恵山火山地質図 解説目次
1:はじめに - 2:恵山火山の概要
3:恵山火山の形成史
4:噴出物の岩石学的特徴 - 5:完新世の小規模噴火
6:最近の活動状況 - 7:火山活動の監視体制 - 8:火山防災上の注意点
謝辞 - 引用文献
3:恵山火山の形成史
およそ5万年前以降に生じた噴火活動では,溶岩ドーム,降下火山灰堆積物,火砕流堆積物,及びそれらの再堆積物が認められる (Miura et al., 2013).成層火山やカルデラ等の基礎となる火山体を伴わず,溶岩ドームと関連する火砕堆積物が,直接基盤を覆って分布する.7つの溶岩ドームはSiO2量57~67 wt%の安山岩からデイサイトで,それらの溶岩が内成的に成長してドームを生じた.また,溶岩ドームの頂部及び山麓部には,火砕堆積物が分布する.溶岩ドームと火砕堆積物の層序及び岩石学的性質の対比から,5回の噴火活動期に区分された(Miura et al., 2013).既往研究との混乱を避けるため,後期更新世の活動を古い順に更新世活動期4から1 (約 4.3万年前,約 3.8万年前,約 3.3万年前,約 3.1万年前),完新世の活動を完新世活動期 (約 8.5千年前以降) とする.
3.1 溶岩ドームと火砕堆積物
溶岩ドームは,海向山 (Ka), 北外輪山 (Ns), 南外輪山 (Ss), 椴山 (Td),スカイ沢山 (Sk),恵山山頂 (Ed), 御崎 (Mi) と呼ばれる ( 図1).これらの形状はプレー型溶岩ドーム (Blake,1990) に分類できる ( 図3).火砕堆積物は,古い順に火砕堆積物 4,3,2,1 ( EsHD4,EsHD3,EsHD2,EsHD1),及び完新世の元村火砕堆積物 (EsMP;安藤,1974;勝井ほか,1983;恵山火山防災協議会, 2001) という,5層準の火砕堆積物が明らかとなっている.これらの火砕堆積物は,溶岩ドームの山麓に,またはドームを直接覆って分布しており,次の種類の堆積物が確認されている:(1) 火山岩塊火山灰流堆積物 (Block and ash flow deposit),(2) 火砕サージ堆積物,(3) 降下火山灰,(4) 弾道放出物及び降下石質岩片(爆発角礫),(5) 岩屑なだれ堆積物,(6) ラハール堆積物.降下火山灰堆積物は,恵山火山の周りで広く分布している ( 図5).5つの主要な降下テフラ層があり,5つの噴火活動期と対比され,更新統は,褐色古土壌の間に,完新統は黒色古土壌の間に,それぞれテフラ層として見つかる.以下,噴火活動期毎に,溶岩ドームと火砕堆積物を記述する.
3.2 更新世活動期 4
海向山溶岩ドーム (Ka)
海向山溶岩ドームは恵山火山の北西部にあり,北外輪山 (Ns) 及び椴山 (Td) 溶岩ドームに隣接する.海向山溶岩ドームは,地形的に滑らかな表面形状を持ち突起地形に乏しい.角閃石含有単斜輝石直方輝石安山岩である (SiO2量59~61 wt%: 図4).海向山溶岩ドームの体積は 2.9 × 108 m3 (緻密岩石相当体積,以下DREと略す) と推計される ( 表1).
火砕堆積物 4 (EsHD4)
火砕堆積物 4(以下,EsHD4) は,海向山溶岩ドームの山麓や北西側の扇状地に分布する.EsHD4は主に火砕流堆積物 (火山岩塊火山灰流堆積物と火砕サージ堆積物) と降下火山灰で構成される.EsHD4の本質物質は,角閃石含有単斜輝石直方輝石安山岩である (SiO2量59~60 wt%: 図4).これらの特徴は,海向山溶岩ドームと良く一致し,分布の特徴からも,EsHD4が海向山溶岩ドームに由来することが示唆される.EsHD4の降下火山灰の分布は限定的で,海向山の南東麓で厚さ最大4 cmである.火山灰の構成物は,火山ガラス (最大4 %) 及び結晶(最大51 %) で,苦鉄質結晶は,直方輝石>>単斜輝石>角閃石の順に多く含まれる.EsHD4降下火山灰の火山ガラス屈折率の最瀕値は約1.500である.EsHD4の体積は,5.4 × 106 m3 (DRE) と推計される ( 表1).
3.3 更新世活動期 3
北外輪山溶岩ドーム (Ns)
北外輪山溶岩ドームは,恵山火山の北東部にあり,海向山溶岩ドームに隣接している.北外輪山溶岩ドームの上面は,複数の高まりからなり,岩石は石英角閃石含有単斜輝石直方輝石安山岩~デイサイトである (SiO2量57~64 wt%: 図4).体積は2.4 × 108 m3 (DRE) と推計される ( 表1).
火砕堆積物 3 (EsHD3)
火砕堆積物3 (以下,EsHD3) は,主に北外輪山溶岩ドーム山麓及び北東側の扇状地に分布する火砕流堆積物 (火山岩塊火山灰流堆積物及び火砕サージ堆積物) と降下火山灰からなる.EsHD3の本質物質は,石英角閃石含有単斜輝石直方輝石安山岩及びデイサイトである (SiO2量57~65 wt%: 図4).分布と岩石の特徴から,EsHD3は北外輪山溶岩ドームに由来することが示唆される.体積は,3.0 × 106 m3 (DRE) と推計される ( 表1).
EsHD3の降下火山灰は,粒度の違いから上部と下部に細分され,これらの間に明瞭な休止期間を示す証拠は認められない.上部は,最大厚さ45 cmの結晶に富む淡緑色火山灰である.粒子構成は,火山ガラスを最大5 %,等量の直方輝石と角閃石,及び少量の単斜輝石を合計最大30 %程度含む.下部は,最大厚さ10 cmで,結晶が豊富な淡緑色降下火山灰である.火山ガラスを最大20 %,直方輝石,単斜輝石及び微量の角閃石を合計最大55 %含む.下部の火山ガラス屈折率は1.510~1.520で,EsHD2に類似する (Miura et al., 2013).EsHD3の降下火山灰の等層厚線は北外輪山溶岩ドーム付近に収束する ( 図5D).
3.4 更新世活動期 2
南外輪山溶岩ドーム (Ss)
南外輪山溶岩ドームは,スカイ沢山溶岩ドームの西側に隣接する2つの岩体である ( 図1).南外輪山溶岩ドームの上面は,北外輪山溶岩ドームと比べて平滑で,側面は急勾配を示す.南外輪山溶岩ドームは,石英角閃石含有単斜輝石直方輝石安山岩~デイサイトからなる (SiO2量58~67 wt%: 図4).体積は1.5 × 108 m3 (DRE) と推計される ( 表1).
火砕堆積物 2 (EsHD2)
火砕堆積物2(以下,EsHD2) は,南外輪山溶岩ドーム山麓及び南側の扇状地に分布する ( 図1).EsHD2は,火砕流堆積物 (火山岩塊火山灰流堆積物と火砕サージ堆積物),岩屑なだれ堆積物,及び降下火山灰で構成される.EsHD2の体積は,2.4×105 m3 (DRE)と推計される ( 表1).
EsHD2の本質物質は,石英角閃石含有単斜輝石直方輝石安山岩及びデイサイトである (SiO2量57~64 wt%: 図4).火砕物の岩相,分布及び岩石学的特徴は,EsHD2が南外輪山溶岩ドームに由来することを示唆する.
EsHD2の降下火山灰は,最大層厚35 cmの結晶に富む褐色火山灰である.粗~中粒砂サイズの結晶に富む上部,細粒~極細粒砂サイズの火山ガラスが卓越する下部に細分される.上部の構成粒子は,火山ガラス (最大24 %),結晶 (最大60 %) が主体であり,苦鉄質結晶の存在量は,直方輝石>>単斜輝石である.EsHD2の火山ガラス屈折率は,最瀕値が1.510~1.520の範囲である(Miura et al., 2013).下部は,厚さ10 cm以下の火山ガラスに富む淡褐色火山灰であるが,出現は限定的である.
上部の火山ガラス組成は,北海道駒ヶ岳火山の先史時代の組成に近く,北海道駒ヶ岳i降下火砕堆積物 (Ko-i) に対比される可能性がある.すなわち,恵山火山の更新世活動期2と北海道駒ヶ岳火山の Ko-i 噴火の時間間隙は地質学的に極めて短期間である可能性がある ( 図5C).岩屑なだれ堆積物 (EsHD2DB) は,南外輪山溶岩ドームの崩壊壁を源とし,その麓に流れ山地形を作っている.
3.5 更新世活動期1
椴山溶岩ドーム (Td)
椴山溶岩ドームは,南外輪山溶岩ドームの北西にあり,海向山溶岩ドームの南端に隣接する.椴山溶岩ドームには,西向きの大きな馬蹄型崩壊壁が認められる.岩石は,石英含有角閃石含有単斜輝石直方輝石安山岩である (SiO2量60~61 wt%: 図4).体積は5.0 × 107 m3 (DRE)と推計される (
表1).
スカイ沢山溶岩ドーム (Sk)
スカイ沢山溶岩ドームは,恵山山頂溶岩ドームの西端に隣接する.石英角閃石含有単斜輝石直方輝石安山岩からなる (SiO2量60~62 wt%: 図4).体積は4.7 × 107 m3 (DRE) と推計される ( 表1).椴山,御崎各溶岩ドームと同様に,馬蹄型崩壊壁を持ち,南側に分布する岩屑なだれ堆積物 (EsHD1DB) の体積は4.0 × 106 m3 (DRE) である.この堆積物はEsHD1火砕流堆積物に覆われることから,溶岩ドームの成長中に崩壊が起こり,その後,火砕流が堆積したものと考えられる.
火砕堆積物 1 (EsHD1)
火砕堆積物1(以下,EsHD1) は,椴山及びスカイ沢山溶岩ドームの山麓や南側の扇状地に分布する ( 図1).EsHD1は,火砕流堆積物 (火山岩塊火山灰流堆積物と火砕サージ堆積物),岩屑なだれ堆積物,ラハール堆積物,及び降下火山灰で構成される.EsHD1の体積は,7.9 × 106 m3と推計される ( 表1).EsHD1の本質物質は,石英含有角閃石含有単斜輝石直方輝石安山岩及びデイサイトである (SiO2量59~62 wt%: 図4).分布と岩石記載及び化学組成の特徴から,EsHD1の給源は椴山及びスカイ沢山溶岩ドームに求められる.北海道駒ヶ岳h降下火砕堆積物(Ko-h;約20 ka;吉本ほか,2008) がEsHD1の火砕流堆積物を覆うことから,EsHD1の噴火は20 ka以前である.EsHD1降下火山灰は,最大層厚10 cmの結晶片に豊む淡緑色火山灰である.構成粒子は,火山ガラスに乏しく (最大10 %),等量の直方輝石と角閃石,及び単斜輝石を合計53 %含む.EsHD1の火山ガラス屈折率の最瀕値は1.500である.EsHD1降下火山灰の等層厚線は,その給源が椴山及びスカイ沢山溶岩ドーム周辺であることを示す ( 図5B).
3.6 完新世活動期
恵山山頂溶岩ドーム (Ed)
恵山火山の最高標高点を中心とする溶岩ドームを恵山山頂溶岩ドームと呼ぶ.藤原・国府谷 (1969) の恵山第3溶岩,安藤 (1974),勝井ほか (1983) の恵山円頂丘溶岩に相当するが,火山名と重複するため新称とする.御崎及びスカイ沢山両溶岩ドームの間に位置する.恵山山頂溶岩ドームの北東側は,安藤 (1974) の水無溶岩を含む.岩石は,石英含有単斜輝石直方輝石デイサイトで (SiO2量63~64 wt%: 図4),御崎溶岩ドームの組成と極めて良く類似する.恵山山頂溶岩ドームの体積は4.0 × 108 m3 (DRE) と推計され ( 表1),恵山火山で最大である.恵山山頂溶岩ドームの基部は,南側山麓で中新世の安山岩溶岩とシルト岩からなる基盤を直接覆うのが確認できる.
御崎溶岩ドーム (Mi)
御崎溶岩ドームは,地形的に恵山山頂溶岩ドームよりも若く,太平洋と津軽海峡に面した東端部に位置する.御崎溶岩ドームは,安藤(1974) の恵山岬溶岩を含む.岩石は,石英含有単斜輝石直方輝石デイサイトからなる (SiO2量63~64 wt%: 図4).体積は7.7 × 107 m3 (DRE)と推計される ( 表1).
地形判読で,溶岩ドーム頂部に南東向きの馬蹄型崩壊壁が見られることから,溶岩ドーム形成中に崩壊が起こり,ヘルメット型の溶岩ドームが,その崩壊壁を埋積したことが読み取れる.海底地形図 (海上保安庁,1981) では,御崎溶岩ドームに面した海底斜面の勾配は一様であることから,崩壊は陸上部分に限られ,小規模である可能性が高い.
元村火砕堆積物 (EsMP)
元村火砕堆積物 (以下,EsMP) は,恵山火山で最も広く分布する,完新世マグマ噴火の火砕堆積物である.主に恵山山頂溶岩ドームの北東麓から南麓まで広く分布し,一部の谷埋め火砕流堆積物は溶結している.岩相は火砕流堆積物 (火山岩塊火山灰流堆積物,軽石を含む火山岩塊火山灰流堆積物,軽石流堆積物及び火砕サージ堆積物),降下火山灰堆積物,ラハール堆積物が観察される.EsMPは,安藤 (1974)の元村火砕流堆積物,御崎火砕流堆積物及び七ッ岩軽石流堆積物を合わせたものに相当する (勝井ほか,1983).EsMPの体積は,5.0 × 106m3(DRE) である ( 表1).EsMPの本質物質は,石英含有単斜輝石直方輝石安山岩及びデイサイトである (SiO2量62~64 wt%: 図4).分布と岩石学的特徴から,EsMPは恵山山頂及び御崎両溶岩ドームに由来する火砕堆積物である.
EsMP降下火山灰は,最大厚さ40 cmの淡褐色火山灰であり,完新世に形成された黒色土壌及び古土壌中に挟在する (Miura et al., 2019).構成粒子は火山ガラスが最大35 %,結晶が最大47 %であり,直方輝石が単斜輝石より多い.火山ガラス屈折率の最瀕値は1.495~1.505である.EsMP降下火山灰の等層厚線は,恵山山頂及び御崎溶岩ドーム付近に収斂するが,等層厚線がやや西側に偏向するのは火砕流の灰神楽からの供給が示唆される ( 図5A).
恵山山頂及び御崎溶岩ドームの層位関係
恵山山頂溶岩ドームの東麓では,御崎溶岩ドームが,EsMP火砕流堆積物を直接覆い,北海道駒ヶ岳g 降下火砕堆積物 (Ko-g;約6千8百年前;奥野ほか,1999;吉本ほか,2008) に覆われる.更に,EsMPの火砕流堆積物が御崎溶岩ドームの上面を覆っている.これらの層位関係から,御崎溶岩ドームは,恵山山頂溶岩ドームと同時期に噴出したと考えられる.
3.7 活動期の年代
溶岩ドームと火砕堆積物の対比,火砕堆積物の層位関係と14C年代によって,恵山火山のマグマ噴火は,5つの活動期からなることと,その時空変遷が明らかとなった ( 表1).各活動期では,溶岩ドームと火砕物を噴出する場所,すなわち火道位置が移動することが,特徴となっている ( 図6).各活動期の噴出年代は,14C年代から更新世活動期4:約4万4千~4万3千年前;更新世活動期2:約3万4千~3万3千年前;更新世活動期1:約3万1千年前;完新世活動期約8千6百年前以降,とまとめられる ( 表1).これらの年代値は,層序関係と整合する.更新世活動期3 については,適切な試料を採取できなかったことから14C年代測定は実施されていない.テフラ間の古土壌の堆積速度は,EsHD2とEsHD1間は約14,000 year/cm,EsHD4とEsHD2の間は約7,000 year/cmとなり,前者の値を外挿するとEsHD3の年代は39,950 cal yBPに,後者の値を内挿すると36,500 cal yBP,2つの平均値は38,230 cal yBPとなった(Miura et al., 2013).これら噴火年代と噴出量から求められた階段図を示す ( 図7).