雲仙火山地質図 解説目次
1:はじめに - 雲仙火山周辺の地質 - 雲仙火山の概要
2:古期雲仙火山 - 新期雲仙火山
3:1663-64年噴火および1792年の噴火活動
- 1990年以降の噴火活動
4:火山活動の監視・観測 - おわりに
5:文献(火山地質図での引用)
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2:古期雲仙火山 - 新期雲仙火山
古期雲仙火山
古期の噴火活動はおよそ50万年前に始まった.火山体深部の試錐コア試料や山体周縁部の溶岩からおよそ40-50万年の年代測定値が報告されている.その後,猿葉山,高岳(以上地質図外西方),高岩山,絹笠山,吾妻岳,九千部岳などの山体や,垂木台地や眉山の基底部がおよそ30-10数万年前に形成された.古期の火山体は,主に厚い溶岩や溶岩ドームからなり,雲仙地溝の断層活動による変位や侵食を受けて火山地形はあまり保存されていない.ここでは古期の噴出物は一括して地質図に表示した.ただし,まとまった分布を示す火砕流堆積物や岩屑なだれ堆積物については区分して表示した.
妙見岳北方の国見町の土黒川沿いに分布する魚洗川火砕流堆積物は,厚さ最大20m以上で,細かく発泡した白色のデイサイト岩塊と同質の細粒火山灰からなる.雲仙火山の他の多くの岩石と異なり黒雲母や石英を含まないのが特徴的である.およそ20万年のK-Ar年代測定値が得られている.高岩山南麓の緩斜面に分布する休場火砕流堆積物は,少量の灰桃色軽石と同質の細粒火山灰からなる.軽石は,細かく長孔状に発泡し,少量の斜長石及び黒雲母を含む.雲仙温泉岩屑なだれ堆積物は,雲仙温泉の噴気地帯に広がる崩壊堆積物で,東側の崩壊地形に対応するらしい.堆積物は,噴気活動により白色変質しているが,破砕した溶岩塊が観察できる.仁田町岩屑なだれ堆積物は,眉山南麓の仁田町付近の水無川の扇状地よりも一段高い面を構成している.堆積物は,破砕した溶岩や火砕岩からなり流れ山地形がわずかに残っている.給源はよくわかっていない.このほかに地質図には示していないが,眉山北方の立野町の台地の一部とその東方にも岩屑なだれ堆積物を確認している.
古期の山体周辺から海岸にかけての緩斜面を構成する火砕岩はかつて竜石層と呼ばれたが,これは火山体の成長に伴って山麓に堆積した土石流堆積物や小規模な火砕流堆積物であり,扇状地堆積物-1として表記した.
新期雲仙火山
新期雲仙火山の活動は半島中央部から東側でおよそ10万年前から始まり,野岳,妙見岳,普賢岳の各火山を次々と形成した.普賢岳火山の活動は有史に2回の噴火活動があり,最新の活動は1990年に始まり現在も続いている.
また,眉山火山は普賢岳火山の活動とは別に,およそ4千年前に島原半島東端部に噴出した.これらの火山の山体は安山岩からデイサイトの溶岩ドームや厚い溶岩流を主体としている.火山体の裾野には,火砕流,岩屑なだれや土石流などの堆積物が広がり緩傾斜面を形成している.岩体の区分と層序関係を第1図に示した.新期の噴出物は古期の噴出物とは異なり,雲仙地溝の活動による変位をあまり受けていない.妙見岳北方や野岳南方で明瞭な断層崖が観察できるが,変位量は比較的小さい.
1 野岳火山
野岳火山は,普賢岳の南方に位置する火山体で北側が山体崩壊により失われている.この崩壊地形の内側に妙見岳火山が生成している.野岳火山は,山体基部を構成する吹越溶岩と南方に広がる湯河内火砕流堆積物及び俵石岩屑なだれ堆積物,それと山頂部の野岳溶岩から構成される.吹越溶岩は,妙見岳西方の吹越付近と岩床山周辺の緩斜面などをなす,白色-青灰色の黒雲母角閃石デイサイトの溶岩である.石基はガラス質でしばしばよく発泡している.湯河内火砕流堆積物は野岳南方の有家町北部を占める火砕流である.青灰色-白色の角閃石安山岩-デイサイトの緻密な,一部ではやや発泡した本質岩塊と同質の細粒物からなる.俵石岩屑なだれ堆積物は,俵石展望所から南方へ広がる山体崩壊による堆積物である.吹越溶岩に酷似した白色デイサイト岩塊や褐色風化火山灰土壌片を特徴的に含み,南九州起源の広域テフラの姶良Tn火山灰(約24,000年前)に覆われる.その給源の崩壊地形は残っていないが,おそらく野岳溶岩の噴出により埋没したのであろう.野岳溶岩は,野岳山頂部を構成する安山岩溶岩ドーム群である.山頂部付近では,かんらん石斑晶を含む.K-Ar年代測定値として,6-8万年の値が得られている.野岳火山の活動開始年代は基底の吹越溶岩や湯河内火砕流の年代が決まっていないため不明だが,火山地形が良好に保存されているのでおそらく10万年よりは若いのであろう.
2 妙見岳火山
妙見岳火山は,安山岩の溶岩を主とするおよそ径4kmの火山体であり,南東に開いた径1.5kmの崩壊地形がある.妙見岳火山は,主火山体と北方に分布する舞岳南火砕流堆積物及び一本松火砕流堆積物,それと崩壊堆積物である垂木台地岩屑なだれ堆積物から構成される.
妙見火山の主火山体は,妙見岳,国見岳,江丸岳などの峰々と東方のおしが谷や炭酸水谷などに広がっている.崩壊壁の地質断面では厚い溶岩が露出していることから,妙見岳火山は典型的な成層火山ではなく,厚い溶岩や溶岩ドームの集合体であったらしい.主火山体の生成年代は,年代測定値からおよそ2-3万年前であろう.舞岳南火砕流堆積物は,舞岳の南側の平坦面に分布する緻密な角閃石安山岩岩塊と同質の砂質火山灰からなる火砕流堆積物である.北麓の一本松火砕流堆積物は,緻密な安山岩と発泡したデイサイトの2種類の本質物を含んでいる.姶良Tn火山灰に覆われ,阿蘇-4T火砕流堆積物(鳥栖オレンジ色軽石流)を覆っている.湯江川上流部では,礫石原火砕流堆積物(普賢岳火山)の下位に一本松火砕流堆積物とは異なった組成のデイサイト質の火砕流堆積物が認められたが,噴火活動の拡大により詳細な調査を行っておらず,一本松火砕流堆積物に一括して表示した.妙見岳の崩壊に伴って流下した岩屑なだれ堆積物は,特定できていない.眉山西方の垂木台地の上面を構成する垂木台地岩屑なだれ堆積物がそれに相当する可能性がある.
3 普賢岳火山
普賢岳火山はいくつもの溶岩流や溶岩ドームからなり,その噴出位置は妙見岳の崩壊壁の内側だけでなく,崩壊壁の外側にも点在している.普賢岳の周囲には,1991-95年火砕流と岩相の比較的よく似た火砕流堆積物がいくつも広がっている.普賢岳南東のボタン山の緩斜面を構成する古江火砕流堆積物は,こぶし大-人頭大の緻密な角閃石デイサイト本質岩塊と同質の砂状の火山灰からなる.一方,普賢岳の北斜面から礫石原の扇状地面にかけてと,地形的にやや高い立野町や舞岳北東側の台地面には,礫石原火砕流堆積物が分布する.堆積物は通常薄く(0.5-3m),こぶし大以下の本質岩塊を大量に含み細粒物に乏しい.堆積物中の炭化木から,14C年代測定法により約14,000年及び19,000年の年代値が報告されている.垂木東溶岩は,多斑晶のデイサイト溶岩であり約2万年のK-Ar年代測定値が得られている.稲生山溶岩は多斑晶のデイサイト溶岩ドームで,頂部に溶岩じわと見られる新鮮な地形を残している.垂木東溶岩と同じく輝石を含んでいない.千本木溶岩は,崩壊壁外側から流出した安山岩溶岩であり,フィッション・トラック年代測定法により約13,000年の年代値が報告されている.島原市の眉山北方の流れ山地形をなす島原岩屑なだれ堆積物は,鬼界アカホヤ火山灰(約6,300年前)を覆っており,普賢岳火山の産物と思われるがその給源は不明である.
妙見岳の崩壊地形内に噴出した3つの溶岩ドーム(風穴溶岩,普賢岳山頂溶岩及び島ノ峰溶岩)は,岩質及び化学組成が互いによく似た角閃石デイサイトからなり,その噴出順序や噴出年代はよくわかっていない.ただ島ノ峰溶岩について6,000±2,000年のフィッション・トラック年代測定値が得られている.一方,赤松谷や水無川の上流部に分布する水無川火砕流堆積物からは,約4,000年の14C年代測定値が報告されている.水無川火砕流堆積物の上流部に島ノ峰溶岩が位置することと両者の年代測定値が誤差の範囲で一致することから,水無川火砕流堆積物は島ノ峰溶岩生成時に流下した可能性がある.このほかの2つの溶岩ドームの生成時に流下した火砕流堆積物は特定できていない.現在噴火活動中の平成溶岩は,妙見岳の崩壊地形内から噴出した4つ目の溶岩ドームである(後述).
4 眉山火山
雲仙火山の中でも東端に位置する眉山火山は,七面山と天狗山の2つの角閃石デイサイトの溶岩ドームからなる.この溶岩ドームは雲仙火山の中でも最大級の大きさである.溶岩から約5,000年(フィッション・トラック年代測定法)と約3,000年(熱ルミネセンス年代測定法)の年代値が得られており,噴出時期は約4,000年前であろう.七面山北方では鬼界アカホヤ火山灰を覆って,緻密なデイサイトの本質岩塊と比較的少量の同質の細粒物からなる,六ツ木火砕流堆積物が分布する.堆積物中の炭化木から約4,000年の14C年代値が報告されている.六ツ木火砕流堆積物は,その分布と岩質の類似及び年代測定値からみて七面山起源なのであろう.