八丈島火山地質図 解説目次
1:はじめに - 2:八丈島火山の概要
3:八丈島火山陸上部の活動史
4:八丈島海域の海底火山活動
5:歴史時代の噴火 - 6:現在の活動
7:噴出物の岩石学的特徴 - 8:噴火活動の特色
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3:八丈島火山陸上部の活動史
八丈島は,前述のように東山と西山の2つの火山体により構成され,東山火山が先行して活動した.東山火山の活動末期と西山火山の活動初期はオーバーラップする.また小島火山についてはこれまで活動時期は明らかではなかったが,年代測定結果に基づき,西山火山活動の中頃までには噴火活動は停止していたことが明らかになった.以下にそれぞれお休みの火山の活動史の概略を述べる.
3.1 東山火山
東山火山の形成史は,津久井ほか (1991),菅(1994, 1998)や杉原(1998)などによってまとめられている.東山火山の陸上部を構成する最も古い火山体は,東山の外縁部に分布する黒崎火山岩類,汐間火山岩類,小岩戸(こいわと)火山,横間ヶ浦火山,御正体(みしょうたい)火山などの侵食の進んだ火山体であり,本地質図ではこれらを一括して古期東山火山とした.これを覆って,東山火山の中央部を占める成層火山体である西白雲山火山が発達している.Kaneoka et al. (1970)は古期東山火山の溶岩から<0.14MaのK–Ar年代を報告している.西白雲山火山は現在の東山の中心部を形成する成層火山である.その山頂部には北西に開いた半円形の凹地があり,“西白雲山カルデラ”と呼ばれる.本地質図の西白雲山火山は,菅(1994)の主成層火山と,登竜峠ステージ及び末吉ステージの噴出物を含む,西白雲山カルデラ形成前までの東山火山の火山噴出物からなる.登竜峠ステージは,玄武岩質降下スコリアを主体とし,最上部に粗粒火山灰が卓越する.石積ヶ鼻(いしづみがはな)等に露出する石積ヶ鼻溶岩もこのステージの噴出物とされる.西白雲山火山の活動末期に相当する末吉ステージは,大規模な安山岩〜デイサイト質の軽石流の流下と降下軽石で特徴付けられ,約3万年前の姶良Tn火山灰が挟在する(杉原・小田,1989).このことから西白雲山火山の形成は約3万年前ごろまでと考えられる.また,これらの火砕噴火噴出物は西白雲山火山の噴出物としては最大規模であり,これらの噴出が西白雲山カルデラの形成に関連している可能性がある.
三原火山(菅,1994)は,西白雲山カルデラ内部から南麓にかけて成長した成層火山であり,主として玄武岩溶岩及び火砕物により構成される.本地質図では菅(1994)の中之郷ステージ及び三根ステージの噴出物を含む.中之郷ステージは,山頂または山腹からの玄武岩質スコリアの放出と溶岩流の形成で特徴付けられる.三根ステージの噴出物は,いずれも側噴火によるものと考えられ,降下軽石,スコリア丘形成に伴う降下スコリアや溶岩流,水蒸気爆発の噴出物からなる.
東山南麓の樫立(かしだて)地区・中之郷地区の大部分は,三原火山の中之郷ステージ噴出物(菅,1993)が作る緩斜面上に立地している.その噴出物の炭素14年代から,その形成時期は15~10 kaと考えられる(杉原,1998). 中之郷付近の海食崖には,中之郷ステージ噴出物のうち中之郷溶岩流(菅,1994)及びそれを覆う中之郷火砕流堆積物(菅,1994)が露出している.中之郷溶岩流は複数のフローユニットからなる玄武岩溶岩でその層厚は20 m以上である.中之郷火砕流堆積物は発泡の悪い玄武岩の本質物を多く含むブロックアンドアッシュフロー堆積物である.中之郷集落の東から藍ヶ江(あいがえ)港にかけては,山頂火口から流下した三原溶岩流(津久井ほか,1991)が,また樫立集落西方には東山西麓沖を噴出源とする奈古ノ鼻(なこのはな)スコリア(津久井ほか,1991)が分布する.三原火山の山頂部には径1.3×0.9 kmの火口地形があり,その内部に複数の小型スコリア丘が形成している.これらの小型スコリア丘の活動は山頂火口の末期の活動によるものであり,山麓全体に分布する三原赤色火山灰層(菅,1993)に関係すると考えられる.三原赤色火山灰層の噴出年代はおよそ10.5 kaと推測される(杉原,1998).
三原赤色火山灰層の噴出以降には,複数の側火口の活動が認められる.東山北麓に噴出源が想定される東白雲山降下軽石(津久井ほか,1991),樫立集落中央部にある八幡山(はちまんやま)スコリア丘を給源とする八幡山降下スコリア(菅,1993)・八幡山溶岩流(一色,1959),東山南中腹を噴出源とする三原滝降下火山礫層及び凝灰角礫岩(菅,1993),樫立集落北方を給源とする妙法寺降下軽石(津久井他,1991;菅,1993),及び東白雲山付近を給源とすると考えられる水海山(みずうみやま)降下軽石(菅,1993)は,三原火山活動末期の主な側噴火噴出物である.このうち本地質図には,八幡山スコリア丘堆積物,八幡山溶岩及び三原滝火山角礫岩層の分布を示した.これらの三原火山末期の噴出物のうち,東白雲山降下軽石から水海山降下軽石は,後述の西山火山活動初期の三根(みつね)ステージ噴出物に挟在されること( 第3図)から,東山火山の末期の活動と西山火山初期の活動は平行して発生していたことが推測される.
3.2 西山火山
西山火山の噴火史については断片的な研究報告がなされているが,その全貌はほとんど明らかにされていなかった.本地質図では,西山火山の活動を,その活動様式から三根ステージ,千畳敷ステージ, 大越ヶ鼻ステージ, 及び富士登山道ステージに区分する.また,西山火山周辺の海域に見られる小火山群は西山火山の側火山と考えられるが,陸上の活動との対比が困難なため一括して記述する.
三根ステージ
陸上に残る噴出物から認定できる西山火山の最も古い活動期は,マグマ水蒸気噴火で特徴付けられる三根ステージである.三根ステージの噴出物は,主に発泡の悪いスコリア質火山砂からなる噴出物で東山火山の噴出物の最上部に挟在し( 第3図),三根火山灰層1~7の7ユニットが識別されている(菅,1993).三根ステージ噴出物はその分布から,東山の北西,すなわち現在の西山付近が主な活動中心と考えられる(菅,1993)が,それ以外にも西山の東麓にある神止(かんど)山や,東山山腹に当たる横間ヶ浦付近,南東麓にある八重根(やえね)漁港付近でも噴火が発生し,それぞれ神止山溶岩,神止山火山角礫層,横間ヶ浦火山角礫層,八重根火山角礫層及び八重根火山灰を噴出した.これらの火山角礫層は多量の火山岩塊を含む淘汰の悪い角礫層で、急冷組織を持つ玄武岩火山弾や火山豆石を含む.これらはいずれもマグマ水蒸気爆発による噴出物と考えられる.
東山火山の噴出物層序と年代値の関係から,三根ステージ最初期の噴出物である三根火山灰層1の直下の東山のテフラ(三原赤色火山灰層)の噴出年代は約1万年前ごろと考えられる(杉原,1998).また,本火山地質図調査によって西山の東麓にある神止山を構成する火山角礫層基底部に含まれる貝殻からはおよそ1万年前の炭素14年代が得られている( 第1表).これらの年代から,西山地域でのマグマ水蒸気噴火活動は約1万年前ごろから開始したと考えられる.また本火山地質図調査によって,東山で認められる一連のマグマ水蒸気噴火の噴出物の最上位にあたる三根火山灰層7(MA7)の直下の水海山軽石直下の土壌からは約4400 yr BPの年代が,また西山南麓にある八重根火山角礫層の基底からは3150±30 yr BPの炭素14年代が得られている( 第1表).これより上位の噴出物は,乾陸上での噴火を示唆する降下スコリアが主体となるため,西山火山はおよそ4,000–3,000年前ごろまでには陸上に成長し,マグマ水蒸気噴火に特徴付けられる三根ステージから,乾陸上での噴火に特徴付けられる千畳敷ステージに移行したと考えられる.
千畳敷ステージ
千畳敷ステージは,3,000–1,000年前ごろ,西山山頂及び山腹火口から多量の玄武岩溶岩流が噴出し西山火山の成層火山体の主要部を構成したステージである.八丈町の市街地部は,本ステージの複数の溶岩流が作る緩斜面上に発達している.また,これらの溶岩流は,西海岸の八重根漁港から南原千畳敷にかけて,及び東岸の底土から神湊漁港にかけての海岸線などに広く露出している.それぞれの溶岩流は末端崖や側端崖が発達している.溶岩流の分布から,これらの溶岩流は主に西山の中腹以上から流下したと考えられるが,溶岩流の上部はより若い噴出物に覆われているため,これらの溶岩流が山頂火口から噴出したものか,あるいは山頂部に近い山腹割れ目火口から噴出したものかはわからない.南原千畳敷の溶岩流の間の土壌や,八丈植物公園南方の溶岩流下の土壌からは約3,000年前から2,000年前の年代が得られている( 第1表).
西山の山腹には,割れ目噴火によるスコリア丘列が多数分布する.これらのスコリア丘列は,八丈富士の山頂火口を中心とした放射状の分布を示す.底土から登竜峠に向かう都道沿いにあるスコリア丘の噴出物基底部の炭化植物片からは930±20 yr BP の炭素14年代が得られた( 第1表).また,八丈植物公園のあるとくさと徳里トンブと呼ばれるスコリア丘の南麓では,スパッター層の直下の炭化植物片から1650±20 yr BPの炭素14年代が得られている( 第1表).
東山地域には,三根ステージ噴出物を覆って西山起源と考えられる数枚の降下スコリア層が分布している.また,船付鼻付近の海食崖では本ステージのスコリア流堆積物が認められる. これらから,本ステージでは溶岩流出のほかにやや規模の大きなスコリア噴火も発生していたことが推測される.
大越ケ鼻(おおこしがはな)ステージ
大越ヶ鼻ステージは,約700年前ごろに西山山頂部から発生した多量の溶岩流の流出とそれに引き続くスコリア噴火のステージである.西山山頂部から噴出した溶岩流は,西山のほぼ全方位に流下し,大越ヶ鼻や今崎海岸などに達している(大越ヶ鼻溶岩群).これらの溶岩流の噴出にほぼ連続して,西山山頂部で比較的規模の大きな火砕噴火が発生し,降下スコリアが西山火口縁から主に島の北西部に降下・堆積した(大越ヶ鼻降下スコリア).山頂部の降下スコリアは強く溶結し,その最大層厚は20 mを超える.ついで山頂火口からあかさき赤崎溶岩が流出し,西山北東部の赤崎海岸付近まで流下した.これらの溶岩流や降下スコリア層直下の炭化木片から,約700年前の炭素14年代が得られている( 第1表).大越ヶ鼻ステージの末期に,現在の西山山頂に見られる火口が形成されたと考えられる.
富士登山道ステージ
西山山頂からの大規模な噴火活動のあと,400年前ごろまで引き続き山頂火口~南東側山腹での噴火活動が集中して発生した.この活動期を,富士登山道ステージとする.本ステージでは,主に山頂火口から南東山麓に複数の溶岩流が流下したほか,複数の山腹割れ目火口が形成された.
出鼻(でばな)溶岩は,西山北西中腹の割れ目火口から流下したアア溶岩で,大越ヶ鼻溶岩群を覆う.
大(おお)サリヶ鼻溶岩は,西山山頂部から流下したと考えられるパホイホイ溶岩である.大サリヶ鼻からその北側にかけての海岸や富士環状林道で確認できる.この溶岩流基底部の溶岩樹幹から360±20 yr BPの炭素14年代が得られている( 第1表).
大サリヶ鼻火砕流堆積物は八丈富士の山頂から,東山腹の大サリヶ鼻海岸まで分布する火砕流堆積物で,発泡の悪いスコリアや岩片を多く含む.岩片の多くは溶岩片であるが,斑れい岩の岩塊が含まれるのが特徴である.発泡の悪いカリフラワー状のスコリア塊を多く含むことや,堆積物中に炭化木片などが含まれず,また堆積物も顕著な高温酸化等を被っていないことから,マグマ水蒸気噴火に伴って噴出した低温の火砕流による堆積物と考えられる.富士環状林道沿いで本火砕流堆積物に直接覆われる溶岩流に巻き込まれていた炭化木片から, 360±20 yr BP の炭素14年代が得られている( 第1表).
イデサリヶ鼻溶岩は,西山東麓の神止山北側からイデサリヶ鼻海岸にかけて分布するパホイホイ溶岩である.その噴出地点は西山山頂部と考えられる.本溶岩に覆われる土壌中の炭化木から250±20 yr BPの炭素14年代が得られているが本年代は層序と矛盾する( 第1表).本溶岩は前述の大サリヶ鼻火砕流堆積物を覆っている.本溶岩は杉原・嶋田(1998)によるNy3Lの一部に相当する.
イデサリヶ鼻上溶岩は,西山山頂火口東縁から流下するアア溶岩で,神止山の西麓付近まで流下している.噴出地点は西山山頂部と考えられる.本溶岩は前述のイデサリヶ鼻溶岩を覆っている.本溶岩も杉原・嶋田(1998)によるNy3Lの一部に相当する.
フリージア園溶岩は,八丈島空港上方の標高266 m付近の高まりから流下したパホイホイ溶岩からなる.本溶岩の噴出年代は不詳だが,大越ヶ鼻溶岩を覆い,富士登山道スコリアに覆われる.
船付鼻スコリア丘堆積物及び船付鼻溶岩は,西山中腹から船付鼻海岸にかけて発達する全長約1.5 kmの噴火割れ目の周辺に分布するスコリア丘堆積物と小規模な溶岩流である.船付鼻付近では層厚約15 mの溶結したスコリア層が分布する.スコリア層が覆う土壌からは310±20 yr BPの炭素14年代が得られている( 第1表).
富士登山道スコリア丘堆積物,降下スコリア層及び溶岩は,層序から判断すると西山火山山腹に分布する最も新しい噴出物である.本噴出物は,イデサリヶ鼻上溶岩,フリージア園溶岩を覆う.降下スコリア層基底の炭化木から,400±30 yr BPの炭素14年代が得られている( 第1表).この噴出物は,杉原・嶋田(1998)が1605年の噴出物としたNy4に相当する.空港から八丈富士への登山道路沿いに分布するスコリア丘列が噴出源である.降下スコリアは火口列から東方に分布し,神湊港付近まで追跡可能である.火口列の中部から南側に流下した溶岩流は現在の空港付近から八丈植物公園付近まで到達している.また,西山山頂火口内部には,直径約400 mの扁平な溶岩ドームが存在する.この溶岩ドームの形成時期は不明であるが,富士登山道スコリアに覆われないことから,富士登山道ステージの末期に形成されたと考えられる.
西山周辺の海底側火山群
八丈島北方の海底部に西山から北北西に連なる火山列は,その分布や噴出物の岩質,化学組成の類似性から西山の側火口と考えられる(Ishizuka et al., 2008).火山列を構成する側火山の多くは,広範囲にわたって黒瀬西海穴から噴出したと考えられる軽石に覆われているが,いくつかの側火山では山体上部においてスコリアを主体とする玄武岩の噴出物が軽石層を被覆しているのが確認されている.これは側火山がスコリア丘であることを示唆すると同時に,この火山列での玄武岩マグマの活動が,黒瀬西海穴が大量の軽石を放出するイベントの前後にわたっていたことを示している.これらの側火山の形成年代は明らかではないが,海底観察によれば軽石や玄武岩質噴出物上に堆積物の被覆がほとんど認められなかったことから極めて最近の噴出物であることは確かである.これらの側火山の山頂近傍では,アグルチネートや火山弾が急斜面を形成して堆積しており,径1 mを超える火山弾も見られる.また西山に比較的近い側火山体での調査では斜面を流下した枕状溶岩が複数確認された.火山弾も溶岩も無斑晶状玄武岩からなり,産状からもこれらは一連の噴火活動で形成されたものと考えられる.反射法地震探査断面では,火山列を構成する側火山はいずれもこの地域の最上位の堆積層の最上部に位置しており,極めて最近の活動により形成されたことを指示している( 第4a図).また火山列の直下には正断層が見られ,火山列周辺にも変位量の小さい正断層系が発達している.これは,火山列が形成された地域が水平差応力の大きい伸張場であり,最小圧縮応力方向に垂直な方向に西山火山からマグマが移動,噴出することで火山列が形成されたことを示唆する(Ishizuka et al., 2008).北東側海底部の小火山体も西山の側火山と考えられ,火口近傍相である大型の火山弾が多数確認されている.これらは西山火山の陸上部の噴出物と極めて類似する斜長石斑晶に富む玄武岩からなり,噴火年代は得られていないが,西山と同時代に活動したと考えられる.
3.3 小島火山
小島火山は八丈島火山の一部で,八丈島の西にある独立した成層火山である.小島の形成年代ははっきりしないが,小島火山噴出物を覆う土壌中には西山起源と考えられる複数の降下スコリアが挟まれることや,その土壌の基底部から得られた炭素14年代から,約3,000年前ごろまでにはその主要部は形成されていたと考えられる( 第1表).小島火山は溶岩及び火砕岩の互層から形成され,北東と南西の侵食崖に露出する火山体中心部には主にアグルチネートが発達する.北西及び南東の海岸部分には,山頂付近から流下したと考えられる比較的厚い溶岩流が複数分布する.