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雲仙火山地質図 解説地質図鳥瞰図
3:1663-64年噴火及び1792年の噴火活動 - 1990年以降の噴火活動

1663-64年噴火及び1792年の噴火活動

 普賢岳火山の有史の噴火活動は,現在のものを含めて3回知られている.1663年(寛文3年)の噴火では,普賢岳の北東部の妙見岳の崩壊壁のすぐ内側から古焼溶岩(安山岩)が噴出し,北へ1km流下した.この溶岩は,雲仙火山の岩石の中では,SiO2含有量が少なくかんらん石斑晶を含むことが特徴的である.その翌年に九十九島池(火口)から出水し,水無川河口の安徳で氾濫し30余名が死亡している.1792年(寛政4年)の噴火では,その前年11月から半島西部の小浜付近で群発地震が始まり,1792年1月に地獄跡火口から噴煙をあげた.2月には普賢岳北東側から新焼溶岩(デイサイト)が噴出し,4月には溶岩流の長さは2kmに達した.4月の終わりには,島原付近で地震が頻発し地割れが生じた.そして5月21日の激震により,島原市街地背後の眉山が崩壊し,岩屑なだれが市街地を襲い島原湾に突入した.この眉山岩屑なだれ堆積物により海岸線は長さ4km幅1kmにわたって埋め立てられ,大小無数の小島(九十九島)ができた.これにより,津波が対岸の肥後(現在の熊本県)をおそい,島原の被害者と合わせて死者・行方不明者およそ15,000人というわが国最大の火山災害となった.この大惨事は,島原大変肥後迷惑といわれた.


1990年以降の噴火活動

1990年11月17日水蒸気爆発:雲仙岳周辺では1989年より地震活動が活発化し,1990年7月には火山性微動が観測された.そして11月17日に,地獄跡火口及び九十九島火口の2つの火口から高さ200-300mの火山灰混じりの噴煙をあげ,火口周辺に土砂や噴石を放出した.噴煙はその後急速に弱くなり,一週間後には火山性微動も停止した.

1991年2月12日マグマ水蒸気爆発:2月12日に普賢神社北西の屏風岩で新火口を作る噴火が起こった.この噴火では大量の火山灰を含む噴煙を高さ数百mに激しく吹き上げた.火山灰の中には,少量ながら新鮮な火山ガラスを含んでおり,マグマ水蒸気爆発であった.4月上旬以降地獄跡火口では,爆発的に激しく土砂を噴出し火口を拡大していった.

1991年5月以降:溶岩ドームの出現と火砕流の発生:5月中旬に地獄跡火口周辺では,火口直下で火山性地震が頻発し東西方向の地割れが発生した.そして5月20日に地獄跡火口底に溶岩が出現した.溶岩はやがて,火口縁を越えて東側の水無川源流部へ崩落を始めた.高温の溶岩塊は崩落の過程で粉砕し,火山灰と岩塊が空気やガスと渾然一体となって斜面をかけ下りる火砕流となった(24日).その後火砕流は日ごとに流走距離を延ばし,6月3日には溶岩ドームの東側と既存の山体の一部が大きく崩壊して規模の大きな火砕流が発生した.北上木場地区にいた報道陣をはじめ多数の人々がのみこまれ,死者・行方不明者43名の惨事となった.溶岩ドーム崩壊後の馬蹄形地形の内側には新たな溶岩ドーム(第2ローブ)が生成し,斜面に沿って成長した.

 6月8日には溶岩ドームが既存の山体の一部とともに地すべり状に崩落し,溶岩ドームの一部が急激な減圧により爆発して(第2図 第2図),島原市街地に噴石を降らせた.8月13日に第2ローブの上に噴出した第3ローブは北東側のおしが谷へ崩落を開始し,9月15日には流走距離5.5kmに達する火砕流が発生し火砕サージにより大野木場小学校が焼失した.この時の崩落崖の内側に第4ローブが現れて斜面に沿って成長し,長さ500mにまで達した.第5ローブは第4ローブの上に出現し,主に南側の赤松谷方向へ火砕流が流下した.その後第6ローブから第9ローブは第5ローブの南側斜面に出現し,火砕流は赤松谷方向へ流下し谷を埋積していった.1992年11月から1993年1月は火砕流の発生頻度や溶岩噴出量が少ない日が続いたが,2月に入って第10ローブが,3月に第11ローブが第3ローブの上に出現し噴出量が増え火山活動は再び活発となった.火砕流は再び北東側へも流下するようになり,おしが谷を徐々に埋積した火砕流は垂木台地を越えて千本木地区に迫った.1993年6月23-24日には,第11ローブの北側が次々と崩壊して火砕流を起こし,千本木地区で多数の家屋が焼失し住民1人が犠牲となった.6月26日と7月19日には,第11ローブの南側が崩壊し,火砕流が水無川に沿って国道57号を越えて,これまでの火砕流の最長流走距離を更新した.その後1994年1月に12個目の溶岩ローブが,7月上旬に13個目の溶岩ローブが出現した.第13ローブまでの位置関係を 第3図に,溶岩供給量の変化を 第4図に示す.

噴出物:噴出した溶岩はデイサイトであり,斑晶として斜長石,角閃石,黒雲母,石英,磁鉄鉱を含む.全岩化学組成は噴火開始以来,SiO2=63.5-65.5%と比較的均質である.噴出物は,溶岩や溶岩の崩落により生じた火砕流堆積物や崖錐堆積物の他に火砕流流走時に舞い上がって風下側に堆積した降下火山灰がある.1991年6月3日16時8分の火砕流から発生した降下火山灰は,宮崎県延岡市にまで達した. 第5図に火砕流に伴って降下した火山灰の分布例を示す.


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