1998年以降の地熱活動の推移

 1998年の地震・地殻変動の開始からほぼ1年を経過した1999年3月頃から,黒倉山−姥倉山稜線部において噴気活動の活発化が認められるようになり,大地獄谷噴気孔周辺の硫黄の飛散域の拡大や,大地獄谷噴気地帯の西側の沢(西小沢)における植生の枯死が出現し始めた.
 なお,姥倉山−黒倉山稜線部の樹林地帯から立ち上る噴気は,1988年8月に東北大学理学部によって観測が行われている.姥倉山−黒倉山鞍部では断層に沿って地熱活動が弱いながらも1998年以前から継続しており,時として噴気として観察されることがあったと思われるが,大地獄谷付近を含めて広域で地熱活動が顕著に活発化したのは1999年3-4月頃からといえる.
 土井(2001)は,1999年3月から始まった岩手火山西部の地熱活動を以下の活動期に区分している.各活動期の特徴を土井(2001)に従ってまとめる. 
 
1) 1999年3〜4月 表面現象出現期
2) 1999年5月〜2000年6月 急速な笹がれ・噴気地拡大期
3) 2000年3月〜2002年 噴気地拡大速度低下および間欠的広域噴気活動期
4) 2003年以降 噴気活動低下期

1)表面現象出現期
 1999年3月から4月にかけて,西岩手−大地獄谷噴気地帯における噴気孔周辺域への硫黄付着地域の拡大や,西小沢(大地獄谷の南側の西岩手カルデラ壁に形成された沢)における長さ250-300m,幅約50mの植生の立ち枯れ域の形成,大松倉山(岩手火山の西方)火口西壁での例年より早い時期の積雪融解などが認められた.また,黒倉山−姥倉山稜線北側の融雪孔から弱い噴気が上がるが確認された後,4月には直線的に配列する多数の融雪孔が確認されるようになった.

2)急速な笹がれ・噴気地拡大期
 1999年5月以降は大地獄谷北側の噴気の高さが比高200m以上に上がる日が増えるとともに,姥倉山−黒倉山の稜線部では、東西走向をもつ断層列に沿って噴気孔の数が増加し,笹枯地域の増大が顕著になった.大地獄谷では、最も活動が活発な時期には硫黄塔の形成や硫黄飛沫の飛散が認められ、これまで地熱活動が確認されていなかった西側の沢沿いの広い地域で植生の枯死や温泉水(約51℃)の湧出が確認された.また,1999年10月には,断層に沿った多数の噴気地点から噴気が一斉に上がる様子が,麓から観察された.1999年11月からは噴気に硫黄粉末が混じるようになり,麓からも噴気が黄色を帯びるように見え始めた.

3)噴気地拡大速度低下および間欠的広域噴気活動期;
 2000年3月以降は,これまで拡大を続けてきた笹枯地域の拡大速度が低下した.その一方で,より広域の地域で,一時的に噴気活動が活発化する傾向が認められた.2001年11月以降は,これまで認められた大地獄谷噴気による硫黄の飛散が認められなくなった.

4)噴気活動低下期;
 噴気量が減少し,周辺地域での一時的な噴気活動の活性化も無くなった.ただし,姥倉山山頂部においては噴気地域が若干拡大する傾向が続いた.2003年以降には噴気活動が低下傾向に転じ,植生の回復も認められるようになった。

 地熱活動の活発化による植生の変化を比較した写真は以下のリンクによる.




図1.大地獄谷および岩手火山西部(三ッ石山)での地熱活動の推移 
土井(2001)より引用


図2.大地獄谷から黒倉山−姥倉山地域の断層および地熱地域の分布図   
土井(1999)より引用


図3.1999年から始まった,大地獄谷西部の地熱活動域 
(土井,2000)より引用


図4.人工衛星から捉えられた岩手火山西部の地熱異常
 伊藤・浦井(2002)より引用

 経済産業省が開発した将来型資源探査センサーASTERが,人工衛星軌道からとらえた地熱異常地域.2000年10月30日に撮影に成功した.