1763年噴火噴出物

1763年8月17日(寶暦十三年七月九日)夜より鳴動が頻繁にあり,雄山の山頂から赤熱の岩片が稲妻のように飛んだ.翌日から鳴動,地震が頻発する中,薄木からも噴火が始まった. 阿古,坪田両村にはスコリアや火山灰が多量に降り,伊豆,神着にも降灰があった.薄木には深い火口が形成され,水が湧いて池となった.この火口が新澪池であると伝えられている.噴火は1769年(明和六年)まで続いた.1763年噴火をもたらした割れ目火口列は3条の割れ目の二番目にあたる.スコリアは南東山麓にかけて厚く降下し,薄木周辺ではこれを覆って爆発角礫岩が堆積した.また,新澪池北方の小火口から薄木へ溶岩が流れ下った.この噴火を期に阿古住民は東山から再び現在の地へ移村したという.
1763年噴火噴出物の分布
1763年スコリア丘1763年スコリア丘 1763年溶岩流1763年溶岩流