地域の情報
福島県
【福島県相馬市,南相馬市,富岡町で行った調査結果は,2012年 にGeophysical Research Lettersに掲載されました(Sawai et al., 2012).以下に記述する地域の情報は,Sawai et al. (2012)の 解釈に基づくものです.】
【いわき市における調査結果については,暫定的な解釈となります】
平成17年度から21年度にかけて,文部科学省の委託事業「宮城県沖地震における重点的調査観測(宮城沖重点)」が行われました.これは,東北大学が中心となった事業で,宮城県沖で発生する地震の観測を重点的に行うというものです.産業技術総合研究所では,その一環として仙台平野周辺および福島県沿岸に残されている過去の巨大地震の痕跡を調べてきました.
断層モデルについての解説は,宮城県のページに掲載されていますので,そちらをご覧ください.
津波堆積物の調査結果
[相馬市]
相馬市では,松川浦の湖岸近くから陸側にかけての測線を設け,合計20地点で掘削調査を行いました.この結果,11地点において明瞭な火山灰が確認されました.この火山灰層は,菅原ほか(2001)で指摘されている火山灰と層準が一致するため,西暦915年にこうかした十和田aと考えられました.この火山灰層の直下に薄い砂層が見られることがあったのですが,その連続性の悪さや,層相変化が明瞭ではなかったため「イベント堆積物」とは認定しませんでした.
[南相馬市]
南相馬市では,合計54地点(鹿島区:11地点,小高区:43地点)で掘削調査を行いました.鹿島区では,真野川低地の2地点において明瞭な石英質の砂層が観察され,それらが津波堆積物の候補である「イベント堆積物」であると判断されましたが(緑色のマーク),津波堆積物であるとの結論にまで至りませんでした.また,潤谷川低においても3~6層のイベント堆積物が検出されましたが(緑色のマーク),真野川と同様に,その連続性の悪さから津波堆積物であるとの結論には至りませんでした.
小高区では,字福岡周辺の低地において泥炭層あるいは有機質泥層に挟まれた連続性のあるイベント堆積物が3層確認され,これらを津波堆積物と認定しました.これらの津波堆積物の年代は,730AD-970AD,550AD-680AD,700BC-200ADと推定され,最上位の津波堆積物が貞観津波に相当すると考えられました(赤色,オレンジ色のマーク).貞観津波襲来当時の海岸線の位置が現在とほぼ同じであると仮定した場合,貞観津波の遡上距離は少なくとも1.5 kmと推定されました.
[富岡町]
富岡町においては,現在の海岸線より200 m程度内陸の地点で長さ3.5 mの柱状堆積物試料を採取しました.その結果,沼沢-沼沢湖テフラ(Nm-KN:約5000年前)と5層のイベント堆積物を確認することができました.しかしながら,良い測定物を見つけることができなかったことから,これらの砂層の堆積年代は詳細に検討できませんでした.現在までのところ,イベント堆積物が津波によるものかどうかは判断できていません.
[いわき市]
いわき市においては,合計10地点において柱状堆積物試料を採取しました.その結果,6地点においてイベント堆積物を確認することができました(緑色のマーク).しかしながら,その連続性の悪さや,放射性炭素年代測定を行うことができなかった等の理由から,その成因まで議論できませんでした.
南相馬市小高区における調査風景.
地殻変動の復元
南相馬市小高区では,泥炭層あるいは有機質泥層に挟まれた連続性のあるイベント堆積物が3層確認され,これらを津波堆積物と認定しました.これらの津波の襲来によって当時の環境がどのように変化したのかを知るため,砂層の上下の地層から沿岸の指標生物である珪藻化石を抽出して観察しました.
最下層の無機質泥層では,沿岸に広く分布するParalia sulcataや干潟に特徴的に生育するTryblionella granulataなどが多く見られます.このことから,当時は干潟に近い環境であったと考えられました.最下位の砂層の上の層準では,珪藻群集が大きく変化し,淡水環境に生育するPinnularia属の数種が多産するようになります.このような変化は.当時の環境がゆっくりと陸化していく過程を表している可能性があります.
中位の砂層の上の層準では,淡水生の珪藻種が減少するとともに,汽水~海水生種であるDiploneis smithiiが多産するようになります.このような変化は,砂層の堆積と同時に海水の影響が大きくなったことを示しています.珪藻化石群集は,上位の層準になるに従って再びDiploneis ellipticaなどの淡水生種が優占するようになります.
貞観津波による津波堆積物が堆積した後,淡水生種であるDiploneis ellipticaが見られなくなり,その代わりに汽水生種であるPseudopodosira kosugiiや汽水~海水生種であるDiploneis smithiiが増加するようになります.貞観津波相当層の上下におけるこのような変化は,砂層の堆積と同時に海水の影響が大きくなったことを示唆しています.
以上のように,珪藻化石群集は,最上位の砂層(貞観津波)と中位の砂層の堆積にともない,海水の影響が大きくなったことを示しています.海水の影響が強くなる原因は,ユースタティックな海面上昇の可能性も否定できませんが,津波の襲来と同時に群集が変化していることを考えると,地震による地殻変動によって沈水したと考えるほうが妥当です.ここで復元された過去の地殻変動は,貞観地震の断層モデルを考える上で重要なデータとなりました(Sawai et al., 2012).
福島県小高区における珪藻化石群集の変化.津波堆積物の上下の地層で,産出する珪藻化石が違うことがわかる.