西之島 - 8:1973-74年噴火後の地形変化 -
西之島 - 詳細火山データ集 - 解説地質図
8:1973-74年噴火後の地形変化

 噴火開始以降、噴火地点の移動・噴石丘の形成・溶岩流出などの火山活動による成長だけでなく、噴火継続中及びその後の波浪浸食、砂礫の堆積により西之島の陸上地形は大きく変化してきている。旧島と新島の連結(1974年6月6日初認)後は南岸を中心にした海食が進み、陸上部の面積は減少傾向になった。なお、旧島南部で砂礫浜が南方に向かって拡大したり、第1火口の溶岩流の汀線の下降が観察されたことなどから、砂礫の堆積による新島の成長のみでなく、隆起現象も起こっていたとされる(小坂,1975)。 第16図に噴火終了後の噴石丘の浸食の様子を示すが、形成から1年以内にもかかわらず第1火口及び第2火口の噴石丘は半分以上が失われている。特に噴火終了後の3年間では海岸線及び海食崖の後退速度それぞれ60、80 m/年に達していた(茂木ほか,1980)。 第17図に1976年から1990年までの地形の変遷を示す。また、 第18図には噴火中の1973年から1978年までの、 第19図には1981年から1990年までの垂直写真を示す。新島の形成、旧島と新島の連結、北側の湾入部の閉塞、北岸での海岸線の成長の様子を時間を追って読み取ることができる。1980年頃からは北岸湾入部の埋め立てによる拡大が浸食量を上回るようになり、1990年頃までには北岸の湾入部がほぼ完全に埋め立てられた。その後は再び面積減少の傾向が続いている(笹原,2004)。北東岸の海岸線はほぼ直線状に達しており、礫浜としてはほぼ成長が停止していると考えられる。

 1973-74年噴火以前には西之島旧島を火口縁の一部とする直径約1 km、中心部が水深107 mの火口地形が存在していたが( 第3図)、1992年の測量では火口地形の最深部は水深49 mとなっており、噴火前に存在した火口地形のかなりの部分が1973-74年噴出物及びその二次移動した堆積物によって埋積している(海上保安庁水路部,1993)。


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