{"ok":true,"version":"1.1.0","license":"https://www.gsj.jp/license/license.html","attribution":"出典：産業技術総合研究所 地質調査総合センター「GSJ 地質図幅凡例データセット」","lang":"ja","type":"LegendFacies","id":"m1014_f027","@id":"https://gbank.gsj.jp/ld/resource/zfk/facies/m1014_f027","geom":{"uri":"https://gbank.gsj.jp/ld/resource/zfk/units/m1014_f027/geom","geojson_url":"https://cdn.gsj.jp/ld/zfk/units_geojson/m1014_f027.geojson","centroid":null,"bbox":null},"map":{"type":"LegendMap","map_id":1014,"@id":"https://gbank.gsj.jp/ld/resource/zfk/maps/m1014","sheet_code":"G50_08_085","series":"地域地質研究報告 5万分の1地質図幅","title_ja":"富津地域の地質","title_en":"Futtsu","author":["中嶋輝允","渡辺真人"],"authors":[{"name_display":"中嶋輝允","name_ja":"中嶋輝允","name_en":"Terumasa NAKAJIMA","name_alt":["Terumasa NAKAJIMA"]},{"name_display":"渡辺真人","name_ja":"渡辺真人","name_en":"Mahito WATANABE","name_alt":["Mahito 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tabindex=\"-1\"><h2>分布</h2><p>鹿野山，鬼泪山の丘陵を中心とし，南北3km，東西12kmに渡ってENE-WSW方向に分布する．西海岸の長浜付近に至り層厚を急に減じる．</p></div><div class=\"section stratigraphic_desc\" data-category=\"層序\" tabindex=\"-1\"><h2>層序</h2><p>市宿層の下限は西に向かってより下位の地層と接している．富津地域東部では国本層に整合的に重なるが，西部の岩坂周辺では国本層を欠き，その下の梅ヶ瀬層を不整合的に覆う．</p><p>上限については，富津地域東部では本層と上位の長南層の境界に小規模な浸食面が認められるものの全体として岩相は漸移的で両者の関係は整合である．中部から西部においては長南層を欠き，その上位の笠森層長浜砂礫部層によって不整合に覆われる．長浜砂礫部層基底にはチャネルを伴う浸食が見られる．</p><p>市宿層と下位層との関係を「東京湾不整合」として重視し，市宿層基底を下総層群の基底とする考え（楡井，1981）や逆にその関係は単なる海流や潮流による海底侵食の結果とする考え（峯崎・立石，1992）などがある．市宿層と国本層は，富津地域東部から大多喜地域にかけて広く整合であるので，ここでは市宿層の基底を層群の境界とはしない．</p></div><div class=\"section stratigraphic_desc\" data-category=\"岩相\" tabindex=\"-1\"><h2>岩相</h2><p>スコリア・軽石粒などに富み，大規模な斜交層理の発達する細粒から粗粒の砂層及び細礫層からなる．稀に泥岩層（20cm以下）を挟在する．単位層の厚さが3mに及ぶトラフ状斜交層理あるいは5mに及ぶ平板状斜交層理が見られる．</p><p>上述のように富津地域西部では本層は下位層と侵食面をもって接するが，中部から東部にかけての地域では顕著な浸食面は見られない．境界付近の岩相は国本層の生物擾乱を受けた泥質砂岩から，平行葉理の見られる細粒砂層を経て，市宿層の斜層理をもつ砂層へと漸移的に変化する．西部における侵食面の形成は，現在の海底の海釜地形と類似の成因によると考えられ（峯崎・立石，1992），市宿層基底の地層の欠如は海底浸食によるものである．中山・増田（1987）は市宿層の大規模な斜交層理が発達する砂層は，黒潮により陸棚状にっくられた海流サンドウェーブの堆積物であるとし，峯崎・立石（1992）はそれに加えて潮流の影響も指摘している．</p><p>地質図には示していないが，磯根崎背斜周辺に分布する国本層と長浜砂礫部層の境界部には，単位層の厚さが数10cmの斜交層理が発達する中粒砂岩が数m挟在する場合があり，市宿層に相当すると考えられる．</p></div><div class=\"section stratigraphic_desc\" data-category=\"層厚\" tabindex=\"-1\"><h2>層厚</h2><p>鹿野山周辺でもっとも厚く250m以上，鬼泪山付近で230m以上である．岩坂西方では本層の層厚が急減するとともに上位の笠森層長浜砂礫部層により本層の大部分が削剥されている．</p></div><div class=\"section stratigraphic_desc\" data-category=\"化石\" tabindex=\"-1\"><h2>化石</h2><p>中山・増田（1987）は本層から暖流系種をわずかに含む寒流系種を主体とした貝化石群集を報告し，殻の保存の良い貝化石から推定される本層の堆積した水深は50-250mであると考え，さらにサンドウェーブの堆積環境を考慮して古水深は50-130mであるとした．</p></div><div class=\"section stratigraphic_desc\" data-category=\"対比\" tabindex=\"-1\"><h2>対比</h2><p>富津地域東部において長南層と国本層の間に位置する本層は，東方に向かって大多喜地域の長南・国本両層間にある柿の木台層に移化する．</p></div></div></div>","text":"4.8 市宿層（Ij）\n命名\n大塚・望月（1932）．\n模式地\n命名時の指定はないので，本報告では君津市市宿付近とする．\n分布\n鹿野山，鬼泪山の丘陵を中心とし，南北3km，東西12kmに渡ってENE-WSW方向に分布する．西海岸の長浜付近に至り層厚を急に減じる．\n層序\n市宿層の下限は西に向かってより下位の地層と接している．富津地域東部では国本層に整合的に重なるが，西部の岩坂周辺では国本層を欠き，その下の梅ヶ瀬層を不整合的に覆う．\n上限については，富津地域東部では本層と上位の長南層の境界に小規模な浸食面が認められるものの全体として岩相は漸移的で両者の関係は整合である．中部から西部においては長南層を欠き，その上位の笠森層長浜砂礫部層によって不整合に覆われる．長浜砂礫部層基底にはチャネルを伴う浸食が見られる．\n市宿層と下位層との関係を「東京湾不整合」として重視し，市宿層基底を下総層群の基底とする考え（楡井，1981）や逆にその関係は単なる海流や潮流による海底侵食の結果とする考え（峯崎・立石，1992）などがある．市宿層と国本層は，富津地域東部から大多喜地域にかけて広く整合であるので，ここでは市宿層の基底を層群の境界とはしない．\n岩相\nスコリア・軽石粒などに富み，大規模な斜交層理の発達する細粒から粗粒の砂層及び細礫層からなる．稀に泥岩層（20cm以下）を挟在する．単位層の厚さが3mに及ぶトラフ状斜交層理あるいは5mに及ぶ平板状斜交層理が見られる．\n上述のように富津地域西部では本層は下位層と侵食面をもって接するが，中部から東部にかけての地域では顕著な浸食面は見られない．境界付近の岩相は国本層の生物擾乱を受けた泥質砂岩から，平行葉理の見られる細粒砂層を経て，市宿層の斜層理をもつ砂層へと漸移的に変化する．西部における侵食面の形成は，現在の海底の海釜地形と類似の成因によると考えられ（峯崎・立石，1992），市宿層基底の地層の欠如は海底浸食によるものである．中山・増田（1987）は市宿層の大規模な斜交層理が発達する砂層は，黒潮により陸棚状にっくられた海流サンドウェーブの堆積物であるとし，峯崎・立石（1992）はそれに加えて潮流の影響も指摘している．\n地質図には示していないが，磯根崎背斜周辺に分布する国本層と長浜砂礫部層の境界部には，単位層の厚さが数10cmの斜交層理が発達する中粒砂岩が数m挟在する場合があり，市宿層に相当すると考えられる．\n層厚\n鹿野山周辺でもっとも厚く250m以上，鬼泪山付近で230m以上である．岩坂西方では本層の層厚が急減するとともに上位の笠森層長浜砂礫部層により本層の大部分が削剥されている．\n化石\n中山・増田（1987）は本層から暖流系種をわずかに含む寒流系種を主体とした貝化石群集を報告し，殻の保存の良い貝化石から推定される本層の堆積した水深は50-250mであると考え，さらにサンドウェーブの堆積環境を考慮して古水深は50-130mであるとした．\n対比\n富津地域東部において長南層と国本層の間に位置する本層は，東方に向かって大多喜地域の長南・国本両層間にある柿の木台層に移化する．","blocks":[{"type":"heading","depth":1,"text":"4.8 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