岩手火山の大規模山体崩壊
 岩手火山においては,大規模な山体崩壊が少なくとも,6回(最新のものから,平笠岩屑なだれ,山子沢岩屑なだれ,大石渡・小岩井岩屑なだれ,青山町岩屑なだれ,雫石岩屑なだれ,五百森岩屑なだれ)発生している(土井,1991).このうち,最新のものは約7千年前に発生した平笠岩屑なだれ堆積物である.

 

図1.岩手火山の形成史における,大規模山体崩壊の発生時期
伊藤・土井(2005)を修正・加筆

 岩屑なだれ堆積物は岩手火山の周辺部(ただし西部すなわち脊梁山脈側を除く)に広く分布する.これらは現在地表に露出するほか,試錐調査においても北上低地帯の地下に広く分布することが確認されている(大上ほか,1977).
 岩手火山の南部地域では,雫石岩屑なだれ堆積物および大石渡・小岩井岩屑なだれ堆積物が,雫石盆地以東の小岩手山地にかけての地域を埋積する.この為北上低地と雫石盆地の高低差は約100mに達する.
 東部(特に玉山村付近)には平笠岩屑なだれ堆積物による流れ山地形が明瞭に認められ(特に大更周辺),五百森岩屑なだれ堆積物や山子沢岩屑なだれ堆積物が松川沿いの崖に露出する.
 岩手火山の北西部,松川左岸に八幡平岩屑なだれ堆積物が分布するが,この岩屑なだれ堆積物に含まれる岩塊相の岩質から,八幡平火山群を起源とすると考えられている(青木・中川,1986)ので,下の図には分布域を図示していない.また,渋民以北の北上川沿いには,七時雨山を起源とする岩屑なだれ堆積物が露出する.これらは七時雨山周辺の軽石凝灰岩や小抱層などのシルト層の岩塊を多量に含むことで,岩手火山起源の岩屑なだれ堆積物と識別される.



図2.岩手火山周辺の岩屑なだれ堆積物

 写真は平笠岩屑なだれ堆積物で,破砕された溶岩からなる岩塊相が露出している.
[県道岩手山1号線工事現場]


図3.沼宮内岩屑なだれ堆積物

 軽石層やシルト質堆積物の岩塊(ブロック)からなる岩屑なだれ堆積物で,七時雨山[ナナシグレヤマ]起源と考えられている.
[岩手町犬袋付近]


図4.岩手火山を起源とする岩屑なだれ堆積物の分布域
土井(1991)を基に,修正加筆

 図には岩手火山を起源とする代表的な岩屑なだれ堆積物の分布域を示した.ここに図示された以外に,八幡平火山群起源と考えられる松尾岩屑なだれ堆積物,七時雨山火山起源と考えられる沼宮内岩屑なだれ堆積物などが,主に岩手火山の北西部〜北東部にかけて分布する.
 平笠岩屑なだれ堆積物は,岩手山北東部に流れ下ったが,赤川北東の新第三系堆積岩類からなる丘陵地域に乗り上げた後,松川−北上川を流れ下り,盛岡市市街地にまで流下した(土井,1991).また,青山町岩屑なだれ堆積物は,盛岡市周辺の試錐調査で広く分布することが把握されている(大上ほか,1977).
 



図5.岩手火山起源の大規模岩屑なだれ堆積物における
最大(流下)到達距離と崩壊源から堆積域の最大高度差
 これまでに岩手火山で発生した大規模岩屑なだれ堆積物は,盛岡市市街地まで到達ことが知られている.図4から,現在の薬師岳標高(2038m)と山麓部の標高差を考慮すると,過去に発生した岩屑なだれ堆積物と同規模の山体崩壊が発生した場合,崩壊源から最大20km程度まで崩壊物は流下する可能性がある.