{"ok":true,"version":"1.1.0","license":"https://www.gsj.jp/license/license.html","attribution":"出典：産業技術総合研究所 地質調査総合センター「GSJ 地質図幅凡例データセット」","lang":"ja","type":"LegendFacies","id":"m1014_f021","@id":"https://gbank.gsj.jp/ld/resource/zfk/facies/m1014_f021","geom":{"uri":"https://gbank.gsj.jp/ld/resource/zfk/units/m1014_f021/geom","geojson_url":"https://cdn.gsj.jp/ld/zfk/units_geojson/m1014_f021.geojson","centroid":null,"bbox":null},"map":{"type":"LegendMap","map_id":1014,"@id":"https://gbank.gsj.jp/ld/resource/zfk/maps/m1014","sheet_code":"G50_08_085","series":"地域地質研究報告 5万分の1地質図幅","title_ja":"富津地域の地質","title_en":"Futtsu","author":["中嶋輝允","渡辺真人"],"authors":[{"name_display":"中嶋輝允","name_ja":"中嶋輝允","name_en":"Terumasa NAKAJIMA","name_alt":["Terumasa NAKAJIMA"]},{"name_display":"渡辺真人","name_ja":"渡辺真人","name_en":"Mahito WATANABE","name_alt":["Mahito WATANABE"]}],"pub_year":2005,"publisher":"独立行政法人　産業技術総合研究所　地質調査総合センター","publication_ref":{"@id":"https://gbank.gsj.jp/ld/resource/publication/map/g050/map1014"}},"self":{"type":"LegendFacies","id":"m1014_f021","@id":"https://gbank.gsj.jp/ld/resource/zfk/facies/m1014_f021","map_id":1014,"major_code":21,"label_ja":"笠森層","label_en":"Kasamori Formation"},"adjacent_maps":[470,471,472,474,475,476,1055],"target":{"sec_id":"sec-4-10","label":"4.10","title":"笠森層（Ks, Ksn, Ksk, Kss）","html":"<div class=\"zfkdoc\"><div id=\"sec-4-10\" class=\"section\" data-lv=\"2\" tabindex=\"-1\"><h1>4.10 笠森層（Ks, Ksn, Ksk, Kss）</h1><span id=\"m1014_f021\"></span><div class=\"section stratigraphic_desc\" data-category=\"命名\" tabindex=\"-1\"><h2>命名</h2><p>三土（1933）．</p></div><div class=\"section stratigraphic_desc\" data-category=\"模式地\" tabindex=\"-1\"><h2>模式地</h2><p>長生郡長南町笠森付近．</p></div><div class=\"section stratigraphic_desc\" data-category=\"分布\" tabindex=\"-1\"><h2>分布</h2><p>富津地域の中・北部に比較的広く分布する．小糸川の北側では，下総台地の南の縁に沿って練木から長石まで分布する．小糸川の南側では，鹿野山の北麓から小糸川のすぐ南の丘陵まで分布する．富津地域の西側では，本層の分布は佐貫向斜と磯根崎背斜によって繰り返され広い範囲に及んでいる．</p></div><div class=\"section stratigraphic_desc\" data-category=\"層序\" tabindex=\"-1\"><h2>層序</h2><p>富津地域では，本層は上総層群の最上部層である．下位層との関係は，本地域中部から西部では，笠森層下部の長浜砂礫部層が顕著なチャネル構造を伴う不整合をもって下位の市宿層，国本層及び梅ヶ瀬層を覆い，東部では長南層を不整合に覆っている．上位については，小糸川の南側では，下総層群地蔵堂層によって，北へ向かって開く谷状の不整合をもって覆われる．この不整合は一種の傾斜不整合で，北側では不整合面は笠森層上部の周南砂岩部層の上にあるが，南側では中部の佐貫泥岩部層まで浸食が及ぶ（地質図及び地質断面D-E参照）．</p><p>小糸川の北側では笠森層と地蔵堂層の間に顕著な構造差は認められないが，南側と同様に両者の関係は不整合である．本地域東隣の姉崎・大多喜地域においては，笠森層と地蔵堂層の間に，上総層群の最上位を占めて金剛地層が存在するが，本地域では金剛地層は欠如している．</p><p>金剛地層は大多喜地域の西部まで分布するが，富津地域との境界付近に至って厚さを減じ尖滅する．富津地域東端の小糸大谷付近には笠森層最上部に10m程度の比較的淘汰の良い砂層があり，金剛地層の一部が再び現れている可能性があるが，小糸大谷から西では金剛地層は全く欠如していて，笠森層主部の泥質岩の上に下総層群地蔵堂層が直接不整合に重なっている．</p></div><div class=\"section stratigraphic_desc\" data-category=\"岩相\" tabindex=\"-1\"><h2>岩相</h2><p>本地域の笠森層は，主部，長浜砂礫部層，佐貫泥岩部層，周南砂岩部層の4つに区分される．小糸川南側の笠森層については，砂礫層，泥岩層及び砂岩層の3つの特徴ある地層に分けられるので，従来の研究も踏まえてそれぞれ長浜砂礫部層，佐貫泥岩部層，周南砂岩部層の3部層に区分した．小糸川北側については主部と長浜砂礫部層の2つに区分した．</p><div id=\"sec-4-10-1\" class=\"section\" data-lv=\"6\" tabindex=\"-1\"><h1>1） 主部（Ks）</h1><span id=\"m1014_f022\"></span><span id=\"m1014_u019_Ks\"></span><p>小糸川の北側に分布し，東の大多喜地域の笠森層へそのまま連続する．岩相は，生物擾乱を受けた砂質泥岩ないし泥質細粒砂岩を主体とする．富津地域東縁から小糸大谷付近では長浜砂礫部層を除く笠森層主部の層厚は70m程度で，大多喜地域西部より更に薄くなっている．この地域では，主部は細粒砂層と泥質な極細粒砂層の数cmから数10cm単位の互層からなっており，最上部には数cm単位の細粒砂層と泥層の頻互層が発達する．細粒砂層にはリップル状斜交層理がしばしば見られる．さらに西の大鷲付近及びその西側に分布する主部は笠森層の最上部に当たり，岩相は東縁部より細粒で，塊状の砂質泥岩ないし泥岩からなっている．</p></div><div id=\"sec-4-10-2\" class=\"section\" data-lv=\"6\" tabindex=\"-1\"><h1>2） 長浜砂礫部層（Ksn）</h1><span id=\"m1014_f025\"></span><span id=\"m1014_u022_Ksn\"></span><div class=\"section stratigraphic_desc\" data-category=\"命名\" tabindex=\"-1\"><h2>命名</h2><p>金原ほか（1949）による．</p></div><div class=\"section stratigraphic_desc\" data-category=\"模式地\" tabindex=\"-1\"><h2>模式地</h2><p>富津市長浜付近．</p></div><div class=\"section stratigraphic_desc\" data-category=\"岩相\" tabindex=\"-1\"><h2>岩相</h2><p>富津地域の笠森層の最下部にあたり，細礫・中礫層を主体とし，中粒から粗粒の砂岩を挟む．基底に顕著なチャネル構造を伴う．西部地域では，数10cmから数mに及ぶ巨大な泥岩ブロックを含む．模式地の長浜付近から宝竜寺にかけての地域では，本部層は基底に顕著なチャネル構造を伴って下位層を削剥し，下位層とは不整合関係にある．とくに，長浜付近では長南層，市宿層及び国本層を欠いて本部層が直接梅ヶ瀬層を不整合に覆っているところもある．富津市清水東方の砂取り場でも市宿層を削って発達するチャネルが観察され，幅数mから10数mのチャネルが複合して不整合面を形成している．</p><p>中部の馬登以東ではこのようなチャネルははっきりと認められず，長浜砂礫部層の厚さも薄くなる．磯根崎背斜周辺でも基底部にはチャネルは発達しない．しかし，本部層は長南層と市宿層を欠いて国本層に接する．本部層は東方へ向かって徐々に上位の地層に接し，富津地域東縁で長南層に重なる．</p><p>本部層は大多喜地域の万田野砂礫層の上半分に連続する．</p></div></div><div id=\"sec-4-10-3\" class=\"section\" data-lv=\"6\" tabindex=\"-1\"><h1>3） 佐貫泥岩部層（Ksk）</h1><span id=\"m1014_f024\"></span><span id=\"m1014_u021_Ksk\"></span><div class=\"section stratigraphic_desc\" data-category=\"命名\" tabindex=\"-1\"><h2>命名</h2><p>植田（1930）による．藤原・生越（1952）が再定義．</p></div><div class=\"section stratigraphic_desc\" data-category=\"模式地\" tabindex=\"-1\"><h2>模式地</h2><p>富津市佐貫付近．</p></div><div class=\"section stratigraphic_desc\" data-category=\"岩相\" tabindex=\"-1\"><h2>岩相</h2><p>模式地付近から西側では，厚さ数cmの砂岩薄層を挟在する泥岩で，長浜砂礫部層との境界付近にスランプ堆積層が発達する．磯根崎背斜北側でも下部は同様の岩相であるが，上位へ向かって粗粒となり，周南砂岩部層に近い部分は砂質泥岩ないし泥質細粒砂岩を主体とする．本地域中部の山高原より東では部層全体が粗粒化し砂質泥岩ないし泥質細粒砂岩を主体とする．</p></div></div><div id=\"sec-4-10-4\" class=\"section\" data-lv=\"6\" tabindex=\"-1\"><h1>4） 周南砂岩部層（Kss）</h1><span id=\"m1014_f023\"></span><span id=\"m1014_u020_Kss\"></span><div class=\"section stratigraphic_desc\" data-category=\"命名\" tabindex=\"-1\"><h2>命名</h2><p>金原ほか（1949）による．</p></div><div class=\"section stratigraphic_desc\" data-category=\"模式地\" tabindex=\"-1\"><h2>模式地</h2><p>富津市周南．</p></div><div class=\"section stratigraphic_desc\" data-category=\"岩相\" tabindex=\"-1\"><h2>岩相</h2><p>細粒砂岩ないし極細粒砂岩と砂質泥岩ないし泥質砂岩との10-30cm前後の厚さの互層を主とし，稀に50cmを越える級化層理を持っ細粒砂層を挟在する．これは，徳橋・遠藤（1984）が“ふきながし型”砂泥互層として記載した岩相に当たる．</p><p>細粒砂岩層にはしばしばリップル状斜交層理が発達する．生痕が発達することが多く，砂層と泥質な部分との境界は不明瞭である．富津市障子谷付近の本部層上部には，徳橋・遠藤（1984）が“ちりちり型”互層として記載した厚さ数mmから数cmの砂層と泥層の薄互層（flaser bedding）が挟在する．</p></div></div><div id=\"sec-4-10-5\" class=\"section\" data-lv=\"6\" tabindex=\"-1\"><h1>5） 凝灰岩鍵層</h1><p>長浜砂礫部層中にはKs15が認められている（町田ほか，1980）．佐貫泥岩部層中にはKs11.5A・B，Ks11，Ks10が認められており（町田ほか，1980），今回の調査でもKs11.5A・Bが君津市山高原以東で確認・追跡でき，富津市大堰付近でKs11とKs10が認められた（第4.21図）．このKs11とKs10の鉱物組成及びガラス・鉱物の屈折率を付表第1表に示す．</p><p>また，練木付近の笠森層主部最上部，相野谷付近の周南砂岩部層上部にはKs5が挟在する（三梨ほか，1979；町田ほか，1980；鈴木ほか，1995）．</p><div class=\"image-holder overview-landing-limg\" id=\"F4.21\"><a href=\"https://cdn.gsj.jp/ld/zfk/zfkdoc/1014/image/1014_0075-0001.png\" target=\"_blank\" class=\"fig-open-link\"><img class=\"halfsize\" loading=\"lazy\" decoding=\"async\" src=\"https://cdn.gsj.jp/ld/zfk/zfkdoc/1014/image/1014_0075-0001.png\"></a><div class=\"figures-tables-support-txt\"><h6><span class=\"fig-label\">第4.21図</span> 笠森層佐貫泥岩部層の凝灰岩鍵層Ks10，Ks11，Ks11.5A・Bの柱状図</h6><p>1：富津市大堰付近，2：君津市山高原．凡例は第3.3図に示す．</p></div></div></div></div><div class=\"section stratigraphic_desc\" data-category=\"層厚\" tabindex=\"-1\"><h2>層厚</h2><p>笠森層全体として約200m前後あるが，本地域東縁部では100m前後に薄くなる．</p></div><div class=\"section stratigraphic_desc\" data-category=\"化石\" tabindex=\"-1\"><h2>化石</h2><p>本地域の笠森層の貝化石については，藤原・生越（1952）による報告がある．とくに，長浜砂礫部層からは多くの貝化石の報告がある（藤原ほか，1952：生越，1964）．本調査地域の長浜砂礫部層下部には，上部浅海性の寒冷系種を主とする群集が含まれ，長浜砂礫部層上部からは下部浅海性の暖流系群集が報告されている（馬場・青木，1980；馬場，1990）．</p><p>長浜砂礫部層及び佐貫泥岩部層からParelephas trogontherii，周南砂岩部層からStegodon sinensisなどの哺乳類化石が産出する（高井，1938）．</p></div><div class=\"section stratigraphic_desc\" data-category=\"対比\" tabindex=\"-1\"><h2>対比</h2><p>槇山（1930b）及び藤原ほか（1952）の笹毛層は，長浜砂礫部層と佐貫泥岩部層下部に相当する．長浜砂礫部層中にはKs15が認められ（町田ほか，1980），姉崎地域の万田野砂礫層はKs12-22前後の層準に相当するとされるので（徳橋・遠藤，1984），長浜砂礫部層は，姉崎地域の万田野砂礫層上部に対比され，前述した岩相の連続の仕方と矛盾しない．</p><p>佐貫泥岩部層と周南砂岩部層中には，凝灰岩鍵層Ks11.5A・B，Ks11，Ks10，Ks5などが挟在されることから，両部層は模式地付近の笠森層上部に相当する．</p></div></div></div>","text":"4.10 笠森層（Ks, Ksn, Ksk, Kss）\n命名\n三土（1933）．\n模式地\n長生郡長南町笠森付近．\n分布\n富津地域の中・北部に比較的広く分布する．小糸川の北側では，下総台地の南の縁に沿って練木から長石まで分布する．小糸川の南側では，鹿野山の北麓から小糸川のすぐ南の丘陵まで分布する．富津地域の西側では，本層の分布は佐貫向斜と磯根崎背斜によって繰り返され広い範囲に及んでいる．\n層序\n富津地域では，本層は上総層群の最上部層である．下位層との関係は，本地域中部から西部では，笠森層下部の長浜砂礫部層が顕著なチャネル構造を伴う不整合をもって下位の市宿層，国本層及び梅ヶ瀬層を覆い，東部では長南層を不整合に覆っている．上位については，小糸川の南側では，下総層群地蔵堂層によって，北へ向かって開く谷状の不整合をもって覆われる．この不整合は一種の傾斜不整合で，北側では不整合面は笠森層上部の周南砂岩部層の上にあるが，南側では中部の佐貫泥岩部層まで浸食が及ぶ（地質図及び地質断面D-E参照）．\n小糸川の北側では笠森層と地蔵堂層の間に顕著な構造差は認められないが，南側と同様に両者の関係は不整合である．本地域東隣の姉崎・大多喜地域においては，笠森層と地蔵堂層の間に，上総層群の最上位を占めて金剛地層が存在するが，本地域では金剛地層は欠如している．\n金剛地層は大多喜地域の西部まで分布するが，富津地域との境界付近に至って厚さを減じ尖滅する．富津地域東端の小糸大谷付近には笠森層最上部に10m程度の比較的淘汰の良い砂層があり，金剛地層の一部が再び現れている可能性があるが，小糸大谷から西では金剛地層は全く欠如していて，笠森層主部の泥質岩の上に下総層群地蔵堂層が直接不整合に重なっている．\n岩相\n本地域の笠森層は，主部，長浜砂礫部層，佐貫泥岩部層，周南砂岩部層の4つに区分される．小糸川南側の笠森層については，砂礫層，泥岩層及び砂岩層の3つの特徴ある地層に分けられるので，従来の研究も踏まえてそれぞれ長浜砂礫部層，佐貫泥岩部層，周南砂岩部層の3部層に区分した．小糸川北側については主部と長浜砂礫部層の2つに区分した．\n主部（Ks）\n小糸川の北側に分布し，東の大多喜地域の笠森層へそのまま連続する．岩相は，生物擾乱を受けた砂質泥岩ないし泥質細粒砂岩を主体とする．富津地域東縁から小糸大谷付近では長浜砂礫部層を除く笠森層主部の層厚は70m程度で，大多喜地域西部より更に薄くなっている．この地域では，主部は細粒砂層と泥質な極細粒砂層の数cmから数10cm単位の互層からなっており，最上部には数cm単位の細粒砂層と泥層の頻互層が発達する．細粒砂層にはリップル状斜交層理がしばしば見られる．さらに西の大鷲付近及びその西側に分布する主部は笠森層の最上部に当たり，岩相は東縁部より細粒で，塊状の砂質泥岩ないし泥岩からなっている．\n長浜砂礫部層（Ksn）\n命名\n金原ほか（1949）による．\n模式地\n富津市長浜付近．\n岩相\n富津地域の笠森層の最下部にあたり，細礫・中礫層を主体とし，中粒から粗粒の砂岩を挟む．基底に顕著なチャネル構造を伴う．西部地域では，数10cmから数mに及ぶ巨大な泥岩ブロックを含む．模式地の長浜付近から宝竜寺にかけての地域では，本部層は基底に顕著なチャネル構造を伴って下位層を削剥し，下位層とは不整合関係にある．とくに，長浜付近では長南層，市宿層及び国本層を欠いて本部層が直接梅ヶ瀬層を不整合に覆っているところもある．富津市清水東方の砂取り場でも市宿層を削って発達するチャネルが観察され，幅数mから10数mのチャネルが複合して不整合面を形成している．\n中部の馬登以東ではこのようなチャネルははっきりと認められず，長浜砂礫部層の厚さも薄くなる．磯根崎背斜周辺でも基底部にはチャネルは発達しない．しかし，本部層は長南層と市宿層を欠いて国本層に接する．本部層は東方へ向かって徐々に上位の地層に接し，富津地域東縁で長南層に重なる．\n本部層は大多喜地域の万田野砂礫層の上半分に連続する．\n佐貫泥岩部層（Ksk）\n命名\n植田（1930）による．藤原・生越（1952）が再定義．\n模式地\n富津市佐貫付近．\n岩相\n模式地付近から西側では，厚さ数cmの砂岩薄層を挟在する泥岩で，長浜砂礫部層との境界付近にスランプ堆積層が発達する．磯根崎背斜北側でも下部は同様の岩相であるが，上位へ向かって粗粒となり，周南砂岩部層に近い部分は砂質泥岩ないし泥質細粒砂岩を主体とする．本地域中部の山高原より東では部層全体が粗粒化し砂質泥岩ないし泥質細粒砂岩を主体とする．\n周南砂岩部層（Kss）\n命名\n金原ほか（1949）による．\n模式地\n富津市周南．\n岩相\n細粒砂岩ないし極細粒砂岩と砂質泥岩ないし泥質砂岩との10-30cm前後の厚さの互層を主とし，稀に50cmを越える級化層理を持っ細粒砂層を挟在する．これは，徳橋・遠藤（1984）が“ふきながし型”砂泥互層として記載した岩相に当たる．\n細粒砂岩層にはしばしばリップル状斜交層理が発達する．生痕が発達することが多く，砂層と泥質な部分との境界は不明瞭である．富津市障子谷付近の本部層上部には，徳橋・遠藤（1984）が“ちりちり型”互層として記載した厚さ数mmから数cmの砂層と泥層の薄互層（flaser bedding）が挟在する．\n凝灰岩鍵層\n長浜砂礫部層中にはKs15が認められている（町田ほか，1980）．佐貫泥岩部層中にはKs11.5A・B，Ks11，Ks10が認められており（町田ほか，1980），今回の調査でもKs11.5A・Bが君津市山高原以東で確認・追跡でき，富津市大堰付近でKs11とKs10が認められた（第4.21図）．このKs11とKs10の鉱物組成及びガラス・鉱物の屈折率を付表第1表に示す．\nまた，練木付近の笠森層主部最上部，相野谷付近の周南砂岩部層上部にはKs5が挟在する（三梨ほか，1979；町田ほか，1980；鈴木ほか，1995）．\n1：富津市大堰付近，2：君津市山高原．凡例は第3.3図に示す．\n層厚\n笠森層全体として約200m前後あるが，本地域東縁部では100m前後に薄くなる．\n化石\n本地域の笠森層の貝化石については，藤原・生越（1952）による報告がある．とくに，長浜砂礫部層からは多くの貝化石の報告がある（藤原ほか，1952：生越，1964）．本調査地域の長浜砂礫部層下部には，上部浅海性の寒冷系種を主とする群集が含まれ，長浜砂礫部層上部からは下部浅海性の暖流系群集が報告されている（馬場・青木，1980；馬場，1990）．\n長浜砂礫部層及び佐貫泥岩部層からParelephas trogontherii，周南砂岩部層からStegodon sinensisなどの哺乳類化石が産出する（高井，1938）．\n対比\n槇山（1930b）及び藤原ほか（1952）の笹毛層は，長浜砂礫部層と佐貫泥岩部層下部に相当する．長浜砂礫部層中にはKs15が認められ（町田ほか，1980），姉崎地域の万田野砂礫層はKs12-22前後の層準に相当するとされるので（徳橋・遠藤，1984），長浜砂礫部層は，姉崎地域の万田野砂礫層上部に対比され，前述した岩相の連続の仕方と矛盾しない．\n佐貫泥岩部層と周南砂岩部層中には，凝灰岩鍵層Ks11.5A・B，Ks11，Ks10，Ks5などが挟在されることから，両部層は模式地付近の笠森層上部に相当する．","blocks":[{"type":"heading","depth":1,"text":"4.10 笠森層（Ks, Ksn, Ksk, 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