2000年カルデラ

図35 南東上空から見た2000年カルデラ.2002年2月撮影

2000年7月8日から始まった山頂部の陥没は,次第にその径と深さを拡大し,8月末までに直径約1.7km,深さ約500mと,カルデラと呼んでもよい大きさにまで成長した(中田ほか,2001a).カルデラ形成は約2500年前の八丁平カルデラ形成以来である.カルデラ地形は2000年9月までにほぼ完成し,カルデラ縁の崩落で多少の拡大とカルデラ底の埋積はあるものの,それ以降目立って大きな変化はない.
カルデラ縁は,北半は八丁平カルデラ縁を越えたところまで達し,南半は八丁平カルデラ内にとどまっている.

図36 三宅島2000年カルデラの地形.2000年カルデラ縁を実線で,八丁平カルデラを破線で示す.また2000年カルデラ縁に番号を振ってある.(国土地理院「三宅島噴火地形図1:5000」使用)

カルデラ縁の北北東,スオウ穴東から時計回りに北西付近までの標高は700m前後,北西側は八丁平カルデラの外側までカルデラが拡大したため谷筋をカルデラ縁が切った所では低くなっている.北側カルデラ縁はやや高く,もっとも高いスオウ穴西側で約760mに達する.カルデラ壁の傾斜は通常70-60度程度,カルデラ底最深部標高は約250mほどで,カルデラ壁の比高は北側カルデラ壁で最大約500mほどである.
カルデラ南壁に寄りかかるように比高約240mの火砕丘があり,長径約400m,短径約300mのやや北西に延びた火口(以後主火口)がある.主火口内部は,大きく浅い北側火口と深い南側火口の2つに分けられる.北側火口には活発な高温(最高観測値460℃,気象庁,2002)噴気活動を続ける噴気孔がある.南側火口は噴煙に妨げられてよく観察できないことが多いが,竪穴状である.2000年9月以降の火山灰放出を伴う小噴火はこの南側火口で起きているらしい.このほか主火口から北西に延びる線上に白色噴気を上げる噴気帯が並んでいる.噴気はこの他火砕丘北側斜面の侵食谷内ほか数ヶ所にもある.これらの地形,噴気口の位置なども2000年9月以降大きな変化はない.

図37 2000年カルデラ内火砕丘 北西上空から見る.中央が主火口.大きく北火口と南火口からなる.カルデラ南壁は溶岩流が卓越する.2003年5月撮影.

カルデラ底北東部には2000年9月中旬に出現した小丘がある.くわしい成因は不明だが火山地質図では火砕丘とした.カルデラ壁の崩壊に伴い崖錐が発達するとともに,特に大きな崩落に伴う岩屑なだれ堆積物がカルデラ底を広く覆うことがある.以前はカルデラ底に池が存在したが,岩屑なだれなどで埋積され,2005年ごろにはいくつかの小さなものが残るだけである.

2000年噴火カルデラ内の火砕丘,崖錐,岩屑なだれ分布 西方海上の赤丸は海底噴火地点
2000年噴火火砕丘 岩屑なだれ堆積物 崖錐

図38 北西から見下ろした2000年カルデラ カルデラ底.中央やや左下が2000年9月に出現したマウンド.

カルデラ壁に露出する三宅島火山断面

図39 カルデラ北北東壁に露出する降下火砕岩とスオウ穴火道

三宅島2000年カルデラは約2500年前に形成された八丁平カルデラよりやや北に偏った位置に形成されたため,カルデラ壁北半には先八丁平カルデラ噴出物(大船戸期,坪田期)が,カルデラ壁南半の浅部には八丁平カルデラの埋積物(雄山期,新澪期)が露出することが予想される.

カルデラ壁北半部

カルデラ壁北半(図36の7-19間及び1-3間)には,非溶結の降下スコリア累層,アグルチネート層,多数の岩脈ならびに溶岩流が露出する.降下スコリア累層はカルデラ北壁面最下部から標高約650-670m付近までを占め,カルデラ底からの厚さは約400-420mに達する.溶岩流または溶結岩体,貫入岩体の占める割合は大きくなく,降下火砕物が卓越する.降下スコリア,アグルチネートの色は黒色-赤色が大部分だが,18-19間標高400m付近の貫入岩体周辺は黄色-白色に変色している. 7-19間の標高650-670m以上には降下スコリア層を不整合におおってアグルチネート層がある.このアグルチネート層はカルデラ縁最高点(18地点)付近でもっとも厚くなり,厚さ約120mに達する.14-15間にはアグルチネート層のさらに上位に,降下火山灰層,降下スコリア層及び溶岩流が重なる.この他7-8間及び9地点には八丁平カルデラから溢れた溶岩流が認められる.
図40 2000年カルデラ北東壁.数字は図36の番号と同じ場所を示す

図41 カルデラ北西壁 数字は図36の番号と同じ場所を示す

カルデラ壁南半部

カルデラ壁南半(図2000-1の3-7の区間)は北半と対照的に溶岩流が卓越する.東壁(3-4間)下位から一部黄白色に変質した降下スコリア累層(100m),フローユニットのはっきりしない溶岩流(70m),崖錐堆積物及び降下スコリア・火山灰層(70-80m),薄い溶岩流・火砕物互層(30-60m)と重なる.4-6間のカルデラ南壁は噴煙によりあまり良く観察できないが,主火口内壁下位から厚い溶岩流(100m),フローユニットの薄い溶岩流累層(70m)厚い溶岩流累層(100m),間に降下スコリア層を挟むフローユニットの薄い溶岩流累層(100m)と重なる.最上位の薄い溶岩流に挟まれる降下スコリア層は,主火口のやや西側でスコリア丘に漸移する.さらに西側の6-7間はフローユニットが薄い溶岩流累層が卓越する.
図42 カルデラ南西壁 数字は図36の番号と同じ場所を示す

図43 カルデラ南東壁 数字は図36の番号と同じ場所を示す

八丁平カルデラの容積推定

カルデラ壁で溶岩流が卓越しはじめる地点,3及び7は,いずれも地形的に2000年カルデラ縁と八丁平カルデラ縁が交差する地点であり,3のすぐ北では降下スコリア層が,7では溶岩流が先八丁平噴出物にアバットしている.

図44 2000年カルデラ北西部スケッチ カルデラ境界は不明瞭だが,カルデラ壁にアバットする崖錐堆積物,溶岩流などで境界が識別できる.番号は図2000-1の番号と同じ場所を示す.

主火口南のカルデラ壁に露出する厚い溶岩流基底を八丁平カルデラ底と仮定すると,八丁平カルデラの深さは約350-370mとなる.八丁平カルデラの形状を,直径約1.6km,カルデラ壁面の傾斜が70度の逆円錐台状と仮定すると,底径は約1.3km,体積は約0.6km3となり,陥没量として2000年カルデラとほぼ同じ規模になる.八丁平カルデラの形成時期は約2500年前で,約1200年前の9世紀には埋め立てられ,溶岩流の溢流が始まっている.約1300年間で0.6km3の噴出物で埋め立てられたことになり,カルデラ内埋積物だけの噴出率は0.46km3/1000yとなる.またカルデラを埋め立てた時期は,津久井・鈴木(1998)の雄山期(八丁平カルデラ形成後から1154年噴火まで)とほぼ重なる.津久井・鈴木(1998)では,雄山期の噴出率をカルデラ外の火砕物,溶岩流体積から0.16km3/1000yとしている.単純に今回求めた八丁平カルデラを埋めた体積を足し合わせると,雄山期の平均噴出率は,約0.57km3/1000yとなる.ただし,八丁平カルデラの基底深度推定にはまだ不確実な点も多く,詳細な調査がこれから必要である.