ガスの成分は表2を拡大する 第4図に示すような変動をしており,ときとしてSO2が増加する.

 またこの地域には温泉に伴って噴出したり,湖底から湧出するガスもあり,それらの一部を表3を拡大する 第3表に示し,さらに以上の諸ガスの成分特徴を 第5図に示した.


温泉・湧泉の特徴

 この地域には多数の温泉が存在しているが,その主要なものを 第4表に示す.草津白根火山東麓の草津・万代・香草の諸 温泉群は酸性が強く,それぞれの濃度は異なるがその組成割合は相互に近い値を示している( 第6図中のA).これまでの研究者の考えを総合すると東麓の温泉群は,草津白根山山腹の富貴原の池付近より浸透し,青葉溶岩・殺生溶岩の下の太子火砕流中を流下する伏流水が,殺生河原などの多くの噴気地帯を通過する際,地下において火山ガスの温度と酸性成分を与えられ,さらに流下するうちに流路の周囲の岩石の成分を溶入し,高温・強酸性・高濃度の温泉伏流水となる.これに北方の谷沢原火砕流中の伏流水をはじめとする低温,低濃度の一般伏流水が種々の割合で混合し,草津市街地及びその周辺地域に湧出してくるものと考えられている.

 これに引きかえ同火山西麓の万座・橘・石楠花などの各温泉にも多くの源泉が存在するが,その成分は 第6図のI-IIIに示すような広範囲にわたっており,この地域の温泉成分が著しく変化に富んでいることを示している.この地域は草津白根火山系より古い数種の溶岩におおわれており,さらに時代も深さも異なるいくつかの断層の走る複雑な地下構造をしているため,温泉水の起源や湧出機構も単純なものではない.これらの湧水群は少なくとも第6図のIとIIIの2系統の源水の混合割合並びに地表水との希釈の程度により,これらの成分の多様性が生じて来たものと考えられる.これらの諸温泉の中でも草津温泉は古くから有名で,長期にわたる研究が続けられており,1888年以来90余年間の成分変化を 第7図に示した.


湖沼・河川水の水質

 この地域には爆裂火口に水の溜った湖や池が多い.それらの湖沼のいくつかの水質を 第5表に示したが,なかでも活動中の火口に水の溜った草津白根山山頂の湯釜はその湖水の酸性も箸しく強くまた含有成分濃度も極めて高い.またその湖底には,下方からのガスにより運ばれた溶融硫黄がたまっており116℃の高温を示している.

 この山麓の河川水は上述の強酸性温泉,火山噴気等のほか,付近にかつて存在していた多くの硫黄鉱山の廃坑から涌出する強酸性の坑内水にも影響をうけ,酸性を呈するものが多い( 第5表).これらの酸性河川のうち湯川,谷沢川などは主として流域の温泉水の,また大沢川,遅沢川などは上流の硫黄鉱山跡からの廃水,さらに万座川などではこの両者の影響をうけたものであろうと考えられる.


1976年水釜噴火と火山ガス・水質の成分変化

 1976年(昭和51年)3月草津白根火山の水釜火口の北東隅において,結氷下の湖底から水蒸気爆発が発生した( 第8図).この噴火は白根山としては1942年(昭和17年)以来34年目であり,水釜が噴火したのは有史以来はじめてであった.顕著な爆発は最初の1回限りであり,冬季でもあり被害はほとんどなかったが,この活動の前に同地区の火山ガス並びに水釜の水質に次のような異変が認められた.

1)この地域の主要な噴気孔ガスにしばしば少量のSO2が見出されるようになった(表2を拡大する 第4図).
2)噴気孔地域における大気中のH2S濃度と滞留範囲が拡大した.
3)水釜付近にSO2を含む新しい噴気孔が多数発見された.
4)噴火の前年から水釜の湖水の成分の中のFe3+(三価鉄)が突然減少し,逆にFe2+(二価鉄)が増加した.

 これらの異変の多くは噴火の1年以上前から判明しており,十分警戒を行っているうちに1976年の爆発が起こったもので,同火山のように水蒸気爆発を主とする噴火を行う火山では,上述のような地球化学的異変が先行して起こる場合もあることが判明した.


近年の活動における噴出物の変質状況と含有二次鉱物

 なお本火山は多年にわたり主として水蒸気爆発のみをくり返して来ており,このため近年の活動における噴出物はマグマから直接由来したものではなく, すでに固結した岩石が何らかの変質作用をうけたもので,粘土鉱物をはじめ多くの変質二次鉱物を含んでいる.その一例として1976年3月水釜噴出物の化学組成を表1を拡大する 第1表に示す.またその噴出物に含まれる二次鉱物としてモンモリロナイト・カオリナイト・パイロフィライト・蛋白石・明ばん石・石膏・硬石膏・硫黄が確認された.


硫化水素自動監視・警報装置

 草津白根火山山麓一帯には高温並びに低温の噴気孔が多数分布しており,場所によっては地形・天候等の状況で火山ガスが滞留・濃縮し,その中の有毒なH2Sの大気中の濃度が増加し,時には危険な状態になることも予想される.このため近年火山ガスの大気中における分布状況が全域にわたり再調査され,硫化水素危険予想地域が設定された( 地質図参照).

 本図には環境・条件が悪ければ大気中の硫化水素(H2S)濃度が(1)100-1000ppm以上に達する可能性のある地区,(2)10-100ppm になるおそれのある地区の2段にわけて示した.これらの地区は現在木柵で囲まれ,立入禁止の看板が立てられているので,この規制を守るならば危険はほとんどない.ガスは,比重が大きいため無風に近い時,或は夜聞下降気流の時,ガス温度の低い時などに,低地にたまる場合が多く,かつ無色透明なためその発見が難しい.もし万一硫化水素の臭気を感じたなら,湿した布を鼻と口にあてがい,姿勢を低くしないようにして脱出させ,新鮮なる殺生河空気のもとで応急処置をほどこせばほとんどもとにもどることが知られている.

 さらに多人数の出入が予想され原と万座地区にはH2S濃度自動測定警報装置が設置された.1977年(昭和52年)からはこの地域での大気中のH2S濃度が危険な濃度に達すると感知器11,制御警報器5からなる監視網によって,自動的に警報が発せられ,事故発生を末然に防ぐことができるようになった.


酸性河川水の人工中和事業

 既述のようにこの地域には酸性河川水が多く,下流地域に及ぼす影響が少なくない( 第5表).そこでそれらの河川のうち草津温泉のほとんどが流入する,最も酸性の強い湯川と,これと併流する谷沢川・大沢川の3河川を対象として,1964年(昭和39年)から石灰乳投入法による人工中和作業が開始された.このため 第9図に示すような水質の改良が行われ白砂川・吾妻川をはじめとする下流河川におけるダム建設・発電・橋梁工事・灌漑・養魚等の諸事業に著しい改善が見られるようになった.


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