水文環境図「勇払平野」説明書

町田 功1・福本幸一郎2・森野祐助3・松本親樹1・井川怜欧1・丸谷 薫4・内田洋平1

1 (国研)産業技術総合研究所 地質調査総合センター
2 日本工営株式会社
3 北海道立総合研究機構 地質研究所
4 北海道立総合研究機構 環境・地質研究本部

  目次

1.はじめに

 本水文環境図は、苫小牧市を中心とする勇払平野と千歳台地の一部を対象地域に含む。同じ北海道の地下水研究でも、札幌周辺については1925年の中尾清蔵にはじまる長い歴史があるが(小原,1985)、勇払平野周辺で初めて行われた大規模な地下水調査は、それよりも遅く1950年代から確認される。最も初期の調査の1つに、1953年の地下資源調査所(現、北海道立総合研究機構地質研究所)による天然ガスの調査がある。その後、山口久之助による精力的な調査(山口ほか,1959;1965;1978)がおこなわれ、本地域の水文地質に関する知見は飛躍的に向上した。やや時代が進み、1990年代に千歳川放水路建設計画に関連した大規模な地下水調査が行われ、特に支笏火山噴出物内の地下水流動に関する知見が蓄積された(Suzuki et al., 2003)。その後、北海道立地下資源調査所では、広田ほか(1996)による、石狩低地帯全域を含む大規模なデータの編集がおこなわれた。
 一方、2007年には産総研地質調査総合センターが海陸シームレス地質情報集、「石狩低地帯南部沿岸域」を出版し、本地域の最新の地質情報が得られるようになった。このような流れから、今日では本地域の地下水と地質の情報が統合できる環境となったと言える。本水文環境図では、これらの知見を基に、特に完新統から鮮新統までの地下水水質分布などをまとめ、地下水流動に関する情報を編集した。なお、本環境図では地表水、湧水、地下水という用語を用いている。地表水は河川水や湖沼水を指し、湧水は地下水が自然に地表に現れたものを意味する(日本地下水学会編,2011)。地下水は井戸から採取した地下水(井戸水)と湧水の両方を含む。

2.地域概要

2.1.編集地域と地形

 本図の編集地域(図1)は、北緯42度34分~42度54分、東経141度25分~141度50分までの領域である。概して南の勇払平野と千歳台地(支笏火砕流台地)に分けられ、一部、石狩平野の最南部を含む。
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 勇払平野(図2)とは、苫小牧市,勇払郡むかわ町,白老郡白老町の太平洋側沿いに発達する概ね標高10m以下の低地を指す(尾崎・小松原,2014)。国土地理院(2003)によると、この低地部の大部分はかつての砂州である。勇払平野の北東には柏原台地、東に標高10~30mの静川台地が位置する。本地域の東部には勇払川と安平川が南北に流れ、太平洋に注いでいる。苫小牧特別地域気象観測所の1981~2010年までの平均気温は7.6℃、年降水量の平均値は1,197mmである(気象庁ホームページ)。
 千歳台地は勇払平野の北~西に位置するが、この地域は勇払平野の地下水流動に密接に関わっているため、編集範囲に加えている。支笏湖から平野部までの標高は約300mからほぼ0mまで変化し、千歳川、ママチ川、勇払川などが流れるとともに、水無川になっている谷も存在する(Jimbo et al., 2003)。千歳川は支笏湖を源として東へ流れ、石狩平野にて流れを北に変え、最終的に江別周辺(図1)にて石狩川に合流する。


図1  水文環境図の編集範囲


図2  勇払平野および周辺の地形
等高線の間隔は100m。ただし100m以下については10m間隔とした。

2.2 地質

2.2.1 水文地質学的分類

 盆地や平野スケールの地下水の流れを論じる際には、不透水性基盤と地下水盆(あるいは容水地盤)と呼ばれる概念が用いられる(柴崎,2004)。不透水性基盤は地下水が極めて動きにくい地層であり、地下水盆は、その上位に位置する地下水が含まれる帯水層と難透水層全体を指す。広田ほか(1996)によれば、本地域の不透水性基盤は固結した細粒岩相からなる、新第三紀中新世中~後期の振老層・軽舞層・萌別層下部層とされている。
 本地域の地表から中期更新世あたりまでの地質層序は表1の通りであり、各層の基底面分布は小松原ほか(2014)に示されている(後述)。一方、本環境図では、広域的な地下水流動を検討するために各地層の透水性などの特徴と連続性に考慮し、地下水採取層として広田ほか(1996)の水文地質区分を簡略化したものを用いた(表2)。すなわち、地表から完新統底面までの深度領域を完新統とした。その下位には地下水流動に関して重要な、後期更新統の支笏火山噴出物層が位置する。ここまでは地質学的な層序とほぼ同じである。それ以深の支笏火山噴出物底面深度から0.5Ma程度までの更新統海成層を上・中部更新統と区分し、2.5Ma程度までの更新統海成層を下部更新統、それ以深を鮮新統以深とした。
 上記のように分類した場合、本地域の表層地質は、馬追丘陵にて鮮新統より古い地質が認められるものの、概ね支笏火山噴出物と完新統が覆う形となる(図3)。完新世の泥炭は低地にみられる湖沼の周辺や勾配の緩い河川の中下流部に広く分布し(広田ほか,1996)、完新統基底面は標高-10m以浅から-50m程度となる(図4:小松原ほか,2014ほか)。また、支笏火山噴出物の基底面は多くの地域で約-20m±10mの標高となっているが、苫小牧市街地では-40mに達する地点もある(図5)。すなわち、完新統の下に潜りこむ形になっている。このように小松原ほか(2014)により、支笏火山噴出物までの深度分布は詳しくわかっているが、上・中部更新統以深の基底面については情報が限られている。そこで、ここでは越谷ほか(2012)による、基準地域メッシュあたりの地層境界と層厚の三次元モデルを用いた。このモデルは散在するボーリングデータを用い、付随する記載、岩相、物性値等から地層境界面を決定して、これを統計学的に解析することにより得られたものであり、鹿野ほか(1991)による地質時代区分をおこなっている。この区分では、第四系中部更新統をQ2、下部更新統をQ1、新第三紀鮮新統~上部中新統上部をN3、上部中新統下部~中部中新統中部をN2と呼んでいる。そのため、本環境図の上・中部更新統の基底面はQ2の基底面、下部更新統の基底面はQ1の基底面に該当し、それ以深が鮮新統以深となる。なお、ボーリングデータが空間的に偏在している関係上、本地域においては平野部以外のモデルの信頼性が低くなる(越谷ほか,2012)。
 このモデルによれば、勇払平野の上・中部更新統の基底面は概ね標高-100~-200mに分布する。太平洋に向かって緩やかに傾斜し、苫小牧市街地では-200m程度である(図6)。この深度領域は本図で掲載する多くの地下水調査地点が含まれる。下部更新統の基底面は起伏が大きく、やはり太平洋側に向かって傾斜し、苫小牧港にて標高-900mに達している(図7)。このように下部更新統は他と比較して非常に厚い。なお、越谷(2012)のモデルでは表現されていないが、反射法地震探査データの解析では、静川台地の地下で逆断層による地層のドーム状の高まりがみられ(横倉ほか,2014)、これは山口(1978)も指摘している。横倉ほか(2014)の強反射面を追跡すると、この地点の深度100mの地層は、苫小牧港周辺の深度400~500mに位置する地層に相当すると思われる。したがって、静川台地の深度100mには下部更新統が分布すると推定される。山口(1978)は、このような構造は水理水頭や水質の局所的な異常と密接な関係があると述べている(3.3節)。

表1  編集地域の層序(小松原ほか,2014)

表2  本図で用いた地下水取水層の区分


図3  本地域の地質図(産業技術総合研究所地質調査総合センター(編),2015を一部簡略化。以下の図でも同様)


図4  完新統基底面の標高分布(小松原ほか,2014を簡略化)


図5  支笏火山噴出物基底面の標高分布(小松原ほか,2014)


図6  上・中部更新統基底面(Q2基底面)の標高分布(越谷ほか,2012を使用)


図7  下部更新統基底面(Q1基底面)の標高分布(越谷ほか,2012を使用)

2.2.2 支笏火山噴出物

 支笏湖から馬追丘陵までの地質断面は詳しく調べられている(図8:測線位置は図9)。Hu et al.(2003)によれば、千歳台地の地質は大きく3つの地質単元からなる。上位から、①後支笏火山噴出物(後期更新世から完新世)、②支笏火砕噴出物、③先支笏火山噴出物(中部~上部海成堆積物)である。本環境図において①は完新統に相当する。
 このうち、層厚からみて水文地質学的に重要なのは②と③である。本環境図では②をひとまとめにして支笏火山噴出物としているが、より詳しくは、上位の支笏パミス流(Spfl1~3層)と下位の支笏火山灰(Spfa1~10層)に区分される(Hu et al., 2003)。Spfl層はShikotsu pumice flow deposits, Spfa層はShikotsu pumice fall depositsの意味である。
 上位の支笏パミス流(Spfl1~3層)の全層厚は4~130mであり、全体的に3つに分けられる。上部のSpfl1層(最大層厚20m)はもろいパミス流堆積物であり、Spfl2層(最大層厚70m)は溶結凝灰岩で東にいくほど層厚は急激に薄くなる。下部のSpfl3層(最大層厚80m)の固結度は低い。下位の火山灰は合計10層よりなり(Spfa1~10層)、その全層厚は0.85~17mである。こちらも全体的に3つに分けられる。上部(Spfa1~2層:最大9m)はパミスからなり、もっとも透水性が高く、“水みち”的な役割を果たしていると考えられている(Saito et al., 2003)。中部(Spfa3~6層:最大層厚2.25m)はパミスとロームの互層でありやや透水性が低い。下部(Spfa7~10層:層厚0.5~8m)はスコリアで、こちらもSpfa1~2層と同様、本地域の主たる地下水胚胎層の1つと考えられている。このような支笏火山噴出物内の地下水の流れについては水理水頭分布図から明らかにされており、これについては第3章で述べる。
 ③は本環境図においては上・中部更新統に相当する。礫、砂、シルトよりなる海成堆積岩類が主であり、支笏火山噴出物中の地下水の流れに対する基盤と考えられている。図8の範囲内でもっとも層厚が厚いのはフモンケ累層(30~40m)であり、これはシルト~中粒砂岩と砂質礫岩からなる。地層の形成年代は表1の厚真層よりも古く約300万年である。なお、Hu et al.(2003)は、支笏火山噴出物およびその周辺層の透水性を表3のようにまとめている。周辺層と比較してSpfa1-3層の透水性が最も高い。


図8  支笏湖から馬追丘陵までの地質断面図(Yoshida et al.,2003を一部変更)
Spfl層は1つにまとめた。


図9  Yoshida et al.(2003)の測線

表3  支笏火山噴出物およびその周辺層の透水性(Hu et al.,2003を一部変更)
揚水試験などによって得られた透水係数。JFT法と呼ばれる別の手法では、Spfl層は10-4cm/s、Spfa1~2層とSpfa7~10層は10-2m/sが得られている(Kon et al., 2003)。記号のうち、AS(アウサリ層)やFM(フモンケ層)に続く下付き文字はsは砂、gは礫層を意味する。表5でも同様の記号を用いる。

2.2.3 平野部更新統

 尾崎・小松原(2014)によると、本環境図の更新統に相当するのは、酸素同位体ステージ11堆物(広田ほか(1996)の早来層、SZ-Ⅱ層が相当)、酸素同位体ステージ7および9堆積物、酸素同位体ステージ5堆積物(本地域においては泥炭質堆積物として広範囲に追跡される。広田ほか(1996)の厚真層に相当)、本郷層などである。
 広田ほか(1996)によると、酸素同位体ステージ7および9堆積物、酸素同位体ステージ5堆積物、そして本郷層は上・中部更新統に含まれる。山口ほか(1959)は、この上・中部更新統の深度領域ではシルト層が多く分布し、数枚の水平に堆積した砂層や礫層が認められると述べている(第3章)。それゆえに山口(1959)は、これらの砂層に対し上位から第1~2被圧帯水層という名称を与えている。
 一方、山口(1978)によると、下部更新統の透水性は上・中部更新統に比べ1桁近くも下回っているとされている(ただし、山口(1978)では、当該地質は鮮新統と分類されている)。下部更新統にはSZ-Ⅱ層が含まれ、岩相は中~細粒砂層で、上部は細砂と砂礫層からなる。広田(1996)によると、下部更新統は-150m以深に分布するとされており、砂層や礫層などの粗粒堆積物は良好な帯水層を形成している、とされている。

3. 地下水面と地下水位

3.1. 定義

 地下水面はwater table、地下水位はgroundwater levelである。具体的には地下水面は最も浅い井戸の水面を、地下水位は深さにかかわらず井戸の中に現れる水面の位置を意味する。どちらも多くの場合、標高(m)で表される。地点が特定された場合、地下水面は1つの値しかとれないが(一つの深さにしか現れないが)、地下水位は同一地点でも深さに応じてさまざまな値をとりうる(榧根,2013)。また、井戸のスクリーン幅が小さい場合、水位はその代表深度の水理水頭(標高m)とみなすことができる。

3.2. 支笏火山噴出物

 Suzuki et al.(2003)によれば、本地域では合計333地点の観測井があり、支笏火山噴出物においてはSpfl層にて72地点、Spfa1-2層にて100地点、Spfa7-10層にて61地点での調査がおこなわれている。後述する地下水面図や水理水頭分布図は、これらの観測結果が元となっている。なお、Seki et al.(2003)によると、美々川源頭部と千歳市駒里の2ヵ所で水位の連続観測をおこなっているが、1995~1996年の間に50cm内外の季節変動が認められる。
 図10は、千歳台地から馬追丘陵に至るまでの地下水面図である(Yoshida et al., 2003)。駒里あたりに分水嶺が認められ、それよりも南側では美々川方面に向かって地下水面が低くなる。また、70mのコンターでも明らかなように、千歳台地上にも明瞭な分水嶺があり、それよりも南側に涵養された地下水は、ウトナイ湖周辺以南へ向かって流動していると考えられる。
 千歳台地から馬追丘陵の水理水頭の断面図は図 11の通りであり、図10同様、千歳台地および馬追丘陵方面にて涵養された地下水が美々川に向かって流動していることが示されている。図11に記されているのは主に支笏火山噴出物中の地下水の流動であり、これには後述する千歳台地の標高90mの湧水帯へ流出するものや、降雨が地下水涵養後ただちに河川に流出する地下水も含まれる。なお、美々川の西の深度約30m(Spfa層)に流線が集まっているが、これは地下水の揚水によるものと思われる。
 Seki et al.(2003)は 2 つの測線について(図12)、地質および水理水頭の断面図を描いた。A-A’の美々川源流域では美々川に地下水が流出していることが示されており、Spfa7~10層以深では上向き成分が認められる(図13)。B-B’の千歳台地における南北断面では、分水嶺から下位のSpfa層 に向かって地下水が流動している様子が描かれている。また、その下位の上・中部更新統では再び水理水頭が高くなっている。以上の図13、図14より支笏火山噴出物中の地下水に対しては、Spfa層が水みち的な役割を果たしており、更新統海成層以下の地下水流動は、その上位と比較して著しく不活発になっていると予想される。


図10  1997年の地下水面図(Yoshida et al., 2003)
は観測井の位置

図11  地質断面図と水理水頭分布図(Jimbo et al., 2003)
青色の線は地下水面および等水理水頭線(m).Spfa層が水みち的な存在になっている。


図12  Seki et al.(2003)の測線
赤色の線はSeki et al.(2003)の測線AおよびB


図13  美々川源頭部付近の地質および水理水頭分布図(Seki et al., 2003を一部変更)
測線の位置は図12のA-A’である。●は水理水頭の観測地点(観測井のスクリーン)であり、En、Ta、Lm等は後支笏火山噴出物、TA、As、FM等は先支笏火山噴出物、BBは沖積層。


図14  千歳台地の地質および水理水頭分布図(Seki et al., 2003を一部変更)
測線の位置は図12のB-B’である。En、Ta、Lm等は後支笏火山噴出物、TA、As、FM等は先支笏火山噴出物。Aは沖積層。

3.3. 更新統

 今日では井戸に固定式のポンプやふたが備え付けられていて、水位が測定できる井戸が少なくなっている。さらに長期間の揚水により、本地域の水理水頭場はかなり乱されてしまっている(広田,1996)。このような観点でみると、本地域では山口ほか(1959)と山口(1978)の記載が、(より自然状態に近い条件での)上・中部更新統以深の水理水頭を知るうえでの貴重な資料となると考えられる。
 山口ほか(1959)の記述によれば、勇払平野の更新統は礫・砂・粘土の互層であって、ほとんど水平に成層している(図15)。そして柱状図の対比から、深度180mまでは4つの帯水層に分類される(表4)。本水文環境図との対比では、第1~第3被圧帯水層は上・中部更新統、第4被圧帯水層は下部更新統の最上部に相当する。
 同報告では、苫小牧駅、苫小牧市沼の端、苫小牧市勇払での水位の測定結果が掲載されているが、これらの地盤標高は苫小牧駅で7.1m、苫小牧市沼の端で5.2m、苫小牧市勇払で3.2m程度である。よって、上・中部更新統内の水理水頭を表4から求めると、苫小牧駅で9.1~11.1m、苫小牧市沼の端で8.2~8.7m、苫小牧市勇払では7.2~9.2mとなる。


図15  山口(1959)の帯水層区分図

表4  山口(1959)による井戸の水位、湧出量の帯水層区分(一部修正)
水理水頭は、井戸孔口に圧力計あるいは連結管を立てて水柱高で測定した。

 一方、山口(1978)は安平川を境として井戸の深さが異なっている点を指摘した。すなわち、安平川の西側では深度150mを超えるものがほとんどで、100m未満のものはごくわずかであるが、安平川の東側では100m未満のものが圧倒的多数で100mを超えるものはごくわずかである。この理由として自噴地下水の得られる深度の違いを挙げている。静川台地の東にある厚真川流域については深度80m前後の帯水層の水理水頭は、勇払郡上厚真以北では地上2~4m、勇払郡浜厚真付近では地上1m足らずである。上厚真の標高は約6m、浜厚真は5m程度なので、水理水頭は上厚真で8~10m、浜厚真で6m程度となる。これは苫小牧市勇払周辺とほぼ同じかやや高い値であることから、厚真川流域の地下水が千歳台地からもたらされているとは考えにくい。
 なお、山口ほか(1959)は、上・中部更新統の第2被圧帯水層と第3被圧帯水層の水理水頭差は2m前後と推定されるのに対して、下部更新統の第4被圧帯水層では第3被圧帯水層と比較して、5~7mの違いがあったことを指摘している。 これらの地域では地下水流動系の流出域にあたるが、理論的には等方均質の地質であっても流出域の深層にて高い水理水頭が発生する(Toth,1962)。しかし、本地域では下部更新統で急激に水理水頭が大きくなる。これは下部更新統の透水性が上・中部更新統よりも小さいことが原因になっていると推定される。また、山口(1978)の調査で最も水理水頭が高かったのは、柏原台地上の元柏原小学校(スクリーン深度134~146m)の+26m(地表から+9.1m)とされている。これは下部更新統に分類される領域だが、このような高い水理水頭が存在する原因は不明である。
 なお、近年については広田(1996)が20~25年間の地下水位情報をまとめている。苫小牧市街地とその周辺では地表から深度80mくらいまで(支笏火山噴出物と上・中部更新統)、地下水位が年平均7cm程度の割合で低下しており、より深い中部から下部更新統では年平均18cm程度も低下している、と述べられている。深部の帯水層の方が深部のそれよりも2.5倍程度も低下量が大きい理由として、深部の帯水層に揚水が集中していることが指摘されている。これに上記の結果を加味すると、下部更新統に近づくにつれて上位からの地下水は供給されにくくなっていると考えるべきであろう。

3.4. 比湧出量

 平野部で比較的良質な地下水が得られる場所は、沿岸低地の背後にあって厚い支笏火山噴出物をのせた台地とその縁辺、海岸の砂丘地帯に限られる(山口,1978)。広田ほか(1996)が調査した井戸のうち、千歳市駒里から柏原台地(図3)にかけての火砕流台地上に位置する井戸では、比湧出量は1,660~4,240m3/(d・m)の範囲にあり、日本各地の比湧出量と比べると極めて大きい(図16)。
 一方、低地の泥炭地では地下水水質は一般に劣悪である。そのためこれを掘り抜き、その下にもぐりこんでいる支笏火山噴出物層とその直下にある上・中部更新統の砂~砂礫層から地下水を得ているケースが多い。下部更新統や鮮新統も採水の対象となっているが、スクリーンの挿入箇所は比較的薄い砂層や砂礫層の部分だけであり、それらは厚いシルト~粘土層に挟在されている。したがって、下部更新統や鮮新統については地層の体積から見積もられるほどに地下水賦存量は大きいわけではない。


図16  日本各地の比湧出量(データは農業用地下水研究グループ 「日本の地下水」編集委員会,1986より)
比湧出量が大きい井戸は、地下水を揚水しても水位が下がりにくい。

4.地下水水質

4.1. 各成分の空間分布

 本節では、完新統基底面標高分布図支笏火山噴出物基底面標高分布図上・中部更新統基底面標高分布図下部更新統の基底面標高分布図と、井戸の位置情報とスクリーン深度情報を合わせて、既存の水質データの地下水取水層を判読した。ここでは井戸および水質データには、山口ほか(1965)、山口(1978)、松波(1993)、広田ほか(1996)、茂野(2011)、内田ほか(2012)、町田ほか(2016)を用いた。以下では、水温、電気伝導度、pH、HCO3-濃度(アルカリ度より換算)、Cl-、SO42-について検討する。ただし、各データの調査方法や分析方法については考慮しておらず、以下の図では水質等の時間変化についても考慮していない。なお、図中の採水地点での〇や□などの図形は取水層の違いを反映しており、色は濃度や値の違いを反映している。

・水温

 地下水温の分布図によると、完新統の地下水の水温は10.1~15.0℃を示しているが全てが11℃未満である(図17)。支笏火山噴出物内の地下水は10℃未満のものが多い。水温がやや低いのは、地下水が苫小牧よりも標高の高い地域で涵養されたためと考えられる。上・中部更新統中の地下水の水温も概ね10.1~15.0℃の間となる。一方、勇払平野での下部更新統は15℃以上になっているものがみられる。これらの井戸深はほとんどが200mを超えており、地温勾配が反映されたものと考えられる。一方で石狩平野や柏原台地の200m以深の地下水の水温は10~15℃であり、その多くが11℃以下と低い。これは本地域の地下水流動がこの深度領域まで活発なためと考えられる。鮮新統以深ではほとんどが20℃を超えている。


図17  採取層毎の地下水の水温分布

・電気伝導度

 Jimbo et al.(2003)によれば、千歳川を除くほぼ全ての河川水は湧水を源としている。千歳台地には主に標高90mと美々川周辺の2つの湧水帯があり、標高90mの湧水の電気伝導度は120μS/cm以下で、これらは降水の涵養後に直ちに流出したものである。一方で美々川を流出域とする湧水は270μS/cmに達するものがあり、同じ湧水であっても電気伝導度が異なる、とされている。2014、2015年に採取した地表水の電気伝導度分布によると、千歳台地上は100μS/cm以下が卓越している。これはJimbo et al.(2003)が述べた通り、涵養してさほど時間が経過していない地下水が河川に流出したためと考えられる。平野付近では電気伝導度が300μS/cm以上の地点もあり、生活、畜産、農業等の人為的な影響が表れている可能性がある(Jimbo et al., 2003; 余湖,2008)。


図18  地表水の電気伝導度分布

 地下水の電気伝導度も(図19)、千歳台地の支笏火山噴出物中の地下水は100μS/cm以下を示す地点が多い。地表水の電気伝導度分布と合わせて考えると、この領域には電気伝導度の低い地下水が普遍的に分布していると考えられる。一方、苫小牧臨海部の完新統からの地下水は500μS/cmを超えているものも散見される。これは勇払平野にて涵養された地下水は完新統からの成分溶出により、その下位に位置する支笏火山噴出物層内よりも水質が不良となっている、という従来の報告(山口,1978)と整合的である。また、勇払平野の上・中部更新統は300~500μS/cm程度を示すようである。一方、千歳駅方面の台地斜面部では下部更新統の領域でも300μS/cm以下の地点が多い。


図19  採取層毎の地下水の電気伝導度分布

・pH

 pHの分布図によると、完新統中から得られる地下水のpHは大きな幅をもつが、支笏火山噴出物の地下水は7.5以下のものがほとんどである。一方、上・中部更新統と下部更新統はほとんどが7.5よりも大きくなる。また、静川台地の南側や海岸線に近い地域では上・中部更新統~下部更新統では8.0以上の地点が多くなっている。ばらつきはあるが概ね浅層から深層に向かうにつれてpHは上昇する傾向にある。


図20  採取層毎の地下水のpH分布

・HCO3-濃度

 HCO3-濃度の分布図によると、完新統中から得られる地下水のHCO3-濃度は100~200mg/Lを示すものが多い一方、支笏火山噴出物では100mg/L以下のものがほとんどである。一方で、上・中部更新統ではHCO3-濃度は200mg/Lよりも高い地点が多くなり、海岸線付近では300mg/Lよりも高い地点も認められる。なお、電気伝導度やpHと同様、石狩平野の下部更新統の地下水のHCO3-濃度は200mg/L以下で、南の勇払平野とは明瞭に区分される。鮮新統以深では、半分以上の地点で500mg/L以上となる。


図21  採取層毎の地下水のHCO3-濃度の分布

・Cl-濃度分布

 Cl-濃度の分布図によると、完新統中から得られる地下水のCl-濃度は10~20mg/L程度の地点が多いが、地点による差が大きい。支笏火山噴出物では大半が10mg/L以下の低い値となっている。上・中部更新統と下部更新統でも同様の低い濃度範囲を示すものが多いが、苫小牧駅周辺では100mg/Lを超えるものも認められる。鮮新統以深では100mg/Lよりも高い地点が多くなり、地下水流動が不活発になっていることが示唆されるが、道央自動車道と千歳川が交差するあたりの鮮新統では10mg/L以下の地点がある(後述)。


図22  採取層毎の地下水のCl-濃度の分布

・SO42-濃度分布

 SO42-濃度の分布図によると、完新統中から得られる地下水のSO42-濃度は場所により大きなばらつきを示す。支笏火山噴出物では20mg/L以下の地点が大半である。一方、上・中部更新統と下部更新統を採取層とする地下水は、一部を除き5mg/L以下である。これは微生物の代謝活動によってSO42-が還元されたためと考えられる。鮮新統以深のSO42-濃度も低いが、東部の海岸線付近では50mg/Lを超えるものも認められる。


図23  採取層毎の地下水のSO42-分布

4.2. シュティッフダイアグラム

4.2.1. 千歳台地から美々川源流部

 千歳台地から美々川源流部の地下水の水質に関しては、Jimbo et al.(2003)が取水層別のデータを報告している。このようなデータは極めて貴重であるが、一部採水地点が不明なものがある。そこで図24では、Jimbo et al.(2003)の分類したシュティッフダイアグラムとその地点名をまとめて示し、採水地点が明らかなものについては、改めて千歳台地の地下水のシュティッフダイアグラムに示す(図25)。ただし、シュティッフダイアグラムのスケールは本水文環境図中の他の図で使用しているものと同じ4.0meq/Lになるように図を修正した。図25で用いたデータの諸元については表5に示す。
 シュティッフダイアグラムは図24に示すように、地下水のHCO3-、Cl-、SO42-、Na++K+、Mg2+、Ca2+の濃度を視覚的に示したものであり(NO3-を含む場合もある)、これらの溶存イオン量が多いほどダイアグラムは幅広になる。ダイアグラムには6つの角があるが、それぞれは凡例に示す各イオンに対応する。中心軸からそれぞれの角までの水平長は、これらイオンの当量濃度を反映している。人為的な影響がなく、且つ同一環境下では地下水年代(平均滞留時間)が長ければ長いほど、地下水中の溶存イオン濃度が高くなるため、シュティッフダイアグラムは幅広になる。
 この図によると、湧水や(湧水が源になっている)河川水のダイアグラムは最も小さい。支笏火山噴出物中の地下水はCa(HCO32型やNaHCO3型を示しており、湧水や河川水と比較してやや幅広であり、イオン濃度が高いことが示されている。これらの地下水が湧水として湧出することは、Takahashi et al.(2003)によるδDとδ18Oの調査結果からも裏付けられているが、地下水のイオン濃度が、河川水や湧水のそれよりも高いことを考えると、河川水や湧水は支笏火山噴出物中を流動してきた地下水と、湧水地点近傍で涵養された降水の混合によって形成されていると考えられる。なお、これら支笏火山噴出物中の地下水には人為汚染によるNO3-が検出されるものがある(Jimbo et al., 2003; 余湖,2008)。
 一方、上・中部更新統の地下水はNa+とHCO3-濃度が高く、ダイアグラムは明らかに大きい。さらに、これらの地下水はNO3-を含んでいない。このように更新統中の地下水は支笏火山噴出物中の地下水の水質と大きく異なる。Jimbo et al.(2003)は更新統内の地下水は千歳台地の地下水流動とは関係しておらず、(支笏火山噴出物中の地下水の動きと比較して)停滞水となっているだろう、と述べている。
 なお、Takahashi et al.(2003)は、自然由来の水素放射性同位体(トリチウム:3H)の分析結果をおこない、地下水年代(平均滞留時間)を推定している。3Hは大気中で生成され、今日では降水中に若干量が含まれている。これは地下では12.4年で半減することから、地下水中の3H濃度から地下水年代を推定することができる。その結果、ほとんどの地表水、湧水、支笏火山噴出物(Spfl層:2.2.2節)より得られる地下水は地下水年代が20~30年であることが明らかになった。一方、その下位にある透水層Spfa1層や、それ以深から得られる地下水の3Hは検出限界以下のもの(地下水年代が約50年以上)が増え始める。その理由として、Spfa1層には、Spfl層からだけでなく、その下位からの地下水も流入してくるためと推定されている。概してSpfl層を流動する地下水年代は20年、それ以深は徐々に古くなり、上・中部更新統では少なくとも50年以上になると言えそうである。


図24  シュティッフダイアグラム(Jimbo et al.,2003)
本環境図では、浅層から中層の地下水は支笏火山噴出物、深層地下水は上・中部更新統の地下水を意味する。


図25  千歳台地の地下水のシュティッフダイアグラム(Jimbo et al.,2003のシュティッフダイアグラムを使用)

表5  Jimbo et al.(2003)の調査地点の諸元(対象採取層、δD、δ18O、3H、採水日はTakahashi et al.,2003より)。Spfl層、Spfa層については2.2.2節を参照されたい。AS(アウサリ層)、FM(フモンケ層)のあとに続く下付き文字はcは粘土、sは砂、gは礫層を意味する。

4.2.2. 平野部のシュティッフダイアグラム(完新統~更新統)

 本節では4.1節のデータを用い、位置情報が明らかな地点についてシュティッフダイアグラムを示す。調査地点を図26、シュティッフダイアグラムを図27に示す。


図26  著者らおよび既存の文献の調査地点

 勇払平野について、完新統に胚胎される地下水はダイアグラムの大きさ、水質タイプともに不規則である。山口ほか(1959)によると、苫小牧臨海部の完新統中の浅層地下水は深層地下水に比べpHが低く、鉄分がかなり多く、SO42-が多量に検出されると報告されている(pHとSO42-濃度については前節の図20および図23でも同様の結果が得られている)。すなわち、完新統中の地下水(とその直下の一部の地下水)の水質は自然状態において不良である。これが当時、本地域にて自噴井の開発が進んだ理由とされている。
 支笏火山噴出物内の地下水は前節で述べたようにCa(HCO32型とNaHCO3型が多く、溶存成分量が少ないものが多い。支笏火山噴出物層の地下水の溶存成分量が少ないのは、地下水流動が活発で地層が十分に洗脱されているために、水―鉱物反応が十分に進んでいないためと考えられる。一方、図27について、上・中部更新統と下部更新統に注目すると、同一地域での取水層の変化よりも、むしろ地域的な差が大きい。明らかに石狩平野ではダイアグラムが小さくCa(HCO32型とNaHCO3型が多いのに対し、勇払平野ではNaHCO3型が卓越し、溶存成分量は大きい。そして安平川の河口付近や弁天池付近では、顕著なNaHCO3型地下水が認められる。
 この結果より、千歳台地から石狩平野方面に向かう地下水流動は深層を含めて活発であると推定される。地下水は支笏火山噴出物中を斜面に沿って流動しているが、そのうちの一部は更新統内にも流動し、その影響は下部更新統まで及んでいるのだろう。このような結果を考えると、本地域は、浅層から深層の地下水利用に際して有望であると考えられる。一方、美々川~ウトナイ湖~苫小牧に向かう地下水のほとんどは美々川、ウトナイ湖、勇払川等に流出していると考えられ、更新統中の地下水の流れは、石狩平野方面よりも緩やかと思われる。また、苫小牧港に向かう更新統中の地下水は、臨海部においても(自然状態の)水理水頭は海水準以上を保っており(第3章)、海底に湧出しているか、あるいはより塩淡境界の淡水側が海底側に張り出した形状となっているだろう。なお、苫小牧港方面の地下水のほとんどは美々川、ウトナイ湖、勇払川等に流出していると考えられる。安平川の河口付近では更新統が浅い領域に分布するが(図6)、胚胎される地下水は顕著なNaHCO3型を示しており、地下水流動が著しく緩慢になっている可能性がある。


図27  地下水水質のシュティッフダイアグラム表示
取水層毎に色分けしている。スケールが凡例と異なるものについては、ダイアグラムの上に示した。

4.2.3. 平野部のシュティッフダイアグラム(鮮新統以深)

 松波(1993)は、石狩低地帯から稚内に至る新第三系堆積盆に貯留する塩水を、普遍的な深層水として統一的にとらえるべきと述べており、その起源を海水と予想している。また、広田ほか(1996)は本地域の不透水性基盤は中~後期中新統の堆積岩と述べている。これらの結果を受け、井川ほか(2014)は石狩低地帯において地下水のCl-濃度や地質等の既存データを用いた解析を行い、山地、平地に関わらず流動性地下水の到達限界は後期中新統の基底付近までであることを確認した。この上部中新統の基底深度は、千歳空港の位置で-2800m、苫小牧港あたりで-2000mと極めて深く、本環境図で扱った井戸は全てこの上位に位置している(図28)。


図28  中部中新統基底標高分布(越谷ほか,2012を使用)

 茂野(2011)によれば、千歳駅から千歳川に沿って上流側(西方)約10kmに鮮新統以深から得られた2つの地下水があり、これらは約1000m深の井戸から得られたものである(図 27:道央自動車道と千歳川の交差するあたりの赤いダイアグラム)。この2地点の水質はNaHCO3型であり、Cl-濃度は10mg/L以下と極端に低い。この理由として涵養域に浸透性が高い支笏火山噴出物が表層に分布すること、苫小牧方面に比較して地表に流出するような河川が少ないことから、深層へ流動する地下水が多いことが考えらえる。また、柏原台地の南(深度990m)にて電気伝導度が1000μS/cm程度のNaCl型地下水が自噴している。したがって、これらの地点では循環系地下水は鮮新統以深にまで及んでいることになる。一方、勇払平野の鮮新統以深では高濃度のNaCl型が分布している。これは地下水が非常に流動しにくい条件になっていることを示唆する。以上より、鮮新統内の地下水は北から南に向かって停滞性になっていくと考えられる。

5.地下水温

 地下水温の鉛直変化に関して、山口(1959)は苫小牧駅付近では34m/℃(2.9℃/100m)、苫小牧市沼の端では31m/℃(3.2℃/100m)、苫小牧市勇払では31m/℃(3.2℃/100m)と推定した。いずれも地下10mでの水温は9±0.2℃とされている。なお、当時は自噴井が多かったため、自噴地下水の水温を孔口で測定し、スクリーン深度から温度勾配を求めたようである。
 広田ほか(1996)によると、本地域の深度250mまでの井戸では、30~40℃/kmの地温勾配が報告されている。さらに深い温泉井での湧出温度に基づくと20~30℃/km程度となる(茂野,2011)。これは日本の堆積盆地の中では非常に小さい値である。この原因は,周辺山地にて涵養された地下水が深部への急速に流動したためと推測される。
 なお、今日各地で地中熱ヒートポンプシステムの設置が進んでいるが(環境省水・大気環境局,2013)、本環境図ではそのための予備データとして、19の観測井において、水温の鉛直プロファイルを調査した(図29)。このうち、最も深い井戸は千歳台地上の4(4)-2-P(井戸深110m)と、千歳市駒里の北の7(4)-13-P(井戸深74m)であるため、この2点の水温鉛直プロファイルを図30に示す。4(4)-2-Pでは管頭から10mの深度にて最低温度8.8℃となり、そこから深度110mの12.0℃まで上昇する傾向がみられる。この地点の温度勾配は約3.2℃/100mである。一方、7(4)-13-Pでは管頭から12mにて最低温度9.1℃、そこから深度74mの11.0℃まで上昇する。この地点の温度勾配は約2.5℃/100mである。これらの値は上記の温度勾配と整合的である。


図29  観測井を用いた温度プロファイル調査地点

図30  観測井4(4)-2-P(左)と、7(4)-13-P(右)の温度鉛直プロファイル

6.水素・酸素安定同位体比

 図31は水素・酸素安定同位体比に関する既存の調査結果をまとめたものである。本環境図のように広域の地下水を調査する際、これらの安定同位体は地下水の涵養域や涵養時期などを明らかにするために用いられる。図31に示す通り、本地域の地下水の水素・酸素安定同位体比は、ほぼ直線的な関係があり、δD=8δ18O+14の直線付近にプロットされる。これは地下水が天水起源であることを意味する。また、本地域については平野の東側の下部更新統から得られた地下水の水素・酸素安定同位体比が著しく低い。今日、寒冷地にもたらされる降水の水素・酸素安定同位体比は低くなることが知られていることから(同位体の温度効果;Dansgaard, 1964)、勇払平野東部の下部更新統に認められる同位体比の低い地下水は、最終氷期の寒冷期に涵養された地下水(地下水年代が1万年以上)の可能性がある(町田ほか,2016)。この領域の地下水利用は、急激な水位低下を引き起こす可能性があるため、地下水利用の際には、注意深い水位モニタリングが必要である。


図31  地下水、湧水、河川水のδD-δ18Oの関係
大きい記号と+は町田ほか(2006)にて掲載されているものであり、その他の記号(凡例では*)はTakahashi et al.(2003)による。

7.終わりに

 地下水に関する情報は、その周辺のデータと比較することによって、格段に深い理解が得られる。例えば、ある地点の深度50mから得られた地下水のCl-濃度が20mg/Lだったとする。このようなとき、周辺あるいはさらに広域の水質の分布が明らかになっていれば、得られた20mg/Lという値が、周囲よりもどれだけ高いのか(低いのか)を明確に判断できるだろう。近年は浅層だけでなく、大深度の温泉などから深層地下水の情報を得ることができるようになってきた。これにより、地下水の特性を三次元的にみることができ、結果的に、地下水の性質や流動は、浅層と深層で大きく異なることが明らかになった。このような情報は、地域の地下水利用という面でも役に立つだろう。例えば、本環境図では、勇払平野と千歳市付近での深層地下水の水質を比較しているが、その結果、千歳市の方が深層地下水の流動は活発で、それゆえに地下水利用に際してより有望と推定された。また、勇払平野の中でも東側の深層の地下水流動はより緩慢なため、その地下水の利用には注意深い観測が必要であることが示された。このように、水文環境図は地域の地下水利用のための基礎となりうる資料であり、様々な用途で役立てていただければ幸いである。

謝辞

 日本工営株式会社の篠塚佳紀氏、藤村善安博士をはじめとするメンバーには調査にご協力をいただいた。ここに謝意を表する。 なお,本水文環境図の公開に係る図表のうち,必要なものについては全て転載に係る許可をいただいた。ここに記して深く謝意を表する。

8.参考文献

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