はじめに

 岩手県盛岡市の北方約18kmに位置する岩手火山は,1998年3月から活発な火山性の地震活動と共に地殻変動が観察され,地下におけるマグマの活動が活性化し始めたと考えられた.幸い噴火活動には至らなかったが,この火山活動に伴って1998年9月4日にはM=6.4の岩手県西部地震が発生し,南西山麓部に地表断層が出現した.また,1999年12月からは岩手火山西部の大地獄谷や黒倉山-姥倉山鞍部の地熱地帯において,噴気活動が以前に比べて活性化した.その後,地震活動・地殻変動は徐々に沈静化し,噴気活動も2003年以降は減衰傾向にある.これにより,1998年以後実施されてきた入山規制は,2004年から緩和されることになった.
 岩手火山は,過去2千年間に限って見ても,山麓部に火山灰を降り積もらせたり,火砕サージをもたらす様な爆発的な噴火活動や,山頂部に火口丘を成長させたり,山麓部に溶岩流を流下させる様な比較的穏やかな噴火などの,多様な活動を繰り返してきた活火山である.江戸時代の1732年以降では,マグマ物質を大量に放出するような本格的な噴火活動は発生していないが,大正15(1919)年7月には大地獄谷で小規模な水蒸気爆発が発生している.また昭和時代(1934年,1960-70年頃)には薬師岳付近での噴気活動も活発で,盛岡市街地からも薬師岳山頂の噴気が観察されていた.この様に,岩手山はまさに今生きている火山である.
 岩手火山は,古来より謡曲や詩歌の題材とされるなど,東北地方を代表する山の1つとして,多くの人々に親しまれてきた.また,山麓及び周辺地域にはスキー場などの観光施設や牧場が広がるほか,地熱発電の開発が早くから進められ,高速道路や主要鉄道路線が整備され,岩手火山の周辺域(山頂よりおよそ20km圏内)に生活する住民は30万人を越える.このように,岩手火山は,地域の人々の生活だけでなく,より広域の経済活動に密接に関係しており,目で見えるような地変が発生していない時期においても,火山活動が起こった際の危険性に配慮した生活環境の整備を進めることが必要である. 

 この岩手山火山地質図データ集は,既に印刷出版された「岩手火山地質図(伊藤・土井,2005)」を作成するに当たって実施した研究の成果と,これまでの多くの方々の研究成果を基に,岩手火山の地質についての基礎データを整理したもので,今後の研究のみならず,噴火予知・防災や学校教育,自然観察などの資料として活用される事を期待して編纂した.
 「岩手火山地質図(伊藤・土井,2005)」と併せて利用して頂けることを期待します.
 



図1.盛岡市街地から岩手火山を望む