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阿蘇火山地質図 解説地質図鳥瞰図
4:噴火活動

 阿蘇火山の西歴553年の活動が筑紫風土記に記述されている.これは日本の火山活動に関する最も古い記録である.13世紀から19世紀末までには100回以上の活動の記録があり,また1901年から1980年までの80年間に噴石・降灰などがあった年は51年ある.古い時代の活動の内容は明らかでないが,少なくも最近数世紀は現在と同様にほぼ継続的に活動していたものと思われる.溶岩の流出を示す記録はない.歴史記録では,後述する第1,2,3,4火口がそれぞれ北,中,南ノ池とされており,しばしば噴火に伴う溢水の記述がある.現在よりも池の水位が高かったのであろう.今世紀の主な噴火活動を 第3表に示す.

 中岳火口は第1火口から第7火口まで命名されている(図4を拡大する 第5図)が,主なものは北から南に並ぶ第1-4火口である.観測所が開設された1931年当時は第1・2・4火口が噴煙活動をしており,1929年までは第4火口が活発であったという.しかし,1930年以降第4火口,1934年以降は第2火口の活動が衰え,その後現在まで第1火口のみが活動している.非活動期には火口内に水をたたえ(湯溜りという),周辺から噴気を上げている(図4を拡大する 第4表).1980年以来続いていた湯溜りの状態は1984年末でほとんど乾燥し,1985年1月には5年ぶりに本質火山灰を放出した.


噴煙型活動:阿蘇火山で特徴的な活動は黒色細粒火山灰(地元でヨナと呼ばれる)の放出である.活動期の火山灰の大部分は玄武岩質安山岩のマグマが急冷したガラスと斑晶とからなる.火山灰は連続的な灰褐色の噴煙として放出されることも,1,2分-数10分ごとの小爆発に伴う噴煙として放出されることもある.噴煙柱の高さは一般に1,000m以下であり,その時の風向に従って風下側に降下する. 第6図は1979年6-8月の降灰量を示すもので,この3ヵ月の累計では風向の偏りが比較的少ないことを示している.1979年6月から1980年1月にかけての活動中には総計950万トンに達する火山灰が放出された.

 細粒火山灰は広域に分布し,農林・水産業に大きい被害をもたらす.活動が長期にわたるときは,保健・衛生上にも問題が起るであろう.とくに,火口周辺に大量に堆積した非固結の火山灰は谷に流入し,泥流・土石流などの二次災害をひき起す可能性がある.

 活動の活発な時期にはストロンボリ型噴火に特徴的な,半固結の赤熱溶岩片の弾道投出が起る.近年のこの型の活動では火口の外まで火山弾が投出されることは少いが,1933年の活動では径数mの溶岩片が火口の外に落下している.最新期火砕丘の西面や第4火口の火口壁には溶結火山餅層が露出し,また歴史には新山生成が記録されているので,歴史時代には大規模なストロンボリ型活動が行われたものと思われる.


爆発型活動:やや大規模な爆発によって粗粒岩塊を放出する活動で,近年の活動で人身に災害を及ぼしたものはすべて爆発の噴石によるものである(図4を拡大する 第5図).1958年6月24日や1979年9月6日の爆発では岩塊の弾道投出とともに,小型の低温火砕流が発生して建造物に被害を与えた.放出される岩塊は火道周辺の固結した岩石が破砕された類質噴出物が主で,マグマに直接由来する本質噴出物を伴うときもある.1958年6月の爆発の前後には,本質火山灰を放出する噴煙型活動はなかったし,逆に1933年の大活動や1974年の活動期のように本質物質を大量に噴出する噴煙型の活動期にこの型の爆発が起きていない例もある.必ずしもマグマ放出の活動度の高い時期だけに爆発が起るわけではないので,防災上の注意が必要である.


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