| 1686年(貞享3年)噴火 −降灰が盛岡に及んだ山頂噴火− |
江戸時代に薬師岳火山で発生した山頂噴火で,古文書記録から火山活動の時間的推移がわかる.前兆現象として,噴火活動の10日ほど前から,柳沢集落周辺では岩手火山方向から鳴動があったとの記録が残されているが,詳細は不明である.西暦1686年3月26日(旧暦;貞享三年三月三日)には,山頂から噴煙が立ち上がっているのが盛岡城から目視され,噴火が確認された.ただし,前日(3月25日)早朝には盛岡城下に大音響が届き,北上川に樹木や家屋の一部が流れ着いていることから,爆発的な噴火はこの頃から始まっていたと思われる.降灰をもたらす噴火活動は,3月27日未明には終了していることから,噴火活動のクライマックスは数日間しか継続しなかった. この噴火は薬師火口内の妙高岳スコリア丘の側面に開いた御室火口で起こり,ベースサージ堆積物を伴う刈屋スコリア(Iw-KS)を噴出した.3月25日の大音響が,噴火初期のマグマ水蒸気爆発に対応される可能性がある.ベースサージ堆積物は,薬師火口東縁から不動平方向に流下したが,一部は南西側にも分布する.刈屋スコリアは山頂から北東および南東方向へ降下し,盛岡城下でも降灰が記録されている.刈屋スコリアが薬師岳スコリア丘頂部に厚く堆積した地域(地質図上でYkとして図示)は現在も裸地化したままである.最盛期の噴火活動の後,数ヶ月間は御室火口から山頂部周辺に火山灰やスコリアを放出したり,火口壁を広げる様な水蒸気爆発が小規模ながら継続していたが,これらの活動も年内に終息した.この噴火では3月25日〜27日に融雪型泥流が発生し,山麓部(現在の一本木周辺)で家畜と家屋4軒が被災した(伊藤,1998a). |
[1686年噴火関する古文書記録の詳細情報] [刈屋スコリアに関する詳細情報] |
![]() 図1.岩手火山東麓に露出する1686年噴出物 下部の暗灰色細粒火山灰が火砕サージ堆積物.その上部の暗黒色部が刈屋スコリア.
[馬返し登山口周辺]
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![]() 図2.1686年噴出物の分布域(図中の数字の単位はcm) 伊藤・土井 (2005)を地形陰影化
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